【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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番外 右次将軍、美濃幸直 3

 次の日、さっそく巴を、三十八組から三十七組に異動させた。
 あの組長は、とっとと降格させたかったが。二週間後に前線基地への出陣が決まっていて。今は人事を動かせなかった。
 むむむっ。兵士を大事にしない組長など、百害あって一利なし、なのだが。
 腹が立つけど、仕方ない。

 巴を異動させるにあたって、三十七組の組長には、くれぐれも彼が性被害に遭わないよう、目を光らせていてくれと注意し。大隊長直々に、同意のない性行為は禁止と明言した。
 言わなくても、わかるだろう言葉を口に出すのは、無粋なのだが。
 己の大隊が、少し治安が悪いと、幸直は感じたのだ。

 そして、巴にも注意をうながした。
 もちろん、彼が悪いんじゃない。彼は被害者なのだから。
 でも、避けられる物なら、避けてほしいのだ。

「男性であっても、性的に乱暴されかけたというだけで、精神的に傷を負うものだ。軽視はできない。だが、巴。君も強くならなければならない。大勢の者から逃げられたというのは、とても幸運だったが。本来は多勢に無勢で、おさえつけられたら、逃げるのは困難だ。まず、そのような事態になる前に、自力で逃げられるよう、最低限の力量をつけるべきだな」

 本当に、マジで危なかったよ。カラスというだけで犯されそうになるとか、可哀想じゃん。
 できれば、ずっとそばについて守ってあげたいが…。
 たとえば、組長と兵士だったら、それもできたけれど。
 大隊長と一兵士では。舞台が違うから、見ていてあげることができないのだ。

 己のそばに引き上げるにしても、巴自身が強くなければ難しい。
 今の自分では、助けてあげられない。
 でも、放置はあり得ない。
 絶対いや。
 無責任すぎるだろう?

 だから、強くなってくれと、お願いしたわけ。

 己の屋敷の道場を開放し、好きに使っていいと言ったら。巴は熱心に、毎日通ってくれた。
 真面目なところは、好感が持てるし。
 己の言葉を、ちゃんと理解して、自ら強くなろうと努力してくれることも、嬉しかった。

「俺も、鍛錬する。巴、付き合ってよ」
 せっかく強くなろうとしてくれるのだ、友達として、己も力を貸したかった。
 道場でひとり、素振りや剣筋の型を黙々と繰り返している巴に、幸直は声をかけた。

 巴は小さくうなずき。木刀で、幸直に打ち込んでくる。
 素地は、できているような気がする。でも、圧倒的に力が足りない。
 それと、打ち合いに慣れていないのか、腰が引けている。
 もっと堂々と、自信を持って、打ち込めば。それなりに押し込めるのだが。
 経験が少ないのだろう。
 でもそれは、鍛錬を続けていけば、自然と身についてくること。

 巴は強くなれる。幸直はそう思った。

「…巴、髪を切ったのか? ずいぶん思いきった短髪にしたな?」
 打ち合いながら、巴の肩まで伸びていた髪が、襟足が見えるくらい短く切られていることに気づいた。
 ええぇ? もったいない。
 前髪も、眉の上だ。頭の形がわかるほどの短髪。

「見た目、だけでも、男っぽく、した方が…」
 幸直が打ち込むたびに、巴は言葉を途切らせる。
 ふふ、まだまだ余裕がないな。

 つか、男っぽくない。
 うなじが色っぽいし、首は細いし。丸くて小さい頭は、鷲掴みしたい気にさせられる。
 征服欲をかき立てるっつうの。
 それに、長い前髪に隠れていた目が、しっかり見えてるし。
 その、打ち込んでくるときの真剣な眼差しでさえ、己をぞくぞくさせるというのに。

「伸ばしたら、巴の黒髪は、絶対つやつやして綺麗だと思うのにな。強ければ、ありのままでいられるぞ? 強いはやっぱり、正義だろっ」
 強く押し込んで、幸直は巴を吹っ飛ばした。
 己の邪心も、吹っ飛ばすように。
 でも、巴はすぐに立ち上がる。
 よしよし。その負けん気は悪くない。男っぽい。

「もう一度、頼む」
「いいぜ、何度でも。その代わり、強くなったら。髪、伸ばしてくれよ。俺の為に」
 その細い首は、目の毒だ。
 くちづけて、跡を残したくなる。
 自分がそう思うということは、不埒な輩も、そう妄想するということ。
 ダメだダメだ。一刻も早く、髪を伸ばしてほしい。

「僕の髪型は、僕が決めるし」
 巴はジト目になって、きっぱり言った。
 わっ、美濃様のお願いを断るなんて、新鮮。
 ニヤリと笑ったら『こいつ、断られてんのに、なんで笑ってんの? キモッ』という顔で胡散臭うさんくさげに見てくる。

 己を、そんな失礼な顔で見てくる者も、新鮮です。

 叱られたり、蔑すまれたりするのが、好きな性質というわけではないが。すごく、心が近い、気の置けない仲のようで、嬉しいじゃん?

 もう一度打ち合いを再開して、幸直は気になっていたことを巴に聞いた。
「巴は既婚者なのか? そういう噂だが」
 彼が安全に三十七組で生活できているか、探ったときに、この話を耳にした。
 戦をしている中、子孫を残すために、この年齢で結婚している者は、それなりに多い。

「それも、男避けだ。恋愛的はなやつは、そこで引いてくれるのだが」
 否定の言葉に、幸直は心が浮き上がった感覚がした。
 既婚者だと聞いたとき、なんとなく胸がふさがれたような気になったのだ。
 自分も結婚しているんだから、そんなふうに感じるのはおかしいことなのに。

 でも、すっきりした。

「ヤバいのは、そういうの無視して、無理矢理やろうとしてくるやつだ」
「まだいるのか? そんなやつが」

 巴と出会ってから、一週間ほどが過ぎ。その間、巴は毎日道場に通っている。
 真面目に、剣術の鍛錬をしているのだが。
 不埒な輩は、巴が幸直のお手付きになって、毎日抱かれに行っているのだと邪推しているのだ。

 しかし、その噂は。逆に、巴に手を出そうとする者の数を、だいぶ減らした。はずなのだが?

「困ったことに、馬鹿は減らない」
 他人事のように、巴はぽつぽつ話す。
 でも、撃退できているからこそ、その語り口なのなら、まぁいい。

「美濃家に逆らうのかって、凄んでやろうか?」
「はは、そういうの、嫌いな癖に」
 この一週間の間に、巴は、幸直が美濃家の当主だと知ったようだ。
 でも、態度を変えなかった。
 それは、家とか地位とかどうでもいい。己と巴の間に、余計なものをはさむ必要はない。と言われているような気がして。すっごく嬉しかったのだ。
 それに、美濃家の…と言われることを嫌がっていると察しているみたいで。気遣ってくれる。

 そんな巴と友達になれて、良かった。
 己を美濃の当主としてではなく、ただの幸直として見てくれる、稀有けうな存在。

 そんなの、もう絶対、離せないじゃん?

「俺の気持ちをわかってくれるのは、巴だけだよ。そんな貴重な友達が困っているんだから、それぐらいはするぜ?」
「助けになんかならないよ。美濃様と毎日してるんだろって、いやらしい口撃を受けるだけだ」
 そうしたら巴が『龍鬼の方が、犯される心配がないだけマシかも』なんて言うから。
 幸直は、木刀を振る手を止めた。
 巴も、真剣な空気を感じたのか。幸直をみつめてくる。

「俺のそばには、龍鬼がいるが。彼らは迫害を受け、とても苦しんでいる。マシだなんて、言ったらダメだ」
 幸直の脳裏には、父親の前で土下座をする、五歳の堺が見える。
 助けてあげられなかった、あの子。
 それは幸直の心の傷でもあった。

 巴だって、不埒な輩に言い寄られ、不快な思いをしている。
 それはわかっているけれど。龍鬼の方がマシ、とは口が裂けても言えないのだ。

「でも龍鬼は、そのせいで、変なやつは寄りも触りもしないんだろう? 殴る蹴る犯すよりは、無視の方が痛くない。僕はひとりでいても苦にならない方だし、放っておいてほしいくらいなんだ」
 けれど、龍鬼は本当にひとりで、誰の助けも得られないんだよ?

「しかし俺の友達は、親からも冷遇されて、心を閉ざしてしまった。巴がそうなったら、悲しいよ」
 自分の背を追い越した、成長した堺のことも、目の前に見えるようだった。
 彼の背中は、とても寒々しく、孤独だ。
 巴が、そんな背中を見せたら。己の前で、拒絶するように背を向けたら。とてもつらい。

「そうか、考えなしですまない。無視や罵倒の方が、精神を傷つけられて、つらいと思う者もいるものな?」
 意外とすんなり、巴は謝ってきた。
 自分もつらい思いをした、体も傷つけられた、だろうに。
 龍鬼の傷も思いやれる、優しく素直な人なんだな?
 幸直はそんな巴を、尊敬した。

「心を閉ざすことは、心の防衛だと、僕は思うけど。幸直の友達は、なんで君がそばにいたのに、心を閉ざしてしまったのだろう? 幸直は平等だから、心の支えになるのに」
 それは。巴は、幸直がそばにいたから救われた、というように聞こえて。
 そうだったらいいなぁと。
 嬉しいやら照れるやらで、頬が熱くなった。

「それって、俺は巴の心の支えになっているってこと?」
 我慢できずに、聞いてしまった。
 そうしたら真顔で『頼りにしてる』なんて言うから。
 すごく、感情の乗らない声だったけど。幸直の胸には、ズドンと突き刺さるかのようだった。

 それで、幸直は。
 堺のそばにはいてやれず、力にもなれなかったと、正直に告げた。

「なるほど。その罪滅ぼしに、僕を助けてくれるんだな?」
「いやいや、巴を、堺の身代わりにしているわけではない。でも、放っておけないとは思ってしまうかな。巴も、誰も、傷つかないで生きてもらいたいが。みんなを救えるわけもないし。手が届く範囲、できることをするだけだ」
 自分で言っていて、偽善的だと思った。
 堺のように、結局己は、誰も助けられないのかもしれない。
 できれば、目の前の友は救ってあげたいのだが…。

「もうひとり、龍鬼の先生がいるんだけど…」
 幸直は、巴に廣伊のことを説明した。
 彼には、いろいろ教わったのだが。どうしても、龍鬼の効果的な使い方というのが、納得できず。
 幸直はいまだ、消化できないでいた。
 堺も廣伊も、大事な人を駒として扱いたくないのだ。

「一般論として、戦術を立てるときに、人格を思い浮かべてはならない。それをすると、兵士を動かせなくなるからな。そして龍鬼は、強力な戦力だから。便利に扱いがち。しかしそこは、人であるから、疲弊させてはならない。その均整を、先生は教えようとしているんじゃないかな? 龍鬼を使い捨てにしないよう注意しながら、ここぞという場面で用いる。それが先生の言う、効果的な龍鬼の使い方の意味なのだと、僕は思うが」

「なるほどな、すっごいわかりやすい。殺さないように、力を発揮できるように、龍鬼を采配するってことだな?」
 明るい笑顔で、巴を褒めたが。

 言いながら、幸直は。
 巴は、上流階級の子供だったんじゃないか、と感じた。
 今の話は、戦術論の基礎を知っているからこその、助言だ。
 それに、剣技の素地もできている。

 子供のうちは、それなりの教育を受けていたが、なにかがあって、将堂に流れてきざるを得なかったのではないか?
 だとしたら、己が美濃でも、物怖じしない理由になる。
 名家の人物と付き合いがあって、その接し方を知っているということ。
 彼の身のこなしも、どこか上品であるし。

 でも、巴が何者でも、いい。
 今は、将堂の兵士で。己の友達。

 無意識に独占欲をかき立てながら、幸直はその想いを爽やかな笑みで隠した。

     ★★★★★

 四月になり、幸直率いる第八大隊は、前線基地に入った。
 巴のことを心配しつつも、幸直はもう、見守るしかない。

 基地に入る二週間前に、幸直と巴は出会ったわけだが。その二週間の間で、巴はめきめきと剣の腕前をあげていった。
 まだまだ幸直には敵わないものの、一般兵なら、五人くらいは余裕で渡り合えるのではないか?
 それくらいには力をつけていた。

 よしよし。これなら、よっぽどのことでもなければ、巴が襲われることはないだろう。

 元々、素地があったから、あとは経験値と力だけだったのだ。
 みっちり鍛えたことで、その要素は、克服できたと思う。
 そして基地に入ってからも、巴は鍛錬を欠かさなかった。そりゃ、どんどん強くなっていくよね。

 そんな中、五月に事件が起きた。
 大規模戦闘中に、三十八組が職務放棄したのだ。

 三十八組が動かなかったことで、補佐についていた三十七組が、前線に出ることになり。第八大隊の陣形は、大きく崩れた。
 ヘタをしたら、一点突破されかねない、最悪な展開だったのだ。

 だが巴の活躍で、大隊壊滅は免れた。
 三十八組は、ハグレの巴が死んだら、手を貸すなどと言ったようで。ぶちぎれた巴が、敵を大勢返り討ちにしたという顛末である。
 巴は目の前のことで手一杯だったろうが、結果的に、それが功を奏したのだ。

 これは、幹部にも報告義務が生じる大事だったが。
 とりあえず処分は、現場に任せるということで。
 廣伊と相談の上、三十八組組長と主軸の二十名が、二十四組へ異動。三十八組は、手柄を立てた巴を組長に昇進させ、預けることになった。

「幸直、無茶苦茶なんだが」
 困り顔の巴に言われるが。
 うん。自分でも無茶ぶりだと思う。
 それでなくても、三十八組は、ハグレの巴に反抗的だ。でも。

「ここで実績をあげたら、俺もおまえを、引き上げやすくなる。ここが踏ん張りどころだぞ、巴」
 肩をポンと叩いて、はげました。

 もうすぐ幸直は、幹部入りする。その打診が来ていて、いつ引き上げられても、おかしくない状況だった。
 でも、幸直は。巴のことが心残りで。
 第八を去る前に、巴が安全に暮らせる環境を、なにがなんでも整えたいと思っていたのだ。

 一兵士ごときが、巴に触れられないような、確固とした地位を。

 戸惑い、うつむいていた巴は。
 顔を上げたら、あの魅惑の黒い瞳を、キラリンと輝かせていた。

 わっ、可愛い。じゃない。
 いつも眠そうな顔しているのに、珍しくやる気で、なんですか?

「よし、やってやるぜ、幸直っ」
 そして、らしくない叫びを上げて、その場を去っていった。
 大丈夫か? と思っていたら。

 巴は三十八組の、巴に反発していた猛者たちを、五十人倒してしまったという…。
 のちに『黒の叛逆』と言われる、伝説級の語り草の主人公になってしまったのだった。

 誰にも文句を言わせず、力技ちからわざで、三十八組の頂点に立ってしまうなんて。
 いや、すごいよ。マジで。
 さすが、己の相棒だな。

 もう、守ってやらなくても、大丈夫なくらい強くなってしまったのは…ちょっとだけ寂しい気分だが。
 彼が傷つけられないことが、一番大事だから、それでいいのだ。

 そして、幸直は。
 もう、誤魔化せないなと思っていた。

 目を輝かせる巴を、可愛いと思ったり。首筋を舐めたいと思ったり。巴が何者でも、そばから離したくないと思ったり。守ってあげたかったり…。
 もう、断然強くて、守られるばかりではなくなったけど。
 それでも、隣にいてほしいと願うのは…。

 彼のことを、好きだから。

 友達としてではなく、恋をしているのだ。
 だけど巴は、男に襲われて、傷ついているだろうから。友達にそんなふうに思われていると知ったら、離れてしまうかも。

 慎重に、狡猾に、彼との距離を縮めていかなければならないな。そう幸直は思った。

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