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68 雨の慕情 ④
激しい情交のあと、体を清めるため、もう一度風呂に入ろうということになった。
堺は龍鬼の能力で冷めた風呂の湯を温め。青桐に提供した。
一緒に入ろうとうながされ、堺は躊躇するが。
青桐をいつまでも半裸状態でいさせるのは駄目なので、身を清めたあとともに湯船に浸かった。
「湯加減はどうですか?」
「あぁ、ちょうどいいぞ。堺の能力は便利だな。冷たくするだけかと思っていたよ」
「冷やす方が簡単なのですが。炎を出すこともできますし。いわゆる温度を左右するものは比較的得意です」
「逆に、なにが苦手なんだ?」
聞くと、堺は考え込んでしまった。
とりあえずなんでもできるらしい。
「あ、人の能力は真似できませんね。紫輝の、生気を吸うものとか。高槻のは。そこにある植物を活性化することはできても、高槻のようになにもないところから生み出すことはできません。だから…兄が私の記憶を縛ったことは、本当に信じられなくて…」
話の流れから、堺の兄が龍鬼であることはわかるのだが。
なんとなく実態が見えてこないというか。
青桐としては謎な存在のままだった。
「兄の特異能力はなんなんだ?」
「大きくなったら教えるよ、と言われ。そのあと姿を消したので、知らないのです。炎を出す技を使っていたので、炎龍というふたつ名なのですが。兄のように大規模なものは出なくても、私も炎は出せますし」
「ならば兄には誰も知らない特異能力があるわけだ。そこら辺がカギになるのではないか?」
「…そうですね」
青桐は湯船の湯で堺の髪を洗いながら、彼の頭を撫でる。
すると堺は気持ち良さそうにうっとりと目を細めた。
「青桐様の手は、温かくて大きくて、心地よいです。昔、兄に頭を撫でてもらったときのことを思い出します。七歳で初陣を迎え、恐れおののいていた私の頭を兄は撫でてくれたのです」
それを聞き、ギョッとした。
初陣は十六というのが多いが。それでも若いように青桐は感じる。
七歳なんて、まだまだ守ってやらなければならない幼い子供だ。
「初陣が七歳って、早くないか?」
しかし堺は凛とした眼差しで。それが使命だという顔つきになる。
「時雨家は将堂をお支えする家系です。忠義を持って貴方様をお守りするためにも、年若く初陣を迎えることは必要なことでした」
「仕事で仕方なく俺に仕えるのか?」
少し拗ねたように。浴槽の縁に置いた手の上に頭を乗せ。たずねる。
もちろん、堺が仕事で己に体を差し出したわけではないと思うが…。違うよな?
「そのような…青桐様。たとえ貴方がすべてを失い、ひとりきりになったとしても。私だけは貴方のそばから離れず、貴方を生涯お守りすると誓います」
それは、己が将堂でなくてもついてきてくれるという意味だろうか。
だったら、嬉しいな。
己のそばにいるのは仕事のせいではなく、堺自身の意志だと伝わり。青桐は良い気分になった。
「ふふ、なんか、求婚のようだな」
「それは…違うのですが」
「違うのか?」
そうだと言ってくれ。そんな気持ちを込めて、甘く、優しく、堺の耳に囁く。
堺は…頬を染めてうつむいた。可愛いなぁ。
「だが、たとえ求婚でないとしても。その誓いは守ってもらおうかな。生涯俺のそばにいろ」
「はい。承知いたしました」
その言葉には即答してくれる。
青桐は、己も生涯堺のそばにいるよと約束し。誓約のくちづけを捧げた。
「それにしても…どうして、主の風呂の方が、客用の風呂より狭いんだ?」
この屋敷は堺の屋敷なのだが。
龍鬼対策で、堺が普段使う区画と客用に整えられた区画に分けられている。
しかし龍鬼用の区画の方が、明らかに風呂や台所も部屋数も、小さく少ない。
「この風呂には、私しか入りません。龍鬼ですから」
堺の風呂の湯舟は、ふたりで入って肩が触れ合うくらいぎっちりだ。
とても紫輝が昼間言っていたような、悪戯を仕掛けられる広さの余裕はない。
でもひとり風呂ならこれで充分だと、堺は言いたいようだが。
うむ。やはり新しい風呂を早急に作るべきだな。
広くて良い匂いがする、新しい風呂。
「今更ですが、同じ湯船に私と青桐様が入ってもいいのでしょうか?」
「ん? なんでそんなことを思うんだ?」
堺のつぶやきに、青桐は美しい白髪を指ですきながら聞く。
湯けむりにほんのり頬を赤くして、濡れる堺は。壮絶に色っぽく。
このような絶景を見られるのだから、いいに決まってるではないか。
「私は。龍鬼は人間とは別の生き物のような気がするのです。飼い犬、のような?」
また、堺が不思議なことを言い出した。
青桐は慌ててしまう。
「馬鹿な。龍鬼は人間だ。紫輝も、龍鬼は翼がないだけの、ただの人間だと言っていただろう? 俺は、龍にしろ犬にしろ、神にしろ、人間でないものと寝る趣味はない」
「でも。だとしたら…」
堺は青桐と睦み合うことが、大丈夫なのか心配になってしまう。
青桐は堺が人間であるから情交するのだと言っているのだが。
堺自身は、将堂に飼いならされた龍鬼、命令に従わなければ価値がない龍鬼、人間に絶対服従の龍鬼、という目で見られてきた意識があり。
己はそういう生き物なのだと言い聞かせてきた。
長い時間、そう思ってきた。
だから紫輝が人間だと胸を張って言い切るのにも驚いたし。
人間であるという意識すら、堺の中には欠片もなかったのだ。
「堺は人間だよ。俺の言葉に逆らうのか?」
横暴じゃない、からかうような甘いような口調で青桐に言われ、堺は唇を噛む。
己が、自分自身で暗示のように言い聞かせていたことだ。簡単にはその意識を覆せない。
「なら、こういうのはどうだ? 羽をもがれた蝶は、もうどう見ても蝶には見えないが。それは蝶ではなくなったのか? いいや、蝶は蝶だ。だから堺も翼がない人間なんだよ」
「私は貴方に、俺の龍と言われて喜びを感じました。私はずっと、誰かのなにかになりたかった。青桐様に求められる喜び。それはご主人様が決まった飼い犬のような気持ちなのではないかと。そういう素地があるのではないかと…」
いわゆる、己は愛玩動物なのではないかと。基本そういうものなのではないかと、堺は言いたいようだが。
嫌われたくないといううかがう眼差しでみつめてくるのが、不謹慎だが可愛い。
そんな堺に、青桐は苦笑してしまう。
「それは、龍鬼ではない人間だって思うことだ。誰もが、誰かのなにかになりたいと願っている。そういうものだ。ま、犬や猫もそう思っているかもしれないがな。でも堺のその考えは、龍鬼に限らず持ち合わせているものだということ。たとえば俺も…堺の大切な人になりたいと願っているんだが?」
「貴方は私の大切な人です」
それは決まりきったことです、というような真顔で堺は言ってくる。
うーん。可愛い、俺の龍。
たまらず、青桐は堺にチュウをした。
それにしても。堺がこういうことを言うということは。人間扱いされていなかったということだ。
幹部の熱量は堺に同情的だし。
特に差別しているようにも見えないが。
根強いのは、やはり親の対応。そして上司。あからさまな金蓮の態度だろうか。
赤穂はどうだったのだろう?
堺は彼が生きているのを知って、涙していたようだから。それなりの付き合いはありそうだけど。
そこら辺のことも紫輝に聞きたいな。
あぁ、やっぱ。黒猫耳にいろいろ問いたださないと。明日は逃がさないぞ、紫輝めっ。
★★★★★
青桐が風呂から上がると、先に出ていた堺が寝台を整えていた。
敷布が、言うまでもなくグチャグチャになったから。
使用人も下がっているし、どうしようかな? とは思っていたのだが。
元々はひとり暮らしの長い青桐なので、敷布を取り替えたり洗濯したりなどは朝飯前なのだが。
赤穂の身代わりとなってからは、威厳に関わるし、記憶があるとバレそうだったので。一切そういうことに手を出さないようにしていたのだ。
「すまない、屋敷の主にすべてさせてしまって」
「いいえ、私は龍鬼ですから。普段の生活から、なるべく使用人の手は借りないようにしているのです。風呂の用意も寝台の用意も洗濯もいつも自分でいたしますよ」
手際よく、そしてなんとなく喜々として堺は動いていた。
なんでもできる嫁、最高。
「堺、約束がひとつ残っているよ。一晩中堺を抱き締めて寝る、だ」
青桐が寝台に腰かけ、ポンポンと隣を手で叩いて示す。
堺は照れ笑いして、そっと隣に腰かけた。
清楚なたたずまいだ。
湯冷めする前に、布団の中に身を横たえ。ふたりは向かい合った。
「風呂に入って、どこか痛いと感じたところはなかったか? 乱暴にしてしまったから心配だ。初めて俺を受け入れてつらいだろうに、湯や寝台の用意なんかして動き回っているし…」
いたわるように、青桐は堺の肩や腰を撫でさする。
その気遣いこそ堺を元気にさせるのだ。
もちろん青桐が挿入された後ろは、ジンジンヒリヒリしていて。まだ違和感が残っているけれど。そんなものは、青桐と睦み合えたという幸福感で相殺され、おつりがくる。
「大丈夫です。傷ついたところはありません。たとえ傷ついていても、いいのです。体の痛みは幸せの痛みですから。貴方に、情熱的に力強く抱き締められて。求められて。嬉しかった」
「もう、本当に。堺のような美人さんが俺の伴侶だなんて。こちらこそお礼を言いたい気分だ」
光沢が美しい堺の髪を手に取り、青桐はくちづける。
この艶やかでしっとりしている、雪のように真っ白な髪が青桐は大好きだった。
堺はそっと微笑んで、なんとなく本気にしていないような感じだが。
いつか堺に鏡を見せてやりたい。
「…ひとつ、気掛かりがあって。聞いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。特に不安に感じることは、すぐに聞いてくれ? 必ず解消してやるからな」
豪華な宝物を手に入れたあとは、奪われぬ、逃げられぬ努力が必要だ。
腕の中で、大事に、大切に愛でるのは、基本。
その上で、不安を解消し、己は安寧をもたらす居場所であると示すことが肝要だと。青桐は思っていた。
「青桐様のお爺様は、なぜ私の能力を知っていたのでしょうか? 精神鍛錬は私への対策のように思われます」
「うん。他の龍鬼は物理攻撃だと聞いている。物理攻撃には、剣術を磨くことで対応できるのだが。その中で一番厄介だったのが、堺の精神攻撃だった。記憶を奪われたらお手上げだからな。しかし紫輝の生気を吸う? その能力は聞いていない」
「紫輝は先年の四月に入軍したのです。だから伝わらなかった?」
「あぁ。爺さんは俺が十七の頃に亡くなったからな。つまり爺さんは。将堂とつながっていたのだろうと思う。赤穂の命が脅かされて、すぐ俺に白羽の矢が立ったのは、俺の居場所が兄上に知られていたからだ。将堂と通じていたから、龍鬼の情報を爺さんは仕入れられたんじゃないかな?」
「青桐様がどのように生活してきたのか、教えてくださいませんか? 貴方のことが知りたいのです」
「あぁ…俺の本名は葵といって。長野の山奥でずっときこりとして生活してきたのだが…」
堺の肩を抱いて、身を寄せ合って、寝物語のように過去を語っていく。
己のことを知りたいなんて…堺が己に興味があるのだとわかって、嬉しいではないか。
そうしてとつとつと語っていくうちに。外の雨音が聞こえなくなっていった。
季節外れの冬の嵐は、通り過ぎていったようだ。
堺は龍鬼の能力で冷めた風呂の湯を温め。青桐に提供した。
一緒に入ろうとうながされ、堺は躊躇するが。
青桐をいつまでも半裸状態でいさせるのは駄目なので、身を清めたあとともに湯船に浸かった。
「湯加減はどうですか?」
「あぁ、ちょうどいいぞ。堺の能力は便利だな。冷たくするだけかと思っていたよ」
「冷やす方が簡単なのですが。炎を出すこともできますし。いわゆる温度を左右するものは比較的得意です」
「逆に、なにが苦手なんだ?」
聞くと、堺は考え込んでしまった。
とりあえずなんでもできるらしい。
「あ、人の能力は真似できませんね。紫輝の、生気を吸うものとか。高槻のは。そこにある植物を活性化することはできても、高槻のようになにもないところから生み出すことはできません。だから…兄が私の記憶を縛ったことは、本当に信じられなくて…」
話の流れから、堺の兄が龍鬼であることはわかるのだが。
なんとなく実態が見えてこないというか。
青桐としては謎な存在のままだった。
「兄の特異能力はなんなんだ?」
「大きくなったら教えるよ、と言われ。そのあと姿を消したので、知らないのです。炎を出す技を使っていたので、炎龍というふたつ名なのですが。兄のように大規模なものは出なくても、私も炎は出せますし」
「ならば兄には誰も知らない特異能力があるわけだ。そこら辺がカギになるのではないか?」
「…そうですね」
青桐は湯船の湯で堺の髪を洗いながら、彼の頭を撫でる。
すると堺は気持ち良さそうにうっとりと目を細めた。
「青桐様の手は、温かくて大きくて、心地よいです。昔、兄に頭を撫でてもらったときのことを思い出します。七歳で初陣を迎え、恐れおののいていた私の頭を兄は撫でてくれたのです」
それを聞き、ギョッとした。
初陣は十六というのが多いが。それでも若いように青桐は感じる。
七歳なんて、まだまだ守ってやらなければならない幼い子供だ。
「初陣が七歳って、早くないか?」
しかし堺は凛とした眼差しで。それが使命だという顔つきになる。
「時雨家は将堂をお支えする家系です。忠義を持って貴方様をお守りするためにも、年若く初陣を迎えることは必要なことでした」
「仕事で仕方なく俺に仕えるのか?」
少し拗ねたように。浴槽の縁に置いた手の上に頭を乗せ。たずねる。
もちろん、堺が仕事で己に体を差し出したわけではないと思うが…。違うよな?
「そのような…青桐様。たとえ貴方がすべてを失い、ひとりきりになったとしても。私だけは貴方のそばから離れず、貴方を生涯お守りすると誓います」
それは、己が将堂でなくてもついてきてくれるという意味だろうか。
だったら、嬉しいな。
己のそばにいるのは仕事のせいではなく、堺自身の意志だと伝わり。青桐は良い気分になった。
「ふふ、なんか、求婚のようだな」
「それは…違うのですが」
「違うのか?」
そうだと言ってくれ。そんな気持ちを込めて、甘く、優しく、堺の耳に囁く。
堺は…頬を染めてうつむいた。可愛いなぁ。
「だが、たとえ求婚でないとしても。その誓いは守ってもらおうかな。生涯俺のそばにいろ」
「はい。承知いたしました」
その言葉には即答してくれる。
青桐は、己も生涯堺のそばにいるよと約束し。誓約のくちづけを捧げた。
「それにしても…どうして、主の風呂の方が、客用の風呂より狭いんだ?」
この屋敷は堺の屋敷なのだが。
龍鬼対策で、堺が普段使う区画と客用に整えられた区画に分けられている。
しかし龍鬼用の区画の方が、明らかに風呂や台所も部屋数も、小さく少ない。
「この風呂には、私しか入りません。龍鬼ですから」
堺の風呂の湯舟は、ふたりで入って肩が触れ合うくらいぎっちりだ。
とても紫輝が昼間言っていたような、悪戯を仕掛けられる広さの余裕はない。
でもひとり風呂ならこれで充分だと、堺は言いたいようだが。
うむ。やはり新しい風呂を早急に作るべきだな。
広くて良い匂いがする、新しい風呂。
「今更ですが、同じ湯船に私と青桐様が入ってもいいのでしょうか?」
「ん? なんでそんなことを思うんだ?」
堺のつぶやきに、青桐は美しい白髪を指ですきながら聞く。
湯けむりにほんのり頬を赤くして、濡れる堺は。壮絶に色っぽく。
このような絶景を見られるのだから、いいに決まってるではないか。
「私は。龍鬼は人間とは別の生き物のような気がするのです。飼い犬、のような?」
また、堺が不思議なことを言い出した。
青桐は慌ててしまう。
「馬鹿な。龍鬼は人間だ。紫輝も、龍鬼は翼がないだけの、ただの人間だと言っていただろう? 俺は、龍にしろ犬にしろ、神にしろ、人間でないものと寝る趣味はない」
「でも。だとしたら…」
堺は青桐と睦み合うことが、大丈夫なのか心配になってしまう。
青桐は堺が人間であるから情交するのだと言っているのだが。
堺自身は、将堂に飼いならされた龍鬼、命令に従わなければ価値がない龍鬼、人間に絶対服従の龍鬼、という目で見られてきた意識があり。
己はそういう生き物なのだと言い聞かせてきた。
長い時間、そう思ってきた。
だから紫輝が人間だと胸を張って言い切るのにも驚いたし。
人間であるという意識すら、堺の中には欠片もなかったのだ。
「堺は人間だよ。俺の言葉に逆らうのか?」
横暴じゃない、からかうような甘いような口調で青桐に言われ、堺は唇を噛む。
己が、自分自身で暗示のように言い聞かせていたことだ。簡単にはその意識を覆せない。
「なら、こういうのはどうだ? 羽をもがれた蝶は、もうどう見ても蝶には見えないが。それは蝶ではなくなったのか? いいや、蝶は蝶だ。だから堺も翼がない人間なんだよ」
「私は貴方に、俺の龍と言われて喜びを感じました。私はずっと、誰かのなにかになりたかった。青桐様に求められる喜び。それはご主人様が決まった飼い犬のような気持ちなのではないかと。そういう素地があるのではないかと…」
いわゆる、己は愛玩動物なのではないかと。基本そういうものなのではないかと、堺は言いたいようだが。
嫌われたくないといううかがう眼差しでみつめてくるのが、不謹慎だが可愛い。
そんな堺に、青桐は苦笑してしまう。
「それは、龍鬼ではない人間だって思うことだ。誰もが、誰かのなにかになりたいと願っている。そういうものだ。ま、犬や猫もそう思っているかもしれないがな。でも堺のその考えは、龍鬼に限らず持ち合わせているものだということ。たとえば俺も…堺の大切な人になりたいと願っているんだが?」
「貴方は私の大切な人です」
それは決まりきったことです、というような真顔で堺は言ってくる。
うーん。可愛い、俺の龍。
たまらず、青桐は堺にチュウをした。
それにしても。堺がこういうことを言うということは。人間扱いされていなかったということだ。
幹部の熱量は堺に同情的だし。
特に差別しているようにも見えないが。
根強いのは、やはり親の対応。そして上司。あからさまな金蓮の態度だろうか。
赤穂はどうだったのだろう?
堺は彼が生きているのを知って、涙していたようだから。それなりの付き合いはありそうだけど。
そこら辺のことも紫輝に聞きたいな。
あぁ、やっぱ。黒猫耳にいろいろ問いたださないと。明日は逃がさないぞ、紫輝めっ。
★★★★★
青桐が風呂から上がると、先に出ていた堺が寝台を整えていた。
敷布が、言うまでもなくグチャグチャになったから。
使用人も下がっているし、どうしようかな? とは思っていたのだが。
元々はひとり暮らしの長い青桐なので、敷布を取り替えたり洗濯したりなどは朝飯前なのだが。
赤穂の身代わりとなってからは、威厳に関わるし、記憶があるとバレそうだったので。一切そういうことに手を出さないようにしていたのだ。
「すまない、屋敷の主にすべてさせてしまって」
「いいえ、私は龍鬼ですから。普段の生活から、なるべく使用人の手は借りないようにしているのです。風呂の用意も寝台の用意も洗濯もいつも自分でいたしますよ」
手際よく、そしてなんとなく喜々として堺は動いていた。
なんでもできる嫁、最高。
「堺、約束がひとつ残っているよ。一晩中堺を抱き締めて寝る、だ」
青桐が寝台に腰かけ、ポンポンと隣を手で叩いて示す。
堺は照れ笑いして、そっと隣に腰かけた。
清楚なたたずまいだ。
湯冷めする前に、布団の中に身を横たえ。ふたりは向かい合った。
「風呂に入って、どこか痛いと感じたところはなかったか? 乱暴にしてしまったから心配だ。初めて俺を受け入れてつらいだろうに、湯や寝台の用意なんかして動き回っているし…」
いたわるように、青桐は堺の肩や腰を撫でさする。
その気遣いこそ堺を元気にさせるのだ。
もちろん青桐が挿入された後ろは、ジンジンヒリヒリしていて。まだ違和感が残っているけれど。そんなものは、青桐と睦み合えたという幸福感で相殺され、おつりがくる。
「大丈夫です。傷ついたところはありません。たとえ傷ついていても、いいのです。体の痛みは幸せの痛みですから。貴方に、情熱的に力強く抱き締められて。求められて。嬉しかった」
「もう、本当に。堺のような美人さんが俺の伴侶だなんて。こちらこそお礼を言いたい気分だ」
光沢が美しい堺の髪を手に取り、青桐はくちづける。
この艶やかでしっとりしている、雪のように真っ白な髪が青桐は大好きだった。
堺はそっと微笑んで、なんとなく本気にしていないような感じだが。
いつか堺に鏡を見せてやりたい。
「…ひとつ、気掛かりがあって。聞いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。特に不安に感じることは、すぐに聞いてくれ? 必ず解消してやるからな」
豪華な宝物を手に入れたあとは、奪われぬ、逃げられぬ努力が必要だ。
腕の中で、大事に、大切に愛でるのは、基本。
その上で、不安を解消し、己は安寧をもたらす居場所であると示すことが肝要だと。青桐は思っていた。
「青桐様のお爺様は、なぜ私の能力を知っていたのでしょうか? 精神鍛錬は私への対策のように思われます」
「うん。他の龍鬼は物理攻撃だと聞いている。物理攻撃には、剣術を磨くことで対応できるのだが。その中で一番厄介だったのが、堺の精神攻撃だった。記憶を奪われたらお手上げだからな。しかし紫輝の生気を吸う? その能力は聞いていない」
「紫輝は先年の四月に入軍したのです。だから伝わらなかった?」
「あぁ。爺さんは俺が十七の頃に亡くなったからな。つまり爺さんは。将堂とつながっていたのだろうと思う。赤穂の命が脅かされて、すぐ俺に白羽の矢が立ったのは、俺の居場所が兄上に知られていたからだ。将堂と通じていたから、龍鬼の情報を爺さんは仕入れられたんじゃないかな?」
「青桐様がどのように生活してきたのか、教えてくださいませんか? 貴方のことが知りたいのです」
「あぁ…俺の本名は葵といって。長野の山奥でずっときこりとして生活してきたのだが…」
堺の肩を抱いて、身を寄せ合って、寝物語のように過去を語っていく。
己のことを知りたいなんて…堺が己に興味があるのだとわかって、嬉しいではないか。
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