【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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番外 右次将軍、美濃幸直 5

 二十二歳の夏、前線基地にて。
 作戦指令室で、巴とともに今回の大規模戦闘について、あーでもないこーでもないと言い合ってた。というか、作戦を精査していたとき。
 珍しく堺が寄ってきて、言ったのだ。

「幸直、今まで私に笑いかけてくれて、ありがとう」
 そして、にっこり笑った。
 あの、屈託のない、五歳のときの笑みではなく。どこかぎこちない微笑みだったけど。
 幸直は報われた、という気になった。

 十五のときに再会して、なにかといったら話しかけて。
 幹部になって、同僚になってからは、雑談の度に、堺に会話を投げたりしていた。
 それでも、堺の心も表情も凍りついたまま。全く動かなかった。
 ずっと、幸直の前には、壁が立ちはだかっていたのだ。

 でも、その壁が。少し崩れて、顔が見えた。くらいには、低くなっている気がする。
 なにか、心境の変化があったのだろうか?

「幸直、嬉しそうだな。良かったじゃん」
 巴も、笑いかけてくれて。
 そういう、己の細かい心の動き、わかっちゃうんだよな、巴は。
 それって、己のことを、よく見てくれている証のように思えて。すごく嬉しいよ。

 でも急に、どうしたんだろう。と思って。注意深く堺を見ていると。

 雷龍の間宮紫輝という言葉に、反応しているのがわかった。

 紫輝は、四月に新しく入軍した龍鬼だ。
 最初の頃、堺は、一切興味を示していなかったが。
 紫輝がどうした雷龍がこうした、という話題に。必ず食いついてくるようになったのだ。
 どうやら、友達になったらしい。

 そのうち、赤穂と側近も、紫輝のことを話題に出すようになって。
 どうやら、友達になったらしい。

 ええぇ? ずるいぃ。
 実は。六月に紫輝が前線基地に入ったと同時に、大規模戦闘を手裏に仕掛けられ。幹部は、指令室から動けなくなってしまったのだ。
 赤穂も、右軍総司令官として、すぐに新しい龍鬼に顔出し、もしくは呼びつけ、したかったのだろうが。
 しなかった。
 上司を差し置いて、こちらも見には行けないから。
 幸直は、新しい龍鬼に興味津々だったけど。会いに行くのを我慢していた…というのに。いつの間にぃ?

 それに、堺の心を動かした龍鬼に、興味あるよぉ。
「巴も、見に行ってみる? 新しい龍鬼」
「僕はいいよ、興味ない」

 一生懸命誘ったが。巴は頑なに首を振った。
 まぁ、彼は。少し人見知りの気がある。
 初対面の者と、話ができないほどひどくはないが。できれば知らない人には会いたくない。友達も、顔見知りも、多く作ろうと思わない。

 幸直は、彼の友達は自分だけでいいと思う、独占欲があり。それは、満たされるのだけど…。かといって、巴を孤独に追い込みたいわけではないのだ。
 でも別に、巴も孤独に沈んでいるようではない。
 たぶん、友達百人より、ひとりと深く付き合う気質なのだろう。うん。

 そして、幸直は。ひとりで紫輝に会いに行ったのだが。
 紫輝は廣伊の組の兵士だ。先生にも久しぶりに会う。なので驚かせてやろうと思って、気配を消して、先生の宿舎に忍び込んだよ。
 そうしたら、剣の柄を握られたよね。
 己が本気で気配を消したら、大抵の者は気づかないのだが。さすが、先生。

 紫輝は、ごくごく普通の少年って感じだった。
 黒髪に、ちょっと目つきが悪い、でも大きな瞳。生意気そうな口元。だけど赤穂とバチバチに剣を打ち合ったりして、ヤベェやつだった。

 幸直はまだ、赤穂に手合せで勝てたことがない。
 そんな相手と真剣でバチバチ…あり得ません。
 つか、赤穂の気迫を真っ向から浴びるとか、腰抜かすよ。

 そのこともだが、堺が紫輝の手を握ってニコニコしているのを見て。本当にびっくりした。
 幼馴染みの自分にも、まだ、ささやかな笑みだというのに。
 紫輝相手には、あの壁が完全消失しているのだ。

 堺は紫輝に、心を開いている。

 そうか。堺の傷を癒したのは、彼なんだな。
 己がしてあげたかったことだから、寂しく思うけれど。
 でも、堺が。
 己が恋した、五歳の頃の、あの笑顔を取り戻してくれるなら。
 相手が己じゃなくてもいいんだよ。

 嬉しいと思うよ。

     ★★★★★

 その後、赤穂に特別任務を課され、幸直は河口湖に行くことになった。
 側近の家で、腕を切断された兵士の養生をするというものだ。
 これは、厳しい任務だと思った。

 第八大隊長時代、幸直は、部下が重い傷を負う機会に何度か見舞われた。
 ひとりは、その場で命を落とし。ひとりは再起を誓ったが、傷の痛みに耐えきれず自死した。
 ひとりは使用人として、屋敷でしばらく働いたが。どうしても過去の栄光が忘れられず、軍にいるのがつらくなって田舎に帰った。
 幸直が知る限り、幸せになった者はいない。

 でも、望月は。なんとか持ち直し、廣伊の愛情に打たれ、生きる選択をした。
 それが正解だったか不正解だったかは、今後の彼次第だが。

 その前に、紫輝と恋愛談義したのだ。
 紫輝に、恋をしたことがないんだ? と聞かれ。
 巴のことは言えないから、無難に妻の話をする。
 恋も愛もこの世にはないのだ。そういう現実的な話。

 そうしたら紫輝は『そういう人に限って、大恋愛しちゃったりするんだよねぇ』なんて言うのだ。
 してみたいねぇ、大恋愛。

 でも…恋をしたことがない、というのは、そうなのだろうな。
 初恋は堺で、巴には片想いをしているけれど。
 いわゆる恋愛して、お付き合いするという、そういうのはない。
 夢見ていたけどな。手をつないで街中を歩くとか、くだらないことを耳元で囁いて、笑い合うとか。ギュッて抱き締めるだけで、幸せを感じるとか。そんな些細な恋愛像を。

 巴と、そういうことができたらな、と思うけど。

 初めて巴と出会った日から、五年が過ぎようとしている。
 でも、巴は。まだ羽をムシるのだ。

 彼の心の傷が癒えるまでは、手を出さないでいようなんて思って、長い年月が過ぎてしまったが。
 廣伊と千夜の強火恋愛を見て、幸直はうずうずしてしまった。

 己も、あんな情熱的な恋がしたい。
 目の前に愛する者がいるのに、手を出せないのがつらい。
 そう思ってしまった。

 本拠地への帰り際、廣伊が千夜と恋人とか、気づかなかったぁ…なんてシラを切っておいた。
 男同士の恋愛って、アリなんだぁ。と、さも、今、気づいたかのように。
 側近は、己のことを、鈍感だなぁなんて言っていたけど。

 一連の小芝居は、全部、巴をビビらせないための布石だ。
 巴本人への対策はもちろん、周囲への根回しにも余念はない。
 己の恋愛対象は女性であった、と広めておけば。巴も、周りも。己が巴を狙っていることに、気づかないだろう? 

 もしも、手に入れたときも。巴が外野から色眼鏡で見られることはないはずだ。
 それでなくても、まだハグレだと、あなどられることがある。
 外野の邪推を、これ以上、繊細な心根の、巴の耳に入れたくなかった。

 千夜と恋人だとからかわれて、能面が基本の廣伊せんせいの顔が、ほんのり赤く染まる。
 いいなぁ。

 あぁ、いいなぁ。早く帰って、巴にキスしたい。

     ★★★★★

 本拠地に帰った足で、幸直は真っ直ぐ、巴に会いに行った。
 前線基地から戻って、すぐは、休暇期間であるのに。巴は、午前は、側近の穴を埋めるため、赤穂の書類仕事を手伝い。午後は、道場で鍛錬していたようだ。
 真面目さんだな。

 幸直は、廣伊たちにあてられて。少しだけ、巴との関係を進めてもいいんじゃないかな、と考えていた。
 そして、とにかく。巴とキスしたい。
 もう、自分で、鼻息が荒いのに気づいている。
 二週間以上、巴と離れていたから。巴不足になっている。巴に飢えているのだ。
 激務から帰ってきた己を、癒してくれぇ。

 そして道場で、久しぶりに巴と手合せしたあと。切り出したのだ。
「俺はさ、この世で、恋だの愛だのは、まやかしだと思っていたよ。結婚相手にも、そういう気持ちは一切湧いてこなかったからな。他に付き合ってみたら、なんて、紫輝にも言われたけど。手を上げる輩は、美濃の家に入る優越感や、金が目当ての者ばかり。その気になんねぇよ」

 巴はうなずく。名家の当主として、良い相手に恵まれず苦しんでいるのを、巴は知っているから。
 そんな己に同情してくれるのだ。
 ただ、黙って、寄り添ってくれる感じが、心地いい。

「でもさ、巴とだったら、恋ができるんじゃないかな? 巴は、俺の金なんか目当てにしなくても、もうそれなりの稼ぎがありそうだし。美濃の家にも興味はないだろ?」
 さらに巴はうなずくが『その紫輝とやらと付き合ってみたら?』と返されて…。

 心に痛手を負った。あ、痛ぁ。

 確かに、ちらほら紫輝の名前を出して、少し、巴を妬かせてみようかなぁなんて。考えたときもありました。
 姑息に嫉妬心を煽ろうなんて考えたから、裏目に出ちゃったな。

「うん。それもアリなんだけど。紫輝は赤穂様のお気に入りで、手を出したら殺されそうなんだよ。それに、紫輝と付き合いたいなんて、ほのめかしたら。なんでか、側近も先生も、烈火のごとく怒った。紫輝は人気者なんだ」

 紫輝は俺の手には届かない人だと、印象づけた。
 自分は、巴だけだよ。

「…幸直は、恋がしたいのか?」
 やんわり、首を傾げる。
 うーん、誰でもいいから恋がしたいのではない。巴と愛し合いたいんだよな。
 でも、真っ正直に切り込んだら、巴は逃げてしまうかな?
 気持ちを小出しにして、彼の気持ちを揺さぶり、探る。慎重にな。

「恋が、どんな気持ちになるのか、わからねぇんだ。ただ、この前の任務で。すっごくつらそうだけど、すっごく幸せそうな恋人を見ちゃって。それが男同士だったから。あぁ、巴ともアリなんだって、思っただけ」

 無理に迫らないよ。
 でも、男同士は解禁にするよ、と。
 己の気持ちを開示する。巴はどう思う?

「アリじゃないよ。僕たちは愛し合っていない」
 くっ、ばっさりやられたぁ…。

「ええぇ? つれないなぁ、巴はっ」
 袈裟斬けさぎりにされたような感じで、道場に寝っ転がった。
 巴がたまにやるみたいに、翼を広げて、あおむけになる。
 おっ、背中が冷たくて、気持ちいいじゃん? これ。

「愛はわからねぇけど、俺たち、キスはしてるじゃん?」
「おまえが一方的にしてくるやつな」
「拒まないところに、俺は巴の愛を感じるけど? 俺も、キスは巴としかしないぜ」
 幸直は、巴の手を軽く引く。そうすれば、巴は、嫌がりもせずに。己の隣に横たわってくれるのだ。

 これが愛じゃなくて、なんなんだ?

 幸直は彼に身を寄せ、頬に手を当てて、唇を寄せた。
 チュッ、チュッと、その柔らかい唇をついばんで挨拶し。それから深く、彼の中に入り込む。
 口腔に舌を差し入れた。
 巴はようこそ、とは言わないかもしれないけれど。こころよく受け入れているように感じる。

 そういうの、わかるから。

 あぁ、巴とキスしたかった。
 二週間近く、恋人たちの業火ごうかの熱をそばで浴び続け、己もじりじりと焦げついてしまった。
 巴を愛したい、構いまくりたい、触れたい、手に入れたい。
 まだ恋人でもないくせに、彼を欲する欲が、望みが、高まり切ってしまった。

 全部、欲しいよ。早く。

 舌を絡めると、巴の体温を、ごく近くで感じる。それも好きだが。
 彼の頬を、指先でコチョコチョくすぐる。己が巴を、愛しく思っているのだと。こういう些細な触れ合いで、感じてほしかった。
 そうしたら、巴は。ひっそりと口角をあげて、笑うのだ。可愛い。

「ほら、巴も俺のこと好きだろ?」
 一歩、大きく踏み込んで、攻めてみる。
 でも『気持ち良いキスは好きだな』などとかわされてしまった。手強いですな。

 完璧に拒絶されているわけではないのだ。
 裏を返せば、キスはいいと、許可を出しているようにも思える。

 でも、恋をする気はない?
 いいや、そんなに強い拒絶ではない。壁を感じないし。
 でも、なんとなく距離は取っている。
 キスはできるが、心の中に足を踏み入れられない、そんな微妙な距離感。

「くっそ。じゃあ、もっと良いキスして、とりこにさせてやる」
 ふざけているていで、幸直は巴に覆いかぶさって、顔中についばむキスをした。
 巴は笑って、親友の悪ふざけに対抗していたが。
 己の本気は、少し漏れてしまったかもしれないな。

 だって、もう我慢できない。

 巴のことを考えれば、無理矢理なんかはできないけれど。
 なぁ、巴は己のことをどう思っているんだ? 

 好きになれ、巴。早く。早く。

     ★★★★★

 十二月、赤穂が死んだと聞かされた。

 金蓮が『この者を赤穂の身代りに仕立てろ』みたいなことを言い。赤穂のそっくりさんを置いていったのだが。
 幸直は愕然とした。
 突然、どっしりとした大黒柱を失い。代わりに、誰とも知れぬ者を立てろというのだ。
 そんなの、許せるはずないし。
 とにかく、信じられなかったのだ。あの、龍鬼も舌を巻く強さの赤穂が、死ぬなんて。

 己よりも、断然、強かった彼が。死ぬなんて。

 強いは、正義だ。幸直は、常々そう思ってきた。
 強ければ、大抵のことは解決できる。
 特に、このいくさの世では。
 そして、強ければ、死なない。
 だから、幸直は。己より強い人物を尊敬する。
 決して、己より先に死ぬはずがないから。
 己の前から、いなくなりはしないから。

 そう思っていたのに。

 でも。青桐がそれなりに剣技があることを知り。堺も親身になって、青桐を赤穂の身代わりに立てようとしていて。納得しきれないながらも、協力していた中。
 紫輝が屋敷をたずねてきて。赤穂を看取ったと言うから。

 赤穂の死が決定的となって、幸直の心はズンと沈んだ。

 赤穂が記憶を失ったのが青桐、という設定なので。
 赤穂が死んだという理由で、嘆くことはできない。
 今まで、場を和ませるために明るく振舞ってきたのだから、いきなり落ち込んだりするのは、不自然だ。
 だから、ずっと笑顔でいたけれど。

「…赤穂様は、やっぱり亡くなったらしい。紫輝が看取ったって言ってた」
 愛鷹の屋敷の道場で、鍛錬をする巴に言った。
 青桐に聞かれてはマズいことなので。彼に身を寄せ、こっそり耳元に囁く。
 でも、巴の匂いを近くで嗅いだら。なんか、緊張の糸が切れちゃって。涙が出そうになった。

 巴は黙って、幸直の頭をポンポン、手で撫でてくれる。
 なにも言わなくても、己がへこんでいることを察して、慰めてくれる。
 己の口説き文句を、のらりくらりとかわす彼だけど。こういうときは、ちゃんと向き合ってくれて。
 正面から慰撫してくれる。
 優しいな、巴は。

 しばらく、巴の肩に頭を乗せて、甘えさせてもらった。
 けど、道場に青桐が入ってきて、幸直は瞬時に、気持ちを入れ替えて。笑みを浮かべた。

 笑っていれば、己が悲しみの底に沈んでいることなど、わからないはず。
 青桐と入れ替わりで、道場を出て。幸直は巴を紹介するため、紫輝を探した。
 紫輝は、なんか、巴を見て泣いたりしたけど。

 実は、もう。あまり頭は回っていなかった。気持ちがぐちゃぐちゃで。苦しくて…。

     ★★★★★

 夕食を食べて、しばらく自室で休んでいたが。どうにも気持ちが落ち着かなくて。
 幸直は、巴の部屋をたずねた。
 剣術の鍛錬に手抜かりなしの巴は、いつも道場にいるけれど。風呂を済ませていたから、今は部屋にいるはず。
 彼の部屋の扉を叩いて、返事がある前に開けると。
 巴は、なにやらわちゃわちゃして、背後になにかを隠した。

「こら、親しき中にも礼儀あり、だろ? 返事する前に戸を開けるな」
「なにを隠したんだ?」
 幸直が聞くと。巴は少し頬を赤らめて。
 でも、おずおずと、背後のものを見せた。
 それは、画板だ。

「幸直が切ってくれた椿が、とても色鮮やかで美しいものだから。でも、いつまでも取っておけないからな、絵にして残そうと思って」
 画板の絵は描きかけで、まだ形にはなっていなかったが。それでも上手いと感じた。

「へぇ、巴にこんな趣味があったとはな」
「夜の暇を解消する手慰てなぐさみだ」

 よく見せてくれないで、巴は絵をサッと片付けてしまった。
 その題材となった椿は、花瓶に美しくけられている。
 幸直なら、切ったままを花瓶に突っ込むだけになるが、巴は、花が前を向くように、長い枝と背の低い枝を前後に器用に並べて、すごく見栄え良く飾っている。

 その椿を、うっとりみつめる巴も。美しいと思ってしまう。
 興味を引かれると、巴の黒い瞳は、きらりと輝く。
 己があげたものを、大事に、愛でるように、みつめている。
 それは幸直にとって、とても意味のあることだ。

 堺の初恋を引きずっている、というわけではないが。己が美しいと思うものを、相手も美しいと思ってくれて、笑い合う。そんな些細な心の交換が、幸直の愛の形だからだ。

「ありがとう、こんな、庭の木を。綺麗に飾ってくれて」
「礼を言うのは、僕の方だ。幸直、いつも綺麗な花を贈ってくれて、ありがとう」

 花束の贈り物は、幸直のちょっとしたトラウマである。
 それでも、巴に花を贈ってしまったのは。
 彼のような凛とした立ち姿の百合を、道端でみつけたからだった。

 男に、花束は喜ばれないかと思ったけれど。
 この百合は、どうしても、巴に見てほしくて。
 突っぱねられたらどうしようと、ドキドキしつつも。
『そこの街道の脇に咲いていたから』なんて。『いらなければ捨てていいよ』みたいな軽い感じで、渡した。
 でも。
 巴は、花束を笑顔で受け取って。すごく嬉しそうに、花をみつめた。
 あの、キラキラの黒い瞳で。
 その顔を見たくて、幸直は季節ごと、美しく咲いた花を巴に贈るようになったのだ。

 だって、普段あまり笑顔を見せない巴が、笑ってくれるから。何度でも見たいじゃん?

「僕は、綺麗なものが好きなんだ」
「綺麗なもの?」
「自然のものは、なんでも美しい。月も星も。蝶も鳥も。樹海の木のうろですら。生命力を感じるものは綺麗だ」
 ひとつ、ニコリと笑って。巴は、幸直の頬に手を当てた。

「幸直もな。今は悲しみに沈んでいるが。快活な幸直は、とても綺麗だ」

 巴は、己が虚勢を張っていることが、わかっているのだ。
 そう思ったら。
 途端に、目頭が熱くなって。
 巴に、噛みつくようにキスをした。

 涙が出ると、嗚咽が上がって、息苦しいが。
 溺れてもいい。
 そんな気持ちで、すがるように、巴の口に舌を差し入れた。

 巴は、そんながむしゃらな己を、受け止めるように。くちづけに応えてくれた。
 心を癒すように、暴れる舌を優しく舐めて、なだめて。手でも、頭を優しく撫でて。

 でも、涙が止まらなくて。
 キスをほどくと、幸直は巴をきつく抱き締めた。

「俺の前から消えないから、俺は、強い人が好きなんだ。赤穂様も先生も、堺も。なのに、あの強い赤穂様が、俺の前からいなくなるなんてっ。堺は、俺では駄目だった。彼の傷を、俺は癒してやれなかった。先生も、もう人のものだ。俺が好きになる人は、みんな俺の前からいなくなる。もう、巴だけだ。俺には、もう巴しかいないっ」

 ぐちゃぐちゃに泣いて、すがりついて。
 巴の浴衣の襟元に、涙を吸い込ませた。
 胸の、なめらかな肌を、舐めたかったが。頬をすりつけるだけにした。
 巴は優しさから、慰めてくれるのだ。欲望を押しつけられない。

 脱力して、巴の腿に頭を預け、しばらくじっとしていた。
 すると、巴は。己の前髪を整えるように、指先ですいた。
 その感触が、心地よすぎて。幸直は狸寝入りした。
 巴の膝枕で寝るなんて。
 子供のように優しく頭を撫でてもらえるなんて。
 最高のご褒美。

「いい構図だ」
 こうず、ってなんだ? と思いつつ。
 でも、寝ているフリを続けた。
 そうしたら、泣いて、寝てしまったと思っているのか。巴がそっと、幸直に囁いた。
「幸直、そばにいるよ。僕はずっと、そばにいるから」
 また、泣きそうになったけど。その言葉だけで、幸直はすっきりと慰められた。

 そうだ。己には巴がいる。巴さえそばにいれば、他はなにもいらねぇ。

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