【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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9 ジュンショウアコウ?

     ◆ジュンショウアコウ?

 夢を見ている。子供の頃の夢だった。
 小学校に上がる前くらいの天誠と、ビニール製の赤いボールを投げっこしている。
 天誠の、金の髪はキラキラで、サラサラ。ハチミツに光を当てたときの色。ハニーブロンドだ。
 そして、ぱっちりした目は、透き通る青さ。
 サイダー味の飴玉の色。

 赤、金、青のゴールデンタッグ。この痺れる配色加減は、神の采配だろうか?
 あぁ、素晴らしい。
 なんというか…美術館にある名画で、子供の天使が描かれているやつ。あの天使。あれ、そのものだ。
 または、アニメで描かれる、妖精みたいな、あれ。

 そういえば、天誠は。天使呼びがお気に召さないようだから、今度は妖精さんって言ってやろう。そうしよう。

 とにもかくにも、子供の天誠、マジ可愛い。
 えへへって笑う、その顔も。食べちゃいたいくらい可愛い。
 食べたらきっと、甘くて、甘くて、とろけちゃうんだろうな。

 なんて、思っていたら。ボールが自分の手を弾いて、庭の隅に行ってしまった。
 紫輝はボールを取りに行く。
 自分の手も足も小さいから。庭にしゃがんで、ボールを持ち上げる。

 そして、振り返ったら。逆光で、顔は見えないけど。大人の、何者かが、棒を振り上げていた。

 あっ、と思って。
 剣を。背中にあるはずのライラ剣を、探す。

 でも、剣がない。ライラもいない。

「らっ…」
「待て待て、紫輝、寝惚けて『らいかみっ』撃つんじゃねぇ」
 その声に、ハッとして。紫輝は目を見開いた。

 そこは、元の世界の庭ではなく。班員たちが寝起きする大部屋の、薄い布団の中だ。

 寝たのは、早朝。泉から宿舎に戻ったあとなので、まだ、ちょっとしか寝ていない。
 でも第五大隊は今日、非番なので。いつまでも寝ていていいはず。いいはず…だ。

「紫輝、待て待て、寝るな。起きろってば」
 体を揺さぶられ、薄目を開ける。
 千夜が瑠璃色の羽をはためかせて、怒っている。なんで?

「廣伊が呼んでいるんだ。大事な用なんだって。頼む、起きてくれよぉ」
 怒り口調だったのに、だんだんお願い口調になってきた。
 むぅ、眠いんですけどぉ。
 でも、ちょっと千夜が可哀想になってきたから…布団からは出ないけど、返事はした。

「用って、なに? もう少し寝たいんだけど」
「今日、金蓮きんれん様が陣中見舞いに来られる。常駐の兵士はみんな、もう道筋に並んで、出迎えの用意をしているぞ」
「きんれん…って、誰?」
 寝惚けたままつぶやくと、千夜に思いっきり、布団の上からボスッと殴られた。
 痛くはないが。

「馬鹿か。おまえ、所属する軍の大将の名前くらい覚えておけよ。将堂軍大将の、将堂金蓮様だ」
 紫輝の、将堂金蓮の認識は。将堂軍の中で一番偉い人、だ。
 元の世界的に言えば、総理大臣か?
 とにかく、雲の上の人。
 その人物が現れるというのなら、仕方がないが、起きるしかないだろう。眠いけど。

「ほら、着替え手伝ってやるから。服、脱げよ」
 布団から身を起こし、しょぼしょぼした目のまま、軍服と、黒の肌襦袢を脱ぐ。
 防具であるタートルネックに見えるやつを、装着するのだが。
 防具は、体の前面と肩と首を、分厚い革で覆う感じ。背中は、みんなには翼があるから、がら空きの仕様だ。
 自分に翼はないけどね。
 エプロンみたいに、首と腰についている革紐を結んで着用する。

「…あれ、おまえ、虫にあちこち刺されているぞ。かゆくないのか?」
「別に、かゆくないけど」
 防具の紐を結んでくれている千夜に言われ、答えるが。
 それよりも、眠い。まだ、目が開かない。

「かゆくないなら、情痕だったりして」
「じょーこん?」
「お子様の紫輝には、わからねぇだろうな? チューッて吸いつくとできる、痣みたいなやつ」
 吸いつく。痣。
 それって…キスマークじゃね?

 紫輝は一気に目が覚めた。
 おまけに、昨夜の、天誠とのあれやこれやも思い出し。顔も体も真っ赤にした。

 シャッと、軍服も着用して。キスマークを慌てて隠す。
 その様子に、千夜はニヤリと悪役顔で笑う。

「いやぁ、紫輝には、まだまだ早い話だったな?」
 意味に気づいて、あたふたしている初心うぶな奴だと、千夜は取ってくれたようだ。セーフ。
 それにつけても、天誠め。いつの間にキスマークなんかつけて…もうっ!

「あぁ、ひどいな」
 用意を済ませた紫輝を見て、千夜はなぜか痛そうな顔をして、そうつぶやいた。
 ひどいのは、まだ眠気の抜けきらない、腑抜けた顔のことか、寝癖のことか。

「まぁ、いい。とにかく廣伊のところへ行こう」
 千夜の後ろを歩きながら、紫輝は指先で髪を直す。
 どうしても、耳の上の辺りがピンと跳ねてしまうのだ。これは、本当になんとかならないものか…。

 渋い表情のまま、宿舎を出て。樹海の中、だいぶ慣れてきた組長宿舎への道のりを進む。
 紫輝たちは、廣伊の部屋の前に到着した。許しを得て、入室すると。
 中に廣伊と、堺がいた。

「あっ、堺。久しぶりぃ…です」
 堺は、兄弟を探すという、同じ目的を持つ者同士だ。
 紫輝は彼に、仲間意識を持っていて、気安く挨拶してしまったが。

 そばにいる緑の人の目が怖かったので。取ってつけたように敬語で締めた。
 はい。上官ですよね。

 そうして、紫輝が彼らと肩を並べているとき。
 将堂の龍鬼が勢揃いになっていることに。ひとりノーマルな千夜は、人知れず息をのんでいた。
 彼らに威圧されているわけではない。
 けれど、なんだか気圧されるのだ。
 そういう特殊な空気感が、龍鬼にはある。と、千夜は常々思っていた。
 紫輝のことも、龍鬼ではないと知っているのに。なんでか、無意識に、紫輝も龍鬼の頭数に入っている。
 なぜだろう? と。自分の考えを、千夜は不思議に思う。
 千夜でさえも気圧される、龍鬼を相手に。紫輝が自然体で接っしているからだろうか?
 紫輝は、廣伊のことも、堺のことも、普通の、お友達のような感覚で相対しているから。

 つか、上官だから。それ、ダメなやつなんだけどな。

 ふと、廣伊が。千夜に視線を向ける。
 これは、紫輝のお守りをよろしく、の合図だな、と。千夜は小さくうなずいて、了承する。

「紫輝は今回、列の後方に立ってもらう。金蓮様は、龍鬼に良い感情をお持ちではない。我々は姿を見せない方がいいんだ」
 淡々とした口調で廣伊に言われ。紫輝はがっかりした。
 せっかく眠たいところを、頑張って起きてきたのに。金蓮が見られないとは。

 だったら、部屋で寝てても良かったんじゃね? と、思いつつも。
 さすがに、それを口に出すほど、紫輝は子供ではない。
 上官のお出迎えをしないのは、不敬罪。それぐらいのことは千夜に教えてもらっている。

 とはいえ。金蓮の話をしたとき。廣伊の目には悲しみが。堺の目には諦めが見え。
 龍鬼への嫌悪が、金蓮には相当あるのだろうな、とありありとわかってしまう。

 戦で、利用するだけ利用して。自分は龍鬼、嫌い。とか言う人のこと、尊敬できない。
 不敬罪とか言うのなら、最低限、敬える人格であってほしいものだ。

 この頃は、紫輝に対して、友好的な人物に関わる機会が多かった。
 戦友である千夜は、龍鬼への偏見が全くなく。班の仲間も、この頃は普通に会話してくれるようになったのだ。
 廣伊や堺は、同じ龍鬼で。
 そして、天誠とは濃密なスキンシップがある。

 なので、この世界にある、龍鬼への根深い差別観は、心の隅に置かれていたのだ。
 しかし、龍鬼を忌み嫌う者が現れ、理由もなく拒絶される悲しみが。いきなり、高いところからガンッと落ちてきたような気分になった。
 不快、恐れ、失望、という名の武器が、突きつけられている。

「わかりました。ふたりのそばにいます」
 自分に直接関係のある人じゃない。見られないなら、それで構わないのだ。
 有名人、是が非でも見たい…という人種ではないので。紫輝は簡単に承諾した。

 それよりも、とにかく寝不足だ。立ったまま、眠れそう。
 だが、そのぼんやりとした様子を見て、廣伊がちょっと首を傾げた。

「ん? なんだか元気がないな、紫輝。顔が…」
「そうなんだよ。ここんとこ、こいつ…ちょっと変でさ」
 廣伊の質問に、千夜が同意する。
 そこで、紫輝はクワッと、目も頭も、くっきり覚醒した。

 絶好の機会が来たことを感じ、びびびっと体に稲妻が走り抜けていく。

「あの、みなさんっ。俺、マジ、龍鬼でした。お騒がせして、すみませんでしたっ!」
 突然、大声を張り上げ、深く頭を下げた紫輝に。
 廣伊も千夜も堺も、目を丸くしている。

「実は、少し前に。手裏軍の、金髪碧眼の龍鬼、安曇眞仲に、会ったんです。泉…に向かう途中で」
「「「はぁっ?」」」
 今度は、廣伊と千夜と堺が大声を上げた。
 ちょっとビビりつつも、紫輝は話を続ける。

「俺が行き倒れていたとき、助けてくれたのが。安曇で。彼は、記憶のなかった俺に、自分を弟だと思わせ、異世界からやってきた、みたいな、変な記憶を植え付けてみた、と。その、実験的な意味で。でも、あんま意味なかったって、いじった記憶は解除してくれたんだ。だから、あの話は全部なしで良いです」

 紫輝は、洞窟の前で。千夜に、天誠のことを問われたときから、ずっと考えていた。
 天誠が完全に注目されなくなる方法を。

 千夜、廣伊、堺、は。この世界のことをいろいろ教えてくれた、紫輝の協力者だ。天誠の安否も、いつも気に掛けてくれた。
 おおいに感謝するべき大切な人たち、なのだけど。

 本当なら。弟、みつかったよ。相談に乗ってくれて、ありがとう。って、めでたい報告をしたかった。

 でも、みんなは将堂の者だから。
 弟が、手裏の幹部である安曇眞仲だったことを言うわけにはいかない。

 このことを、ずっと黙っていることも、考えたが。元の世界に戻る努力をしなければ、天誠を探す努力をしなければ、いずれ誰かに、おかしいと思われてしまうだろう。
 でも絶対に、天誠と眞仲が同一人物という状況を、紫輝側から露呈するのは避けたい。
 兄である自分が、弟を窮地に立たせるなんて、そんなの、絶対にダメだ。

 でも紫輝は、昔から嘘が苦手で。
 だから、すでに天誠と再会してしまったのに、弟を探す兄の演技なんか、無理無理。できっこない。
 想像しただけで、顔がひくひくするし、声も面白いくらい震える。挙動不審どころじゃない。
 みんなの前に、いったいどんな顔をして立てばいいのだ?

「なぁ、どうしたらいい?」
 と。泉にいたとき、天誠に相談した。
 わからないことは、大抵、頭の良い弟に相談すれば、なんとかなるのだ。
 自分の気持ちと、今までの経過を話してみたら…天誠は『それ、良いな』と言った。
 真相とは、かけ離れているが、もっともらしい、堺の仮定話。
 それを取り入れれば、辻褄が合うだろう、と。そして案を授けてくれる。

「でも、安曇眞仲は天誠だから。眞仲の名前を出したら、良くないんじゃない?」
 もう、けっこう、頭がぐちゃぐちゃで、よくわからなくなっている中で。天誠に聞くと。

「金髪碧眼の安曇眞仲は、もういないんだ。でも、紫輝が金髪の安曇に会ったと言えば。将堂側は、安曇眞仲イコール金髪だと認識する。だが、紫輝に悪さをした金髪の龍鬼をいくら探したところで、そんな男は存在しない。現在、黒髪の俺にたどり着くことはないだろう。さらに、空想上の弟だった天誠も、この世から消える」
「えぇー、それじゃあ、天誠も、安曇眞仲も消えちゃうじゃん」

 なんだか、みんな、紫輝のそばからいなくなるような錯覚があって。悲しくなってしまう。
 眞仲が天誠を殺した件は、軽く紫輝のトラウマになっていて。
 天誠や眞仲の存在を消すことに、紫輝は拒否反応が出る。
 眉尻が下がる情けない顔で、たよりなく天誠をみつめた。

「馬鹿だな、兄さん。俺はちゃんと、ここにいるよ?」
 天誠が紫輝をギュッと抱き締めれば。紫輝も、いつものように安心できる。

「誰の頭の中に、いなくてもいい。紫輝の頭の中に、紫輝のそばに、天誠も、安曇眞仲も、存在している。それが真実。嘘の話で、天誠が消えようが、眞仲が虚像だろうが、構わないだろ? 重要なのは、紫輝の弟の天誠が、手裏の幹部の安曇眞仲だと、知られないことだ」

 そうだった。それを相談していたんだった。と、紫輝は思い直す。
 弟を守る。それが最重要事項だ。

 そんなわけで、紫輝は。
『頭のおかしい金髪の龍鬼に、記憶操作されました』話をして。天誠のことを有耶無耶にする作戦を考えていたのだ。
 そして、この話をいつ披露しようかと悩んでいたのだが。
 思いがけなく三人が一堂に会したので。今しかないと、クワッと目を開き、作戦を決行したのだった。

「え? でも、ライラは? それに天誠は、結局どうなったんだ?」
 千夜の問いかけに、紫輝は脳みそをフル回転させ、一生懸命答えた。

「ライラは…俺の飼い猫に間違いない。ただ、ずっと、ライラが力を貸してくれていると思っていたんだけど。それは、違った。ライラをでっかくしたのも、雷の力も、俺の能力の仕業だった」
 実際は、三百年の時を飛んで猫又になったライラの力だけども。
 猫又になったと、説明できないので。全部、自分のせいにしようと決めていた。
 なんとなく、ライラの手柄を横取りするみたいな気にはなるが。仕方がない。

「あと…天誠なんて弟、俺には…いなかった」
 嘘でも、弟がいないなんて言うのは、嫌だった。だから、声が震える。
 しかし、それが逆に、真実味を帯びたようだ。
 千夜が納得の表情をしている。

「安曇と会う前から、記憶がなくて。だから、俺が何者で、どこから来たのか、そういうのは。まだ、わからないんだけど。自分が龍鬼で、ここで生まれて…ってことはなんとなく思い出したというか。でも、心の支えにしていた弟が、本当はいなくて。安曇を弟みたいに思っていたってことが、のみ込めなくて。俺、混乱している。でも、みんな親身になって、天誠のこと心配してくれたのに。こんなことになって、申し訳ないって…」

「少し、落ち着こうか、紫輝。大丈夫だ。このことで、誰もおまえを責めたりしない」
 いつもの冷静な声で、廣伊に言われ。紫輝は胸に手を当て、跳ね上げていた鼓動を抑える。
 嘘って…嫌い。

「わからないことは、ゆっくり思い出せばいい。…混乱している紫輝に、こんなことを聞くのはどうかとも思うが。重要なことなので、聞いておくぞ。紫輝は今まで通り、私たちとともに、将堂軍で戦ってくれるのか?」
 廣伊の問いかけに、紫輝は何度も大きくうなずいた。
「もちろんだよ。追い出されても、行くとこないからな」

 それに、紫輝は将堂にいなければならない。天誠の足を引っ張らないように。
 内心、そう思っている紫輝の頭を。千夜が、乱暴な手つきでぐりぐり撫でた。

「なんだ、それでまた、ひとりで悩んで泣いていたのか? 目も開かないくらい、真っ赤に腫らして…早く俺に相談すればいいのに、水臭いぞ」
 その言葉で、紫輝は目元が腫れているのだと知った。
 眠くて、目が開かないのだと思っていたよ。

 紫輝が、このことを言い出せずに、陰で泣いていたと、千夜は思ったようだ。
 そうではないんだけれどぉ。

 昨日は、背負いきれぬほどの真実が、いっぱい明らかになって。泣いた。
 さらに別の意味で、天誠に、おおいに泣かされた。
 それこそ、日が昇るまで。執拗に愛され。紫輝も彼を欲しがった。
 それを思い出してしまうと気恥ずかしくなって。紫輝は頬を赤く染めながら、腫れた目元や顔をゴシゴシ擦った。

 でも、とにかくうまく誤魔化せたようで。紫輝は安堵の息を漏らした。
「だから、ひとりで敷地外へ行くのは危ないって、言っただろうが。よく、安曇に殺されずに済んだよな?」

「それは…あの男はこう言ってた。普段は、研究室に引きこもっているが、面白いものを拾ったから、生態研究を兼ねて、久しぶりに戦場に出てきた。おまえは良い実験材料になったし。同じ龍鬼のよしみで、殺すのは勘弁してやる。俺は、龍鬼の生態を解明するのが生きがいなんだ。貴重な検体を簡単に壊しちゃうのはもったいないしな…って。とにかく、変な人だった」

 金髪の龍鬼は変人で、頭おかしいマッドサイエンティスト。そんな感じを印象付けろと、天誠に言われていた。
 なので、ほぼ伝授されたセリフ通りに、そう言った。
 演技なんかできないけど、天誠の声真似したりして、紫輝なりに、がんばりました。

「ふーん、俺が見た安曇は、鬼剣士って感じだったが。この頃、目撃情報がなかったのは、研究に没頭していたからなのか? まぁ、賢龍と言われるくらいだから、地は研究気質なのかもな」
「…千夜、俺は本物の龍鬼だったんだけど。変わらず仲良くしてくれるか?」
「当たり前のこと、聞くな。馬鹿。俺は元々、龍鬼に偏見はねぇ。それに…」

 千夜は、なにかを思い浮かべるように、宙をみつめる。
「以前、戦闘態勢に入った龍鬼は、ぞくぞくするほど圧倒的だと言ったことがあったろ? おまえも『らいかみっ』撃ったときは、かなり凄味があったぜ。紫の炎を身にまとって、雷を落とす瞬間は。別人みたいで…ちょっと綺麗だった」
「なんだよ、堺のことはすさまじい美形だとか言ったくせに。俺はちょっと綺麗、かよ…」
 堺と美しさで勝負するのは、無謀だとわかっていたが。あまりの落差に、紫輝は唇をとがらせ。さらに、頬も膨らませた。
 その顔が、美しさから遠ざかっているのだと、紫輝が気づくことはない。

「まぁまぁ、つまり、今まではお嬢さんの能力と思っていたが。あれがおまえの能力だと言われる方が、いろいろ腑に落ちるって話だよ」
 無意識に、紫輝を龍鬼として見ていた、己の直感は正しかったのだな。と、千夜は心の中で思い。
 紫輝の頭を撫でくり回して、ご機嫌を取る。

「やーめーろー、寝癖が直らなくなるだろっ」
「直す気ねぇだろ、この耳、黒猫耳っ」
 千夜が跳ねた髪の毛を摘まみ、紫輝がニギャーと騒ぐ。
 ふたりのじゃれ合いに、廣伊がぱんぱんと手を叩いて水を差した。廣伊はいつでも冷静沈着だ。

「みんな、わかっているとは思うが。紫輝が安曇と接触したことは、内密にしよう。手裏の間者だと疑われるのは避けたいし。元より、異世界云々の話はできないしな。それで…この話は終了」
 部屋にいる四人がうなずきを返し。それで本当に、異世界騒動は終了…になれば良いと紫輝は思った。

 廣伊が部屋の扉を開け、追い立てられるように外へうながされてしまう。
 これからみんなと連れ立って、金蓮を出迎える場所へ向かうのだ。
 そういえば、こちらがメインの話だったっけ。

「紫輝、一緒に参りましょう」
 紫輝の隣に堺が並び、歩調を合わせた。
 千夜と廣伊は、少し先を歩いている。仲睦まじい、青と緑のキラキラが、なんだか可愛い。
 自分と天誠とライラも、いつか、あんなふうに。並んで、往来を歩くことができたらいいなぁ、と紫輝は思いつつ。
 今、隣を歩いている堺を見上げた。

「そういえば、堺。さっき、あんまり発言しなかったな」
 堺の、白く、長い髪が揺れる、優美な姿に。紫輝はうっとり見惚れる。
 太陽の光を吸い込んで、輝く白髪が、すごく綺麗だ。
 以前、彼と会ったときは、座って話をしていたから、わからなかったが。彼は長身だった。
 眞仲と同じくらいの身長なので、一九〇センチ以上ありそう。
 顔を上げる感覚は、眞仲で慣れているから、なんか親近感が湧く。
 でも、眞仲は黒、堺は白のイメージだから、対照的ではあるけれど。

「実は…貴方が龍鬼であることは、初対面のときから、わかっていたのです。なので、彼らほどの驚きは、なかったかもしれませんね?」
 少し先を歩く彼ら、千夜と廣伊を手で示し。堺は…紫輝にとっては、衝撃的な発言をする。
 だって、紫輝よりも先に、紫輝が龍鬼だとわかっていたということだから。
 紫輝は、驚きの眼差しを堺に向ける。

「ライラさん…」
 能面ほどの無表情さで、ライラの名を呼ぶ堺が…。先ほどの衝撃とはまた別の種類の衝撃を、紫輝にもたらす。
 驚きと笑いの波が、交互に紫輝に押し寄せる。
 が、紫輝は耐えた。主に笑いを。

「ライラさんにも、それなりの能力があるようですが。それとは別の波長が、貴方から出ています。望月は、能力発動時に紫の炎が見えたと言っていましたが。私には、常時、その炎が見えている。でもそれは、とても珍しいことなんですよ。普段、高槻の緑も、私の冷気も、目に見えませんからね。つまり。貴方の能力は強い。そして、貴方は間違いなく龍鬼だ。でも、あのときの紫輝は。動揺が激しかった。そのことを突きつけて、追い込みたくなかったから、あの場では言いませんでした」

 堺が自分を龍鬼だと認めている。そのことを、紫輝自身が、まだ本当の意味でのみ込めていない。
 天誠に、ここで生まれた龍鬼なのだと言われたけれど。
 そうなのかなって。理解しようと思うのだけど。
 自分で龍鬼の能力を出したことは、ないわけで。
 だから、どうしても『本当かなぁ』と疑う気持ちが、心の隅にあるのだ。

 堺も、天誠も、そう言うんだから。やっぱり自分は龍鬼…なのかなぁ。

 とはいえ。自分で『俺、龍鬼でした』と言い出しておいて、半信半疑の顔をするわけにはいかず。
 今はとにかく、先ほどの話を信じてもらった方が良いわけで。
 だから、堺がそう言ってくれてホッとした。

「しかし、先ほどの話は。あまりにも私の話を取り入れすぎだ。紫輝は…なにか、隠していることがある?」
「…あ」
 堺は、精神を操る能力に長けた龍鬼だ。きっと、ほんの少しの心の揺らぎも見逃さない。
 そして、紫輝の動揺は、完全に彼に知られたと思った。

 弟を守らなくちゃならないのに。こんな簡単なミッションもこなせないなんて。
 そんな己を責める気持ちで、紫輝は顔を青くしたが。
 堺は紫輝に、薄い笑みを浮かべて見せた。

「大丈夫。怖がらないで。私は、なにもあばいたりしない。誰にでも秘密はあるものです。でもみんな、私に秘密を覗かれたくないから、私から距離を置くのです。だから、私はいつも目を塞いでいる。せっかくできた友が、去ってしまうようなことは。私は絶対にしませんから」

 かすかに震える白いまつ毛を、堺はそっと伏せた。
 そんな彼を目にし、紫輝は、胸がギュッと絞られる感覚を味わった。

 堺を、傷つけてしまったんじゃないか?

 心を操る龍鬼であるがゆえに、人に理解してもらえず、さらに誰もが遠ざかっていく。そんな堺の悲しみが、ひしひしと伝わり。
 とてもせつない。そして、腹立たしい。
 みんな私から距離を置く、だなんて。そんな寂しいことを言うなんて、悲しすぎるよ。

 ひとりではないと、わかってもらいたくて。紫輝は堺の手を握った。
「俺、堺のこと信じている。今は、言えないことがあるんだ。でも、いつかきっと、堺にすべてを話すよ」
 彼の目をしっかりみつめ。紫輝はそう告げた。

 少し堺と会わなかった間に、紫輝にはたくさん秘密が増えてしまったのだ。
 でも、それを知られたくないから、という理由で。この孤高の人を避けるのは、間違っている。

 自分に親切にしてくれた人の心を、傷つけてはいけない。

 堺は自分の秘密に、決して触れたりしない。それをわきまえてくれる人だと、紫輝はわかっていた。
「ありがとうございます。こんな私と手をつないでくれる、貴方の優しさが大好きです」

 神が緻密に作り上げた、氷の彫像のように美しい堺が。麗らかな春日を思わせる微笑みを、見せてくれる。
 紫輝は、大事な友達を失わないで済んだことを知り。
 彼に嬉しさが伝わるくらいに、飛びっきりの笑顔を向けた。

 その直後。
 心臓が一瞬止まったと錯覚するほどの、強烈な殺気を感じた。

 ひとつのまばたきも許されないくらいの高速で、なにかが近づいてきて。
 紫輝は。反射的にライラ剣を後ろ手に掴み、引き抜いた。

 風を切る音とともに、ガンッと衝撃を受ける。誰かの剣を受けたのだ。
 紫輝に剣を当てた男は、もちろん、ライラの能力で生気を奪われ、倒れる。はずなのだが。

「…やっべぇ、効くなぁ」
 膝を地につきながらも、男は意識を失っていなかった。
 暗めの、赤い色の服を着ている。髪の毛は黒で、翼も大きな黒い翼。
 ギラリと光る鋭い視線を受け。
 マジ、怖い。紫輝はもう一度、剣を振り上げた。

「らっ…」
 ライラ、もう一度生気を吸って、とお願いするつもりだった。
 でも。待ったがかかる。

「いけません、紫輝。彼はジュンショウアコウ様です」
 堺が紫輝の振り上げた腕を掴んで止め。
 紫輝は堺に、ハテナ顔を向ける。

「手裏の人、じゃないの?」
「馬鹿が、よく見ろ。全黒じゃねぇだろ。俺はオオワシだ」
 地を這うような低い声を出す男は、左目が隠れるくらい、前髪を長くしている。
 よく見れば、真っ黒な翼の上部に、白いワンポイントがあり。確かに全黒ではないけど。

「てか、なんで意識あんの? この人」
「意識あんの? じゃねぇ。味方に攻撃しやがって…殺すぞ」
 気だるそうな様子で、男はその場で胡坐をかく。
 赤い衣服は、将堂軍の軍服と同じ形をしている。
 ということは、この男は、将堂の人。だな?

「殺すぞ、じゃないでしょう。なにやっているんですか、貴方は」
 もうひとり、いつの間にか、そばに立っていて。暴言男の頭を、スパンと、軽く手で叩いた。
 軽いツッコミ的な?
 驚いたのは、気配がなかったこともあるが。

 ツッコミの人が、すっごい桃色だったからだ。

 ふんわりと微笑む表情は、可愛い系美少女風。そして大きな目を、優しげに細めている。その瞳の色が、赤ピンク色で。ゆるやかなウェーブの柔らかそうな髪は、薄ピンク。翼は刃先がお尻の下まである桃色肉厚大翼。
 これは間違いなく…。
「フラミンゴっ…」
「正解です」
 語尾にハートマークが見えそうな感じで、可愛らしく言われ。紫輝は、ちょっと頬が赤くなってしまう。
 っていうか、声は、はんなりしているけれど。男性の音域だし。紫輝より身長が高く、細身の紫輝よりも鍛えられた体格だから、しっかり男性なんだけど。
 でも、ふんわり桃色美少女…風。

「正解です、じゃねぇ。おまえがフラミンゴなのは、見たまんまだろがっ」
「怒りたいのはこっちなんですけどっ。僕は声をかけて、ちゃんと挨拶するつもりだったのに。アコウのせいで『頼れる上司、華麗に登場』の場面が台無しだよ」

 プンプン怒っているけど、桃色の人の声は、まろやかで。とても耳に心地よい。
 軍服は、アコウと呼ばれた暴言男と同じ、暗めの赤色だから。同僚?
 目は真ん丸でピカピカしていて、透き通るような白い肌、鼻と唇は小さめで可愛らしい。
 でも、男…。

 あれ、この世界に来て。女の人、見てないかな?
 いやいや、山のふもとの村人の中に、いたな。
 良かった、女性が全くいない、BL異世界じゃなくて。
 てか、ここは異世界じゃなくて、未来の日本だから、女性がいなきゃ、人口が増えないじゃん。

 まだ、異世界脳が払拭できていないな。
 早く、ここが未来の世界だって、脳にインプットしなきゃ。

 なんて考えが、脳裏に数秒でよぎる。
 昨晩、天誠によって、容量オーバーな情報を与えられ。頭が未だ、整理できていない紫輝だった。

「こいつ、ツキテルに見惚れてやがる」
 揶揄するように、アコウに言われ。
 紫輝は、彼を凝視していたことに気づいて、さらに頬を赤らめた。

「すみません。不躾ぶしつけに見ちゃって…」
「ううん、僕たち、新しい龍鬼の君に挨拶しに来たんだよ? 僕は、側近の瀬来月光せらいつきてるです。月光って書いて、ツキテル。珍しくて、覚えやすいだろ?」

「すごい、名前のイメージ…印象がぴったりだ」
 色目はピンクで、目を引くが。彼がまとう、淡く儚い雰囲気は。月の光のように、柔らかい。
 ストンと納得のいく心地よさに、感動し。紫輝は彼と、ニコニコと笑い合った。

「月光さん。俺は、間宮紫輝です。第五大隊二十四組。よろしく」
 紫輝はライラ剣をしまい、挨拶した。

 そこへ、先を歩いていた廣伊と千夜が、慌てて戻ってきて。膝を地につく。
「アコウ様、瀬来様、部下の非礼は私がお詫びいたします」
 廣伊が頭を下げた。
 ってことは、上官だ。

 慌てて、紫輝も廣伊の背後に回り、膝をつく。
 そういえば、将堂の階級って、上から、大将、准将、側近、将軍、参謀…。
 あれ、ジュンショウアコウって。准将、赤穂? と、紫輝が思いついたところで。
 暴言男が、ゆらりと立ち上がる。

「紫輝くん、こちらは右軍総司令官。准将の、将堂赤穂様だ」
 駄目押しで、月光が彼を手で示して紹介する。

 紫輝は…終わったと思った。

 赤穂も月光も、年齢は紫輝と同年代のように見えた。だから、ずっとタメ口だったけど。
 まさかの、上官だったとは。
 生気も吸っちゃったし。完全にアウト。
 せっかく、天誠のことは有耶無耶にできたのに。

 別のことで、死の予感。

「高槻、顔を上げてください。赤穂が先に仕掛けたので、紫輝くんには、落ち度がありませんから」
 月光が廣伊をうながしたことで。廣伊は小さくうなずき。
 千夜と紫輝にも、立つようにと目で合図する。

「うわ、右軍幹部勢揃い…俺なんでここにいるんだ? 場違い感半端ない」
 千夜が上官には聞こえないように、小声でつぶやく。
 紫輝は、彼らに目を移した。

 堺が一番長身で。赤穂、月光の順で十センチくらいずつ低くなっていく。大中小。白、黒、ピンク。
 紫輝が所属している、右軍の、一番偉い人は、赤穂。
 その次に偉い人、月光。
 そして、その次に偉い人、堺。

 堺って、なんだか心許こころもとないイメージだけど、階級的には本当に偉い人なんだなぁ?
 なんて。今更ながら、紫輝は思うのだった。

 でも、自分の隣にいるときの堺は。綺麗で、優しくて、ちょっと繊細な、友達だ。

「第五大隊が到着した直後に、手裏の大掛かりな攻勢が始まり。新しく入軍した龍鬼の扱いに、手が回らなかった。今日は手が空いたから、顔を見に来ただけだ」
「ご命令があれば、こちらから紫輝を向かわせましたけど。それに、本日、手は空いていないはずでは? これから金蓮様がいらっしゃるというのに…」

 赤穂の説明に、廣伊が返すが。
 なんというか。廣伊、上官相手にそんなこと言って良いの? って感じで。肝が冷える。

「ふふ、高槻は、相変わらず。俺に厳しいな。ま、お察しの通り、この頃やたら耳に入る、噂の新しい龍鬼がどんなもんか、試したくなっただけ。なかなか面白そうなやつだ。気に入ったぜ? 紫輝」

 赤穂は紫輝に視線を合わせ、ニヤリと笑う。
 近くにいるだけで、ビリビリ伝わる、赤穂の迫力。
 剣を合わせる前に感じた、足がすくみそうになるほどの殺気。
 紫輝は。彼を、怖いと感じる。
 だけど、なにかが魅かれる。赤穂は不思議な人物だった。
 暴言は、いただけないが。

「そう。あと、堺だ。おまえ、姿が見えないと思っていたら、こんなところに隠れていやがって。…ったく、逃げ回ったって、右将軍が。大将に、挨拶なしで済むわきゃねぇだろうに」
「…ご挨拶の場には、参るつもりでした」

 文句を垂れる赤穂に、堺は、表情を一切消す能面顔で頭を下げた。
 でも、なんとなく、堺が脅えているのが。紫輝に伝わって。
 堺は、将堂軍最強の龍鬼なのに。なんでそんなに、赤穂を恐れるのか? 理解できない。
 できないけれど、脅えているのが可哀想で。
 紫輝は。つい、口を出してしまった。

「堺のこと責めんなよ。大将は、龍鬼を忌み嫌っているそうじゃないか。そんな人の前に、堺を行かせたくない」
 紫輝の言葉に、サッと、息苦しいほどの緊張感が広がった。
 赤穂は、最上級の上官だ。紫輝が言葉を発していい相手ではない。
 でも。この場で声を発してはならない、千夜はともかく。
 廣伊も堺も、月光も。紫輝を咎めなかった。
 ただ、なにが起きても動けるように、注意深く様子をうかがっている感じ。

「言うねぇ…」
 赤穂は、風が通り過ぎるかの如き速さで近づくと、紫輝の黒髪を鷲づかみにした。
 ふぇぇっと、紫輝の口が小さく開いてしまう。
 今、らいかみっと叫ばなかった自分を褒めたいぃ。

「…ん? 俺の髪質に似ているな」
 喧嘩になるかと思っていた。
 最悪『らいかみっ』を撃たなければならないだろうか、とも考えていたのだが。
 その赤穂の一言で、紫輝の目がピッカリ輝いた。

「えっ? ゴワゴワ仲間? 朝、ハネハネ? そういえば、そのノラ猫みたいな悪い目つきも、親近感湧くぅ」
 思いがけなく意気投合して、紫輝は笑んだ。
 赤穂も、紫輝の頭をポンと軽く叩いて、終了してくれる。

「そうやって、堺を守ってやろうと思う男気は、悪くない。だが、堺には地位がある。地位がある者には、やりたくなくてもやらなければならない、やっかいな仕事ってものをやる使命があるんだ。わかるな?」
「…はい」
 不満に思いながらも、返事をする。
 自分たちも、遠目からでも、金蓮の出迎えには出なければならない。
 地位のある堺は、もっと金蓮に近づかなくてはならないってことなんだろう。

「堺、おまえも。こんなガキに守ってもらってんじゃねぇよ。まっ、こいつに守ってもらう心地よさってもんは、格別なんだろうが? なぁ、堺?」

 横にいる堺の足に、赤穂は蹴りを入れる。
 ただ、堺は。たおやかな美人だが、眞仲と同じくらい体格がいいわけだから。蹴りひとつくらいでは、ビクともしないのだ。

「はい。格別なんです。私の、自慢の友達なので」
「で、その大事なお友達の紫輝ちゃんは、なんで、こんな大きくなるまで発見されなかったんだ?」
「…紫輝は、記憶喪失です。なので経緯は不明です」
「ふーん」
 すっごい怪しげな目で見られ、紫輝は、赤穂のその空気感に耐えきれず、視線を外す。

「まぁ、いい。情報網の再確認をしろ。龍鬼の目撃情報は、どんな些細なものでも報告させるんだ」
「至急手配します」
 なんの話か、イマイチわからないが。堺が赤穂に頭を下げたから、またイラッとしてしまった。

「堺をこき使うなよ、赤穂様」
「堺は俺の部下だから、こき使ってもいいんですぅ。つか、おまえも、俺の部下な? 無礼極まりないけどな? その取ってつけたような様づけとかな? 気持ち悪いから、いっそ呼び捨てにしろ」
「恐れ多いことですぅ、赤穂様」
「キモッ」

 紫輝は赤穂に、中指で、頭を小突かれた。
 その光景を見て、廣伊も千夜も堺も、顔を青くしている。
 しかし、もはや口もはさめない感じだ。
 でも、悪態つきながらも。赤穂が気分を害していないことは、なんとなく紫輝にはわかっていた。
 そんな、周りが戦々恐々としている中、桃色の空気感で、月光が割って入る。

「えぇ、なになに? なんで赤穂だけ、紫輝くんと仲良くなってんの? ずるいぃ」
「「仲良くない」」
 同じタイミングでハモってしまい、ふたりともに、ムムッとなってしまう。

「ちっ、いつまでも遊んでられねぇ。行くぞ、月光。堺もだ」
 軽快な足取りで、赤穂は木の根が出張る樹海の森を歩き去っていった。
「またね、紫輝くん」
 軽く手を振って、月光も赤穂のあとをついていく。
 フラミンゴとオオワシなのだが。
 紫輝の中のイメージは、狼に懐くうさぎだ。
 あんなふわふわさんが、赤穂みたいな暴言男の側近で、大丈夫かな? 心配だ。

「では、私も参ります。紫輝、また会いましょう」
 渋々、といった様子で。堺も、赤穂を追いかけようとしていた。
 そこを、紫輝は。堺の手を握って、止める。

「堺。大丈夫。嫌な話は、なにも聞かなくていいからな? もし、傷ついたら、すぐに俺のところに来て。それと…赤穂のことだけど。多分、堺のこと迎えに来たんだよ」
「赤穂様は、紫輝に会いに来たのだと思いますが…」
「俺こそ、ついでだよ。あいつ、暴言多くてわかりにくいけど。堺の立場が悪くならないように、考えてくれてるじゃん。心配してくれる人は、俺たち龍鬼には、貴重な存在じゃないかな?」
「…そうですか?」

 堺は、表情には出ていないけれど。若干、嫌そう。
 きっと、長年、赤穂の暴言を浴びていて。心が傷ついているんだろうな、と。紫輝は心中おもんぱかってみる。

「まぁ、見ようによっては、だけど。堺は赤穂が苦手みたいだから、無理強いしない。俺の言葉は、心の隅っこに置いておいて」
「赤穂様も瀬来も、一癖も二癖もある御仁です。簡単に心を開けば、やけどする。でも、紫輝の言うことですから、私も見方を変えて見てみようと思います。…その気になったら」

 会釈して、堺も樹海の中へ消えていった。
 あの言い方では、堺が赤穂を見直すのは、時間がかかりそうだ。
 でも、仕方がない。あの赤穂の暴言は、大概の人が傷つく代物だから。
 面白がれたら、良い友達になれる。そういう人種なんだけどな?

 堺は、月光のことも、癖があると言っていたが。そうなのかな? 一見じゃわからなかったけど。
 確かに、ただのふわふわさんじゃ、赤穂の側近は務まらないかも。
 そういえば、赤穂にツッコミ入れてたか。

 それにしても、赤穂。一体なにしに来たのやら。
 本当に、堺を迎えに来ただけなら良いけど。
 目を、つけられたくないな。面倒な予感しかしない。

「おまえ…マジ、ありえねぇわっ」
 上官たちが去ったあと、突然、千夜がキレた。
 瑠璃色の翼を、ばさばさ羽ばたかせて、怒りをなんとか解消しようとしているみたいに見える。

「なに、赤穂様としゃべくってんの? 赤穂様は、右軍の一番偉い人っ! 俺たち一兵士が、本来、顔も拝めないような人だぞ。いつ斬りつけられるかと、ひやひやした。もうっ! マジ、ありえねぇっ」
「千夜、心配してくれたんだな? 大丈夫、赤穂は悪い奴じゃねぇよ」

 彼が安心するように、紫輝は笑いかけるが。
 千夜はさらに、怒りを増した。

「へらへらしてんじゃねぇ。つか、様な。赤穂様。様つけろや、他の奴らに聞かれたら、やべぇからな、マ・ジ・でっ!」
 せっかくセットしてある横髪の編み込みを崩す勢いで、千夜は青い髪を、手でぐしゃぐしゃ掻き回す。

「それを言ったらさぁ、廣伊だって、赤穂…様に、結構ずけずけ言ってたじゃん?」
 パニック起こしている千夜とは対照的に、廣伊は涼しい顔で、衝撃発言をサラリとかました。

「あぁ、それは。私は彼らの教育係を務めていたことがあったからだ。正確には、当時、幹部候補だった彼ら、だが。いわゆる、戦の先生」

「先生? 赤穂…様たちの? 上官の先生が、なんで組長やってんの?」
 単純な疑問を、紫輝は廣伊に投げた。
 だって、右軍の、一番上の人の先生なら。一番上の、さらに上、なんじゃないのか? と思ったからだ。
 無邪気な紫輝の質問に、廣伊は微笑みで答える。

「それはもちろん、失脚したからだ」

 心臓に直撃をくらい、紫輝はハウッと息を詰まらせた。
 聞いちゃいけないことを、聞いてしまった。
 でも、廣伊は。あまり気にしていないようだし。
 赤穂たちも、廣伊に悪い感情を持っていないような態度だった。

 失脚って…なんですか? と思いはするが。
 さすがに、これ以上は聞けなくて。紫輝は黙り込む。

「まぁ、それはともかく。私たちも、そろそろ目的地へ向かおう」
 肩口まで伸びた、エメラルド色の髪をなびかせて、廣伊は前を歩いていく。
 千夜は、廣伊の左斜め後ろに、ここが定位置ですと言わんばかりに、収まる。
 馴染みのある、いつもの光景。
 紫輝は、なぜだか安堵しつつ、彼らのあとを追う。

 常々、廣伊は出来た上司だと、紫輝は思っていた。
 上から目線、というわけではなく。
 この世界では忌み嫌われる、龍鬼の立場で。将堂軍の中でも荒くれだと言われている、二十四組を。問題なく、統率しているわけだから。それだけでも、出来た上司なのだ。

 千夜の話だと、六年も、二十四組の組長をしているらしいが。
 一時は、上官の先生をしていたような人が、何故?

 紫輝は、廣伊を上司であり、友達であると認識しているが。

 まだ、高槻廣伊という人物を理解しきれていないなと感じた。
 高槻廣伊、何者? 謎の人だ。

 そんなことを考えているうちに、紫輝たちは金蓮一行を出迎えるポイントに到着した。
 前線基地の中は、敵の奇襲を避けるため、ほとんどの道が整備されていない。
 しかし、大隊の入れ替えが行われるときに使用する、幅広の道が、一本だけ整備されている。

 紫輝たちも、前線基地に向かうときに通った道だ。
 その道を、金蓮の乗る馬車と、護衛の隊列が進んでいる。
 紫輝のいる場所からは、ほんの豆粒ほどにしか見えないが。それでも、出迎えをしないのは非礼に当たるらしく。意味がないなと思いながらも、紫輝は黙って隊列をみつめるのだった。

 道沿いには、くたびれた軍服を着る右軍の兵士。
 汚れひとつない、パリッとした軍服を着用する、金蓮の隊列との対比を。ぼんやり目にしつつ。

 紫輝は、天誠とライラのことを考えていた。

 紫輝はずっと、天誠を探し出し。ライラと自分の三人で、無事に元の世界に帰還することを目標にして、過ごしてきた。
 その目標は、叶わなかったけれど。
 でも新たに、紫輝と天誠とライラ、みんなで穏やかに暮らせる環境を作る、という目標ができた。

 これからは、目標を目指して努力し、この地で生きていくのだ。

 天誠とライラの人生を狂わせた、という重罪を、生涯抱えていく。
 そう、紫輝は決めていた。
 たとえ天誠が、そうじゃない、それは自分が選んだことだと言ったとしても。
 紫輝は、彼らを巻き込んでしまった原因は、自分だと思っている。

 でも、ごめんなさいと泣いて、謝って、許しを請うだけでは、自己満足。
 そんなことを、天誠もライラも、紫輝に求めていない。
 三人で、元気に、楽しく暮らしていく。そんな幸せを、彼らは望んでいるのだ。

 天誠とライラの望みは、紫輝の望みと同じもの。
 だから紫輝は、その幸せを掴みに行く。

 己の贖罪は、彼らを幸せにすることで果たされる。そう思うのだ。
 そのためには、自分も幸せにならなきゃ。
 自分は、龍鬼だから。この世界で生きるのは、正直しんどいことばかりだろうけれど。
 でも、愛する者たちや仲間とともに、明るく、たくましく、生きていく。

 不器用ながらも前向きに。それが今、己がやるべきことなのだ。

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