【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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47 秘めた想い

     ◆秘めた想い

 山中湖の将堂軍支部を出て、紫輝たちは海方面の東へと、馬を走らせる。
 ライラで直線距離をビューって行ったら、すぐにも目的地に着きそうだけど。
 馬に乗っているので、富士山と愛鷹山を迂回しなければならないのだ。

「紫輝、お嬢で行ってもいいぞ。俺は幹部に顔バレしているから、村に潜伏するし。大和も離れで過ごさなければならないだろう? 馬は大和が後追いで持っていけばいい」
 結構な早足で馬を走らせながら、千夜が言う。

 今回、右軍幹部が潜伏している場所は、愛鷹あたか山の中腹にある、美濃家別荘だ。
 そこで人知れず、青桐の教育をしているらしい。
 すみやかに赤穂と交代させるためだ。

 紫輝は、すべてを知っている協力者としてそこに入ることができるが。
 副長補佐である大和は、本当は知っているけど知らないという顔をしなければならない。
 なので、紫輝の付き人的な立ち位置だ。

 大きな屋敷には、だいたい使用人が住まう離れが併設されている。
 詳しいことは知らないよ、という態度の大和は。その離れから紫輝を警護することになるので、今までのように後ろにぴったりついていることはできないのだ。

 そして千夜は。幹部級になると、隠密の気配がわかってしまうので。
 身バレ注意で、村で待機する。
 つまり屋敷には紫輝が単体で入るので、みんなで、馬で乗りつける必要はないということ。

「でもライラは、幸直の屋敷がどこかわからないよ?」
「俺が知っているから、道案内する。大和、田子の浦で落ち合おう」
「そうだな。日が落ちる前に屋敷に入った方がいい。お疲れでしょう? 紫輝様」
 千夜の提案を、大和がこころよく応じてくれて。あまつさえ心配までしてくれる。
 優しいレトリバーめ。

「俺は、大丈夫だけど。大和は馬を二匹も連れて行くの、大丈夫?」
「はい。夜の八時までには、そちらに着きます」
 ということは、このまま自分も馬で行くと夜中になってしまう目算ですか?
 それはまずいね。

 今は愛鷹山の裏手にいるが、山を登って降りたらそこに屋敷がある。
 というのに。
 馬で山登りするには、険しい急斜面なのだ。
 だから馬で行くなら海辺に出て、なだらかな斜面の表面へぐるりと迂回しなければならない。
 しかしすでに日は落ちかけている。迂回したら、まだ五時間くらいはかかりそう。

「じゃあ、ライラで行くね」
 即決して、紫輝は馬を止め。地に足をつく。
 ふたりもそれにならった。

「ライラ、出てきて」
 後ろ手に柄を握り、包丁型の大きな剣を抜く。
 紫輝が呼ぶと、剣はぐるりと回転し、ババーンと真白き獣型ライラが現れた。
 ピンクのお耳に白い毛が生えていて、今日も素敵です。

 紫輝と千夜が、ライラの背に乗る。紫輝は大和に手を上げた。
「じゃあ、先に行くね。道中気をつけて」
 ライラがピョピョーンと、羽が生えているかのように軽やかに疾走すると、大和はあっという間に見えなくなった。
 たぶん馬に不慣れな紫輝が一緒に行くより、大和は馬を連れていても、もっと早く走れるはずだ。
 足手まといで、すみません。

「紫輝、ひとりで、屋敷でうまく立ち回れるのか?」
 心配そうに千夜が聞いてくる。
 まぁ礼儀作法的に、千夜にも今までいっぱい怒られたから、気が気じゃないよね。
 でも、大丈夫。

「うん。天誠と月光さんにいろいろシミュレーションしてもらったから」
「しみれ?」
「シミュレーション。相手がこう言ったらこう返す、みたいな。事前練習、的な?」
「それだけで紫輝がうまく世渡りできるなら、廣伊に、そんなに怒られてねぇと思うが?」

 それはそう。
 紫輝はまだ、感情で動いてしまう部分があるから。予測不能なのだ。

 金蓮と対峙したときは、なんとかうまく着地点に向かえたけど。
 基本、怒っていたから。精神コントロールは難しかった。

 天誠が…『俺とライラと、みんなで仲良く暮らすために、頑張ってよ、兄さん』と甘く笑いかけ、チュッと、出掛けにしてくれたから。
 頭を冷やすことができたけどね。
 みんなの未来のために、頑張らなくちゃ。

 でも。幸直の屋敷は人も多くなるし、初対面の人も多いし、頭脳派の天誠や月光がどれだけ予測しても。イレギュラーはありそうだから。
 ここからは、紫輝のアドリブ力も試されることになる。

「ま、なんとかなるでしょ。こっちには巨頭が、ふたりも揃っているんだから。俺はなにも心配していないよ」
 足は引っ張りたくないから、それなりに一生懸命、頑張る所存ですがね。
 起きていない事態に頭を悩ますのは、心臓に悪いからしないだけ。

 そんな、千夜とちょっとした話をしていた間に、もう屋敷の近くにまで来た。
 はやーい。さすがライラ。

 門のだいぶ手前の位置で、ライラを止めて。紫輝は剣に戻す。
 ごめんね、ライラ。今度ゆっくり、外に出してあげられるときにはいっぱい遊んでやるからね?
 ま、ライラにそう言うと『うざーい、そういうの、いらないわぁ』とか言って。ひとりで寝ちゃうんだけど。

 うっ、塩対応。でも、それがいい。

「俺は、紫輝が中に入ったら村に降りるが、大丈夫か?」
 なんだか、千夜は隠密になったら過保護になったような気がする。
 あぁ、あれか?
 赤穂を助けたあと、あの能力を使ったら千夜を殺す、と言われたものな。理不尽。
 でも天誠は。それだけ本気だということだから。そこを重々承知しなければならない。
 天誠のためにも、千夜のためにも、な。

「大丈夫。無茶は絶対にしないし、ライラもいる。中には堺もいるから、安心して」
 千夜がうなずいたので。紫輝もうなずいて。屋敷に向かった。

     ★★★★★

 屋敷の周りは、がっちり塀に囲まれていて、屋敷周りの小道脇には、竹林がある。
 山中湖は、雪がなかったが。ここは山の中だからか、空気が冷えて、雪も薄っすらある。
 分厚い木製の門の前に、ふたりの門番がいて。
 紫輝は。とことこと、彼らの前に歩いていくと。いつもの口上を述べた。

「将堂軍右第五大隊副長の間宮紫輝です。こちらにいる麟義瀬間様に、右側近の瀬来様より書状を預かってきています。なお、俺がここに来ることは、金蓮様も御承知のことなので。速やかにお取次ぎください」

 ひとりはその場に残り、ひとりが中に確認しに行く。
 支部の門番は、紫輝が龍鬼だとわかるとあからさまに脅え、腰が引けていたが。
 この屋敷には堺がいるからか、龍鬼だからといって脅える様子はない。
 もしかしたら、マントを着ているから、龍鬼だとわかっていないのかな?
 でも、幸直の兵の教育が素晴らしいのだと、思いたいところだ。

 そして戻ってきた門番が、紫輝を中へうながした。
 門の中は、純和風の庭が広がっていた。雪のおまけつき。
 雪の下は砂利が敷かれ、平らにならされていて。塀の周りや見栄えの良いポイントに、松や椿がセンス良く植わっている。
 元々は瀬来家の持ち物だったようで、月光が見取り図を詳しく書いてくれた。
 だから、初見の気がしない。

 門番が示した玄関に紫輝は入る。すると、三和土に男が立っていた。
 派手な、オレンジ色の短髪。引き締まった筋肉が茶色の軍服越しにもわかる、よく鍛えられた体つき。
 翼は赤茶に白の縁取りが折り重なって、美しく。翼の先に長い飾りのような羽がついている。

 こ、これは…。
「えーと、あれだよ、あれ。桃太郎に出てくるやつ…んーっ、キジ!」
「ヤマドリだ、馬鹿者!」
 ズビシッと、紫輝は手刀で額を殴られた。

 しゅ、手刀っ?

「どこの田舎者だ? 麟義がヤマドリなのは有名だろうがっ、つか、上官の血脈くらい調べとけ」
 紫輝は額を手でおさえ、そういうものですかい? と思う。
 だって、血脈当てるのが面白いのに。

「間宮、客人なのに中へ入れられなくて申し訳ない。今、取り込んでいてな」
 玄関先で失礼、ということらしいが。
 野宿は勘弁です。

「俺は金蓮様の許可を受けてこちらに来ました。そして瀬来様の書状を持っている。つまり、今回の一件について知る、協力者だということです」

 瀬間は。まだ疑わしい目を向けていたが、とりあえず手紙を出せと手を差し出してきた。
 紫輝はマントに手を突っ込み、手紙を彼の手に渡す。
 封蝋はされているが、紫輝が堺に渡したような、メモ的な、簡易な書状だ。
 瀬間は一読すると、手紙を手の中にくしゃりと握り込んでしまった。

「くそっ、こんなことになるなら、俺が無理にでも囲っちまえばよかったっ!」
 憤りのまま、瀬間は手紙を握り込んだ手で玄関の棚を殴った。

 おやおや? そんなにわかりやすいと、そうとしか思えませんが? 

 紫輝は目を丸くする。
 月光からは、瀬間のことを、赤穂の側仕えとしてともに仕えた同僚だと聞いていた。
 剣道馬鹿、単純明快、強者が正義、的なある意味わかりやすい人物という事前情報だったのですが。

 恋バナあるとか聞いてないんですけどっ。

「あの…でも。あのふたり、がっつり愛し合っていると思いますけど…?」
 恐る恐る聞いてみる。
 さっそくのイレギュラー案件に、紫輝は戸惑いを隠せない。

「そんなの、わかってるっ。だが、みすみす後を追わせるようなことになるなら、その前になんとかって…思うだろうがよっ!」
 まぁ、わからないでもない。

 あの書状には、側近の地位を退くこと、この身は赤穂に捧げるのだという想い、今までありがとうという同僚への感謝の意、などが書かれてある。

 瀬間は、強くなることしか興味がないから、報告を受けてもすぐに納得するだろう…。というのが、月光の見立てだった。
 でも、どう見ても彼、特別に想っているようです…。
 と、紫輝は。脳裏で思い浮かべる月光の姿を、恨めしく見やった。
 誤解したままじゃ可哀想。でも、名家の出である瀬間に本当のことは言えないのだ。

「おい、おまえ。今回の一件を知っていると言ったな? 月光のことも含め、詳しく教えてくれ」
 中へ入れとうながされ、紫輝はマントとブーツを脱いだ。
「では、お邪魔します」
 マントを手に下げ、顔をあげたら。瀬間が、驚きに目を見開いていた。

「おまえ、龍鬼じゃないか?」
 あれ、名乗りが通じていなかったのかな、と思い。
 紫輝はもう一度、腕の記章を見せて挨拶した。

「はい。右第五大隊副長、間宮紫輝です」
「紫輝? あの、紫輝か?」
 どの紫輝かは、よくわからないが。とりあえずうなずいた。
 月光が噂でもしていたのかなと思ったのだ。

     ★★★★★

 小さな客間に通され、ちゃぶ台をはさんで、紫輝は瀬間と差し向かう。
 使用人がお茶を運んできたとき、瀬間が人払いを要求した。
 これでデリケートな話題もできるな。

「おまえは結構な有名人だ。殺さずの雷龍の噂は、嫌でも耳に入ってくる。将堂としては得難い戦力だからな。右軍幹部の評価も高く。赤穂様も月光も、堺も幸直も、おまえのことを知る者は、やれ紫輝がこうした、こう言った、紫輝だったら良かった、とか事あるごとに言ってきて…会ったこともないのに、なんでか耳タコだ」

 噂をしていたのは、月光だけではなかったようだ。
 己がいないところで、みんななにを言っているのやら? 紫輝は苦笑するしかなかった。

「で、赤穂様は本当に…月光は今どこに?」
 瀬間が本題に切り込んできた。
 でも、この質問への答えはしっかり物語が決まっている。そこに沿って話をするようになっているのだ。

「はい。赤穂様の亡骸を人知れず始末せよと金蓮様に命じられ、月光さんはそれに従いました」
「なんでおまえは、そのことを知っている? 理由は? 死因は?」
 怒涛のなぜなに攻撃に、紫輝は戸惑うが。ひとつひとつ、丁寧に答えていくしかない。

「俺は月光さんに誘われて、冬期休暇を河口湖の屋敷で過ごすつもりでした。で、たまたま赤穂様が、屋敷に運び込まれたその場に居合わせたのです。なぜ赤穂様がそうなったのかは、わかりませんが。俺が言えるのは、赤穂様が亡くなった…こと。月光さんが赤穂様と旅立たれたこと。それだけです」

 金蓮や井上が、幹部にどこまでさらしたのかわからないから、そこには触れない方がいいと言われていた。
 金蓮には恥だから、赤穂が金蓮をかばったことや、藤王と会っていたことは、絶対に話していないはず。
 それに伴い、死因なども違うものになっている可能性があった。

「うん、幸直が井上から聞いた話と、ほぼ同じだな」
 瀬間が納得顔でうなずいたので、良かったと思う。
 大筋から離れてはいなかったようだ。

「しばらく後に、月光さんの隠密から書状を預かりまして。隠密もそこで解散するということで。その後の月光さんの居場所は俺にもわかりません」

 これ以上はたずねるな、という想いで、紫輝は瀬間に言った。
 武を極めた男は生真面目になりがちだが、瀬間もその片鱗が表情に出ている。
 厳しい眼差しを苦悩に歪め。眉間に深くしわを刻んだ。

「軍に復帰してからは、月光もだいぶ元気になって安心していられたのだが。まさか赤穂様が先に亡くなられるなんて…月光の芯は赤穂様でできていた。彼が亡くなったら、もう立てないのだろうな。命綱の隠密まで手放したら、やつは本当に生きていけないではないか。なぁ、おまえはそう思わないのか? 友達だったのだろう? 生きているうちに月光を保護するべきだ」

 隠密は、四季村で月光のお世話を変わらずしているのだが。そうは言えない紫輝だった。

「赤穂様の亡骸は、死した後も、誰にも暴かれてはならない。青桐様が赤穂様の身代わりを務めるのなら、なおさらです。だから月光さんは生涯をかけて、赤穂様の墓守をなさるのです。そのお気持ちを汲んでください」
 瀬間はがっくりと頭を垂れ。ククッと笑った。
 え、なんで笑うの?

「あいつ、結局。最後まで赤穂にべったりだったな。俺のことなど、こんな紙切れ一枚でどうにでもなると思っていやがるっ」

 バンと机を叩くから、お茶がこぼれそうになって、紫輝は慌てる。
 あと、赤穂の様が取れてるよ?
 ま、いいか。自分も赤穂は呼び捨てだし。
 瀬間からしたら主君だけど、年下の幼馴染みみたいな感覚だろうしな。

「あの、瀬間様は本当に月光さんのことを? 俺、彼からは。剣道馬鹿で、恋愛経験のない朴念仁だと聞いていたんですが?」
 ちょっと正直すぎるかな? とは思うが。オブラートに包めないんだよな。月光の言葉は棘があるから。
 どう言いつくろっても、オブラートもビリビリに破ける、身も蓋もない、鬼つよワード。と紫輝は思う。

「はは、あいつらしい言い方だ。確かにあいつは、俺のことをそう思っていただろう。なにもかもが大雑把ぁ、とか。人の機微は繊細なんだからねぇ、とか。力でどうにかできることは少ないっ、とか。よく怒られたからな」
 瀬間は月光の真似をするが、なにせ声が低いので、特徴はとらえていても似てはいない。

「まぁ、片想いは恋愛経験ではない、と言われたら。俺は経験がないんだろうよ」
「でも、瀬間様はご結婚されていますよね?」
「うん。血脈を残すための、な。そこに、愛だの恋だのは、ない。俺は剣の道を進み続けたいのだ。寄り道をしたくない。つがえと言われたら番うが、時間を無駄にはしないと一族の者に宣言してある」

 幸直と話したときも、そう思ったけど。
 血脈ってそんなに大事なのかな?
 どんな色や姿でも、生まれてくれただけでありがたいと思えばいいのに。

 あと、女の子の気持ち、ないがしろにし過ぎ。
 子供を産むのは命懸けなんだから、もっと大切にしてほしいな。
 そういう時代、とか。そういう考え方が一般的だから、とか。逃げ道にしちゃダメ。
 まぁ名家だから、一族の人たちが手厚くもてなしているのだろうけど。

 瀬間も幸直も、義務を果たしたら終了、って気持ちらしいが。
 きっと奥さんたちも、旦那さんに優しくされたいと思っていると思うよ?

 なんて。その点について、思うところはいろいろあるが。
 紫輝は話を続けた。

「愛だの恋だの、寄り道はしたくないけど。月光さんは好きなんですよね?」
 紫輝が聞くと。瀬間はフイッと横を向いたが。ほんのり顔が赤い。
 瀬間は堺と同い年らしいが。
 なんですか? この年代はピュアっ子が多いんですか?

「だって、なぁ? わかるだろう? あんな可愛い子、見たことねぇんだ。いまだに、男も女も、あそこまで可愛いのに会ったことねぇ。可愛くて、儚げで、たまに小悪魔で、守ってやりたい。好みど真ん中なんだっ」

 紫輝は、薄っすらと笑うしかない。
 己の父親に懸想する目の前の男に、どんな感情を向けたらいいかわからない。

「でも、月光さんは可愛いばかりじゃないでしょ? 毒舌だし」
 遠い目をして、紫輝は思い出す。
 天誠と月光が今回の件で作戦会議をしたのだが。
 ふとした瞬間にスイッチが入って、毒舌合戦という名の、紫輝の褒め殺し合いが開催されるのだ。
 ふたりは笑顔で、あのとき紫輝が、このとき紫月が、と思い出話をする。
 でもお互いに、つららで突き刺し合っているかのような冷え冷えとしたものを感じて。紫輝は全く褒められている気がしなかった。
 つか、ダメージは完全に自分だけが受けていたよ。理不尽。

「そこがいいんだよ。可愛いだけなら他にもいるが、あの一筋縄ではいかないところがあいつの魅力なんだ。飴とムチ、みたいな?」
 あぁ、ツンとデレね。そのギャップにやられちゃったんだな。よくあるやつ。

「初めて会ったのは、俺は七歳、赤穂の側仕えに選ばれたときだ。月光は五歳。桃色で真ん丸で小さいんだ。わかるだろ?」
「わかります」
 目をキュピーンと光らせ、今度は即答する。
 小さい月光など、可愛い以外の言葉はないと、想像でもわかります。

「だが。そのときすでに、月光は赤穂のそばにいた。ある意味、生まれたときから彼は赤穂の側仕えだった。五歳で。たったの五歳で。月光は完全に赤穂のものだった。俺は月光に会った瞬間、恋に落ち。失恋したんだ」
「月光さんは頭が良いから、恋も愛も、その年頃には熟知していそうですよね?」

 紫輝の知っている人も、四歳で人生決めたみたいですよ、とは言えないけれど。
 本当、あのふたり似てるよね。
 本人たちに言ったら、すっごい嫌そうな顔されそうだけど。

「そう、それな。月光はわかっていたんだよ。赤穂が唯一だって。だから、ブレない。剣技は俺が強かった。赤穂の剣の相手は俺だと誇示しても。あいつは、涼しい顔でどうぞどうぞってなもんだ。好きなやつは、丸ごと手に入れたい。そういうものだろう?」
「まぁ、そうですね。全部欲しいかな」

 紫輝が思い浮かべるのは天誠だけど。
 彼の全部、欲しくて。誰にもあげたくない。そういうものです。

「だろ? でも月光は違うんだ。赤穂の大事な部分はもう握っているので、他の部分はみなさんでどうぞ。そんな感じ。俺は赤穂の残りかすが食いたいわけじゃねぇんだ」
「食べたいのは月光さんだった?」
 するどい問いかけに、クッと喉を詰まらせ。瀬間は大きく息を吐いた。

「赤穂に、何人か女性を紹介したこともあった。でも、それを知っても。月光は『それが赤穂のためだ』って。好きなやつが自分以外の者に目を向けたら、普通嫌になるだろ。幻滅するだろ?」
「そうですね。俺もなかなか、その境地にはなれないな。好きな人が他の人を抱いたら。泣いちゃうよ。つか、わかっててそれをするって、瀬間様ひどいですっ」

 思いがけないところに、恋の邪魔者がいますよ、と。月光に教えてやりたかった。
 でも、必死に月光をこちらに向かせようとする、瀬間の気持ちも…っまぁ、わからなくもなくもなくもない。

「もしも月光がぐらついたら、俺が抱き締めてやりたかった。でも、あいつは揺らがない。俺は赤穂と月光を離したかったんだ。赤穂に、月光はもったいない。だろ?」
「それは、即答できないけどぉ…」
 己の親なので、赤穂を擁護したいけど。

 ふらふらしていたのは、事実だからな。
 でも赤穂は、十五歳で父親になったんだ。
 それまでにいろいろあったわけだけど、なんにしても若いからな。
 そんな赤穂を見守ってあげた月光が、すごいのだと思う。

「あんな奴やめろって。俺なら、って。何度も口から出そうになった…が」
「なんで告白しなかったんですか?」
「月光の目に赤穂しか映っていないから。それこそ、初めて会ったときからだ」

 瀬間には悪いが、紫輝はホッとした。
 月光は、幼い頃に決めたのだろう。自分の愛する人を。仕える主人を。
 それを一度も撤回しないって、すごい精神力。
 というか。愛情? 親愛? 慈愛? 恋愛的なものを、はるかに凌駕するなにかが、あるよね? 尊敬します。

「そんなの、そばで見せられたら。俺は恋愛も知らない剣道馬鹿を演じるしかない。月光のそばにいるためにな」
 それが瀬間なりの恋の形だったのだろう。

 秘めた想いを胸に抱いて、月光のことをみつめていた。

 切ないねぇ。
 でも、成就する恋、しない恋、いろいろあるよ。

「月光が本当に、死の際まで行ったとき。なんとかしたかったが、そのときは赤穂の伴侶だった。そして療養生活に入るという月光を赤穂が離縁したとき、もう絶対に俺のものにしようと思ったのだが。今度は月光の行方がわからなくなった。いくら探しても、赤穂に問いただしても、みつからなかった」

 あぁ、それは。己を育てていた期間だな、と紫輝は思う。
 瀬間は、月光が龍鬼の子供を育てていたのを知らない。
 紫輝を育てるために、赤穂と離縁したのだと。以前、月光に聞いていた。

「そうしたら一年前に、いきなり月光が軍籍に復帰して。すごく元気そうだったから、安心したが。なにやら赤穂とこそこそしていて。やっぱり月光は赤穂から離れられないのだなと感じたが、とにもかくにも元気そうだから、良かったと思っていたのに。その矢先にこれだ。全く、腹が立つ。死人に、勝てるわけもない。ま、生きている間も、勝てはしなかったがな。馬鹿みたいに強いやつばかりで、嫌になる」

 涙が出そうになったのか、瀬間が急に席を立って部屋を出ようとした。
 しかし。ふすまを開けたら、幸直が立っていた。

「紫輝が屋敷に来ているって聞いたんだ。紫輝、俺をたずねてくれたんだろ? 俺と結婚する気になったのか?」
 は? なんでそんな話になっているのか、全く脈絡がなくて困ってしまうが。
 とりあえず、幸直の美麗な顔に人差し指を突きつけて、告げる。

「今日は、瀬間様に用があって来たのであって、幸直に会いに来たわけじゃないぞ。それに俺、結婚したから。幸直とは結婚できません」
 きっぱり、言うと。
 幸直はもちろん、瀬間も驚愕の表情で振り返った。
 そして各々声をあげる。

「は? 誰と?」
「つか、おまえ龍鬼だろう?」

「龍鬼でも、好きだと言ってくれる人はいるんですぅ。誰とは言いませんけどぉ。あ、そういえば赤穂に求婚されたことあった。そう、俺は案外モテるんだからな。龍鬼とか関係ない」
 ドヤ顔で言い切ったら。瀬間の眉間が、ぱっくり割れたか? と思うくらいの、深いしわが刻まれた。

「赤穂がおまえに求婚だとぉ? やっぱり、あんな男からは無理矢理にでも引き離すべきだったっ!」
 足音荒く、瀬間が立ち去っていき。
 部屋にはきょとん顔の、紫輝と幸直が残されたのだった。

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