【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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番外 筆頭参謀、里中巴 3

 異例の大抜擢で、三十八組の組長になったあと。巴は勢いづいて、どんどん出世していった。

 十八になった幸直が、参謀として幹部入りした、そのあとを引き継いで。
 巴は、第八大隊長を任される。
 しかしそれは、後ろに幸直がついている、というか。指導している、というか。
 幹部からの指示を忠実にこなす、主軸的な動きをさせられたのだ。
 つまり、上から言われるままにやっていた、というか。
 大体が、幸直がああして、こう動いて、と指示してきて。そのままやっていたら。使いやすい大隊だと評価された、というか…。

 これでいいのかと、思いはするが。
 自分の思い入れや、こう動いた方がいいんじゃね? みたいな意見もなかったものだから…まあいいか、的な。

 ところで、大隊長になると、屋敷を貰えるのだが。
 幸直が以前住んでいたところで、勝手知ったるという感じだったので。なんの気負いもなく、その屋敷に入った。

 道場、使い放題。最高。

 いや、巴は決して、剣術が好きなわけではない。むしろ、その時間を、絵の制作にあてたいくらい。
 しかし、腕が衰えると。剣術で人の上に立った身としては、いつ下克上されるかわからないだろう?
 生きるために、腕は磨いておかなければならないのだ。

 生きるって、大変だ。

 だけど、好きなことをやるためならば、苦手だと思っていたことでも、案外やれちゃうものだから、不思議だよね。
 手裏にいたときは、絵を描くために切り捨てていた剣術を。
 今は生きて絵を描くために、剣術を極めているのだから。

 そして大隊長になって、無尽蔵に紙が買えるようになった。
 ようやく、心のままに、気の向くままに、絵を描ける。
 描き倒してやるっ。とは思うが。

 大隊長というのは、案外やることが多くて。余暇など、ほんのわずかしかないという。
 寝る間を惜しんで、描きたい。
 けれど。寝不足で戦場に出たら、命がヤバいので、それもほどほどに、だ。

 巴は華奢な体つきをしていて、腕力が少ない。
 一般兵士なら、何人でもへこませる剣術を身につけはしたが。
 剛力の者が相手だと、押し負けることもあるし。
 いまだに幸直に、力押しされると、ぐうの音も出ない。

 幸直は細身に見えるが、中身は案外、がっしりみっしりしていて、力強い。
 いや、見たわけではない。
 だが服の上からでも、巴は、骨格や可動域などを見て、大体の体つきを想像できる。
 引き締まった筋肉に覆われた極上の体躯を、一度、この目で拝んで見たいものだが…。
 それはともかく。

 力強い相手への対処法として、巴は重めの剣を持つことで、遠心力を足して、力をつけようと思っていた。
 木刀も重くして、鍛錬しているところだ。

 ガツガツ素振りして、汗が道場を濡らすほどになって、ようやく休憩に入る。
 羽を広げて、道場のひんやりした床に寝転んだ。
 床に平行に翼を広げると、背中の羽毛が生えた部分に床の冷たさが伝わって、心地いいのだ。

 あんまり気持ち良いので、目をつぶる。

 今日は、新兵訓練に付き合って、長距離走なんかしたものだから。疲労が溜まっていた。
 ふと、唇になにかが当たって。目を開ける。
 すでに見慣れた顔である幸直の美貌が、間近にあった。

 あれ、寝ていたかな?

 と巴が首を傾げると。
 幸直は、無防備に投げ出していた巴の手を、指を絡めて床に縫い留め。さらに顔を近づけてくる。

 本格的に深いくちづけをしてきた。

 閉じた目蓋を縁取る、薄茶のまつ毛が、長い。
 明るい性格で、少し軽いと思う男だが、眉の形は男らしい。
 太すぎてオス味が強すぎるわけでも、細くて女々しい感じもない、ちょうど良い…どちらかというと、彼に似合った太めの眉。
 舌を舐めてくる感触は、優しく、甘く。
 彼の目蓋が開いて、丸い薄茶の瞳が現われる。
 虹彩の鮮やかさに、目を奪われた。べっこう飴を太陽に透かしたみたいな、キラキラ…。

「おい、なんで目を開けたままなんだ?」
 唇を離した幸直が、戸惑い気味に聞いてくる。
 ま、キスした相手が、目、ガン開きだと、引くよな。
 でも巴は、そんな幸直も、つぶさに見やる。

 厚みのある色っぽい唇が濡れて、目の際も赤くなって…色艶が増しているぞ。
「だって、さかったオスの顔をする幸直は珍しいからな」
「…感想は」
「美形は、盛っていても美形、ということが判明した。間近で見ても、きめの細かい肌質は、女性もうらやむつるつる具合」
「見すぎだろ」
 幸直は頬をひきつらせ、フンと鼻で笑った。
 巴は上半身を起こして、翼をたたむ。

「どうして、キスなんか?」
「いやぁ、無防備に寝てる巴が、可愛いと思っちゃって。ま、起きてるときも可愛いけど」

「どうして、上官が来たのに、知らせが来なかったのかな?」
「いやぁ、巴が道場にいるのがわかっていたから、使用人には、驚かせたいから直接行かせてって頼んだ」

 ここの使用人は、以前、幸直が住んでいたときと変わらぬ顔ぶれだ。
 ハグレである己が、使用人をいちから集めるのは大変だろうということで、幸直が残していってくれたのだ。
 つまり、使用人の主人は、いまだ幸直のようなものだった。
 そりゃ、幸直の言うことを優先するよな。

「どうして、既婚者で子供もいる幸直が、僕にキスをするのかな? 幸直は僕に恋愛感情はないはずだが」
「あ、そこに戻るんだ」

 そことは、キスの理由だ。
 幸直と出会って、一年以上になるが。その間に、幸直は父親になった。
 結婚は、巴と会う前にしていたようで。
 幸直が結婚していると知ったのは、子供が生まれたという噂を人伝に聞いたときだった。

 そのとき彼が言ったのは。『俺と巴の間に、俺が結婚している情報なんかいらなくね?』
 ま、いらんけど。
 でも、ちょっとだけ、己にとっては重要情報なんだけどな。

「恋愛感情なんか、ないよ。親愛の表れかな?」
「親愛の表れで、ベロちゅうするのか? 僕は、初めてだったんだが」
「マジ? 俺も俺も。キスしたの、巴が初めて」
 軽い。そして、言い方がチャラい。

「つか、既婚者がキス初めてなんて、そんなわけないだろ」
 あ、心の声が漏れてしまった。
 まぁ、いい。おおよそ、そのようなことが言いたかったので。

「結婚っつってもさ。血脈を残すための血族婚だからな。向こうがその気になったときに、タネを与えるだけさ。キスなんかしないよ。向こうはお姫様みたいな感じで、周りにいっぱい人がいてさ。すること済んだら、サッと引き上げてしまう。顔もまともに見たことないかも」

 なんだろう、そのいびつな夫婦生活は。
 将堂側の名家というのは、そんなに血脈重視なのか?

 しかし、手裏基成であった巴だから、少しはわかる、その事情。
 巴も、もしも手裏の総帥になっていたなら、ハクトウワシ血脈の見知らぬ誰かと結婚しただろうから。

「で、僕なんかで、初めてのチュウを済ませて、良かったのか?」
 幸直はフッと笑い、巴の後頭部に手を回すと。自然な感じで顔を引き寄せ、くちづけた。

「初めてのチュウが巴で良かった」
 巴は、全く無の表情であったが。
 心の中では『カッコイイかよっ』と叫んでいた。

 幸直が、幹部の屋敷に戻り。巴は自室にひとり入る。
 人払いをしたから、当分、誰もここには来ない。

 文机の引き出しを開け、そこに詰まった紙の束を、無造作に手で掴んで、床にばら撒く。
 その紙、一枚一枚には。
 いろんな表情の幸直が描かれていた。

 屈託ない笑顔、不敵な笑み、怒った顔、真剣な表情。剣術をしているときの姿勢、立ち姿、後ろ姿。

 巴は、安曇眞仲も相当描いたが。幸直と出会ってからは、もっぱら絵の題材は幸直だった。
「恋愛感情は、ない…か」

 つぶやいた声に、寂しい響きがあり。巴は苦笑する。
 別に、幸直とどうにかなりたいなど、そんな感情は持っていない。
 キスなんかされたから。
 ちょっと。
 少しだけ。心が浮いただけだ。

 初めは、安曇に次いで絵に映える題材がみつかったことに、心の内側で興奮していたのだ。
 安曇は、見栄えはとても美しいが、死に抗うあの顔以外は、お人形のような完璧な造形で、生命力があまり感じられなかった。
 いつも同じ顔つき、という感じ。

 だが幸直は、会うたびに、いろいろな表情を見せてくれて、面白かった。
 当初は、紙が思うように買えなかったから、脳裏に焼きつけるように、幸直の一瞬一瞬を、一生懸命みつめていたものだ。
 ただ、性格も、彼は良くて。
 男に言い寄られて困っている巴を、何度も救ってくれたし。そのために剣技を身につけたいと願えば、そのように手配もしてくれて。
 今では、そういう輩は自分で対処できるようになったし。おまけで出世もして。絵も描けるようになった。

 それもこれも、幸直のおかげ。
 彼自身に、巴は魅かれていった。

 そうは言っても。巴は腐っても手裏基成であり。
 相手は、将堂に次ぐ格式高い名家の当主。
 敵と味方。
 黒と白。
 西と東。
 決して相容れぬ関係性。
 さらに彼は既婚者だ。

 絶対に好きになってはいけない相手。

「なのに、あいつは。簡単に触れてきやがる。こっちの気も知らないで」
 心に制御をかけ、純粋に絵の題材として、彼の見た目だけを愛し。それを絵に起こせれば満足。
 彼とどうにかなろうなんて、おこがましい。
 そんなふうに、思おうとしているのに。
 あちらはお構いなしに距離を詰めてくるから、困る。
 あの距離感ゼロな感じは、いかがなものか。

「とにかく、先ほどのチュウはなかったことにしよう。…見たものは描くが」
 近距離で見た、まつ毛の長さや。
 キスしたあとの、色気満載な幸直だけは、描きたいと思う巴だった。

     ★★★★★

 巴の、出世快進撃は続いた。
 幸直が組織する奇襲隊に、何度か誘われ、任務を成功させたことで。巴の剣の腕は、幹部にも認められた。
 参謀であった幸直の補佐を経て、ニ十歳には幹部入りし、正式に参謀に任命される。
 一兵士からの叩き上げで、二十で幹部入りというのは、本当に前例のない快挙であった。

 基礎がしっかり固まっている巴の戦術論は、しばらく戦列を離れていた側近の瀬来も、唸るほどで。
「よく勉強しているね。派手なことをかましたがる幸直は、彼を見習うべきだよ」

 巴のことは褒めてくれたが、幸直には辛辣なことを言う。
 瀬来は可愛い顔して、毒舌な男だった。

 ところで、幹部の仕事をやるようになって。たとえば作戦がひとつ上がって、それの裁定待ちという時間。
 絵も描けないし、鍛錬もできない、という中途半端な余り時間がチョイチョイできるのだが。
 そういうときは、羽を抜く、というのが癖になってしまった。
 手持無沙汰というか。中途で折られた翼は、先端の神経が痺れていて、羽を抜いてもあまり痛くないのだ。
 ハクトウワシの翼は生きていて、次々大きな羽を作り出そうとする。
 それを抜かないと、カラスを装えないから、巴は暇なときに抜いているのだが。

「駄目だよ、巴」
 幸直に見咎められると、手を握って止められてしまう。
 それでなくても、みすぼらしい翼が、より見るに耐えなくなる、というところか。
 しかし、抜かないとカラスでないことがバレる。
 それは死活問題なので。やめろと言われてもやめられないのだ。

「巴、なにか、気掛かりでもあるのか? まだ、誰かに言い寄られているのか? なにかあるなら俺に相談してくれ。友達だろ?」
 幸直。いくら友達でも、言えないことだ。
 名家の当主に、己が手裏基成であることなど。
 だからにっこり笑って、言ってやる。

「なにもない。これはただの癖だから、気にしないで」
 心に抱えるものは、いろいろあるよ。
 分不相応な淡い恋とか。
 絵を描いていることを内緒にしているとか。
 手裏基成とか。
 ま、全部言えないじゃん。

 というか、羽を抜く行為は心の病ではない。自分の場合はな。

 そうは言っても、心優しい幸直は、己を心配そうにみつめるのだ。
 そういうの、奥さんに向けてやったらいいのに、と思う巴だった。

 幸直の恋愛観は、初めてチュウされたときとあまり変わらない。
 奥さんとの仲は、相変わらず。
 というか、幸直はあまり家族の話をしたがらない。
 この間、ふたり目の子供が生まれたようなので、することはしているようなのだが。その報告を、巴にはしてくれないので。巴は知らないフリをしている。

 奥さんとの間に、恋も愛もない。というか、この世に恋も愛も存在しない。
 心が近い相手と話をし、触れて、笑いあう、それが楽しい。そんな感じ。

 ある意味、彼の恋愛観は、お子様のまま止まっているのかもしれないな。
 恋愛より、友達と遊んでいた方が楽しい、というのは。人によっては、十代前半で終了する感覚だ。

 幸直にとって、一番そばにいて楽なのは、巴らしい。
 好きな相手に、そう言ってもらえるのは、嬉しいが。

 巴は期待しない。

 なにせ、幸直自身が、それは恋ではないと断言しているからだ。
 幸直にとって、巴は。親友の位置づけなのだろう。楽しいことがあれば抱きつくし、心のままに笑顔を見せ、肩を抱いて笑い合い。
 心が高ぶると、キスをする。
 しかし、そこまでだ。それは…親友で、あっているよね?

 ともかく巴は、己の気持ちを隠して、幸直に親友の顔を向ける。
 たまに邪険にもする。
 あんまり嬉しそうにばかりしていたら、淡い恋心が透けて見えそうなので。
 慎重に、彼との距離を測りながら、彼の笑顔が曇らないよう、静かに、静かに、そばにいる。

 推しの笑顔のためならば、己の心など、どれだけ踏みつけにしても構わないのだ。

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