【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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20 天誠のこと、嫌い?

     ◆天誠のこと、嫌い?

「いいか、その男の話は、二度とすんな。不愉快だ」
 言うだけ言い捨てて、赤穂は怒りの足取りで、紫輝がいつも食事するスペース『秘密の庭』を出て。樹海の森に消えていく。

「もちろん、天誠を思い出させるような話は、二度とする気はないよ」
 赤穂が遠くに去ってから、紫輝はつぶやき。小さくベロを出す。

 なんか、赤穂が来てから怒涛の展開で、すごく疲れた。
 紫輝は重いため息をついて、切り株の上に座った体勢で、ぐったりする。

 赤穂が突然、紫輝の前に現れて。嫁になれとか言われて、キスしようとするから。
 慌てて、親子だってバラしちゃった。
 こんなふうに言っても、納得しないだろうと思ったのに。
 案外、簡単に了承され。ええぇ、ってなる。

 それから、赤穂と月光のなれそめ、なんか聞いちゃって。
 紫輝は月光のことを、ニコニコふわふわしていて、掴みどころがないというか。それでいて頭がキレるから、深く関わるのはちょっと怖いな、なんて思っていたりしたのだが。
 赤穂の話を聞いたら、彼の印象が大化けした。

「月光さん、チョー健気けなげじゃん。切ないじゃーん」

 背をのけぞらせて、紫輝は思わず声に出した。
 あの話、マジで涙出そうだった。
 なんか赤穂が、不器用さ全開で、紫輝の母親の話を回避したから。

 涙、引っ込んじゃったけど。

「月光さんって、たぶん、軸が赤穂なんだな。赤穂の子供を探すために、俺に探りを入れてきて。その詮索具合が、えぐかったから。ちょっと引いちゃったけど」
 理由がわかれば、月光の必死さとか、紫月への愛情とか、赤穂への思いやりとか、すごく伝わるし。
 月光は、お母さんになるとか、紫輝に言ったが。
 うん。それでもいいかも、なんて思った。

 月光をママと呼ぶ日は近いかもしれない。
 あぁ、でも駄目。三歳差でママは、きついな。やっぱり。

 そのあと、ちょっと、天誠の存在を匂わせてしまったら、赤穂が食いついちゃって。
 斬るとか言い始めちゃって、なんでーっ、てなった。

 ギラリとした、赤穂の眼差しを思い出し。紫輝は、背筋を震わせる。
 あれは、本気だった。
 天誠の正体を知られたら、マジで殺される。

 今まで、赤穂の剣を受け止めたり、普通に話したりしていて。喧嘩腰になっても、怖いなんて思ったことがなかったのに。
 今回は、本当に怖いと思った。
 天誠を守らなきゃって。警告アラームが体の中でビンビン響いたのだ。だから。

「弟は、死んだ」
 そう赤穂に告げた。
 この世界に、天誠は存在しない。そう思い込んで。
 天誠が赤穂に殺されてしまったら、この世界にひとり取り残されてしまったらと、そう想像したら。涙腺がゆるんだ。
 嫌だ。怖い。天誠がそばにいないなんて…耐えられない。
 そんな気持ちがあふれ。
 演技したわけではないのだが、涙ぐんでた。

 そうしたら、赤穂がひるんだ。
 自分の言い分を信じてくれたのかもしれない。と紫輝は思ったのだけど。
 まだ、心がここにないとか、ぐちゃぐちゃ言うから。逆ギレしてしまった。
「気に入らないなら、斬ればいいだろ」
 目に力を入れて、紫輝は赤穂を睨んだ。

 これは、賭けだった。

 彼の気性からして、本当に気に入らなければ、赤穂は己を斬るだろう。息子だから斬らないだろうなんて、楽観的なことは考えなかった。
 ただ、紫輝は。赤穂の目から、天誠の存在を外したかっただけだった。
 どうしても。
 たとえ、自分が斬られても。天誠のことだけは、口を割らない。

 まぁ…赤穂が斬る前に、ライラが生気を吸うだろうけど。

 でもそうなったら、将堂から逃げるしかなくなるから。どちらにしても万事休すだ。
 そうならないよう。赤穂に自分の命を握らせる。
 この場にいる自分は、赤穂のものなのだ。それを感じて、彼が納得してくれたらいい。
 逃げるか、残れるか、どちらになるかわからない…だから賭けなのだ。

「ガキが。簡単に命を放り出すんじゃねぇよ」
 赤穂は引いてくれた。そして捨て台詞を吐いて去っていったのだ。
 切り抜けられた、かな?
 とりあえず、細かいところを追及されなくて、良かった。

 胸を撫で下ろすが。赤穂…なんであんなに怒ったのかな? なんか、怒る要素あった?
 心がない、とか言ってたけど、いやいやあるし。

「あいつ、情緒不安定だよな。月光さんによしよししてもらえばいいんじゃね?」
 的外れなことをつぶやく紫輝だった。

     ★★★★★

 二日ほど、戦場で睨み合いが続いていた両軍だったが。とうとう手裏軍が動き始めた。
 そして九月十五日。両軍はぶつかり合い、戦闘が激化した。

 第五大隊は、先陣を切る隊。ゆえに、敵が真っ向から当たってくるのは、わかるのだが。
 普通は、横手からも攻めたり、奇襲などを用いたりして、揺さぶってくるものだ。
 ある意味第五大隊は、敵にとっては精鋭で固められた、攻略しづらい部隊である。
 なのに第五大隊に、手裏兵が集中している気がした。

 一番分厚い布陣を敷いている、第五大隊を、一点突破する気だろうか?
 不破の思惑が見えない。

 押され気味ではあったが、なんとか持ちこたえ。日没になった。
 仲間たちと近い距離で戦闘したから、返り血を浴びてしまい。
 紫輝は久しぶりに、泉で体を洗うことにした。
 九月になって、ずいぶん涼しくなってきたから。俺たちの家で、露天風呂に浸かりたい気はある。

 でも、天誠の不在時に、ひとりで、あの家に行きたくない。
 天誠がいないって、どうしても実感しちゃうからな。
 寂しさに拍車がかかるじゃん?
 それにあそこは、手裏側に近いから行くな、とも言われている。危険なことはやめよう。

 泉には、大和もついてくると言うので。ライラに運んでもらって、塀を飛び越え。
 ライラと大和と紫輝、三人並んで、樹海の森を歩く。
 久しぶりのお散歩で、ライラはご機嫌だった。

 泉に到着し。紫輝はさっそく服を脱いで、水の中へと入っていく。
 今日は満月だから、水面にきらめく月光が、とても明るく感じた。

 段差になったところから流れ落ちる、小さな滝。水の音が心地よくて。マイナスイオンだなと思う。
 体を洗いながら大和と無駄話していたら。

「…だから、大きくなった姫とは、紫輝様よりも先に会っていたんですよ。な、姫?」
 なんて話になって。岸辺で並んで座る大和が、ライラにたずねる。
 以前は、同じ場所に、千夜とライラが座っていたのだ。
 白と瑠璃色が並んでいて、綺麗だったなんて思い返す。
 あ、赤茶も可愛いよ?

「なれなれしく話しかけないでちょうだい。あたしをだれだとおもってるの? 姫よっ!」
「そうだよな、俺たち仲良しだよな? 姫?」
「なにいってんのかしら。たべちゃおうかしら」
 大和は、ライラの言葉がにゃごにゃごしか聞こえないから。微妙に会話が噛み合っていなくて、おかしい。
 そうしたら、ライラが突然叫んだ。

「ピンクよっ」

 ライラは、月光の名前は言えない。
 でも、ピンクか。まぁ、わかるけどぉ。

「紫輝、誰か来る。泉から上がってください」
 大和に言われる前から動き出し。紫輝は岸辺に向かって歩くけど。
 大和はそっぽを向いて、大きめの手拭いを振り回した。

「わー、隠してくださいよ。俺が殺されるの、わかるでしょ?」
「いいだろ、男同士だし。誰も殺さないって」

「そうだよ、男同士なんだから。でも僕は、殺しちゃうかもだけど?」
 ふたり以外の声が割り込んで、大和はギャー、と叫んで。紫輝を背後から布でくるんだ。
 大和は安曇から、紫輝の肌を誰にも見せるなと厳命を受けていた。なので、必死だ。
 唐突に現れた月光の目から、紫輝の肌をなんとか隠す。

「こんにちは、月光さん」
「いい満月だね、紫輝」
 紫輝と月光は、慌てる大和を無視して、ほのぼのと挨拶をした。

 ニコニコした、いつもの可愛らしい笑みを浮かべていた、月光だが。
 大和に向かって、目線だけで退場を命じる。
 大和は紫輝を見て。
 紫輝がうなずいたので、そこから姿を消した。

 月光は、空を飛んできたようで。桃色の翼をひとつ大きく羽ばたかせると、コンパクトにたたんだ。
「あれは、安曇の手の者か? 紫輝のそばにつけられる兵が、我が軍にいるなんて。用意周到すぎぃ」

 将堂の宝玉が、うーんと唸る。
 短期間の潜入では、紫輝のそばには近づけないのだ。
 新兵の配属は、血統や家柄、または龍鬼などの特別なものがなければ、基本、無作為である。
 しかし腕があれば、二十四組にはもぐり込める。
 だが紫輝と同期だったら、同じ隊に何人も割り振らないから、その可能性は極めて低くなる。
 つまり、だいぶ前から。紫輝のために、もぐり込ませていたことになるのだが。マジか?

「彼は手裏じゃない。俺のなので。見逃してください」
 濡れた体を布で隠し、心配そうな目でみつめる紫輝に。月光はうなずいた。
 自分も紫輝に隠密をつけている。
 安曇と、考えることも目的も、同じだ。紫輝を守る、それに異論はない。
 さらに、ごく自然に、紫輝が彼を『俺の』だと言ったので。月光は感じ取ったのだ。

 これは『第三勢力だ』と。

 手裏でも、将堂でもない。
 紫輝、もしくは安曇を中心とした、別の組織が構築されつつある。
 それに対しても、月光は口を出す気はない。
 まぁ、紫輝は。勢力うんぬんは、なにも考えていないかもしれないけれど。
 もしも、そんな組織ができるなら。むしろ自分が、是非入りたいくらいだ。

 それはともかく。月光は本題に入った。
「バレたね」
「…すみません」
 恐縮して、紫輝は月光に頭を下げた。

 しばらく正体を隠しておくと、月光が言っていたのに。
 早々に、こんなことになってしまって。本当にすみません。という気持ちだ。

「大丈夫だよ。赤穂には、頃合いを見て、話すつもりだったんだ。第五大隊と同じく、僕たちも九月いっぱいで本拠地に戻るので。戦の最中は、なにかと忙しいから。落ち着いたら…なんて思っていたんだよ」
 月光が許してくれたので、紫輝は布で体を拭きながら、新しい軍服を身につけていく。
 着替えている間、月光はライラを撫でたり、鼻をつついたりしていた。
 月光の翼の色と同じ、ピンクのつるりとした鼻が気になるみたいだけど。

 あまりしつこいと怒られますよ。

「君に会ったあと、赤穂、僕の部屋に押しかけて来たんだ。散々、君の弟について文句を並べ立て。どこの誰だ? 僕が知らないわけないだろうと…詮索されたよ」
 ガブっとされる前に、月光は紫輝の方を向いた。
 良かった。
 でも言われたことについては、ヒヤッとする。

「言ってませんよね? 天誠のこと」
 自分が言わなくても、月光からバレてしまったらアウトだ。
 でも、月光は約束をした。天誠と眞仲が同一人物だって誰にも言わないと。
 口約束だけど。だから、ちょっとドキドキした。

「言ってない。僕は鶴を手放す馬鹿じゃない」
「鶴? 堺のこと?」
 ここで堺の話になるのは脈絡がないから、紫輝は首を傾げる。

 すると月光は、自分の羽を手でいじった。
 なんか、彼氏の前で髪の乱れを気にする女の子みたいな仕草だな、と紫輝は思った。

「鶴の恩返しさ。愛していたのに、秘密を覗いて、鶴は去っていったろう? 僕が安曇の秘密を暴露したら、紫輝は安曇の元に飛んで行ってしまう。僕はそんな愚行は犯さない」
「なるほど」
 深く納得すると。月光がフフッと可愛らしく笑った。

「それにしても…同じところでつまずいたな。僕も、安曇の件に関しては、はらわたが煮えくり返る思いだからね」
「天誠のこと、嫌い? なんでみんな、天誠を悪く思うんだ? 弟はすごく頭が良くて、優しくて、格好良いし…」

「そこまで」
 弟の良いところを紫輝は並べ立てていく。
 月光も赤穂も、紫輝の親だと言うのだから。近しい人には、自分の愛する人を好きになってもらいたいじゃないか。
 なのに、月光は。そんな紫輝を手で制した。

「なんで彼を嫌うかって? 彼がどれほど完璧な男だろうと、そんなことは関係ない。紫輝が心酔する男に腹が立つ。ただ、それだけ。嫉妬だよ」
「嫉妬? いや、親なのに…嫉妬って?」
「親だからだ。本来、安曇の立ち位置は、僕たちのものだった。紫輝を愛し、紫輝を育て、紫輝に信頼される、それは親の僕たちであるべきだ。そこを奪われたんだから、腹も立つってものさ」
 きゅるんとした丸い目を、鋭くとがらせて、月光が言う。
 でも、それってどうしようもなくない?

「そんな無茶な。俺は過去に飛んで…そこで生活をしてきたんだから。仕方がないでしょ?」
「仕方ない…じゃ、気がおさまらないこともある。一番可愛い時期の君を、あの男に取られたんだ。そして今も、紫輝は彼のもの。赤穂もそう言って、怒っていた」
 それだけではない。
 赤穂は紫輝の話に、疑いを持っていた。
 月光は、己の部屋に乗り込んできた赤穂のことを思い返す。

     ★★★★★

「弟の話をしたときの、紫輝のあの目。あれは、死人を語るときのものではなかった。弟は死んだ、と紫輝は言った。そのとき、涙ぐんで。それは演技ではないように見えたが。わからないな。なぁ、月光。紫輝の弟は、本当に死んでいるのか?」
「紫輝の中では、まだ死んでいないのかもしれないね。色鮮やかに、彼は存在しているのだろう…」

 なんて、一度は誤魔化したが。
 赤穂は、猪突猛進のように思われがちだが。それほど馬鹿ではない。
 そして、隠し事をかぎつける嗅覚が、ずば抜けている。
 もしも赤穂が、自ら調べ始めたら。どうなるかわからない。

 紫輝の、この件に関わっているのは。堺と高槻と望月だけだ。
 最初は、異世界から来たと言っていたが。
 記憶喪失の紫輝に。安曇眞仲が、偽の弟の記憶を、さらに植え付け、実験した。
 そんな話になっているようだ。

 ただ、この話は赤穂には通じない。
 紫輝が、誰かに育てられたことを、赤穂に話してしまった。
 弟の影響が大きいことも知っている。でも…。

     ★★★★★

「赤穂に、天誠の話は二度としない。あいつ、俺の弟なのに、殺すとか平気で言うんだもん。俺は弟を、ぜっったいに守ってみせるんだからなっ」
 紫輝の言葉に、月光は現実に立ち戻った。

 そして紫輝に、にっこりと微笑みかける。
「あぁ、たぶん大丈夫だよ。赤穂は、本当に、心の底から、君の弟に対して憤っていたからね。そして、弟を害すれば、君に嫌われることも、わかった。だから、赤穂が自分から、君の弟を探すことはないと思う。みつけて、つい殺しちゃったら。紫輝が飛んで行っちゃうもんね?」

「そうかな? だったら、いいけど」
 とりあえず、納得してうなずく紫輝を。月光は見やる。
 実際、赤穂はそう言っていたのだ。


「月光、紫輝を育てた者を知っているなら、報奨金を出してくれないか。あぁ、家族の詳しい情報は、俺の耳に入れるな。弟を、殺しに行っちまうかもしれねぇ」
 俺は聞かねぇ、とばかりに耳を塞いでいた。
 そういうところ、あいつは本当に可愛いんだから。
 つまり、当分は、赤穂が紫輝の背景を探ることはない。と思う。

「紫輝と弟の関係とか気にしたら、もう、憤死しそうだから、考えねぇ。とにかく今、俺は、紫輝が健康で、元気で、生きてそばにいてくれるだけでいい。それと。いつか、俺と月光を父親だと思ってくれたら…もっと幸せだな?」
 部屋に来たときは、ものすごく怒っていたけど。
 こうして上目遣いで聞いてくる赤穂が。月光はとても愛おしかった。


「赤穂が父親なのはさ、わかるよ。俺も。でも年が近いから、なかなかそういう目で見られないし。天誠を殺すとか言われちゃうと、こっちも警戒しちゃうんだよな…」
 口をとがらせて、紫輝が言う。
 月光は。赤穂の願いは、まだまだ成就しそうもないな、と息をついた。

「そうだ月光さん、あいつ情緒不安定だから、よしよしって、してやってよ。俺の弟もさ、たまに俺がいなくなるんじゃないかって、不安がったことがあるんだけど。そういうとき、よしよしって頭撫でてやると落ち着いたからさ」
 紫輝が、とても得意げな顔をして、月光に助言する。

 月光は、あの禍々しさ全開の安曇が、不安がる様子など考えられないのだが。

 でも。紫輝が突然、目の前に現れたのだとしたら。
 突然、姿を消す恐怖に、ずっと、さらされていたのかもしれない。

 あの、居丈高な男に、恐れという感情があるとも思えないけれど。
 まぁ、そういう理由があるならば、少しだけ同情してやってもいい。
 あくまで、少しだけだが。

「僕が、右軍総司令官様に、よしよしナデナデできると思う?」
「え? だって。結婚してるんでしょ? 伴侶だって言ってたよ」
 伴侶なのだから、よしよしくらい、いつだってできるでしょ? と紫輝は思っていた。
 一緒に暮らしていて、赤穂のあの様子だと、かなりラブラブなんじゃないかと。

「あぁ…それは。ちょっと間違いだな。厳密には、離婚してます」
 語尾にハートマークをつける感じで、月光が可愛らしく言った。

 えーっ、嘘っ!
 待って待って、だって、この前、すっごくロマンティックな話聞かされて、すごい感動して、涙出そうだったのに。

「どうして? もう、愛し合ってないの?」
 紫輝は、ラブラブな両親が、いきなり離婚宣言かましてきたくらいのショックを受けたのだが。
 月光は、全然、悲しそうな様子もなく。
 逆に瞳をキラキラ輝かせた。

「ううん。愛してるよぉ。でもね。これは赤穂と相談して決めたことなんだ。赤穂に君を託されたとき、僕は彼の伴侶だった。でも君を育てるために、完全に下界との接触を断ったんだ。重度な療養生活と称して、誰とも会わないようにした。そして赤穂は。赤穂の子供が僕の手に渡っていると、将堂に気づかれないよう。僕と離縁したんだよ」

「ええ、俺のせいで別れたの?」

 自分のせいで、ようやく手を取り合えた恋人同士が別れてしまったなんて。そんなの、ひどい。
 自分がいなかったら、なんて考えて、涙ぐんでしまうけど。
 自分が…赤子の紫月がいなかったら。
 月光と赤穂は、未だ手もつなげていなかったかもしれないのだった。
 そう思うと、複雑である。

「うん。でもね、伴侶を解消しました、と言うだけで。紫輝から将堂の目を外せるなら。それでいい。僕らには、肩書なんか必要ない。僕は赤穂を愛しているし、赤穂も僕を愛している。それが重要なことでしょ? 世間が僕らのことをどう思おうと、どうだっていい」
「ええぇぇ、なにそれ。俺の両親、チョー格好良いんですけどぉ」

 なんか、涙声で言う紫輝の頭を、月光はよしよしする。
 紫輝が責任を感じることはないよ、と言いながら。

「というわけで、今、僕は。ただの赤穂の部下。まぁ、君を探すのに、軍に復帰して。情報収集していた、この頃は。べったりくっついていたから。焼けぼっくいに火がついた、なんて噂されているけどねぇ?」

「でも、ただの部下でも。愛し合っているんだよね? 世間的には、離婚でも。心は、別れていないんだよね?」
「そう。ただ、将堂一族の監視の目があるから。付き合っていない態を装っている。複雑なんだよね、僕たち」
 そういえば、赤穂も。
『伴侶だが、赤穂おれ月光あいつの関係は複雑なものがある』って言っていた。

 赤穂は、離婚のことは言っていなかったが。
 そう思いたくないとか。気持ちは、離婚していないとか。そんな感情があったのかもしれない。
 なんて、紫輝は想像する。

 うーん、複雑だな、大人って。三歳しか違わないけど。

「俺のせいだから、良くはないけど。赤穂が浮気したとかじゃなくて、良かった」
 親子だとバレる前、紫輝に嫁になれとか言ってきたような赤穂だから。月光を愛していると言ってはいたけど、イマイチ信じられない。
 つか、将堂赤穂が龍鬼を嫁にするとか、普通に無理じゃね?

「ああ見えて赤穂は、案外、真摯なんだよ」
「でも、赤穂は。女性関係派手だったんだろ?」
 自分に迫ってきたとは、月光には言いにくかったので。
 他の言い方をしてみた。

「うーん。それは、僕たちが子供だったからだ。赤穂が、僕以外の者を見る。その工程は、僕たちが成長するのに、必要なものだったと解釈している」
「どうして? 好きだと思ったら、その人だけを見ていればいい。余所見をされたら、つらいじゃん?」

 今、紫輝は。天誠と恋愛をしているから。どうしても天誠で、想像するのだが。
 想像するのも嫌な感じだ。

「紫輝が生まれたとき、赤穂は十五歳だよ? それ以前に、僕たちはくっついたり、離れたり、遠回りしたり、家のこととかも、それはまぁ、いろいろなことがあったわけだけど。若いうちは、自分に、より合う人物を探すものなんじゃないかな? どこに運命の相手がいるか。そんなの、簡単に探し出せないよ。でもそうやって、いろいろな相手を見ることは、悪いことじゃない。結果、赤穂は僕を選んでくれたから。いいんじゃない?」

 確かに、紫輝も。
 天誠に『他の人物とも関われ』と言ったことがある。
 簡単に言えば、彼に、自分の世界を狭めてほしくなかったのだ。

 天誠は優秀な人物だった。
 そして自分は、天誠の一番近くにいたわけだけれど。
 天誠が近くにいる兄ばかり見て、他の人の良い部分を見逃しているんじゃないかって。そんなの駄目だって、そのときは思っていたように思う。

 でも、その心の裏には。自分は凡人だから。綺麗で頭が良くて優しくて、そんな完璧な弟のそばにいる自信がなかった。
 そんな気持ちが、あったのかもしれない。
 そのときはまだ、彼の愛に溺れてもいなかった。
 だから、たぶん。逃げていたのだ。

 天誠が、自分に、真剣な想いを向けていたことを知っていた。
 でも、自分は。真っ向から、その想いを受け止められなくて。
 天誠を心配するふりをして、逃げていた。
 弟は、賢いから。そんな自分を泳がせていたのだろう。
 逃がさないけど、無理矢理、捕まえもしない。って感じで。

 優しいよな。でも、そのせいで。八年も待たせちゃったのだから。
 うー、ごめんな天誠。

「大人なんだなぁ、月光さんは。俺は、今はもう。天誠に、他の人にも目を向けて…なんて言えないや」
 つい半年前に、天誠に言っていたはずなのに。
 今は言えない。
 きっと、半年前より、マジで恋しちゃってんのかもしれないな?
 なんて、自嘲したら。

 月光がクワッと目を吊り上げて怒った。

「当たり前だろ。僕の息子を泣かせたら、許さないからっ」
 急に怒るから、紫輝は慌ててしまう。
「いやいや、今、若いうちはって、月光さんが言ったんじゃ?」

「赤穂は赤穂。でも僕の息子と付き合ってて、他に目を向けるなんて、許せないから。安曇っマジで、許さないから」
「いやいや、浮気とか、されてないから。あの人、マジで子供の頃から俺しか見てないから…自分で言うのもなんだけど。クッソ重たい愛情でヤバいくらいですから」

 紫輝が言い募っても、月光はムムムッと口をへの字にしている。
 可愛い顔なのに、眉間にしわを寄せている。

 あわわ、これは話題を変えてしまおう。
「…元の世界でも、彼氏彼女とかいって、学生のうちに男女交際していて。でも大体は、結婚前提みたいな、重い感じじゃなかった。赤穂もそんな感じで、女性とお付き合いしていたってことなんだね? ね?」
「安曇は紫輝以外の女と付き合っていたことがあるの? いや…あいつが他に目を向けたら、紫輝は自由の身。でも紫輝が泣くのは嫌だなぁ…うーん」

「それ、自分で言うのもなんだけど。考えるの、時間の無駄ですよ」

 ぶつぶつつぶやく月光に、紫輝は的確なアドバイスをし。
 心の大切な部分を、少し明かした。

「彼は、八年も俺を待っててくれた。俺も、天誠以外、考えられない。だから、たとえ俺が、他に目を向けろと言ったところで、天誠はそんなことはしないんだ。それで、俺はね。たぶん、死んでも、天誠を離さない」

 胸の奥をくすぐるような、こそばゆい気持ちで言った、紫輝の告白を聞いて。
 月光はブワッと涙を流した。
「紫輝ぃ、君は、とてもいい子で、健気で、可愛い子だよ。でも、安曇は無理ぃ」

 そんなにか、と。紫輝は半目で、泣く月光を見やるのだった。


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