【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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番外 氷龍、時雨堺 4

 今年の五月、前線基地で赤穂が右軍幹部たちに告げた。
「本拠地に新しい龍鬼が入軍したらしい。二十四組で新兵指導中だ」
「龍鬼? 年はいくつ? 外見はどんな?」
 いつもにこにこしていて掴みどころのない月光が、赤穂に食いついていた。

「間宮紫輝、十八歳。黒髪の男性だ。剣を合わせた相手の生気を吸うという…ちょっと変わった能力だな」
「へぇ? 戦場で能力を出せる龍鬼は珍しいんじゃないか? な? 堺」
 今度は幸直が声を出す。新しい龍鬼に興味津々のようだ。

「えぇ、すごいと思います」
 堺はある程度集中しないと能力を出せないので、それよりも剣を振る方が早くて。戦場で能力を出したことはない。
 でもとにかく、堺は新しい龍鬼には興味がなかった。
 八年間、堺は兄を探して、龍鬼を見かけたなど、そういう噂があれば探索などしてみたけれど。
 情報が少ない上、行ってみたところでみつからないということが何度もあって。
 そのたびに心を凍らせてしまうのだ。

 兄でない龍鬼など、どうでもいい。

「十八歳か…でも黒髪。気にはなるな、赤穂」
「あぁ。もしも龍鬼につながりがあれば、他の龍鬼がさらにみつかるかもしれない」
 赤穂が月光の肩を叩き。月光は少し悲しげな顔つきで、うなずく。
 ずっと病気療養で休んでいた月光は、まだ本調子じゃないのかもしれないと、そのときの堺は思っていた。

 両親が死に、兄が姿を消して、八年が経ったが。長かったような、短かったような。
 堺は、時間の感覚すらも凍らせていた。
 誰になにを言われても、硬く心を閉ざして聞かず。だから傷つかない。
 苦しいも、悲しいも、楽しいも、全部凍らせて。氷の棺の中に入り続けていた。

 何度金蓮に『醜い化け物め、兄殺しの大罪人が』と怒鳴られても。
 味方の兵士が脅えた目で己を遠巻きに見ていても。
 どころか、目を合わせるのも不吉だという感じで目をそらされても。
 血塗れの白き魔物と、手裏に恐れられても。
 決して傷ついたりしない。

 ひとりでも、平気。
 己は化け物だから、ひとりでいなければいけないのです。
 己はそういう生き物として生まれてきたのだから。
 命令されたら目の前のものを斬り捨てて。なにも考えずに斬り捨てて。
 それでいい。
 それで生きていていいと、ようやく許されるのだ。

     ★★★★★

 新しい龍鬼が六月に前線基地に入った。でも堺はなにも感じなかった。
 自分は、言われたことをするだけだから。

 赤穂や月光は、その龍鬼を見たくてうずうずそわそわしている。
 その気配がわかった。
 でも彼が入ってきたと同時に、手裏軍が大規模戦闘を仕掛けてきて。戦場が大混乱におちいり。

 赤穂たちは指令室から動けなくなってしまったのだ。

 当然上官が会えずにいるのに、自分たちが先に会ってはマズいだろうと。他の幹部もその新しい龍鬼に会うのを控えている。
 新しい龍鬼、間宮が今所属しているのは、高槻が率いる組だった。
 堺は、高槻に負い目があるから。なおさら間宮をおがむためだけに二十四組に出向く気にはならなかった。

 兄が失踪したことで、高槻は降格を余儀なくされたのだ。
 金蓮の龍鬼嫌いに拍車がかかり、左軍に居づらくなってしまったから。
 金蓮が龍鬼に感情的になるのは己のせいかもしれない。つまり高槻の降格も、己のせいかもしれなかった。

 申し訳ないと思うが。どう謝っていいのかもわからない。
 そんな想いがあって、同じ右軍に長くいる龍鬼同士だというのに。高槻とは疎遠で。
 どんな顔で彼に会えばいいのかも、わからなくて。

 ま、表情など、だいぶ前から動いていないのだが。気持ちの問題です。

     ★★★★★

 六月後半のある日。
 第七大隊が押されているというので、堺がテコ入れのため投入された。

 前線に立ち、向かってくる敵を容赦なく斬り伏せていく。
 数分後、敵が向かってこなくなったので振り返ると。
 まるで幽霊と目が合ったとでも言うように、味方が顔色を無くしているのが見えた。
 堺が動くとサッと道を開け、あからさまに逃げていく兵もいる。

 こういうときに、自分は化け物なのだと痛感する。

 金蓮が、醜い、化け物、私の視界に入るな、と言うのも。
 己が確かに化け物で、醜いからなのだ。
 みんな、おぞましいという顔で見てくるのだから。己は余程見るに堪えない容貌なのだろう。

 思えば生まれたときから、誰もが己のことを眉をひそめて見ていた。
 堺のことを、美しい、可愛いと言ってくれたのは、兄だけ。
 でもそれはおそらく、家族的なひいき目、もしくは同情してそう言ってくれただけだと思う。
 兄は優しい人だったから。
 でも兄だけが、己を心底受け入れてくれたのだ。

 だから、探し続けている。この世でこんな化け物のような己を、唯一受け入れてくれる兄さんを。

 そうでなければ。兄が生きていなかったら。
 己はこの世に、ひとり。
 いつまでもひとりで、生きていかなければならない。
 そんなのは、つらいばかりではないか。

 そんな物思いをしていたら、遠くで雷が落ちた。
 急に黒雲が湧いて、紫の雷が真っ直ぐ落ちてきた。

 そんな不可解現象を起こせるのは、龍鬼だけだ。

 突然堺の凍った心に、あの雷が突き刺さったような気がした。
 自然がとどろかせる、大きな地響きは。堺の心を揺らしたような気がした。
 特に、なにがあったわけでもないけれど。
 とにもかくにも、間宮という龍鬼は規格外のようだ。

 久しぶりに笑いが込み上げ、口角がふっと震えた。

     ★★★★★

 間宮が戦場で雷を落としたことで、軍内部は間宮に雷龍というふたつ名をつけ、歓喜に湧いていた。
 強力な龍鬼の出現に、みんな心を躍らせている。
 そんな中。

「堺。いつまで、そんな恰好をしているつもりだ? 目障りだから下がれ」
 戦場から戻り、幹部としての仕事をしていた堺に。赤穂が言った。
 その矢先、赤穂は月光にこめかみを殴られている…。
 乱暴ですね。側近は上官にも容赦がない。

「あのね、堺。堺は戦場でいっぱい戦ってきたから、もう休んでもいいよ…と赤穂は言いたいんだ。それに、その髪に返り血が染みついてしまったら、大変だからね?」
 斬れと言われたから、斬ってきたわけだが。その後、身支度を整えていなかったので返り血がそのままだった。

「あぁ、醜い私がさらに見るに堪えない状態になるということですね? わかりました」
 ごもっともです、むしろ醜い姿をさらしてしまい申し訳ありませんでしたという気持ちで、サッと席を立って指令室を出た。
 後ろで月光が『違うよぉ。髪が、髪がね?』と、なにか言っていたが。
 もう聞く気はなかった。
 一刻も早く、人に恐れられない状態にしなければと思って。

 幹部にあてられた部屋に入り、堺は手拭いを湿らせて返り血を拭ってみる。
 しかしどうしても綺麗にならなくて。困ってしまった。
 明日、また醜いと言われてしまうかもしれない。

 そこで堺は、気晴らしで何度か使っている泉に出向くことにした。
 基地の外だから、そこは誰の目もない。
 汚いとか、醜いとか、そんなさげすみの目から逃れるために、たまに使っている、堺の息抜きの場だった。

 泉に到着し、その場ですべての衣服を脱いで泉に入った。
 月明かりがあり、夜だが、辺りはそれほど暗くない。
 己の体を見てみると、軍服の下だった部分はそれほど汚れていないが。手や髪や顔は、まだ赤黒く汚れている。堺は丁寧に汚れを落としていった。

 でも髪などは、もう血の赤を吸い込んでいるような気がする。
 しかし、化け物にはお似合いだ。そんな想いが、堺の瞳を陰らせた。

 そのとき茂みから声が聞こえた。
「誰ですか?」

 手裏兵かと思い、能力で茂みをかき分ける。
 手は届いていないが、草木が分かれて男性二人が姿を現した。
 将堂の軍服だ。それなら、まぁいい。
 基地の外だから軍規的には良くないが。お互い様、ということで。

「右第五大隊二十四組九班班長の望月千夜と申します。隣は、間宮紫輝です」
 間宮と聞き、堺は新しい龍鬼だと思ったが。特に感想はなく。茂みを元に戻した。
 あちらは、なにやらワタワタしている様子だったが。
 人にみつかったので早々に退散しようと思い、堺は泉を出て体の水滴を手ぬぐいで拭うと、新しい軍服を身につけた。

「失礼します、時雨様。こいつは、あの雷龍なんですが。話したいことがあるようなので、どうか聞いてやってくれませんか?」
 先ほどの男が言うので、堺は振り返った。
 みんな己と目も合わせようとしないのに、話がしたいなんて酔狂だなって。
 物珍しくて。ついうなずいてしまった。
 雷龍がなにを話すのかも、ちょっと興味深い。

「良いですよ。お聞きしましょう」
 慣例通り、ふたりは己の前で地に膝をついて挨拶した。
 そして顔をあげたら。雷龍が言ったのだ。

「鶴、みたいだ」

 みたいじゃなくて、鶴です。
 時雨の血脈がタンチョウなのは、世間の常識的なところがあるのだが。
 もしかしたら間宮は、あまり情報の入らない奥地から来たのかもしれないと堺は思い。
 そんなことあるのかなと小首を傾げながら、薄く笑った。

「えぇ、タンチョウです。羽がないのに、よくおわかりですね」
 腰を据えて話を聞こうと思い、その場に正座したのだが。
 そうしたら間宮は、せっかく洗った髪が汚れてしまう、なんて言って慌てるから。
 気になるのなら切ってしまおうと。懐から短刀を取り出した。

「ちょ、ちょ、ちょ、待って、待って。なにする気ですかっ?」
「汚れるのが気になるようなので、切ろうかと…」
「そんな綺麗な髪、切ったらダメぇ。切らないでくださいっ」

 手のひらをぶんぶん横に振って、まるで断末魔のような悲鳴をあげる。
 他人が髪を切ったって、どうでもいいことなのでは?
 というかこの髪は、それほど大層なものではない。
 母には『藤王の髪は温かみのある白髪なのに、おまえの髪は冷え冷えしていて薄気味悪いわねぇ』なんて言われていたくらいなのだ。

「綺麗ではありません。私は醜く、汚らわしいので、忌み嫌われているのです」
「いやいや、時雨様は髪も顔も、とてもお綺麗ですよ。俺だけじゃないですよ、みんな言っているよ…な? 千夜」
 間宮が振り、望月が大きくうなずくが。
 そんなふうに言われたら嘘でもうなずくしかないではないか。

「貴方はお優しい方なのですね」
 友達を巻き込んでまで、おべっかつかわなくてもいいのに。そう思っていたら。
 間宮の目が少し険しくなった。

「そんなの、ダメです。龍鬼として、俺も…つらいこと、いろいろ言われたけど。だからあきらめちゃう気になるのもわかるけど。今俺たちは、時雨様のことを綺麗だと言ってんだから、その気持ちを無視しないで。目の前にある好意を退しりぞけちゃダメでしょ?」

 間宮は、本気で言っているのだろうか?
 だとしたら、よっぽど審美眼がないのだな。
 でも彼が本気なら、それを受け止めないと失礼、ですか? そういうことなのですか?

 堺は人と最低限にしか関りを持っていなかったので。言葉のやり取りの仕方を、少し忘れかけていた。
 彼がどういう気持ちだとか、そういうのを感じる前に。
 心を凍らせて。見ないようにしていたから。
 それが基本だったから。

「大丈夫、時雨様は本当に綺麗で、髪も、マジ綺麗。だから切らないで、ね?」
 両手を合わせて、間宮は堺にお願いする。
 なんで他人の、たかが髪の毛にこんなにも必死になるのか。そこは全くわからないが。
 彼は己を綺麗だと言ってくれる、信じられないくらいに珍しい存在だ。
 己を見て、眉をしかめない。それだけでも好感を持ってしまう。

 だって堺はずっと、誰にも目をかけてもらえなかったのだ。
 己をみつめる彼の視線を感じるだけで、こんなにも幸せを感じてしまう。
 そんな素敵な存在、逃がせるわけありません。

「私のことは、堺と呼んでください。時雨の名は私には重すぎるので。受け入れてもらえないなら、髪を切ります」
 間宮が綺麗だと言ってくれた髪を切る気はなかったが。短剣で切るフリをする。
 堺は絶対にここで、彼と結びつきを作っておきたかった。

 友達…は図々しいだろうか。できれば、声をかけても怒られないくらいの関係にはなりたかった。

「わぁ、わ、わかりましたから。だから切らないで…堺」
 家族や幹部という近しい人たち、それ以外では初めて、名を呼んでもらえた。
 なんだか、嬉しい。

 間宮はオロオロしたり、怒ったり、笑ったり。すべての表情ではないかと思える顔を、堺の前で見せた。
 こんなにも生命力のあふれた人物を、目の当たりにしたことはない。

 異世界から来た、とか。ライラさん、とか。堺にはよくわからないこともいろいろ言われたが。
 いわゆる彼は、自分がなぜこの世界にいるのか、その理由と。行方不明の弟を探している、ということらしかった。
 己や将堂軍がその元凶なのではないかと、疑われもしたが。
 丁寧にそういうことはないのだと説明すれば、わかってくれる。とても素直でいい子だった。

 その真っすぐな彼を、堺は単純にまぶしいと思ったのだ。

 でも元の世界に帰れないことや、弟を探し出すのが難しいと感じると。
 彼は大粒の涙をボロボロとこぼした。ライラさんにしがみついて、人目もはばからずしくしくと泣いている。その姿はとても痛々しかった。

 人の顔を見て、これほどに心を揺らしたことはない。
 この胸の痛みがなんなのか、堺は最初わからなかった。

 でも、共感したのだ気づく。

 堺もずっと兄を探していて。己を愛してくれた兄を、探し続けていて。
 八年もの長い年月に渡って気配の欠片も感じられなくて。もうみつからないのではないかとも思うけれど。

「あきらめないで、紫輝。私は、あきらめたりしませんよ」

 彼を力づけたくて、慰めたくて。思い切って彼の名を呼び、怖々と肩に手を置いた。
 触るなと、罵倒されるかもしれない。
 化け物とののしられるかもしれない。
 そんな恐れがあったけれど。

 彼の涙を止めたくて。
 己を綺麗だと言ってくれた、優しい紫輝の力になりたくて。
 手は震えたけれど。
 堺は勇気を出して、紫輝をはげましたのだ。

「紫輝は、おそらく藤王が死んだと思っているのでしょう。でも私は、兄は生きていると信じている。あきらめない。何年かかっても、必ず探し出すと決めています」
「俺だって…あきらめない」
 負けず嫌いなのか、紫輝は涙を手の甲でグイッと拭って。堺にとっても明るい笑顔を向けた。

 自分に、これほどまでに真っすぐに笑顔を向けてくる人など。兄以外、本当にいなかった。
 両親にすら、笑いかけられたことはない。
 だから驚いてしまう。
 その素直な感情の発露に、堺の胸はドキドキしっぱなしで。

 でも。笑いかけてくれたんだから。己も笑い返さないと。
 笑うって、どうするんだっけ?
 そう思うくらい。誰かに、心からの笑みを向けたことがなかった。

 でも紫輝が笑ってくれて、嬉しい。
 嬉しいという感情すら、久しぶりだ。

 今日はいっぱいしゃべったな。そう思うと、胸がじんわりと温かくなって。自然に笑みが浮かんだ。

 あぁ笑うって。形作るものじゃなくて。自然に湧き出る感情の表れだった。
 そんなことさえ、忘れていた。

 そこで堺は。己が、八年も心を凍らせていた間。良いものも悪いものもひっくるめて、すべてを見ないようにしてきた。そのことを自覚した。

 その中には、彼のように優しい気持ちを向けてくれた人もいたのかもしれない。
 笑いかけてくれた人も、いたかも。
 幹部のみんな、特に月光や幸直は、いつも堺を気に掛け、話しかけたり笑いかけたりしていたような気がする。
 そう思うと。もしかしたら己は、己自身で孤独に追い込んでいたのではないか、と。
 そう、今更ながらに気づいてしまった。

 紫輝と出会ったことで、堺の心に激震が走った。
 あの紫の雷が体を突き抜けたかのように。心も揺さぶられた。
 あの大地を揺らした、とどろきのごとく。

 そろそろ氷の棺から出なければならない。堺はそう感じた。

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