【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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番外 炎龍、時雨藤王 6

 藤王は、不破の屋敷に案内された。
 大きな庭から富士山が見える、好立地。ここはギリギリ将堂の領地だが、山深い中にあることと、領地境が近いことから所有権が曖昧で。逆にどちらも手を出しにくいような。複雑な場所で、穴場だ。

 居間に案内された藤王は、そこで不破に手のひらの傷の手当てをされ。ちょっと驚いた。
「私を殺すのではないのですか? 堺から守るために…」
 弟に懸想けそうする兄を、救済の龍鬼は成敗するのではないかと思ったのだが。
 不破は首を横に振った。

「言っただろう、君も救いを求める龍鬼だと。君はね、あの上司に強姦されたんだよ」
 不破に言われて、藤王は驚愕した。
 屈強な戦士である己が、あの細腕の金蓮に強姦されていたなんて、誰も思いもしないだろう。
 自分だって、合意ではないが。
 抵抗はできたはずなのに、しなかったのだ。

「え、男であり、将堂の戦士である私が、強姦なんて…」
 急須にお湯をそそいでお茶を淹れるという作業を、淡々とし。藤王の前に湯飲みを置くと。
 不破は対面に座り、とつとつと話し出した。

「君はあの上司を跳ね除けられなかった。時雨家の謀反がないことを示せ、そう言って体の関係を迫るのは。脅しであり。強要なんだ。強い戦士である君が、好きでもない相手に唯々諾々と押し倒されている。相手は細腕の女なのに。逃れられない性強要、それは強姦だと私は思うが?」

「しかし…恥ずかしながら、私は何度も達した。行為を楽しんでいたと言えるのかもしれない」
「局部が反応したから。感じたから。気持ち良さを得たから。絶頂を迎えたから。だから強姦には当たらない、というのは暴論だ。性器というのは、男も女も触れれば反応するという体の仕組みなのだ。精神でどうにかなるものではない。同意でないなら、反応しないだろう、など。そんなことはないのだよ。心も、つらい目に合えば逃げるのだ。より、つらくないところを拠り所に選ぶ。それは、快楽に逃げる場合もあるだろうし。己が本当に愛する人を思い浮かべる場合もある」

 そう言われ、藤王は金蓮にのしかかられている間、堺のことを考えていたのを思い出す。
 己の心は、つらいと感じて、堺を拠り所に選んだということらしい。
 それは…そうだと思う。
 最後の方は、もう堺のことを考えなければ勃起すらしなかったのだから。

「だから、同意でなければ強姦であり。拒めない状況下にあった君は、なにも悪いところはないんだ。特に君は性的に未熟だった。二十歳の青年ではあるだろうが、龍鬼だから、誰かと睦み合ったことなどなかったのだろう。初めての体験に、戸惑うのも仕方がない。なにもできなくて当然なのだ。上司に強姦された、傷つけられた、と認めなさい。君が君を許すことで、それが君の心を癒すひとつの手段となるだろう」

 性的になにも知らなかった己は、金蓮にもてあそばれ、傷つけられ、おとしめられた?
 己は金蓮に強姦されたのだ。
 藤王は己の不快感を、ようやく理解した。
 知らぬ間に、己の尊厳を金蓮に踏みにじられていたのだ。

 綺麗だ、美しい、好き、そんな美辞麗句を並べられても。
 己が欲していなければ。
 欲していないのに強要されたら。
 それは不当な行いなのだ。
 愛しているは、免罪符にならない。

 金蓮があのようなことをしなかったら、己が堺に救いを求めることもなく。
 大切な宝を、脳内で犯すこともなく。
 性欲が制御を失うこともなく。
 己の中の、堺に劣情をもよおすけだものが、頭をもたげることもなかったかもしれない。

「しかしそれは、そのまま君に跳ね返ることだよ。藤王、君は被害者であり、加害者だ。君は弟を…」
 いや、この獣は、己の中に眠っていたもの。起きるきっかけになったのは金蓮であったかもしれないが。いずれ堺を欲しただろう。
 堺の意志など無視して、喰らおうとしたあの獣は。確かに己の本能だ。
 責任転嫁はできない。

 不破の言葉に、藤王は素直に反省の意を示す。
「そうですね。私は堺に。私が金蓮にされたのと同じことをしようとした」

「くちづけだけだから、まだいい。などと思ってはいけないよ? 君も、金蓮と挿入までは至らなかっただろうが、充分嫌悪する事柄だっただろう。同意がないということは、嫌悪を生むということなのだ」

 不破に、詳細なことを告げられ。
 どこまで見られているのかと、少し恥ずかしくなる。

「貴方の千里眼というのは、どれほど見えるのですか? ねやの事情も、裏の事情も、貴方はなにもかもご存知のようだ」
「見たいと思うものだけ、見えるのだよ。過去も未来も。たとえば。私は龍鬼を助けたいと思った。すると、困窮する緑の龍鬼の子が見える。彼がどうして困窮しているのか、周りを見たいと思えば。なぜ緑の子が倉庫で育てられなければならなかったのか、その背景が見える。その倉庫から龍鬼を出すため、原因の両親を私は殺した。緑の子は倉庫から出られ、今は将堂で人間らしい生活を送れている。まだ、たまに騒動はあるようだが。彼は自分の力で乗り越えていけそうだ」

 それは、おそらく己の部下の高槻廣伊の話だった。
 彼は見事な、輝く緑の髪を持つ。
 そして村人に袋叩きにあったことで、若干人間不信の気があるが。
 したたかで、生き延びていけるだけの才覚を持っている。

「未来が、見えるのですか? なら私と堺が、今後どうなるのか…」
「私が死んだあとの未来は見えない。そして私の寿命は、そろそろ尽きるのだ。だから藤王は、これからは自分の才覚で生きていかなければならない。しかしだいぶ中途半端になりそうだったので、君のためにできる限り用意しておいたよ。この屋敷と財産を、そっくり君に譲渡するつもりだ。あと身元だが…私は気が向いたら、ときどき手裏軍に力を貸していたのだ。カラスなのでね。でも本当にときどきだから、私の顔をはっきり知る者はほぼいない。その中で…先日大きな仕事をした。将堂山吹の暗殺だ」

「え、山吹様の暗殺を、貴方がしたのですか?」
「ああ、彼も大罪を犯していて、生かしておけなかった。しかし将堂の大将だから、仕事は容易ではなかったよ。千里眼があったから、彼の動線を把握できて始末できたのだ。まぁそのせいで、金蓮は心の均衡を失い、君にしわ寄せが行ってしまったが。おそらく、いずれは起きる流れだったと思って許してほしい」

 山吹を失って、若くして将堂の当主になった金蓮は、その重圧に耐えかねて己に手を伸ばしたのかもしれない。金蓮を許せはしないが、それは不破のせいではないような気がした。
 金蓮の暴挙も、両親の殺意も。
 いずれ噴き出す悪い芽だったと、藤王は理解した。

「それで私は、手裏軍で手柄をあげたわけだが。『天龍、不破だ』と名乗れば、それなりの地位を用意されると思う。不破という身元と財産で、しばらくはしのいでくれ」
「え、いや。そこまでしてもらうなんて」

 中途半端なんて、とんでもない。破格の待遇をポンと示され、藤王は、一度は遠慮して見せる。
 すると不破はチョンと首を傾げて、不思議そうな顔をする。

「藤王として動いたら、すぐにも金蓮に捕まってしまうよ? そうしたら君の悪夢は終わらないし、私の仕事も失敗に終わってしまう。これは私の最後の仕事だ。私を助けると思って、不破を継いでくれないか?」
「…それは。ありがたい話です」

「できれば、ふたつ約束してほしいことがあるのだが」
 シレッとした顔で、不破は条件を付けてきた。

 そりゃ、すぐにも住める屋敷に、身元までくれるなんて。このようなうまい話が、タダなわけがない。
 社会の常識である。

 藤王は不破に、素直にうなずいた。
「ひとつは。君は今、二十歳だろうが。性的に未熟だったと、先ほど納得したね? ならば堺には、彼が二十三歳になるまで会ってはならない。あの子は奥手そうだから、今の君より三歳、上乗せだよ。でもその頃には、君が現われ求婚しても、真剣に考えてもらえるだろう。今度は、ちゃんと求婚してから触れなさい。いいね?」

 それは、もちろん。求婚して、堺が同意したら触れるつもりだ。
 愚かな過ちは、二度と犯せない。
 しかし八年も待たなければならないのは、単純につらいな。
 だがこれこそが、不破なりの己への罰なのだろう。
 それほどのことを己はしたのだと思えば、耐えられる。耐えてみせる。

「もうひとつは。これは、できたらでいいが。もしも虐げられた龍鬼や子供をみつけたら、敵味方関係なく救ってやってほしい。君は家柄がよく、あまり龍鬼として不当な扱いは受けてこなかったが。この家のどこかに龍鬼に関する文献がある。それを見て、理不尽だと思ってくれたなら。龍鬼というだけで踏みにじられている者たちに、手を差し伸べてほしいのだ。力を持たぬ子供のことも。両親や養い親に虐待をされているのを知ったなら、助けてやれ。不当な扱いを覆せない弱者であることに、違いはない」

「…それだけですか? え? それだけで、これだけの待遇を私に譲渡してくれるのですか?」
「それだけではないのだよ。ひとりでも助かる龍鬼や子供がいるのなら。私は嬉しいのだから」

 結構な無表情で淡々と話していた不破は。ニコリと笑う。
 目尻のしわが深くなった。

「私が貴方の約束を守ると、千里眼でわかっているから、そうやって簡単に託すのですか?」
「それは、千里眼で見なくてもわかるよ。君は賢く、心根が美しい子だ。決して弟を傷つけることを良しとしない。私が課した罰は、君を縛る呪いになるだろうが。それを乗り越えたら、堺の前に胸を張って立てる。立ってもいいよ」

 藤王は、もう少し詳しく不破から話を聞きたかった。
 特に千里眼について。
 この能力は、龍鬼最強なのではないかと思えた。
 だって、事前にわかっていれば剣筋だって見切れるではないか。
 しかし今日はもう遅いから、話は明日にしようと言われて。藤王はあてがわれた部屋で休んだのだが。

 次の日、屋敷には。すでに彼の姿はなかったのだ。

 助けてしまったら、それで終了なのか。
 それとも死期が近いというようなことを言っていたから、死地を求めて旅立ったのか。
 それとも…己が見せた、都合のいい幻だったのか。

 しかし屋敷はそのままそっくりあるし、手裏にも不破の籍は残っていた。
 彼は話の通り顔をあまりさらしていなかったようで。髪を黒く見せるだけで簡単に成り代われたのは、良かったのだが。
 藤王は不破の下の名前を聞きそびれてしまい。
 以降、ずっと名無しの不破で通さなければならなくなった。ひどいな。

 だがそれで藤王は、手裏軍の龍鬼、天龍、不破として生きていけるようになったのだ。

 しかし考えてみれば、あの不破という男は藤王が知っている龍鬼のすべてを助け出したということになる。
 親に監禁されていた、廣伊も。
 己の毒牙にかかりそうになっていた、そして両親に殺されそうになっていた、堺も。
 そして金蓮に凌辱されていた、己も。

 なにより、あれ以上堺のそばにいたら、一線を越え、弟に一生拭えぬ心の傷を負わせるところだった。
 そんな己を間一髪で阻止してくれたことが、一番ありがたかった。

     ★★★★★

 藤王は、物思いから顔をあげた。

 堺は今年の夏、二十三歳になった。
 先代の不破が、藤王に課した罰。堺が二十三歳になる、性的に未熟ではなくなる年齢になるまで、会ってはならない。その藤王を縛る呪いが解けたのだ。

 八年間を、指折り数えて待っていた。
 この八年の間に心変わりできるなら、それでもよかった。
 弟に懸想する兄、それは事実なのだが。開き直れるほど達観してもいないから。

『あなたたち、兄弟でなにをしているの? 離れなさい、汚らわしい』弟を押し倒す己に浴びせられた、母の半狂乱の声が、今も藤王の耳にこびりついている。
 母の言葉にも、傷ついているのかもしれない。

 実の弟を愛してはいけないのだと、己自身を、己の言葉で斬りつけている。

 だけど。藤王は相変わらず堺を溺愛している。
 彼をこの腕に抱けるそのときを、夢想している。
 堺以外、愛する者などできなかった。

 そうしたら、もう我慢なんかできないだろう。

 藤王は堺と会う前に、金蓮と己のけじめをつけようと思った。
 今も、金蓮に押し倒され身動きできないという悪夢を見る。
 堺に救いの手を差し伸べる、夢を見る。
 もう、決して間違えてはならないのに。

 だから元凶を排除してしまいたかった。
 金蓮さえいなくなれば、あの悪夢も見なくなる。
 尊厳を踏みにじられ、権力で縛られ、体を慰み者にされる、夢を。

 しかし金蓮暗殺に失敗し。
 頼みの綱の安曇にも見放されそうだ。

 なんとか、安曇が協力してくれるように話を持っていけないだろうか。

 そうだ。安曇は兄を探していたはず。
 この世の誰よりも可愛い、最愛の天使、と安曇が絶賛する彼の兄を探し出すことができたら。安曇は再び、己に手を貸してくれるだろうか?
 いいや、逆に。
 最愛の兄がみつかったら、こんなところにいつまでもいないな。
 逃げてしまうかも。ふたりで幸せに暮らせる、楽園へ。

 でも。この世のなにもかもを見通す奇跡のようなあの男が、八年も探し出せないということは。
 もうこの世に存在していないのかもしれない。
 だったら、悲しいな。

 堺がこの世から、己の目の前から、永遠に消えて無くなるなど。想像すらしたくない。

 そんなことを考えていたとき、部屋の扉を拳で叩く音を耳にし。不破は立ち上がった。
 引き戸を開ければ、そこにはつい先ほどまで脳裏に浮かべていた安曇がいる。

 濡れたように見える、艶やかな黒髪は、長く。切れ長の目元は、厳しい色を湛えるが、独特の色気があり。
 ニヤリと薄い唇を引き上げれば、女性が色めき立つ美丈夫。
 不破は安曇を、堺の次に美しい男だと思っていた。

「入るぞ。亜義、人払いしてくれ」
 後ろに控えていた、黒マントを着る男が安曇の命令にうなずいた。
 扉を閉めると早速、安曇は本題に入った。

「さっきの、おまえの望みを叶えてやる」

 それは、堺を手にし、龍鬼を脅かす世を壊すというものだ。
 それを成すには、確かに安曇の頭脳が必要だと不破は思っていたが。
 見捨てられたと思っていただけに、嬉しさが込み上げる。

「本当か? なにか策があるのだな?」
「もちろん、すぐには無理だ。おまえの望むとおりにも、ならないかもしれない。特に堺の件は、彼の意志もあるだろうから、どう転がるかわからないし。しかし近いところまでは、策がある。乗るか?」

「あぁ。堺に無理強いするつもりはないんだ。彼の意志を尊重すると決めている。ただ私は、堺が、弟が、本当に望むことを出来る世界を作りたいだけだ。だがそれは、ひとりで成し得るには難しい」

 安曇が力を貸してくれるなら、これほど頼もしいことはない。
 一時はなにもかもぶっ壊してしまおうかとも思った。
 今も、堺を腕に抱いて、すべてを破壊するのも良いと思えるのだが。
 安曇ならもっと、現実的な案を提示してくれるような気がして。期待の目を向ける。

「うん。それに関して。あー、俺の秘密をひとつ明かす。おまえは俺に、本心をひとつ打ち明けてほしい。それができたら、その道への段取りをつけてやろう。それと…」

 安曇は不破の右手をガシッと掴んで、引き上げる。
 不破をかばったことで、堺に剣で突かれ、大きな傷を負った右手だ。
 もしも右手に傷のある龍鬼の話を、堺が聞きつけたら。藤王のことを、封じられた記憶を、思い出してしまうのではないかと思って。
 藤王は手甲で傷を隠してきたのだ。

「この腕も、治してやる」

 それは最近、不破を一番悩ませていたものだ。
 およそ二年前に、時空の渦に手を突っ込んでからずっと、ジリジリウズウズしていて。自慢の炎も出やしない。
 しかもここ半年ほど悪化してきて、右手全体を、薄い膜で密封されているような心地悪さだ。
 それを治せるなら、なんでもする。そんな気分だった。

「治せるのか? いつ? どうやって?」
「治すのは俺じゃねぇし、心当たりがあるってだけで、本当に治るのかはわからない。それよりまず、俺の質問に答えろよ。話はそれからだ」
「あぁ。なんでも聞け。早く聞け」

 冷静沈着な不破が、このように慌てたり、気が急いたりするのは珍しい。
 だから安曇は、つい苦笑してしまう。

「…俺の、最愛の兄がみつかった。彼は龍鬼だ」
 自分たちと同じ、兄弟で龍鬼、ということにも驚いたが。
 先ほど自分が探し出して、なんて考えていた安曇の兄が、すでにみつかっていたことにも驚愕する。
 そのような素振りは、今まで一度も彼から感じたことがなかったから。
 いや春くらいから、なにやら楽しそうにしていたような気もするが。

 不破はずっと、安曇にくっついているわけではない。
 むしろ交互に休みを取るような感じなので、一緒に行動することはこの頃少なかった。
 少なかったから、わからなかった…のか?

「え、本当か? まさか…いつの間に…」
「まぁそこは深く追求するな。どうせすぐに明らかになるだろうし。それで、聞きたい。おまえは敵の龍鬼を傷つけないと約束できるか? どんなに優れた龍鬼でも、利用しないと約束できるか?」
「あぁ、当たり前だろう。私は龍鬼を傷つけるつもりなど毛頭ない。それに安曇の兄なら、尚のこと」

 安曇には、先代不破の話を少ししかしていない。
 もう、バレているが。つい先ほどまで藤王だということを隠していたから、彼の話を出来なかった。
 不破の詳しい話をするには、どうしても藤王の話が絡むからだ。

「私の、前の不破と。屋敷と財産と身元を譲渡する対価で、約束をしたのだ。敵でも味方でも、虐げられた龍鬼や子供をみつけたら助けてあげろ、と。だから、私はおまえを助けただろう?」
 不破は安曇の肩を叩く。
 そうしたら安曇は。少しバツが悪そうな顔をして。頭をかいた。

「あぁ、そうだったな。でも俺は、俺の大事なものを守りたくて。なにもかもから隠してでも、守りたくて。だからおまえからも、隠して。大事に、大切に、くるんで、抱き締めて、守ってきたんだ。おまえは…将堂を壊すためならどんな手段も使うだろう? 俺の兄さんも利用するかもしれないと、そのために害するかもしれないと、俺は疑念を持っていたんだ」

「その気持ちは、わかるよ。私も堺が大切だ。おまえが堺を害するなら、私も全力でおまえと敵対しただろう。だが私怨で将堂を壊したいとは思っているが、そのために龍鬼を不幸にすることはない。そこは明言できる」
「そうか、杞憂だったようだ」

 納得したように、ひとつうなずく安曇は。優しい弟の顔をしていた。
「…おまえはずっと、最愛の兄を探していたんだな?」
「…俺、おまえに最愛の兄だなんて、言ったことあったっけ?」
 安曇の言い様に、不破は呆気にとられた。
 まさかの、無意識? 通常営業?

「は? つか、ついさっき、最愛の兄がみつかったって言ったばかりじゃないか。あと、おまえが兄の話をするときは必ず、枕詞が最愛の、だからな。それ以外でも、なにかにつけ言ってたぞ。世界で一番可愛らしいとかもな。世界で一番可愛らしいのは堺だがな」

「はぁ? 馬鹿な馬鹿な。俺の兄さんは天使だぞ。この世の純白を集めて固めたような、清らかな天使」
「いやいや、純白を集めるとか、堺の代名詞のようなこと…私の弟にかなうはずはない」
「待て待て、俺の兄さん差し置いてなにを言うかな? 彼以上に愛らしい人物なんて…」

 安曇の主張が燃えに燃えたとき、外から扉がガンガンと叩かれた。
 安曇は言葉を止め。咳払いして仕切り直す。

「まぁとにかく、おまえの気持ちはわかった。そんなに長くは待たせない。俺の計画が整うまで、しばし待て」
 あれ? もしかして外の亜義にたしなめられたのか?
 嘘だろう?
 泣く子も黙る手裏基成が、話を戻せと部下にツッコミ入れられるとか。
 今までのそつのない安曇からは、考えられない。

「…わかった。頼りにしているぞ、安曇…基成様…いややはり私の中では、おまえは安曇なんだよな。改めなければならないだろうが、今はまだ…」
「だな。俺も、まだ…」

 苦笑を残して、安曇は部屋を出て行った。

 良かった。安曇がどんな作戦を立てるつもりなのか、不破には見当がつかなかったが。
 今まで彼に任せて、悪い方に転がったことは一度もなかった。
 不破は全面的に、安曇を信頼していた。

 それに彼の兄がみつかっていたことも、だ。
 不破が安曇をみつけたとき、彼は兄弟引き離され、きこりの男に監禁されて、骨と皮の様相になるほど衰弱していた。ひどい惨状だ。
 あのとき本当に安曇をみつけることができて、良かったと思う。
 一ヶ月先だったら、死んでいたかもしれない。そんなギリギリの機運だった。

 そして八年もの長きに渡って行方不明だった、安曇の兄。
 堺の前に八年出られなかった己の苦しみが、共鳴する。

 やはり己と安曇は、人生周期が酷似しているように感じる。だから、他人事と思えないのだ。
 兄弟馬鹿なところも含めて。

「そういえば不破は、どうして安曇のことを助けられなかったんだろう。自分が助けられた、あの時分。安曇はすでにきこりに囚われ、苦しんでいたはずなのに…」
 安曇がこの世に堕ちたのは、不破が死んだあとの出来事。不破には知りようもなかったことなのだが。

 そんな安曇の秘密を藤王が知るのは、もう少し先の話である。

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