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82 あの日のことを教えてください
◆あの日のことを教えてください
とりあえず、こちらが藤王に伝えたい事柄は言えたので。
紫輝と天誠は、少し黙って。兄弟のお話に移ることになった。
とはいえ、万が一にも、堺を奪われるようなことがあってはならないので。ふたりきりには、できないのだけど。
まぁ、空気だとでも思ってくださいね。
「兄さんの特殊能力が、他の龍鬼の能力を模倣するものだなんて、驚きました。紫輝に聞かされたときも、まだ半信半疑だったのですが。本当に紫輝を、三百年前の世界から連れてきたなんて…」
堺がまず、話を向け。藤王は、堺に向き合って答えた。
「特殊能力というのは、堺も感覚は、わかると思うのだが、いつの間にか体の中にあるような、そんな感覚で。私も、初めてそのことに気づいたときは、半信半疑だった。龍鬼の数は限りがあるので、容易に試すこともできなかったからな。だが、廣伊が軍に来たとき、試してみて。使えたので、納得したというところか」
「あの日、なぜ私の記憶を封じたのですか? あの日のことを教えてください」
堺の直截な問いかけに。藤王は息をのむ。
「…それを知っているということは。記憶は戻っているということか?」
「つい先日。でも、わからないことの方が多いのです。なぜ、あの龍鬼をかばったのですか? そしてなぜ…私の前から姿を消してしまったのですか? 私は、あの日の記憶がなくて、とても苦しみました。なにも、封じる要素はなかった。両親を殺したのも、あの龍鬼だったではありませんかっ」
堰を切ったかのように、堺は藤王を問いただす。
堺にはいまだ、謎でしかない事件なのだろう。
藤王は眉間にしわを寄せ、苦しげに言葉を絞り出す。
「すべてを…言うことはできない。あの日に至る道は、私の中でも、苦虫を噛み潰すほどの、不快な事柄だ」
「言える範囲で構いません。兄さんの、心の傷に触れない範囲で、どうか…」
懇願するように、眉を歪める堺。その表情に折れぬ者などいるのか? いや、いない。
紫輝は心の中で、そう思っていた。
「堺、記憶が戻っているのなら、私も問いたい。堺はいらぬと、父上が言ったのを、おまえは聞いたはずだ。殺意を向けられて尚、そんな父や母をなぜ慕うのだ? なぜ仇を討とうとしたのだ?」
「それは…だって。両親ですから。つらく当たられて、嫌な思いもしましたが。食事や部屋を与えていただきました」
「親なら、そうして当然なのだ。親なら、無条件に子供を愛するべきなのだ。まして殺意など、子に向けるものではない」
藤王は断言するが。堺は、あきらめと悲しみを練り込んだような言葉を紡いだ。
「決して、そうとは言い切れないと思うのです。私は存在するだけで、両親の脅威でした。時雨家の存続を危ぶむ元凶を、大きくなるまで育てていただいたのですから、感謝しています」
「感謝だと? 私はいまだ、許せない。なんの咎もない清廉な弟に、刃を向ける親など。だから、私が殺めようと思ったのだ」
だが藤王は。堺のように、悲しみの上に胡坐をかけない。親の間違いを正す。己が、決着をつけようと。そのときは思っていたのだ。
「しかしそこに、不破が現われた。彼は、龍鬼の不遇を正す龍鬼だった」
熱に、堺が朦朧とする中。両親を殺した龍鬼がいて。
両親が殺されたことに逆上し、彼に剣を向けた。
しかし、その刃が貫いたのは、藤王の手のひらだった。
「不破は、両親に虐げられていた堺を、助けに来た龍鬼だ。そして、私の心も。私が両親を殺せば。親殺しとして、心に一生の傷が残る。それを防いでくれたのだ。不破は、我ら兄弟を毒親から救ってくれた、恩人なのだ。だから私は、堺の剣から不破をかばった」
「そう、だったのですか」
我知らず、助けられていたことに、堺はうなずくが。それでも、納得できない。
紫輝には、堺の顔が、そんな表情に見えた。
殺さなくても、他にやりようはあったのではないか、と考えてしまうのだろう。
堺は、優しいからな。
しかし、他に方法などないと、紫輝は思う。
ただの親との不和ならば、堺が家を出るなど、いろいろ方策があるのだろうが。
堺は龍鬼で、戦の駒としては手放しがたい人物だった。
能力ばかりを搾取し、暴言を吐く毒親から、離れられない以上。堺は、親の悪意を受け続けるしかなかったのだ。
三百年前だったら、家庭裁判所とか養護施設とか、子供が逃げ込める、相談できる場があり。究極、親から引き離すこともできた。
でも、それも機能しないことの方が多く、悲惨な事件は、常に報道されていたけれど。
この時代で、家族の在り方を正したいのなら、不破のような究極論者が出ても、仕方がない。
でも優しい気質の、堺は。
そうだけど。それでも。と思ってしまうのだろうな。
「おまえは、納得できまい。だから、不破が来たのだ。堺の出来ないことを、代わりに行う、それが救済の龍鬼だ」
当事者には、どうしても手が出せない部分がある。
周りから、冷静な目で見れば、それは理不尽極まりないことなのに。
堺はひたすら、泣き寝入りするのだろう。
ただ親だから、という理由だけで。
しかし、それはもう、兄が我慢できなかった。
「不破がやらなければ、私がやっていた。それだけのことだ」
「でも、手を下したのは、結局、不破でした。なら、兄さんは、なぜ姿を消す必要があったのですか?」
「それは…」
藤王は、言いあぐね。口を引き結ぶ。
なぜ? それは。金蓮に体をもてあそばれ、彼女の元で、一生飼い殺しにされるのが嫌だったからだ。
しかし、それは兄の矜持として、堺には言えない。
いや、誰にも言えない、恥部だった。
最高位の上司からの命令であること、しかも堺の命すら盾に取られ、藤王は身動きが取れない状況だった。
なので、生死不明で姿を消すしかなかったのだ。
堺に非がない状況であるなら、さすがの金蓮も、堺の命までは取れないだろうと思ったのだが。
「やっぱさ、藤王も俺と同じで、金蓮に仕えるのが嫌になったんじゃね?」
兄弟の話に、紫輝が口をはさんだ。
笑い交じりだったから、冗談でも言って、空気を和ませようとしたのだろうが。
微妙に核心を突いていて、藤王は驚愕に目をみはる。
「俺と同じって…なんだ?」
おまえに私の気持ちなどわかるものかっ、という意味で告げた言葉だったが。
それに堺が答えた。
「紫輝は、金蓮様に護衛になれと命じられたのですが。断ったのです」
信じられない、という思いで、藤王は堺を見やる。
常識として、将堂では、上官の命令を跳ね除けられない。
それに、金蓮の護衛ともなれば、将堂の中でも最高位に値する名誉職だ。戦場からも遠ざかり、給与も地位も幹部と同等になる。
以前、藤王がついていた役職でもある。
「だって、金蓮のやつ、堺のことを、ぼろクソに言うんだもん。友人をけなすような奴、守れるわけねぇ」
友達をけなされた、なんて理由で、将堂当主の命令を蹴る?
考えられない。
手裏に長年いながら、そう思ってしまうのは。
まだ藤王が、将堂の常識に囚われている証でもあった。
囚われているから、紫輝のように、役職を蹴るなどという発想もなかった。
しかし蹴って、命があるっていうのは、どういうことなのか?
「なんで、こいつは生きているんだ? 命令に背いたら、手討ちにされることもある」
「えぇ、そうなりかけたのですが。そのとき紫輝は、赤穂様の部下だったので。赤穂様が守ってくださったのです。俺の部下を傷つけさせない、と言って」
手討ち覚悟で、命令を蹴る。
藤王には、できなかったことだ。
でも、しても良かったのか? と藤王は頭を巡らせる。
しかし、あの当時の藤王には。存命の両親や、時雨家や、堺の命など、しがらみが多く。
あの金蓮の執着ぶりを見ても、命令を蹴るなどという大胆な行動はやはりできなかったなと、考え至った。
「ま、そんなこともあったね。でもさ、金蓮が藤王のこと、美しい龍鬼って言ってたけど。こんなに堺と似ているのに、なんで堺は醜いなんて話になるんだ? 意味不明」
聞き捨てならない紫輝の言葉を聞き、藤王は憤りに目を吊り上げる。
「なんだと、美しく可愛い私の弟を、醜いなどと貶めるなんて、あり得ない」
「だろう? だから、俺がビシッと言ってやったぜ。あんたの目は節穴だって。こんなに美人さんの堺に、なに言ってんだってさ。どころか、繊細で美しい心根の堺に、両親や兄を殺せるわけもないのに。長年グチグチと、堺を兄殺しの醜い男だって、いじめてたんだぞ。今、思い出しても腹が立つったら…」
怒りで、藤王の目の前は真っ赤になった。
いや、紫輝に怒るのではなく、紫輝が口にした金蓮への、純然とした怒りだが。
しかし堺は、首を横に振るのだ。
「紫輝、私が兄に似ているなど、そのようなことありませんよ。兄は高潔で美しい、最強の龍鬼なのです。私は醜い化け物なので、兄の足元にも及びません」
「「はぁ?」」
堺の、当然のことみたいなその言い様に、紫輝も藤王も、目をかっぴらいて怒るのだった。
「堺は醜くなんかない、神が作り出した最高傑作と言っても過言ではない美貌だし、ぶっちゃけ、若くてピチピチな分、藤王よりも豪華絢爛に美しいんだぞ」
紫輝の言葉に、堺は、にこやかな微笑みを浮かべているが。
その目は、なにやら生ぬるい光を帯びている。
「あぁっ、また『お気遣いどうもありがとうございます』みたいな目をしてるっ。なんで信じてくれないんだっ」
紫輝は頭を抱えて嘆くが。
「なに? そうなのか? 本当に堺は、自分を醜いなどと思い込んでいるのかっ?」
藤王は、堺の勘違いこそ信じられないというような目で、弟を見やる。
「思い込みではなく、それが事実なのです。化け物、その醜い顔をさらすな、と怒られてきましたから」
「だからぁ、金蓮の言うことを真に受けちゃダメだって。あの人の目がおかしいんだから」
「なにぃ? 金蓮に言われたのかっ、あいつ、マジ、殺す」
堺、紫輝、藤王の順でエキサイトする場面を、天誠とライラは微笑ましく見守っていた。
元気だねぇ、というように。
「金蓮様だけではありません。みなさん、見るに堪えないというように、私から顔を背けるのですから」
「もう、堺はぁ。あぁ、スマホ、写真、鏡がないことが、これほどもどかしいことだとはっ」
紫輝は黒猫耳の頭を、ムキーッと言いながらかき回す。
どうしても、堺に、堺は美しいのだと、紫輝は知らしめてやりたいのだっ。
「ライラの爪に写してやったらどうだ?」
のほほんとした天誠の言葉に、紫輝はブンと首を勢いよく振って、彼を見た。
「天誠、ナイスアイデア。爪出して、爪」
おもむろに爪を取り出した天誠は、ライラに堺を見るように伝える。
そうしたら、半透明ながらも、なかなかクリアに、映像が爪に写し出された。
藤王は、なんだ、そのでたらめさは、とツッコミたかったが。
今は弟の勘違いを正すのが優先である。
「ほら見て、堺は美しいでしょう? 藤王とそっくりでしょう?」
「…これは、兄さんでは?」
「藤王は隣にいるだろ? ライラ、藤王と並んで映して」
「あい」
良いお返事で、ライラはふたりをみつめる。
爪を横長にさせると、兄と弟が並ぶ姿が映り込んだ。
でも、どうにも信じられないようで、堺は目の前で手を振ったりする。
だが爪にそれも映し出されると。ようやくそれが自分だと認識したようだった。
「…似てますね。父も母も、金蓮様も、私を汚らわしいとか醜いとか言うので、これほど兄と酷似しているとは思いもしませんでした」
「な? 俺の言うこと、嘘じゃないだろ?」
「はい。紫輝の言うことは、本当に、なんでも正しいのですね? 龍鬼に優しい村というのも、半信半疑でしたが。本当でした」
堺は、紫輝に爪を返しながら、笑顔で言う。
それに藤王は引っかかった。
「龍鬼に優しい村? そんな村、ないだろ」
「あとで、案内してやるよ。とにかく、兄弟の話を進めろ」
天誠に言われ、途中で横道に大きく脱線したことに、堺と藤王は気づいた。
「ごめーん。もう、口出さないから。静かにしてるからっ」
紫輝は天誠の隣に、ちょこんと座って、口を閉じた。
でも。堺の前から姿を消した件が、言いにくかったことが、一度、有耶無耶になって。藤王は落ち着くことができた。
計算だったのか、ただ空気を読んでいなかったのか、わからないが。
紫輝の所業に助かったのは、事実で。
藤王は…紫輝をちょっとそら恐ろしく感じた。
やはり、あの安曇の兄なのだな。
とりあえず、こちらが藤王に伝えたい事柄は言えたので。
紫輝と天誠は、少し黙って。兄弟のお話に移ることになった。
とはいえ、万が一にも、堺を奪われるようなことがあってはならないので。ふたりきりには、できないのだけど。
まぁ、空気だとでも思ってくださいね。
「兄さんの特殊能力が、他の龍鬼の能力を模倣するものだなんて、驚きました。紫輝に聞かされたときも、まだ半信半疑だったのですが。本当に紫輝を、三百年前の世界から連れてきたなんて…」
堺がまず、話を向け。藤王は、堺に向き合って答えた。
「特殊能力というのは、堺も感覚は、わかると思うのだが、いつの間にか体の中にあるような、そんな感覚で。私も、初めてそのことに気づいたときは、半信半疑だった。龍鬼の数は限りがあるので、容易に試すこともできなかったからな。だが、廣伊が軍に来たとき、試してみて。使えたので、納得したというところか」
「あの日、なぜ私の記憶を封じたのですか? あの日のことを教えてください」
堺の直截な問いかけに。藤王は息をのむ。
「…それを知っているということは。記憶は戻っているということか?」
「つい先日。でも、わからないことの方が多いのです。なぜ、あの龍鬼をかばったのですか? そしてなぜ…私の前から姿を消してしまったのですか? 私は、あの日の記憶がなくて、とても苦しみました。なにも、封じる要素はなかった。両親を殺したのも、あの龍鬼だったではありませんかっ」
堰を切ったかのように、堺は藤王を問いただす。
堺にはいまだ、謎でしかない事件なのだろう。
藤王は眉間にしわを寄せ、苦しげに言葉を絞り出す。
「すべてを…言うことはできない。あの日に至る道は、私の中でも、苦虫を噛み潰すほどの、不快な事柄だ」
「言える範囲で構いません。兄さんの、心の傷に触れない範囲で、どうか…」
懇願するように、眉を歪める堺。その表情に折れぬ者などいるのか? いや、いない。
紫輝は心の中で、そう思っていた。
「堺、記憶が戻っているのなら、私も問いたい。堺はいらぬと、父上が言ったのを、おまえは聞いたはずだ。殺意を向けられて尚、そんな父や母をなぜ慕うのだ? なぜ仇を討とうとしたのだ?」
「それは…だって。両親ですから。つらく当たられて、嫌な思いもしましたが。食事や部屋を与えていただきました」
「親なら、そうして当然なのだ。親なら、無条件に子供を愛するべきなのだ。まして殺意など、子に向けるものではない」
藤王は断言するが。堺は、あきらめと悲しみを練り込んだような言葉を紡いだ。
「決して、そうとは言い切れないと思うのです。私は存在するだけで、両親の脅威でした。時雨家の存続を危ぶむ元凶を、大きくなるまで育てていただいたのですから、感謝しています」
「感謝だと? 私はいまだ、許せない。なんの咎もない清廉な弟に、刃を向ける親など。だから、私が殺めようと思ったのだ」
だが藤王は。堺のように、悲しみの上に胡坐をかけない。親の間違いを正す。己が、決着をつけようと。そのときは思っていたのだ。
「しかしそこに、不破が現われた。彼は、龍鬼の不遇を正す龍鬼だった」
熱に、堺が朦朧とする中。両親を殺した龍鬼がいて。
両親が殺されたことに逆上し、彼に剣を向けた。
しかし、その刃が貫いたのは、藤王の手のひらだった。
「不破は、両親に虐げられていた堺を、助けに来た龍鬼だ。そして、私の心も。私が両親を殺せば。親殺しとして、心に一生の傷が残る。それを防いでくれたのだ。不破は、我ら兄弟を毒親から救ってくれた、恩人なのだ。だから私は、堺の剣から不破をかばった」
「そう、だったのですか」
我知らず、助けられていたことに、堺はうなずくが。それでも、納得できない。
紫輝には、堺の顔が、そんな表情に見えた。
殺さなくても、他にやりようはあったのではないか、と考えてしまうのだろう。
堺は、優しいからな。
しかし、他に方法などないと、紫輝は思う。
ただの親との不和ならば、堺が家を出るなど、いろいろ方策があるのだろうが。
堺は龍鬼で、戦の駒としては手放しがたい人物だった。
能力ばかりを搾取し、暴言を吐く毒親から、離れられない以上。堺は、親の悪意を受け続けるしかなかったのだ。
三百年前だったら、家庭裁判所とか養護施設とか、子供が逃げ込める、相談できる場があり。究極、親から引き離すこともできた。
でも、それも機能しないことの方が多く、悲惨な事件は、常に報道されていたけれど。
この時代で、家族の在り方を正したいのなら、不破のような究極論者が出ても、仕方がない。
でも優しい気質の、堺は。
そうだけど。それでも。と思ってしまうのだろうな。
「おまえは、納得できまい。だから、不破が来たのだ。堺の出来ないことを、代わりに行う、それが救済の龍鬼だ」
当事者には、どうしても手が出せない部分がある。
周りから、冷静な目で見れば、それは理不尽極まりないことなのに。
堺はひたすら、泣き寝入りするのだろう。
ただ親だから、という理由だけで。
しかし、それはもう、兄が我慢できなかった。
「不破がやらなければ、私がやっていた。それだけのことだ」
「でも、手を下したのは、結局、不破でした。なら、兄さんは、なぜ姿を消す必要があったのですか?」
「それは…」
藤王は、言いあぐね。口を引き結ぶ。
なぜ? それは。金蓮に体をもてあそばれ、彼女の元で、一生飼い殺しにされるのが嫌だったからだ。
しかし、それは兄の矜持として、堺には言えない。
いや、誰にも言えない、恥部だった。
最高位の上司からの命令であること、しかも堺の命すら盾に取られ、藤王は身動きが取れない状況だった。
なので、生死不明で姿を消すしかなかったのだ。
堺に非がない状況であるなら、さすがの金蓮も、堺の命までは取れないだろうと思ったのだが。
「やっぱさ、藤王も俺と同じで、金蓮に仕えるのが嫌になったんじゃね?」
兄弟の話に、紫輝が口をはさんだ。
笑い交じりだったから、冗談でも言って、空気を和ませようとしたのだろうが。
微妙に核心を突いていて、藤王は驚愕に目をみはる。
「俺と同じって…なんだ?」
おまえに私の気持ちなどわかるものかっ、という意味で告げた言葉だったが。
それに堺が答えた。
「紫輝は、金蓮様に護衛になれと命じられたのですが。断ったのです」
信じられない、という思いで、藤王は堺を見やる。
常識として、将堂では、上官の命令を跳ね除けられない。
それに、金蓮の護衛ともなれば、将堂の中でも最高位に値する名誉職だ。戦場からも遠ざかり、給与も地位も幹部と同等になる。
以前、藤王がついていた役職でもある。
「だって、金蓮のやつ、堺のことを、ぼろクソに言うんだもん。友人をけなすような奴、守れるわけねぇ」
友達をけなされた、なんて理由で、将堂当主の命令を蹴る?
考えられない。
手裏に長年いながら、そう思ってしまうのは。
まだ藤王が、将堂の常識に囚われている証でもあった。
囚われているから、紫輝のように、役職を蹴るなどという発想もなかった。
しかし蹴って、命があるっていうのは、どういうことなのか?
「なんで、こいつは生きているんだ? 命令に背いたら、手討ちにされることもある」
「えぇ、そうなりかけたのですが。そのとき紫輝は、赤穂様の部下だったので。赤穂様が守ってくださったのです。俺の部下を傷つけさせない、と言って」
手討ち覚悟で、命令を蹴る。
藤王には、できなかったことだ。
でも、しても良かったのか? と藤王は頭を巡らせる。
しかし、あの当時の藤王には。存命の両親や、時雨家や、堺の命など、しがらみが多く。
あの金蓮の執着ぶりを見ても、命令を蹴るなどという大胆な行動はやはりできなかったなと、考え至った。
「ま、そんなこともあったね。でもさ、金蓮が藤王のこと、美しい龍鬼って言ってたけど。こんなに堺と似ているのに、なんで堺は醜いなんて話になるんだ? 意味不明」
聞き捨てならない紫輝の言葉を聞き、藤王は憤りに目を吊り上げる。
「なんだと、美しく可愛い私の弟を、醜いなどと貶めるなんて、あり得ない」
「だろう? だから、俺がビシッと言ってやったぜ。あんたの目は節穴だって。こんなに美人さんの堺に、なに言ってんだってさ。どころか、繊細で美しい心根の堺に、両親や兄を殺せるわけもないのに。長年グチグチと、堺を兄殺しの醜い男だって、いじめてたんだぞ。今、思い出しても腹が立つったら…」
怒りで、藤王の目の前は真っ赤になった。
いや、紫輝に怒るのではなく、紫輝が口にした金蓮への、純然とした怒りだが。
しかし堺は、首を横に振るのだ。
「紫輝、私が兄に似ているなど、そのようなことありませんよ。兄は高潔で美しい、最強の龍鬼なのです。私は醜い化け物なので、兄の足元にも及びません」
「「はぁ?」」
堺の、当然のことみたいなその言い様に、紫輝も藤王も、目をかっぴらいて怒るのだった。
「堺は醜くなんかない、神が作り出した最高傑作と言っても過言ではない美貌だし、ぶっちゃけ、若くてピチピチな分、藤王よりも豪華絢爛に美しいんだぞ」
紫輝の言葉に、堺は、にこやかな微笑みを浮かべているが。
その目は、なにやら生ぬるい光を帯びている。
「あぁっ、また『お気遣いどうもありがとうございます』みたいな目をしてるっ。なんで信じてくれないんだっ」
紫輝は頭を抱えて嘆くが。
「なに? そうなのか? 本当に堺は、自分を醜いなどと思い込んでいるのかっ?」
藤王は、堺の勘違いこそ信じられないというような目で、弟を見やる。
「思い込みではなく、それが事実なのです。化け物、その醜い顔をさらすな、と怒られてきましたから」
「だからぁ、金蓮の言うことを真に受けちゃダメだって。あの人の目がおかしいんだから」
「なにぃ? 金蓮に言われたのかっ、あいつ、マジ、殺す」
堺、紫輝、藤王の順でエキサイトする場面を、天誠とライラは微笑ましく見守っていた。
元気だねぇ、というように。
「金蓮様だけではありません。みなさん、見るに堪えないというように、私から顔を背けるのですから」
「もう、堺はぁ。あぁ、スマホ、写真、鏡がないことが、これほどもどかしいことだとはっ」
紫輝は黒猫耳の頭を、ムキーッと言いながらかき回す。
どうしても、堺に、堺は美しいのだと、紫輝は知らしめてやりたいのだっ。
「ライラの爪に写してやったらどうだ?」
のほほんとした天誠の言葉に、紫輝はブンと首を勢いよく振って、彼を見た。
「天誠、ナイスアイデア。爪出して、爪」
おもむろに爪を取り出した天誠は、ライラに堺を見るように伝える。
そうしたら、半透明ながらも、なかなかクリアに、映像が爪に写し出された。
藤王は、なんだ、そのでたらめさは、とツッコミたかったが。
今は弟の勘違いを正すのが優先である。
「ほら見て、堺は美しいでしょう? 藤王とそっくりでしょう?」
「…これは、兄さんでは?」
「藤王は隣にいるだろ? ライラ、藤王と並んで映して」
「あい」
良いお返事で、ライラはふたりをみつめる。
爪を横長にさせると、兄と弟が並ぶ姿が映り込んだ。
でも、どうにも信じられないようで、堺は目の前で手を振ったりする。
だが爪にそれも映し出されると。ようやくそれが自分だと認識したようだった。
「…似てますね。父も母も、金蓮様も、私を汚らわしいとか醜いとか言うので、これほど兄と酷似しているとは思いもしませんでした」
「な? 俺の言うこと、嘘じゃないだろ?」
「はい。紫輝の言うことは、本当に、なんでも正しいのですね? 龍鬼に優しい村というのも、半信半疑でしたが。本当でした」
堺は、紫輝に爪を返しながら、笑顔で言う。
それに藤王は引っかかった。
「龍鬼に優しい村? そんな村、ないだろ」
「あとで、案内してやるよ。とにかく、兄弟の話を進めろ」
天誠に言われ、途中で横道に大きく脱線したことに、堺と藤王は気づいた。
「ごめーん。もう、口出さないから。静かにしてるからっ」
紫輝は天誠の隣に、ちょこんと座って、口を閉じた。
でも。堺の前から姿を消した件が、言いにくかったことが、一度、有耶無耶になって。藤王は落ち着くことができた。
計算だったのか、ただ空気を読んでいなかったのか、わからないが。
紫輝の所業に助かったのは、事実で。
藤王は…紫輝をちょっとそら恐ろしく感じた。
やはり、あの安曇の兄なのだな。
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すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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