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84 褒められている気がしない
◆褒められている気がしない
山の方から下りてきた紫輝たち一行を、目ざとくみつけたのは、村の子供たちだ。
わらわら駆け寄ってきた多くの子供たちは、天誠を見て『安曇様、おかえりなさいませぇ』の大歓迎攻撃をするが。
ひとりだけ、堺の手を握る子がいた。
昨日、青桐と喧嘩した、あの子だな、と紫輝は思い。
しかしその光景を見て、藤王は驚愕していた。
その子は、翼の生えた普通の子だから。龍鬼である堺の手を、躊躇なく握ってきたことに、驚きを隠せないようだった。
「おねぇさん、今日もきれいですね。髪がキラキラです」
その子は身長からみて、だいたい六歳前後だと思うのだが。ガンガンに堺を口説きにかかっている。
ませてるねぇ。
でも、天誠は四歳で、ある意味、紫輝を家に引き入れるほどに、口説いていたと言えるのかもしれないから。
まぁ、アリなのかな?
堺はその子に目を合わせるようにして、地に膝をつける。
「坊や、私は…昨日の人が言っていたように、おねぇさんではないのです。男性ですので」
「でも、赤穂のお嫁さんなんでしょう? 僕のお嫁さんにもなって?」
「お嫁さんは、ひとりの方だけに…」
「赤穂は月光とおねぇさんと、ふたりも、お嫁さんを持っているのだから、ずるいぃ」
「あの、昨日の方は、赤穂様ではなく、青桐様なので。私は青桐様の、お、お、お嫁さん、なのです」
「えぇぇ? わかんないぃ。僕のお嫁さんになって?」
子供と堺のやり取りが、あんまり可愛らしいので、紫輝は腹を抱えて笑った。
子供相手に、照れちゃって。青桐のお嫁さんと言いきれない堺が、頬を染めているの、すっごく眼福だ。
「紫輝、笑ってないで、助けてください」
「そうだ、堺。私のお嫁さんにもなってくれ。相手をひとりに決めることはない」
子供の言うことに、藤王も乗っかってきて。
もう、大人が言ったらシャレにならないでしょうが? と思っていたら。
子供が目を丸くした。
「おねぇさんも、ふたりいます」
だが、隣のおねぇさんは、眼力が厳しいので。子供は、優しげな堺に抱きつくのだった。
「こら、昨日のクソガキ。俺の嫁に抱きつくんじゃねぇ」
そうして現われたのが、堺の旦那候補の青桐だ。
堺はやんわり子供から身を離すと、青桐に楚々と近づいていく。
青桐は、そばにいた藤王をみつめ。
そして、堺をみつめる。
「青桐様、紹介します。私の兄の藤王です」
堺の紹介に合わせ、藤王も名乗った。
「堺の兄の、時雨藤王だ」
尊大に、上から睥睨するように、藤王は青桐をじっくり見やる。
藤王は。つい最近も、赤穂を目にしているので。だから、瓜二つの彼を見て、内心驚いた。
一見、無造作に、後ろ髪の三つ編みを切っただけの、赤穂にしか見えない。
オオワシの翼も遜色なく。
これなら充分に、身代わりの大任を果たせそう。
だが、赤穂というには、少々物騒さが足りないか?
「まだ、結婚の名乗りをあげていないうちに、嫁呼ばわりは。感心しないな」
「すみません。しかし、伴侶となることは決まっていますので」
改めて、青桐が藤王に軽く会釈し。告げた。
「今は、将堂青桐と名乗っておりますが。本名はきこりの葵です」
なるほど、赤穂は生まれたときから剣士だったが。彼は、きこりとして生きてきたから、身の内から湧き出る烈火のごときものが足りない、ということか。
と藤王は思う。
心根の優しい堺には、赤穂の業火は強すぎるから、このぐらいでいいのかもな。
「将堂は、堺を、おまえの伴侶とするのは、許さないだろう」
問いではない。断言だ。
将堂家というのはそういうものなのだ。
しかしそれに、青桐は鼻で笑う。
「ハッ、関係ない。許さないとなれば、きこりの葵に戻るまでだ。俺の伴侶に、誰も文句は言わせねぇ」
紫輝はブレない青桐の姿勢に、うんうんと嬉しそうにうなずき。
藤王は、目をみはった。
将堂家は、北東を一手に掌握する大家だ。その資産も恩恵も計り知れない。
将堂家であるだけで、誰もが目をくらませ、誰もがひざまずく。
それを、堺を手に入れるためなら躊躇わずに捨てると、目の前の男は言っていた。
「きこりか…将堂の肩書がなくなったとき、おまえごときが堺を幸せにできるのか?」
「それは、必ず。決して、堺に不自由はさせません。たとえ、終戦できなくても、終戦して俺が将堂でなくなっても、どこへいても、なにをしてでも、必ず堺を幸せにすると、兄の貴方に誓います」
自由な心で、ありのままに。それは兄である藤王が、弟に望むことだ。
堺が好きなことを、思う存分できるのなら、いいのだけれど。
「あの、でも…共有はできません。堺は俺だけの龍なので」
その言葉に、背筋がビリビリ痺れる感覚がした。
なんでそんな気になったのか、藤王には、わからなかったが。
「…青桐様」
堺も、うっとり青桐をみつめる。
すると、思いがけなく、紫輝が言った。
「なぁにぃ? その、俺だけの龍って。すっごい殺し文句じゃね? なんか、ゾワゾワするんですけどぉ」
「なに? おまえもか? まさかこいつは、龍鬼を惑わす呪言使いなのでは?」
紫輝は、こちらも思いがけないことを藤王が言うものだから、慌ててフォローする。
青桐に変な疑いかけないでください。
「いやいや、魅了されるほどではないから、そこまでは。つか、呪言使いって仕事あるの?」
「いや、知らんけど。言いがかりだけど」
紫輝は半目で、藤王を睨む。
やっぱり、兄の言いがかりだった。
兄は弟の婚約者に、味噌をつけたいだけなのだ。
なんとか、その地位から引きずりおろしたいのだ。
ちょっとやそっとの男では、許せないのだ。
だって、兄とは。そういう生き物だからねっ。
「複数結婚は、許されているけれど。俺の嫁は堺だけであるように、堺も俺だけを伴侶に望んでほしい、のだが」
「もちろんです。私は貴方の伴侶でありたい」
「…というわけで、クソガキ。堺は俺の嫁だから、求婚するなら他を当たれ」
青桐は一転、堺のそばにいた子供に目を向けて、大人げなく言った。
「くそぅ、子供の夢をふみにじりやがってぇ…ばーか、赤穂のばーか」
負け惜しみの言葉を吐いて、子供はどこかへ駆け去っていった。
苦い、失恋になりましたな。強くなって戻って来いよっ。
「赤穂じゃねぇし。…っていうか、堺。兄…藤王は、堺に似て、神々しいほど美しいのに、そのような人の求婚を断って、俺の伴侶になってくれるのか?」
青桐は堺の手を両手で握り込み、優しくたずねる。
堺は、白いまつ毛をまたたかせ、青桐に聞いた。
「青桐様こそ、私よりも美しい兄を見てしまったら、心変わりをするのではないかと…」
「まさか。俺の心は、初めて出会ったときから、堺に囚われているからな。俺の目には、堺が一番美しく見えるよ」
ふたりの世界に入って、互いをみつめ合う堺と青桐を。
紫輝と藤王は、生暖かい目で見やる。
「なんか、兄賛辞をしているようだが。全然、褒められている気がしない」
「いやいや、これは兄賛辞ではなく。美しい兄に惑わされなかったふたりを、互いに褒め合っている図では?」
「そうか。なら、仕方がない」
これを、仕方ないで済ませられる藤王は、なかなか立派な兄じゃないかと、紫輝は思う。
堺に振られても、思ったほどごねなかったし。
紫輝は、一戦くらいは、覚悟していたのだが。話し合いも案外、理性的に進められたし。
やっぱり、悪い人ではなかったんだな、なんて考えていた。
ただ、兄として。弟への想いがこじれてしまっただけなのではないかな?
「青桐、私は。龍鬼を排他するこの世界を、ぶっ壊そうと思っていたのだ。堺が笑って暮らせる、優しい世界を作りたくて。これから、この世界がどうなっていくのかわからないが。おまえは。堺にそういう世界を与えてやれるよう尽くしてくれ」
手を取るふたりに向けて言う藤王に、青桐は感激したように笑みを見せる。
「はい。そのつもりです。藤王、堺との仲を許してくれるのか?」
無防備な感じで青桐が問うと、藤王は目をカッと開いて、燃える赤い瞳で青桐を睨みつけた。
「あぁ? 許してなどいないっ! そのように振舞えば、いつかそういう日も来るかもしれないな、ということだっ、勘違いするんじゃねぇ!」
ガッと牙を剥いたあと、踵を返して去っていく、藤王の後ろ姿に。
青桐は苦笑した。
「苛烈で、言葉遣いの荒い堺のようで、新鮮だ」
「まぁ、とりあえず。この件は無難に終了して、良かったな? 藤王は仲間になったから、堺を無理矢理、花嫁にするようなことは、ないだろう。堺が嫌がることをする兄ではないしな」
ポンと、青桐の肩を叩いて、紫輝は安心させると。去っていく藤王を追いかけた。
彼に並んで、聞いてみる。
「いいのか? 将堂と思うだけで、はらわたが煮えくり返るんじゃないのか?」
「将堂は、今でも憎い。だが、あいつからは、将堂の匂いがしなかった」
「まぁ、つい最近まで、きこりだったからな」
「すごく自然体で、堺に相対していた。上司と部下でもない。将堂と龍鬼でもない。俺の龍とは言ったが、そこには龍鬼への差別や支配的な匂いはなく。むしろ愛する独占欲的な匂いだったから。互いしか見えない恋人同士など…邪魔をしたら馬に蹴られる」
ちょっと寂しそうに、藤王は、温かみのある白髪を揺らして、小さく笑う。
「兄だから、堺の相手は、特別優れた人物であってほしかった。おまえのように、終戦を目論む大胆なやつや。安曇のように、なにもかもを見通す全能な者。赤穂のように、すべてを斬り伏せる強さがある者。優秀な人物は数いるが。優秀だから堺を幸せにできるのではない、と。今、気づいた。堺には。堺のことだけを見て、堺の幸せを常に考え。そして堺自身が愛する者であることが、望ましい。彼らを見て、そう思ったのだ」
「すっごい、よくわかってるじゃん。兄の鑑だ」
紫輝は単純に、感心した。
恋慕を寄せていたら、その境地になかなか立てるものではない。
もしも天誠が、自分以外の誰かを好きになったとしたら。紫輝などは、絶対に手放せないと思うから。
本当にすごいと思う。
なんか、ちょっと想像したら、涙出そうになった。
「なぜ、おまえが涙ぐむのだ?」
「俺の最愛の兄さんは、絶対に起きないことを想像して泣ける、可愛いおバカさんなんだ」
小首を傾げる藤王に答えたのは、いつの間にか紫輝の肩を抱き寄せ、そばにいた天誠だった。
「兄さんは、俺を手放さないで。それが、兄の鑑だ」
「…そうだ。弟の幸せを望むのが、兄の鑑だもんな。天誠は俺を望むんだもんな?」
「よく出来ました」
可愛くてたまらない、という目で最愛の兄をみつめる安曇を見て。
藤王は、安曇を、長くそばにいた友であり家族であると思ってきたのだが。
この男の一面しか見ていなかったのだと、知る。
先ほどの話では、この計画を立て始めたのは、紫月が過去に飛んだおよそ二年前。そして紫輝が現われたときに、本格始動したという。
その一連の動きを、藤王は全く感知していなかった。
それは、安曇が藤王を警戒していたからではあるのだが。
それにしても。
安曇はいつも、己の隣にいたのだ。なのに、気取られることなく、手裏軍で普通に暮らしていた。
おそらく、堺のためでも、己はそこまでできないような気がする。
それは、長年の友を、笑顔で騙す行為で。
味方だった軍を、素知らぬ顔で裏切る行為で。
八年の歳月を、鼻歌交じりにぶっ壊す行為だ。
すべて、兄のために。
藤王が評価をし、頼ってきた、賢龍、安曇眞仲の智略は。最後の最後で、狡猾に、冷徹に、慎重に、兄のために行使された。
いいや、もしかしたら。藤王の知る安曇などという男は、存在しなかったのかもしれない。
そう考えてしまうほどに、藤王は目の前の男をそら恐ろしいと感じるのだった。
「不破、どうだった? おまえは満足したか?」
安曇が藤王に問う。安曇は、藤王の望みを叶えた。龍鬼を排他する世界をぶっ壊す。そして堺を伴侶に迎える。
言ったとおりには、ならなかったが。
弟との再会は果たされ。兄の暴挙を弟に許してもらえ。弟の幸せの形を見せられ。弟が迫害されることなく自由に暮らせる優しい世界へ向かって、動いている最中。
藤王がそうなってほしいと思ったことは、叶えられたと言える。
「思い通りではない。しかし、思う以上の成果ではあるのだろう。満足ではない。しかし、それはこれから。おまえらが示す道が、堺を幸せへと導いたとき…満足したと言ってやる」
「素直じゃないなぁ」
天誠は苦笑して、藤王の肩口を拳で軽くパンチする。
紫輝はその光景を微笑ましく見やる。
それって、すっごく親友っぽいね?
思えば、三百年前。
天誠は、友達がいないと嘆いていたことがあった。
天誠は人気者で、友達がいないなんてことは、ないはずなのだが。天誠に言わせると、声をかけてくれるけど、一線引かれている感じ、ガラスケースの中の人形みたいな気分だ、という。
人気者ゆえに、天誠は心から信用できる友達を作ることができなかったのだ。
この地に来たことは、天誠にとっては過酷で、苦しいばかりで。紫輝に会うまでは、地獄をさ迷っているような感じだったのだろう。
けれど、藤王という友人を得たことは、彼の救いになったんじゃないかなって、紫輝は思うのだ。
文字通り、命も助けてもらったしね。
藤王や、大和ら、孤児たちなど。心を通わせる出会いが、天誠にあって。良かったな。
しみじみと、ほのぼのと、胸に感謝の念が湧き起る。
紫輝は兄として、藤王に告げた。
「藤王、弟の友達になってくれて、ありがとう」
山の方から下りてきた紫輝たち一行を、目ざとくみつけたのは、村の子供たちだ。
わらわら駆け寄ってきた多くの子供たちは、天誠を見て『安曇様、おかえりなさいませぇ』の大歓迎攻撃をするが。
ひとりだけ、堺の手を握る子がいた。
昨日、青桐と喧嘩した、あの子だな、と紫輝は思い。
しかしその光景を見て、藤王は驚愕していた。
その子は、翼の生えた普通の子だから。龍鬼である堺の手を、躊躇なく握ってきたことに、驚きを隠せないようだった。
「おねぇさん、今日もきれいですね。髪がキラキラです」
その子は身長からみて、だいたい六歳前後だと思うのだが。ガンガンに堺を口説きにかかっている。
ませてるねぇ。
でも、天誠は四歳で、ある意味、紫輝を家に引き入れるほどに、口説いていたと言えるのかもしれないから。
まぁ、アリなのかな?
堺はその子に目を合わせるようにして、地に膝をつける。
「坊や、私は…昨日の人が言っていたように、おねぇさんではないのです。男性ですので」
「でも、赤穂のお嫁さんなんでしょう? 僕のお嫁さんにもなって?」
「お嫁さんは、ひとりの方だけに…」
「赤穂は月光とおねぇさんと、ふたりも、お嫁さんを持っているのだから、ずるいぃ」
「あの、昨日の方は、赤穂様ではなく、青桐様なので。私は青桐様の、お、お、お嫁さん、なのです」
「えぇぇ? わかんないぃ。僕のお嫁さんになって?」
子供と堺のやり取りが、あんまり可愛らしいので、紫輝は腹を抱えて笑った。
子供相手に、照れちゃって。青桐のお嫁さんと言いきれない堺が、頬を染めているの、すっごく眼福だ。
「紫輝、笑ってないで、助けてください」
「そうだ、堺。私のお嫁さんにもなってくれ。相手をひとりに決めることはない」
子供の言うことに、藤王も乗っかってきて。
もう、大人が言ったらシャレにならないでしょうが? と思っていたら。
子供が目を丸くした。
「おねぇさんも、ふたりいます」
だが、隣のおねぇさんは、眼力が厳しいので。子供は、優しげな堺に抱きつくのだった。
「こら、昨日のクソガキ。俺の嫁に抱きつくんじゃねぇ」
そうして現われたのが、堺の旦那候補の青桐だ。
堺はやんわり子供から身を離すと、青桐に楚々と近づいていく。
青桐は、そばにいた藤王をみつめ。
そして、堺をみつめる。
「青桐様、紹介します。私の兄の藤王です」
堺の紹介に合わせ、藤王も名乗った。
「堺の兄の、時雨藤王だ」
尊大に、上から睥睨するように、藤王は青桐をじっくり見やる。
藤王は。つい最近も、赤穂を目にしているので。だから、瓜二つの彼を見て、内心驚いた。
一見、無造作に、後ろ髪の三つ編みを切っただけの、赤穂にしか見えない。
オオワシの翼も遜色なく。
これなら充分に、身代わりの大任を果たせそう。
だが、赤穂というには、少々物騒さが足りないか?
「まだ、結婚の名乗りをあげていないうちに、嫁呼ばわりは。感心しないな」
「すみません。しかし、伴侶となることは決まっていますので」
改めて、青桐が藤王に軽く会釈し。告げた。
「今は、将堂青桐と名乗っておりますが。本名はきこりの葵です」
なるほど、赤穂は生まれたときから剣士だったが。彼は、きこりとして生きてきたから、身の内から湧き出る烈火のごときものが足りない、ということか。
と藤王は思う。
心根の優しい堺には、赤穂の業火は強すぎるから、このぐらいでいいのかもな。
「将堂は、堺を、おまえの伴侶とするのは、許さないだろう」
問いではない。断言だ。
将堂家というのはそういうものなのだ。
しかしそれに、青桐は鼻で笑う。
「ハッ、関係ない。許さないとなれば、きこりの葵に戻るまでだ。俺の伴侶に、誰も文句は言わせねぇ」
紫輝はブレない青桐の姿勢に、うんうんと嬉しそうにうなずき。
藤王は、目をみはった。
将堂家は、北東を一手に掌握する大家だ。その資産も恩恵も計り知れない。
将堂家であるだけで、誰もが目をくらませ、誰もがひざまずく。
それを、堺を手に入れるためなら躊躇わずに捨てると、目の前の男は言っていた。
「きこりか…将堂の肩書がなくなったとき、おまえごときが堺を幸せにできるのか?」
「それは、必ず。決して、堺に不自由はさせません。たとえ、終戦できなくても、終戦して俺が将堂でなくなっても、どこへいても、なにをしてでも、必ず堺を幸せにすると、兄の貴方に誓います」
自由な心で、ありのままに。それは兄である藤王が、弟に望むことだ。
堺が好きなことを、思う存分できるのなら、いいのだけれど。
「あの、でも…共有はできません。堺は俺だけの龍なので」
その言葉に、背筋がビリビリ痺れる感覚がした。
なんでそんな気になったのか、藤王には、わからなかったが。
「…青桐様」
堺も、うっとり青桐をみつめる。
すると、思いがけなく、紫輝が言った。
「なぁにぃ? その、俺だけの龍って。すっごい殺し文句じゃね? なんか、ゾワゾワするんですけどぉ」
「なに? おまえもか? まさかこいつは、龍鬼を惑わす呪言使いなのでは?」
紫輝は、こちらも思いがけないことを藤王が言うものだから、慌ててフォローする。
青桐に変な疑いかけないでください。
「いやいや、魅了されるほどではないから、そこまでは。つか、呪言使いって仕事あるの?」
「いや、知らんけど。言いがかりだけど」
紫輝は半目で、藤王を睨む。
やっぱり、兄の言いがかりだった。
兄は弟の婚約者に、味噌をつけたいだけなのだ。
なんとか、その地位から引きずりおろしたいのだ。
ちょっとやそっとの男では、許せないのだ。
だって、兄とは。そういう生き物だからねっ。
「複数結婚は、許されているけれど。俺の嫁は堺だけであるように、堺も俺だけを伴侶に望んでほしい、のだが」
「もちろんです。私は貴方の伴侶でありたい」
「…というわけで、クソガキ。堺は俺の嫁だから、求婚するなら他を当たれ」
青桐は一転、堺のそばにいた子供に目を向けて、大人げなく言った。
「くそぅ、子供の夢をふみにじりやがってぇ…ばーか、赤穂のばーか」
負け惜しみの言葉を吐いて、子供はどこかへ駆け去っていった。
苦い、失恋になりましたな。強くなって戻って来いよっ。
「赤穂じゃねぇし。…っていうか、堺。兄…藤王は、堺に似て、神々しいほど美しいのに、そのような人の求婚を断って、俺の伴侶になってくれるのか?」
青桐は堺の手を両手で握り込み、優しくたずねる。
堺は、白いまつ毛をまたたかせ、青桐に聞いた。
「青桐様こそ、私よりも美しい兄を見てしまったら、心変わりをするのではないかと…」
「まさか。俺の心は、初めて出会ったときから、堺に囚われているからな。俺の目には、堺が一番美しく見えるよ」
ふたりの世界に入って、互いをみつめ合う堺と青桐を。
紫輝と藤王は、生暖かい目で見やる。
「なんか、兄賛辞をしているようだが。全然、褒められている気がしない」
「いやいや、これは兄賛辞ではなく。美しい兄に惑わされなかったふたりを、互いに褒め合っている図では?」
「そうか。なら、仕方がない」
これを、仕方ないで済ませられる藤王は、なかなか立派な兄じゃないかと、紫輝は思う。
堺に振られても、思ったほどごねなかったし。
紫輝は、一戦くらいは、覚悟していたのだが。話し合いも案外、理性的に進められたし。
やっぱり、悪い人ではなかったんだな、なんて考えていた。
ただ、兄として。弟への想いがこじれてしまっただけなのではないかな?
「青桐、私は。龍鬼を排他するこの世界を、ぶっ壊そうと思っていたのだ。堺が笑って暮らせる、優しい世界を作りたくて。これから、この世界がどうなっていくのかわからないが。おまえは。堺にそういう世界を与えてやれるよう尽くしてくれ」
手を取るふたりに向けて言う藤王に、青桐は感激したように笑みを見せる。
「はい。そのつもりです。藤王、堺との仲を許してくれるのか?」
無防備な感じで青桐が問うと、藤王は目をカッと開いて、燃える赤い瞳で青桐を睨みつけた。
「あぁ? 許してなどいないっ! そのように振舞えば、いつかそういう日も来るかもしれないな、ということだっ、勘違いするんじゃねぇ!」
ガッと牙を剥いたあと、踵を返して去っていく、藤王の後ろ姿に。
青桐は苦笑した。
「苛烈で、言葉遣いの荒い堺のようで、新鮮だ」
「まぁ、とりあえず。この件は無難に終了して、良かったな? 藤王は仲間になったから、堺を無理矢理、花嫁にするようなことは、ないだろう。堺が嫌がることをする兄ではないしな」
ポンと、青桐の肩を叩いて、紫輝は安心させると。去っていく藤王を追いかけた。
彼に並んで、聞いてみる。
「いいのか? 将堂と思うだけで、はらわたが煮えくり返るんじゃないのか?」
「将堂は、今でも憎い。だが、あいつからは、将堂の匂いがしなかった」
「まぁ、つい最近まで、きこりだったからな」
「すごく自然体で、堺に相対していた。上司と部下でもない。将堂と龍鬼でもない。俺の龍とは言ったが、そこには龍鬼への差別や支配的な匂いはなく。むしろ愛する独占欲的な匂いだったから。互いしか見えない恋人同士など…邪魔をしたら馬に蹴られる」
ちょっと寂しそうに、藤王は、温かみのある白髪を揺らして、小さく笑う。
「兄だから、堺の相手は、特別優れた人物であってほしかった。おまえのように、終戦を目論む大胆なやつや。安曇のように、なにもかもを見通す全能な者。赤穂のように、すべてを斬り伏せる強さがある者。優秀な人物は数いるが。優秀だから堺を幸せにできるのではない、と。今、気づいた。堺には。堺のことだけを見て、堺の幸せを常に考え。そして堺自身が愛する者であることが、望ましい。彼らを見て、そう思ったのだ」
「すっごい、よくわかってるじゃん。兄の鑑だ」
紫輝は単純に、感心した。
恋慕を寄せていたら、その境地になかなか立てるものではない。
もしも天誠が、自分以外の誰かを好きになったとしたら。紫輝などは、絶対に手放せないと思うから。
本当にすごいと思う。
なんか、ちょっと想像したら、涙出そうになった。
「なぜ、おまえが涙ぐむのだ?」
「俺の最愛の兄さんは、絶対に起きないことを想像して泣ける、可愛いおバカさんなんだ」
小首を傾げる藤王に答えたのは、いつの間にか紫輝の肩を抱き寄せ、そばにいた天誠だった。
「兄さんは、俺を手放さないで。それが、兄の鑑だ」
「…そうだ。弟の幸せを望むのが、兄の鑑だもんな。天誠は俺を望むんだもんな?」
「よく出来ました」
可愛くてたまらない、という目で最愛の兄をみつめる安曇を見て。
藤王は、安曇を、長くそばにいた友であり家族であると思ってきたのだが。
この男の一面しか見ていなかったのだと、知る。
先ほどの話では、この計画を立て始めたのは、紫月が過去に飛んだおよそ二年前。そして紫輝が現われたときに、本格始動したという。
その一連の動きを、藤王は全く感知していなかった。
それは、安曇が藤王を警戒していたからではあるのだが。
それにしても。
安曇はいつも、己の隣にいたのだ。なのに、気取られることなく、手裏軍で普通に暮らしていた。
おそらく、堺のためでも、己はそこまでできないような気がする。
それは、長年の友を、笑顔で騙す行為で。
味方だった軍を、素知らぬ顔で裏切る行為で。
八年の歳月を、鼻歌交じりにぶっ壊す行為だ。
すべて、兄のために。
藤王が評価をし、頼ってきた、賢龍、安曇眞仲の智略は。最後の最後で、狡猾に、冷徹に、慎重に、兄のために行使された。
いいや、もしかしたら。藤王の知る安曇などという男は、存在しなかったのかもしれない。
そう考えてしまうほどに、藤王は目の前の男をそら恐ろしいと感じるのだった。
「不破、どうだった? おまえは満足したか?」
安曇が藤王に問う。安曇は、藤王の望みを叶えた。龍鬼を排他する世界をぶっ壊す。そして堺を伴侶に迎える。
言ったとおりには、ならなかったが。
弟との再会は果たされ。兄の暴挙を弟に許してもらえ。弟の幸せの形を見せられ。弟が迫害されることなく自由に暮らせる優しい世界へ向かって、動いている最中。
藤王がそうなってほしいと思ったことは、叶えられたと言える。
「思い通りではない。しかし、思う以上の成果ではあるのだろう。満足ではない。しかし、それはこれから。おまえらが示す道が、堺を幸せへと導いたとき…満足したと言ってやる」
「素直じゃないなぁ」
天誠は苦笑して、藤王の肩口を拳で軽くパンチする。
紫輝はその光景を微笑ましく見やる。
それって、すっごく親友っぽいね?
思えば、三百年前。
天誠は、友達がいないと嘆いていたことがあった。
天誠は人気者で、友達がいないなんてことは、ないはずなのだが。天誠に言わせると、声をかけてくれるけど、一線引かれている感じ、ガラスケースの中の人形みたいな気分だ、という。
人気者ゆえに、天誠は心から信用できる友達を作ることができなかったのだ。
この地に来たことは、天誠にとっては過酷で、苦しいばかりで。紫輝に会うまでは、地獄をさ迷っているような感じだったのだろう。
けれど、藤王という友人を得たことは、彼の救いになったんじゃないかなって、紫輝は思うのだ。
文字通り、命も助けてもらったしね。
藤王や、大和ら、孤児たちなど。心を通わせる出会いが、天誠にあって。良かったな。
しみじみと、ほのぼのと、胸に感謝の念が湧き起る。
紫輝は兄として、藤王に告げた。
「藤王、弟の友達になってくれて、ありがとう」
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