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78 ご健勝でなによりです
◆ご健勝でなによりです
一月十日、早朝。
紫輝と青桐と堺、そして大和は、幸直と巴に見送られながら、本拠地を出た。
馬に乗った大和が先導し、そのあとを三人がついて行く。
道中での話によると、青桐が馬を乗りこなせるようになったのは、年末ということで。まだ日は浅い。
練習時間は紫輝と、ほぼ変わらなかった。
「ええぇ? 青桐、俺より乗馬うまいじゃん? なんか秘訣あんの?」
「いや、堺が丁寧に教えてくれたからだよ」
「いいなぁ、俺も、堺に教えてもらおうかなぁ?」
「駄目だ。堺の教えを受けるのは、俺だけだからな」
「けちぃ…」
そんな、どうでもいい話をしながら、馬を走らせていたのだが。
ふとしたことから、巴の話になった。
「巴ってさぁ、超、優しくね? 親の仇の親族の俺なんか、無視されても仕方ないんだけど。そんな俺にも、助言をくれるし。参謀職のことも丁寧に教えてくれるんだ。まだなにもわからない俺に、仕事を回してくれるし。書類届けに行く場所の道順も教えてくれるんだ」
それは、体よく仕事を押しつけられているのでは? 使いっ走りなのでは? と、青桐は首を傾げる。
「紫輝、それは…」
堺が声を出し。青桐は、堺が紫輝の目を覚まさせてやるのかと、思ったのだが。
「良かったですねぇ。私も…赤穂様が亡くなったと言われたとき、幹部の者は、みんなどうしようと狼狽えるばかりだったのですが。青桐様の記憶を消す役目を負った私を、巴だけが心配して、声をかけてくれたのです。巴は、細かく気を配れる方ですから」
紫輝も堺も、巴のことを、優しくて気配り上手だと評価しているようだが。
青桐は、そう思っていなかった。
「そうかなぁ…巴はもっと、合理的な男だと思うんだが」
たとえば、戦術論で。相手と対峙したとき、右手に敵がつけ込みやすい穴、弱点があったとする。普通は、そこに小隊を配置して、切り抜ける。というのが基本だが。
巴は、地形を選ぶという。右手側が弱体化しているのなら、そこを攻められないよう、崖やら岩やら、そういう障害物のある場へ、敵を誘い込むのだ。そうすることで、余計な人員配置をしないで済む。
というようなことを言うのだ。
巴の、深淵を見通すような黒い瞳は、案外、敵味方関係なく、邪魔な者は容赦なく排除する。無駄や手間のかかることはしない。そういう潔さや、非情さを感じるのだ。
場面によっては、それは必要なことで。巴の戦術は、結局のところ、兵士の動員数を減らすことだから、一考の価値があり。否定するつもりはないが。
善意だけで、巴は動いているわけではない、と思うだけだ。
「ええ? なんで青桐はそう思うの?」
紫輝に聞かれるが。
この『巴は良い人』的な空気感の中で、己の持つ印象を素直に話したら、駄目だろ。
「正直に言ったら、俺が悪者になりそうだから、言わねぇ」
「大丈夫、悪者になんかしないから。言ってみ?」
カラッとした笑顔で、紫輝に水を向けられ。
青桐は渋々、持論を語る。
「巴は、絵を描いて暮らしていきたい、と言っていた。絵と幸直のことにしか、興味なさそう。それらを妨げない行動しているように見えるからさ。紫輝にいろいろ教えるのは、早く仕事が終われば、絵を描く時間が増えるから。堺を気遣うのも同じだ」
「マジかっ? 青桐、そりゃ、ひねくれた考え過ぎだよ。巴はそんなこと考えてないって。良い人なんだってぇ」
「ほら、みろ。悪者にしないって言ったくせにっ、嘘猫耳めっ」
早駆けしながら、青桐は馬体を紫輝に寄せていく。
「わ、わ、幅寄せ禁止っ、煽り運転も禁止っ、嫌いっ、マジふざけんなっ!」
紫輝と青桐がチクチク言い合っているところを、堺が割って入った。
文字通り、ふたりの間に馬を入れ込んで。
そして、にっこり笑って言う。
「青桐様、紫輝、馬に乗っているときは、真面目にお願いしますね?」
冬真っ盛りなので、もちろん空気は冷たいが。
さらに凍てつく豪風雪を感じる。
昨日は、あんなに熱烈で甘いデレだったのに、昼間の堺は冷厳で高潔、ふざけるとか許しませんっ、というツン。
そんなところも、青桐は可愛いと思ってしまうのだから。重傷だと。自分で思って、苦笑した。
しかしながら。巴の真理を突いていたのは、青桐なのだが。
この四人の中で、そのことを知る者は誰もいなかった。
★★★★★
朝食を食べてすぐ、本拠地を出たわけだが。四季村には少し遅めの昼餉の時間、くらいについた。
馬を降りて、村の門を入っていくと、外で遊んでいた子供たちがわらわら寄ってくる。
「紫輝が帰ってきたーっ」
「おかえりぃ、紫輝。安曇様は? 一緒じゃないのぉ?」
口々に、なにかを話す子供たちに。紫輝は笑顔を返し、挨拶する。
「ただいまぁ。眞仲は明日来るからな? 楽しみにしてろ?」
「安曇様くるってーっ」
きゃきゃきゃ、と子供特有の高音で笑う。
それを紫輝は、微笑ましく見やった。
「赤穂が、美人なおねぇさん連れてる」
「浮気だ、浮気だ、月光に言いつけてやるぅ」
「あぁ? 浮気じゃねぇ。堺は俺の嫁だぞ」
子供相手に、青桐が対等に喧嘩売ってる。
大人げないなぁ。
堺は寄ってくる子供たちに、身をすくめていた。触ったらいけないと思っているようだ。
「堺、この村の子供たちは、俺が龍鬼だと知っているし、龍鬼に偏見ないから、触っても大丈夫だよ」
「…親御さんに、怒られたりしないのですか?」
「母ちゃんも紫輝のこと大好きだよ。お姉さんも龍鬼なの? 廣伊と同じなの?」
堺の手を握って、男の子が言う。
それに、青桐が。堺の肩を抱いて、反発した。
「堺は、おねぇさんじゃねぇ。あと、俺の嫁だって言ったろうが。手をつないでんじゃねぇ」
「浮気だ、浮気だぁ」
楽しげに浮気だと言いながら騒ぐ子供たちを、低い声が威圧した。
「浮気じゃねぇ、うるせぇぞ、クソガキどもがぁ」
「赤穂が来たーっ」
「赤穂が増えたぁーっ」
きゃあ、と叫びながら、子供たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく。
あんた、なにしたの?
赤穂と月光が並んで現れた。軍服じゃなく、作務衣と防寒の綿入り半纏というラフなスタイル。
でも剣は下げてる。変なの。
赤穂は青桐を見やると、言った。
「あぁ」
「…おぉ」
それに、青桐も一言返す。兄弟の、感動の対面だと思うのだが。なんとも味気ない感じだ。
でも、言葉数は少ないが。たぶん、兄弟という認識や、なにかしら通じるものはあるのだろう。
ま、微笑ましいな。
「赤穂様、瀬来…ご健勝でなによりです」
青桐の隣に並んだ堺は、口元を引き締め、会釈する。
その様子に、青桐は首を傾げた。
「なんだ、赤穂が生きてたって泣いたのに。意外と素っ気ないんだな?」
「青桐さまッ」
頬に朱をのぼらせ、堺は青桐を睨む。
青桐としては、堺は、赤穂が生きていたことを知って、涙していたくらいだから。もっと感動をあらわにするとか。手を握って挨拶するとか。それぐらいはするのだろうなと、そのくらいの主従関係はあったのだろうなと、想像していたのだ。
自分より親しげにしたとしても、嫉妬しないように、と。事前に戒めていたくらいには、覚悟していた。
だから。その一線を引いた距離感に、むしろ驚いたのだ。
「堺が泣いたとか、あり得ねぇ。それ、マジ話? へぇー? 堺がねぇ?」
赤穂と月光は、威厳を持った顔つきのまま、頬をゆるめるという、妙な顔つきをした。
からかわれていると思って、堺はムムッと唇をさらに引き結ぶ。
見ていられなくて、紫輝は赤穂たちを睨んだ。
「こらっ、赤穂、月光さん、そうやって堺をイジるから、嫌われるんだぞ」
「別に、いじってないしぃ。つか、紫輝、久しぶりぃ」
ピンクの羽をワキワキさせて、抱きついてくる月光が、相変わらずで。紫輝は、頬をゆるませる。
「久しぶりって、まだここを出て、一週間くらいだし。毎日、話もしてたじゃん?」
「親は子供の顔を、毎日、見たいものなのぉ」
「話って、どうやって? まさか毎日、ここまで帰ってるのか?」
紫輝と月光の話に、青桐が口をはさんだ。
本拠地とここでは、毎日帰るのも大変では? と単純に思っただけなのだが。
「ううん。詳しい話は面倒くさいんだが、ライラを通じて話をしているんだ」
「らいら? おまえの身の上話にたまに出てくる、猫のらいら? ここで飼っているのか?」
「ううん、ライラはここにいるよ」
そう言って、紫輝は後ろ手に剣を抜き、ライラを呼んだ。
ババーンと現れるが。
目ざとい子供たちが『ライラちゃんだライラちゃんだ』と騒いで駆け寄ってきたので。
ライラは『いやーん』と鳴きながら高台にダッシュした。
本気走りのライラには、誰も追いつかず。子供たちが悲しそうに『ええぇぇ?』と嘆いていた。
「ごめんよ、ライラは人見知りだからな」
本当は、甲高い声で、予想のつかない動きをする子供が、ライラは苦手なのだ。
そして、肝心の、ライラと初対面の青桐だが。
目を丸くして。つぶやいた。
「なんだ、ありゃ? 猫じゃねぇし」
「だから、ライラだよ。どっからどう見ても、長毛白猫のビューティホー猫だよ」
青桐は、紫輝の言うことはわからない、というように。堺を見やるが。
堺もうなずいて『ライラさんです』と言う。
「わかった…おまえの話を理解しようとしてはいけないということが、わかった」
指先で眉間を揉む青桐に、月光がきゅるんとした笑みを向けて、言った。
「まぁまぁ、とりあえず、屋敷に上がって。寒いからさ」
みんなをうながす、その言葉に、赤穂は反応し。月光に己の半纏をかけてやった。
「寒いのか? だから、もっと着込めと言っただろうがっ」
「寒くないよ。みんなは馬に乗ってきたんだから、そう言ったの。ほら、赤穂の方が寒くなるから、ちゃんと着て」
半纏を押しつけ合う、ふたりの後ろ姿を見て。青桐はつぶやく。
「あのふたりって?」
「月光さんと赤穂は、伴侶契約を交わしていたんだ。でも、赤穂の子供である龍鬼、ま、俺だけど。俺を育てるために、一度離縁した。金蓮は、俺を殺せと指示したが、赤穂は俺を殺せなかったから。月光さんは赤穂と縁を切って。他人として、山奥で、俺を人知れず育てたわけ。つまり。ま、今でもラブラブなの」
「らぶらぶ…愛し合ってるということか?」
紫輝の謎言葉を読み解いた青桐を、堺は尊敬の眼差しでみつめる。
「青桐様、紫輝の言葉がわかるのですか?」
「なんとなく、字面でそう思っただけだ。俺と堺もらぶらぶ、みたいな?」
「なんとなくですが、他人の前で言ってはいけないような気がします」
そのやり取りを聞いて、正確にニュアンスを感じ取っている堺もすごいと、紫輝は苦笑いした。
「しかし、赤穂にも伴侶がいるわけだから。赤穂に成り代わったまま、堺と結婚するわけにはいかないな。ヘタしたら、赤穂と堺が結婚する家系図が残ってしまう」
「そうだな、そこら辺も、綺麗にしないと。とりあえず、家の中で話そうぜ。体が冷え切った。風呂が先だ」
馬を、大和や橘に預け。三人は高台に上がっていき、赤穂の屋敷に入っていった。
ちなみにライラは、使用人の女の子たちに、ちやほやと肉球を拭いてもらい、女王様さながらの風格で、すでに屋敷に入っている。
…昨日も美しかったが、今日も、光沢のある白毛が、さらに美しいとは何事ですか? ライラ様めっ。
一月十日、早朝。
紫輝と青桐と堺、そして大和は、幸直と巴に見送られながら、本拠地を出た。
馬に乗った大和が先導し、そのあとを三人がついて行く。
道中での話によると、青桐が馬を乗りこなせるようになったのは、年末ということで。まだ日は浅い。
練習時間は紫輝と、ほぼ変わらなかった。
「ええぇ? 青桐、俺より乗馬うまいじゃん? なんか秘訣あんの?」
「いや、堺が丁寧に教えてくれたからだよ」
「いいなぁ、俺も、堺に教えてもらおうかなぁ?」
「駄目だ。堺の教えを受けるのは、俺だけだからな」
「けちぃ…」
そんな、どうでもいい話をしながら、馬を走らせていたのだが。
ふとしたことから、巴の話になった。
「巴ってさぁ、超、優しくね? 親の仇の親族の俺なんか、無視されても仕方ないんだけど。そんな俺にも、助言をくれるし。参謀職のことも丁寧に教えてくれるんだ。まだなにもわからない俺に、仕事を回してくれるし。書類届けに行く場所の道順も教えてくれるんだ」
それは、体よく仕事を押しつけられているのでは? 使いっ走りなのでは? と、青桐は首を傾げる。
「紫輝、それは…」
堺が声を出し。青桐は、堺が紫輝の目を覚まさせてやるのかと、思ったのだが。
「良かったですねぇ。私も…赤穂様が亡くなったと言われたとき、幹部の者は、みんなどうしようと狼狽えるばかりだったのですが。青桐様の記憶を消す役目を負った私を、巴だけが心配して、声をかけてくれたのです。巴は、細かく気を配れる方ですから」
紫輝も堺も、巴のことを、優しくて気配り上手だと評価しているようだが。
青桐は、そう思っていなかった。
「そうかなぁ…巴はもっと、合理的な男だと思うんだが」
たとえば、戦術論で。相手と対峙したとき、右手に敵がつけ込みやすい穴、弱点があったとする。普通は、そこに小隊を配置して、切り抜ける。というのが基本だが。
巴は、地形を選ぶという。右手側が弱体化しているのなら、そこを攻められないよう、崖やら岩やら、そういう障害物のある場へ、敵を誘い込むのだ。そうすることで、余計な人員配置をしないで済む。
というようなことを言うのだ。
巴の、深淵を見通すような黒い瞳は、案外、敵味方関係なく、邪魔な者は容赦なく排除する。無駄や手間のかかることはしない。そういう潔さや、非情さを感じるのだ。
場面によっては、それは必要なことで。巴の戦術は、結局のところ、兵士の動員数を減らすことだから、一考の価値があり。否定するつもりはないが。
善意だけで、巴は動いているわけではない、と思うだけだ。
「ええ? なんで青桐はそう思うの?」
紫輝に聞かれるが。
この『巴は良い人』的な空気感の中で、己の持つ印象を素直に話したら、駄目だろ。
「正直に言ったら、俺が悪者になりそうだから、言わねぇ」
「大丈夫、悪者になんかしないから。言ってみ?」
カラッとした笑顔で、紫輝に水を向けられ。
青桐は渋々、持論を語る。
「巴は、絵を描いて暮らしていきたい、と言っていた。絵と幸直のことにしか、興味なさそう。それらを妨げない行動しているように見えるからさ。紫輝にいろいろ教えるのは、早く仕事が終われば、絵を描く時間が増えるから。堺を気遣うのも同じだ」
「マジかっ? 青桐、そりゃ、ひねくれた考え過ぎだよ。巴はそんなこと考えてないって。良い人なんだってぇ」
「ほら、みろ。悪者にしないって言ったくせにっ、嘘猫耳めっ」
早駆けしながら、青桐は馬体を紫輝に寄せていく。
「わ、わ、幅寄せ禁止っ、煽り運転も禁止っ、嫌いっ、マジふざけんなっ!」
紫輝と青桐がチクチク言い合っているところを、堺が割って入った。
文字通り、ふたりの間に馬を入れ込んで。
そして、にっこり笑って言う。
「青桐様、紫輝、馬に乗っているときは、真面目にお願いしますね?」
冬真っ盛りなので、もちろん空気は冷たいが。
さらに凍てつく豪風雪を感じる。
昨日は、あんなに熱烈で甘いデレだったのに、昼間の堺は冷厳で高潔、ふざけるとか許しませんっ、というツン。
そんなところも、青桐は可愛いと思ってしまうのだから。重傷だと。自分で思って、苦笑した。
しかしながら。巴の真理を突いていたのは、青桐なのだが。
この四人の中で、そのことを知る者は誰もいなかった。
★★★★★
朝食を食べてすぐ、本拠地を出たわけだが。四季村には少し遅めの昼餉の時間、くらいについた。
馬を降りて、村の門を入っていくと、外で遊んでいた子供たちがわらわら寄ってくる。
「紫輝が帰ってきたーっ」
「おかえりぃ、紫輝。安曇様は? 一緒じゃないのぉ?」
口々に、なにかを話す子供たちに。紫輝は笑顔を返し、挨拶する。
「ただいまぁ。眞仲は明日来るからな? 楽しみにしてろ?」
「安曇様くるってーっ」
きゃきゃきゃ、と子供特有の高音で笑う。
それを紫輝は、微笑ましく見やった。
「赤穂が、美人なおねぇさん連れてる」
「浮気だ、浮気だ、月光に言いつけてやるぅ」
「あぁ? 浮気じゃねぇ。堺は俺の嫁だぞ」
子供相手に、青桐が対等に喧嘩売ってる。
大人げないなぁ。
堺は寄ってくる子供たちに、身をすくめていた。触ったらいけないと思っているようだ。
「堺、この村の子供たちは、俺が龍鬼だと知っているし、龍鬼に偏見ないから、触っても大丈夫だよ」
「…親御さんに、怒られたりしないのですか?」
「母ちゃんも紫輝のこと大好きだよ。お姉さんも龍鬼なの? 廣伊と同じなの?」
堺の手を握って、男の子が言う。
それに、青桐が。堺の肩を抱いて、反発した。
「堺は、おねぇさんじゃねぇ。あと、俺の嫁だって言ったろうが。手をつないでんじゃねぇ」
「浮気だ、浮気だぁ」
楽しげに浮気だと言いながら騒ぐ子供たちを、低い声が威圧した。
「浮気じゃねぇ、うるせぇぞ、クソガキどもがぁ」
「赤穂が来たーっ」
「赤穂が増えたぁーっ」
きゃあ、と叫びながら、子供たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく。
あんた、なにしたの?
赤穂と月光が並んで現れた。軍服じゃなく、作務衣と防寒の綿入り半纏というラフなスタイル。
でも剣は下げてる。変なの。
赤穂は青桐を見やると、言った。
「あぁ」
「…おぉ」
それに、青桐も一言返す。兄弟の、感動の対面だと思うのだが。なんとも味気ない感じだ。
でも、言葉数は少ないが。たぶん、兄弟という認識や、なにかしら通じるものはあるのだろう。
ま、微笑ましいな。
「赤穂様、瀬来…ご健勝でなによりです」
青桐の隣に並んだ堺は、口元を引き締め、会釈する。
その様子に、青桐は首を傾げた。
「なんだ、赤穂が生きてたって泣いたのに。意外と素っ気ないんだな?」
「青桐さまッ」
頬に朱をのぼらせ、堺は青桐を睨む。
青桐としては、堺は、赤穂が生きていたことを知って、涙していたくらいだから。もっと感動をあらわにするとか。手を握って挨拶するとか。それぐらいはするのだろうなと、そのくらいの主従関係はあったのだろうなと、想像していたのだ。
自分より親しげにしたとしても、嫉妬しないように、と。事前に戒めていたくらいには、覚悟していた。
だから。その一線を引いた距離感に、むしろ驚いたのだ。
「堺が泣いたとか、あり得ねぇ。それ、マジ話? へぇー? 堺がねぇ?」
赤穂と月光は、威厳を持った顔つきのまま、頬をゆるめるという、妙な顔つきをした。
からかわれていると思って、堺はムムッと唇をさらに引き結ぶ。
見ていられなくて、紫輝は赤穂たちを睨んだ。
「こらっ、赤穂、月光さん、そうやって堺をイジるから、嫌われるんだぞ」
「別に、いじってないしぃ。つか、紫輝、久しぶりぃ」
ピンクの羽をワキワキさせて、抱きついてくる月光が、相変わらずで。紫輝は、頬をゆるませる。
「久しぶりって、まだここを出て、一週間くらいだし。毎日、話もしてたじゃん?」
「親は子供の顔を、毎日、見たいものなのぉ」
「話って、どうやって? まさか毎日、ここまで帰ってるのか?」
紫輝と月光の話に、青桐が口をはさんだ。
本拠地とここでは、毎日帰るのも大変では? と単純に思っただけなのだが。
「ううん。詳しい話は面倒くさいんだが、ライラを通じて話をしているんだ」
「らいら? おまえの身の上話にたまに出てくる、猫のらいら? ここで飼っているのか?」
「ううん、ライラはここにいるよ」
そう言って、紫輝は後ろ手に剣を抜き、ライラを呼んだ。
ババーンと現れるが。
目ざとい子供たちが『ライラちゃんだライラちゃんだ』と騒いで駆け寄ってきたので。
ライラは『いやーん』と鳴きながら高台にダッシュした。
本気走りのライラには、誰も追いつかず。子供たちが悲しそうに『ええぇぇ?』と嘆いていた。
「ごめんよ、ライラは人見知りだからな」
本当は、甲高い声で、予想のつかない動きをする子供が、ライラは苦手なのだ。
そして、肝心の、ライラと初対面の青桐だが。
目を丸くして。つぶやいた。
「なんだ、ありゃ? 猫じゃねぇし」
「だから、ライラだよ。どっからどう見ても、長毛白猫のビューティホー猫だよ」
青桐は、紫輝の言うことはわからない、というように。堺を見やるが。
堺もうなずいて『ライラさんです』と言う。
「わかった…おまえの話を理解しようとしてはいけないということが、わかった」
指先で眉間を揉む青桐に、月光がきゅるんとした笑みを向けて、言った。
「まぁまぁ、とりあえず、屋敷に上がって。寒いからさ」
みんなをうながす、その言葉に、赤穂は反応し。月光に己の半纏をかけてやった。
「寒いのか? だから、もっと着込めと言っただろうがっ」
「寒くないよ。みんなは馬に乗ってきたんだから、そう言ったの。ほら、赤穂の方が寒くなるから、ちゃんと着て」
半纏を押しつけ合う、ふたりの後ろ姿を見て。青桐はつぶやく。
「あのふたりって?」
「月光さんと赤穂は、伴侶契約を交わしていたんだ。でも、赤穂の子供である龍鬼、ま、俺だけど。俺を育てるために、一度離縁した。金蓮は、俺を殺せと指示したが、赤穂は俺を殺せなかったから。月光さんは赤穂と縁を切って。他人として、山奥で、俺を人知れず育てたわけ。つまり。ま、今でもラブラブなの」
「らぶらぶ…愛し合ってるということか?」
紫輝の謎言葉を読み解いた青桐を、堺は尊敬の眼差しでみつめる。
「青桐様、紫輝の言葉がわかるのですか?」
「なんとなく、字面でそう思っただけだ。俺と堺もらぶらぶ、みたいな?」
「なんとなくですが、他人の前で言ってはいけないような気がします」
そのやり取りを聞いて、正確にニュアンスを感じ取っている堺もすごいと、紫輝は苦笑いした。
「しかし、赤穂にも伴侶がいるわけだから。赤穂に成り代わったまま、堺と結婚するわけにはいかないな。ヘタしたら、赤穂と堺が結婚する家系図が残ってしまう」
「そうだな、そこら辺も、綺麗にしないと。とりあえず、家の中で話そうぜ。体が冷え切った。風呂が先だ」
馬を、大和や橘に預け。三人は高台に上がっていき、赤穂の屋敷に入っていった。
ちなみにライラは、使用人の女の子たちに、ちやほやと肉球を拭いてもらい、女王様さながらの風格で、すでに屋敷に入っている。
…昨日も美しかったが、今日も、光沢のある白毛が、さらに美しいとは何事ですか? ライラ様めっ。
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