【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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番外 氷龍、時雨堺 3

     ◆番外、氷龍、時雨堺 3

 青桐との賭けに負けた堺は、屋敷に併設された道場で青桐と対峙している。
 木刀での手合わせだが、青桐が本気で相対することをご所望なので。手加減抜きです。
 そのため朝から道場では、道場らしからぬドーンという重い音が何度も響き渡っている。
 青桐が壁に吹っ飛ばされる音だ。

「やっべぇ、強すぎだろ、堺」
 そうは言っても、青桐の口には不敵な笑みがのぼっている。
 普段は柔らかい笑みを浮かべる好青年だが、そうやって悔しげに笑う顔は、赤穂に似ていると堺は思った。

 初めて彼を目にしたときは、これほどに赤穂とかけ離れている邪気のない笑顔の青年が、赤穂の代わりなどやれるのかと心配したが。
 彼が堺の前に現れて二週間が経ち、なんとか生活に馴染んでいるように見えるから、安堵している。

 あとは、記憶さえ戻らなければ。

「もうよろしいのでは? 貴方は私に勝てない」
 座り込む青桐を、堺は目線だけで見下ろす。

 そう、己は強い。赤穂でさえ、己には勝てなかった。

 青桐もそれなりの手練れで、とてもただのきこりとは思えないが。それでも、赤穂には劣る。青桐が勝てるわけもないのだ。

「まだまだだ。勝てないのはわかっているが、これほどの猛者もさと渡り合える機会など、そうはないのだから。もっと楽しませてくれよ、堺」
 勢いよく立ち上がると、性懲しょうこりもなく青桐は木刀を振り上げて、堺に挑んでくる。

 青桐、己は強いのだ。青桐は熊が詰まっているなどと、可愛らしい表現をしたが。
 己の身に巣食っているものは、得体の知れない化け物だ。
 醜く、けがれた、人ではない怪物。

 堺はそれを、十五のときにはっきりと自覚させられた。

     ★★★★★

 八年前のある日。堺が目を覚ますと、かたわらには眉をしょげらせた表情で己をみつめる、月光がいた。
「良かった、堺。三日も目を覚まさなくて心配したよ」
 月光に三日と言われ、堺は訳がわからなかった。
 確か、前線基地にいたはず。
 二月に入り年始の挨拶を済ませた金蓮が、赤穂と交代して基地に入るはずだが…?
 交代したか?
 そこら辺から、記憶が曖昧だ。

「今、何日ですか? ここは?」
「二月四日だよ。ここは、本拠地内の赤穂様の屋敷だ」
 堺は身を起こすが、頭がくらくらして。布団の上で座ったままうつむく。
 己は、どうなっていたのか? 覚えがない。

「なんで、三日も? 誰かに斬られましたか?」
「覚えていないの? 堺は高熱を出して意識がなかったんだけど。あの日のこと、覚えていない?」
 月光が、可愛らしい少女のような顔を曇らせてうかがうが。
 高熱?
 あの日って、なに?

 そう思っていたら。廊下を、足音荒く誰かが歩いてきて。部屋の引き戸が開かれた。
 そこには苛烈な眼差しで己を睨む金蓮と、補佐である燎源がいた。

 金蓮は近づくなり、拳で堺を殴りつけた。
「金蓮様、いきなりなにをなさるのですか? 堺は病人ですよ。燎源、貴方もしっかり主を止めなさい」

 月光は将堂の当主となった金蓮に物怖じすることなく、苦言を呈した。
 堺は本当になにが起こっているのかわからなくて、痛む頬を手でおさえることも思い浮かばず、ただ困惑するしかなかった。

「瀬来、この化け物をかばうのかっ。こいつは両親を惨殺し、兄をも手にかけた極悪人だ。すぐさま牢に入れろ。おまえに手を上げることすらいとわしい。手が汚れるっ!」

 両親と兄を、己が殺した?
 まさか、そんなことをするはずがない。家族を手にかけるなんて。

 経緯がわからない堺は、動揺に瞳を揺らすしかない。
「かばうとかではなく。堺はこの件に関わりはありません。将軍の受けた傷は、刀傷でした。手裏兵の仕業です」
 月光は激昂する金蓮にひたと目を合わせ、毅然と言い切った。
 すかさず金蓮も言い返す。

「こいつが手裏のせいにするため、刀で斬ったに違いない」
「凶器がみつかっていない。堺は意識を失っていて、凶器を始末できなかった。堺ではない」
「っとにかく、こいつを牢に入れろ。その化け物を、私の龍に手をかけたそいつを、殺せっ!」
 ものすごい剣幕の金蓮に、堺はすくみ上がってしまう。
 ご当主様をこんなにも怒らせてしまうなんて。いったいなにがどうなっているのか?

「藤王は行方不明で、死んだわけではない。何度も言いますが、高熱で動けなかった堺に藤王は殺せない。貴方の龍鬼は、病気の堺に殺されるほど軟弱ですか?」
「龍鬼などという穢れたものではない。藤王は誰より気高く、強く、美しい、私の龍なのだ。誰にも負けない。軟弱なわけないだろう」

 藤王をけなされ、金蓮は心のままに否定する。
 自らの主張を曲げてしまったとも気づかぬほどに、感情的である。
 冷静で緻密な将堂の宝玉に、この時点でかなうはずがなかった。

「では、おわかりですね。堺は藤王を殺していない。とがのない者を、私怨しえんで牢に入れることは、ご当主様でも許されることではありません。将堂の宝玉として、進言いたします」
 月光は金蓮の指令を正論で跳ね除け、堺を牢に入れることを断固阻止した。

 悔しげに奥歯を噛んだ金蓮は、人差し指を堺に突きつけ、さらに命令する。
「今すぐ、こいつを前線に送れ。手裏兵の真ん中に放り込んでしまえ」
「堺は俺の部下です。俺の兵を兄上が動かすのは筋違いでは?」
 興奮して叫ぶ金蓮に、赤穂が口をはさんだ。
 ようやく部屋に姿を現した上官に。

 遅ぇよ、と。月光が可愛い笑顔で、ぼそりとつぶやく。

 この、顔と毒舌の高低差にはついていけない。
 そんな月光が、堺は苦手だった。

「赤穂、私は当主だぞ。当主の命令に従えぬか?」
「そのような、兵の命を粗末に扱うような命令には従えませぬ。そして俺の兵は、俺が使うという権限を持っている。兄上、堺をどうにかしたいのなら、俺を次将軍の地位から外すしかありませんが?」

 当主に就いたばかりの金蓮には、扱いづらいとはいえ弟の協力が不可欠だった。
 頼りにしていた藤王がいなくなった今、赤穂が働いてくれないと軍は立ち行かなくなる。
 その赤穂を降格するのは、愚の骨頂だった。

 金蓮は赤穂をひと睨みし。捨て台詞を吐いた。
「こんな龍鬼は捨ててしまいたいが、おまえが面倒を見ると言うなら好きにしろ。だが、二度とこの醜い龍鬼を私の目に触れさせるな」
 再び怒りを示す荒い足音で、金蓮は部屋を出て行った。

「なに? あれ。堺は捨て犬かっつうの。あんな感情的なのが当主とか、マジあり得ないんですけど。子飼いの藤王がいなくなって、混乱、動転、わちゃわちゃにもほどがあるって。つか、赤穂遅すぎぃ」
 すっごい美少女な笑顔で、月光が毒舌を垂れ流す。
 堺もこの状況についていけなくて、オロオロしているから。金蓮の動揺をとやかく言えないというのに。

「兄さんがいないって、どういうことですか? 前線基地にいないんですか?」
 堺の質問に、赤穂はハッとして月光を見る。
 月光は無言で、首を横に振った。

「堺、二月一日になにがあったのか、覚えていないのか?」
 赤穂は堺の座る布団のかたわらに膝をつき、堺の顔をのぞき込む。

「二月一日…赤穂様と金蓮様が任務を交代する日、ですよね。交代、したのか。そこからもう、わからないのです」
「うん…交代して、堺は我らとともに関東に戻ったのだが。途中、発熱して。堺は本拠地に戻らずに、本邸に帰ったのだ」
「…覚えていません」
 赤穂の説明に、そうなのだろうなと思いつつ。でも本邸に帰った記憶はない。

「その日の夕方、藤王も本拠地に帰ってきたのだ。龍鬼の能力を使ったようだ。俺は藤王と会ったので、藤王が関東にいたのは間違いない」
「兄さんが関東に? なんで?」
「それを堺に聞きたかったのだが、堺は藤王と会ったのか、それも覚えていないのか?」
「はい。両親は…」

 赤穂は言いにくそうに、一度息をのみ。
 腹をくくったかのように、その場で胡坐をかいた。

「俺は、兄上と任務を交代し。本拠地で、月光と一緒に報告書を書いていた。初めて主体で基地を任されたので。書類を書くのに手間取ってな。そこに時雨本邸の使用人から事件の報告を受け。俺たちは堺の屋敷に向かったんだ。屋敷の扉が不自然に開け放たれていて、堺の部屋の前で、将軍と奥方が惨殺されていた。部屋の中には血塗れのおまえがいて。一瞬ヒヤリとしたが、怪我はなく。だが高熱で、意識はなく…」

 将軍と奥方というのは、堺の両親だ。
 惨殺された? 殺された? 誰に? いつ? なんで?

「あの、兄さんは?」
「堺がどこにいるのかと、俺に聞いて。本邸に向かったと思うのだが…その後の足取りが不明だ。屋敷に行ったのか、行かなかったのか、それもわからない」

「金蓮様が…私が兄を殺したと?」
「兄上は、藤王の行方がわからなくなって動転しているのだ。藤王が殺された痕跡などないし。もちろん堺が殺した証拠もない」

 だが堺には。その日の記憶がない。
 なにかがあったはず。
 自分は、なにかを見ているはず。
 高熱があったとしても、家の中で騒動があって気づかないわけがないのに。

 なぜ、己はなにも覚えていないのか?
 その不自然さが、堺を恐慌におちいらせる。そら恐ろしくなる。

 ふたり目の龍鬼と言われ、父にも母にも目をかけてもらったことがない。
 それでも普通、龍鬼だったら小屋に閉じ込められ人目に触れさせないような生活を強いられる。
 高槻廣伊のように。
 堺は外で遊ぶことを許され、読書も日の元で読めたし、赤穂や月光とも子供のうちから面識があって、高槻のような窮屈な生活ではなかった。
 それだけでも、両親に感謝している。

 兄の藤王は堺を溺愛してくれた。
 藤王は金蓮の部下になり、とても忙しい人だったが。たまに会えば心底嬉しそうな笑顔になって、堺を抱き締めてくれた。

 龍鬼である堺を抱き締めたのは、兄だけだった。

 堺は兄から愛情を教わっている。
 己も、もちろん兄を愛していた。
 子供のときは兄さんのお嫁さんになる、なんて無邪気に言っていたが。大人になっても。堺はなんとなく、自分は藤王の伴侶になるのだろうなと考えていた。
 龍鬼である堺にも、藤王にも、縁談などないし。龍鬼など誰も愛してくれないからだ。

 それが家族の情であったとしても。互いに愛を感じている。
 そばにいることが自然だと思えたから。

 だから堺には。藤王も両親も殺す理由がない。むしろ、愛していた。

 でもその日のことを、覚えていないのだ。
 己が、殺したのだろうか?
 己は、殺していないのだろうか?

「堺、大丈夫だ。この件は手裏の奇襲として処理する。おまえに咎はないし。堺は俺の部下として、今までどおり働いてもらう。兄上が言うようなことにはさせないから、安心してくれ」
「そうだよ。堺、まだ熱が下がったばかりだ。もう少し寝て、養生しないと」

 赤穂も月光も、そう言って優しく接してくれるが。
 堺は。堺自身が、己のことを信じていなかった。

 だって、己の中には醜い化け物がいるのだ。
 金蓮にはそれが見えているのではないか?
 だからあれほどに己をいとうのだ。
 己自身が知らない化け物が、自分に制御しきれないものだとしたら?
 知らぬ間に、両親や兄を手にかけていたら?

 堺は布団に身を横たえ、目を閉じる。
 わからない。わからない。
 知るのが、怖い。
 知りたくない、己の正体など。

 両親の死、兄の失踪、その事実と向き合うのが怖くて。
 堺は氷の棺に己を閉じ込めた。

 なにも見ない。なにも聞かない。なにも考えない。なにも。なにも。
 そうしなければ、生きていけない。

 そうして長い年月、堺は心を凍らせたのだ。

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