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91 望め、そして掴め
◆望め、そして掴め
紫輝は笑顔で、堺に手を差し出した。
「さぁ、帰ろう。堺」
薄暗い牢の中で、堺はひとり、ポツンと座っている。
そこにいるのは、まるで紫輝と出会った頃のような。儚げで、心細い顔つきの…なにもかもをあきらめた、あの堺のように見えた。
紫輝が手を差し出しても、堺は動かない。
「紫輝、私はここから出られません。私がここから出たら、青桐様に、ご迷惑が掛かってしまいます」
ひとつ息をのみ。紫輝は強い眼差しで堺をみつめる。
わかってはいたのだ。
おとなしく牢におさまったと、千夜に聞いたときから。
堺は、おそらく自分の足で牢に入ったも同然なのだろうなって。
「堺がここから出ない方が、青桐は迷惑だと思うよ」
「いつか、こうなることは、わかっていたのです。金蓮様は、私と青桐様が一緒になることを、絶対に認めませんから。青桐様は、赤穂様の双子の弟。将堂家の、正統なお血筋の方です。青桐様は、赤穂様と同等のものを受け取る資格があるのです。でも、私と一緒にいたら。青桐様は将堂家から弾かれてしまう。せっかく、将堂家に迎え入れられたのに。私のせいで…」
紫輝は、堺の言葉に苦笑した。
そして、その場に座り込み。胡坐をかく。
牢の中で正座する堺と、立ったままでは目が合わないから。同じ目線。同じ立場で。堺と真っ向勝負をするのだ。
ただ、紫輝は怒っているのではなかった。
堺が青桐を想う気持ちは、愛すべきものだ。
自分よりも、青桐の心配をするのだ。ただひたすらに、愛する人の幸せを願うのだ。
堺は、つい最近まで、愛も恋も知らなかったなどと言うけれど。本当は愛情深い人である。
紫輝は初対面から、それがわかっていた。
だって、初めて出会った、胡散臭い龍鬼に。異世界からやってきたなんて言う、怪しげな龍鬼に。弟を探しているんだと泣き喚く、迷惑な龍鬼に。親身になって相談に乗ってくれた、優しい人だから。
あきらめないでと、はげましてくれた人だから。
愛も恋も知らないというのは、その分類を分けられなかっただけで。
紫輝への友愛も。兄への親愛も。ちゃんと持っていた人だった。
そのような人が恋愛をしたら、それはそれは、優しい愛情で包み込むのだろう。
でも、だからこそ。紫輝は堺に言いたい。
与えるだけではなく、自分の幸せも望んでほしいと。
「どうして堺のせいで、青桐は将堂家から弾かれてしまうの? 金蓮は、堺に青桐の記憶を縛れと強要し、その後、青桐の教育係にもした。それで、恋仲になったからと言って引き離すのは、随分身勝手だと思わないか?」
「…金蓮様の思惑はわかりません。でも、青桐様と恋仲になるなどと、想像もしなかったのでは? 龍鬼の分際で、青桐様に手を出す…とは」
「堺は手を出してないじゃん。青桐が手を出したんじゃん?」
「どちらが先、ということではなく。龍鬼が青桐様に触れるのが…駄目なのです」
「あぁ、さっき、こいつが言っていたやつな」
こいつ、と言い、紫輝は横で昏倒している大塚を足で蹴った。
「世間の、龍鬼の評価は、そんなものです」
とはいえ、そこであきらめたら、話は終わってしまうのだ。
そこを覆そうと、紫輝は頑張っているわけで。
できれば、堺にも頑張ってほしいところだ。
「…堺は、昨日天誠に会って、彼のこと、どう思った?」
急に話題が変わって、堺は目を丸くしたが。
すぐに眉をひそめた。
「頭のキレる方でした。でも、独占欲が強く。排他的」
「はいた?」
「基本、紫輝以外はどうでも良いのではないですか?」
「すごい、初見で彼のこと、そこまでわかる人はなかなかいないよ。みんなさ、顔が良いから入って、優秀さに心を奪われるんだ。だから、天誠は、自分の表面だけを見て好きだという人が、大っ嫌い」
「いいえ、あの人は、紫輝以外は嫌いです」
淡々と言ってはいるが、かなりの毒舌だ。
紫輝はつい苦笑してしまう。
「ふふ、一言も話してないのに、なんでわかっちゃうのぉ? 心、読んだりした?」
「そんな自殺行為はしません。胸焼けします」
堺の言葉に、少し遠い位置で千夜が腹を抱えて、声を出さずに笑っていた。
もう、ちゃんと隠密やっててください。
「やっぱ、堺は。天誠のこと、嫌いだったか。でも、俺は天誠のこと、愛してんだ」
ろうそくがポツポツついた、光量の少ない中で、堺の白皙の顔が浮かび上がっている。
彼は、とても寂しげな顔をしている。
友人の紫輝が、天誠に取られたからではない。
紫輝が、愛している人を愛していると言えることが、うらやましいのだ。
紫輝の話を聞きながら、堺が思い浮かべているのは、青桐の顔だろうから。
「三百年前は、男同士や、兄弟関係の恋愛は、禁忌だった。それと、美醜にもこだわるところがあって。天誠は美形だろう? 美女と野獣ならぬ、美男と極悪ノラ猫って感じで。俺が天誠の隣に並ぶと、みんないい顔しなかったんだ」
「紫輝は、可愛らしいです。極悪ノラ猫は、よくわかりませんが。彼と並んだって、なにも思いません」
「ま、今とは価値観が違うということなんだ。だから、俺たち。いや、俺は。好き合っていたのに、付き合わないで、有耶無耶にしていて…。だけど、天誠は自分の想いを貫いてくれた。八年も俺を待っていてくれたんだ。そんなんされたらさ、世間の評価なんてちっぽけなものを気にして、付き合わなかった俺が、馬鹿だったなって思っちゃったよ。だから…」
紫輝は、堺に手を差し出す。
今度こそ、彼自身の意志で。彼自身の手で。握ってもらうために。
「堺、この手は、青桐だと思ってくれ。堺は今、青桐の幸せを願って、青桐の手を拒んでいる。それは素晴らしいことだよ。でも、それは本当に、青桐の幸せなのか?」
紫輝は堺の目を見て、しっかりたずねる。
目の前の格子戸は、堺が、龍鬼であることを乗り越えるための境界線なのだ。
自分たちは龍鬼。それは変えられない。
でも、龍鬼である自分たちを、愛してくれる者がいる。
自分も愛している。
なのに、龍鬼だからという理由や、周りが反対しているからという理由で、その手を拒むのは、失礼なことなのだ。
堺は、龍鬼である自分を受け入れなければならない。
世間がどう言おうが、彼の言葉だけを聞かなければならない。
それが、愛していると言ってくれる者を、真実、幸せにするのだ。
「青桐は、将堂の地位や名誉を欲しいと言ったか? 青桐は、なにを一番に望んでいた? 彼の一番近くにいた堺ならば、それを知っているはずだ」
問いただすと、堺は。ポロリと、氷の粒のような涙を落とした。
ひとつ、ふたつ。堺は涙して、言う。
「私が手に入るなら、地位も財産もいらないと。堺だけが、欲しかった…と」
青桐なら、そういう気持ちだろうと、紫輝は思っていた。
けど。青桐が堺にそれを告げていたのか、それはわからなかったから。
言っていてくれて、本当に良かったよ。
青桐は真摯な男だから。頑なな堺の心を、言葉を尽くして、ほぐし、溶かし、愛していったのだろう。
やるじゃん、青桐。
紫輝は胸のうちで、彼に賛辞を贈った。スタンディングオベーションだっ!
「さぁ、今度は堺の番だよ。堺が今、一番欲しいものを、望め、そして掴め。己の意志で、手を伸ばせっ」
紫輝は、差し出した手の指先を、少し動かす。
ここに、欲しいものがあるだろうと。
氷の彫像のように、牢の真ん中で動かなかった堺が、ゆるりと動いて。腰高の低い入り口をくぐって、牢の外の、紫輝の手を、しっかりと握った。
堺が、己の意志で。龍鬼である己を卑下することなく。好きなものを掴んだ。境界線を越えた、瞬間だった。
そして、謙虚で真面目ゆえに、今まで口にできなかった一番の望みを、堺は口にする。
「青桐様を、愛しています。あの人のそばを、離れたくないのです」
でも、晴れ晴れしい表情にはならず、堺は、苦しく重い胸のうちを明かした。
「金蓮様に咎めを受けるとわかっていたのに、私は青桐様から離れられませんでした。いけないと思いながら、求められると、嬉しくて。ほんの一瞬だけでもいいから、そばにいたいと願ってしまったのです。愛してしまったから。愛していると言われて、彼を、拒むことなど、できま、せん」
ぽつぽつと落ちていた涙の粒が、堺の顎からしたたり落ちるほどに、とめどなくあふれた。
「だから、彼から離れるときは。金蓮様に咎められ、死罪になるときだと、覚悟していました。燎源が現われたとき、幸せな夢が終わったのだと…思ってしまったのです」
堺の涙を見て。紫輝は、ギュッと目をつぶり。
こらえきれずに叫んだ。
「もうっ、馬鹿。そんなに思い詰めるまで、黙っているなんて。なんでも俺に言ってよっ。堺のためなら、俺はなんだってやってやるのに」
膝立ちになって、紫輝は堺の頭を抱え込む。
儚く消えてしまわないように、この世につなぎとめるように、きつくきつく、堺のことを抱き締めた。
「命で解決しようとしたらダメだって、言っただろう? 命を投げ出す前に、青桐に相談しろと、言っただろう? 愛する者が亡くなって、青桐がのうのうと生きていけると思うのかっ?」
次々にこぼれ落ちる涙を止められないまま、堺は紫輝の腕の中で青桐の言葉を思い出していた。
もしも彼岸があったなら、川を渡らずに待っていて。そうしたら、心穏やかに過ごせる。
しかしその言葉は、堺が金蓮に手討ちにされたあとのことではなく。
幸せに、精いっぱい人生を過ごしたあとに訪れる、もしもの話だった。
龍鬼が短命だと知りながら。青桐は、堺に手を伸ばさずにいられなかった。
たかがそれだけのことで、堺を手放すことなどできない、と言ってくれた。
死がふたりを分かつまで。いや、死んだあともずっと。
それほどの深い覚悟を、青桐はしてくれていたのに。
自分は彼の真心も知らず。
彼が一番大事に思う、己の命をないがしろにしてしまったのだ。
それを改めて、痛感した。
「いいか? 堺。何度でも言うから。堺は青桐を離さなくていい。心のままに、望んでいい。俺が、なんとかしてやるから。な? 二度と、そんな馬鹿なことを考えちゃダメだぞ。わかったな?」
堺の頬を、紫輝は両手で包んで。彼の涙を親指で拭い取る。
白いまつ毛を涙で濡らす、美しい友達は。紫輝に、しっかりとうなずいてくれた。
「青桐様は、私だけを求めてくれたというのに。私の命は青桐様のもの、そう宣言したのに。私は私の命をないがしろにしてしまったのですね。でも、あの方に預けた命を、無下に扱ってはいけなかった。もう二度と、このような馬鹿なことを考えたりいたしません」
紫輝は、繊細で、美麗で、弟のように大事に想っている、親友を無くさずに済んだことに、心底ホッとして。
手を差し出した。
「さぁ。じゃあ、今度はマジで、帰ろう。堺」
紫輝の手に、堺は手を重ねる。そしてその手をギュッとつなぎ直し、紫輝は堺を引っ張っていく。
牢から出た堺は、紫輝とともに、薄暗い地下牢から、日の当たる指令本部の大広間へと出て行った。
紫輝は笑顔で、堺に手を差し出した。
「さぁ、帰ろう。堺」
薄暗い牢の中で、堺はひとり、ポツンと座っている。
そこにいるのは、まるで紫輝と出会った頃のような。儚げで、心細い顔つきの…なにもかもをあきらめた、あの堺のように見えた。
紫輝が手を差し出しても、堺は動かない。
「紫輝、私はここから出られません。私がここから出たら、青桐様に、ご迷惑が掛かってしまいます」
ひとつ息をのみ。紫輝は強い眼差しで堺をみつめる。
わかってはいたのだ。
おとなしく牢におさまったと、千夜に聞いたときから。
堺は、おそらく自分の足で牢に入ったも同然なのだろうなって。
「堺がここから出ない方が、青桐は迷惑だと思うよ」
「いつか、こうなることは、わかっていたのです。金蓮様は、私と青桐様が一緒になることを、絶対に認めませんから。青桐様は、赤穂様の双子の弟。将堂家の、正統なお血筋の方です。青桐様は、赤穂様と同等のものを受け取る資格があるのです。でも、私と一緒にいたら。青桐様は将堂家から弾かれてしまう。せっかく、将堂家に迎え入れられたのに。私のせいで…」
紫輝は、堺の言葉に苦笑した。
そして、その場に座り込み。胡坐をかく。
牢の中で正座する堺と、立ったままでは目が合わないから。同じ目線。同じ立場で。堺と真っ向勝負をするのだ。
ただ、紫輝は怒っているのではなかった。
堺が青桐を想う気持ちは、愛すべきものだ。
自分よりも、青桐の心配をするのだ。ただひたすらに、愛する人の幸せを願うのだ。
堺は、つい最近まで、愛も恋も知らなかったなどと言うけれど。本当は愛情深い人である。
紫輝は初対面から、それがわかっていた。
だって、初めて出会った、胡散臭い龍鬼に。異世界からやってきたなんて言う、怪しげな龍鬼に。弟を探しているんだと泣き喚く、迷惑な龍鬼に。親身になって相談に乗ってくれた、優しい人だから。
あきらめないでと、はげましてくれた人だから。
愛も恋も知らないというのは、その分類を分けられなかっただけで。
紫輝への友愛も。兄への親愛も。ちゃんと持っていた人だった。
そのような人が恋愛をしたら、それはそれは、優しい愛情で包み込むのだろう。
でも、だからこそ。紫輝は堺に言いたい。
与えるだけではなく、自分の幸せも望んでほしいと。
「どうして堺のせいで、青桐は将堂家から弾かれてしまうの? 金蓮は、堺に青桐の記憶を縛れと強要し、その後、青桐の教育係にもした。それで、恋仲になったからと言って引き離すのは、随分身勝手だと思わないか?」
「…金蓮様の思惑はわかりません。でも、青桐様と恋仲になるなどと、想像もしなかったのでは? 龍鬼の分際で、青桐様に手を出す…とは」
「堺は手を出してないじゃん。青桐が手を出したんじゃん?」
「どちらが先、ということではなく。龍鬼が青桐様に触れるのが…駄目なのです」
「あぁ、さっき、こいつが言っていたやつな」
こいつ、と言い、紫輝は横で昏倒している大塚を足で蹴った。
「世間の、龍鬼の評価は、そんなものです」
とはいえ、そこであきらめたら、話は終わってしまうのだ。
そこを覆そうと、紫輝は頑張っているわけで。
できれば、堺にも頑張ってほしいところだ。
「…堺は、昨日天誠に会って、彼のこと、どう思った?」
急に話題が変わって、堺は目を丸くしたが。
すぐに眉をひそめた。
「頭のキレる方でした。でも、独占欲が強く。排他的」
「はいた?」
「基本、紫輝以外はどうでも良いのではないですか?」
「すごい、初見で彼のこと、そこまでわかる人はなかなかいないよ。みんなさ、顔が良いから入って、優秀さに心を奪われるんだ。だから、天誠は、自分の表面だけを見て好きだという人が、大っ嫌い」
「いいえ、あの人は、紫輝以外は嫌いです」
淡々と言ってはいるが、かなりの毒舌だ。
紫輝はつい苦笑してしまう。
「ふふ、一言も話してないのに、なんでわかっちゃうのぉ? 心、読んだりした?」
「そんな自殺行為はしません。胸焼けします」
堺の言葉に、少し遠い位置で千夜が腹を抱えて、声を出さずに笑っていた。
もう、ちゃんと隠密やっててください。
「やっぱ、堺は。天誠のこと、嫌いだったか。でも、俺は天誠のこと、愛してんだ」
ろうそくがポツポツついた、光量の少ない中で、堺の白皙の顔が浮かび上がっている。
彼は、とても寂しげな顔をしている。
友人の紫輝が、天誠に取られたからではない。
紫輝が、愛している人を愛していると言えることが、うらやましいのだ。
紫輝の話を聞きながら、堺が思い浮かべているのは、青桐の顔だろうから。
「三百年前は、男同士や、兄弟関係の恋愛は、禁忌だった。それと、美醜にもこだわるところがあって。天誠は美形だろう? 美女と野獣ならぬ、美男と極悪ノラ猫って感じで。俺が天誠の隣に並ぶと、みんないい顔しなかったんだ」
「紫輝は、可愛らしいです。極悪ノラ猫は、よくわかりませんが。彼と並んだって、なにも思いません」
「ま、今とは価値観が違うということなんだ。だから、俺たち。いや、俺は。好き合っていたのに、付き合わないで、有耶無耶にしていて…。だけど、天誠は自分の想いを貫いてくれた。八年も俺を待っていてくれたんだ。そんなんされたらさ、世間の評価なんてちっぽけなものを気にして、付き合わなかった俺が、馬鹿だったなって思っちゃったよ。だから…」
紫輝は、堺に手を差し出す。
今度こそ、彼自身の意志で。彼自身の手で。握ってもらうために。
「堺、この手は、青桐だと思ってくれ。堺は今、青桐の幸せを願って、青桐の手を拒んでいる。それは素晴らしいことだよ。でも、それは本当に、青桐の幸せなのか?」
紫輝は堺の目を見て、しっかりたずねる。
目の前の格子戸は、堺が、龍鬼であることを乗り越えるための境界線なのだ。
自分たちは龍鬼。それは変えられない。
でも、龍鬼である自分たちを、愛してくれる者がいる。
自分も愛している。
なのに、龍鬼だからという理由や、周りが反対しているからという理由で、その手を拒むのは、失礼なことなのだ。
堺は、龍鬼である自分を受け入れなければならない。
世間がどう言おうが、彼の言葉だけを聞かなければならない。
それが、愛していると言ってくれる者を、真実、幸せにするのだ。
「青桐は、将堂の地位や名誉を欲しいと言ったか? 青桐は、なにを一番に望んでいた? 彼の一番近くにいた堺ならば、それを知っているはずだ」
問いただすと、堺は。ポロリと、氷の粒のような涙を落とした。
ひとつ、ふたつ。堺は涙して、言う。
「私が手に入るなら、地位も財産もいらないと。堺だけが、欲しかった…と」
青桐なら、そういう気持ちだろうと、紫輝は思っていた。
けど。青桐が堺にそれを告げていたのか、それはわからなかったから。
言っていてくれて、本当に良かったよ。
青桐は真摯な男だから。頑なな堺の心を、言葉を尽くして、ほぐし、溶かし、愛していったのだろう。
やるじゃん、青桐。
紫輝は胸のうちで、彼に賛辞を贈った。スタンディングオベーションだっ!
「さぁ、今度は堺の番だよ。堺が今、一番欲しいものを、望め、そして掴め。己の意志で、手を伸ばせっ」
紫輝は、差し出した手の指先を、少し動かす。
ここに、欲しいものがあるだろうと。
氷の彫像のように、牢の真ん中で動かなかった堺が、ゆるりと動いて。腰高の低い入り口をくぐって、牢の外の、紫輝の手を、しっかりと握った。
堺が、己の意志で。龍鬼である己を卑下することなく。好きなものを掴んだ。境界線を越えた、瞬間だった。
そして、謙虚で真面目ゆえに、今まで口にできなかった一番の望みを、堺は口にする。
「青桐様を、愛しています。あの人のそばを、離れたくないのです」
でも、晴れ晴れしい表情にはならず、堺は、苦しく重い胸のうちを明かした。
「金蓮様に咎めを受けるとわかっていたのに、私は青桐様から離れられませんでした。いけないと思いながら、求められると、嬉しくて。ほんの一瞬だけでもいいから、そばにいたいと願ってしまったのです。愛してしまったから。愛していると言われて、彼を、拒むことなど、できま、せん」
ぽつぽつと落ちていた涙の粒が、堺の顎からしたたり落ちるほどに、とめどなくあふれた。
「だから、彼から離れるときは。金蓮様に咎められ、死罪になるときだと、覚悟していました。燎源が現われたとき、幸せな夢が終わったのだと…思ってしまったのです」
堺の涙を見て。紫輝は、ギュッと目をつぶり。
こらえきれずに叫んだ。
「もうっ、馬鹿。そんなに思い詰めるまで、黙っているなんて。なんでも俺に言ってよっ。堺のためなら、俺はなんだってやってやるのに」
膝立ちになって、紫輝は堺の頭を抱え込む。
儚く消えてしまわないように、この世につなぎとめるように、きつくきつく、堺のことを抱き締めた。
「命で解決しようとしたらダメだって、言っただろう? 命を投げ出す前に、青桐に相談しろと、言っただろう? 愛する者が亡くなって、青桐がのうのうと生きていけると思うのかっ?」
次々にこぼれ落ちる涙を止められないまま、堺は紫輝の腕の中で青桐の言葉を思い出していた。
もしも彼岸があったなら、川を渡らずに待っていて。そうしたら、心穏やかに過ごせる。
しかしその言葉は、堺が金蓮に手討ちにされたあとのことではなく。
幸せに、精いっぱい人生を過ごしたあとに訪れる、もしもの話だった。
龍鬼が短命だと知りながら。青桐は、堺に手を伸ばさずにいられなかった。
たかがそれだけのことで、堺を手放すことなどできない、と言ってくれた。
死がふたりを分かつまで。いや、死んだあともずっと。
それほどの深い覚悟を、青桐はしてくれていたのに。
自分は彼の真心も知らず。
彼が一番大事に思う、己の命をないがしろにしてしまったのだ。
それを改めて、痛感した。
「いいか? 堺。何度でも言うから。堺は青桐を離さなくていい。心のままに、望んでいい。俺が、なんとかしてやるから。な? 二度と、そんな馬鹿なことを考えちゃダメだぞ。わかったな?」
堺の頬を、紫輝は両手で包んで。彼の涙を親指で拭い取る。
白いまつ毛を涙で濡らす、美しい友達は。紫輝に、しっかりとうなずいてくれた。
「青桐様は、私だけを求めてくれたというのに。私の命は青桐様のもの、そう宣言したのに。私は私の命をないがしろにしてしまったのですね。でも、あの方に預けた命を、無下に扱ってはいけなかった。もう二度と、このような馬鹿なことを考えたりいたしません」
紫輝は、繊細で、美麗で、弟のように大事に想っている、親友を無くさずに済んだことに、心底ホッとして。
手を差し出した。
「さぁ。じゃあ、今度はマジで、帰ろう。堺」
紫輝の手に、堺は手を重ねる。そしてその手をギュッとつなぎ直し、紫輝は堺を引っ張っていく。
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