【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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52 みつけちゃった。

     ◆みつけちゃった。

 紫輝は堺に、伝えるべきことを伝えることができ。今回の仕事的なことは、完了。ホッとしていた。
 アドリブ、臨機応変を心掛けなくてはならなかったから、すっごく気をつかった。
 でも、なんとか。いい具合に切り抜けたかな?

 部屋を出て、紫輝は堺とともに青桐がいる道場に向かっていた。
 夕食ができたということで、それを知らせに行くためだ。
 すると廊下の前の方、ふたりの後ろ姿が見える。

 ひとりは、高身長に薄茶の三つ編み、枯葉色の大翼の幸直で。
 もうひとりは、黒い翼の青年だった。

 綺麗な頭の丸みがわかる、黒髪の短髪は。艶やかでしっとりとしている。身長は、肩を並べる幸直より、頭半分低いくらい。細身ですらりとした体つき。
 だが。特徴的なのは、その翼だった。
 翼の真ん中辺りから、折れて無くなっている。

 翼を人間の手に例えるなら、肘の辺りから失っているような状態だ。
 さらに、羽はムシられてボロボロ。

 でも、あの黒い翼は…。
「痛々しい…」
 悲しげに、紫輝はつぶやいた。

「お、紫輝。探していたんだよ」
 背後にいた紫輝たちの気配に気づき、幸直と青年が振り向いた。
 青年は柔和な雰囲気で、目は大きすぎず小さすぎず、派手でも地味でもない、ベストバランス。
 可愛い系の和風美人だった。

「彼、里中巴さとなかともえって言うんだ。幹部では、巴だけ会っていないだろう? 紹介しようと思って。俺と同じ参謀だ。彼は優しくて頭もいいから、きっと紫輝のいい友達になるよ」
 幸直が隣にいた彼を紹介し。彼、巴は。静かで優しげな微笑みを浮かべる。

「里中巴です。今回の件の協力者だと聞きました。これからよろしくお願いします」
「…右、第五大隊副長、間宮紫輝です」
 いつもの挨拶を言いながら、紫輝は涙をひとつこぼしてしまった。

「ごめん、貴方の翼を見てしまって。俺が泣いたら駄目なのに。つらいのは、貴方なのに。その羽に、貴方の苦しみがすべて現れているから…」
 涙を拭いていると、心配した堺が肩に触れて慰めてくれた。
 でも、驚いて。手を引っ込めてしまう。

 ヤバい、あんまり強く思っていたから。堺に気づかれてしまった。

「待って、待って。ちょっと頭冷やしてくる。幸直、里中様、夕食のときにまた挨拶させてください」
 紫輝は堺の手を引っ張って、道場の方へと小走りに向かった。
 きょとんとしていた、彼らの顔。

 ごめーん。あまりにも衝撃的だったから、なにも演技できなかった。
 業務終了って思って、超、気を抜いていた。失敗した。

「紫輝…大丈夫ですか?」
 彼らの姿が見えなくなって、道場の入り口、ちょっと奥まったところにおさまったとき。堺が困惑して、聞いてくる。
 大丈夫じゃないよ。堺には、バレてしまったはずだ。

「本当なのですか? 彼は…カラスだと聞いていましたが」
 涙と息を整えて、紫輝は堺に視線を合わせる。
 懐に手を入れて、いつも肌身離さず持っている天誠の風切り羽を見せた。
 黒く、艶やかで、角度によって天使の輪のような光が移動する。三十センチほどもある、大きな羽だ。

「翼が、途中で折れているから、カラスと言えば、そう見えるだろう。でも俺は、天誠の羽を間近で見ていた。翼の軸が、太くて立派。ハクトウワシとカラスの掛け合わせから生まれる、堂々とした漆黒の大翼。彼の翼は。その羽の色やたたずまいは、天誠の翼と同じに見えた。でも、それは手裏家の者、特有。つまり…彼が本物の手裏基成だ」

 以前、紫輝の心を読んだ堺は。天誠が翼を手に入れた経緯を知っている。
 天誠で、安曇で、現在の手裏基成であることも。

 紫輝は巴を目にし、手裏基成をみつけちゃった驚愕で、心を取り繕えなくて。
 頭の中が、それ一色になっていて。
 堺に触れられたときに、そのことも悟られてしまった。

「手裏家の者しか持っていない大翼を、誰かに見られたら。生きていけないだろう? 手裏領内では、お尋ね者。将堂でも、処刑対象だ。だから翼を折って、大きな羽をムシって、カラスのフリをするしかなかったんだ」

 折れて失った部分から、風切り羽は生えるので。紫輝が手に持っているような羽は、彼にはない。
 だが、たまには、大きめな羽が生えてくるのだろう。それをムシって。翼をボロボロにして。
 身を守るために、彼はそうしなければならなかったのだ。

 それを思うと、あまりにも痛々しくて。

 両手で顔を覆った。涙が止まらない。
「俺は、彼のかたきだよ。彼の家族を殺し。彼をここまで追い込んだ」
「それは…紫輝のせいでは…」
 堺は慰めてくれるが。その言葉には甘えられない。
 確かに、紫輝が直接手を下したわけでもなく。紫輝が、この世界に来る前の話でもある。
 でも。そうではないのだ。

「天誠のしたことは、俺のしたことだ。天誠が、生きるためにこの世界でしてきたことは。全部…」
 言葉を口にしたことで、紫輝は少し気持ちを整理できた。

 この頃は、幸せを噛みしめる日々が続いていて。終戦に向かって行くことは良いことだと。善行をしているような気分だった。

 でも、紫輝と天誠とライラは、この世界の異物だ。

 自分たちが、理を歪め。存在していることで。なにかしらが、歪む。
 それで苦しむ人も。確かにいるのだ。
 巴のように。

 己が存在することが悪、そう思いたくはないし。だから己たちを消し去ろう、とは思わない。
 それがエゴだというのなら、そうなのだろう。
 自分を否定したら、世界が終わってしまうから。

 顔を覆っていた、手を離し。
 涙も止めて。大きく息をついた。

「起きてしまったことを、なかったことにはできないね。だったらできる限りに、今の彼を幸せにしてあげなきゃ。俺ができるのは、それだけだ」

 天誠の羽を懐の奥にしまい込んで、紫輝はつぶやく。
 非情かもしれないけれど。元に戻すことが出来ない以上、そうするしかないのだ。

「紫輝。手裏家のお家騒動は、安曇が…天誠が画策したのではない。彼には得がないから。でしたら、計画の一員だったのでしょう。一員というのなら、我らも将堂の一員であり。戦によって悲しむことになったすべての人たちに、関わりがあるのです。手裏の騒動も、戦の一環だとするのなら。紫輝が終戦に向けて動くことは、その償いと言えるのではないですか?」

 堺に言われ、紫輝は深くうなずく。
 天誠は、あまりその日のことを話さないが、おそらく手裏家の者を手にかけたのだろう。
 自分たちのせいで、巴は人生を狂わされたと言えるのかもしれないが。
 天誠が存在しなくても、この事件は起きたかもしれないものなのだ。
 手裏の一件も、それが戦に絡んだ事柄なのは、明白である。

 戦によって苦しんでいる人々は、巴の他にも、この世界にはいっぱいいる。
 紫輝の近くにも。
 戦災孤児だった大和や、屋敷の働き手の人たち。暗殺者として仕込まれ、長く苦しんできた千夜も。戦で人生が狂わされたと言っても過言ではない。

 戦が、すべて悪いので。己は悪くない…などとは言えない。
 無論、責任はあるだろうが。
 この世で起きているすべてのことが自分のせいだというのは、だいぶ、おこがましいことだとも思う。

「じゃあ、やっぱり。戦を終わらせないとね?」
 ともかく、戦が駄目なのはそのとおりなので。そこへ向かって行く。
 そう気持ちを切り替え、紫輝が堺に笑みを向けると。安堵したように、堺も笑った。

「おい、そこにいるのに、なんでいつまでも呼びに来ないんだ?」
 ガラリと道場の引き戸が開いて、青桐が顔を出した。

「青桐、早くしろよ。夕食が冷めるだろ?」
「なんで俺のせい? ふっざけんな」
 青桐は、紫輝の頭をぐしゃぐしゃ手でかき回して、怒りを示す。
 ハハッと笑い。紫輝はふたりとともに、食事が用意されている居間へと向かった。

 それにしても…天誠と巴は、全く似ていない。よく入れ替われたな? と。紫輝は首を傾げるのだった。

     ★★★★★

 居間には、大きな囲炉裏があり。そこを囲んで、人数分の膳が用意されていた。
 席に着く前に、紫輝は巴の元へ行く。
 先ほどの詫びをしなければならない。

「里中様。先ほどは、不躾で申し訳ありませんでした」
 すでに膳の前に座っている巴の斜め後ろに膝をつき、紫輝は軽く頭を下げた。

「いや。僕の醜い翼を見てびっくりしたのでしょう? 気にしないで。今はもう痛くないんだよ」
 振り返った巴は、片手を横に振って、やんわり微笑んでくれる。
 優しいです。

「それに、僕のことは巴と呼んでください。僕は幸直みたいに家柄が良いわけでもないから、様づけで呼ばれるのに慣れていなくて。こんななりでも、叩き上げなんだよ?」
 細身で華奢、そんな体つきを、彼自身気にしているのかもしれない。
 わかります。この世界の人たち、でっかくて、いかつくて、分厚いガタイが多いから。
 でも、力がすべてじゃないってことですね?

 うんうんと、紫輝は胸のうちで深くうなずいて同意するのだった。
「わぁ、お強いんですね?」
「君には負けるよ。半年で幹部入りなんて、きっと最速記録だ」
「いえ、まだ決まったわけでは…」
 幸直に言ったことが、広まっているみたいだ。
 もう、バラすの早いって。

「金蓮様が言うことなら、決まったも同然だよ。すぐにも同僚になるんだから、堅苦しい敬語はなしだよ」
「じゃあ俺も紫輝って、呼び捨てでお願いします…よろしくな、巴」
「さっき、幸直が言ったように。良い友達になれそうだな、紫輝」

 ふたりは、にっこり笑い合う。
 でも、紫輝は。重い決意を胸に秘めていた。

 巴を幸せにしたい。なにからも守って。穏やかに暮らしていけるよう、サポートしたい。
 …生きていて良かったと、思えるようにしたいと。

 膳は、上座にひとつ。そこには青桐が座る。
 青桐の右斜めに、堺が。その隣は瀬間。左斜めに紫輝。紫輝の隣は幸直。そして青桐の対面が巴だった。
 紫輝が青桐の隣なのは、紫輝がまだお客さまだからだ。
 もしも同僚になったら、紫輝は当然。今、巴が座っている席である。
 それが序列というものなのだ。

 そして、なんとなくしめやかに夕食が始まった。
 瀬間は、月光喪失の余韻を引きずっているし。幸直は、赤穂の死を確信してしまい。
 おそらく巴も、幸直の話を聞いているからだろう。

「みんなに相談がある。本拠地に戻ったあとのことだが…」
 堺が切り出し、みんな箸を止めないながらも、彼に注目する。

「青桐様は、こちらの生活にはだいぶ慣れてきたようだが、軍内部での生活はこれからだし。教育も、まだ充分とは言えない。それで、しばらく青桐様の屋敷で幹部のみんなも生活をしたらどうかと、先ほど紫輝が提案してくれたのだ。青桐様も安心されると思うのだが、どうだろうか?」

 青桐は、切れ長な目で紫輝を流し見る。
 はい。青桐は、堺とふたりで暮らしたかったんだよね? わかっているとも。
 でも。なかなか、そうはいかないんだよ、人生は。
 と、紫輝は青桐の意を汲み。うなずいた。

「いいんじゃないか? 本拠地の屋敷は寝に帰るだけだし、この環境がそのまま本拠地に移るだけだと思えば、青桐様も緊張されずに、すみやかに新しい生活を始められるだろう」
 まず幸直が同意し。巴も賛成だと言った。

「俺も、構わないのだが。不休だと一族の者がうるさいので、ひと月ごと順番に休みを取るのはどうだ?」
「そうだな。急な災禍で、みんなまだ冬期休暇が取れていなかったな。私はそれで構わない」
 瀬間が補足し、堺は了承した。
 一月は瀬間が休み、二月は幸直が休む。そんな具合だ。

「僕は家族がいないので、休みはいらないよ。屋敷での訓練や教育は、休みのようなものだしね」
「私も同様だ」
 巴と堺は休暇を辞退し、みんなの視線が紫輝に向いた。

「え。俺? 俺はまだ、正式な幹部じゃないし。十二月が冬期休暇だった。明日、家に戻って年越ししたら、本拠地に戻って休暇は終了だ」

「間宮は家があるのか? 家族が?」
 瀬間に聞かれ、紫輝はギョッとした。
 身近な者には、紫輝の背景はだいぶバレている。
 でもそれ以外の人には、身寄りナシ設定だった。

「バッカだな、瀬間。紫輝は結婚したって、さっき言っただろ?」
 頭が真っ白になっていたところで、幸直が瀬間に言い。
 ナイス切り返し、と思ったけど。
 あれ、これ乗り切れるの?

「そうそう。結婚相手の家に決まってる」
 紫輝がそう言えば、みんな、ふーん、という感じだった。
 堺は、完全に相手を知っているし。
 青桐にも、好きな人がいるみたいなことを言っておいたから。
 なんとか。セーフ。だな。

「紫輝ぃ、年越しまで、ここにいればいいじゃん? 本拠地まで一緒に行こうぜ?」
 誘いをかけてくる幸直に、紫輝は首を横に振る。

「駄目ぇ、帰るって言ってあるのに、帰らなかったら心配するだろ? 新婚さんの邪魔はしないでくださーい」
 確かに日程的には、それでもいいタイミングなのだけど。
 早く、廣伊に千夜を返してあげたいし。
 初めての家族水入らずの年越しも、楽しみだから。

 新郎である天誠がいないのは、悲しいけれど。
 カウントダウンは、外で、ライラと天誠とするんだもんねぇ。この世界、秒針ないから、ざっくり時間だけど。

「では年明けは、そのように頼む。青桐様もよろしいですね?」
「あぁ、それでいい」
 堺の確認に、青桐は若干不満そうだけど。それでもうなずいた。

 駄々こねられなくて、良かったよ。

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