【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

文字の大きさ
41 / 159

34 赤穂の心臓 ①   ▲

     ◆赤穂の心臓

 四季村は雪がしんしんと降り続き、とても静かだった。
 天誠は、新年は手裏軍の方へ顔を見せなければならず、年越しはできないようだ。

 でも、クリスマスはできるって。

 十二月末までは四季村に滞在するというので、紫輝は、のんびり天誠との生活を楽しんでいる。
 ツリーにする小さな木を、ふたりで山の中に探しに行った。雪の中を天誠と手をつないで、身を寄り添わせて。
 木に積もった雪が落ちてきて、大騒ぎしたり、馬鹿みたいに笑ったり。

 雪の上を歩いたライラの、ピンクの肉球が真っ赤になったから。交互に、手でこすって温めたり。
 囲炉裏の前で腹を出して寝るライラを、ふたりでわしゃわしゃ撫で回したり。

 囲炉裏で作る鍋を、みんなでつついたり。
 ケーキの試作品を、すみれや橘たちと作ったけれど。パンケーキにしかならなくて。パンケーキパーティーでもいいんじゃねって、妥協したり。

 ベッドで、一日激しく抱き合ったり。
 ただ寄り添って、寝るだけだったり。

 高校生のような、兄弟のような、恋人のような、充実した平和な日々。

 そんな楽しい時間が、唐突に終わりを告げたのは。十二月十六日だった。
 囲炉裏の前で、紫輝はみかんを食べている。
 ライラは紫輝のそばで、お尻をくっつけて寝ていて。
 天誠は胡坐をかく紫輝の、膝枕。というか、足を枕にして横になっている。

 浴衣に丹前という、旅館でのんびり、リラックススタイルを満喫していた中。引き戸を叩く音が、部屋に響いた。
 家族の時間を邪魔するなと、天誠に言いつけられているので。みんな、よっぽどのことがないと居間には入ってこないのだが。その、ガンガン鳴るせわしないノック音が、嫌な予感をかき立てた。

「安曇様、申し訳ありません。将堂軍側近の隠密から、紫輝様へ、火急の知らせが入りました」
 天誠は身を起こし、大和の入室を許す。
 居間の引き戸を開けた大和は、頭を下げたまま報告した。

「赤穂様が、手裏基成に矢を射掛けられ、重傷とのこと。河口湖の屋敷で療養しているので、至急、紫輝様にお出で願いたいと」
 その言葉を。紫輝は、瞬時に受け入れられず。ただ、口を開けて驚くしかなかった。

 その間に天誠は問う。
「本物か?」
「はい。望月が怪我をした折に、屋敷で、その隠密を見ました」
「紫輝…」
 放心する紫輝を労わり、天誠は肩を撫でた。
 そのとき無意識に、紫輝は天誠の手を払ってしまった。

「どうなってんの? 天誠。なんで手裏基成が赤穂を…俺の父親を…」
 紫輝に手を払われ、目を丸くする天誠を、紫輝は見て。
 弟を拒絶したことを、今更ながら気づき。
 己のしでかした失態に、最大級のショックを受けた。

「ごめん、天誠」
 払った彼の手を、慌てて握り込み。撫でながら、紫輝は額を擦りつけて謝る。

 赤穂が重傷という知らせに、心臓が撃ち抜かれたような衝撃を受けたのだけれど。
 そんなの、言い訳にならない。

 紫輝は決して、弟を拒絶してはいけなかった。
 ひとり、闇の中を生きてきた弟を。自分だけは…。

 目の前が真っ暗になり、涙が出た。

「違う。天誠…違うんだ…」
「大丈夫、わかっている」
 天誠は、ただ紫輝を抱き締めてくれた。

 言い訳したい。
 でも、涙がボロボロ出てくる。
 泣きたいのは、天誠の方じゃん。こういうところ、駄目なんだ。と自分の情けなさを嫌悪した。

「びっくりしたよな? 手裏基成が…俺が、赤穂を討ったと思ったのか?」
「お、思って、ない。だって、天誠は、ずっと俺と、一緒だったじゃないか」
「そうだ。俺は赤穂を討てない。紫輝もちゃんとわかっている。冷静に、落ち着いて行動すれば、大丈夫だから」

 紫輝の背中を、天誠は優しく撫でてくれる。
 眞仲のときのように、たくましく分厚い胸に、紫輝をすっぽりと抱っこして慰めて。頭のてっぺんに、柔らかくキスして。

 紫輝の駄目なところも、許して、包み込んでくれる。

 許してくれた。浅はかな兄を。
 安堵して、紫輝は天誠の、親鳥が卵を抱えるような、温かく安全な抱擁の中で。ホッと息をつく。

「俺にも、なんでこうなったのかわからない。とりあえず、紫輝は赤穂の元へ向かえ。大和は屋敷の道のりを知っているな? 紫輝の…ミロも連れて、馬で移動しろ。紫輝には望月をつける」
「はい。行きます」

 大和はさっそく行動し、入れ替わりで、千夜が部屋に現れた。
「望月は、紫輝とともにライラで移動だ。大和が到着するまで、紫輝を確実に守れ。…ライラ、お仕事だ」

 紫輝が振り返ると、囲炉裏の前で溶けていた猫が、しゃっきりして、お座りしている。
 ぐずぐずしているのは、紫輝だけだった。
 ダメダメである。

 天誠は、紫輝の手を引っ張って寝室に向かうと。紫輝を軍服に着替えさせ、さらに毛皮やコートや手袋をいろいろ着つけていった。

「俺も前線に戻って、情報を仕入れる。なにかわかったら、ライラを通して教えるから。紫輝、大丈夫か?」
 まだ、脳みそが回転していない。
 でも、紫輝は首を縦に振った。

「駄目だ。天誠はここにいてくれ。きっと、たいしたことないよ。俺、すぐに戻ってくる。そしてクリスマスを、天誠とするんだ。一度帰ったら、冬の間、もう会えなくなるかもしれないじゃん?」
 天誠は、紫輝の頭にフードをかぶせて、ひもできゅっと結ぶ。
 寒さから守るように、ライラの風圧に飛ばされないように。

「紫輝。間違えだ。俺が帰る場所は、ここだ。紫輝のところだよ」
 きゅっと、胸の真ん中を、天誠が指で押す。
 なにかのスイッチみたいに、紫輝の中のなにかが、きゅんと音を立てた。

「それに、もう会えないも、間違い。何度だって、紫輝に会いに来る。俺が会いたいんだ」
 こくこくうなずいて、紫輝は天誠としばしのお別れをする。

「紫輝。赤穂の具合がどうなのかわからないが。なるべく、あの技は使うな。あれは、紫輝の命を縮める。俺のいないところで使ってほしくない」
「わかった」
 天誠は軽く、紫輝の頬と目元にキスし。紫輝を送り出した。
 玄関から外に出ると、薄曇りだが、雪は降っていない。
 黒マントを着る千夜と、白い雪に同化するライラが、紫輝を待っていた。

「すぐ、帰ってくるね。待ってて、天誠」
 手を振る天誠に言って、紫輝はライラに乗り込む。
 今回、千夜は。後ろに乗って、紫輝を護る体勢になった。
 そしてすぐさま、ライラは飛ぶように走っていった。あっという間に、天誠も、村も遠くなって見えなくなる。
 先行していた馬を引き連れた大和も、間もなく追い抜いてしまう。

「相変わらず、はえぇな、お嬢」
「がんばれ、せんにゃ、がんばれ、せんにゃ…」
「お、これが例の応援歌か? もう応援しなくてもいいんだが…」
 ライラと千夜のやり取りも、本来なら微笑ましいものなのだが。
 紫輝は赤穂のことが心配で、うなずくくらいしかできなかった。

 そうして一時間後。
 あの、河口湖の月光の屋敷に到着した。

 千夜が苦しんだ場所だから、つらい記憶が多いが。
 まだひと月前の出来事だというのに、なにやら懐かしく感じてしまう。
 冬の河口湖は、雪化粧をした富士山が美しく。奥多摩の村よりも、少しだけ日が差しているから、山の緑と雪の白と湖の青のコントラストが輝いている。
 屋敷に入る前に、紫輝はマントを脱いで、ライラを剣に戻し。鞘におさめる。
 千夜は陰に隠れようとしていた。

「紫輝様」
 そこで、紫輝は。月光の隠密に名を呼ばれる。
 月光の隠密は、紫輝が主の息子だと知っているので、やはり様づけで呼ばれてしまうのだ。

「今、金蓮様と医者の井上が訪問中です。紫輝様と金蓮様を会わせないよう、瀬来様から言いつかっております」
「赤穂…様は、どんな様子ですか?」
「こちらへ。隠し部屋があります」

 会わせないよう言われている隠密だが、屋敷に紫輝を案内する。
 瀬来家は、隠密を使って情報を集め。緻密な計画、作戦を立てることで、軍に貢献している。
 そのような家だから、屋敷の中に、隠し部屋がいくつもあるらしい。
 千夜の療養中、紫輝は全く気づかなかったが。

 裏口からそっと入っていったら、千夜が、紫輝の手に持っていたマントを奪い。自分のマントも脱いだ。
 それを部屋の隅に放った千夜に、いきなりお姫様抱っこされてしまう。
 紫輝は驚いて、声を出しそうになったが。千夜に睨まれ、慌てて口を手でおさえた。

「驚いても、絶対に声を出すなよ」
 耳元で囁かれ、紫輝は口をおさえたまま、こくこくうなずく。
 廊下を進む千夜は、紫輝を抱いているのに、足音が全くしない。
 これが隠密の技なのだな、と思っていたら。案内の隠密さんが消えた。
 あれ、と紫輝が首を傾げたとき、千夜が壁の中へ入った。

 えっ。

 部屋と部屋の間に、数十センチの隙間がある。そこを通るのだ。
 わっ、マジ忍者屋敷。

 何度か角を折れ曲がり、今、どこにいるのか、紫輝は全くわからないのだが。先を行く隠密さんが止まり。声が聞こえてきた。

「赤穂が死んだら、亡骸は、おまえが人知れず処分しろ」
 金蓮の声だ。なんて冷たい言葉。
 紫輝は信じられなくて、耳を疑う。
 弟に、そんな言葉をかけるなんて、考えられない。

「決して、誰にも、赤穂が死んだことを気づかれてはならない。これは赤穂のためでもある。名もなき手裏兵の矢に当たって死んだなど、公表されたくはなかろう? 離縁したとはいえ、曲がりなりにも元夫だ。赤穂の名誉を守るために動くくらいの情は、持ち合わせているだろうな?」

 中の様子は見えないので、金蓮が誰に向かって言っているのか、どんな表情をしているのか、紫輝にはわからない。
 離縁したと言うのだから、相手は月光だと思うが。
 曲がりなりにもって、なに?
 名誉を守るための情? 赤穂と月光の愛の形をまるで知らない物言いに、胃がカッと燃えるように熱くなった。
 怒りだ。

「名もなき兵ではない、赤穂は手裏基成の放った矢で…。それに、赤穂は。将堂家の次男ですよ。それを、人知れず処分などと…このような扱い…」
「手裏基成に会ったことも、誰にも言えぬ事態だということだ。それにもう、赤穂は将堂家の次男ではない。すでに身代わりを立てている。将堂家の次男は、別の者になった」

 は? どういう意味?
 身代わりって、なに?
 っていうか、むかつきがピークで、息苦しい。
 鼻息が荒くなる紫輝を、千夜がギュッと抱き締めてくれる。大丈夫。我慢する。我慢、するから。

「父も夫も子も失って、瀬来、おまえは可哀想なやつだ。心から同情するよ。だから、夫の亡骸くらいは、くれてやると言っているのだ。手厚く葬ってやるがよい」
 金蓮が立ち上がり、部屋を出て行く気配がした。

 紫輝は唸り声をおさえるために、身を屈めて丸くなる。
 そんな紫輝を、千夜は包むように抱き込んだ。

「よく、こらえてくれた。すまない、紫輝。俺だけが聞いて、あとで報告すればよかった」
 申し訳なさそうに千夜に言われるが、紫輝は首を横に振る。

 聞いて、良かったのだ。金蓮があのように情のない男だと知れただけでも。
 聞かずに、許してしまう愚行を、起こさないためにも。

 金蓮が屋敷から去ったのを確認したあと、隠密さんは部屋への入室を許した。
 部屋の中央に、布団に寝る赤穂が。
 横に、月光と井上がいる。
 部屋には、紫輝だけが入った。腕が治った千夜を、ふたりに見せるわけにはいかないから、そのまま陰から守ってもらうのだ。

 紫輝を目に止めた月光は、いつものはつらつさがなく。ピンクの羽も、どことなく悲しげにしょげている。
「すまなかった、紫輝。本当はすぐにも、紫輝を赤穂に会わせたかったけれど。金蓮様より先に通すと、赤穂に近しい者だと怪しまれてしまうから。赤穂は…きっと。紫輝が窮地に立つことを望まない。たとえ、死に目に会えなくても、ね」
「なに、言ってんの? なんで、あんなふうに言われて、黙ってんの?」

 怒りを、月光にぶつけるのは間違っているけれど。
 なんで、月光が怒らないのか、わからない。
 紫輝はこんなにも、怒りで、臓腑が焼け落ちそうなほどなのに。なんで?

 すると月光は。両手で顔を覆って、項垂れてしまった。
「事情がある…すまない、紫輝」

 泣かせたいわけじゃない。
 紫輝は、月光があまりも心を痛め、悲しげで、消沈しているから。冷水を浴びせられたような気になった。
 そうだ。冷静に、落ち着いてと、天誠が言っていた。
 怒りに我を忘れて、大事な人を傷つけてはいけない。
 天誠も、月光も、傷つけてはいけない。

「ごめん、月光さんを責めたんじゃないよ。でも…いったい、なにがあったのですか? 赤穂の具合は?」
「良くないね。赤穂様は金蓮様をかばって、矢を胸の真ん中に受けた。幸い、防具と胸骨に当たり、矢尻の勢いは弱まったが、その衝撃で、心臓は一度停止した。心臓を圧迫して蘇生はしたのだが、胸骨の破片が心臓を傷つけていて…もう手を尽くせない」
「もう、手は尽くせないって? 先生はなにもできないのか? このまま死ぬってこと? 嘘でしょ?」
 井上は、ただ首を横に振った。
 あれほどひどい状況の千夜を、回復させた名医なのに。

 紫輝は下唇を噛んで、月光に目を向けた。
「はは、このまま死ぬとか、死に目に会えねぇとか、当人の前で不吉な話しやがって…」
 思いもかけず、声がして。紫輝は、月光から赤穂へ視線を移す。
 彼はいつの間にか、目を開けていた。

「赤穂様、話してはなりません。些細な動きで、骨の破片が血管に触れ、大出血するかもしれないのですよ?」
「馬鹿だな、井上。すぐにも死ぬなら、遺言残さねぇとならねぇだろうが」

 医者の忠告を無視して、赤穂は言う。
 咎めてほしいのに、井上は押し黙ってしまった。それほどに悪いということだ。

 紫輝は本当に信じられなかった。だって、赤穂は。まだ二十一歳なのだ。
 赤穂は若くて、強くて、踏み潰しても死なないような、ふてぶてしさもあったのに。いきなり、死ぬとか言われても。全く、紫輝は受け入れられなかった。

「ふざけんな、赤穂。遺言なんか、聞くもんか」
「駄目だ、聞け、紫輝。おまえが俺の子供だと、認証した書類を、月光に預けてある。それは、おまえの命に関わるものだ。俺の子供と知れることで、生きられることも、逆に命を脅かされることもあるだろう。慎重に、場の流れを見極めて、ここぞというときの切り札にしろ。いいな?」

 ごく少ない口の動きで、赤穂は紫輝に伝える。体を動かすことも危険なのだ。
 なんてことだ。
 あの、極悪で、猛烈な気を放ち、生き生きと剣を振るっていた男が。こんなことになるなんて。

「聞かないって、言ってんだ。おい、赤穂、てめぇ…俺の親父のくせに、父親らしいことひとつもしないで、死ぬなんて。許さねぇからっ」
「父親らしいこと? 今、結構、親っぽい遺言残したつもりなのに。足らねぇとか…はは」
 笑うんじゃねぇって、悪態をつきたいのに。涙が喉に詰まって、うまく言えない。

「そうだな。おまえを幸せにしてやれなくて、すまない」
 いつも、俺様な赤穂が。らしくなく、謝ったり、涙をこぼしたりするから。
 紫輝は、泣きながら首を横に振った。

「違うよ。そうじゃないよ。幸せに、なんて。俺のことを幸せにしてくれる人は、別にいるんだから。そんなのいらねぇんだよ。そうじゃなくて。あんた、俺のこと、父親として、一回も抱き締めたことないだろ? 剣の手合わせばっかりで。肩抱いたくらいはあったけど、そんなの友達の延長じゃん。俺を息子だと言うのなら、子供のときのように、ギュって、抱き締めろよっ」

「あぁ、俺の、息子…」
 ゆるりと手を上げるけれど。赤穂は抱き締める余力はなく。紫輝の頭を撫でるので精いっぱいだった。
 弱々しい赤穂なんて、見たくない。

「赤穂…死ぬ覚悟してくれ。できるか?」
「あぁ。おまえの手にかかって死ぬなら、本望だぞ」
 紫輝は覚悟を決めた。
 しかし、赤穂に触れようとした手を止められる。
 背後の千夜に、腕を掴まれたのだ。

「駄目だ、紫輝。あれは使うなと…」
「俺の親父だっ!」
 振り返りざま、紫輝は千夜を怒鳴った。
 紫輝がこれほどに感情を荒立てるのは、珍しく。千夜は息をのむ。

「大丈夫。うまくやる。冷静に。冷静に。でも、俺がどこにも行かないように、千夜、捕まえてて」
 己に言い聞かせるように、つぶやいて。深呼吸し。千夜に、軽く笑んで。
 それから紫輝は。もう一度、赤穂に手を伸ばす。

「俺の手で死ぬのは本望? 残念だけど。赤穂、俺は、殺さずの雷龍なんだ」
 赤穂の胸に触れ、紫輝は目をつぶる。

     ★★★★★

 目を開けると、夜の静寂が広がっていた。
 この前、千夜の腕を治したときに来た場所と、同じだけど。気温が少し涼しい。
 途端、髪を鷲掴まれた。
 目の前に、赤穂の顔が迫っている。
 無意識のうちに、紫輝は手のひらで口を覆い。奴からのキスを回避した。

「駄目、駄目だ、俺たち、親子っ。つか、ここかよっ」

 紫輝はここが、赤穂に嫁になれと迫られた、あの一連の流れだと気づいた。
 印象深いところに降りるのではないか、という天誠の推測を。紫輝は思い出す。
 でも。ここじゃなくてもぉ。
 確かに、インパクトは強力だったけれどね。

 紫輝の手のひらごしにキスしたままの距離で、赤穂は紫輝をみつめた。
「親子だからダメだって言われたから、あのときキスしなかったが。いや。しても良かったんじゃね? 赤子のおまえに、散々チューしたんだからよ?」

 なんか、赤穂の白黒の翼が、楽しげにワキワキ動いている。
 つか、過去のものと、もう台詞が変わっているんですけどぉ。
 これは、自分の潜在意識じゃないと思うんだよな。
 こんなこと思っていないし。微妙に、今の赤穂の思念も、混ざっているのではないかと思う紫輝だった。

「馬鹿じゃね? 大きくなったら、親は子供にチューしちゃいけないんですぅ」
 さっさと紫輝は後ずさりして、赤穂から距離を取る。
 つか、近いっつうの。

「おまえは、クソむかつく弟に、操立ててるだけだろうが。クソむかつく」
「クソむかつく、二度言うな」
 ケッと、赤穂は舌打ちし。紫輝も舌打ちした。

「で? なにしにここに来たんだよ」
 腰に手を当てて、尊大に聞いてくる赤穂に。紫輝は言った。

「…あんたが、死にそうなんだよ」
 ようやく、本来の目的を思い出した。
 そうだった。赤穂の命を助けるために、ここへ来たのだ。むかついている場合ではない。
 そういえば前のときも、途中まで過去の意識にのまれて、目的を見失っていたな。

「あぁ? 俺がそんなヘマするわけねぇ」
 どこかで聞いたことのある台詞に、紫輝は半目になる。
 剣豪ってやつは、どいつもこいつも自信満々だな、おい。

「大将をかばったんだよ」
 本当に、腹立たしい。
 自分の身を守ってもらいながら、金蓮のあの仕打ち。呆れてしまう。
 なぜ、あんな奴を、赤穂は命懸けで守るのだろう?
 自分も、天誠と血のつながりがないが。兄弟の意識だけだとしても、自分たちは、互いを愛していて。彼になにかあったら守りたい、と思う。おそらく向こうも、そう思っているだろう。
 自分たちは好意の気持ちで向き合っているので、参考にならない。
 でも赤穂は、兄弟的、片想いのような…。

「そうか。どこ、やられた?」
 大将なら、かばって当たり前。という顔で、赤穂はうなずき。千夜のときのように、相手の安否をたずねることもなく、紫輝に聞いてきた。
 この赤穂に、なんで? と聞くのは違うのだろう。
 いいさ。治ったら、存分に問いただしてやる。

「…胸。矢が当たって、心臓に骨の欠片が当たっているらしい」
「チッ、心臓かよ」
 おもむろにスラリと剣を抜いた赤穂は、躊躇することなく、胸に剣を突き立てた。
 その衝撃的な場面に、紫輝の方がうろたえてしまう。

「…赤穂」
 傷口を両手で開いて、赤穂は胸の中を見せつけた。
 まだ、矢で傷つけられていない、胸骨、あばら骨、骨の奥に守られ、生き生きと動いている心臓…。
 そうだ。クリアに想像しなければならない。

 赤穂の心臓を。

 でも、輝くほどに赤々として、動く心臓は。リアルすぎて、卒倒しそう。
「俺を助けたいと、思ってくれたのか? 紫輝」
 問いかける赤穂に、紫輝はゆるりとうなずく。
 そうだ、助けたい。
 赤穂を…己の父親を助けるために、ここに来たのだ。脅えていちゃ、駄目じゃん。

「恐れるな。おまえに預ける」
 赤穂は胸に手を入れ、心臓を取り出して紫輝に差し出す。
 心臓を取ってなお、赤穂は不遜な笑みを浮かべている。

 意を決して、紫輝は手を差し伸べ。心臓を、赤穂から受け取った。
 その温かさは、生きている証。
 この鮮やかな血の赤は、赤穂の命のきらめき。
 心臓の形状が、紫輝の瞳に、反射して映り込む。

 大丈夫。絶対に、救ってみせる。待ってろよ、赤穂。
 ひとつうなずいたとき、光に包まれてなにも見えなくなった。

     ★★★★★

 我に返ると、そこは元の、月光の屋敷で。
 紫輝は、赤穂の胸に手を当てていた。手のひらの下が、光り輝いている。
 千夜のときは、腕が形作られるところが、つぶさに見られたが。赤穂は内臓なので、なにも見えない。
 けれどほんのり、紫の光が襟元から漏れている。

「なに? なにをしたんだ? 紫輝」
 目を丸くしている月光に、たずねられるが。今日も尋常じゃない眠気に襲われて…。
 紫輝は千夜に頼んだ。

「千夜。説明、お願い」
 そうしてまた、寝てしまった。

感想 70

あなたにおすすめの小説

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。