【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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番外 筆頭参謀、里中巴 1   ▲

     ◆筆頭参謀、里中巴

 二二七九年。
 手裏基成…のちの里中巴は、京都にある屋敷で、手裏家の長男として誕生した。
 手裏家は、三代ほど前から、カラス血脈とハクトウワシ血脈をかけ合わせることで、黒い大翼の子供を生めるようになり。巴も、立派な真っ黒な大翼を持って生まれてきた。
 その黒の大翼は、カラス血脈を束ねる手裏家だけが持つことを許された、特有のものとして、世間には広まっている。

 西側にある手裏の領地では、商いが盛んで、税を集めて領地を管理する手裏家は、かなりの金満家だった。
 領地を広めるべく、将堂に戦を挑んではいるが。
 裕福であることで、それほど貪欲ではなく。有り金突っ込んで戦力増強、だったり。なにがなんでも領土を広げるぞと息巻いたり。そのようなことは、近年はなかった。

 手裏家は、手裏軍を束ね、カラス羽の地位を向上させる使命があったが。
 西側にいれば、カラス羽が虐げられることもほぼなくなり。
 打倒、将堂という機運は、薄れつつあった。

 そのような世情の中で生まれた基成は、剣術、戦術はもちろん習ったが。領地運営や、商いのいろは、数術などを重きに置いて、勉強することが多かった。
 その中でも、名家として、子供のうちから雅なものに触れるべしという教えから。陶芸や絵画など、芸術的な手習いをすることになり。

 基成は、絵画にがっつりのめり込んでしまった。いわゆる、芸術肌だったのだ。

 二歳下の弟、基晶は。快活な子供で、体を動かす遊びや剣術が得意。
 基成は早いうちから、家督は弟に譲り、自分は絵の道を極めようと。ただただ、絵だけを描いていけたらいいと。そういうお坊ちゃん的な発想で、馬鹿みたいに絵を描いていった。

 基成は、ヘタな絵を描いていたわけではない。
 手裏家の跡取りだというのに、絵の才能があったから、ややこしい話になってしまったのだ。
 基成が弟に家督を、と思っていても。両親は、順当に長男に継がせたかった。

 しかし基成は、十歳のときには絵画の頭角を表し、絵の先生に、素晴らしい絵師になれると太鼓判を貰うほど。
 剣術は、弟に打ち負かされた十二のときから、やってない。
 その時間を、絵を描くことにあてていた。

 基成の絵は写実的なもので、目に映る、そのままを、紙に乗せることができる。
 色彩感覚も豊かで。美的感覚も備わり。美しい風景を切り取って、紙に描き出すことも。人物をより立体的に、そのままの姿で描き出すこともできた。
 だが、そうして絵を描くときには、寝食を忘れ、鬼気迫る感じで、のめり込む。絵の世界に入り込む。他はなにも見えなくなる。そのような気質があった。

 この世界は、一度文明を失っているが。紙は、意外に早く再生された。
 機械に頼らぬ、和紙の製造法が残っていたからだ。
 機械で大量に作られていた、上質紙やティッシュペーパーみたいなものはすたれたが。和紙は障子しょうじ紙や提灯ちょうちんの外紙など、広く村人にも浸透している。

 そうは言っても、絵画に使うような紙は高級品で。絵の具なども、発注して作ってもらうので、値段が高い。
 つまり絵画は、裕福な者に許された娯楽であった。
 手裏家の子息だからこそ、絵画に触れることができたのだということを。お坊ちゃまであり、環境に甘えていた基成は、当時は知らなかったのだ。

 だから、十六歳になれば初陣をして、手裏家次代の総帥として披露目をするはずの基成だが。
 刀など、何年も持ったことがない基成が、初陣など迎えられるはずもなく。
 父に『基晶が初陣を迎えるまでは、ここにいても良いが。家督を継がぬのなら、家を出ろ』と言われても、危機感はあまりなかった。
 基成には、絵の実力があり。好きな絵ばかりを描いてはいられなくなるだろうが、肖像画などで収入を得れば細々と暮らしていけるだろうなんて、思っていたからだ。

 そんな折、あの事件が起きた。

 父が風邪で寝込んでいるところを、手裏の龍鬼が襲ったのだ。
 そのとき、基成は。自室で絵を描くのに没頭していた。
 父が風邪で寝込んでいても、仕上げ段階に入った絵を放っておけない…そんな、芸術に関しては一種、狂気的な一面を基成は持っているのだ。
 それにしても、あまりに騒がしいので、様子を見に行ったら。
 部屋で、両親と基晶が惨殺され。
 金髪の龍鬼である安曇が、血を吐いて床に倒れていたのだ。

 いったい、これはどんな状況なのだ?

 基成は、部屋一面の赤に、目を奪われた。
 恐ろしい、ではなく。
 美しい赤に、魅入られた感覚だった。

 このような、鮮やかな赤は、既存の絵の具では表せないか?
 目の奥に焼きつく赤。
 なにが起きているのかわからず、無意識で、腰に下げていた刀に手をやるが。
 深く考えるよりも先に、この赤を再現したくてたまらなくなった。

「両親も弟も殺されたというのに…刀も抜けないのか?」
 床に這いつくばる安曇の、ギラリとした双眸に、目を奪われる。
 基成は、ただ手を震わせた。

 それは、生命の輝きだ。

 安曇自身は、どこか怪我をしたのか、瀕死の重傷のように見えるが。底光りするその目が、生きたいと雄弁に語っている。
 圧倒された。

「とんだ腰抜けだな。おまえでは、後継お披露目など、到底できない」
 腰抜け? そのとおりだと基成は思う。
 腰に刀を下げていても、それはお飾りに過ぎない。
 手裏家の長男が、刀も持っていないようだと格好つかないから、それだけは身につけてくれと、父に頼まれて。邪魔だけれど、仕方なく持っていた刀だ。

 結局、その刀は抜くこともできず。
 こちらに近づいてくる何者かの足音に気づいて、基成は逃げた。
 この謀反が、どういうものかもわからなかったが。

 とてもではないが、己に味方がいるとは思えない。

 父は、剣術ができない息子を恥ずかしく思って、己を息子であると、誰にも紹介していなかった。
 手裏軍の中で、己の顔を知っている者などいないのだ。

 いったん、自室に戻って。絵の具だけ持って、屋敷を後にした。
 描きかけの絵が、心残りだったが。

 命あっての物種だ。

     ★★★★★

 ときどき、基成に絵を教えてくれた爺さんは、山の中にひとりで住んでいる変わり者。
 町におりて、似顔絵を描き、日銭を稼いで。食料費以外は絵に充てるという。基成が憧れる生活だ。

 とはいえ、おそらく自分には、追手がかかっているので。そんな生活はもう見込めない。
 一応、頭は悪くないので。それぐらいはわかる。
 手裏家の長男が、体育会系ではなく、頭脳芸術系だった悲劇だ。

 爺さんには、迷惑をかけるかもしれないが。己が手裏基成だと知る、少ないひとりだから、つい頼ってしまった。
 ことは一刻を争い。他に逃げる場もなかったので。申し訳ないとは思うけれど。

「基成様、このようなむさくるしい場所に…いかがされたか?」
 絵の具だけを小脇に抱えた基成を見て、爺さんは家に入れてくれた。

「すまない、爺さん。迷惑をかけるつもりはないんだが。たぶん、かけてしまうな。ついさっき、手裏家で謀反が起きて。両親と弟が殺された」
「なんとっ、おいたわしい…」

 爺さんに同情の目を向けられて、初めて。基成は痛ましい事件が起きたのだということを理解した。

 自分は、少し人とは違う感性を持っているということを、基成は自身でわかっていた。
 あの惨殺現場を見て、思ったのは。美しい赤のことだけ。
 家族が死んだ悲しみ、というものは。いまだ襲ってこなかった。

 これから、どうするか。どうしたらいいか。それもまだ、考えられず。
 でも、どうやったら、明日も絵を描くことができるだろうと、それは考えてしまうのだ。

 美しいものを見て、涙が出るほど感動することができるのに。
 対ひとになると、途端に感情が凍結するような。
 人間関係を素通りして、芸術関連に全振りしているような。
 そんな心のいびつさを、基成は自分で感じ取っていた。

 家族が死んでも、涙も出ないが。それが悪いとも思わない。
 むしろ、絵を描いて暮らしていくなら、余計な心情をはさまない己の気質は悪くない、なんて思ってしまうくらい。かたよった人間性だった。

「それで、たぶん僕は、手裏から追手をかけられると思う。両親惨殺の首謀者の汚名を着せられるだろう。弟に家督を譲ったあとは、爺さんのように日銭を稼いで、絵だけを日がな描く日々を思い描いていたのに。青天の霹靂へきれきとは、まさにこのことだな」

「そのような、のんきなことを…ここに兵士が来るかもしれません。早くお逃げを…基成様の実力があれば、絵で身を立てていけるはずです」

「この翼を持って、どこへ逃げろと言うんだ? それに、絵を描くためには。この翼があったら、駄目なんだ。手裏の領地では、お尋ね者。将堂へ行けば、戦の駒にされるだけ。どちらにしても捕まってしまう」

 爺さんは、納得してうなずくが。
 なら、どうしたらいいのかと。しわしわの額を歪ませた。
「頼みがある。俺の翼を折ってくれ」

 あまり感情を感じさせない、とつとつとした話口で、とんでもないことを言われ。
 爺さんは、目を回しそうだったが。
 それしか方法がないと悟ると、渋々承諾してくれる。

 そうして、基成は翼を折ったのだ。

 長い尾羽の生える部分は、特に残しておけない。
 腰の下まで長く伸びる、大きな翼を、胸の辺りの長さで、斧で叩き切ってもらった。
 翼にも、神経が通っているので。それは麻酔なしで内臓をえぐり取られるような痛みだ。
 でも、気絶したから。
 痛みは一度きりで済んだ、のだろう。
 痛みの度合いは、内臓をえぐり取られる、だが。出血は少ないので。死ぬことはない。
 ただ、普通に動けるまで、二ヶ月くらいはかかったが。

 その間、爺さんは孫を見るような感じで、かいがいしく世話をしてくれた。
 こんなことになるなら、己の絵の具ではなく、なにか金銭に換えられる物を、家から持って来るべきだったな。
 なんの報酬もなく、ただ迷惑かけて、すまない、爺さん。

 その二ヶ月の間、寝床の中で描いた絵は。
 死にあらがう安曇の姿だった。

 安曇は、基成が今まで出会った男の中でも、最高に見目麗しかった。
 絵の題材として、最高の逸材。

 その安曇が、目前の死に抗い、目をギラつかせるサマは、壮絶に美しかった。

 なけなしの紙に、いろいろな角度で安曇を描いていく。
 おそらく、安曇が両親を討ったのだろうが。
 それで、彼を恨むより。目の前の美しいものを描く欲の方が強かった。

 そういうところ、自分でもどうかと思うが。そういう人間なのだから、仕方がない。

 基成は、絵を描くためなら、どんなことでもできる男であり。
 絵が描けないのなら、なにもやりたくないと思う男でもあった。

 一年ほど、基成は爺さんと日がな絵を描いて過ごす幸せな生活を送ったが。
 ある日、高齢だった爺さんを、基成は看取った。

 山の中の家は、爺さんのもので。身寄りもないらしく。好きに使ってくれと言われたが。
 それほどの金にもならず。基成はすぐに困窮した。

 それで、手裏の領地を出て、将堂軍に入ることにしたのだ。
 軍に入れば、食事はタダだし。報酬も出るし。
 少しだけ、元は味方であった手裏に剣を向けるのは、憂鬱だったが。生活のためだから、仕方がないのだ。
 戦場に出ない時間を、好きに使えるのなら、絵を描くには良い環境なのではないかと思ってしまった。

 それはだいぶ甘い、お坊ちゃまな考えであった…というのは。将堂軍に入ってから、思い知らされたけれど。

 将堂軍には、爺さんの名前であった里中巴と名乗って入軍した。
 もしも、絵で身を立てられる日が来たら、爺さんの名前が世に広まることになる。
 己を、ただひとり助け、己の才能を認めてくれた。
 基成なりに、最大限の敬意を、彼に払ったのだった。

     ★★★★★

 二二九六年。里中巴、十七歳は将堂軍に入軍した。
 右第八大隊三十八組六班に配属された巴は、さっそく将堂の洗礼を受けることになる。

「おい、なに、カラスが将堂に入ってんだよ? カラスは手裏に行け」
「黒い翼は不吉なんだ。触ると汚いのがうつるぞ」
「こいつ、翼が折れてるぜ? みすぼらしい羽で、目が腐る」

 六班では初日から、殴られ、蹴られ、部屋の隅に転がされた。
 唯一持ってきた私物の絵の具を大事に抱え、傷もそのままに、一日が過ぎた。

 手裏基成であった巴の容姿は、艶やかな黒髪に黒い翼だ。カラス血脈に擬態しているので、それはうまくいっているが。将堂のカラス差別がはなはだしいというのを、巴は文字通り肌で感じた。

 そして二日が過ぎると、いつも顔に痣のある巴を、他の班の者が心配してくれるようになった。
 食堂で、さりげなく隣に座ってきた兵士が、巴に言うのだ。

「こんなに殴られて、可哀想に。な? 俺がかばってやろうか?」
 巴は、彼の顔を見やる。
 特別、印象に残らない、特徴のない男。
 将堂では一般的な、茶色の軍服を身につけているから。さらに、見分けがつかない。
 その彼は、巴の肩を抱いて、耳元に囁くのだ。

「綺麗な目だね。な? 俺が守ってやるよ。だから…わかるだろう?」
 男は肩を意味深に撫で、背中や脇に触ってくる。
 うん。わかります。

「ありがとうございます。ですが、僕は既婚者なので。すみません」
 巴が断ると、男は『あ、そうなんだ』と言って、席を立った。
 既婚者だったら、守ってくれないようだ。

 そういうことが、ニ、三度、あり。
 とどめに、六班の者に大勢でおさえつけられ、殴られながら、犯されそうになって。
 完全に、貞操の危機を感じた。

 なんとか、剣を振り回して逃げることができたが。
 無理無理。もう、六班には帰れない。
 巴は三十八組の組長の宿舎に駆け込み。訴えた。

「このままでは、戦場に出る前に、班の者に殺されます。なんとかしてください」
「その容姿では、手裏の密偵を疑われても仕方がないのではないか? なんとか、と言われても…」

 組長は、カラスなのが悪い、という目で、巴を見る。
 確かに、手裏は将堂の敵だが。カラスというだけで、そんなに目の敵にすることはないではないか。
 自分はやるべきことをやり、余暇で絵を描けたら、それでいいのに。
 それすらも許されないのかっ。と、巴は少し人生を悲観した。

「騒がしいが、いったいなにがあったのだ?」
「美濃様っ、いえ、たいしたことでは…」

 組長会議をしていたのか、そこにたまたま、第八大隊長の美濃幸直が居合わせた。
 巴は上官への挨拶で、床に膝をつけて頭を下げる。
 対峙するのは初めてだが、美濃は将堂の中でも指折りの名家なので。
 かつて手裏基成であった巴は、将堂の重要人物として、彼の名を知っていた。

 しかし、将堂の下っ端で、カラスはこの扱いだ。
 名家の美濃だったら『カラスなど私の視界に入れるな』などと罵倒されてもおかしくない。
 最悪、手討ちもあるかも。巴は背筋を震わせた。

「たいしたことないだと? 馬鹿な。いかにも殴られているではないか。暴行された者を助けないつもりか?」
 だが美濃は、正論で巴をかばってくれた。
 追い打ちで、痛めつけられるのを覚悟していたので。巴は真実ホッとした。
 柔らかく明るく響く声が、頼もしく感じる。

「しかし…彼はハグレですし」
 そう、巴は、ここではハグレと呼ばれていた。
 ハグレというのは、将堂の領地に住む、カラス血脈の者を指す蔑称べっしょうで。手裏の領地にいられないほどの訳アリが、将堂に逃れてきた。という目で見られるのだ。
 将堂軍に入って五日ほどだが、巴はいまだ、名前で呼ばれたことがない。

「自分の組で預かる兵士を、ハグレ呼ばわりするとは何事だ。あぁ、もういい。おまえは組長に向かないようだ」
「そんなっ」
 彼に言われた組長が、なんでか巴を睨む。
 え、己のせいですか?

「君、名前はなんだ?」
「は、右第八大隊三十八組六班、里中巴です」
「里中な。俺は美濃幸直。第八大隊長だ。立ってよし」
 儀礼解除を許され、巴は立ち上がると、思わず彼をみつめた。
 そのとき、初めて彼をしっかり見たのだが。

 美濃は、物凄い美形な男で。目を奪われた。

 安曇は、美々しい男前だったが。
 美濃は、気質の違う男前だった。
 ニヤリと笑う口元には、あふれる自信が見て取れる。目元はくっきりとした二重で、若干垂れ気味なところが色っぽさをにじませる。
 鼻梁は高く、顔全体の均整がとれている。
 薄茶色の髪は、一見短髪に見えるが。後ろ髪を長く伸ばしている。ゆるやかに波打つ感じが、彼に華やかさを与えていた。
 明るさ、快活さ、健康的、そんな言葉が似合う男だ。

「なんか、そんなまじまじとみつめられると、照れるんだけど」
 ゆるりと苦笑する美濃を見て、巴は不躾に見てしまったことを恥じ。うつむく。
 絵の題材に相応しいものに遭遇してしまうと、じっくりみつめてしまう癖があった。

「まぁ、いい。里中、今日のところは、俺の屋敷に来い」
 巴はギョッとしてしまう。
 今回の件で、巴は自意識過剰ではなく、己は男をそそる容貌をしているのだと自覚した。
 ようやく男どもの手から逃げてきたというのに。

「おい、美濃様からのとぎは断るんじゃねぇぞ」
 躊躇ちゅうちょしている巴に、組長が言うが。
 美濃が慌てた。

「馬鹿、伽を命じているわけじゃねぇよ。組長のおまえが不甲斐ないから、俺が宿を提供するだけだ。全く…」
 美濃がこっちに来いと、手で招くので。巴は彼の後ろをついて行った。
 これからどうなるのかはわからないが。
 とりあえず、六班の宿には戻れないので。野宿せずに済んで助かった。

     ★★★★★

 組長の宿舎から三十分ほど歩き。美濃の屋敷についた。
 軽く怪我の治療をしたあと。あてられた部屋で、彼と少し話をした。

「ったく、あの組長、使えねぇな。年が若いから、俺を舐めてんだ。里中、おまえの年は?」
「十七歳です」
「マジ? 俺も十七。同い年だな?」
 美濃は、巴ににっかりと笑いかけた。
 大隊長という、上官も上官なのだが。そういう顔は、年相応に子供っぽいと思ってしまった。

「じゃあ、名前呼びでいいだろ? 巴」
「うん、幸直」
 幸直は。巴が、美濃が将堂の名家だということを知らないと思っているようだ。
 本来なら、美濃のお坊ちゃまを、同い年だからって、名前呼びするなんて。無礼千万なのだが。
 巴は知らぬふりで、わざと呼んだ。

 この年頃って。身分とか関係なく、友達を作りたがるっていうか。
 名家に生まれると、自然、名家の友達しかできなくて。庶民のお友達が欲しいと思っちゃうもんだよね。
 自分も一応、名家だったので、わかるよ。

 実際、幸直はわかりやすいほどに頬をゆるませて、巴をみつめた。
「ふーん、確かに。彫りが深いとかではないが。すっきりした、清楚っぽい美形だな、巴は。だが、一番に男を誘っているのは。その目だと思う」
「…め?」
 幸直を見返すと。彼は少しのけぞって。苦笑いする。

「うん。巴の目は黒いが。ジッとみつめてくるときは、瞳孔が開いて、すごく魅力的に見える。黒目の中に光が散って、キラキラして見えるし。誘ってるとか、勘違いする馬鹿も出そうだな。あまり、誰彼みつめない方がいいぞ」

 なるほどと、巴は納得し。小さくうなずく。
 ジッと見る癖を治そう。

 しかし、それだけでは解決できない問題だろうな、とも思った。
 巴はハグレとして、最初から舐められているのだ。
 殴っても、犯しても、いい存在。将堂では、そういうくくりなのだろう。

 これは、ヤバい。この位置から脱出するには、出世しかない。力をつけるしかない。
 もう。己はただ、絵を描きたいだけなのに…。

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