【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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88 将堂には戻れない

     ◆将堂には戻れない

 寝台の中には、紫輝と天誠と、ライラがいる。
 でっかいライラだ。
 ライラは、早起きである。今はまだ、日が昇って、辺りが薄明るくなってきたくらいだから。朝の六時くらいかな。
 この世界の人たちは、日の出とともに動き出すので、早起きでもないのかもしれないけれど。

 ライラは三百年前は、いつも紫輝を、朝の五時に起こしていた。
 その時間に、腹がすくのだ。
 だから紫輝は、ライラを朝五時の女と呼んでいた。

 それはともかく。
 天誠は案外寝汚いぎたないのである。
 今も、紫輝とライラに挟まれて暑苦しいのではないかと思うのだが。横向き寝でぐっすりさんだ。

 紫輝は、昨日から、天誠の頭を抱いて寝ている。
 昨夜は、遅くまで睦み合っていて、心も体も充分に彼とつながったと感じられたけれど。
 再び今日、離れ離れになるから。
 一分、一秒が惜しい感じで。
 離れたくないし。
 彼の体温や匂いや感触を、いつまでも味わっていたいのだ。

 そうしたら、ライラが暇になったのか。丸い手で、天誠の翼をチョイチョイするので。
 紫輝はこそっと、囁き声でライラを叱った。

「こら、天誠が起きちゃうよ。チョイチョイ我慢して」
「だいじょうぶよ。てんちゃんはたぬきなの」
 たぬき、ってなんだろうと思っていたら。
 天誠がプッと吹き出した。ん? 起きてた? あぁ、狸寝入りか。

「おはよう、兄さん」
「おはよう、天誠」

 お約束、じゃないけど。目が覚めたら。自然にお互いに唇を寄せて、くちづける。
 朝なのに、いつも、結構激しいやつ。
 口の中で、ぬぷぬぷ音が鳴るくらい舌を絡めて。
 冬の冷え切った部屋で、体が火照るほど情熱的に。互いが欲しがるままに。うっとり酔いしれるほど甘やかに。
 唇を離す頃には、舌が痺れてしまうけど、胸がいっぱいで。
 ふたりで笑っちゃうような。濃厚な、おはようのキス。

 でも、今日はちょっと長めだったからか、ライラが天誠の体の上に乗っかかってきた。

「あぁ、もう。終わったから。ライラ、おはよう。つか、バラすなよぉ。せっかく兄さんのぬくもりを堪能していたっていうのに」
「おそようよ、てんちゃん。あたし、もっとまえから、おきてたわぁ。つか、たぬきはあざといわぁ」
「はいはい、ライラは早起きさんですねぇ。えらいえらい」
「なんだか、雑ね」
 ライラは、天誠の腰の辺りを揉んでいく。
 あぁ、良いなぁ。その手のひらのうごめき、職人技です。

「ライラ、そのでっかい手で揉んだら、布団が破けるだろうが」
 そうは言いながら、天誠は本気でライラを怒っていないのだ。
 知ってる。
 なんだかんだで、甘いんだもんな。

「風呂、入ろうぜ。兄さん」
「こんな朝っぱらから? 用意するの大変だろう?」
「昨日の内から言ってあるから。沸いてるはずだ。行こう」

 胸のうちで、紫輝は使用人たちに手を合わせた。
 我が儘な弟ですみません。

 ふたりは部屋を出たが。
 例に漏れず、ライラはお風呂場には近寄らないのだった。

 風呂場に行ったら、本当に湯が沸いていて。申し訳ございません、という気になった。
 でも、せっかくだから。入らせていただきますね。

「ああああぁぁ、朝風呂、最高っ!」
 思わず、全く色っぽくない、紫輝にしては低めの声が出た。
 心からの感動の声だ。

 それから、ふと天誠を見やると、朝の日差しの下に現れた、パーフェクトボディが目にまぶしい。
 ゴリゴリの腹筋のおうとつが、陰影によって強調され、胸もパーンと張っていて。
 昨日も見たはずなのに、なんだか久々に、ガーンという衝撃を受け。紫輝は天誠に腹パンチした。
 ペチッと、音がしただけだが。カッチカチだ。

「もう、兄さんはなんで、俺に腹パンするんだ?」
 なんのダメージも受けてないところが、腹立つ。
 なんでって、ペソっとした、己のガリガリボディを思い知らされて、憤ったからに決まってるっ。

「おまえさぁ、そんなに良い体してんのに、なんで俺の貧弱なおっぱいが好きなんだよぉ?」
 乳首をしつこく、ねちっこく攻める、昨夜の天誠の姿を思い返し、紫輝は頬を赤らめる。

「そりゃ、だって。兄さんのおっぱいだからに決まっているだろう?」
 天誠は浴槽の縁を抱え込むように寄り掛かると、羽を広げて湯につけないようにした。

「兄さんのおっぱいは感度が良いし、色も薄桃色で可愛くて、でもいじっていると赤く熟れてきて。食べごろになるとぷっくり膨らんできて。兄さんがアンアン鳴くから、可愛くて可愛くて。ツンととがった愛らしい部分をコリコリ噛んで、つい歯ざわりとか楽しんでしまって…」

「やーめーろー、もう結構。俺は、お腹いっぱいなんで」
「俺はまだまだ食べられるよ? 昨日、いじり過ぎて、兄さんのおっぱいが、イチゴみたいに赤くなっちゃったから、舐めて、癒してあげようか?」

 もう、今日、帰るのに。そんなことされたら、村から出られなくなっちゃうよっ。
 そう思って、紫輝は両手で両胸を隠した。

「ダメダメ。もうっ、天誠はお触り禁止な」
「そんなぁ…嘘だよ。なにもしないから。兄さん、怒らないで」
 耳にチュッチュッしながら、魅惑の極甘ボイスで言われたら。紫輝も、それ以上は強く言えないで。小さくうなずく。
 紫輝は天誠の美声に、とことん弱かった。

「えっちなこと、しない?」
 両手で胸を隠して、上目遣いでそんなことを言われたら。
 天誠は。強烈なボディーブローを見舞われた気になった。
 先ほどの腹パンチの三百億倍の威力がある。

 紫輝は、恐ろしい暗殺者だっ。天誠は本気で命の危機を感じた。

「し、しないとも…」
 ひっくり返った声の天誠に、紫輝は小首を傾げつつも。のんびりと、風呂の気持ち良さを堪能する。
 本邸のお風呂は、ヒノキ風呂で。良い匂いで、ストレス解消されるんだよな。
 昨日、酷使したから、腰を揉んでおこう。

「青桐の屋敷を、今、リフォームしてんだけど。龍鬼の区画に作る風呂がヒノキの予定なんだ」
 紫輝は、大概のことは、ライラを通して天誠に報告しているし。天誠もたまに、こちらを見ているようなので。天誠が知らないことなどないような気もするのだが。
 この件は言っていなかったみたい。彼が首を傾げた。

「なんだ、龍鬼の区画って?」
「准将の屋敷に、龍鬼を入れるなって雰囲気があってさ。堺の屋敷も、龍鬼が使う区画と別に、客用の区画があるって言うので。同じように作ってもらう予定なんだ」

「そうか、将堂の差別観は、やっぱ、きついんだな。まぁ、でも。こちらは現在、龍鬼は不破しかいないから、比較はできないか。あいつも、自分の屋敷以外で寝泊まりしないからな」

「藤王は、将堂での龍鬼の扱いが染みついていて、自然に振舞える極致までいってんじゃね? 堺もつい最近まで、そんな感じだったみたい。幹部と同じ屋敷に泊まるようなことは今回が初めてだ、みたいなことを言っていた。一兵士時代から、ずっと個室だったって」

「あぁ、早く、終戦にさせたいな。早く、紫輝とともに暮らして、龍鬼とか言われることのない生活をさせてやりたい。しかし、ここ、という決定打がないんだよな。最悪、和平交渉を持ちかけるときとかも、考えているのだが。どちらが先に頭を下げた、とか。のちのち優劣がつきそうなことをしたくないから、悩みどころだ」

「俺も、早くって、思うけど。焦って計画がとん挫するのが一番まずいじゃん? 天誠がここぞ、と思う瞬間が、きっと来るよ。もう少し、様子を見ていこう?」
 天誠は紫輝を抱き寄せて、額と額を合わせてグリグリする。
 天誠の好きなやつ。

「…そうだな。こちらには、将堂の宝玉もいるし、不破もなかなか頭がキレる。情勢の見極めは、間違えたりしないだろう。歯痒いが、もう少し様子見だな」
 はやる気持ちをおさえ、紫輝と天誠はまったりと朝風呂を楽しんだ。

     ★★★★★

 今日は、本邸の食堂に集まって、みんなで朝ご飯を食べたあと。
 先に天誠たちが、村を出ることになった。
 村の出口に、馬が用意されているが。
 高台で、堺は藤王との別れを惜しんだ。

「兄さん、もう少しゆっくりお話ししたかったです。あの…私と将堂に戻るという選択は考えられませんか?」
 堺は、手甲で傷が隠された藤王の右手を、両手で包み込み、真摯に願うが。
 彼は首を振る。

「すまない、堺。私はもう、将堂には戻れない」
 今も、腹に渦巻く憎しみを抱えている藤王が、ともに来てくれるとは思わなかったけれど。
 それでも堺は、一度は、私とともに帰りましょうと、告げたかったのだ。

「堺の命を盾に取られたら、私は身動きが取れなくなる。再び、金蓮の言いなりにさせられるだろう。そのようなことは、もう…」
「そんなのは、私も嫌です。兄さんが私に自由を望むように。私も兄さんが憂いなく過ごすことを望みます。ただ、兄さんがそばにいないのは寂しいから。ちょっと言ってみただけです」
「…堺ッ」
 はにかんで、言う弟が、べらぼうに可愛い。
 ものすっごく、可愛い。
 天上に登るほどに、可愛いっ。

 藤王は思わず、堺を抱き締めてしまった。
「私も、堺と離れたくはないさ。だから、早急に、再び兄弟で暮らせる世の中を作り出そう。必ずな」

「兄弟で暮らす前に、俺と堺は結婚して、ふたりで暮らすがな」
 藤王から堺を取り戻し、青桐が苦々しい顔つきで言う。

「まぁまぁ、家族は一生家族だよ。兄弟が毎日顔を合わせられる、それは素敵な環境だよ」
「会うな、なんて狭量なことは言わないさ」
 フォローする紫輝に、青桐も鼻で息をついて言う。
 つまり、兄弟で会うことは邪魔しないってことだよね?
 もう、言い方が素直じゃないんだから。

「しかし、金蓮は。もう、藤王が生きていることを知っている。堺を盾に取って、藤王に出て来いと無茶を言うかもしれないな。もしも、堺が金蓮に奪われそうになったら、青桐は人事権を行使して、必ず阻止しろ。一応、准将は金蓮の部下という位置づけだが。右軍総司令官の地位は、伊達ではない。右軍のことについて、金蓮は容易に口出しできないようにはなっている。そこを前面に出して、突っぱねればいい」

 藤王の言に引っかかって、赤穂が青桐に助言した。
 うん。こっちの兄弟はなかなか、仲良さそうになったな。

「金蓮に奪われたら、堺の命が危ういってことだな? わかった。必ず阻止する」
 赤穂と青桐、堺と藤王が話をする中。
 天誠は紫輝をバックハグで抱き込んで、離さなかった。
 昨日からずっとくっついているけど。紫輝もくっついていたいから、文句を言わなかった。
 毎日ライラ電話で話しているから、寂しくはないけど。やっぱ、くっついていると、それだけで活力がみなぎるというか。元気になるんだよな?

 それでも、天誠たちは、日があるうちに。少なくても、手裏の領地まで戻らなくてはならないから。
 早くここを出なければならないのだ。

「道中、くれぐれも気をつけて。いつも、無事に、向こうにたどり着くまでは、心配だ」
「わかった。向こうに着いたら連絡するな?」
 こめかみに、挨拶のキスをして。天誠と藤王、数名の隠密たちという黒マント軍団が、馬に乗って、村を出て行った。
 紫輝と堺は、涙ぐんで、彼らを見送る。
 また会える日を、ひたすら待ち望む日々が始まるのだ。つらいなぁ。

「思うのだが、あのふたりが動かないのなら、もう終戦のようなものなのではないか? 彼らが俺らに、戦場で刀を振るう、その場面が想像できねぇ」
 堺の隣で、青桐が言う。
 そう言われたら、紫輝も、そのような気になるけれど。
 ま、夏は普通に天誠は攻撃してきたし。手加減はしたみたいだけど。
 あれ、結構怖かったんだからな。あてにはできないよ。

「そうなると、いいね。じゃあ、俺らも帰る用意をしようか」
 紫輝が振り返ると。そこには、ベソベソに泣いた月光が立っていた。

「紫輝ぃ、もう少し村にいなよぉ。パパとお話しようよぉ」
 月光とは初日にいっぱい話したし、ライラ電話でも話せる。
 面倒くさいので、赤穂が月光の首根っこ押さえている間に、さっさと支度をして村を出た。

 はいはい、またね?

     ★★★★★

 紫輝たちは、昼過ぎには、本拠地に着いた。
 帰りはなだらかな下り坂になっているので、行きよりも早く着く。

「はぁ、腰痛かった。堺は大丈夫だった?」
 なにげなく紫輝は聞いたのだけど。
 それには、青桐が目くじらを立てた。

「おい、堺に下品なことを聞くんじゃねぇ。堺はまだまだ清い人なんだから」
「清いったって、することしているのでしょう?」
「していても、純情で清楚なんだよ。おまえとは違うんだ」
「ちぇっ、ちょっと、腰痛くなるから大変だよねって話したかっただけなのに」
 なんて、やり取りを青桐としていたら。堺は言うのだ。

「馬に乗って腰が痛くなるのは、軸が定まっていないからです。体幹を鍛えると良いですよ?」
「…な?」
 同意を青桐に求められ。紫輝はどうもすみませんでしたって、謝るのだった。
 堺に匂わせは通用しない、つか、腰痛から夜のアレを連想することもないみたい。

 ピュアレジェンドなんだね?

 そして本拠地の中心部まで来て、紫輝は青桐と堺に、馬上から声をかけた。
「俺は指令本部に顔を出して、幸直たちに、帰ったことを知らせておくよ。ふたりは疲れただろうから、先に屋敷に戻って休んで。俺もこのあとは、第五の屋敷に戻って休むから」
「紫輝…」
 すると、堺が馬を寄せてきて。神妙な顔…というか、泣きそうな顔で、切り出した。

「今回のこと、本当にありがとうございました。とても、嬉しかったのです」
 どこで、誰が聞いているかわからないから、曖昧な言葉で濁しているが。
 兄に会えたことを、心底喜んでいる、という感じだな。と紫輝は思う。

 この局面で、将堂軍の中で、藤王の名は出せない。というのは、聡明な堺なら当然、理解していることだ。
「長年の胸のつかえであった、憂いと謎が解けた思いです。この気持ちを…どう表せばいいのかっ。とにかく、感謝しています。私は今、とても幸せなのです」
 そうして向けた笑顔は、麗らかな春日を思わせる暖かいものだった。

 紫輝は、堺のそんな表情を見て。
 なんか、胸の奥から熱いものが込み上げてくるような感じになった。
 感無量って、こんな感じ?

 堺と初めて出会った、あの泉で。
 彼は、なにもかもをあきらめて、傷ついていて。
 とても、大隊を壊滅させた者と、同一人物とは思えない。儚げな印象だったのだ。

 頼れる兄も不在で、孤独で、表情を凍らせて。
 氷のよろいと盾で、触れるものをみんな遠ざけていた。

 そんな堺が、今、幸せだと言って、柔らかく笑うのだ。

 そんなの、涙が出るほど嬉しいじゃん?
「良かったな、堺。あ…明後日は、青桐の屋敷に引っ越しだろう? まだまだやることいっぱいだね? 明日手伝いに行くからな」
 泣き顔を見せないように、紫輝は慌てて馬を反転させると。指令本部へと向かった。
 だって、紫輝は堺のお兄ちゃんを自負しているのだから。情けないところなど見せられないのだっ。

「紫輝様の涙は、お美しいですねぇ」
 横から大和が言うのに、紫輝は睨む。
「見るなよ。お金取るから」
「いくらでも積みます」
 紫輝は大和を半目で見やる。冗談じゃないところが恐ろしい。

 この頃、ゴールデンレトリバーが言うことを聞かなくて、紫輝は困っています。

     ★★★★★

 指令本部に行くまでに、涙は乾いた。
 もう、泣かせないでよね、堺。

 ノックをして、室内に入ると。幸直と巴が、黙々と書類のチェックをしていた。
 巴などは、紫輝が入室しても気づかないような集中力で。すごいです。

「幸直、巴。青桐たち、無事に屋敷に帰りついたから。報告な。俺も疲れたから、第五に戻って休むよ」
「マジ? 紫輝、第五に行くなら、廣伊に書類持っていって。人事、通ったから」

 薄茶の髪を揺らしながら、顔を上げた幸直から。紫輝は書類を受け取った。
 巴は相変わらず、書類とにらめっこをしているので。自然、紫輝は幸直と話すことになる。
 つか、無視じゃないよね?

「ほんと? これで、第五再建の目途が立ちそう。良かったよ。あ、幸直たち、仲直りできた?」
「は? 喧嘩なんかしてないし。つか、おまえらがいない間、休む暇なく働いていたに決まってんだろ? 俺らにも休み、寄越せよな。絶対、休み貰うからな?」
「はいはい、じゃあ、青桐の屋敷の引っ越しが終わったら、堺に頼んでみるから」
 紫輝が請け負うと。幸直はほんのりと、柔らかく笑った。
 つい最近までのトゲトゲが薄まった感じだ。

「なになに? もしかして巴と旅行とかしちゃうの? ラブラブなの?」
「べっつに、そういうんじゃねぇしぃ」
 とか言うけど、幸直はなにやらニヤニヤしている。
 幸直は真っ正直だから、顔に出るよね?
 でも、まぁ。出掛ける前に心配していた、悪い展開にはなってなさそう。

 良かった。ラブラブなら、それでよし。

 
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