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14 千夜の黒歴史 ★
◆千夜の黒歴史
戦場は、夕焼けに染まり。日は、地平線に沈みかけていた。
長い一日が、終わりを告げようとしている。
富士山の裾野にある平野には、まだ戦っている者たちがいるが。日没に戦闘を終了するのが、互いの軍の、暗黙の決まりとなっていた。
戦闘終了時には、戦場に矢が射掛けられる。
兵士たちを速やかに撤退させるため、そして追撃をされないようにするためだ。
矢が射掛けられる少し前に、警告である、法螺貝の音が鳴り響く。低く鳴る、その音こそが。一日の終わりを告げる合図だった。
高槻廣伊が率いる、二十四組は。戦闘の口火を切り、戦場に最後まで残る、激戦部隊である。
戦場での引き際は、命に関わることも多い。
離脱が遅れれば、矢の雨を受けることになり。早く離脱すると、敵将を味方陣地に深く入り込ませてしまいかねない。
それを熟知している廣伊は、上手に敵を牽制しながら、仲間たちと後退していく。
敵も間合いを詰めてこないので、撤退の頃合いは、お互い様のようだ。
敵と阿吽の呼吸で、というのはおかしなものだが。退却の息が合い。両軍は、さっと綺麗に分かれた。
平野に充分な空間が開き、今回の引き際は、鮮やかに決まったと言える。
しかし、そのとき。敵との小競り合いを終えられず、戦場に取り残されている味方を、廣伊はみつけてしまった。
二十四組ではない、見覚えのない男。
だが、黒装束の敵兵と相対し、必死に剣を振るって、戦っている。
彼は、撤退合図の法螺貝の音が、聞こえていないのだろうか?
最後の獲物とばかりに、相手に喰らいついている。
相手側は、余裕で剣を刀でいなしている。
金髪、碧眼、翼がない、あれは…。手裏の龍鬼。
これは、味方の方が、完全に分が悪いな。
剣を振るう数は、味方の方が多いが。敵方は、まるで遊んでいるかのように、薄ら笑いまで浮かべていた。
龍鬼は、身体能力が高く。おそらく、矢を射掛けられても、逃げられる自信があるのだろう。
しかしこちらは、敵しか目に入っていない、未熟者。
廣伊は、二十四組一班の班長に、撤退の指揮を任せ。味方兵を助けるべく、戦場に引き返した。
組長である廣伊は、戦場に出す兵を育てる役目も持っている。
たとえ、自分が育てた兵じゃなくても。戦場で怖気づくことなく、敵と戦えるようになるまで教育するのに、多大な時間と労力がかけられていることを、知っている。
その、貴重で将来性のある兵を、失えない。
その現場を、見過ごしにはできなかったのだ。
敵も味方も引いて、荒れ地が剥き出しになってる。その空間に、たったふたりだけ。
壮絶な一騎打ちが、繰り広げられていた。
息を吸うのも、躊躇われるほどの緊張感。
剣が合わさる音が鳴る、迫力。
その中を、廣伊は割って入らなければならなかった。
取り残された兵を討つのは、普通なら簡単。でも相手は龍鬼なので、簡単ではない。
それに、こちらも。味方を助ける身だ。
情けをかけ、敵方に不意打ちで斬りつけるようなことはしなかった。
ただ、がっちりと組み合っている、剣と刀の間に、己の剣を割って入れただけ。
究極に集中していたふたりが、第三者の横槍によって身を引くのには。それだけで、充分な効果があった。
手裏の龍鬼は、廣伊の顔を目で捕らえ、一瞬だけ瞳に影を落とした。
それがなにを意味したのか、廣伊にはわからない。
目立つ金色の髪と、整った顔をさらしていた彼は。足元に落としていた黒いマントを着込み。速やかに後退していく。
まばたきする間に、自軍に合流し、去っていった。
敵に逃げられた、と思ったのだろう。味方の青年兵は、水を差した廣伊が気に食わなかったようだ。
「余計なことすんじゃねぇっ!」
彼は叫び。心をも燃やす刺激的な視線で、廣伊を睨んだ…。
★★★★★
夜、三十名ほどの男たちが、一斉に笑い声を上げた。
ここは、富士裾野にある前線基地。樹海の中に配置された、二十四組が駐留している宿舎。
そこを一歩出た先の、野外で開催されている、酒宴の場だ。
「マジで、千夜が? 高槻組長にそんなこと言ったの?」
男たちは、地べたで車座になって酒を酌み交わす。
戦場では、名うての剣士ばかりで。体つきがたくましく、笑い声も低くて豪快だ。
そんな男たちの中に、小柄な青年がひとり。紫輝だ。
酒をあおりながら話す野際に、紫輝は笑い交じりに聞き返した。
「そうだぜ。助けた相手に睨まれて、組長の目が丸くなったのを、俺はこの目で見たんだからな?」
野際は、紫輝と同じ班の仲間だ。
ペリカン血脈なので、白い翼は大きめなのだが、希少種ではない。
一度、翼を触らせてもらったことがあるのだが、羽はつるつるで、ボリューミーで、とっても気持ち良かったぁ。
彼は大柄で、おおらかで、子煩悩という印象だ。
かつて、紫輝と一緒に戦場に出たくない、と野際が言うのを。紫輝は聞きかじってしまい。悲しい想いをしたのだが。
実は、野際には十歳になる子供がいて。その子を、紫輝とだぶらせてしまい。紫輝を戦場へ連れて行くのは、まだ早いんじゃないか? みたいな話をしていたということが、のちに判明した。
紫輝と野際は。その後、仲直りし。今では、千夜の次に仲の良い、九班の友達だった。
十歳ほど、紫輝より年上なので。野際的には友達関係というより、親子関係な気分だが。
「見てきたように言うな、野際。おまえ、あの場に居なかったろうが。信じるなよ、紫輝」
千夜は不機嫌そうに、瑠璃色の羽をばたつかせる。
野際が暴露したのは、今から七年前。千夜が、まだ二十四組に入る前の、やっちまった話だ。
「いやいや、居たって。ちょっとばかり、遠い位置ではあったがな? 嘘話じゃねぇし」
「もう、勘弁してくれ。俺の、人生最大の汚点なんだ」
からかわれて、千夜はつぶやく。
八月も中旬になり、夏の、一番暑い盛りだ。
夜でも汗ばむ陽気だが、千夜の顔が赤いのは、そのせいではないだろう。
でも、友達の失敗話は、最高の酒の肴だ。野際がやめるわけない。
「礼儀に厳しい組長は、剣の柄で、千夜の腹に強烈なツッコミを入れ、ニワトリを追い立てるように、離脱させたわけ」
「ツッコミ? 組長がツッコんだの? やっべぇ、腹いてぇ。千夜をニワトリ扱いって…」
ギャハギャハ笑う紫輝に。千夜は、笑い過ぎだと蹴りを入れる。
「ちょ、ちょっと、言い訳をさせろ。初めて組長と顔を合わせたとき、紫輝も驚いただろ? 瞳の大きい童顔でさ、背も小さい。どっからどう見ても年下の少年だろうが。あれが上官なんて。まして百戦錬磨の花龍なんて、思わねぇって」
高槻廣伊は、二十五歳という年齢に見合わず、頬に丸みが残る、可愛らしい容貌の男だった。
紫輝も初対面のときは、自分より年下だと思った。中学生かと…。
なので、千夜がパッと見、廣伊を上官と認識できなかった気持ちは。わかる。わかるが…。
彼の中身は。一騎当千とは、彼のための言葉のように感じるほど、えぐい鬼強剣士。
御愁傷さまです。
「でも、廣伊は龍鬼なんだから。すぐ上官だって、わかったんじゃね?」
紫輝は首を傾げる。
だって、羽がなければ、龍鬼なんだから。
紫輝が軍に入る前、将堂軍には二名の龍鬼がいた。だが、そのふたりは、確実に千夜より上官なのだ。
「…そのときは、組長が龍鬼だって気づかないくらい、頭に血が上っていたんだ。安曇と戦闘直後で」
そう。千夜と戦ったのは、安曇眞仲。紫輝の弟である、天誠だ。
三百年前の世界から、時を越えて。紫輝と天誠とライラは、この世界に来たのだが。
天誠だけが、八年前に堕ちた。
第三者から、弟の目撃情報を聞くと。本当に。天誠は八年前に、この地に堕ちてしまったのだと。ひとりで戦っていたのだと。実感する。
なんか、泣きそう。
「あのあと、二十四組の配属が決まって。組長の顔を見たときの衝撃ったら、なかったぜ。激戦組を統率している、噂の高槻廣伊は、どんな熊男だろうって。期待してたのに。あんなガキ…いや、組長があんな、アレだとは。その後は針のむしろで。今、思い出しても吐きそうになる」
げっそりした顔つきで、千夜がつぶやいた。
千夜は、将堂軍右第五大隊二十四組九班班長である。
だが、このたび二十四組組長補佐に昇進するのだ。今日はその祝宴だった。
前線基地駐留中なので、ささやかなものではあるが。
主役の恥を肴に、酒宴は続く。
だいぶ酔いが回っている野際が、新ネタをぶっ込んできた。
「そうそう、千夜は配属早々に、組長に目をつけられてさ。左からの転属だと、最初は使い物になんねぇから、新兵扱いになるんだが。古株の俺らと同じ、強化訓練やらされてた。訓練初日に『望月、私と勝負しろ』って、あの組長が詰め寄ってよぉ」
野際は、廣伊の台詞のところで、彼の真似をした。
少し上品なイメージが、似ていて。笑える。
「組長自らが、新兵と手合せするなんて。ないことなんだぜ? 壮絶な鍛錬で、毎日吐いてたんだよな、おまえ」
ニヤリと、野際は笑って、酒をあおる。
「そして、組長と顔を合わせるたびに、睨みをかましてた。そんなおまえが…まさか古株の俺を差し置いて、組長補佐に出世するとは。何事だ?」
野際は、飲めと言って、千夜の盃に酒を注ぐ。
台詞の割には、怒っているように見えない。むしろ喜んでいるみたいだ。
紫輝の親友である千夜が、出世し。仲間にも喜ばれ。酒宴の席まで設けてくれるこの状況が、紫輝はとても嬉しかった。
でも、今までは。同じ班の班長とその仲間って感じで、いつも一緒に行動していたのに。
千夜が組長補佐になったら、会う時間も少なくなっちゃうな。
寂しくなるけど。
それでも、友達の出世なんだから。心の底から祝ってあげたかった。
「おいおい、いつまで騒いでいるつもりだ? 迷惑だろ」
祝宴に、水を差す声が投げ入れられ。その場にいた二十四組の男たちが、ギラリと目を光らせた。
声の主は、紫輝には見覚えのない者たち。
七人組。おそらく先頃、前線基地に合流した左軍の人たちだろうと思った。
将堂の軍隊は、大きくふたつに分かれている。
紫輝のいる右軍は、戦闘力の高い精鋭集団。
左軍は、戦闘の他に政治も担う、頭脳派集団。
つい最近までは。前線基地に、右の奇数大隊が駐留していた。
しかし、駐留期間が長くなり。疲弊した第三と、第七大隊が、関東にある将堂の本拠地である操練所へ帰還したのだ。
その代わりに派遣されたのが、左の第二、第六大隊である。
同じ軍にありながら、左右の仲は大層悪いのだと、紫輝は千夜から聞いていた。
右は戦闘のプロを自負していて。戦場では、やや動きの鈍い左の分まで、戦ってやっているという優越感を持っている。
左は政治を司ることで、右を能無しの戦馬鹿と愚弄している。
さらに純血種が多いことから、血統の差を前面に出して、右を見下すところがある。
というのが、左右両軍に在籍経験のある、千夜の客観的な意見だった。
「おまえらは体だけ使っていりゃ、いいけどよ。俺たちは、頭使って戦してんだ。いつまでも騒いで、人の睡眠時間を削ってんじゃねぇよ。他人の迷惑を、その小っこい脳みそ使って、考えろや」
彼らは己の頭を人差し指で示し、馬鹿にしたような言い草で挑発する。
「迷惑は、そっちも同じだ。頭使ってるだかなんだか知らねぇが、戦場をのろのろ動きやがって。もっときびきび動けや。子供のお守りをしているのは、こっちの方だぜぇ?」
野際が大声でからかい。他の者も一緒になって笑い声をたてるから。
彼らは顔を真っ赤にして怒り出す。
「お、おまえらの態度が悪いと、幹部に進言するぞ。上官の命令を聞いて、ただちに解散しろ」
「誰が上官だって? お坊ちゃん」
今まで笑い交じりにからかっていた男たちが、低い声で威嚇する。
彼ら、二十四組の男たちは。先陣を切って最前線で戦う、一流の剣士だ。
強さを誇りにした男たちだから。戦場経験の少ない若者が、自分よりも上であることなど認められない。
一触即発の空気に、彼らはビビり。
でも引きもしないで、声高に叫んだ。
「右より左の方が、位が高いんだ。だから俺らが上官だ」
「労働力も経験値も、俺らが上だ。引っ込んでろ、ガキ。酒が不味くなる」
「はっ、そういうところ。右が下品だというのは、本当のことだったな? 戦場で酒かっくらって、手裏に居場所を教えるような大声で騒いで。将堂軍の兵士として恥ずかしいよ」
「なんだとぉ?」
野際が、とうとう手を出した。一番前で文句を言っていた男に、平手をかましたのだ。
カッとなった彼の仲間が、野際に襲い掛かり。
そこに二十四組の男たちが、加勢に入る。
あっという間に大乱闘に発展してしまった。
「あぁ、やっぱりこうなったか」
青い羽根を揺らし、本日の酒宴の主役である千夜がつぶやく。
七対七の闘いで、ほとんどの者が、地べたから腰を上げずに酒宴を続けていた。
戦う男たちを酒の肴にして、はやし立てて、面白がっている。
千夜と紫輝も、遠巻きにして、喧嘩を眺めていた。
「前線基地に到着した時点で、大概の者は戦闘態勢なんだ。やる気満々。血気盛ん。戦場を間近にして、興奮冷めやらず、ってやつだ。戦闘経験が少ない左は、特にその傾向が強い。味方でも、お構いなしに突っかかってくるんだ」
千夜は冷静な分析結果を紫輝に示し、つまみの干し肉をくわえる。
「テンション…気持ちの、えっと…高揚感? をおさえられないんだな」
紫輝は、つい口にしてしまうのだが。元の世界の和製英語は、この時代には、ほとんど残っていない。
なにげなく使っていた言葉を、和訳するのが、意外と難しいのだ。
「あぁ、右は、なにかしら鼻につく左が大っ嫌いだから。喧嘩を売られたら、いつでも買う。仲裁するのは野暮だからな。でも…あいつはヤバいかも。柄に手をかけた」
「え?」
二十四組の男たちは、子供を相手にするかのように、むきになって殴りかかってくる彼らを。余裕の態度であしらっている。
最前線で、敵と命を懸けた戦いを繰り広げている男たちにとって。左の者たちは、喧嘩相手にもならず。物足りない。
しかし左の奴らは本気なので。
追い詰められ、頭に血が上り、敵わないと知ると、喧嘩のルールを平気で破る。
自分よりも体格のいい男に殴られ、パニックになったのだろうか。
野際が相手をしていた男が、剣を抜いた。
「おいおい、そうくるか?」
ギラリと、剣が、にぶい光を放つ。
それでも野際は動じず、ニヤリとした笑みまで浮かべた。
丸腰でも、相手を圧倒する自信があるのだろう。
でも、紫輝は。これ以上は駄目だと思った。
喧嘩のルールを破った相手を、二十四組は許さず。殺気立ち。加勢に入るべく、ひとりひとり立ち上がり始めている。
もう『喧嘩は酒の肴』レベルを超えていた。
「ねぇ、野際さん? 俺、さっきの話の続き聞きたいなぁ?」
いかにも空気読めません、みたいに。紫輝は剣を震わせている彼と、野際の間に、顔を出した。
いきなり現れた龍鬼を見て、彼は恐ろしさに、ヒッと息をのんだ。
あれ、龍鬼初めて見ますか?
「お、紫輝。いいところに来た。雷落とせ、雷」
相手は顔面蒼白で、剣まで出しているのに。野際は、まだこの場を楽しんでいた。
紫輝に余興をやれ、というノリで、能力を出せと言ってくる。
紫輝は龍鬼だが、本当の能力は時空移動能力…らしい。
らしい、というのは、まだ意識的に使ったことがないからだ。
子供のとき、この世界から三百年過去の世界に、飛んだようなのだが。その頃のことは覚えていないからなぁ。
それはともかく。
雷を出すのは、猫又になったライラの能力であって。自分で雷を出すことはできない。と思う。
そこら辺も、まだライラと詳しい話をしていないので、よくわからん。
「嫌だよ、千夜に怒られるの、俺だよ? 龍鬼は味方に能力出したら、いけないんだから」
味方に危害を加えない、というのは、全兵士に言える、最低限のマナー。
特に龍鬼は、武器以外にも能力があるので、一般人より、厳しい目を向けられている。
実際は、一般人が龍鬼に嫌がらせしてくるけどねぇ!
「まぁまぁ、貴方も剣なんかしまって。お祝いの席なんですよ。良ければ一緒に飲みませんか?」
笑顔で水を向けた紫輝に対し、彼は一層体をガタガタ震わせた。
いやぁ、そんなに怖がらなくてもぉ。
「りゅ、龍鬼と、一緒になんか。飲めるわけないだろ。俺に気安く話しかけんな」
「おまえっ」
言われた紫輝よりも、野際の方が怒って、いきり立つ。
この場を丸く収めようとしているのがわからない、石頭の左兵士たちに、再び殴りかかろうとする。
いや、野際も空気読んで。
紫輝は野際を、まぁまぁと笑ってなだめた。
この世界の人々の、龍鬼への差別感情は、かたくなだ。
二十四組内でも、いまだ紫輝と話したがらない者の方が多い。
千夜や野際のように、気さくに話しかけてくる、触っても怒らない者は、ごく少数だ。
今、酒宴に集まっている男たちは。食事の席に、龍鬼が同席しても怒らないでいてくれるので。それだけでありがたい感じなのだ。
同じ戦場で戦う、仲間意識か。三人の龍鬼がいて、慣れているからか。右の者は、それでも龍鬼に寛容な方だが。
左の、龍鬼を排除したがる傾向は、顕著だ。
血統に誇りを持っている者が多いのが理由である。
龍鬼に接触すると、子孫に龍鬼が出るなんて、馬鹿みたいな噂があるから。
忌み嫌われていることを承知の上で、紫輝は左の兵士に手を差し出す。
彼は紫輝が触れる前に、体ごと後ろに引き下がった。
「さ、触ろうとしたっ、龍鬼がっ、龍鬼がぁ」
「俺に触れもしないで、上官なんて大きな口を叩くな」
少し大きめの声を紫輝が出すと、辺りがシンと静まった。
「位は上かもしれませんけど。貴方たちは俺らと同じ職務の、一般兵士でしょう? 命令を下せる立場では、ないですよね? それでも上官だなんて言い張るなら、せめて彼らをまとめ上げられる才覚がないと。加えて、下っ端の俺を怖がるのは、論外ですよ」
にっこりと笑いかけ、紫輝はもう一度手を差し伸べる。
すると彼は。あからさまに避けるように、後方へ逃げた。
「くそっ、もういい。行こうぜ」
彼を先頭に、左の七人組は退散した。
それを見ていた二十四組の男たちは、一斉に喝采を上げる。
「よくやったな、紫輝」
「左を言い負かすなんて、すごいぞ」
野際に頭を撫でられ、仲間から褒められる。
「俺、怪我人が出たら、嫌だったから…」
つい最近まで、紫輝は龍鬼として、遠巻きに扱われ。話ができる人数も、限られていた。
なので、仲間として受け入れられたみたいな、今の雰囲気に、紫輝は感動するほどの嬉しさを感じた。
他人に褒められるのも、久しぶりかな。
「いつまで騒いでいるんだ? おまえたち」
左を撃退して興奮し、また乾杯し始めた男たちに向かって。凛とした声が響く。
先ほどと似たような台詞ではあるが、男たちは『あぁ?』とはならない。
声の主が、組長の高槻廣伊だからだ。
先ほど、話題に上がっていたとおり。廣伊は童顔で小柄で、中学生のような容貌。
龍鬼だから、羽もない。
しかし、大きな目で一瞥された男たちは、地に膝をついてかしこまる。
十年以上、最前線で戦い。生き残ってきた剣豪に、猛者たちは敬意を払う。
そして彼の元で剣を振るえることに、誇りを持っていた。
「停戦状態に入ったからといって、まだ油断はできないぞ。明日も見回り警備がある。宴会は、そろそろお開きにしろ」
手裏が隊列を引いたことで、苛烈な戦闘状態は、一時おさまっている。
将堂軍は、手裏の動向を注意深く見守る構えだ。
しかし、戦闘状態ではなくても、兵士には仕事がある。
領地の境界線沿いに、敵が潜伏していないか。敵の隊列に、動きはないか。その見回り、警備だ。
本来は、そちらの仕事がメインで。剣を突き合わせる戦いが、毎日あるわけではない。
つか、毎日戦闘してたら。消耗戦で大変だ。人口がどんどん減ってしまう。
それでなくても、以前の世界ほど、人口は多くないんだから。命は大事にしないとね。
「おーい、お開きだと。みんな、片付けろぉ」
千夜の声に従い、男たちは手早く、周囲を片付け始める。
武具や機材を持って、操練所から前線基地へ移動、撤収などをやり慣れている男たちにとって。宴会の片付けなどお手の物だ。
左の兵士がなにを言っても、小鳥のさえずりを聞くかのごとく、動きゃしなかった男どもは。
廣伊の鶴の一声で、ざかざか動いた。
つか、鶴じゃなくて、ケツァールだけど。
ケツァールって、いまだにどんな鳥か知らんけど。
「望月、打ち合わせがある。私の部屋へ…」
「あぁ。野際、あと、頼んだ」
廣伊にうながされ、千夜は彼に付き従う。
紫輝は、彼らの後ろ姿をみつめた。
なんとなく、千夜の青い羽根が、ウキウキと弾んで見える。
廣伊は龍鬼なのだが、二十四組の者は、あからさまな嫌悪感を示さない。
むしろ、彼のことを信頼し、敬服していた。
その中でも千夜は、その念が特別強いように感じる。
廣伊と千夜の初対面の話を、野際がしてくれたが。そんな話は、全然、信じられないほどに、今の千夜は、廣伊に傾倒しているように見える。
彼の剣技が美しいと、褒めたたえ。
龍鬼であることで受ける、彼の不遇を嘆き。
彼の命令に、絶対服従。たまに意見することもあるけれど、それは対決姿勢ではなく、納得のいかないことに対する説明を求めるものだ。
廣伊は、部下の意見を跳ねつけるような、横暴な上司ではなく。器の大きい男だからこそ、千夜も説明を求めることができる。
なんでも唯々諾々と従うのではないところが、お互いを尊重しているように見えて、いいと思う。
廣伊の意思を汲み取り、手足となって働いてくれる千夜を。廣伊も、頼りにしているのだろう。
だから千夜と、上司と部下という間柄ながら、立場の垣根を越えて、気が置けない友人関係を築いているのだ。
友達である彼らが、楽しげで、仲良しな雰囲気であると。自分のことのように、紫輝は嬉しくなるのだった。
★★★★★
高槻廣伊は、我が組と左の小競り合いを、一部始終見ていた。
二十四組の連中が、左の者に害をなされる、とは考えなかったが。逆はちょっと心配していた。
だって、二十四組の兵士は…血の気の多い熊どもだからだ。
戦場に出る前に、左の者が使い物にならなくなったら、大変だからな。
だが、廣伊の心配は、杞憂に終わった。
意外にも、紫輝が場を上手に整えたのだ。
紫輝は龍鬼として、有能だと思う。
剣を合わせるだけで、敵の生気を吸いあげ。意識を失わせて、敵の攻撃を無効化する。
対相手のみならず、大人数相手にも『らいかみっ』という技で、敵を殲滅してしまうのだ。
殲滅…というと、語弊があるか。
やはり、無効化が正しい。敵兵はひとりも死んでいないから。
本人は知らないが。そこから『殺さずの雷龍』というあだ名がついていた。
敵兵が、意識を失うだけで死んでいないことを、悪く言う者もいる。
戦力が減少するわけではないからだ。
しかし、将堂軍は。無闇な殺生を望んでいない。ただ領地を侵略されなければ良いのだ。
その信念の元に、幹部連中には受けが良かった。
そんな強者である、紫輝だが。本人はいたって健全で、明るい、普通の青年だ。それに加え、若年なので。なんとなく守ってあげたいような気になる。
庇護欲をかき立てる、というのか。
龍鬼だから、入軍当初はみんな紫輝と接触するのを敬遠していたが、いつの間にか、仲間の輪に入り込んでいる。
酒宴の場に呼んでもらえていることが、その証だった。
たかが数ヶ月で、そこまで仲間に受け入れてもらえるなんて、すごいことだと…同じ龍鬼として辛酸を舐めてきた廣伊は、感嘆してしまう。
紫輝はよく、俺は普通の学生だった…なんて言うが。
断言しよう。おまえは普通ではない。
「望月、打ち合わせがある。私の部屋へ…」
熊どもの宴会を解散させ、千夜をうながした廣伊は。先に立って歩く。
千夜はいつものように、斜め後方について、歩いていた。
千夜は、十月から組長補佐として動いてもらうことになっている。
そのため、戦場にいる間に、仕事をある程度割り振り、慣れてもらうつもりなのだ。
昇進の順番としては。本来なら、一班班長の上条が先なのだが。上条はいずれ、組長の任に当てたいと思っていて。今回は外した。
組長補佐の主な任務は、伝令役が多く。それを上条に当てるのは、もったいないのだ。
まぁつまり。千夜は昇進とはいえ、上に上がるのはまだまだ、ということだ。
「酒宴の主役は千夜か? じゃあ、あの話で盛り上がったわけだ」
千夜が二十四組に来た当初の話は、いつも、いい酒の肴になるからな。と、廣伊は薄い笑みを浮かべる。
「あぁ、ったく、七年も前の話だぞ。いい加減、飽きてほしいんだけどな」
「仕方がない。あの話は、何度聞いても面白い」
特に面白がっているようにも見えない、無表情さで言う、廣伊に。
千夜は、ため息をついた。
「あぁ。でも、久々に思い出したよ。あの頃の気持ち。そして…」
目に止まらぬ速さで、千夜が剣を抜き、本気の横一閃を廣伊にかました。
不意打ちでも、当然のように、廣伊は三歩下がって剣を避ける。
互いの顔に、笑みはない。
「あんたが、俺の獲物だということを…」
廣伊も剣を抜き、千夜と剣を交わす。ガンガンという、剣が合う無骨な音が、樹海に響いた。
先日、廣伊が紫輝と相対したときとは、比べ物にならない速さと剛力で、ふたりは討ち合う。
剣がぶつかると生じる火花が、間断なく炸裂し。まるで、夜の闇を花火が彩るかのように、光がはじけた。
そして三十手合いほど討ち合ったあと、互いに身を引き。
ふっと笑う。
「その極太の剣を、俺と同じ速さで振り回すなんて。相変わらず、ヤベェ化け物だな」
千夜が剣を鞘に収めると、廣伊も剣をしまう。
廣伊の剣は、一般兵士に支給されているものより、幅も厚みも二倍ある。もちろん、重さも二倍になるということだ。
千夜の剣も、それなりの厚みにしてあるが。これ以上は、小回りが利かなくなるので、有益でない。
重ければいいというものでもない。
使い手に合った得物が、一番なのだ。
「残念。また殺れなかったな、千夜」
「いいや」
千夜は鼻同士が触れそうになるほど廣伊に近づき、悪い顔つきになってニヤリと笑う。
「今から、やる」
そうして、廣伊の頬を両手で包むと、奪うようなくちづけをした。
いきなり、舌で口腔を探る深いキスに。廣伊も、舌を絡めて返す。
廣伊は千夜の瑠璃色の髪に手を差し入れ、一度くしゃりとかき混ぜてから、髪を後ろに引っ張った。
「いてっ、なにすんだ」
「外ではよせ。あと、情交の最中に不意打ちするのも無駄だぞ。私は油断しない」
「相変わらず、色っぽくない。得物は全部預ける…だから、楽しもうぜ」
それには、返事をせず。廣伊は先に、組長の宿舎に入っていく。
もちろん千夜も部屋に入り込み。
まず武器を外して、廣伊の机の上に置いていった。
剣の他にも、小刀が数十本、懐刀が二本出てくる。どこの暗殺者だ?
「おまえ、こっちを使えば、私など簡単に殺れるんじゃないか?」
「殺れねぇから、あんたは化け物なんだろうが。俺の、美しい獲物だ」
廣伊の正面に立った千夜は、目を細め、うっとりとつぶやく。
廣伊は、彼に抱き締められ、キスも許し…彼が求めてくるままに、その身を任せた。
千夜が手際よく廣伊の軍服を脱がしていき、タートルネックのように見える防具も外す。
その気になっている千夜を、もう止められないと。廣伊は、わかっていた。
潔く、ブーツも服も全部脱いで、廣伊は寝台に上がった。もたもたしている時間がもったいない。
裸で抱き合う時間が長くなると、刺客がやってくるかもしれないから。
廣伊は、机の上に千夜の得物を出させたが。自分は枕元に剣を置く。
千夜も、他の刺客も、用心しないと。
「私だけ、いつも無防備にさせられる。責任取って、ちゃんと私の命を守れよ」
「当たり前だ。俺以外の奴に、あんたを殺らせるわけねぇ」
自陣にいても、廣伊は何度か命を狙われているので。全く構えすぎという話でもないところが、厄介だった。
「私を殺すと息巻いているやつに、守れと言うのも、変な話かな?」
「変じゃない。あんたは、俺が殺す。それだけの話」
上の軍服だけ脱いで、千夜も寝台に上がり。廣伊にくちづけた。
お互いに、目を開けていて。彼の青い瞳に、廣伊の緑の髪が、映り込んでいる。
その瞳の奥に、情欲の炎が揺らめいて見える。
絡めた舌をほどき、千夜は廣伊の首筋や鎖骨へ舌をすべらせていった。
「おまえ、私の殺害に失敗すると、いつも盛るよな」
「そっりゃ、最高に、気分が上がるんだから、仕方ないだろ。殺意と色情は同類だ」
「そんなわけあるか、バーカ」
全く色っぽくない話を展開させながら、千夜は廣伊の足を開かせ、その間で息づく廣伊のモノを下から上へと舐め上げていく。
「おい、そこは…」
この世界では、龍鬼に触れるのを厭う。まして寝るなんて、正気の沙汰ではないのだが。
体液や血液を取り込むと、子孫に龍鬼が出る。翼が腐り落ちる。一般人でも、龍鬼になり果てる。などと、まことしやかに囁かれているのだった。
しかし千夜は、全く動じることなく。廣伊の屹立を、舌先で甘く刺激していった。
「今更だろ。四年前に、あんたを抱いてから。血も、唾液も、汗も、散々舐めてきたぜ。でも、俺の翼は腐り落ちもしないし。俺自身も龍鬼にはなっていない。根も葉もない、迷信だ」
だから、出せと言わんばかりに、千夜は廣伊の突端に吸いつき、射精をうながす。
「んっ、し…しかし…」
「それに、精液も、とっくに舐めた」
「は? いつ?」
「あんたが果てて、ぐったりしているとき」
立ち上がる茎の部分を甘噛みされて、廣伊はビュクッと、先走りの透明な蜜をしたたらせた。
「は…千夜。待て…って」
「はは、色っぽくなってきた。そうそう、久々だし。楽しまないとな、廣伊?」
潤んだ、廣伊のエメラルドの瞳を見て。千夜は優越感を抱く。
表情の変化に乏しい廣伊の、こんな艶めいた表情を引き出せるのは。
俺だけだ、と。
先走りの蜜を指ですくい、後ろの蕾に塗り込む。後孔に指を出し入れしながら、廣伊の屹立は舌で丁寧に刺激し続けた。
楽しげに、笑みをかたどる千夜の口元が、快楽に打ち震えるモノをくわえ。ハミハミと唇でついばむ。
そして張り出した部分を軽く噛んで。チュプッといやらしい音をたてて、突端を濡らす先走りの蜜をすする。
とろ火でじわじわと炙られるような、歯痒くも濃厚な官能に、廣伊は身をよじる。
股間の上にある千夜の青髪を、なまめかしい手つきでかき混ぜ。込み上げる悦楽を耐え忍ぶ。
今更だと言われても、彼の口に精を放つのは抵抗があった。
「あぁ、せんや、千夜ぁ、ダメだ。ダメだってば…あ、んぁ」
我慢すればするほど、腰が嫌らしく揺らめいてしまう。
だが、その淫猥さは、千夜の興奮をかき立てるだけだ。
「ダメか? 俺にこれ、くれないのか?」
未練げに、千夜が廣伊の突端をチロチロ舐める。
その間も、中を擦る指の動きは止まらないから、性感は高まるばかりだ。
「ん、ダメ。も、舐めないで」
「じゃあ、後ろ向いて。俺を誘えよ」
千夜は、廣伊の後ろから指を抜き。うながす。
廣伊は羞恥に耐えながらも、四つん這いになって尻を持ち上げた。
経験上、恥ずかしがると、余計に恥ずかしさが増すのを知っていた。
「千夜、中に。早く千夜を、入れてくれ」
煽られた千夜は、ひとつ舌なめずりをし。ズボンをくつろげて取り出した己を、廣伊の蕾に押し当てた。
後孔をじっくりと時間をかけて広げ、一番張り出した部分を中へおさめると、千夜は動きを止める。
「あ、千夜…焦らすな」
千夜は廣伊の言うことを聞かず、己を引き抜いてしまう。そしてまた、すぼまりに突端を押し当てる。
「欲しい? 奥まで、俺が欲しいか?」
「欲しい。きて、早く…あ、あぁ」
千夜は廣伊の尻を広げるようにして両手で腰を鷲掴み、あらわになった後孔に己を挿入していく。
「あっ、あぁ…千夜、んぁ」
ずぶずぶと剛直が入り込んでいくたびに、廣伊の口から艶やかな声が漏れる。
剛直が廣伊の奥に突き当たると。それからは、千夜の思うままに、廣伊は揺さぶられた。
「あぁ、廣伊の中、久しぶり。熱くて、溶けちゃいそう」
気持ち良さそうに、千夜がつぶやくが。それはこっちの台詞だと、廣伊は思う。
千夜の灼熱の剛直に、中をかき回されて。下腹がとろけちゃいそうだ。
四年もの間、千夜と関係を持ち続けてきた廣伊は。すでに、後ろだけの刺激で極められるほど、行為に慣れていた。
今回は、屹立の方もいじられたので、余計に感じやすくなっている。
「ん、ん…あ、せんや、あ、やぁ」
千夜の剛直が引かれると、敏感な粘膜がなぞられて、背筋を震わせるほどに感じる。陶然とする気持ち良さと、奥をえぐる鋭敏な刺激が、交互に廣伊にもたらされ。
屹立の方も、寸前まで高められていたので。もう極めそうだった。
「いくよ、廣伊」
「んっ、あ、あぁっ…」
千夜が宣言し、ひと際強く突き入れられて。廣伊は背筋を反らし、達した。
体の奥に、千夜の精の熱さを感じる。
彼も達したのだと、わかり。体の力が抜けて、廣伊は上半身を寝台に突っ伏した。
「たまんねぇ…すっごく締まる」
千夜は。いつもは、男らしい声ではあるが、明るく、爽やかな印象がある。
しかし情事のときは、少し低めの、色っぽい声になる。
彼の快楽に溺れた低い声を聞くと…なんだかぞくぞくする。
「ん…っ」
思わず、感じてしまい。廣伊は敷布を握って口元に当て、あえぎを誤魔化した。
「廣伊ぃ、まだ足んねぇ。もう一回、な?」
達したはずなのに、千夜は再び廣伊を揺さぶった。ちゅくちゅくした体液の混ざる音が、部屋に響く。
彼の剛直はまだ力強く、硬く、廣伊をせめ続ける。
「ん、馬鹿…明日も、警備が…」
「だって、俺の声で感じちゃう廣伊が、可愛いすぎるから…さ」
耳元で囁かれ、廣伊は顔を赤くする。
誤魔化せてなかった。
「さぁ、組長。部下を満足させてくれよ」
少々粗野な動きで、千夜は律動した。
剛直が抜けるぎりぎりのところまで引かれ、中へ挿し込まれる。
その、荒々しくも甘美な繰り返しに。達したばかりの廣伊は、感じすぎて、目に涙を浮かべた。
「あぁ、や、千夜、は、激しい、ん、んっ、あぁ…っ」
後ろから送り込まれる快感から逃れようと、寝具にしがみつき。廣伊は淫らにあえぎ、惑乱する。
千夜は、尻だけを高く上げた廣伊の腰を、手で支え。剛直を抜き差しする。
後孔から千夜の精が漏れ出て、廣伊の尻のあわいを伝って背中にしたたる。その淫靡な姿態に、千夜はたぎった。
「なんか、幼気な子供を、なぶっている気になっちゃうな。でも廣伊は、二十五歳だもんな。俺にこうされて、気持ち良くて、たまらないんだよな」
「ん、いい。気持ちっ、いいっ」
廣伊の言質を取った千夜は、ニヤリと笑う。
「いけない組長さんだな。部下に抱かれて、こんなに乱れちゃうなんて」
ククッと喉の奥で笑い。イきっぱなしで、びくびくとわななく廣伊の中に。千夜は己を捻じ込み。荒れ狂う情熱を刻みつけていく。
「俺を欲しいって、言えよ。廣伊っ」
「あぁ、欲しい。千夜がぁ、欲しいっ。あ、きて、もっと、んっ、してっ」
互いの肌が合わさる音が、ふたりを高みへ誘う。
廣伊は千夜を望むように、刺激を欲するように、欲望のままに腰を振った。
揺れて、とろけて、燃え上がって…そして、弾ける。
「もっと俺を求めろ、廣伊っ」
光る瑠璃の羽を広げ、千夜は二度目の精を廣伊の中に放った。
★★★★★
激しい情交のあと、廣伊はうつぶせで寝台に身を沈めている。
充実した鍛錬のあとのような、爽快感を得ていた。
千夜は、廣伊の背中に汗の粒がびっしりと浮かび上がっているのを見る。
背中に翼がないということは、千夜にとっては、見慣れない感覚だ。
でも廣伊の、この真っ白な背中は。とても美しいと思った。
翼のない彼の、なめらかな背中を、手のひらでたどる。水滴が集められ、ひと筋、脇腹に落ちていった。
なんか、もったいないと感じて。千夜は廣伊の尾てい骨からうなじまで、背筋をたどって舌で舐め上げた。
「ひぇ…」
反射で、廣伊は背を反らしてしまう。
その反応が可愛かったから。たまらなくなって、千夜は廣伊の首筋に吸いついて、情痕を残す。
「こら、あとをつけるな。それに、もうしないからな」
「わかってる」
廣伊に怒られてしまい、千夜はくすりと笑う。
もう、表情をあまり変えない、いつもの廣伊に戻っている。楽しい時間は終了してしまったようだ。
清拭用に汲んであった桶の水で、手拭いを絞り。廣伊の背中を拭いてやった。
「そういえば、この前。紫輝が首の後ろ、虫に食われててさ。痒くないって言うから、情痕じゃね? ってからかってやったんだよ」
「紫輝が? 本当に情痕じゃないんだろうな?」
親が子供を心配するみたいに、廣伊は不安になった。
紫輝は龍鬼だけど、変に人好きする子だし。赤穂のような、女性関係百戦錬磨な男にも、気に入られているので。誰かに無理矢理…なんてことが、無きにしも非ず。
まぁ、龍鬼と関係を持つと翼が腐り落ちる、なんて噂がある中。さすがに、紫輝を手籠めにするような命懸けの嫌がらせをする者は、いないと思うけど。
「それはないだろ。あいつ、情痕がなにか、わかってなかったし。意味を知って、顔真っ赤にしてたし。まだまだお子様だよ」
首を横に振って、千夜は紫輝を見くびって、笑う。
「確かに、誰かに情痕つけられていたら、からかわれたときに動揺するか。おまえも遊び半分で、紫輝に手を出したりするなよな」
「チッ、ちっとも伝わってねぇ」
舌打ちした千夜は、寝台にもう一度横になって、廣伊を抱き込んだ。
「俺にはあんただけだ」
肩口まで伸びた廣伊の柔らかい髪を、千夜がそっと撫でる。
廣伊は…千夜に優しくされるのは慣れていなかった。
「おまえは、なぜ私なんかを抱きたがる?」
純粋な疑問だった。
この世界に、龍鬼を抱こうなんて思うものはいない。
実際、十五、十六歳ほどで結婚する者が多い中、廣伊の初体験は二十一歳。それまで、人肌を知らずにいた。
千夜に出会わなかったら、普通に、誰とも情を交わすことはなかっただろうと思う。
「俺の獲物を、あんただと定めたときに。あんたは、俺のものになったんだ。俺のものなんだから、俺の好きにする」
四年前、千夜は廣伊と契約した。
廣伊を殺すのは、自分。自分以外の誰にも、廣伊は殺されてはならない。
「忘れるな、あんたの命は俺が刈る」
「おまえこそ、忘れるな。私の命を刈る前に、死ぬことは許さない。やるべきことを果たせよ、私の死神」
四年前、廣伊は千夜と契約した。
殺せるのなら、千夜が廣伊を殺すのを許す。しかし千夜が己を殺すまで、千夜は死んではならない。
互いが互いを縛る契約。
そこに、愛や恋は。あるのか、ないのか。
自分の心からも、千夜の心からも、目をそらし続けている廣伊には。わかるはずもない。
戦場は、夕焼けに染まり。日は、地平線に沈みかけていた。
長い一日が、終わりを告げようとしている。
富士山の裾野にある平野には、まだ戦っている者たちがいるが。日没に戦闘を終了するのが、互いの軍の、暗黙の決まりとなっていた。
戦闘終了時には、戦場に矢が射掛けられる。
兵士たちを速やかに撤退させるため、そして追撃をされないようにするためだ。
矢が射掛けられる少し前に、警告である、法螺貝の音が鳴り響く。低く鳴る、その音こそが。一日の終わりを告げる合図だった。
高槻廣伊が率いる、二十四組は。戦闘の口火を切り、戦場に最後まで残る、激戦部隊である。
戦場での引き際は、命に関わることも多い。
離脱が遅れれば、矢の雨を受けることになり。早く離脱すると、敵将を味方陣地に深く入り込ませてしまいかねない。
それを熟知している廣伊は、上手に敵を牽制しながら、仲間たちと後退していく。
敵も間合いを詰めてこないので、撤退の頃合いは、お互い様のようだ。
敵と阿吽の呼吸で、というのはおかしなものだが。退却の息が合い。両軍は、さっと綺麗に分かれた。
平野に充分な空間が開き、今回の引き際は、鮮やかに決まったと言える。
しかし、そのとき。敵との小競り合いを終えられず、戦場に取り残されている味方を、廣伊はみつけてしまった。
二十四組ではない、見覚えのない男。
だが、黒装束の敵兵と相対し、必死に剣を振るって、戦っている。
彼は、撤退合図の法螺貝の音が、聞こえていないのだろうか?
最後の獲物とばかりに、相手に喰らいついている。
相手側は、余裕で剣を刀でいなしている。
金髪、碧眼、翼がない、あれは…。手裏の龍鬼。
これは、味方の方が、完全に分が悪いな。
剣を振るう数は、味方の方が多いが。敵方は、まるで遊んでいるかのように、薄ら笑いまで浮かべていた。
龍鬼は、身体能力が高く。おそらく、矢を射掛けられても、逃げられる自信があるのだろう。
しかしこちらは、敵しか目に入っていない、未熟者。
廣伊は、二十四組一班の班長に、撤退の指揮を任せ。味方兵を助けるべく、戦場に引き返した。
組長である廣伊は、戦場に出す兵を育てる役目も持っている。
たとえ、自分が育てた兵じゃなくても。戦場で怖気づくことなく、敵と戦えるようになるまで教育するのに、多大な時間と労力がかけられていることを、知っている。
その、貴重で将来性のある兵を、失えない。
その現場を、見過ごしにはできなかったのだ。
敵も味方も引いて、荒れ地が剥き出しになってる。その空間に、たったふたりだけ。
壮絶な一騎打ちが、繰り広げられていた。
息を吸うのも、躊躇われるほどの緊張感。
剣が合わさる音が鳴る、迫力。
その中を、廣伊は割って入らなければならなかった。
取り残された兵を討つのは、普通なら簡単。でも相手は龍鬼なので、簡単ではない。
それに、こちらも。味方を助ける身だ。
情けをかけ、敵方に不意打ちで斬りつけるようなことはしなかった。
ただ、がっちりと組み合っている、剣と刀の間に、己の剣を割って入れただけ。
究極に集中していたふたりが、第三者の横槍によって身を引くのには。それだけで、充分な効果があった。
手裏の龍鬼は、廣伊の顔を目で捕らえ、一瞬だけ瞳に影を落とした。
それがなにを意味したのか、廣伊にはわからない。
目立つ金色の髪と、整った顔をさらしていた彼は。足元に落としていた黒いマントを着込み。速やかに後退していく。
まばたきする間に、自軍に合流し、去っていった。
敵に逃げられた、と思ったのだろう。味方の青年兵は、水を差した廣伊が気に食わなかったようだ。
「余計なことすんじゃねぇっ!」
彼は叫び。心をも燃やす刺激的な視線で、廣伊を睨んだ…。
★★★★★
夜、三十名ほどの男たちが、一斉に笑い声を上げた。
ここは、富士裾野にある前線基地。樹海の中に配置された、二十四組が駐留している宿舎。
そこを一歩出た先の、野外で開催されている、酒宴の場だ。
「マジで、千夜が? 高槻組長にそんなこと言ったの?」
男たちは、地べたで車座になって酒を酌み交わす。
戦場では、名うての剣士ばかりで。体つきがたくましく、笑い声も低くて豪快だ。
そんな男たちの中に、小柄な青年がひとり。紫輝だ。
酒をあおりながら話す野際に、紫輝は笑い交じりに聞き返した。
「そうだぜ。助けた相手に睨まれて、組長の目が丸くなったのを、俺はこの目で見たんだからな?」
野際は、紫輝と同じ班の仲間だ。
ペリカン血脈なので、白い翼は大きめなのだが、希少種ではない。
一度、翼を触らせてもらったことがあるのだが、羽はつるつるで、ボリューミーで、とっても気持ち良かったぁ。
彼は大柄で、おおらかで、子煩悩という印象だ。
かつて、紫輝と一緒に戦場に出たくない、と野際が言うのを。紫輝は聞きかじってしまい。悲しい想いをしたのだが。
実は、野際には十歳になる子供がいて。その子を、紫輝とだぶらせてしまい。紫輝を戦場へ連れて行くのは、まだ早いんじゃないか? みたいな話をしていたということが、のちに判明した。
紫輝と野際は。その後、仲直りし。今では、千夜の次に仲の良い、九班の友達だった。
十歳ほど、紫輝より年上なので。野際的には友達関係というより、親子関係な気分だが。
「見てきたように言うな、野際。おまえ、あの場に居なかったろうが。信じるなよ、紫輝」
千夜は不機嫌そうに、瑠璃色の羽をばたつかせる。
野際が暴露したのは、今から七年前。千夜が、まだ二十四組に入る前の、やっちまった話だ。
「いやいや、居たって。ちょっとばかり、遠い位置ではあったがな? 嘘話じゃねぇし」
「もう、勘弁してくれ。俺の、人生最大の汚点なんだ」
からかわれて、千夜はつぶやく。
八月も中旬になり、夏の、一番暑い盛りだ。
夜でも汗ばむ陽気だが、千夜の顔が赤いのは、そのせいではないだろう。
でも、友達の失敗話は、最高の酒の肴だ。野際がやめるわけない。
「礼儀に厳しい組長は、剣の柄で、千夜の腹に強烈なツッコミを入れ、ニワトリを追い立てるように、離脱させたわけ」
「ツッコミ? 組長がツッコんだの? やっべぇ、腹いてぇ。千夜をニワトリ扱いって…」
ギャハギャハ笑う紫輝に。千夜は、笑い過ぎだと蹴りを入れる。
「ちょ、ちょっと、言い訳をさせろ。初めて組長と顔を合わせたとき、紫輝も驚いただろ? 瞳の大きい童顔でさ、背も小さい。どっからどう見ても年下の少年だろうが。あれが上官なんて。まして百戦錬磨の花龍なんて、思わねぇって」
高槻廣伊は、二十五歳という年齢に見合わず、頬に丸みが残る、可愛らしい容貌の男だった。
紫輝も初対面のときは、自分より年下だと思った。中学生かと…。
なので、千夜がパッと見、廣伊を上官と認識できなかった気持ちは。わかる。わかるが…。
彼の中身は。一騎当千とは、彼のための言葉のように感じるほど、えぐい鬼強剣士。
御愁傷さまです。
「でも、廣伊は龍鬼なんだから。すぐ上官だって、わかったんじゃね?」
紫輝は首を傾げる。
だって、羽がなければ、龍鬼なんだから。
紫輝が軍に入る前、将堂軍には二名の龍鬼がいた。だが、そのふたりは、確実に千夜より上官なのだ。
「…そのときは、組長が龍鬼だって気づかないくらい、頭に血が上っていたんだ。安曇と戦闘直後で」
そう。千夜と戦ったのは、安曇眞仲。紫輝の弟である、天誠だ。
三百年前の世界から、時を越えて。紫輝と天誠とライラは、この世界に来たのだが。
天誠だけが、八年前に堕ちた。
第三者から、弟の目撃情報を聞くと。本当に。天誠は八年前に、この地に堕ちてしまったのだと。ひとりで戦っていたのだと。実感する。
なんか、泣きそう。
「あのあと、二十四組の配属が決まって。組長の顔を見たときの衝撃ったら、なかったぜ。激戦組を統率している、噂の高槻廣伊は、どんな熊男だろうって。期待してたのに。あんなガキ…いや、組長があんな、アレだとは。その後は針のむしろで。今、思い出しても吐きそうになる」
げっそりした顔つきで、千夜がつぶやいた。
千夜は、将堂軍右第五大隊二十四組九班班長である。
だが、このたび二十四組組長補佐に昇進するのだ。今日はその祝宴だった。
前線基地駐留中なので、ささやかなものではあるが。
主役の恥を肴に、酒宴は続く。
だいぶ酔いが回っている野際が、新ネタをぶっ込んできた。
「そうそう、千夜は配属早々に、組長に目をつけられてさ。左からの転属だと、最初は使い物になんねぇから、新兵扱いになるんだが。古株の俺らと同じ、強化訓練やらされてた。訓練初日に『望月、私と勝負しろ』って、あの組長が詰め寄ってよぉ」
野際は、廣伊の台詞のところで、彼の真似をした。
少し上品なイメージが、似ていて。笑える。
「組長自らが、新兵と手合せするなんて。ないことなんだぜ? 壮絶な鍛錬で、毎日吐いてたんだよな、おまえ」
ニヤリと、野際は笑って、酒をあおる。
「そして、組長と顔を合わせるたびに、睨みをかましてた。そんなおまえが…まさか古株の俺を差し置いて、組長補佐に出世するとは。何事だ?」
野際は、飲めと言って、千夜の盃に酒を注ぐ。
台詞の割には、怒っているように見えない。むしろ喜んでいるみたいだ。
紫輝の親友である千夜が、出世し。仲間にも喜ばれ。酒宴の席まで設けてくれるこの状況が、紫輝はとても嬉しかった。
でも、今までは。同じ班の班長とその仲間って感じで、いつも一緒に行動していたのに。
千夜が組長補佐になったら、会う時間も少なくなっちゃうな。
寂しくなるけど。
それでも、友達の出世なんだから。心の底から祝ってあげたかった。
「おいおい、いつまで騒いでいるつもりだ? 迷惑だろ」
祝宴に、水を差す声が投げ入れられ。その場にいた二十四組の男たちが、ギラリと目を光らせた。
声の主は、紫輝には見覚えのない者たち。
七人組。おそらく先頃、前線基地に合流した左軍の人たちだろうと思った。
将堂の軍隊は、大きくふたつに分かれている。
紫輝のいる右軍は、戦闘力の高い精鋭集団。
左軍は、戦闘の他に政治も担う、頭脳派集団。
つい最近までは。前線基地に、右の奇数大隊が駐留していた。
しかし、駐留期間が長くなり。疲弊した第三と、第七大隊が、関東にある将堂の本拠地である操練所へ帰還したのだ。
その代わりに派遣されたのが、左の第二、第六大隊である。
同じ軍にありながら、左右の仲は大層悪いのだと、紫輝は千夜から聞いていた。
右は戦闘のプロを自負していて。戦場では、やや動きの鈍い左の分まで、戦ってやっているという優越感を持っている。
左は政治を司ることで、右を能無しの戦馬鹿と愚弄している。
さらに純血種が多いことから、血統の差を前面に出して、右を見下すところがある。
というのが、左右両軍に在籍経験のある、千夜の客観的な意見だった。
「おまえらは体だけ使っていりゃ、いいけどよ。俺たちは、頭使って戦してんだ。いつまでも騒いで、人の睡眠時間を削ってんじゃねぇよ。他人の迷惑を、その小っこい脳みそ使って、考えろや」
彼らは己の頭を人差し指で示し、馬鹿にしたような言い草で挑発する。
「迷惑は、そっちも同じだ。頭使ってるだかなんだか知らねぇが、戦場をのろのろ動きやがって。もっときびきび動けや。子供のお守りをしているのは、こっちの方だぜぇ?」
野際が大声でからかい。他の者も一緒になって笑い声をたてるから。
彼らは顔を真っ赤にして怒り出す。
「お、おまえらの態度が悪いと、幹部に進言するぞ。上官の命令を聞いて、ただちに解散しろ」
「誰が上官だって? お坊ちゃん」
今まで笑い交じりにからかっていた男たちが、低い声で威嚇する。
彼ら、二十四組の男たちは。先陣を切って最前線で戦う、一流の剣士だ。
強さを誇りにした男たちだから。戦場経験の少ない若者が、自分よりも上であることなど認められない。
一触即発の空気に、彼らはビビり。
でも引きもしないで、声高に叫んだ。
「右より左の方が、位が高いんだ。だから俺らが上官だ」
「労働力も経験値も、俺らが上だ。引っ込んでろ、ガキ。酒が不味くなる」
「はっ、そういうところ。右が下品だというのは、本当のことだったな? 戦場で酒かっくらって、手裏に居場所を教えるような大声で騒いで。将堂軍の兵士として恥ずかしいよ」
「なんだとぉ?」
野際が、とうとう手を出した。一番前で文句を言っていた男に、平手をかましたのだ。
カッとなった彼の仲間が、野際に襲い掛かり。
そこに二十四組の男たちが、加勢に入る。
あっという間に大乱闘に発展してしまった。
「あぁ、やっぱりこうなったか」
青い羽根を揺らし、本日の酒宴の主役である千夜がつぶやく。
七対七の闘いで、ほとんどの者が、地べたから腰を上げずに酒宴を続けていた。
戦う男たちを酒の肴にして、はやし立てて、面白がっている。
千夜と紫輝も、遠巻きにして、喧嘩を眺めていた。
「前線基地に到着した時点で、大概の者は戦闘態勢なんだ。やる気満々。血気盛ん。戦場を間近にして、興奮冷めやらず、ってやつだ。戦闘経験が少ない左は、特にその傾向が強い。味方でも、お構いなしに突っかかってくるんだ」
千夜は冷静な分析結果を紫輝に示し、つまみの干し肉をくわえる。
「テンション…気持ちの、えっと…高揚感? をおさえられないんだな」
紫輝は、つい口にしてしまうのだが。元の世界の和製英語は、この時代には、ほとんど残っていない。
なにげなく使っていた言葉を、和訳するのが、意外と難しいのだ。
「あぁ、右は、なにかしら鼻につく左が大っ嫌いだから。喧嘩を売られたら、いつでも買う。仲裁するのは野暮だからな。でも…あいつはヤバいかも。柄に手をかけた」
「え?」
二十四組の男たちは、子供を相手にするかのように、むきになって殴りかかってくる彼らを。余裕の態度であしらっている。
最前線で、敵と命を懸けた戦いを繰り広げている男たちにとって。左の者たちは、喧嘩相手にもならず。物足りない。
しかし左の奴らは本気なので。
追い詰められ、頭に血が上り、敵わないと知ると、喧嘩のルールを平気で破る。
自分よりも体格のいい男に殴られ、パニックになったのだろうか。
野際が相手をしていた男が、剣を抜いた。
「おいおい、そうくるか?」
ギラリと、剣が、にぶい光を放つ。
それでも野際は動じず、ニヤリとした笑みまで浮かべた。
丸腰でも、相手を圧倒する自信があるのだろう。
でも、紫輝は。これ以上は駄目だと思った。
喧嘩のルールを破った相手を、二十四組は許さず。殺気立ち。加勢に入るべく、ひとりひとり立ち上がり始めている。
もう『喧嘩は酒の肴』レベルを超えていた。
「ねぇ、野際さん? 俺、さっきの話の続き聞きたいなぁ?」
いかにも空気読めません、みたいに。紫輝は剣を震わせている彼と、野際の間に、顔を出した。
いきなり現れた龍鬼を見て、彼は恐ろしさに、ヒッと息をのんだ。
あれ、龍鬼初めて見ますか?
「お、紫輝。いいところに来た。雷落とせ、雷」
相手は顔面蒼白で、剣まで出しているのに。野際は、まだこの場を楽しんでいた。
紫輝に余興をやれ、というノリで、能力を出せと言ってくる。
紫輝は龍鬼だが、本当の能力は時空移動能力…らしい。
らしい、というのは、まだ意識的に使ったことがないからだ。
子供のとき、この世界から三百年過去の世界に、飛んだようなのだが。その頃のことは覚えていないからなぁ。
それはともかく。
雷を出すのは、猫又になったライラの能力であって。自分で雷を出すことはできない。と思う。
そこら辺も、まだライラと詳しい話をしていないので、よくわからん。
「嫌だよ、千夜に怒られるの、俺だよ? 龍鬼は味方に能力出したら、いけないんだから」
味方に危害を加えない、というのは、全兵士に言える、最低限のマナー。
特に龍鬼は、武器以外にも能力があるので、一般人より、厳しい目を向けられている。
実際は、一般人が龍鬼に嫌がらせしてくるけどねぇ!
「まぁまぁ、貴方も剣なんかしまって。お祝いの席なんですよ。良ければ一緒に飲みませんか?」
笑顔で水を向けた紫輝に対し、彼は一層体をガタガタ震わせた。
いやぁ、そんなに怖がらなくてもぉ。
「りゅ、龍鬼と、一緒になんか。飲めるわけないだろ。俺に気安く話しかけんな」
「おまえっ」
言われた紫輝よりも、野際の方が怒って、いきり立つ。
この場を丸く収めようとしているのがわからない、石頭の左兵士たちに、再び殴りかかろうとする。
いや、野際も空気読んで。
紫輝は野際を、まぁまぁと笑ってなだめた。
この世界の人々の、龍鬼への差別感情は、かたくなだ。
二十四組内でも、いまだ紫輝と話したがらない者の方が多い。
千夜や野際のように、気さくに話しかけてくる、触っても怒らない者は、ごく少数だ。
今、酒宴に集まっている男たちは。食事の席に、龍鬼が同席しても怒らないでいてくれるので。それだけでありがたい感じなのだ。
同じ戦場で戦う、仲間意識か。三人の龍鬼がいて、慣れているからか。右の者は、それでも龍鬼に寛容な方だが。
左の、龍鬼を排除したがる傾向は、顕著だ。
血統に誇りを持っている者が多いのが理由である。
龍鬼に接触すると、子孫に龍鬼が出るなんて、馬鹿みたいな噂があるから。
忌み嫌われていることを承知の上で、紫輝は左の兵士に手を差し出す。
彼は紫輝が触れる前に、体ごと後ろに引き下がった。
「さ、触ろうとしたっ、龍鬼がっ、龍鬼がぁ」
「俺に触れもしないで、上官なんて大きな口を叩くな」
少し大きめの声を紫輝が出すと、辺りがシンと静まった。
「位は上かもしれませんけど。貴方たちは俺らと同じ職務の、一般兵士でしょう? 命令を下せる立場では、ないですよね? それでも上官だなんて言い張るなら、せめて彼らをまとめ上げられる才覚がないと。加えて、下っ端の俺を怖がるのは、論外ですよ」
にっこりと笑いかけ、紫輝はもう一度手を差し伸べる。
すると彼は。あからさまに避けるように、後方へ逃げた。
「くそっ、もういい。行こうぜ」
彼を先頭に、左の七人組は退散した。
それを見ていた二十四組の男たちは、一斉に喝采を上げる。
「よくやったな、紫輝」
「左を言い負かすなんて、すごいぞ」
野際に頭を撫でられ、仲間から褒められる。
「俺、怪我人が出たら、嫌だったから…」
つい最近まで、紫輝は龍鬼として、遠巻きに扱われ。話ができる人数も、限られていた。
なので、仲間として受け入れられたみたいな、今の雰囲気に、紫輝は感動するほどの嬉しさを感じた。
他人に褒められるのも、久しぶりかな。
「いつまで騒いでいるんだ? おまえたち」
左を撃退して興奮し、また乾杯し始めた男たちに向かって。凛とした声が響く。
先ほどと似たような台詞ではあるが、男たちは『あぁ?』とはならない。
声の主が、組長の高槻廣伊だからだ。
先ほど、話題に上がっていたとおり。廣伊は童顔で小柄で、中学生のような容貌。
龍鬼だから、羽もない。
しかし、大きな目で一瞥された男たちは、地に膝をついてかしこまる。
十年以上、最前線で戦い。生き残ってきた剣豪に、猛者たちは敬意を払う。
そして彼の元で剣を振るえることに、誇りを持っていた。
「停戦状態に入ったからといって、まだ油断はできないぞ。明日も見回り警備がある。宴会は、そろそろお開きにしろ」
手裏が隊列を引いたことで、苛烈な戦闘状態は、一時おさまっている。
将堂軍は、手裏の動向を注意深く見守る構えだ。
しかし、戦闘状態ではなくても、兵士には仕事がある。
領地の境界線沿いに、敵が潜伏していないか。敵の隊列に、動きはないか。その見回り、警備だ。
本来は、そちらの仕事がメインで。剣を突き合わせる戦いが、毎日あるわけではない。
つか、毎日戦闘してたら。消耗戦で大変だ。人口がどんどん減ってしまう。
それでなくても、以前の世界ほど、人口は多くないんだから。命は大事にしないとね。
「おーい、お開きだと。みんな、片付けろぉ」
千夜の声に従い、男たちは手早く、周囲を片付け始める。
武具や機材を持って、操練所から前線基地へ移動、撤収などをやり慣れている男たちにとって。宴会の片付けなどお手の物だ。
左の兵士がなにを言っても、小鳥のさえずりを聞くかのごとく、動きゃしなかった男どもは。
廣伊の鶴の一声で、ざかざか動いた。
つか、鶴じゃなくて、ケツァールだけど。
ケツァールって、いまだにどんな鳥か知らんけど。
「望月、打ち合わせがある。私の部屋へ…」
「あぁ。野際、あと、頼んだ」
廣伊にうながされ、千夜は彼に付き従う。
紫輝は、彼らの後ろ姿をみつめた。
なんとなく、千夜の青い羽根が、ウキウキと弾んで見える。
廣伊は龍鬼なのだが、二十四組の者は、あからさまな嫌悪感を示さない。
むしろ、彼のことを信頼し、敬服していた。
その中でも千夜は、その念が特別強いように感じる。
廣伊と千夜の初対面の話を、野際がしてくれたが。そんな話は、全然、信じられないほどに、今の千夜は、廣伊に傾倒しているように見える。
彼の剣技が美しいと、褒めたたえ。
龍鬼であることで受ける、彼の不遇を嘆き。
彼の命令に、絶対服従。たまに意見することもあるけれど、それは対決姿勢ではなく、納得のいかないことに対する説明を求めるものだ。
廣伊は、部下の意見を跳ねつけるような、横暴な上司ではなく。器の大きい男だからこそ、千夜も説明を求めることができる。
なんでも唯々諾々と従うのではないところが、お互いを尊重しているように見えて、いいと思う。
廣伊の意思を汲み取り、手足となって働いてくれる千夜を。廣伊も、頼りにしているのだろう。
だから千夜と、上司と部下という間柄ながら、立場の垣根を越えて、気が置けない友人関係を築いているのだ。
友達である彼らが、楽しげで、仲良しな雰囲気であると。自分のことのように、紫輝は嬉しくなるのだった。
★★★★★
高槻廣伊は、我が組と左の小競り合いを、一部始終見ていた。
二十四組の連中が、左の者に害をなされる、とは考えなかったが。逆はちょっと心配していた。
だって、二十四組の兵士は…血の気の多い熊どもだからだ。
戦場に出る前に、左の者が使い物にならなくなったら、大変だからな。
だが、廣伊の心配は、杞憂に終わった。
意外にも、紫輝が場を上手に整えたのだ。
紫輝は龍鬼として、有能だと思う。
剣を合わせるだけで、敵の生気を吸いあげ。意識を失わせて、敵の攻撃を無効化する。
対相手のみならず、大人数相手にも『らいかみっ』という技で、敵を殲滅してしまうのだ。
殲滅…というと、語弊があるか。
やはり、無効化が正しい。敵兵はひとりも死んでいないから。
本人は知らないが。そこから『殺さずの雷龍』というあだ名がついていた。
敵兵が、意識を失うだけで死んでいないことを、悪く言う者もいる。
戦力が減少するわけではないからだ。
しかし、将堂軍は。無闇な殺生を望んでいない。ただ領地を侵略されなければ良いのだ。
その信念の元に、幹部連中には受けが良かった。
そんな強者である、紫輝だが。本人はいたって健全で、明るい、普通の青年だ。それに加え、若年なので。なんとなく守ってあげたいような気になる。
庇護欲をかき立てる、というのか。
龍鬼だから、入軍当初はみんな紫輝と接触するのを敬遠していたが、いつの間にか、仲間の輪に入り込んでいる。
酒宴の場に呼んでもらえていることが、その証だった。
たかが数ヶ月で、そこまで仲間に受け入れてもらえるなんて、すごいことだと…同じ龍鬼として辛酸を舐めてきた廣伊は、感嘆してしまう。
紫輝はよく、俺は普通の学生だった…なんて言うが。
断言しよう。おまえは普通ではない。
「望月、打ち合わせがある。私の部屋へ…」
熊どもの宴会を解散させ、千夜をうながした廣伊は。先に立って歩く。
千夜はいつものように、斜め後方について、歩いていた。
千夜は、十月から組長補佐として動いてもらうことになっている。
そのため、戦場にいる間に、仕事をある程度割り振り、慣れてもらうつもりなのだ。
昇進の順番としては。本来なら、一班班長の上条が先なのだが。上条はいずれ、組長の任に当てたいと思っていて。今回は外した。
組長補佐の主な任務は、伝令役が多く。それを上条に当てるのは、もったいないのだ。
まぁつまり。千夜は昇進とはいえ、上に上がるのはまだまだ、ということだ。
「酒宴の主役は千夜か? じゃあ、あの話で盛り上がったわけだ」
千夜が二十四組に来た当初の話は、いつも、いい酒の肴になるからな。と、廣伊は薄い笑みを浮かべる。
「あぁ、ったく、七年も前の話だぞ。いい加減、飽きてほしいんだけどな」
「仕方がない。あの話は、何度聞いても面白い」
特に面白がっているようにも見えない、無表情さで言う、廣伊に。
千夜は、ため息をついた。
「あぁ。でも、久々に思い出したよ。あの頃の気持ち。そして…」
目に止まらぬ速さで、千夜が剣を抜き、本気の横一閃を廣伊にかました。
不意打ちでも、当然のように、廣伊は三歩下がって剣を避ける。
互いの顔に、笑みはない。
「あんたが、俺の獲物だということを…」
廣伊も剣を抜き、千夜と剣を交わす。ガンガンという、剣が合う無骨な音が、樹海に響いた。
先日、廣伊が紫輝と相対したときとは、比べ物にならない速さと剛力で、ふたりは討ち合う。
剣がぶつかると生じる火花が、間断なく炸裂し。まるで、夜の闇を花火が彩るかのように、光がはじけた。
そして三十手合いほど討ち合ったあと、互いに身を引き。
ふっと笑う。
「その極太の剣を、俺と同じ速さで振り回すなんて。相変わらず、ヤベェ化け物だな」
千夜が剣を鞘に収めると、廣伊も剣をしまう。
廣伊の剣は、一般兵士に支給されているものより、幅も厚みも二倍ある。もちろん、重さも二倍になるということだ。
千夜の剣も、それなりの厚みにしてあるが。これ以上は、小回りが利かなくなるので、有益でない。
重ければいいというものでもない。
使い手に合った得物が、一番なのだ。
「残念。また殺れなかったな、千夜」
「いいや」
千夜は鼻同士が触れそうになるほど廣伊に近づき、悪い顔つきになってニヤリと笑う。
「今から、やる」
そうして、廣伊の頬を両手で包むと、奪うようなくちづけをした。
いきなり、舌で口腔を探る深いキスに。廣伊も、舌を絡めて返す。
廣伊は千夜の瑠璃色の髪に手を差し入れ、一度くしゃりとかき混ぜてから、髪を後ろに引っ張った。
「いてっ、なにすんだ」
「外ではよせ。あと、情交の最中に不意打ちするのも無駄だぞ。私は油断しない」
「相変わらず、色っぽくない。得物は全部預ける…だから、楽しもうぜ」
それには、返事をせず。廣伊は先に、組長の宿舎に入っていく。
もちろん千夜も部屋に入り込み。
まず武器を外して、廣伊の机の上に置いていった。
剣の他にも、小刀が数十本、懐刀が二本出てくる。どこの暗殺者だ?
「おまえ、こっちを使えば、私など簡単に殺れるんじゃないか?」
「殺れねぇから、あんたは化け物なんだろうが。俺の、美しい獲物だ」
廣伊の正面に立った千夜は、目を細め、うっとりとつぶやく。
廣伊は、彼に抱き締められ、キスも許し…彼が求めてくるままに、その身を任せた。
千夜が手際よく廣伊の軍服を脱がしていき、タートルネックのように見える防具も外す。
その気になっている千夜を、もう止められないと。廣伊は、わかっていた。
潔く、ブーツも服も全部脱いで、廣伊は寝台に上がった。もたもたしている時間がもったいない。
裸で抱き合う時間が長くなると、刺客がやってくるかもしれないから。
廣伊は、机の上に千夜の得物を出させたが。自分は枕元に剣を置く。
千夜も、他の刺客も、用心しないと。
「私だけ、いつも無防備にさせられる。責任取って、ちゃんと私の命を守れよ」
「当たり前だ。俺以外の奴に、あんたを殺らせるわけねぇ」
自陣にいても、廣伊は何度か命を狙われているので。全く構えすぎという話でもないところが、厄介だった。
「私を殺すと息巻いているやつに、守れと言うのも、変な話かな?」
「変じゃない。あんたは、俺が殺す。それだけの話」
上の軍服だけ脱いで、千夜も寝台に上がり。廣伊にくちづけた。
お互いに、目を開けていて。彼の青い瞳に、廣伊の緑の髪が、映り込んでいる。
その瞳の奥に、情欲の炎が揺らめいて見える。
絡めた舌をほどき、千夜は廣伊の首筋や鎖骨へ舌をすべらせていった。
「おまえ、私の殺害に失敗すると、いつも盛るよな」
「そっりゃ、最高に、気分が上がるんだから、仕方ないだろ。殺意と色情は同類だ」
「そんなわけあるか、バーカ」
全く色っぽくない話を展開させながら、千夜は廣伊の足を開かせ、その間で息づく廣伊のモノを下から上へと舐め上げていく。
「おい、そこは…」
この世界では、龍鬼に触れるのを厭う。まして寝るなんて、正気の沙汰ではないのだが。
体液や血液を取り込むと、子孫に龍鬼が出る。翼が腐り落ちる。一般人でも、龍鬼になり果てる。などと、まことしやかに囁かれているのだった。
しかし千夜は、全く動じることなく。廣伊の屹立を、舌先で甘く刺激していった。
「今更だろ。四年前に、あんたを抱いてから。血も、唾液も、汗も、散々舐めてきたぜ。でも、俺の翼は腐り落ちもしないし。俺自身も龍鬼にはなっていない。根も葉もない、迷信だ」
だから、出せと言わんばかりに、千夜は廣伊の突端に吸いつき、射精をうながす。
「んっ、し…しかし…」
「それに、精液も、とっくに舐めた」
「は? いつ?」
「あんたが果てて、ぐったりしているとき」
立ち上がる茎の部分を甘噛みされて、廣伊はビュクッと、先走りの透明な蜜をしたたらせた。
「は…千夜。待て…って」
「はは、色っぽくなってきた。そうそう、久々だし。楽しまないとな、廣伊?」
潤んだ、廣伊のエメラルドの瞳を見て。千夜は優越感を抱く。
表情の変化に乏しい廣伊の、こんな艶めいた表情を引き出せるのは。
俺だけだ、と。
先走りの蜜を指ですくい、後ろの蕾に塗り込む。後孔に指を出し入れしながら、廣伊の屹立は舌で丁寧に刺激し続けた。
楽しげに、笑みをかたどる千夜の口元が、快楽に打ち震えるモノをくわえ。ハミハミと唇でついばむ。
そして張り出した部分を軽く噛んで。チュプッといやらしい音をたてて、突端を濡らす先走りの蜜をすする。
とろ火でじわじわと炙られるような、歯痒くも濃厚な官能に、廣伊は身をよじる。
股間の上にある千夜の青髪を、なまめかしい手つきでかき混ぜ。込み上げる悦楽を耐え忍ぶ。
今更だと言われても、彼の口に精を放つのは抵抗があった。
「あぁ、せんや、千夜ぁ、ダメだ。ダメだってば…あ、んぁ」
我慢すればするほど、腰が嫌らしく揺らめいてしまう。
だが、その淫猥さは、千夜の興奮をかき立てるだけだ。
「ダメか? 俺にこれ、くれないのか?」
未練げに、千夜が廣伊の突端をチロチロ舐める。
その間も、中を擦る指の動きは止まらないから、性感は高まるばかりだ。
「ん、ダメ。も、舐めないで」
「じゃあ、後ろ向いて。俺を誘えよ」
千夜は、廣伊の後ろから指を抜き。うながす。
廣伊は羞恥に耐えながらも、四つん這いになって尻を持ち上げた。
経験上、恥ずかしがると、余計に恥ずかしさが増すのを知っていた。
「千夜、中に。早く千夜を、入れてくれ」
煽られた千夜は、ひとつ舌なめずりをし。ズボンをくつろげて取り出した己を、廣伊の蕾に押し当てた。
後孔をじっくりと時間をかけて広げ、一番張り出した部分を中へおさめると、千夜は動きを止める。
「あ、千夜…焦らすな」
千夜は廣伊の言うことを聞かず、己を引き抜いてしまう。そしてまた、すぼまりに突端を押し当てる。
「欲しい? 奥まで、俺が欲しいか?」
「欲しい。きて、早く…あ、あぁ」
千夜は廣伊の尻を広げるようにして両手で腰を鷲掴み、あらわになった後孔に己を挿入していく。
「あっ、あぁ…千夜、んぁ」
ずぶずぶと剛直が入り込んでいくたびに、廣伊の口から艶やかな声が漏れる。
剛直が廣伊の奥に突き当たると。それからは、千夜の思うままに、廣伊は揺さぶられた。
「あぁ、廣伊の中、久しぶり。熱くて、溶けちゃいそう」
気持ち良さそうに、千夜がつぶやくが。それはこっちの台詞だと、廣伊は思う。
千夜の灼熱の剛直に、中をかき回されて。下腹がとろけちゃいそうだ。
四年もの間、千夜と関係を持ち続けてきた廣伊は。すでに、後ろだけの刺激で極められるほど、行為に慣れていた。
今回は、屹立の方もいじられたので、余計に感じやすくなっている。
「ん、ん…あ、せんや、あ、やぁ」
千夜の剛直が引かれると、敏感な粘膜がなぞられて、背筋を震わせるほどに感じる。陶然とする気持ち良さと、奥をえぐる鋭敏な刺激が、交互に廣伊にもたらされ。
屹立の方も、寸前まで高められていたので。もう極めそうだった。
「いくよ、廣伊」
「んっ、あ、あぁっ…」
千夜が宣言し、ひと際強く突き入れられて。廣伊は背筋を反らし、達した。
体の奥に、千夜の精の熱さを感じる。
彼も達したのだと、わかり。体の力が抜けて、廣伊は上半身を寝台に突っ伏した。
「たまんねぇ…すっごく締まる」
千夜は。いつもは、男らしい声ではあるが、明るく、爽やかな印象がある。
しかし情事のときは、少し低めの、色っぽい声になる。
彼の快楽に溺れた低い声を聞くと…なんだかぞくぞくする。
「ん…っ」
思わず、感じてしまい。廣伊は敷布を握って口元に当て、あえぎを誤魔化した。
「廣伊ぃ、まだ足んねぇ。もう一回、な?」
達したはずなのに、千夜は再び廣伊を揺さぶった。ちゅくちゅくした体液の混ざる音が、部屋に響く。
彼の剛直はまだ力強く、硬く、廣伊をせめ続ける。
「ん、馬鹿…明日も、警備が…」
「だって、俺の声で感じちゃう廣伊が、可愛いすぎるから…さ」
耳元で囁かれ、廣伊は顔を赤くする。
誤魔化せてなかった。
「さぁ、組長。部下を満足させてくれよ」
少々粗野な動きで、千夜は律動した。
剛直が抜けるぎりぎりのところまで引かれ、中へ挿し込まれる。
その、荒々しくも甘美な繰り返しに。達したばかりの廣伊は、感じすぎて、目に涙を浮かべた。
「あぁ、や、千夜、は、激しい、ん、んっ、あぁ…っ」
後ろから送り込まれる快感から逃れようと、寝具にしがみつき。廣伊は淫らにあえぎ、惑乱する。
千夜は、尻だけを高く上げた廣伊の腰を、手で支え。剛直を抜き差しする。
後孔から千夜の精が漏れ出て、廣伊の尻のあわいを伝って背中にしたたる。その淫靡な姿態に、千夜はたぎった。
「なんか、幼気な子供を、なぶっている気になっちゃうな。でも廣伊は、二十五歳だもんな。俺にこうされて、気持ち良くて、たまらないんだよな」
「ん、いい。気持ちっ、いいっ」
廣伊の言質を取った千夜は、ニヤリと笑う。
「いけない組長さんだな。部下に抱かれて、こんなに乱れちゃうなんて」
ククッと喉の奥で笑い。イきっぱなしで、びくびくとわななく廣伊の中に。千夜は己を捻じ込み。荒れ狂う情熱を刻みつけていく。
「俺を欲しいって、言えよ。廣伊っ」
「あぁ、欲しい。千夜がぁ、欲しいっ。あ、きて、もっと、んっ、してっ」
互いの肌が合わさる音が、ふたりを高みへ誘う。
廣伊は千夜を望むように、刺激を欲するように、欲望のままに腰を振った。
揺れて、とろけて、燃え上がって…そして、弾ける。
「もっと俺を求めろ、廣伊っ」
光る瑠璃の羽を広げ、千夜は二度目の精を廣伊の中に放った。
★★★★★
激しい情交のあと、廣伊はうつぶせで寝台に身を沈めている。
充実した鍛錬のあとのような、爽快感を得ていた。
千夜は、廣伊の背中に汗の粒がびっしりと浮かび上がっているのを見る。
背中に翼がないということは、千夜にとっては、見慣れない感覚だ。
でも廣伊の、この真っ白な背中は。とても美しいと思った。
翼のない彼の、なめらかな背中を、手のひらでたどる。水滴が集められ、ひと筋、脇腹に落ちていった。
なんか、もったいないと感じて。千夜は廣伊の尾てい骨からうなじまで、背筋をたどって舌で舐め上げた。
「ひぇ…」
反射で、廣伊は背を反らしてしまう。
その反応が可愛かったから。たまらなくなって、千夜は廣伊の首筋に吸いついて、情痕を残す。
「こら、あとをつけるな。それに、もうしないからな」
「わかってる」
廣伊に怒られてしまい、千夜はくすりと笑う。
もう、表情をあまり変えない、いつもの廣伊に戻っている。楽しい時間は終了してしまったようだ。
清拭用に汲んであった桶の水で、手拭いを絞り。廣伊の背中を拭いてやった。
「そういえば、この前。紫輝が首の後ろ、虫に食われててさ。痒くないって言うから、情痕じゃね? ってからかってやったんだよ」
「紫輝が? 本当に情痕じゃないんだろうな?」
親が子供を心配するみたいに、廣伊は不安になった。
紫輝は龍鬼だけど、変に人好きする子だし。赤穂のような、女性関係百戦錬磨な男にも、気に入られているので。誰かに無理矢理…なんてことが、無きにしも非ず。
まぁ、龍鬼と関係を持つと翼が腐り落ちる、なんて噂がある中。さすがに、紫輝を手籠めにするような命懸けの嫌がらせをする者は、いないと思うけど。
「それはないだろ。あいつ、情痕がなにか、わかってなかったし。意味を知って、顔真っ赤にしてたし。まだまだお子様だよ」
首を横に振って、千夜は紫輝を見くびって、笑う。
「確かに、誰かに情痕つけられていたら、からかわれたときに動揺するか。おまえも遊び半分で、紫輝に手を出したりするなよな」
「チッ、ちっとも伝わってねぇ」
舌打ちした千夜は、寝台にもう一度横になって、廣伊を抱き込んだ。
「俺にはあんただけだ」
肩口まで伸びた廣伊の柔らかい髪を、千夜がそっと撫でる。
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純粋な疑問だった。
この世界に、龍鬼を抱こうなんて思うものはいない。
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千夜に出会わなかったら、普通に、誰とも情を交わすことはなかっただろうと思う。
「俺の獲物を、あんただと定めたときに。あんたは、俺のものになったんだ。俺のものなんだから、俺の好きにする」
四年前、千夜は廣伊と契約した。
廣伊を殺すのは、自分。自分以外の誰にも、廣伊は殺されてはならない。
「忘れるな、あんたの命は俺が刈る」
「おまえこそ、忘れるな。私の命を刈る前に、死ぬことは許さない。やるべきことを果たせよ、私の死神」
四年前、廣伊は千夜と契約した。
殺せるのなら、千夜が廣伊を殺すのを許す。しかし千夜が己を殺すまで、千夜は死んではならない。
互いが互いを縛る契約。
そこに、愛や恋は。あるのか、ないのか。
自分の心からも、千夜の心からも、目をそらし続けている廣伊には。わかるはずもない。
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