【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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38 首脳会談 ①

     ◆首脳会談

 紫輝と天誠が風呂から上がり、浴衣に半纏という軽装で居間に入ると。
 軍服姿の赤穂と月光、そしてライラが。囲炉裏の三方を陣取って、座っていた。

「あれ? 赤穂たち、お風呂、入らなかったの?」
 まずは、旅の疲れを風呂で癒してもらって、あとはのんびりしてもらうつもりだったので。くつろぐ様子のない彼らに、紫輝はがっかりしてしまう。

 だって、一時期は死にそうになっていたわけで。
 赤穂も月光も。金蓮に、心無い暴言をぶつけられ、見捨てられ、傷心、ハートブレイク、チョーむかつく、だろうから。

「お風呂はいただいたよ。紫輝の心尽くしだからね。将堂の目からも逃れられ、ホッと一息だ」
 月光はそう言うが。ふたりは床板に座っているけれど、かたわらに剣を置いていて。衣服も着崩していない。
 全然、気を許していないように見える。
 でも、まぁ。とりあえず、紫輝は天誠とともに、囲炉裏端の空いてる一方に並んで座った。

「おい、おまえ。丸腰とか、舐めてんのか?」
 天誠を目に止めて、赤穂は剣の柄に手をやる。
 紫輝は迷わず、天誠の前で両手を広げてかばった。

「赤穂、俺の弟に剣を向けんなよっ」
 ライラは、今、獣型になって、囲炉裏に腹を向けている。
 紫輝は、どうしようかと思うのだが。
 天誠が、落ち着いてと言うように、紫輝の肩をポンと叩いた。

「ここは、紫輝のために作った村、そして屋敷だ。紫輝の憂いは、すべて取り除かれる。紫輝が、龍鬼という理由でも、他の理由でも、命が脅かされることのないよう、取り計らっているのだ。この村の中なら、武器を手放しても良いようにしてある。なので、紫輝に武器を取らせるような行いは、しないでいただきたい」

 有無を言わせぬ、魔王様オーラで。天誠は赤穂に尊大に言い放った。
 赤穂も、本気ではなかったのか。
 でも悔しそうに、剣から手を離す。

「ここの使用人、女も男も、隠密だろ。それも、紫輝を守るために揃えたのか?」
「…使用人は、隠密ほどの精度はない。しかし、ある程度は。主を守れるよう、仕込んである。それは必ずしも、紫輝だけのためではない。親がない彼らは、誰からも守られない。しかし手に職があれば、俺の元から離れても、暮らしていけるだろう。どのように転んでも生きていけるよう、指導しただけだ」
「へぇ、優しいなぁ。いろいろ考えてんだな? 天誠」
 ほがらかな調子で、紫輝が言う。

 しかし赤穂は、そんな生易しいものではないと感じていた。

 月光は、家の性質上、隠密を何人も雇っているが。全員男性で。情報収集が主な任務のため、戦闘向きではない。
 しかし、この屋敷にいる使用人は。女性でも戦闘できるほどの、身体能力を見て取れた。
 身のこなし、気配を消す技術。どれも、月光の隠密と遜色ない。
 だがそこまで仕込むには、相当な修行が必要だ。決して優しくはないだろう。

「紫輝の憂い、という点では…結婚相手を親に認めてもらいたいと、紫輝は思っているんですよ」
 そう言って。天誠は、赤穂と月光に向かって頭を下げた。

 慌てたのは紫輝で。おろおろしてしまう。
「天誠、頭なんか下げるなよ。俺は、大丈夫だから」
「紫輝のためなら、俺は何度、頭を下げても平気だ。名を捨てろと言うのなら、ただの村人になっても構わない。だからどうか、紫輝と俺の結婚を認めてください」

 天誠は、手裏基成なのだ。
 西では、みんなが頭を下げる人物。
 そんな彼が、自分のために頭を下げるのは、紫輝はつらいと感じた。

 もしも赤穂たちが認めてくれなくても。それなら今までどおり、紫輝と天誠とライラ、三人を家族として、暮らしていけばいいのだ。
 確かに。いっぱいの人に祝福してもらいたいとは、ちらりと思うけど。
 それは天誠に頭を下げさせてまで、とは思わない。

「もうっ、おまえ。それ、絶対わざとだろ? ここで拒否したら、僕ら、まんま悪者じゃん」
 丸い頬をプゥと膨らませ、月光が不愉快そうに告げる。
 頭をあげた天誠は、ニヤリと悪い顔で笑った。

「紫輝の憂いを晴らしたいというのは、本音ですよ。あと『息子さんを俺にください』ってやつを、一度やってみたかったのも、本当。結婚イベントの醍醐味だよな? 紫輝」
「まぁ、お約束だよね。天誠は案外、イベント好きだもんな」
「イベントが好きなんじゃなくて。紫輝とするのが楽しいんだ」

 イチャイチャし始めたふたりを見て。
 ほったらかされた月光のこめかみに、青筋が立つ。

 紫輝的には兄弟のノリだったのだが。

 すると、ライラが急に起き出して。月光の顔に、ピンクの鼻を近づけた。
 紫輝は心の中で叫んだ!

 あぁ、ピンク対決、素敵です。

「あらあら、あなた、おんちゃんのママじゃない? あたしも、ママなの」
 以前、紫輝が月光に、母親は誰かと聞いたとき。月光は『僕が紫輝のお母さんだよ』と言ったのだ。
 それを、ライラは覚えていたのだろう。

 至近距離で、大きな丸い顔で迫られて、月光は逃げるに逃げられず、硬直している。
 赤穂は、ライラの声が聞こえるようで。体を震わせて、笑いをこらえていた。

「てんちゃんはね、おんちゃんが寝ていると、チューしようとするエロガキだけど、あたしがシッポ、ビタンってやるからだいじょうぶよ?」
「近い、近いよ…っていうか、ニャゴニャゴ言ってるよ。紫輝、ライラさんは、なに言ってんの?」
「でも、おんちゃんとてんちゃんは、なかよしさんだから。ママなら、みまもってあげないとね?」

 紫輝がママを母に変えて、ライラの言葉を伝えると。
 月光はふわりと笑って、うなずいた。

「そっか。じゃあ、ライラさんに免じて、ふたりのことを認めてあげないとね」
「おい、月光っ」
 折れそうになっている月光に、赤穂が不満を訴えるが。
 月光は、ライラに目を合わせたまま、言った。

「赤穂…ここでガブリとされたら、責任取ってくれんの? 彼女、僕より顔でっかいんですけど」
「まぁ、かおでっかいなんて。女の子に言っちゃダメでしょ? あたしでっかくないもの。だれがでっかいの?」

 ライラは自分のことだと思っていないようで、辺りを見回した。
 そういう、自分がでっかいこと、絶対に認めないところが、ベリーキュートなのです。

「そうだよな? ライラはでっかくないもんな? それにガブリなんて野蛮なこともしないもんな?」
「あい」
 急に月光に興味を失くしたようで、ライラは、今度は赤穂の方へ歩いていく。
 そしてかたわらに置いておいた赤穂の剣の上に、どっかりと寝転んでしまった。
 赤穂の剣はライラの腹の下、白くて長い毛の中に埋もれ、見えなくなった。

「おい」
 赤穂に呼ばれ、ライラは片目を開けて見やるが。プイと顔を背けて寝てしまう。

「あぁあ、ライラご立腹だよ。天誠に剣を向けるし、いつまでも認めないから。それに、俺のことを育ててくれたのは、ライラだよ? 親ならもっとライラを敬ってくれないと」
「猫に育てられるとか、意味わからん」

 腕組みして、きっぱり言い放つ赤穂に。紫輝も、ライラの功績を高らかに示す。

「さっき、言ってただろ? ライラはエロガキ天誠の手から、俺を守っていたんだって。この世界に来るまで、俺の貞操が無事だったのは、ライラのおかげだぞ?」
「いやいや、じゃあ、なんでこの世界に来た途端、おまえの貞操を守ってくれないんだ?」
「そんなの…同意だからに決まってんじゃん。ライラはそこまで、硬くないよ」

 照れ照れしつつ、唇をとがらせる紫輝に。赤穂はがっくり項垂れる。
 ライラよ、もう少しだけ守っていてほしかった…と、父は嘆くのだった。

「失礼します。高槻様がお見えです」
 引き戸の向こうから大和の声がして、戸が開かれると。
 緑の軍服を着用する廣伊が現れた。
 慣れた様子で、剣を鞘ごと腰帯から引き抜いて。先ほどまでライラがいた囲炉裏端の一方、赤穂の対面に座る。

 赤穂が来るのに合わせて、千夜に廣伊を連れてきてもらったのだ。
「廣伊、おかえり」
「た? ただいま」
 笑顔の紫輝に言われ、廣伊はほんのり頬を染める。

 廣伊には、帰る場所というものが、今までなかった。強いて言えば、軍の宿舎だが。おかえりなどと言って出迎える者など、組長時代はいなかった。
 四季村には、紫輝が用意してくれた、己の家があり。
 ここに帰れば、伴侶や、紫輝たちがいて。
 そのことが、家族に縁のなかった、廣伊の冷えた心を、温めてくれる。
 そして、照れくさい気分にさせるのだ。

「突然呼び出して、ごめんな? 赤穂がここに来ることになって、作戦会議的なものも、するかなと思って。廣伊にもいてもらった方がいいよねって、天誠と話したんだ」
「あぁ、大丈夫だ。冬場は、本拠地に残る人員も少なく、仕事ははかどらない。人事など、本格的に動きがあるのは年明け以降になるだろう」
 問題ないと、廣伊が返すと。
 紫輝は穏やかながら、明るい笑みで言った。

「じゃあ、年明けまで、ここにいなよ。いろいろイベントもあるし。天誠も年末までしかいられないって言うから、俺も年が明けたら本拠地に戻るんだ。そのとき一緒に戻ろう?」
 いべんと、がなにやら、廣伊はわからなかったが。また紫輝語なのだろうと思い。深く追求せずにうなずいた。
 廣伊は、千夜のように。いちいち紫輝にツッコまない。

「高槻は、紫輝を副長にすると決めたときには、もう仲間になっていたらしいじゃねぇか。水臭いな」
 対面から赤穂に睨まれ、廣伊は無表情ながらも、ヒヤリとした心地になる。

「別に、俺、副長になりたくて廣伊を仲間にしたわけじゃないからな」
「紫輝…赤穂様は。父親より私が先に声かけされたので、へそを曲げていらっしゃるんだ。あぁ、もう青桐様になられたのか?」
 邪推した紫輝に、廣伊は彼の複雑な心情を解説したが。
 付け加えた言葉に、一同がぎょっとした。

「廣伊、青桐様って?」
「赤穂様が落馬をされ、大怪我を負ったので。改名し、しばらく軍務を離れると。本拠地にお達しがあったのだが…お元気そうですね?」

 話と違うと、驚くこともなく。
 淡々と、事実を確認していく。
 本拠地に伝わる急な知らせや、赤穂がここにいることなど。
 どうやら、なにかしらの事態が動いているようだと、廣伊は察した。

「それは、俺じゃねぇ。次に准将の座につく、誰かだ」
「金蓮が言っていた、身代わりってやつだよね。名前まで変えて、いったいどうするつもりなのかな?」
 赤穂が言い、紫輝が疑問を投げ、とんとんと話が進みそうになったので。
 廣伊は状況確認するため、一度、彼らの話を、手で制して止めた。

「その前に。赤穂様がこちらにいるのは、単に紫輝の仲間になったからというわけではなさそうですが。なにがあったのか、教えてもらえますか?」
 そうして。先日、赤穂が死にかけたことや、その背景。心臓を射られた赤穂を、紫輝が治したこと。死んだことにして、こちらに避難してきたこと、などが。廣伊に説明されたのだ。

「それは…とんだことで」
 一言、廣伊はそう口にする。
 なんだか思いもよらない事態で、そう言うしかなかった。

「千夜はその場にいたんだよ。千夜から聞いていたかと思った」
「千夜は、紫輝に関わることは、一切、私には言わない。それが仕事だ」
 廣伊は仲間だし、全然いいのだけど。
 言うなれば、千夜はプロフェッショナルだな、と紫輝は思う。

 すると天誠が詳しく説明してくれた。
「望月の主は、紫輝だからな。紫輝が言うべき相手に、言うべきことを言うのが、筋だ。隠密は、勝手に己が持つ情報を、他人に渡してはならない」
「ふーん、そういうものか」

 納得はしたけれど。でも紫輝はまだ、なんとなく、千夜の主が自分、ということを。のみ込めないというか。
 だって、友達じゃん? って思っているのだ。
 だけど千夜も廣伊も、大和なんかも。紫輝に仕えているのだと、すんなり承知している。
 仕えられている紫輝の方も、そろそろ主だと自覚しないとならないのかもしれない。

 あぁ、でも。
 まだ友達だって。大切な仲間だって。思っていたいんだけどなぁ。

「いいよ。そういうの、苦手だろ? 兄さんは友達に手を貸してもらっているって意識だもんな。大丈夫。兄さんが不得手なところは、俺がやるから。無理に、望月の雇い主だと思わなくていい」
 主人と友達の境で、人知れず悩んでいた紫輝に気づいて。天誠がそう言ってくれた。
 腑に落ちない思いを、なにも言わなくても拾い上げてくれる天誠は、本当にできた弟だと思う。

「いや、紫輝は。これから人の上に立つのだ。友達、仲間、部下と一線を引くことを、身につけるべきだ」
 しかし、赤穂は意見が違うようで。反論を投げつけた。
 天誠は冷静に切り返す。

「友達への思い入れが強いのが、兄の良いところだ。懐に入った者には、損得抜きで心を尽くす。相手はそんな紫輝に心地よさを感じ。紫輝への友愛を深める。俺はそんな紫輝の長所を、摘んでしまいたくはないんだ」
「そうそう、それに俺が人の上に立つとか、ないない」
 笑って、紫輝は否定したが。

 赤穂と天誠は、紫輝を軽く一瞥し。
 そのことには、なにも触れず。天誠が話を再開するのだった。
 なんで?

「そして…紫輝は、上に立つという環境で育っていない。我らがいた世界は、みんな平等という体裁だった。だから紫輝には、上に立つ者の心得が、今はまだないと言える」
「貴様には、その心得があるようだが?」
「残念ながら。社会で言うところの平等も、それは体裁であって、貧富や家柄、学歴などの高低差は少なからずあった。そして俺は、同じ家に育ちながら、紫輝のように純粋なままでいられる環境ではなかった」

 天誠は。以前の、歪んだ世界を思い返す。
 容姿が美しいことだけで、己を持ち上げようとする人々。
 そして、美しい者には美しい者が寄り添うべきという、馬鹿馬鹿しい思い込み。余計なお世話。

 もしも、己の隣に紫輝がいなかったら。
 自分は。持ち上げてくる奴らの言いなりになり、高みで、人々を睥睨するだけの、愚か者に成り下がっていた。
 だが、高みでふんぞり返る己を想像できるくらいには、己も醜い心根ということ。
 まっさらで、清らかで、悪意に染まらぬ紫輝と、自分は。別物なのだ。

「…まぁ、俺のことはいい。紫輝が意に染まない部分は、俺が引き受けるってことだ。かといって、傀儡かいらいにはしたくないから、紫輝にはゆっくり、お勉強してもらうがな」

 赤穂たちには、厳しい視線を向けていた天誠が。紫輝には、目を和ませて優しく笑いかける。
 それを紫輝は当たり前のように受け取り、うなずくのだ。

「お勉強か…うん。それくらいは頑張らないとな。天誠に任せっぱなしじゃ、兄貴失格だ」
 ニカッと笑うと。まだまだ子供っぽい紫輝が、手裏基成相手に兄貴と言う…。

 違和感が半端ないと思う一同だった。

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