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番外 賢龍、安曇眞仲 1 ▲
◆賢龍、安曇眞仲 Ⅰ
将堂家総帥の将堂金蓮が、前線基地で華やかな行進をしている頃。
手裏が拠点にしている森の中で、手裏家総帥の手裏基成が、兵士をねぎらう宴会を催していた。
頭から足まで覆う、黒のマントに身を包む、ふたりの龍鬼を従え。手裏基成は壇上に上がる。
漆黒の大翼を、威圧するべく広げ。手裏の兵士たちに、檄を飛ばした。
「将堂は、あと一息で、我らに跪くだろう。金蓮の首を、我に差し出せ!」
総帥の鼓舞に、地響きがするほど、兵士たちの歓声が沸いた。
基成は、壇上を降り。
部下に、兵士たちが宴席を満喫できるよう取り計らえ、と言い置いて。そのまま自室に下がった。
わずらわしい人目から解放され、基成は息をつく。
黒髪をさらりと掻き上げた、その手にはまる、腕輪の黒水晶がキラリと光った。
「一言で兵士たちを支配する、その手腕はさすがだな、安曇」
続いて部屋に入ってきた、黒マントの人物。ふたりのうち、ひとりがフードを取り払い、言った。不破だ。
手裏基成のふりをしていた、安曇眞仲は。不破に、不敵な笑みをニヤリと返し、黒マントを身につける。
黒のマントは、手裏軍の中では、龍鬼の代名詞のようなものだ。
「だが、今回の攻撃は、ずいぶん腑抜けたものだったな? 真っ直ぐに当たり、なんの策もなく引くとは。悪戯に兵士を消耗しただけではないか。賢龍、安曇の戦略らしくない」
それは、そうだ。紫輝が参加している将堂軍に、本気を出すわけにはいかない。
と。内心、眞仲は思いつつ。
それを一切、顔には出さないで、言い訳を繰り出す。
「次の戦に備えただけだ。手応えがなければ、そんなものかと、将堂軍は勝手に油断してくれるだろう? 隙を突くための流れだよ。連戦連勝じゃ、いずれ窮鼠猫を噛む…かもしれない」
ネズミじゃなくて、鳥だけど…と。脳内で、眞仲は自分に突っ込んだ。
「そうか。まぁ、おまえのことだ。五手も十手も先を読んでの行動なのだろう。安曇の言うとおりに駒を進め、あとは将堂軍を壊滅させるのみ…というところまで来たのだからな。信頼しているよ」
黒いマントをひるがえし、不破と、もうひとりの黒マントが、眞仲の部屋を出て行った。
ふたりの後ろ姿を、眞仲は冷ややかな視線で見送る。
今までは、仲間だった。
でも、今は仲間じゃない。紫輝と再会してしまったから。
紫輝。兄さん。俺の太陽。
己の生きる意味は、紫輝を愛すること。ただそれだけだ。
兄と再会するまで、とにかく長く、つらい日々だった。
思い出したくもない、日々。
だが、脳裏にいつまでもはびこる、忌々しい日々。
ふと、眞仲は今までの軌跡を頭の中でなぞっていった。
★★★★★
あの、大きな手に掴まれる以前。
四月九日は、天誠、十七歳の誕生日だった。
両親が渡米する前の、その日に。天誠は、紫輝に告白をした。
「僕は、兄さんが好きだ。恋愛の対象として見ている。だから。これから、父さんも母さんも、この家からいなくなるけど。兄を恋愛対象としている弟と、一緒に暮らせないと思うなら。兄さん、どうするか、選んで? 父さんたちと一緒に、アメリカへ行くか。それとも…僕が。寮生活や一人暮らしを考えてもいい。兄さんの望み通りにするよ」
自分の部屋に紫輝を呼び、ふたりきりになったところで。天誠は紫輝に選択を迫った。
両親が渡米したあとでは、養子である紫輝は、両親に遠慮して、身動きが取れなくなってしまう。
邪な弟から離れたいなら、今しかない。
兄さんが、心穏やかに過ごせない状況を作りたくないんだ。
そのような態を装いつつ。
実際は、紫輝に意識させたかったのだ。
隣にいるのは、狼だ。両親はもう守ってくれない。それでも、いい? いいよね? と。
告白した天誠に、紫輝は。ちょっとだけ困った顔をして。それでもきっぱりと言った。
「天誠が、この家を出て行くのは、違うと思うし。俺、アメリカへ行く気ないし。そもそも、天誠と一緒に暮らせないなんて、思わない」
うん。知ってた。
兄さんは、そう言うだろうって。
紫輝が、己を気持ち悪いと思い、一緒に暮らしたくないと言うなんて。天誠は欠片も、思いはしなかった。
ただ、確認しただけ。
紫輝の目が、己にシカッと向いているか。
紫輝の愛情が、確実に自分に向けられているか、を。
「告白の返事は…今すぐには、できないけど。あ、それとも、恋人じゃない俺とは、一緒に暮らせないか?」
「それは、ない。ただ、兄さんが僕のこと、気持ち悪いって思うかと…」
「子供の頃から、今までさんざん、好き好き言ってきた弟を、今更、気持ち悪いなんて思うかよ。バーカ」
照れくさそうに、ほんのり頬を染め、唇をとがらせて言う『バーカ』。
殺す気か?
「俺、ちゃんと、考えるから。おまえも、俺ばかり見ているんじゃなくて、いろんな人と出会って、選択肢を狭めないようにしてくれ。あと、一年。天誠が十八歳になるまでに、答えを出すよ」
兄さんは、黒水晶がはめ込まれているかのような、キラキラした瞳で、真っ直ぐにみつめてくる。
自分との仲を、真剣に考えてくれる兄さん。
あぁ、可愛い。今すぐ抱き締めたい。
十八歳まで、一年か。長いな。
なんて、そのときは考えていた。
まさか、それから。八年もの年月を、待たなくてはならないなんて、思いもせずに。
ともかく、紫輝は天誠との生活を受け入れてくれ、両親は問題なく渡米した。
たったの三日だけ、天誠と紫輝は、同い年になる。その数日を満喫し。
そして、四月十二日。運命の、紫輝の誕生日がやってきた。
天誠は、プロポーズの意味合いを込め、紫輝に腕輪を贈った。
なにがあっても、紫輝のそばにいる。離れない。逃がさない。
もしも自分の愛を、紫輝が受け入れなくても。
天誠は、紫輝を誰にも渡す気はなかったし。紫輝の隣を、誰にも譲る気もなかった。
男にも女にも、紫輝の愛情を、一片たりとも渡さない。
だって、兄さんは。確実に、己を好いている。
それは、デフォ。標準設定。当たり前。
紫輝が、己の愛を受け入れないとき。
それは、養子という恩情を盾にして、両親が強固に反対するときか。
健全な兄の魂が、兄弟相姦という禁忌に引っかかり。さらに、それによって、天誠が不利な立場に追いやられるときか。
どちらにしても、紫輝が、己への愛情を失うことなんかあり得ない。
天誠は、そう自負していたし。どちらの場合でも穏便に解決できる自信があった。
天誠が十八歳になるまで、と紫輝が期限を設けたのは。天誠を受け入れられない、という理由ではなく。おそらく紫輝自身が、十七歳の自分を、子供だと思っていたからだ。
まだ学生である、両親に庇護された子供。責任感の薄い子供。性的にも未熟な子供。
でも、十八になった紫輝は、そのすべてに考えを至らせている。
もしも、天誠と恋人になったら。両親に激しい怒りを向けられても、最悪、家を追い出されても、なんとか生活できる自信があり。
世の風潮である『彼氏、彼女』という浅い付き合いではなく、一生添い遂げるつもりで、天誠の人生に責任を持ち。
性的な意味でも、天誠に身を任せる覚悟を持つ。
ちゃんと、そこまで考えてくれている。
そして天誠が十八歳になったときに、紫輝と同じく、愛情や責任や覚悟があるのかと、問う気だろう。
余裕です。全く問題なし。
だって、そんなことは、小学生のときから、考えに考え抜いて、確固とした信念をもって、覚悟済み。
兄さんを嫁にする気、満々。
生半可な気持ちで、兄のファーストキスを奪ったりしません。
ファーストキス…といえば。
唇にチュウは、実は六歳くらいからちょこちょこしていた。
主に、寝ている兄さんや、寝惚けた兄さんに。
でも、いつもライラに尻尾で邪魔されていたが。
あの頃から、ライラには、兄さんの守護に特化した、猫又的な自我があったと思われる。
恐るべし、ライラ。
紫輝の意識があるときにした、いわゆるファーストキスは。兄さんが十歳の誕生日のときだ。
その日は、紫輝が庭に突然現れた日と、同日で。
天誠は、紫輝が来たときと同様に、突然消えることなく、五年が経ったことに、とても感動したのだ。
そして、その気持ちのままに、キスした。
大好きな兄さん。僕の前から消えないで。
絶対に、いなくならないで。
ずっと僕のそばにいて。
そんな気持ちで。切実に。すがるような心持ちで。
兄さんは、目がこぼれ落ちそうなくらい、大きく見開いて、驚いていたけれど。弟の、ちょっと情熱的なキスを拒んだりはしなかった。
身長は、そのときはまだ、紫輝の方が大きくて。ちょっと格好悪かったけれど。
自分の身長が伸びるまでなんて、待てなかったんだから、仕方がない。
っていうか、一目惚れをした、幼さMAXの目んめが、大きくて。ぽやっとしていた、凶悪に可愛かった兄さんが。
自分を柔らかく抱き止め、怒るのではなく、あくまで諭すように『兄弟で唇にチュウしちゃダメって、母さんが言っていたよ?』と優しく言うなんて。
ちょっと大人びた兄さんの、愛らしさったらない。
くらくらして、もう一回キスしようとしたら。
今度は拳骨、飛んできたけど。
まぁ、それはともかく。
兄さんが十八歳まで待てと言うのだから。待つしかない。
待つよ? 待つけど。
恋人になったら、もう一度ファーストキスしてもいいかな?
もう一度、ファーストキスって。日本語おかしいけど。
恋人になってからのファーストって意味で、いいよな? うん。
それまで、あと一年。
兄さんが心移りしないように、しっかり監視はさせてもらうよ。
兄さんはおそらく、両親との、円満な和解も狙っているのだろう。
大人になった自分たちの意志を、尊重してほしい。と、話を持っていくつもりだろうな?
だから、十八歳なのだ。
(でもね、兄さん。父さんも母さんも…俺の気持ちは、子供の頃から知っていると思うよ? 兄さんを養子にしてくれと駄々をこねた、あのときからね。『天誠の初恋は、お兄ちゃんだものね』って、母さん、よく言っていたしな…)
腕輪を受け取った紫輝が『天誠、あのさ…俺…』と、なにかを言いかけて。
その直後に、あの手に掴まれた。
兄さんは、なにを言おうとしていたのかな?
山の中にひとり放り出された天誠は。いつまでも。いつまでも。そのことを考え続けていた。
★★★★★
二二九三年、四月。天誠は山の中、ひとりでタイムアウトした。
当時は年号も、なにが起きたのかも。もちろん、わからなかったが。
天誠は、紫輝がタイムアウトしたあとに取った行動と、ほとんど同じことをした。
動かないスマホを確認したり、山を降りてみたり。そこで翼を持つ村人と出会い、龍鬼が出たぞと騒ぎ立てられ、石を投げられた。
紫輝と天誠の違いは…助けてくれる人と、出会えなかったことだ。
山に戻った天誠は、人と接触できず、食事に困窮して。飢餓状態で、行き倒れ寸前まで追い込まれた。
そこを、当時、あの山小屋を住処にしていた、きこりに拾われる。
きこりは、天誠を助けたのではない。
天誠が身につけていた腕輪に目をつけ、同じものを作れと強要されたのだ。
木製の足かせで、自由を奪われ。焚き木置き場だった掘っ立て小屋に、閉じ込められた。
幸い、というかなんというか。革細工を作るキットが、鞄の中にあり。きこりの望む物を提供できた。
革細工は、戦用品として需要があり、高値で売れたのだ。
そんなことは、飼い殺しの監禁状態だった天誠に、知る術はなかったのだが。
食事は与えられたが、微々たるもので。足を全く動かせないから、体力も落ちていき。
生かさず殺さずで、一日中働かされる日々。
きこりは、羽のない天誠を蔑み、口を利くのも嫌そうだ。
ただ、金づるだから、死なない程度に食事をやり、臭くならないよう環境整備するだけ。
家畜だって、もう少し丁寧に世話をされる。
つまり、家畜以下の扱いだったのだ。
そんな監禁生活が、五ヶ月ほど続き。
天誠は、きこりや、こんな状況に己を追い込む世界を恨み。精神を病んでいった。
ただ…この世界に紫輝がいるのではないか? と、それだけが心配だった。
困っているのではないか?
紫輝に会いたい。
あの綺麗な黒い瞳で、またみつめてほしい。
紫輝への思慕を抱くことで、天誠は命を細々と繋げていたのだ。
★★★★★
転機は、九月。不破が、革細工職人の元を訪れたことだった。
天誠を監禁したきこりは、粋な革製小物を作る職人として、名を売り始めていた。
しかし彼を知る者は『あの男に、そんな繊細な物が作れるはずがない』と噂していて。
そのうち、こそこそするきこりを訝しんで『龍鬼を飼っているんじゃないか』とまで言われていた。
きこりはそれを否定する。龍鬼が作った物だと言ったら、売れなくなるからだ。
不破は。最初は、手の傷を隠したくて。噂の革職人について、情報を集めていた。
だがその中に『龍鬼を飼っている』という話があり。
聞き捨てならない、その情報の真偽を、確かめずにいられなかった。
龍鬼である不破は、龍鬼が冷遇されているのを見過ごせない性分だったのだ。
不破に問いただされた、きこりだが。最初はしらばっくれた。
しかし、倉庫と呼ぶのもおこがましいボロ小屋の中で、天誠を発見し。きこりを即座に捕縛した。
そこで、天誠は。不破に保護されたのだ。
すぐに足かせを外してもらい、立ってみる。
天誠は。もし、紫輝が、あのきこりに捕まってしまったら、とか。ここから出られたら、すぐにも紫輝を探しに行くのだ、とか。考えていて。
筋肉を落とさないよう、足上げや負荷をかけて、ふくらはぎを鍛えていたのだ。
それでも、ずっと両足首を固定されていた天誠は、歩くことも、ままならなかった。
自分をここまで貶め、人としての尊厳を踏みにじったきこりに、天誠は烈火の如き憤りを感じた。
「君が、こいつを処分するか?」
不破は腰に差した刀をスラリと抜くと、柄を天誠に向ける。
天誠に迷いなどない。
刀を受け取るやいなや、躊躇なく振り下ろした。
剣道をかじっていたので、基本の動作は備わっている。
きこりは、助けてやっただの、世話してやっただの、ほざいたようだが。
天誠の耳に届くわけもない。
きこりを一思いに殺したあと。後悔はなかった。
飛び散った赤い血が、うぜぇと思っただけ。
ただ、紫輝になんて言えばいいか、と。それだけは悩んだ。
「それだけ消耗しているにもかかわらず。なかなか良い太刀筋だ。ところで、私は革細工の依頼に来たのだが、君が作り手なのならば、私の手甲を作ってもらえないか?」
初対面の男が、いきなり人前で殺人をしたというのに。その相手に、何事もなかったかのように、革細工を依頼する。この男も、ぶっ飛んでいるな…と。天誠は思いつつ。刀を彼に返す。
そのとき、天誠は見てしまった。
男の手に、特徴的な傷がついているのを。
それは天誠と紫輝とライラを掴んで、穴に引きずり込んだ、あの手と同じ。
天誠は、この男が、自分たちをここへ連れてきた人物だと確信した。
あの手は、紫輝に狙いを定めていた。
もしかしたら、紫輝は、この男の元にいるのかも?
「貴方は、命の恩人です。俺で良ければ…貴方の役に立たせてください」
素知らぬ顔で、天誠は、男の依頼を承諾した。
彼がどういうつもりで、自分たちをここへ呼んだのか。理由がわからない。
紫輝の命を脅かされないためにも、慎重に、事を進めなければならない。
そして、うまく、この男に取り入らないと。
天誠は頭の中で、緻密な計画を立てていった。
ふたりは、これからのことを相談するため、きこりが住処にしていた山小屋へ、足を踏み入れる。
そこには、天誠が作った革製品で儲けた、この世界の通貨や、上等な衣類や宝石が、乱雑に置かれていた。
「急に羽振りが良くなろうと、そうそう金は使えなかったようだな。ここにあるものは、君が貰ってしまえ」
「…いいんですか?」
「君が稼いだものだ。それで…君はどうしたい?」
どうしたいもなにも。天誠は監禁生活が長く、この、翼の生えた人間が生活する世界のことが、なにひとつわからず。悩んでしまう。
突然、大金が舞い込んできても、使用方法も通貨価値もわからない。
まずは、ここがなんなのか、知らないと。
そういえば、目の前の人物には、羽がない。
「あの…翼が、ないんですか?」
「あぁ、そうだ。私は龍鬼だからな」
「…龍鬼って、なんですか? あの、俺はずっと閉じ込められていて。なにもわからないんです」
儚げな笑みを、浮かべて見せる。
天誠は、己の笑みが、万人を魅了することを知っていた。
まぁ、この羽なしに厳しい世界では、威力は半減だろうが。
目の前の羽なし男には、効いたらしく。とても同情的な眼差しを返してくれた。
「そうか、幼い頃から監禁されていたのかな? もしかして、あのきこりは父親か? 色目は似ていないが」
「いいえ、赤の他人です」
きこりが血縁と思われるなど、心底ゾッとする。
速攻で、食い気味で、訂正した。
「…私は手裏軍の龍鬼、不破という者だ」
手裏軍、ということは軍人、兵士か? 確かに、学校の詰襟のような衣服を着て、腰に刀を下げている。
道理で、きこりを殺害しても、眉ひとつ動かさないわけだ。
と、天誠は彼を観察しつつ、分析もした。
年齢は、自分より上に見えるが…二十代くらいか。
黒髪だが、紫輝が羨ましがりそうな、透き通る艶髪を長く伸ばしている。
瞳は、ギョッとするくらいの、赤色。
「龍鬼というのは、我らのように、生まれつき羽のない者の俗称なのだが。龍鬼は、翼を持つ者から忌み嫌われていて。村で、普通の暮らしは難しいと思う。だが軍に入れば、それなりに暮らすことができる。どうだろう? 私とともに手裏へ行き、まず心と体を癒すというのは?」
「ぜひ、お願いします。不破さん」
願ったりかなったりの提案に、天誠は安堵してうなずく。
うまくいきすぎな気もあるが、紫輝に近づけると思えば、リスクのひとつやふたつ、なんとでもしてやる。
とにかく、紫輝に会いたい。
「君、名前は? あるかな。もしかして、つけられていない?」
不破の問いに、天誠は脳裏に考えを走らせる。
もし、不破が。紫輝を望んで、手元に引き込んでいた場合。その周りの情報も、得ているかもしれない。
間宮天誠という弟がいると、紫輝から聞いている可能性もある。
そうしたら、警戒されてしまうかも。
紫輝だけを手に入れたいのなら。自分ならそうする、と思い。天誠は偽名を名乗った。
「安曇眞仲と言います」
安曇眞仲は、元の世界で、モデルのバイトをしたときに使った、芸名だ。
紫輝の誕生日プレゼントは、自分で稼いだ金で贈りたくて。
バイトは内緒だから、紫輝も、この名は知らないはずだ。
彼がすぐにも気づく名前の方が、良いかもしれないけれど。
素直な兄さんは、すぐ顔に出るからな? とにかく、不破に怪しまれない方が良い。
「では、安曇。いつまでも監禁場所にいるのは、落ち着かないだろうから、場所を移動しよう。もう、なにも心配しなくていい。私が守ってやる」
山を降りたあと、不破は体力を消耗している天誠を気遣い、馬車を用意してくれた。
不破の屋敷に着くまで、横になっていても良いように。
天誠と紫輝を、ここに連れてきた、悪い奴だと思うのだが。
不破はなんだか、人が好い。
そうは言っても、天誠は油断する気はないが。
馬車の中で横になった天誠は、これからどうなっていくのか、紫輝には会えるのか、そんな不安と期待に心を揺さぶられ。いつのまにか寝てしまった。
油断した…。でも、仕方がない。体は、ほぼ骨と皮の状態まで衰え、体力もごっそりなくなっているから。
大丈夫、すぐに回復する。
回復して…紫輝をこの手で守るのだ。
★★★★★
長く馬車に揺られて、到着した不破の屋敷からは、富士山が見えた。
庭には、楓があり。楓の紅色と富士山の青と白、絶妙なコントラスト。これぞ日本の情景。
天誠は、ここが間違いなく日本であると認識した。
紫輝のように、ゲームの世界に入ったやら、異世界やら、脳裏をよぎったのは初日だけで。
己が理不尽に貶められるこの世界が、リアルなのはわかっていた。
なぜなら、紫輝がそばにいないから。
魔王を退治? 勇者として国をお救いください? そんなことを言われたとしても、紫輝がいなければ、そんな気も起きない。
魔法が使えるわけでもなく。誰かが迎えに来るわけでもなく。
むしろ、羽がないと言われ、蔑まれる。
ただただ虐げられた、この世界が。他者によって作られた、能天気な世界なわけがない。
かといって、なら、この世界はなんだ? と言われると。天誠には、まだわからないのだが。
しかし、その問題は早々にクリアできたのだ。
不破が家庭教師をつけてくれたから。
カラス羽根の家庭教師は、元は医者で、その倫理観ゆえか、龍鬼を差別しなかった。
その教師のおかげで、この世界が、自分が過ごした世界の、およそ三百年後の世界だということを知った。
なぜ有翼人種がメインの世界になったのか。
現在、手裏家と将堂家が戦をしていることや、その経緯。
龍鬼が差別される理由。貨幣価値、などなど。
この世界で生きていくのに必要な情報を、ようやくゲットできたのだ。
これで、紫輝と合流したとき、紫輝の力になれる。
龍鬼として苦しめられていても、軍でこき使われていても、早々に紫輝を救い出し。兄弟水入らずの暮らしを確立してみせる。
そうするうちに、年が明け。二二九四年になった。
その頃には、体がほぼ正常…タイムアウト前の状態に戻っていて。
手裏軍に入るため、不破と剣の稽古をしたり、真剣で打ち合ったりもした。
不破の屋敷に、紫輝はいなかった。
手裏軍に行けば、会えるか?
あぁ、極めて健全で、善良な心根の兄さんを、戦に駆り出したりしていないだろうな? 心配でならない。
だから、天誠は。早く、手裏軍に入軍したかった。
「冬の間は、戦闘しないんだ。春になったら、存分に役に立ってもらうぞ」
「手裏軍に、俺たち以外の龍鬼はいますか?」
「いない…のだが。いささか複雑で、な」
歯切れの悪い不破の言い方に、天誠は焦れてしまう。
その複雑な、というのは。紫輝のことなのか?
「実は、私の不破という名は、偽名だ。事情があって、本名では手裏軍に入ることができなかった。それで、手裏軍の龍鬼だった、不破という男の名を引き継いだんだ。この屋敷も、元は不破のもので。彼の死後、譲り受けた」
彼の話によると。不破の親族のふりをして、手裏軍に入れたが。まだ、幹部との信頼関係が構築できていないので、龍鬼として要所で使ってもらえない。
いわく。前、不破のポジションについているので、地位だけはあるが、窓際族扱い。というようなことらしい。
「俺が龍鬼として入軍したら、マントでもかぶって姿を隠しつつ、度々入れ替わって、手柄を積み上げていくのはどうだ? 上官が我らを、良い駒だと認識すれば、使ってみたくなるものだろう? ふたりで成り上がっていくというのは…俺の方が、より有益かな?」
不破には、すでに地位があるので。天誠が不破のふりをして立ち回るというのは、必然、天誠もその地位で動くということだ。
だから、天誠の方がメリットのある話。なのだが。
「素晴らしいな。私は、顔をなるべくさらしたくないから。その発案は、私にも有益だ。このままくすぶって、せっかくの能力を無駄にすることもない。手甲を依頼しに行った先で、私は有能な軍師も手に入れたようだ」
「貴方の役に立てることが、嬉しいですよ。では、そのように取り計らいます」
天誠と不破は、がっちりと握手を交わす。
このとき天誠は、手裏軍龍鬼の懐刀という地位を手に入れたのだ。
「ところで、下の名前を教えてもらえないのは、もしかして、考えていないからですか?」
「あぁ。不破の名前を聞く前に、彼が他界したので。勝手に名付けると、親族でないことが露呈する恐れがあるからな。まぁ、おおよそが苗字呼びなので、今のところ不都合はない」
「本名は?」
「それは、いくら家族同然の安曇でも、言えないな」
今の話で、天誠は。不破の素性が、大体わかった。
だが、天誠には特に関係ないことなので。これ以上追及する気も、興味もない。
まぁ、弱味は握れたかもしれない。
なにかがあれば、切り札にすれば良い。
とにもかくにも、天誠の当面の目標は、まず紫輝と合流すること。
そして、手裏軍での立ち位置を、盤石にすること。
その足掛かりができたことを喜び。それに備えて、剣の稽古に励んだ。
★★★★★
二二九四年四月、天誠は十八歳になった。
手裏軍に入り、まず探したのは、もちろん紫輝だが。
紫輝はいなかった。
不破に、他に龍鬼はいないと聞いていたけど。本当にいないとは…。
十八歳になったのに。
紫輝に再会したら、すぐにも恋人にしてもらおう。そのためには、手裏軍での己の地位を確固としたものにして。紫輝を不自由なく養えるように、環境を整えておかないと。
その意気込みで、天誠は不破のそばで、軍師として頭角を表していった。
手裏軍に入って、気づいたのは。手裏に龍鬼がいるように、将堂にも龍鬼がいるということ。
天誠は、不破が紫輝を囲っていると思い込んでいたので。将堂に紫輝がいることは、全く考えていなかった。
だって、不破が紫輝を掴んだのは、確実なのだ。
なぜ、不破は。紫輝を保護していないんだ? それは本当に謎だった。
謎だが。なにかアクシデントがあって、紫輝は間違って将堂にいるのかもしれない。
絶対とか、そのはずとか、決めつけない方が良い。
広い視野を持って、とにかく一刻も早く紫輝を探し出さなければならない。
情報によると、将堂の龍鬼はふたりだ。
ひとりは、身長が高く、白髪で長い髪。
短髪だった紫輝が、この短期間で長髪にはなれない。彼は紫輝ではない。
もうひとりは、細身の体躯、短髪、と背格好は紫輝に似ている。髪色は緑だが。髪の色はどうにでもできるので、当てにならない。
この目で見てみないと、判断できない。
ということで、戦場に出ることにした。
すでに初陣は経験済みなので、剣の力量や恐怖などの精神面も、問題はない。
というか。将堂の兵士の力量が、低すぎる。
それは、手裏の一般兵にも当てはまることなのだが。
食い扶持を稼ぐために、入軍する若者が多く、いわゆる素人なのだ。
天誠は幼少期から剣道を習っていたため、基本動作は身に沁み込んでいる。唯一、実戦で通用するのか、という懸念があったのだが。素人相手だから、なんとかなったな。
それで、天誠は紫輝…かもしれない龍鬼を視認するため。不破に、出撃許可を出してもらおうとしたのだが。
「安曇…君を戦場には出せないよ」
は? と言いそうになったが。
かろうじて、声には出さず。
戦略対策室…的な、天幕の中にいる不破を、天誠は見やった。
ふたりは、黒い詰襟の形をした軍服の上に、黒マントを着ている。
手裏軍では、黒マントイコール龍鬼という認識が、定着し始めていた。
天誠の思惑通り、ふたりで入れ替わりながら、武功を上げ続けた結果。手裏の幹部も、龍鬼を手駒として使うことに、もはや遠慮がなくなっている。
不破が、安曇が、ということは。取るに足りないことで。
結果が出れば、上層部にはどうでもいいことなのである。
不破の憂いは晴れ。不破の中の、安曇眞仲の株も上がった。
そして、ふたりが実力を発揮していくことで、発言力が強くなり。
手裏軍の龍鬼は、今では戦略対策に、なくてはならない人材にまでなっていた。
「安曇が強い兵士だということは、理解しているよ? でも、万が一、戦場で討たれたら。我が軍は、強力な龍鬼と軍師を失うことになる。君がそんな手駒を持っていたら、戦場に出す?」
出しませんね。天誠は無言で苦笑いする。
やり過ぎた。調子に乗って、手の内を披露しすぎた。
というのも。
この世界は、人口が少ない。全国民が五万人ほどなのだ。
なのに戦争をしているのだ、この世界の人間は。
馬鹿か。
このままでは、本当に、なにもしなくても、人類は滅亡する。
天誠にとっては、それは他人事で。
異世界もどきの未来の世界が、どうなろうと、なんとも思わないのだが。
つまり、人口が少ないということは。戦闘規模が小さい、ということなのだった。
手裏二千騎、将堂二千騎が、平野でぶつかり合うという戦闘形態が多いのだが。
地形を生かした奇襲作戦という、天誠の中では奇抜とも言えない案を出したところ。
幹部連中は、余計な兵をさけないと、渋ったのだが。
十騎だけ借りて…。
たったの十騎で、天誠は奇襲を見事成功してしまった。
そんな少ない数で、旗色が変わる。この世界の戦は、そんな戦なのだ。
さらに、天誠は知略を巡らせ。小規模戦闘で、三連勝してしまい。
当時戦力的に優位だった将堂軍を、青木ヶ原樹海へ追い込んで、そこから出て来られないくらい、容赦なく追い詰めてしまった。
いや、だって…。
自分の立場を盤石にするのに、勝利が必要だったし。
二千騎同士と言ったら、壇ノ浦の闘いくらいの規模なのだ。平安時代だ。
その平安時代の日本よりも、戦技術も武器の精度も劣る。
やりようによっては、天誠ひとりの思惑で、戦況を変えることもできそうだった。やらないけど。
ここで、手裏をひとり勝ちさせるのは、得策ではない。
もしかしたら、紫輝が将堂にいるかもしれないからだ。
紫輝がもし、己の戦略によって、命を落としたら…それは絶対にダメだ。想像しただけで怖気が立つ。ヤバいヤバい。
その考えに至って以来、手裏が勝ち過ぎないように、戦場のパワーバランスをコントロールしている。
しかし、時すでに遅く。
手裏軍の幹部は『戦の神が降臨した』と諸手を挙げて天誠を歓迎し。あげく賢龍などという龍鬼の称号までつけられてしまった。
龍鬼の能力なんか、全然ないのに。
「一回で、良いんだけど。ちょっと確認したいことがあるから」
「今後の作戦に関わることか?」
「…まぁ、そうだな」
いや、紫輝を探したいだけ。
だが、そうは言えないので。嘘をつく。
天誠は、さらりと嘘がつけるタイプだった。
兄さんは嘘が苦手だった。すぐになにかしらのサインが、顔に現れるから、カードゲームの類は、兄さんの全敗だったな。
その素直なところが、愛らしい。
でも全部勝つと、もう遊ばないって怒っちゃう。
それも可愛いけど。遊んでもらえないのは困るので、たまに手を抜いたりした。内緒だけど。
なんて、脳内で紫輝との思い出に浸り、良い気分になるが。
天誠はそれらの感情を、表面上には一切出さず、神妙な顔つきを崩さない。
「手裏軍の軍師と…先ほどは言ったが。私は安曇のことを、弟のように思っている。作戦に関わるとはいえ、家族として。戦場に出すのは、心配だな?」
ほぼ身長の変わらない、自分と同じような体格の不破をみつめ。
天誠はポーカーフェイスを少しゆるめ…眉間にしわを寄せた。
「俺の兄さんは、ギュッと抱き締めたくなるような、可愛らしい人で。優しくて、真っ正直で…決して不破のような、胡散臭い、大柄な男ではない」
不破と天誠は、お互いに素性を隠し、本音は決して見せない。
しかし、半年ほど同じ屋敷に住み。
龍鬼という、世間では蔑まれる同じ立場にあることで。それなりに仲間意識がある。
天誠としては。紫輝が絡んでいないのなら、不破は命の恩人であるし。なにもわからなかった自分に、この世界の情報をもたらしてくれたし。手裏軍での居場所も用意してくれたので。
彼の手助けくらいは、してもいいと思っている。
それくらいには気心の知れた仲になっていた。
すでに名前も呼び捨てで、軽口も叩ける。
「大柄はともかく、胡散臭いは、傷つくな?」
全く、傷ついているような顔をしていない。
むしろ、楽しげに見える。
そういうところが胡散臭いのだと、天誠は思うのだった。
「というか、兄がいるのか? 今はどこに?」
「…俺があいつに捕まって、それ以後、離れ離れだ。行方がわからない」
不破に、紫輝の話をしたのは。
天誠にとっての兄は、紫輝だけである。それ以外は認めない。ゆえに不快である、という意思表示もあったのだが。
不破が、本当に紫輝を知らないのか、見極めたい思惑があったからだ。
本当に、自分が、紫輝の弟だと知らないのか?
不破の表情の変化を、注意深く観察する。
「それは心配だな。私も、弟と離れて暮らしているので、寂しい気持ちはわかるぞ。私の弟は、容姿がとても美しいのだが、それ以上に心根が綺麗なんだ。兄さん、兄さん、と私の後ろをついて回って。私は弟に頼られるのが、嬉しくてな? 繊細な子だから、いつも心配しているよ。容姿が美しいのは、安曇も同様だが…私の弟は、君ほどふてぶてしく無い」
胡散臭いを、ふてぶてしいで返された。
天誠は、己の腹黒さを自覚しているので。不破にチクリとやられたくらい、なんでもない。
というか、紫輝の話に触れてこない。
まだ、不破の真意は掴めないか。
互いに、兄弟賛辞がはなはだしいところには、引っかからない天誠だった。
「安曇が家族の話をしたのは、初めてだな。兄の他に家族は?」
「わからない」
両親は三百年前。ライラは紫輝が抱いているから、きっと大丈夫。
紫輝のそばに、ライラがいてくれたら。
紫輝の心をライラが支えてくれていたら、少しは安心なのだが。
「俺を家族だなどと言って、引き留めようとするな。有益な持ち駒がなくなるのが嫌だと、率直に言われた方がわかりやすいぞ。ま、大事なことなので、戦場には出るが。その代わり、表に出るのは、今回限りにしてもいい」
「本物の兄には敵わないから、兄の座はあきらめるが。安曇のことを家族だと思っているのは嘘じゃないよ。まぁ、上層部も。安曇を手元に置いておきたいらしいから。上の意向を汲んで…今回限りという約束で、許可してやる」
不破の了承を取りつけ、天誠は天幕を出た。さっそく戦場へと出向く。
★★★★★
天誠が、戦場の最前線に到着したとき。すでに日没間近で。双方、引き際を見極める段階に入っていた。
日没後に戦闘を行わないのが、暗黙の了解だ。
戦闘終了の合図に、矢が射かけられるので。それまでに、戦線を離脱しなければならない。
わかりやすいルール。
戦争に、ルールを適用できるのか…天誠は疑問に思う。
以前の世界では、勝てば良い、勝てばルールなど後からいくらでも曲げられる、という考えの権力者も多かったから。この世界は、実に紳士的だ。
その気持ちを、少しは龍鬼にも向けてほしいところだが。
しかし。天誠は紳士ではなく。ずるい思考を持ち合わせている。
この戦場で、緑髪の龍鬼の目撃情報があった。
彼をおびき出すために、ひとり、生け贄になってもらおう。
戦線離脱のタイミングを逃した同胞がいたら、きっと助けに現れる。
一番目立つ容姿をしていて、少しは手応えがある奴が良い。すぐに死なない程度の奴。
そこに、うってつけの奴がいたのだ。
髪色がメタリックの青。少し年が若そうだが、今日死んでもいいって感じで、がむしゃらに剣を振っている。
天誠は、黒マントを脱ぎ。目を引く金の髪と碧眼を、思うさまさらした。
紫輝が、遠目からでも気づいてくれるように。
「おまえ、手裏の龍鬼?」
天誠に気づいた青髪は、思うとおりに斬りかかってくる。いいぞ。
「そうだ。俺は手裏軍の龍鬼、賢龍の安曇眞仲だ」
自分で口にするのは、恥ずかしい称号だ。
しかし、それで通っているから、仕方がない。
名前をさらしたのは、目の前の若者へのご褒美だ。うまく、龍鬼を…紫輝を、ここへ連れてきてくれ。
青髪の剣は、力強かった。
だが、正面から当たりすぎ。力に頼りすぎ。
天誠は刀で、青髪の剣をいなす。
まぁ、素人の剣よりは、マシか。間違って殺しちゃう恐れがないくらいには、手練れかな。
しかし…と、天誠は戦闘中にもかかわらず思案してしまう。
こいつらは、何故、翼があるのに、それを有効活用しないのだろうか?
龍鬼は空を飛べないんだから、上からとか横からとか、いろいろやりようがありそうなものだ。
その疑問を、つい口にしてしまった。
「なんで、翼を使わないんだ?」
「は? な、なに?」
「その翼は飾りか? あぁ。飛べない鳥さんなんだな。すまない」
麗しく、天誠は笑った。
「貴様っ、俺を侮辱したのか!」
剣戟が激しくなる。怒らせてしまったようだ。
青髪は翼を広げ、羽ばたいて風圧を天誠に当てた。
「俺は飛べる。馬鹿にするな」
前への推進力がついて、剣の圧力が高まる。
「そうそう、もっと動けよ。前後左右、羽アリなら、上下も使って、臨機応変に攻めないと…殺しちゃうぞ」
ようやく、遊べるようになってきたと思い。天誠はニヤリと笑う。
紫輝とした、チャンバラの域に、やっと来たという感じだ。
青髪の男は。夢中で剣を交えている。周囲に、もう味方がいないことにも、気づいていない。
そこに、別の剣が割って入った。
天誠が目で追えないくらいに、速い。
龍鬼だ。
「余計なことすんじゃねぇ!」
戦闘に水を差され、青髪が叫んだが。
それ、おまえの軍の龍鬼だぞ?
割って入った剣により、天誠と青髪との剣の均衡が崩れ、剣先が弾かれた。
ふたりは互いに後ずさる。
青髪はまだやりたそうだったが、天誠はそのまま引いた。矢の餌食になりたくないし。目標は達成した。
緑髪の龍鬼は…紫輝じゃない。
一七〇センチ弱の身長、細身の体躯などは、紫輝と酷似している。
でも、紫輝は。天真爛漫な可愛い系。緑髪は、冷静沈着が前面に出た、美人系。
頬に丸みがあり、幼く見えるが。
紫輝より年下か? いや、あの目の鋭さは、それなりに経験を積んでいる。
剣士としても、ベテランの域。とにかく、完璧に別人だ。
退却しながら、黒いマントを身につける。
表情には出さないが、天誠は落胆していた。
あぁ、兄さんはどこにいるんだ?
早く、兄さんに会いたい。
このまま、会えなかったら…心のすべてが黒く染まってしまうよ。
だから。黒き闇に沈み込んでしまう前に。兄さん、早く目の前に現れてくれ。
握る刀に、血がついている。
天誠は、刀を振って血を飛ばし、鞘に収めた。
青髪は殺さなかったが。前線に上がるまでに、何人か斬ったから。
天誠は、以前の世界では、戦争と無縁の国にいた。
もちろん、殺人などしたことがなかったし。殺人が悪いことだという一般論の中で育った。
でも…。不思議なくらい、人を斬ることに、躊躇いや嫌悪がなかった。
きこりに監禁されていた間に、天誠は憎悪をたぎらせ。殺してやる、と。なにもかも殺してやる、と何度も思い。精神を闇に堕とした。
そのせいもあるかもしれない。
もしくは、翼が生えているから、同じ人間と思えないのか?
いいや、自分は元から、こうなのだ。
紫輝以外の人間には、興味がない。
人間よりも、むしろ動物の方が、大事だと思える。
ライラや、他の動物を慈しむ心は持っている。
可愛いという感覚も、守りたい感覚も。
だが、その気持ちは。人間相手に発動しない。
動物は、無垢な魂を持ち。
紫輝にも、それと同様の、清らかな精神が宿っている。
でも、紫輝以外の、人間というものの魂は、汚れている。天誠にはそう見えた。
そして、人間の魂が汚れていると思える場面に出くわすたびに、人間を気持ち悪いと思う。
その気持ちは、己にも適用された。
天誠は、自分の魂が、一番穢れていると思っている。
だって、人を斬っても、心が動かない。罪悪感がない。
きこりが死んだときなどは、爽快感すらあった。
そんな己を、間違っているとも思えないのだから。
そのような、危うい素地を持つ天誠を。真っ当な道へ歩ませていたのが、紫輝の存在だった。
幼い頃に、紫輝が目の前に現れなかったら。小学校に上がる前に、腹黒で腐り切った、どうしようもないガキになっていただろう。
そんな自覚が、天誠にはあった。
紫輝に会う前から、笑顔ひとつで大人の心を掴めることを、知っていたのだ。
誰も彼も、自分が笑いかければ魅了される。
自分がそうしたいと思うことを、叶えてくれる。
天誠はそれに味を占め、なにもかもを誰かにやってもらい、手柄は自分のものにし。
与えられる物を、なんの感慨もなく受け取るような、空っぽな人間になっていたはずだった。
だって、それってすごく楽なことだから。
でも、天誠の前には。紫輝が現れたのだ。
それは奇跡だった。
紫輝は、天が天誠に与えてくれた、良心なのだ。そう、天誠は思った。
紫輝と出会ったことにより、自分の容姿を賛辞する者たちを、くだらないと思うようになり。
自分に媚びて、なにもかも与えようとする者たちを、嫌悪するようになったから。
特に。己と比べて、紫輝の容姿を馬鹿にする者たちには、吐き気さえ覚えた。
紫輝は、決して不細工ではない。
でも、本人がそう思い込んでしまうほど、周囲は、己と並ぶ紫輝に対し、顔をしかめて見せた。
確かに、天誠は。金髪碧眼で、笑えば天使の微笑みと言われるほど…芸能人である両親とともにいても、見劣りしない容姿であった。
ある意味、けばけばしいほどに華やかだった、己と両親。
そこに紫輝が並ぶと、誰もが、がっかりした表情を浮かべたのだ。
三人で、完璧な宗教画のよう。
紫輝さえいなければ、完璧だと。
まぶしい光の横に、沿う闇。
天使と並ぶ、悪魔。
そのような目で、他者は紫輝を見た。
天誠は、いくらでも、紫輝の可愛い見た目や優れた点を上げられるが。
紫輝はそれを『天誠は優しいな』で片づけてしまう。
そうじゃなくて、本当に、紫輝は容姿が劣っているわけではないのだ。
学校では、友達もたくさんいた。
容姿のことでからかわれたこともない。
性格も温厚で。誰にでも優しく接して。明るい笑顔で、周囲に幸せをもたらす。
自分よりも、よほど天使に近い、綺麗な綺麗な心根を持つ、兄。
なのに、自分たちと並ぶと、卑下されるのだ。
なんで、天誠の兄が、あの冴えない顔の紫輝なのか。
天誠の隣にいないで、不釣り合いだ。
弟はこんなに綺麗なのに、お兄さんは…。
余計なお世話が、度を過ぎている。
つか、そんなことを言うおまえたちは、何様だ?
何度、キレて罵倒したくなったか。
でもそのたびに、紫輝は言うのだ。
大丈夫だから、と。俺は、天誠の笑った顔が好き。怒らないで。女の子は弱いんだから、手を上げたら駄目。みんな天誠を褒めているんだから、ありがとうと言うんだよ?
嘘だろ。
なんで、紫輝を貶める輩に、礼を言わなければならないんだ?
だけど、誰でもない紫輝が、そう言うから。礼など言わないが。手は上げなかった。かろうじて。
でもそれは、弱い女の子を守る…なんて意味は欠片もなく。
ただただ、女の子に手を上げて、紫輝に嫌われたくなかっただけのことだ。
もちろん、紫輝を罵った奴らに、報復をした。
女にしろ男にしろ、大人にしろ子供にしろ、己の視界から排除した。
簡単に言うと、転校に追い込んだり、社会的抹殺とか、かな。
手を下さなくても、天誠が不快だと示せば、周りが勝手に彼らを排除した。
直接、天誠になにかされた、などという噂が出ることもない。
そこら辺の手回しは、抜かりない。
だが、学校で『間宮(兄)には近づくな』というジンクスができたので。
察しの良い人間も、若干数いるようだ。
まぁ結果、紫輝が守られるのならば良い。それでも、馬鹿な奴らは絶えないが。
普通の家に養子に入っていたら、紫輝も、もう少し生きやすかったのかもしれない。
でも、仕方がないのだ。
紫輝は、天誠の前に現れてしまい。天誠は、紫輝を手放したくなかったのだから。
なので、天誠は全力で紫輝を守る。
顔の皮一枚で寄ってくる醜い人間どもから。
己より、よほど天使の称号が相応しい。自分が攻撃されているにもかかわらず、その相手をかばってしまうような。高潔な魂を持つ、紫輝を。
黒髪の紫輝と、金髪の天誠が並ぶと。見た目は陰と陽。闇と光。
でも、中身は逆だ。
天誠は心に闇を抱えているが。紫輝の心は、太陽のごとく明るく輝いて、温かい。
(清らかで、白い兄さんの魂が、そばになかったら。俺はすぐにも、悪魔に堕ちてしまいそうだ。初めて会ったあの日のように、また天から降臨してほしい。そして、俺を抱き締めてくれないか? そうすれば、たとえ黒く染まっていても、兄さんの白い心で、すぐにも上書きできるのに。でも…こんなにも人を斬ってしまったら、さすがの兄さんでも、俺を嫌うかもしれない。それだけが、怖い)
紫輝のことを思い出す至福の時間は、唐突に咳き込んだことで終了した。
発作のような激しい咳がおさまり、口元を抑えていた手のひらを見る。
薄く血液がついていた。返り血? いや。自分の血だ。
「あぁ、やべぇ…」
天誠は、タイムリミットが近づいてきているのを感じ取った。
「それにしても…この世界の空気はまずいな」
早く紫輝をみつけなければ。さすがの天誠も焦り始めていた。
死ぬ前に…もう一度だけでも、兄さんに会いたい。
★★★★★
二二九五年、天誠はこの世界に来て、二度目の冬を迎えた。
昨年四月に、初めて血を吐いたあとから、体調はどんどん悪くなっていった。
白皙の容貌は、血の気を失い、青白くなり。関節に痛みを感じて、体が思うように動かない。
軍師として重用され、戦場に出なくても良くなったことが、不幸中の幸いだった。
ただ、息をすると、肺に針が刺さるかのように痛む。
床に臥せるつもりはないが。遠出は出来ず。紫輝を探しに行けないことが、苦痛だった。
この症状には、心当たりがあった。
一年前、家庭教師に習った、この世界の始まりの話。
三百年前、化学兵器により人類が滅亡し、鳥類遺伝子を取り込んだ者のみが生存できた。
その化学兵器は、人類が生み出したものを、ことごとく駆逐した。
人も、建物も、機械も、化学繊維も。
天誠が着ていた制服は、二ヶ月くらいで、繊維が切れ切れになって、着られなくなった。
バッグも同様だ。
スマホは、この世界についた時点で使えなくなり。
革靴も合成の革だったから、靴底がベロリと剥がれた。
革細工を作製するのに使用した器具は、半年くらいは持ったが。
以前の世界の持ち物は、すべてが失われた。
唯一、紫輝の誕生日に作った腕輪だけは。残っているが。
つまり、物質が劣化したように。己の体が劣化しているということだった。
原因がわかっていても、それに対処できない。
抗生物質くらいなら、天誠は作り出せる自信があったが。遺伝子レベルはさすがに無理。お手上げだ。
突然、この世界に堕とされ。羽がない、龍鬼だと言われ拒絶され。
鳥の遺伝子を持っていないと、体質的にも、この世界から拒絶されるとは…。
天誠は、腹が立つより…笑ってしまった。
天誠から最愛の紫輝を取り上げ、己をとことん拒絶する、この世界の理不尽さを憎悪する。
それほどに、世界が己を拒絶するのなら。今度こそ、完膚なきまでに、この世界をぶち壊してやろう。
胸の中で、天誠は闇のマグマを練り上げていた。
冬、富士裾野の平野に雪が積もると、戦が停戦される。
将堂は『ここから先は入らないで』というスタンス。
攻めるのは手裏なので。手裏が戦しないなら、しないということ。
天誠は冬休みの間、京都にいた。手裏軍の本拠地だ。
京都と大阪は、いつの時代も商売が栄えているな、と。馬で街中を進みながら、思うのだった。
「安曇、顔色が悪いが。馬車を用意してもいいんだぞ?」
黒いマントに身を包む不破が、天誠を心配して、聞いてくる。
「いや、馬で風に当たる方が、気持ち悪くならないから」
そう言っても、心配そうに様子をうかがってくる不破を。天誠は、本当に人が好い奴だと思う。
不破は、龍鬼として、とても優秀な男だ。
火も出す、水も出す、瞬間移動も、空を飛ぶことも、龍鬼の能力でできる。
彼こそ、この世界の最強の龍鬼。
そんな男に頼りにされているのは、悪い気はしない。
紫輝が、本当に関わっていないのなら、だが。
この一年、不破についていたが。不破の周りに、紫輝の片鱗は全く見られなかった。
不破は、あの件には無関係なのだろうか?
そう思うことは、何度もあったが。
それでも天誠は、不破の傷を見たときの、最初のひらめきを拭い去れなかった。
こいつが、あの手の持ち主だ、という強い断定の感覚を。
「着いたぞ。やろう」
「…あぁ」
天誠と不破が訪れたのは、手裏軍総帥、手裏基丈の屋敷だ。
手裏軍の龍鬼ふたりは、なんの疑いもかけられず、屋敷の中へと案内される。
これから惨劇が起こることも知らずに。
ひと月ほど前。天誠は不破に相談された。
「手裏の屋敷の地下に、手裏家の長男が幽閉されている。手裏家は黒の大翼を持つ家系だが、彼は、翼も髪も赤茶色なんだ。黒い翼を持たない者に、家督は譲れない、ということなのだが。私は彼を助けたい。安曇、力を貸してくれないか?」
不破は。龍鬼という理由で冷遇されたり。翼の色や大きさで優劣をつけられたり。そういう、この世界の仕組みを許せないと思う性質があった。
天誠も、彼のその性質によって助け出されたようなものだ。だから。
「あぁ。ならば、手裏家を皆殺しにしよう」
天誠の提案に、不破は一瞬息を呑んだ。
「手裏家総帥の基丈は、戦での古傷のせいで弱っている。なぜかはわからないが、まだ跡目の披露をしていないな。後継の最有力候補である基成、その弟の基晶は、表舞台に出ていないから。全員殺したあとに、長男を跡目に据えればいい。この冬が絶好の機会だ。逆にここを逃したら、長男が日の目を見ることはない」
生きて、紫輝には会えない。
そんな、絶望とあきらめの境地で、天誠は心を深く闇に堕としていた。
紫輝のいない世界など、滅んでしまえばいい。
手裏家のお家騒動で、手裏軍が壊滅しようと。手裏と将堂のパワーバランスが崩れ、戦乱の世に突入しても。それによって、人口が激減して人類が滅んでも。
なにもかもが、どうでもよかった。
むしろ、派手にぶっ壊してやりたい。
「不破は…私怨で将堂軍を壊滅したいと思っている。しかし、今の手裏総帥は、古傷のせいで弱腰だ。積極的に将堂と当たる気概が、感じられない。歯痒く思っているのだろう? ならば、手裏家を一掃して、長男を頭に据え、不破が軍の実権を握ればいい」
「はは、安曇に隠し事はできないな。確かにそれは、私の理想とする形だよ。我らで手裏を動かし。我らがこの国を支配するんだ」
その我らの頭数に、自分は入れていないだろうな? と思いながら。
天誠はニヤリと、不敵に笑う。
「不破には、瀕死の場面で救ってもらった恩がある。不破の野心に、加担してやろう」
そして本日。その計画を実行に移すことになったのだ。
天誠は軍師として、不破は最強の龍鬼として、手裏家に歓待されたことがあり。勝手はわかっている。
緻密な計画などは、なかった。
手負いの男と、その妻と子供を手にかけるだけ。
基丈の看病をしていたのか、家族は一室に集まっていて、総帥暗殺は簡単に済んだ。
しかし、基成と対峙したとき。
急に、天誠に咳の発作が起こり。膝を床についた。
十六歳の基成は、まだ初陣を迎えていなかった。
大事に育てられたのだろう。でも、今、それが仇となっている。
基成は、刀を腰に下げているにもかかわらず、咳き込んでいる天誠に向かっていくこともできない。
柄に手をかけているのに、その手は小刻みに震えていた。
天誠は、ギラリとした視線を、基成に向ける。
「両親も、弟も、倒されたというのに…刀も抜けないのか?」
大量の血を吐きながら、天誠は基成に問うた。
もしも、そこで倒れているのが紫輝だったら。自分は、誰彼かまわず斬り捨ててやるだろうにっ。
「とんだ腰抜けだな。おまえでは、後継お披露目など、到底できない」
天誠の煽り文句にも、基成はなにも言わず…いや、言えずに。奥から響いた足音から逃げるように、その場を立ち去った。
逃がすのは、得策じゃない。
けれど、もう、体が動かなかった。
天誠は、その場に倒れ込む。
そこに、不破と、不破の黒マントをかぶった人物が現れる。
おそらく彼が、手裏家の長男なのだろう。
「安曇、血が…。斬られたか?」
「いや。すまない。基成に逃げられた」
なに、謝ってんだろう。この男は、俺の前から紫輝を連れ去った男なのに。
「不破、頼む…」
紫輝に会わせてくれ。最後のお願いだから。
でも、天誠から、その言葉は出せない。
自分が、ここで死んだとしても…。紫輝に会えなくても…。紫輝を窮地に陥れたくないのだ。
自分が紫輝の名前を出したら、不破はどう動く?
わからない。
もう、頭がうまく回らない。
とにかく、紫輝を。危険な目にあわせたくない。
「背中を、切って。この翼を、傷口に捻じ込んでくれ」
自分が倒れている、そのすぐ目の前に、大きな黒い翼があった。
基成の弟の、基晶の羽だ。
これは、賭けだった。
いいや、ダメ元ってやつ。
どうせ死ぬなら、最後にあがいてみたかった。
生きてさえいれば、紫輝に会えるかも。
死んでも、死後の世界で紫輝に、精いっぱい頑張ったよって、胸を張りたかった。
紫輝を、この手で守りたかったなぁ。
実現できなかった、その悔しさが。涙になって、白皙の頬に落ちていく。
不破が、背中を切り裂いた。でも、痛みも感じない。
不破は、もうひとりと力を合わせ、基晶から羽をもぎ取り、天誠の背中に、言われたとおりに捻じ込んだ。
その瞬間。体の中に、なにかが流れ込んでくるのを感じた。
血の巡りを、頭の先から足の先まで、知覚するような。
天誠の遺伝子が、背中の翼から、なにかを奪っているような。
細胞のひとつひとつが、生まれ変わっているような。
不思議な体感だった。
「安曇、大丈夫か? 生きているか?」
遠慮がちに肩を撫でながら、不破が聞いてくる。
「…生きている」
驚いたことに、生きていた。
天誠は、本当にびっくりしていた。まさに、漫画のような出来事だ。
うずくまらせていた体を、少し起こして、顔を上げる。
背中につけた羽が、落ちてしまわないか心配だったが。あの短時間で、翼が背中に定着していた。
包帯を巻きつけなくても、肉も、骨も、くっついている。
大量に喀血した、口元を手で拭い。息を吸いこむと。
痛くなくて。また驚いた。
どこも痛くない…なんて?
だが、こうしている場合じゃない。基成を逃した。対策を今すぐに立てないと。
「基成が、謀反を起こしたことにしよう。長男、名前は?」
「…銀杏」
その名と、その声を聞き。天誠は、いつになく顔を青くした。
体調が悪いときでも、これほどの血は引かなかったはずだ。
天誠は立ち上がると、銀杏が身につけている黒マントのフードを、剥いだ。
細身。赤茶で、ゆるやかに波打つ、長い髪。
きりっと表情を引き締めれば、男に見えなくもないが…。
「女? 不破、どういうことだ?」
胸があったり、腰回りに丸みがあったり、いわゆる女性らしい体格ではなく。満足な食事が与えられていなかったような、発育の悪さ。身長だけがひょろりと伸びた、もやし的な体つき。
成長過程の少年のように、見えなくもない、けれどっ。
天誠にいきなり顔をのぞき込まれ、びっくりして目をおどおどと揺らす、その表情や。線の細さ。
なにより、男に頼ろうとする、天誠が嫌いな、女性独特の媚びが匂う。
「長男じゃなくて、長女だった」
悪びれもせずに言う不破を、天誠は睨む。
こいつら、このあと、どうするつもりだったんだか。
「駆け落ちでも計画していたか?」
「私と銀杏は、そういう仲ではない」
どうだか…と思いつつ。
ついさっきまで、うまく働かなかった脳みそをフル回転させた。
「では、とりあえず。俺が、手裏基成として振舞う。逃げたのは、手裏家長男、銀杏。銀杏が乱心して一家惨殺。基成が返り討ちにしたが、逃げられた。黒の大翼を持つ銀杏を捕えよ、と討伐命令を出す。この展開で、どうだ?」
「なるほど、本物の基成を捕えて、銀杏として、謀反人として、処刑するってことか。良いと思う」
「俺が手裏基成になるのは、ほとぼりが冷めるまでだ。いずれ、銀杏が手裏基成として手裏軍総帥になる。それでいいな?」
「手裏軍を動かすのに、安曇の黒翼は使える。将堂を壊滅するまで、黒マントをかぶって、三人で入れ替わりながらやって行くのはどうだ? 今までみたいにな」
確かに。銀杏は女性にしては、背が高く。身長、体型など大した差はない。
遠目や単独の場合なら、黒マントをかぶっていれば、見分けがつかないだろう。
了承してうなずくと、不破が天誠の肩を軽く叩き。珍しく、嬉しそうに笑った。
「良かった。安曇を失わないで済んだようだ。病は、もう治ったように見えるが?」
「そうだな。…髪を染めないと」
黒の大翼だけでは、基成と言い張るのに無理がある。髪を染めて、目はあまり見せないようにしないと。
兄のように、天誠の生存を喜んでいる不破に、照れくささを感じ。そのことはあまり深掘りせずに、次の段階を思案する。
しかし、不破に。思いもよらないことを言われた。
「いや、髪も目も黒くなっている」
「は?」
手裏家は、西日本を牛耳る名家だ。なので、鏡は貴重品だが、部屋に当たり前のように置いてあった。
その姿見の鏡に、天誠は己の姿を映し出す。
この世界に来てから、切っていない、肩にかかる長さの…黒髪。
空の色だと、紫輝が好ましく、のぞき込んでくれた青い瞳が…黒目に。
そして背中には、悪魔が持つような、大きな…黒い翼。
母譲りの肌の色も、いわゆる日本人の色味になっている。姿見の中には、別人がいた。
これほどに容姿が変化してしまったら…紫輝に、自分が天誠だと認めてもらえない。
『お日様に当たると、金色が輝いて、まぶしいくらいだな』
『俺の好きな、青い色の瞳。夏の空の色だな』
『天誠は色白でいいな。俺はすぐ日に焼けちゃうから…』
頭の中で、紫輝が自分を褒める。
けれど、紫輝が好きだったものを、もう持ち合わせていない。
ブルリと身を震わせ、天誠はその場で吐いた。
人を初めて斬ったときでさえ、嫌悪感がなかったのに。
二年前とは、別人になってしまった。紫輝の知る自分が、もういないことが。
心底、気持ちが悪い。
「兄さん…助けて。大丈夫だって、好きだよって…言ってくれよ」
己の姿を恥じるように、手のひらで顔を覆い。声を震わせて、つぶやいた。
兄さんは、よく天使のようだと、自分を褒めてくれたけど。
心も体も、黒く染まった己は。完全に悪魔と化した。
紫輝と同じ人間でもない。
己の細胞が変化したのを、体感した天誠は。もはや、別の生き物になってしまったのだと認識し。慟哭した。
この日、天誠は本当の意味で『安曇眞仲』になった。
この世界の有翼人種と、同じモノに。
紫輝とは、生物学的にも、別なモノに。
天誠は…紫輝の弟は、死んだのだ。
★★★★★
と、一時は思い。嘆き悲しんだこともあったが。
紫輝が、元々、この世界の住人であることを知り。生物学的にも同じモノで。この黒き姿も、格好良いと言ってくれて。良かった。
本当にっ、良かった。
思考を現在に戻した天誠は、しみじみと安堵したのだった。
六年前、手裏家乗っ取りに加担した三人は、今も手裏の全権を三人で掌握していた。
強力な龍鬼でありながら、紫輝を追ったときの後遺症で力が半減している、天龍の不破。
黒い翼を持たぬゆえに、後継の資格を剥奪されていた、手裏家の長女、手裏銀杏。
そして、手裏家の黒い翼を有したことで、総帥、手裏基成として振舞う、安曇眞仲こと間宮天誠。
将堂との戦に勝つまでは、手裏家の代名詞である、漆黒の大翼を持つ眞仲が、手裏家の顔となって行動し。
実質、陰で手裏軍を采配しているのは、不破。
しかしながら、いずれ銀杏が手裏軍を治めるという方向で動いている。
彼らは、黒マントで己の姿を隠しつつ。時に基成となり、時に眞仲となり、時に不破となって、その場面で必要な役割を演じてきた。
六年前、三人は、ほぼ同じ体型で不都合がなかったのだが。
眞仲は翼を得てから、身長が伸び。体格も大きくなってしまった。
現在、黒マントの三人には、身長のばらつきがある。しかし差が出た頃には、手裏の実権を握っていたので。不都合は力でねじ伏せた。
黒マントの真実に近づけば、命はない…という暗黙の掟が、手裏軍内部に広まっているとかいないとか。
眞仲の尽力で、不破の野望は半ば達成していた。
我らで手裏を動かし、我らがこの国を支配する…というやつだ。
手裏は掌握済み。そして将堂を壊滅させれば、国の支配も可能。
もう少しのところまできている。
しかし、ここへ来て。流されるままに、不破に従っていた眞仲は、その意味を失う。
紫輝と再会したからだ。
天誠は、長く眞仲として生きてきた。しかし紫輝が、この世界に現れたことで。
眞仲は、天誠であったことの意義をよみがえらせる。
天誠の世界の中心は、紫輝だった。
今までの天誠は、心の主軸を失っていた状態で。
それは天誠にとって、地球の地軸が傾くほどの、悪しき出来事である。
だがようやく、絶対に揺るがぬ、心の主軸を取り戻せた。
天誠の世界は。紫輝と再会したことで、正しく回り始める。
なにより。誰より。紫輝が最優先。それが天誠の理想の在り方だ。
部屋の中、ひとりきりになり。天誠は黒マントの懐から、ライラの爪を取り出す。
白濁の鏡面に映り込む、紫輝の姿を。うっとりと眺めた。
「兄さん…兄さんのいないこの世界は、闇そのものだった。兄さんに、もう一度会いたい。ただそれだけの想いで、ここまで生き永らえてきたけれど。俺は、八年もの間、俺と紫輝を引き裂き続けた、この運命だけは。どうしても許すことができないんだ」
憎々しげな光を、天誠は瞳に宿す。
だが、それが見えているわけでもないのに、爪に映る紫輝が、どこか心細そうな顔をするから。
天誠は、笑みを取り繕った。
「あぁ、兄さんが悪いわけじゃないよ。兄さんは、身を守るために時を飛んだ。それは龍鬼の本能だ。そうして当然だし。だからこそ、俺たちは出会えた。それは、とても幸せな奇跡だった。それに、この世界に来たことを怒っているわけでもない。兄さんがいなければ、この世界でも、三百年前の世界でも、俺にとっては闇だからね。そうじゃなくて…ひとりでこの地に堕ちた運命。長い年月を分け隔てられた理不尽。そして兄さんと再会しても、すぐに一緒に暮らせない、俺たちの幸せを邪魔立てする、この世界の道理を呪う」
指先で、ライラの爪に映る紫輝を、つるりと撫で。
天誠は不穏な笑みを浮かべる。
「俺が、兄さんを守る。兄さんを傷つける、すべてのものを許さない。だから…俺らの仲を引き裂き、兄さんを苦しめた、この世界に、復讐しよう。手裏軍は、ほぼ手中に収めたよ。次は、将堂だ。兄さんに、この世界にあるすべてのものを捧げるよ…」
囁かれた天誠の言葉は、誰の耳にも届かなかった。
将堂家総帥の将堂金蓮が、前線基地で華やかな行進をしている頃。
手裏が拠点にしている森の中で、手裏家総帥の手裏基成が、兵士をねぎらう宴会を催していた。
頭から足まで覆う、黒のマントに身を包む、ふたりの龍鬼を従え。手裏基成は壇上に上がる。
漆黒の大翼を、威圧するべく広げ。手裏の兵士たちに、檄を飛ばした。
「将堂は、あと一息で、我らに跪くだろう。金蓮の首を、我に差し出せ!」
総帥の鼓舞に、地響きがするほど、兵士たちの歓声が沸いた。
基成は、壇上を降り。
部下に、兵士たちが宴席を満喫できるよう取り計らえ、と言い置いて。そのまま自室に下がった。
わずらわしい人目から解放され、基成は息をつく。
黒髪をさらりと掻き上げた、その手にはまる、腕輪の黒水晶がキラリと光った。
「一言で兵士たちを支配する、その手腕はさすがだな、安曇」
続いて部屋に入ってきた、黒マントの人物。ふたりのうち、ひとりがフードを取り払い、言った。不破だ。
手裏基成のふりをしていた、安曇眞仲は。不破に、不敵な笑みをニヤリと返し、黒マントを身につける。
黒のマントは、手裏軍の中では、龍鬼の代名詞のようなものだ。
「だが、今回の攻撃は、ずいぶん腑抜けたものだったな? 真っ直ぐに当たり、なんの策もなく引くとは。悪戯に兵士を消耗しただけではないか。賢龍、安曇の戦略らしくない」
それは、そうだ。紫輝が参加している将堂軍に、本気を出すわけにはいかない。
と。内心、眞仲は思いつつ。
それを一切、顔には出さないで、言い訳を繰り出す。
「次の戦に備えただけだ。手応えがなければ、そんなものかと、将堂軍は勝手に油断してくれるだろう? 隙を突くための流れだよ。連戦連勝じゃ、いずれ窮鼠猫を噛む…かもしれない」
ネズミじゃなくて、鳥だけど…と。脳内で、眞仲は自分に突っ込んだ。
「そうか。まぁ、おまえのことだ。五手も十手も先を読んでの行動なのだろう。安曇の言うとおりに駒を進め、あとは将堂軍を壊滅させるのみ…というところまで来たのだからな。信頼しているよ」
黒いマントをひるがえし、不破と、もうひとりの黒マントが、眞仲の部屋を出て行った。
ふたりの後ろ姿を、眞仲は冷ややかな視線で見送る。
今までは、仲間だった。
でも、今は仲間じゃない。紫輝と再会してしまったから。
紫輝。兄さん。俺の太陽。
己の生きる意味は、紫輝を愛すること。ただそれだけだ。
兄と再会するまで、とにかく長く、つらい日々だった。
思い出したくもない、日々。
だが、脳裏にいつまでもはびこる、忌々しい日々。
ふと、眞仲は今までの軌跡を頭の中でなぞっていった。
★★★★★
あの、大きな手に掴まれる以前。
四月九日は、天誠、十七歳の誕生日だった。
両親が渡米する前の、その日に。天誠は、紫輝に告白をした。
「僕は、兄さんが好きだ。恋愛の対象として見ている。だから。これから、父さんも母さんも、この家からいなくなるけど。兄を恋愛対象としている弟と、一緒に暮らせないと思うなら。兄さん、どうするか、選んで? 父さんたちと一緒に、アメリカへ行くか。それとも…僕が。寮生活や一人暮らしを考えてもいい。兄さんの望み通りにするよ」
自分の部屋に紫輝を呼び、ふたりきりになったところで。天誠は紫輝に選択を迫った。
両親が渡米したあとでは、養子である紫輝は、両親に遠慮して、身動きが取れなくなってしまう。
邪な弟から離れたいなら、今しかない。
兄さんが、心穏やかに過ごせない状況を作りたくないんだ。
そのような態を装いつつ。
実際は、紫輝に意識させたかったのだ。
隣にいるのは、狼だ。両親はもう守ってくれない。それでも、いい? いいよね? と。
告白した天誠に、紫輝は。ちょっとだけ困った顔をして。それでもきっぱりと言った。
「天誠が、この家を出て行くのは、違うと思うし。俺、アメリカへ行く気ないし。そもそも、天誠と一緒に暮らせないなんて、思わない」
うん。知ってた。
兄さんは、そう言うだろうって。
紫輝が、己を気持ち悪いと思い、一緒に暮らしたくないと言うなんて。天誠は欠片も、思いはしなかった。
ただ、確認しただけ。
紫輝の目が、己にシカッと向いているか。
紫輝の愛情が、確実に自分に向けられているか、を。
「告白の返事は…今すぐには、できないけど。あ、それとも、恋人じゃない俺とは、一緒に暮らせないか?」
「それは、ない。ただ、兄さんが僕のこと、気持ち悪いって思うかと…」
「子供の頃から、今までさんざん、好き好き言ってきた弟を、今更、気持ち悪いなんて思うかよ。バーカ」
照れくさそうに、ほんのり頬を染め、唇をとがらせて言う『バーカ』。
殺す気か?
「俺、ちゃんと、考えるから。おまえも、俺ばかり見ているんじゃなくて、いろんな人と出会って、選択肢を狭めないようにしてくれ。あと、一年。天誠が十八歳になるまでに、答えを出すよ」
兄さんは、黒水晶がはめ込まれているかのような、キラキラした瞳で、真っ直ぐにみつめてくる。
自分との仲を、真剣に考えてくれる兄さん。
あぁ、可愛い。今すぐ抱き締めたい。
十八歳まで、一年か。長いな。
なんて、そのときは考えていた。
まさか、それから。八年もの年月を、待たなくてはならないなんて、思いもせずに。
ともかく、紫輝は天誠との生活を受け入れてくれ、両親は問題なく渡米した。
たったの三日だけ、天誠と紫輝は、同い年になる。その数日を満喫し。
そして、四月十二日。運命の、紫輝の誕生日がやってきた。
天誠は、プロポーズの意味合いを込め、紫輝に腕輪を贈った。
なにがあっても、紫輝のそばにいる。離れない。逃がさない。
もしも自分の愛を、紫輝が受け入れなくても。
天誠は、紫輝を誰にも渡す気はなかったし。紫輝の隣を、誰にも譲る気もなかった。
男にも女にも、紫輝の愛情を、一片たりとも渡さない。
だって、兄さんは。確実に、己を好いている。
それは、デフォ。標準設定。当たり前。
紫輝が、己の愛を受け入れないとき。
それは、養子という恩情を盾にして、両親が強固に反対するときか。
健全な兄の魂が、兄弟相姦という禁忌に引っかかり。さらに、それによって、天誠が不利な立場に追いやられるときか。
どちらにしても、紫輝が、己への愛情を失うことなんかあり得ない。
天誠は、そう自負していたし。どちらの場合でも穏便に解決できる自信があった。
天誠が十八歳になるまで、と紫輝が期限を設けたのは。天誠を受け入れられない、という理由ではなく。おそらく紫輝自身が、十七歳の自分を、子供だと思っていたからだ。
まだ学生である、両親に庇護された子供。責任感の薄い子供。性的にも未熟な子供。
でも、十八になった紫輝は、そのすべてに考えを至らせている。
もしも、天誠と恋人になったら。両親に激しい怒りを向けられても、最悪、家を追い出されても、なんとか生活できる自信があり。
世の風潮である『彼氏、彼女』という浅い付き合いではなく、一生添い遂げるつもりで、天誠の人生に責任を持ち。
性的な意味でも、天誠に身を任せる覚悟を持つ。
ちゃんと、そこまで考えてくれている。
そして天誠が十八歳になったときに、紫輝と同じく、愛情や責任や覚悟があるのかと、問う気だろう。
余裕です。全く問題なし。
だって、そんなことは、小学生のときから、考えに考え抜いて、確固とした信念をもって、覚悟済み。
兄さんを嫁にする気、満々。
生半可な気持ちで、兄のファーストキスを奪ったりしません。
ファーストキス…といえば。
唇にチュウは、実は六歳くらいからちょこちょこしていた。
主に、寝ている兄さんや、寝惚けた兄さんに。
でも、いつもライラに尻尾で邪魔されていたが。
あの頃から、ライラには、兄さんの守護に特化した、猫又的な自我があったと思われる。
恐るべし、ライラ。
紫輝の意識があるときにした、いわゆるファーストキスは。兄さんが十歳の誕生日のときだ。
その日は、紫輝が庭に突然現れた日と、同日で。
天誠は、紫輝が来たときと同様に、突然消えることなく、五年が経ったことに、とても感動したのだ。
そして、その気持ちのままに、キスした。
大好きな兄さん。僕の前から消えないで。
絶対に、いなくならないで。
ずっと僕のそばにいて。
そんな気持ちで。切実に。すがるような心持ちで。
兄さんは、目がこぼれ落ちそうなくらい、大きく見開いて、驚いていたけれど。弟の、ちょっと情熱的なキスを拒んだりはしなかった。
身長は、そのときはまだ、紫輝の方が大きくて。ちょっと格好悪かったけれど。
自分の身長が伸びるまでなんて、待てなかったんだから、仕方がない。
っていうか、一目惚れをした、幼さMAXの目んめが、大きくて。ぽやっとしていた、凶悪に可愛かった兄さんが。
自分を柔らかく抱き止め、怒るのではなく、あくまで諭すように『兄弟で唇にチュウしちゃダメって、母さんが言っていたよ?』と優しく言うなんて。
ちょっと大人びた兄さんの、愛らしさったらない。
くらくらして、もう一回キスしようとしたら。
今度は拳骨、飛んできたけど。
まぁ、それはともかく。
兄さんが十八歳まで待てと言うのだから。待つしかない。
待つよ? 待つけど。
恋人になったら、もう一度ファーストキスしてもいいかな?
もう一度、ファーストキスって。日本語おかしいけど。
恋人になってからのファーストって意味で、いいよな? うん。
それまで、あと一年。
兄さんが心移りしないように、しっかり監視はさせてもらうよ。
兄さんはおそらく、両親との、円満な和解も狙っているのだろう。
大人になった自分たちの意志を、尊重してほしい。と、話を持っていくつもりだろうな?
だから、十八歳なのだ。
(でもね、兄さん。父さんも母さんも…俺の気持ちは、子供の頃から知っていると思うよ? 兄さんを養子にしてくれと駄々をこねた、あのときからね。『天誠の初恋は、お兄ちゃんだものね』って、母さん、よく言っていたしな…)
腕輪を受け取った紫輝が『天誠、あのさ…俺…』と、なにかを言いかけて。
その直後に、あの手に掴まれた。
兄さんは、なにを言おうとしていたのかな?
山の中にひとり放り出された天誠は。いつまでも。いつまでも。そのことを考え続けていた。
★★★★★
二二九三年、四月。天誠は山の中、ひとりでタイムアウトした。
当時は年号も、なにが起きたのかも。もちろん、わからなかったが。
天誠は、紫輝がタイムアウトしたあとに取った行動と、ほとんど同じことをした。
動かないスマホを確認したり、山を降りてみたり。そこで翼を持つ村人と出会い、龍鬼が出たぞと騒ぎ立てられ、石を投げられた。
紫輝と天誠の違いは…助けてくれる人と、出会えなかったことだ。
山に戻った天誠は、人と接触できず、食事に困窮して。飢餓状態で、行き倒れ寸前まで追い込まれた。
そこを、当時、あの山小屋を住処にしていた、きこりに拾われる。
きこりは、天誠を助けたのではない。
天誠が身につけていた腕輪に目をつけ、同じものを作れと強要されたのだ。
木製の足かせで、自由を奪われ。焚き木置き場だった掘っ立て小屋に、閉じ込められた。
幸い、というかなんというか。革細工を作るキットが、鞄の中にあり。きこりの望む物を提供できた。
革細工は、戦用品として需要があり、高値で売れたのだ。
そんなことは、飼い殺しの監禁状態だった天誠に、知る術はなかったのだが。
食事は与えられたが、微々たるもので。足を全く動かせないから、体力も落ちていき。
生かさず殺さずで、一日中働かされる日々。
きこりは、羽のない天誠を蔑み、口を利くのも嫌そうだ。
ただ、金づるだから、死なない程度に食事をやり、臭くならないよう環境整備するだけ。
家畜だって、もう少し丁寧に世話をされる。
つまり、家畜以下の扱いだったのだ。
そんな監禁生活が、五ヶ月ほど続き。
天誠は、きこりや、こんな状況に己を追い込む世界を恨み。精神を病んでいった。
ただ…この世界に紫輝がいるのではないか? と、それだけが心配だった。
困っているのではないか?
紫輝に会いたい。
あの綺麗な黒い瞳で、またみつめてほしい。
紫輝への思慕を抱くことで、天誠は命を細々と繋げていたのだ。
★★★★★
転機は、九月。不破が、革細工職人の元を訪れたことだった。
天誠を監禁したきこりは、粋な革製小物を作る職人として、名を売り始めていた。
しかし彼を知る者は『あの男に、そんな繊細な物が作れるはずがない』と噂していて。
そのうち、こそこそするきこりを訝しんで『龍鬼を飼っているんじゃないか』とまで言われていた。
きこりはそれを否定する。龍鬼が作った物だと言ったら、売れなくなるからだ。
不破は。最初は、手の傷を隠したくて。噂の革職人について、情報を集めていた。
だがその中に『龍鬼を飼っている』という話があり。
聞き捨てならない、その情報の真偽を、確かめずにいられなかった。
龍鬼である不破は、龍鬼が冷遇されているのを見過ごせない性分だったのだ。
不破に問いただされた、きこりだが。最初はしらばっくれた。
しかし、倉庫と呼ぶのもおこがましいボロ小屋の中で、天誠を発見し。きこりを即座に捕縛した。
そこで、天誠は。不破に保護されたのだ。
すぐに足かせを外してもらい、立ってみる。
天誠は。もし、紫輝が、あのきこりに捕まってしまったら、とか。ここから出られたら、すぐにも紫輝を探しに行くのだ、とか。考えていて。
筋肉を落とさないよう、足上げや負荷をかけて、ふくらはぎを鍛えていたのだ。
それでも、ずっと両足首を固定されていた天誠は、歩くことも、ままならなかった。
自分をここまで貶め、人としての尊厳を踏みにじったきこりに、天誠は烈火の如き憤りを感じた。
「君が、こいつを処分するか?」
不破は腰に差した刀をスラリと抜くと、柄を天誠に向ける。
天誠に迷いなどない。
刀を受け取るやいなや、躊躇なく振り下ろした。
剣道をかじっていたので、基本の動作は備わっている。
きこりは、助けてやっただの、世話してやっただの、ほざいたようだが。
天誠の耳に届くわけもない。
きこりを一思いに殺したあと。後悔はなかった。
飛び散った赤い血が、うぜぇと思っただけ。
ただ、紫輝になんて言えばいいか、と。それだけは悩んだ。
「それだけ消耗しているにもかかわらず。なかなか良い太刀筋だ。ところで、私は革細工の依頼に来たのだが、君が作り手なのならば、私の手甲を作ってもらえないか?」
初対面の男が、いきなり人前で殺人をしたというのに。その相手に、何事もなかったかのように、革細工を依頼する。この男も、ぶっ飛んでいるな…と。天誠は思いつつ。刀を彼に返す。
そのとき、天誠は見てしまった。
男の手に、特徴的な傷がついているのを。
それは天誠と紫輝とライラを掴んで、穴に引きずり込んだ、あの手と同じ。
天誠は、この男が、自分たちをここへ連れてきた人物だと確信した。
あの手は、紫輝に狙いを定めていた。
もしかしたら、紫輝は、この男の元にいるのかも?
「貴方は、命の恩人です。俺で良ければ…貴方の役に立たせてください」
素知らぬ顔で、天誠は、男の依頼を承諾した。
彼がどういうつもりで、自分たちをここへ呼んだのか。理由がわからない。
紫輝の命を脅かされないためにも、慎重に、事を進めなければならない。
そして、うまく、この男に取り入らないと。
天誠は頭の中で、緻密な計画を立てていった。
ふたりは、これからのことを相談するため、きこりが住処にしていた山小屋へ、足を踏み入れる。
そこには、天誠が作った革製品で儲けた、この世界の通貨や、上等な衣類や宝石が、乱雑に置かれていた。
「急に羽振りが良くなろうと、そうそう金は使えなかったようだな。ここにあるものは、君が貰ってしまえ」
「…いいんですか?」
「君が稼いだものだ。それで…君はどうしたい?」
どうしたいもなにも。天誠は監禁生活が長く、この、翼の生えた人間が生活する世界のことが、なにひとつわからず。悩んでしまう。
突然、大金が舞い込んできても、使用方法も通貨価値もわからない。
まずは、ここがなんなのか、知らないと。
そういえば、目の前の人物には、羽がない。
「あの…翼が、ないんですか?」
「あぁ、そうだ。私は龍鬼だからな」
「…龍鬼って、なんですか? あの、俺はずっと閉じ込められていて。なにもわからないんです」
儚げな笑みを、浮かべて見せる。
天誠は、己の笑みが、万人を魅了することを知っていた。
まぁ、この羽なしに厳しい世界では、威力は半減だろうが。
目の前の羽なし男には、効いたらしく。とても同情的な眼差しを返してくれた。
「そうか、幼い頃から監禁されていたのかな? もしかして、あのきこりは父親か? 色目は似ていないが」
「いいえ、赤の他人です」
きこりが血縁と思われるなど、心底ゾッとする。
速攻で、食い気味で、訂正した。
「…私は手裏軍の龍鬼、不破という者だ」
手裏軍、ということは軍人、兵士か? 確かに、学校の詰襟のような衣服を着て、腰に刀を下げている。
道理で、きこりを殺害しても、眉ひとつ動かさないわけだ。
と、天誠は彼を観察しつつ、分析もした。
年齢は、自分より上に見えるが…二十代くらいか。
黒髪だが、紫輝が羨ましがりそうな、透き通る艶髪を長く伸ばしている。
瞳は、ギョッとするくらいの、赤色。
「龍鬼というのは、我らのように、生まれつき羽のない者の俗称なのだが。龍鬼は、翼を持つ者から忌み嫌われていて。村で、普通の暮らしは難しいと思う。だが軍に入れば、それなりに暮らすことができる。どうだろう? 私とともに手裏へ行き、まず心と体を癒すというのは?」
「ぜひ、お願いします。不破さん」
願ったりかなったりの提案に、天誠は安堵してうなずく。
うまくいきすぎな気もあるが、紫輝に近づけると思えば、リスクのひとつやふたつ、なんとでもしてやる。
とにかく、紫輝に会いたい。
「君、名前は? あるかな。もしかして、つけられていない?」
不破の問いに、天誠は脳裏に考えを走らせる。
もし、不破が。紫輝を望んで、手元に引き込んでいた場合。その周りの情報も、得ているかもしれない。
間宮天誠という弟がいると、紫輝から聞いている可能性もある。
そうしたら、警戒されてしまうかも。
紫輝だけを手に入れたいのなら。自分ならそうする、と思い。天誠は偽名を名乗った。
「安曇眞仲と言います」
安曇眞仲は、元の世界で、モデルのバイトをしたときに使った、芸名だ。
紫輝の誕生日プレゼントは、自分で稼いだ金で贈りたくて。
バイトは内緒だから、紫輝も、この名は知らないはずだ。
彼がすぐにも気づく名前の方が、良いかもしれないけれど。
素直な兄さんは、すぐ顔に出るからな? とにかく、不破に怪しまれない方が良い。
「では、安曇。いつまでも監禁場所にいるのは、落ち着かないだろうから、場所を移動しよう。もう、なにも心配しなくていい。私が守ってやる」
山を降りたあと、不破は体力を消耗している天誠を気遣い、馬車を用意してくれた。
不破の屋敷に着くまで、横になっていても良いように。
天誠と紫輝を、ここに連れてきた、悪い奴だと思うのだが。
不破はなんだか、人が好い。
そうは言っても、天誠は油断する気はないが。
馬車の中で横になった天誠は、これからどうなっていくのか、紫輝には会えるのか、そんな不安と期待に心を揺さぶられ。いつのまにか寝てしまった。
油断した…。でも、仕方がない。体は、ほぼ骨と皮の状態まで衰え、体力もごっそりなくなっているから。
大丈夫、すぐに回復する。
回復して…紫輝をこの手で守るのだ。
★★★★★
長く馬車に揺られて、到着した不破の屋敷からは、富士山が見えた。
庭には、楓があり。楓の紅色と富士山の青と白、絶妙なコントラスト。これぞ日本の情景。
天誠は、ここが間違いなく日本であると認識した。
紫輝のように、ゲームの世界に入ったやら、異世界やら、脳裏をよぎったのは初日だけで。
己が理不尽に貶められるこの世界が、リアルなのはわかっていた。
なぜなら、紫輝がそばにいないから。
魔王を退治? 勇者として国をお救いください? そんなことを言われたとしても、紫輝がいなければ、そんな気も起きない。
魔法が使えるわけでもなく。誰かが迎えに来るわけでもなく。
むしろ、羽がないと言われ、蔑まれる。
ただただ虐げられた、この世界が。他者によって作られた、能天気な世界なわけがない。
かといって、なら、この世界はなんだ? と言われると。天誠には、まだわからないのだが。
しかし、その問題は早々にクリアできたのだ。
不破が家庭教師をつけてくれたから。
カラス羽根の家庭教師は、元は医者で、その倫理観ゆえか、龍鬼を差別しなかった。
その教師のおかげで、この世界が、自分が過ごした世界の、およそ三百年後の世界だということを知った。
なぜ有翼人種がメインの世界になったのか。
現在、手裏家と将堂家が戦をしていることや、その経緯。
龍鬼が差別される理由。貨幣価値、などなど。
この世界で生きていくのに必要な情報を、ようやくゲットできたのだ。
これで、紫輝と合流したとき、紫輝の力になれる。
龍鬼として苦しめられていても、軍でこき使われていても、早々に紫輝を救い出し。兄弟水入らずの暮らしを確立してみせる。
そうするうちに、年が明け。二二九四年になった。
その頃には、体がほぼ正常…タイムアウト前の状態に戻っていて。
手裏軍に入るため、不破と剣の稽古をしたり、真剣で打ち合ったりもした。
不破の屋敷に、紫輝はいなかった。
手裏軍に行けば、会えるか?
あぁ、極めて健全で、善良な心根の兄さんを、戦に駆り出したりしていないだろうな? 心配でならない。
だから、天誠は。早く、手裏軍に入軍したかった。
「冬の間は、戦闘しないんだ。春になったら、存分に役に立ってもらうぞ」
「手裏軍に、俺たち以外の龍鬼はいますか?」
「いない…のだが。いささか複雑で、な」
歯切れの悪い不破の言い方に、天誠は焦れてしまう。
その複雑な、というのは。紫輝のことなのか?
「実は、私の不破という名は、偽名だ。事情があって、本名では手裏軍に入ることができなかった。それで、手裏軍の龍鬼だった、不破という男の名を引き継いだんだ。この屋敷も、元は不破のもので。彼の死後、譲り受けた」
彼の話によると。不破の親族のふりをして、手裏軍に入れたが。まだ、幹部との信頼関係が構築できていないので、龍鬼として要所で使ってもらえない。
いわく。前、不破のポジションについているので、地位だけはあるが、窓際族扱い。というようなことらしい。
「俺が龍鬼として入軍したら、マントでもかぶって姿を隠しつつ、度々入れ替わって、手柄を積み上げていくのはどうだ? 上官が我らを、良い駒だと認識すれば、使ってみたくなるものだろう? ふたりで成り上がっていくというのは…俺の方が、より有益かな?」
不破には、すでに地位があるので。天誠が不破のふりをして立ち回るというのは、必然、天誠もその地位で動くということだ。
だから、天誠の方がメリットのある話。なのだが。
「素晴らしいな。私は、顔をなるべくさらしたくないから。その発案は、私にも有益だ。このままくすぶって、せっかくの能力を無駄にすることもない。手甲を依頼しに行った先で、私は有能な軍師も手に入れたようだ」
「貴方の役に立てることが、嬉しいですよ。では、そのように取り計らいます」
天誠と不破は、がっちりと握手を交わす。
このとき天誠は、手裏軍龍鬼の懐刀という地位を手に入れたのだ。
「ところで、下の名前を教えてもらえないのは、もしかして、考えていないからですか?」
「あぁ。不破の名前を聞く前に、彼が他界したので。勝手に名付けると、親族でないことが露呈する恐れがあるからな。まぁ、おおよそが苗字呼びなので、今のところ不都合はない」
「本名は?」
「それは、いくら家族同然の安曇でも、言えないな」
今の話で、天誠は。不破の素性が、大体わかった。
だが、天誠には特に関係ないことなので。これ以上追及する気も、興味もない。
まぁ、弱味は握れたかもしれない。
なにかがあれば、切り札にすれば良い。
とにもかくにも、天誠の当面の目標は、まず紫輝と合流すること。
そして、手裏軍での立ち位置を、盤石にすること。
その足掛かりができたことを喜び。それに備えて、剣の稽古に励んだ。
★★★★★
二二九四年四月、天誠は十八歳になった。
手裏軍に入り、まず探したのは、もちろん紫輝だが。
紫輝はいなかった。
不破に、他に龍鬼はいないと聞いていたけど。本当にいないとは…。
十八歳になったのに。
紫輝に再会したら、すぐにも恋人にしてもらおう。そのためには、手裏軍での己の地位を確固としたものにして。紫輝を不自由なく養えるように、環境を整えておかないと。
その意気込みで、天誠は不破のそばで、軍師として頭角を表していった。
手裏軍に入って、気づいたのは。手裏に龍鬼がいるように、将堂にも龍鬼がいるということ。
天誠は、不破が紫輝を囲っていると思い込んでいたので。将堂に紫輝がいることは、全く考えていなかった。
だって、不破が紫輝を掴んだのは、確実なのだ。
なぜ、不破は。紫輝を保護していないんだ? それは本当に謎だった。
謎だが。なにかアクシデントがあって、紫輝は間違って将堂にいるのかもしれない。
絶対とか、そのはずとか、決めつけない方が良い。
広い視野を持って、とにかく一刻も早く紫輝を探し出さなければならない。
情報によると、将堂の龍鬼はふたりだ。
ひとりは、身長が高く、白髪で長い髪。
短髪だった紫輝が、この短期間で長髪にはなれない。彼は紫輝ではない。
もうひとりは、細身の体躯、短髪、と背格好は紫輝に似ている。髪色は緑だが。髪の色はどうにでもできるので、当てにならない。
この目で見てみないと、判断できない。
ということで、戦場に出ることにした。
すでに初陣は経験済みなので、剣の力量や恐怖などの精神面も、問題はない。
というか。将堂の兵士の力量が、低すぎる。
それは、手裏の一般兵にも当てはまることなのだが。
食い扶持を稼ぐために、入軍する若者が多く、いわゆる素人なのだ。
天誠は幼少期から剣道を習っていたため、基本動作は身に沁み込んでいる。唯一、実戦で通用するのか、という懸念があったのだが。素人相手だから、なんとかなったな。
それで、天誠は紫輝…かもしれない龍鬼を視認するため。不破に、出撃許可を出してもらおうとしたのだが。
「安曇…君を戦場には出せないよ」
は? と言いそうになったが。
かろうじて、声には出さず。
戦略対策室…的な、天幕の中にいる不破を、天誠は見やった。
ふたりは、黒い詰襟の形をした軍服の上に、黒マントを着ている。
手裏軍では、黒マントイコール龍鬼という認識が、定着し始めていた。
天誠の思惑通り、ふたりで入れ替わりながら、武功を上げ続けた結果。手裏の幹部も、龍鬼を手駒として使うことに、もはや遠慮がなくなっている。
不破が、安曇が、ということは。取るに足りないことで。
結果が出れば、上層部にはどうでもいいことなのである。
不破の憂いは晴れ。不破の中の、安曇眞仲の株も上がった。
そして、ふたりが実力を発揮していくことで、発言力が強くなり。
手裏軍の龍鬼は、今では戦略対策に、なくてはならない人材にまでなっていた。
「安曇が強い兵士だということは、理解しているよ? でも、万が一、戦場で討たれたら。我が軍は、強力な龍鬼と軍師を失うことになる。君がそんな手駒を持っていたら、戦場に出す?」
出しませんね。天誠は無言で苦笑いする。
やり過ぎた。調子に乗って、手の内を披露しすぎた。
というのも。
この世界は、人口が少ない。全国民が五万人ほどなのだ。
なのに戦争をしているのだ、この世界の人間は。
馬鹿か。
このままでは、本当に、なにもしなくても、人類は滅亡する。
天誠にとっては、それは他人事で。
異世界もどきの未来の世界が、どうなろうと、なんとも思わないのだが。
つまり、人口が少ないということは。戦闘規模が小さい、ということなのだった。
手裏二千騎、将堂二千騎が、平野でぶつかり合うという戦闘形態が多いのだが。
地形を生かした奇襲作戦という、天誠の中では奇抜とも言えない案を出したところ。
幹部連中は、余計な兵をさけないと、渋ったのだが。
十騎だけ借りて…。
たったの十騎で、天誠は奇襲を見事成功してしまった。
そんな少ない数で、旗色が変わる。この世界の戦は、そんな戦なのだ。
さらに、天誠は知略を巡らせ。小規模戦闘で、三連勝してしまい。
当時戦力的に優位だった将堂軍を、青木ヶ原樹海へ追い込んで、そこから出て来られないくらい、容赦なく追い詰めてしまった。
いや、だって…。
自分の立場を盤石にするのに、勝利が必要だったし。
二千騎同士と言ったら、壇ノ浦の闘いくらいの規模なのだ。平安時代だ。
その平安時代の日本よりも、戦技術も武器の精度も劣る。
やりようによっては、天誠ひとりの思惑で、戦況を変えることもできそうだった。やらないけど。
ここで、手裏をひとり勝ちさせるのは、得策ではない。
もしかしたら、紫輝が将堂にいるかもしれないからだ。
紫輝がもし、己の戦略によって、命を落としたら…それは絶対にダメだ。想像しただけで怖気が立つ。ヤバいヤバい。
その考えに至って以来、手裏が勝ち過ぎないように、戦場のパワーバランスをコントロールしている。
しかし、時すでに遅く。
手裏軍の幹部は『戦の神が降臨した』と諸手を挙げて天誠を歓迎し。あげく賢龍などという龍鬼の称号までつけられてしまった。
龍鬼の能力なんか、全然ないのに。
「一回で、良いんだけど。ちょっと確認したいことがあるから」
「今後の作戦に関わることか?」
「…まぁ、そうだな」
いや、紫輝を探したいだけ。
だが、そうは言えないので。嘘をつく。
天誠は、さらりと嘘がつけるタイプだった。
兄さんは嘘が苦手だった。すぐになにかしらのサインが、顔に現れるから、カードゲームの類は、兄さんの全敗だったな。
その素直なところが、愛らしい。
でも全部勝つと、もう遊ばないって怒っちゃう。
それも可愛いけど。遊んでもらえないのは困るので、たまに手を抜いたりした。内緒だけど。
なんて、脳内で紫輝との思い出に浸り、良い気分になるが。
天誠はそれらの感情を、表面上には一切出さず、神妙な顔つきを崩さない。
「手裏軍の軍師と…先ほどは言ったが。私は安曇のことを、弟のように思っている。作戦に関わるとはいえ、家族として。戦場に出すのは、心配だな?」
ほぼ身長の変わらない、自分と同じような体格の不破をみつめ。
天誠はポーカーフェイスを少しゆるめ…眉間にしわを寄せた。
「俺の兄さんは、ギュッと抱き締めたくなるような、可愛らしい人で。優しくて、真っ正直で…決して不破のような、胡散臭い、大柄な男ではない」
不破と天誠は、お互いに素性を隠し、本音は決して見せない。
しかし、半年ほど同じ屋敷に住み。
龍鬼という、世間では蔑まれる同じ立場にあることで。それなりに仲間意識がある。
天誠としては。紫輝が絡んでいないのなら、不破は命の恩人であるし。なにもわからなかった自分に、この世界の情報をもたらしてくれたし。手裏軍での居場所も用意してくれたので。
彼の手助けくらいは、してもいいと思っている。
それくらいには気心の知れた仲になっていた。
すでに名前も呼び捨てで、軽口も叩ける。
「大柄はともかく、胡散臭いは、傷つくな?」
全く、傷ついているような顔をしていない。
むしろ、楽しげに見える。
そういうところが胡散臭いのだと、天誠は思うのだった。
「というか、兄がいるのか? 今はどこに?」
「…俺があいつに捕まって、それ以後、離れ離れだ。行方がわからない」
不破に、紫輝の話をしたのは。
天誠にとっての兄は、紫輝だけである。それ以外は認めない。ゆえに不快である、という意思表示もあったのだが。
不破が、本当に紫輝を知らないのか、見極めたい思惑があったからだ。
本当に、自分が、紫輝の弟だと知らないのか?
不破の表情の変化を、注意深く観察する。
「それは心配だな。私も、弟と離れて暮らしているので、寂しい気持ちはわかるぞ。私の弟は、容姿がとても美しいのだが、それ以上に心根が綺麗なんだ。兄さん、兄さん、と私の後ろをついて回って。私は弟に頼られるのが、嬉しくてな? 繊細な子だから、いつも心配しているよ。容姿が美しいのは、安曇も同様だが…私の弟は、君ほどふてぶてしく無い」
胡散臭いを、ふてぶてしいで返された。
天誠は、己の腹黒さを自覚しているので。不破にチクリとやられたくらい、なんでもない。
というか、紫輝の話に触れてこない。
まだ、不破の真意は掴めないか。
互いに、兄弟賛辞がはなはだしいところには、引っかからない天誠だった。
「安曇が家族の話をしたのは、初めてだな。兄の他に家族は?」
「わからない」
両親は三百年前。ライラは紫輝が抱いているから、きっと大丈夫。
紫輝のそばに、ライラがいてくれたら。
紫輝の心をライラが支えてくれていたら、少しは安心なのだが。
「俺を家族だなどと言って、引き留めようとするな。有益な持ち駒がなくなるのが嫌だと、率直に言われた方がわかりやすいぞ。ま、大事なことなので、戦場には出るが。その代わり、表に出るのは、今回限りにしてもいい」
「本物の兄には敵わないから、兄の座はあきらめるが。安曇のことを家族だと思っているのは嘘じゃないよ。まぁ、上層部も。安曇を手元に置いておきたいらしいから。上の意向を汲んで…今回限りという約束で、許可してやる」
不破の了承を取りつけ、天誠は天幕を出た。さっそく戦場へと出向く。
★★★★★
天誠が、戦場の最前線に到着したとき。すでに日没間近で。双方、引き際を見極める段階に入っていた。
日没後に戦闘を行わないのが、暗黙の了解だ。
戦闘終了の合図に、矢が射かけられるので。それまでに、戦線を離脱しなければならない。
わかりやすいルール。
戦争に、ルールを適用できるのか…天誠は疑問に思う。
以前の世界では、勝てば良い、勝てばルールなど後からいくらでも曲げられる、という考えの権力者も多かったから。この世界は、実に紳士的だ。
その気持ちを、少しは龍鬼にも向けてほしいところだが。
しかし。天誠は紳士ではなく。ずるい思考を持ち合わせている。
この戦場で、緑髪の龍鬼の目撃情報があった。
彼をおびき出すために、ひとり、生け贄になってもらおう。
戦線離脱のタイミングを逃した同胞がいたら、きっと助けに現れる。
一番目立つ容姿をしていて、少しは手応えがある奴が良い。すぐに死なない程度の奴。
そこに、うってつけの奴がいたのだ。
髪色がメタリックの青。少し年が若そうだが、今日死んでもいいって感じで、がむしゃらに剣を振っている。
天誠は、黒マントを脱ぎ。目を引く金の髪と碧眼を、思うさまさらした。
紫輝が、遠目からでも気づいてくれるように。
「おまえ、手裏の龍鬼?」
天誠に気づいた青髪は、思うとおりに斬りかかってくる。いいぞ。
「そうだ。俺は手裏軍の龍鬼、賢龍の安曇眞仲だ」
自分で口にするのは、恥ずかしい称号だ。
しかし、それで通っているから、仕方がない。
名前をさらしたのは、目の前の若者へのご褒美だ。うまく、龍鬼を…紫輝を、ここへ連れてきてくれ。
青髪の剣は、力強かった。
だが、正面から当たりすぎ。力に頼りすぎ。
天誠は刀で、青髪の剣をいなす。
まぁ、素人の剣よりは、マシか。間違って殺しちゃう恐れがないくらいには、手練れかな。
しかし…と、天誠は戦闘中にもかかわらず思案してしまう。
こいつらは、何故、翼があるのに、それを有効活用しないのだろうか?
龍鬼は空を飛べないんだから、上からとか横からとか、いろいろやりようがありそうなものだ。
その疑問を、つい口にしてしまった。
「なんで、翼を使わないんだ?」
「は? な、なに?」
「その翼は飾りか? あぁ。飛べない鳥さんなんだな。すまない」
麗しく、天誠は笑った。
「貴様っ、俺を侮辱したのか!」
剣戟が激しくなる。怒らせてしまったようだ。
青髪は翼を広げ、羽ばたいて風圧を天誠に当てた。
「俺は飛べる。馬鹿にするな」
前への推進力がついて、剣の圧力が高まる。
「そうそう、もっと動けよ。前後左右、羽アリなら、上下も使って、臨機応変に攻めないと…殺しちゃうぞ」
ようやく、遊べるようになってきたと思い。天誠はニヤリと笑う。
紫輝とした、チャンバラの域に、やっと来たという感じだ。
青髪の男は。夢中で剣を交えている。周囲に、もう味方がいないことにも、気づいていない。
そこに、別の剣が割って入った。
天誠が目で追えないくらいに、速い。
龍鬼だ。
「余計なことすんじゃねぇ!」
戦闘に水を差され、青髪が叫んだが。
それ、おまえの軍の龍鬼だぞ?
割って入った剣により、天誠と青髪との剣の均衡が崩れ、剣先が弾かれた。
ふたりは互いに後ずさる。
青髪はまだやりたそうだったが、天誠はそのまま引いた。矢の餌食になりたくないし。目標は達成した。
緑髪の龍鬼は…紫輝じゃない。
一七〇センチ弱の身長、細身の体躯などは、紫輝と酷似している。
でも、紫輝は。天真爛漫な可愛い系。緑髪は、冷静沈着が前面に出た、美人系。
頬に丸みがあり、幼く見えるが。
紫輝より年下か? いや、あの目の鋭さは、それなりに経験を積んでいる。
剣士としても、ベテランの域。とにかく、完璧に別人だ。
退却しながら、黒いマントを身につける。
表情には出さないが、天誠は落胆していた。
あぁ、兄さんはどこにいるんだ?
早く、兄さんに会いたい。
このまま、会えなかったら…心のすべてが黒く染まってしまうよ。
だから。黒き闇に沈み込んでしまう前に。兄さん、早く目の前に現れてくれ。
握る刀に、血がついている。
天誠は、刀を振って血を飛ばし、鞘に収めた。
青髪は殺さなかったが。前線に上がるまでに、何人か斬ったから。
天誠は、以前の世界では、戦争と無縁の国にいた。
もちろん、殺人などしたことがなかったし。殺人が悪いことだという一般論の中で育った。
でも…。不思議なくらい、人を斬ることに、躊躇いや嫌悪がなかった。
きこりに監禁されていた間に、天誠は憎悪をたぎらせ。殺してやる、と。なにもかも殺してやる、と何度も思い。精神を闇に堕とした。
そのせいもあるかもしれない。
もしくは、翼が生えているから、同じ人間と思えないのか?
いいや、自分は元から、こうなのだ。
紫輝以外の人間には、興味がない。
人間よりも、むしろ動物の方が、大事だと思える。
ライラや、他の動物を慈しむ心は持っている。
可愛いという感覚も、守りたい感覚も。
だが、その気持ちは。人間相手に発動しない。
動物は、無垢な魂を持ち。
紫輝にも、それと同様の、清らかな精神が宿っている。
でも、紫輝以外の、人間というものの魂は、汚れている。天誠にはそう見えた。
そして、人間の魂が汚れていると思える場面に出くわすたびに、人間を気持ち悪いと思う。
その気持ちは、己にも適用された。
天誠は、自分の魂が、一番穢れていると思っている。
だって、人を斬っても、心が動かない。罪悪感がない。
きこりが死んだときなどは、爽快感すらあった。
そんな己を、間違っているとも思えないのだから。
そのような、危うい素地を持つ天誠を。真っ当な道へ歩ませていたのが、紫輝の存在だった。
幼い頃に、紫輝が目の前に現れなかったら。小学校に上がる前に、腹黒で腐り切った、どうしようもないガキになっていただろう。
そんな自覚が、天誠にはあった。
紫輝に会う前から、笑顔ひとつで大人の心を掴めることを、知っていたのだ。
誰も彼も、自分が笑いかければ魅了される。
自分がそうしたいと思うことを、叶えてくれる。
天誠はそれに味を占め、なにもかもを誰かにやってもらい、手柄は自分のものにし。
与えられる物を、なんの感慨もなく受け取るような、空っぽな人間になっていたはずだった。
だって、それってすごく楽なことだから。
でも、天誠の前には。紫輝が現れたのだ。
それは奇跡だった。
紫輝は、天が天誠に与えてくれた、良心なのだ。そう、天誠は思った。
紫輝と出会ったことにより、自分の容姿を賛辞する者たちを、くだらないと思うようになり。
自分に媚びて、なにもかも与えようとする者たちを、嫌悪するようになったから。
特に。己と比べて、紫輝の容姿を馬鹿にする者たちには、吐き気さえ覚えた。
紫輝は、決して不細工ではない。
でも、本人がそう思い込んでしまうほど、周囲は、己と並ぶ紫輝に対し、顔をしかめて見せた。
確かに、天誠は。金髪碧眼で、笑えば天使の微笑みと言われるほど…芸能人である両親とともにいても、見劣りしない容姿であった。
ある意味、けばけばしいほどに華やかだった、己と両親。
そこに紫輝が並ぶと、誰もが、がっかりした表情を浮かべたのだ。
三人で、完璧な宗教画のよう。
紫輝さえいなければ、完璧だと。
まぶしい光の横に、沿う闇。
天使と並ぶ、悪魔。
そのような目で、他者は紫輝を見た。
天誠は、いくらでも、紫輝の可愛い見た目や優れた点を上げられるが。
紫輝はそれを『天誠は優しいな』で片づけてしまう。
そうじゃなくて、本当に、紫輝は容姿が劣っているわけではないのだ。
学校では、友達もたくさんいた。
容姿のことでからかわれたこともない。
性格も温厚で。誰にでも優しく接して。明るい笑顔で、周囲に幸せをもたらす。
自分よりも、よほど天使に近い、綺麗な綺麗な心根を持つ、兄。
なのに、自分たちと並ぶと、卑下されるのだ。
なんで、天誠の兄が、あの冴えない顔の紫輝なのか。
天誠の隣にいないで、不釣り合いだ。
弟はこんなに綺麗なのに、お兄さんは…。
余計なお世話が、度を過ぎている。
つか、そんなことを言うおまえたちは、何様だ?
何度、キレて罵倒したくなったか。
でもそのたびに、紫輝は言うのだ。
大丈夫だから、と。俺は、天誠の笑った顔が好き。怒らないで。女の子は弱いんだから、手を上げたら駄目。みんな天誠を褒めているんだから、ありがとうと言うんだよ?
嘘だろ。
なんで、紫輝を貶める輩に、礼を言わなければならないんだ?
だけど、誰でもない紫輝が、そう言うから。礼など言わないが。手は上げなかった。かろうじて。
でもそれは、弱い女の子を守る…なんて意味は欠片もなく。
ただただ、女の子に手を上げて、紫輝に嫌われたくなかっただけのことだ。
もちろん、紫輝を罵った奴らに、報復をした。
女にしろ男にしろ、大人にしろ子供にしろ、己の視界から排除した。
簡単に言うと、転校に追い込んだり、社会的抹殺とか、かな。
手を下さなくても、天誠が不快だと示せば、周りが勝手に彼らを排除した。
直接、天誠になにかされた、などという噂が出ることもない。
そこら辺の手回しは、抜かりない。
だが、学校で『間宮(兄)には近づくな』というジンクスができたので。
察しの良い人間も、若干数いるようだ。
まぁ結果、紫輝が守られるのならば良い。それでも、馬鹿な奴らは絶えないが。
普通の家に養子に入っていたら、紫輝も、もう少し生きやすかったのかもしれない。
でも、仕方がないのだ。
紫輝は、天誠の前に現れてしまい。天誠は、紫輝を手放したくなかったのだから。
なので、天誠は全力で紫輝を守る。
顔の皮一枚で寄ってくる醜い人間どもから。
己より、よほど天使の称号が相応しい。自分が攻撃されているにもかかわらず、その相手をかばってしまうような。高潔な魂を持つ、紫輝を。
黒髪の紫輝と、金髪の天誠が並ぶと。見た目は陰と陽。闇と光。
でも、中身は逆だ。
天誠は心に闇を抱えているが。紫輝の心は、太陽のごとく明るく輝いて、温かい。
(清らかで、白い兄さんの魂が、そばになかったら。俺はすぐにも、悪魔に堕ちてしまいそうだ。初めて会ったあの日のように、また天から降臨してほしい。そして、俺を抱き締めてくれないか? そうすれば、たとえ黒く染まっていても、兄さんの白い心で、すぐにも上書きできるのに。でも…こんなにも人を斬ってしまったら、さすがの兄さんでも、俺を嫌うかもしれない。それだけが、怖い)
紫輝のことを思い出す至福の時間は、唐突に咳き込んだことで終了した。
発作のような激しい咳がおさまり、口元を抑えていた手のひらを見る。
薄く血液がついていた。返り血? いや。自分の血だ。
「あぁ、やべぇ…」
天誠は、タイムリミットが近づいてきているのを感じ取った。
「それにしても…この世界の空気はまずいな」
早く紫輝をみつけなければ。さすがの天誠も焦り始めていた。
死ぬ前に…もう一度だけでも、兄さんに会いたい。
★★★★★
二二九五年、天誠はこの世界に来て、二度目の冬を迎えた。
昨年四月に、初めて血を吐いたあとから、体調はどんどん悪くなっていった。
白皙の容貌は、血の気を失い、青白くなり。関節に痛みを感じて、体が思うように動かない。
軍師として重用され、戦場に出なくても良くなったことが、不幸中の幸いだった。
ただ、息をすると、肺に針が刺さるかのように痛む。
床に臥せるつもりはないが。遠出は出来ず。紫輝を探しに行けないことが、苦痛だった。
この症状には、心当たりがあった。
一年前、家庭教師に習った、この世界の始まりの話。
三百年前、化学兵器により人類が滅亡し、鳥類遺伝子を取り込んだ者のみが生存できた。
その化学兵器は、人類が生み出したものを、ことごとく駆逐した。
人も、建物も、機械も、化学繊維も。
天誠が着ていた制服は、二ヶ月くらいで、繊維が切れ切れになって、着られなくなった。
バッグも同様だ。
スマホは、この世界についた時点で使えなくなり。
革靴も合成の革だったから、靴底がベロリと剥がれた。
革細工を作製するのに使用した器具は、半年くらいは持ったが。
以前の世界の持ち物は、すべてが失われた。
唯一、紫輝の誕生日に作った腕輪だけは。残っているが。
つまり、物質が劣化したように。己の体が劣化しているということだった。
原因がわかっていても、それに対処できない。
抗生物質くらいなら、天誠は作り出せる自信があったが。遺伝子レベルはさすがに無理。お手上げだ。
突然、この世界に堕とされ。羽がない、龍鬼だと言われ拒絶され。
鳥の遺伝子を持っていないと、体質的にも、この世界から拒絶されるとは…。
天誠は、腹が立つより…笑ってしまった。
天誠から最愛の紫輝を取り上げ、己をとことん拒絶する、この世界の理不尽さを憎悪する。
それほどに、世界が己を拒絶するのなら。今度こそ、完膚なきまでに、この世界をぶち壊してやろう。
胸の中で、天誠は闇のマグマを練り上げていた。
冬、富士裾野の平野に雪が積もると、戦が停戦される。
将堂は『ここから先は入らないで』というスタンス。
攻めるのは手裏なので。手裏が戦しないなら、しないということ。
天誠は冬休みの間、京都にいた。手裏軍の本拠地だ。
京都と大阪は、いつの時代も商売が栄えているな、と。馬で街中を進みながら、思うのだった。
「安曇、顔色が悪いが。馬車を用意してもいいんだぞ?」
黒いマントに身を包む不破が、天誠を心配して、聞いてくる。
「いや、馬で風に当たる方が、気持ち悪くならないから」
そう言っても、心配そうに様子をうかがってくる不破を。天誠は、本当に人が好い奴だと思う。
不破は、龍鬼として、とても優秀な男だ。
火も出す、水も出す、瞬間移動も、空を飛ぶことも、龍鬼の能力でできる。
彼こそ、この世界の最強の龍鬼。
そんな男に頼りにされているのは、悪い気はしない。
紫輝が、本当に関わっていないのなら、だが。
この一年、不破についていたが。不破の周りに、紫輝の片鱗は全く見られなかった。
不破は、あの件には無関係なのだろうか?
そう思うことは、何度もあったが。
それでも天誠は、不破の傷を見たときの、最初のひらめきを拭い去れなかった。
こいつが、あの手の持ち主だ、という強い断定の感覚を。
「着いたぞ。やろう」
「…あぁ」
天誠と不破が訪れたのは、手裏軍総帥、手裏基丈の屋敷だ。
手裏軍の龍鬼ふたりは、なんの疑いもかけられず、屋敷の中へと案内される。
これから惨劇が起こることも知らずに。
ひと月ほど前。天誠は不破に相談された。
「手裏の屋敷の地下に、手裏家の長男が幽閉されている。手裏家は黒の大翼を持つ家系だが、彼は、翼も髪も赤茶色なんだ。黒い翼を持たない者に、家督は譲れない、ということなのだが。私は彼を助けたい。安曇、力を貸してくれないか?」
不破は。龍鬼という理由で冷遇されたり。翼の色や大きさで優劣をつけられたり。そういう、この世界の仕組みを許せないと思う性質があった。
天誠も、彼のその性質によって助け出されたようなものだ。だから。
「あぁ。ならば、手裏家を皆殺しにしよう」
天誠の提案に、不破は一瞬息を呑んだ。
「手裏家総帥の基丈は、戦での古傷のせいで弱っている。なぜかはわからないが、まだ跡目の披露をしていないな。後継の最有力候補である基成、その弟の基晶は、表舞台に出ていないから。全員殺したあとに、長男を跡目に据えればいい。この冬が絶好の機会だ。逆にここを逃したら、長男が日の目を見ることはない」
生きて、紫輝には会えない。
そんな、絶望とあきらめの境地で、天誠は心を深く闇に堕としていた。
紫輝のいない世界など、滅んでしまえばいい。
手裏家のお家騒動で、手裏軍が壊滅しようと。手裏と将堂のパワーバランスが崩れ、戦乱の世に突入しても。それによって、人口が激減して人類が滅んでも。
なにもかもが、どうでもよかった。
むしろ、派手にぶっ壊してやりたい。
「不破は…私怨で将堂軍を壊滅したいと思っている。しかし、今の手裏総帥は、古傷のせいで弱腰だ。積極的に将堂と当たる気概が、感じられない。歯痒く思っているのだろう? ならば、手裏家を一掃して、長男を頭に据え、不破が軍の実権を握ればいい」
「はは、安曇に隠し事はできないな。確かにそれは、私の理想とする形だよ。我らで手裏を動かし。我らがこの国を支配するんだ」
その我らの頭数に、自分は入れていないだろうな? と思いながら。
天誠はニヤリと、不敵に笑う。
「不破には、瀕死の場面で救ってもらった恩がある。不破の野心に、加担してやろう」
そして本日。その計画を実行に移すことになったのだ。
天誠は軍師として、不破は最強の龍鬼として、手裏家に歓待されたことがあり。勝手はわかっている。
緻密な計画などは、なかった。
手負いの男と、その妻と子供を手にかけるだけ。
基丈の看病をしていたのか、家族は一室に集まっていて、総帥暗殺は簡単に済んだ。
しかし、基成と対峙したとき。
急に、天誠に咳の発作が起こり。膝を床についた。
十六歳の基成は、まだ初陣を迎えていなかった。
大事に育てられたのだろう。でも、今、それが仇となっている。
基成は、刀を腰に下げているにもかかわらず、咳き込んでいる天誠に向かっていくこともできない。
柄に手をかけているのに、その手は小刻みに震えていた。
天誠は、ギラリとした視線を、基成に向ける。
「両親も、弟も、倒されたというのに…刀も抜けないのか?」
大量の血を吐きながら、天誠は基成に問うた。
もしも、そこで倒れているのが紫輝だったら。自分は、誰彼かまわず斬り捨ててやるだろうにっ。
「とんだ腰抜けだな。おまえでは、後継お披露目など、到底できない」
天誠の煽り文句にも、基成はなにも言わず…いや、言えずに。奥から響いた足音から逃げるように、その場を立ち去った。
逃がすのは、得策じゃない。
けれど、もう、体が動かなかった。
天誠は、その場に倒れ込む。
そこに、不破と、不破の黒マントをかぶった人物が現れる。
おそらく彼が、手裏家の長男なのだろう。
「安曇、血が…。斬られたか?」
「いや。すまない。基成に逃げられた」
なに、謝ってんだろう。この男は、俺の前から紫輝を連れ去った男なのに。
「不破、頼む…」
紫輝に会わせてくれ。最後のお願いだから。
でも、天誠から、その言葉は出せない。
自分が、ここで死んだとしても…。紫輝に会えなくても…。紫輝を窮地に陥れたくないのだ。
自分が紫輝の名前を出したら、不破はどう動く?
わからない。
もう、頭がうまく回らない。
とにかく、紫輝を。危険な目にあわせたくない。
「背中を、切って。この翼を、傷口に捻じ込んでくれ」
自分が倒れている、そのすぐ目の前に、大きな黒い翼があった。
基成の弟の、基晶の羽だ。
これは、賭けだった。
いいや、ダメ元ってやつ。
どうせ死ぬなら、最後にあがいてみたかった。
生きてさえいれば、紫輝に会えるかも。
死んでも、死後の世界で紫輝に、精いっぱい頑張ったよって、胸を張りたかった。
紫輝を、この手で守りたかったなぁ。
実現できなかった、その悔しさが。涙になって、白皙の頬に落ちていく。
不破が、背中を切り裂いた。でも、痛みも感じない。
不破は、もうひとりと力を合わせ、基晶から羽をもぎ取り、天誠の背中に、言われたとおりに捻じ込んだ。
その瞬間。体の中に、なにかが流れ込んでくるのを感じた。
血の巡りを、頭の先から足の先まで、知覚するような。
天誠の遺伝子が、背中の翼から、なにかを奪っているような。
細胞のひとつひとつが、生まれ変わっているような。
不思議な体感だった。
「安曇、大丈夫か? 生きているか?」
遠慮がちに肩を撫でながら、不破が聞いてくる。
「…生きている」
驚いたことに、生きていた。
天誠は、本当にびっくりしていた。まさに、漫画のような出来事だ。
うずくまらせていた体を、少し起こして、顔を上げる。
背中につけた羽が、落ちてしまわないか心配だったが。あの短時間で、翼が背中に定着していた。
包帯を巻きつけなくても、肉も、骨も、くっついている。
大量に喀血した、口元を手で拭い。息を吸いこむと。
痛くなくて。また驚いた。
どこも痛くない…なんて?
だが、こうしている場合じゃない。基成を逃した。対策を今すぐに立てないと。
「基成が、謀反を起こしたことにしよう。長男、名前は?」
「…銀杏」
その名と、その声を聞き。天誠は、いつになく顔を青くした。
体調が悪いときでも、これほどの血は引かなかったはずだ。
天誠は立ち上がると、銀杏が身につけている黒マントのフードを、剥いだ。
細身。赤茶で、ゆるやかに波打つ、長い髪。
きりっと表情を引き締めれば、男に見えなくもないが…。
「女? 不破、どういうことだ?」
胸があったり、腰回りに丸みがあったり、いわゆる女性らしい体格ではなく。満足な食事が与えられていなかったような、発育の悪さ。身長だけがひょろりと伸びた、もやし的な体つき。
成長過程の少年のように、見えなくもない、けれどっ。
天誠にいきなり顔をのぞき込まれ、びっくりして目をおどおどと揺らす、その表情や。線の細さ。
なにより、男に頼ろうとする、天誠が嫌いな、女性独特の媚びが匂う。
「長男じゃなくて、長女だった」
悪びれもせずに言う不破を、天誠は睨む。
こいつら、このあと、どうするつもりだったんだか。
「駆け落ちでも計画していたか?」
「私と銀杏は、そういう仲ではない」
どうだか…と思いつつ。
ついさっきまで、うまく働かなかった脳みそをフル回転させた。
「では、とりあえず。俺が、手裏基成として振舞う。逃げたのは、手裏家長男、銀杏。銀杏が乱心して一家惨殺。基成が返り討ちにしたが、逃げられた。黒の大翼を持つ銀杏を捕えよ、と討伐命令を出す。この展開で、どうだ?」
「なるほど、本物の基成を捕えて、銀杏として、謀反人として、処刑するってことか。良いと思う」
「俺が手裏基成になるのは、ほとぼりが冷めるまでだ。いずれ、銀杏が手裏基成として手裏軍総帥になる。それでいいな?」
「手裏軍を動かすのに、安曇の黒翼は使える。将堂を壊滅するまで、黒マントをかぶって、三人で入れ替わりながらやって行くのはどうだ? 今までみたいにな」
確かに。銀杏は女性にしては、背が高く。身長、体型など大した差はない。
遠目や単独の場合なら、黒マントをかぶっていれば、見分けがつかないだろう。
了承してうなずくと、不破が天誠の肩を軽く叩き。珍しく、嬉しそうに笑った。
「良かった。安曇を失わないで済んだようだ。病は、もう治ったように見えるが?」
「そうだな。…髪を染めないと」
黒の大翼だけでは、基成と言い張るのに無理がある。髪を染めて、目はあまり見せないようにしないと。
兄のように、天誠の生存を喜んでいる不破に、照れくささを感じ。そのことはあまり深掘りせずに、次の段階を思案する。
しかし、不破に。思いもよらないことを言われた。
「いや、髪も目も黒くなっている」
「は?」
手裏家は、西日本を牛耳る名家だ。なので、鏡は貴重品だが、部屋に当たり前のように置いてあった。
その姿見の鏡に、天誠は己の姿を映し出す。
この世界に来てから、切っていない、肩にかかる長さの…黒髪。
空の色だと、紫輝が好ましく、のぞき込んでくれた青い瞳が…黒目に。
そして背中には、悪魔が持つような、大きな…黒い翼。
母譲りの肌の色も、いわゆる日本人の色味になっている。姿見の中には、別人がいた。
これほどに容姿が変化してしまったら…紫輝に、自分が天誠だと認めてもらえない。
『お日様に当たると、金色が輝いて、まぶしいくらいだな』
『俺の好きな、青い色の瞳。夏の空の色だな』
『天誠は色白でいいな。俺はすぐ日に焼けちゃうから…』
頭の中で、紫輝が自分を褒める。
けれど、紫輝が好きだったものを、もう持ち合わせていない。
ブルリと身を震わせ、天誠はその場で吐いた。
人を初めて斬ったときでさえ、嫌悪感がなかったのに。
二年前とは、別人になってしまった。紫輝の知る自分が、もういないことが。
心底、気持ちが悪い。
「兄さん…助けて。大丈夫だって、好きだよって…言ってくれよ」
己の姿を恥じるように、手のひらで顔を覆い。声を震わせて、つぶやいた。
兄さんは、よく天使のようだと、自分を褒めてくれたけど。
心も体も、黒く染まった己は。完全に悪魔と化した。
紫輝と同じ人間でもない。
己の細胞が変化したのを、体感した天誠は。もはや、別の生き物になってしまったのだと認識し。慟哭した。
この日、天誠は本当の意味で『安曇眞仲』になった。
この世界の有翼人種と、同じモノに。
紫輝とは、生物学的にも、別なモノに。
天誠は…紫輝の弟は、死んだのだ。
★★★★★
と、一時は思い。嘆き悲しんだこともあったが。
紫輝が、元々、この世界の住人であることを知り。生物学的にも同じモノで。この黒き姿も、格好良いと言ってくれて。良かった。
本当にっ、良かった。
思考を現在に戻した天誠は、しみじみと安堵したのだった。
六年前、手裏家乗っ取りに加担した三人は、今も手裏の全権を三人で掌握していた。
強力な龍鬼でありながら、紫輝を追ったときの後遺症で力が半減している、天龍の不破。
黒い翼を持たぬゆえに、後継の資格を剥奪されていた、手裏家の長女、手裏銀杏。
そして、手裏家の黒い翼を有したことで、総帥、手裏基成として振舞う、安曇眞仲こと間宮天誠。
将堂との戦に勝つまでは、手裏家の代名詞である、漆黒の大翼を持つ眞仲が、手裏家の顔となって行動し。
実質、陰で手裏軍を采配しているのは、不破。
しかしながら、いずれ銀杏が手裏軍を治めるという方向で動いている。
彼らは、黒マントで己の姿を隠しつつ。時に基成となり、時に眞仲となり、時に不破となって、その場面で必要な役割を演じてきた。
六年前、三人は、ほぼ同じ体型で不都合がなかったのだが。
眞仲は翼を得てから、身長が伸び。体格も大きくなってしまった。
現在、黒マントの三人には、身長のばらつきがある。しかし差が出た頃には、手裏の実権を握っていたので。不都合は力でねじ伏せた。
黒マントの真実に近づけば、命はない…という暗黙の掟が、手裏軍内部に広まっているとかいないとか。
眞仲の尽力で、不破の野望は半ば達成していた。
我らで手裏を動かし、我らがこの国を支配する…というやつだ。
手裏は掌握済み。そして将堂を壊滅させれば、国の支配も可能。
もう少しのところまできている。
しかし、ここへ来て。流されるままに、不破に従っていた眞仲は、その意味を失う。
紫輝と再会したからだ。
天誠は、長く眞仲として生きてきた。しかし紫輝が、この世界に現れたことで。
眞仲は、天誠であったことの意義をよみがえらせる。
天誠の世界の中心は、紫輝だった。
今までの天誠は、心の主軸を失っていた状態で。
それは天誠にとって、地球の地軸が傾くほどの、悪しき出来事である。
だがようやく、絶対に揺るがぬ、心の主軸を取り戻せた。
天誠の世界は。紫輝と再会したことで、正しく回り始める。
なにより。誰より。紫輝が最優先。それが天誠の理想の在り方だ。
部屋の中、ひとりきりになり。天誠は黒マントの懐から、ライラの爪を取り出す。
白濁の鏡面に映り込む、紫輝の姿を。うっとりと眺めた。
「兄さん…兄さんのいないこの世界は、闇そのものだった。兄さんに、もう一度会いたい。ただそれだけの想いで、ここまで生き永らえてきたけれど。俺は、八年もの間、俺と紫輝を引き裂き続けた、この運命だけは。どうしても許すことができないんだ」
憎々しげな光を、天誠は瞳に宿す。
だが、それが見えているわけでもないのに、爪に映る紫輝が、どこか心細そうな顔をするから。
天誠は、笑みを取り繕った。
「あぁ、兄さんが悪いわけじゃないよ。兄さんは、身を守るために時を飛んだ。それは龍鬼の本能だ。そうして当然だし。だからこそ、俺たちは出会えた。それは、とても幸せな奇跡だった。それに、この世界に来たことを怒っているわけでもない。兄さんがいなければ、この世界でも、三百年前の世界でも、俺にとっては闇だからね。そうじゃなくて…ひとりでこの地に堕ちた運命。長い年月を分け隔てられた理不尽。そして兄さんと再会しても、すぐに一緒に暮らせない、俺たちの幸せを邪魔立てする、この世界の道理を呪う」
指先で、ライラの爪に映る紫輝を、つるりと撫で。
天誠は不穏な笑みを浮かべる。
「俺が、兄さんを守る。兄さんを傷つける、すべてのものを許さない。だから…俺らの仲を引き裂き、兄さんを苦しめた、この世界に、復讐しよう。手裏軍は、ほぼ手中に収めたよ。次は、将堂だ。兄さんに、この世界にあるすべてのものを捧げるよ…」
囁かれた天誠の言葉は、誰の耳にも届かなかった。
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