【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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94 助けてよぉ

     ◆助けてよぉ

 青桐は、己が乗ってきた馬を引き、堺の屋敷までの道中を、堺と手をつないで歩いている。
 堺は捕縛されたから、長い道のりを歩かされたのだ。
 ある意味、市中引き回しのようなはずかしめを受けたわけだが。朝早かったため、目撃者はそれほどいなかった。
 それは幸いだったが。噂にはなってしまう。
 幹部が捕縛というのは、それほどに体裁の悪いことだった。

「ほんと、間違いでした、じゃ済ませられないよな。紫輝の声明と一緒に、こちらも間違いだったと知らしめたい」
 双眸をすがめて、青桐は憤るが。
 通常運転の能面顔である堺は、穏便にしたい様子だ。

「ですが、知らぬ者にまで話が通るのも、良くないかと。それに、釈放されたので。私はそれでいいです」
 堺は、青桐の手をキュッと握る。
 地下牢で、紫輝と話したことを、青桐にも言うべきだと思って。口を開いた。

「今回のことは、避けることのできない事態でした。あの場で抵抗したら。青桐様も私も、将堂軍にいられなくなったでしょう。あれで、良かったとは思っているのです。でも、私の命は青桐様のもの。貴方の許しなく、自分の命を軽んじてしまったことは、お詫びいたします」

「堺は、今日のようなことが起きると、わかっていたんだろう? 燎源が来たとき、あわてず騒がず、彼に従った。予期していたとしか思えない。事前に教えてくれていたら、対処法をふたりで考えることもできたのに」
 少し恨みがましい目で、青桐は堺を見やる。
 彼にとっては、堺が奪われたことこそが痛恨の極みだったから。

「金蓮様は、お許しにならないと、わかっていたのです。乗り越える術などないと、思っていました。だから、青桐様には言えなかった。金蓮様が私を手討ちになさる、そのときが。私と貴方の、別れのときだと…」

「堺、そんな…死を覚悟していたというのか?」
「それでも、青桐様と、ともにいたかったから。燎源に連れて行かれる、一秒前まで、私は幸せでした」
 堺はとても満ち足りた顔をしている。
 青桐の腕の中で、安寧の中で、目を閉じる。あの顔と同じに。

 でも、青桐は我慢ならなかった。
 その顔で、金蓮に討たれて死にゆく堺を想像してしまっては。
 憤怒の炎が、腹の内で燃え盛るのを、おさえられない。

「っ、馬鹿な…」
 奥歯を噛み締め、血がにじむほどに噛み締め。青桐は吐き捨てた。

「えぇ、本当に。私は、愚かだった。もっと、あらがわなければならなかった。青桐様に、助けを求めなければならなかった。地下牢で、紫輝に、さんざん怒られてしまいました」
 堺は怒る青桐に向き合うと、その場にひざまずき。
 しっかりとつないでいた手を、そのまま口元へ持っていき。キスした。

「愛しています、青桐様。心も、体も、この命さえも。貴方の許しなく、失することはない。私のこの身が滅びるときは、必ず貴方の目の前で。唯一の主である貴方に、すべてを捧げると誓います」
「それは、もしも、兄上に…将堂の当主に死ねと言われても、抗ってくれるということだな? 決して、堺の命を、他人に渡さないということだな?」

「はい。貴方の、龍ですから」

 青桐にうながされ、堺は立ち上がる。
 ここが外でなかったら、すぐにも抱き合いたいくらい、気持ちが高まっていたが。
 ただただ、ふたりは熱くみつめ合っていた。

「おーい、青桐、堺ぃ」
 すると、後ろから紫輝の声が聞こえた。
 馬に乗って、大和と一緒に、こちらに駆けてくる。
 青桐は、眉間にしわを寄せた。空気の読めない、黒猫耳めっ。

「良かったよぉ、追いついたよぉ。右の執務室に行ったら、幸直と巴は通常業務してたけど、ふたりは帰ったって言うから。お願いがあるんだ。今日はいっぱいアドリブ入れちゃったからさ。あのときなんて言ったか、とか。月光さんの検証に、付き合ってほしいんだよ。頭に血がのぼってて、なに言ったか、うろ覚えなんだよぉ。助けてよぉ」

 馬を降りた紫輝に、拝み倒されるけれど。
 青桐は不満げに口を結ぶ。
 だって、すぐにも堺と愛を確かめ合いたかったから。
 でも、朝一で捕縛されたので、今はまだ昼前なのだ。
 たぶん、堺は応じない。だろうけど。

「それにさ、俺がいない間、青桐が金蓮になにを言っていたかとかも、おさらいした方がいいと思うんだ。計画のことを、ほのめかさなかったか、とか。月光さんに精査してもらった方がいいよ」
 紫輝は誰にも聞こえないように、青桐の耳元にこっそりと囁く。
 確かに、己が足を引っ張るわけにはいかない。
 堺との未来のためにも。

「わかった、付き合ってやるよ。堺もいいな?」
 すると、堺は珍しく、目をキラリと輝かせた。

「はい。紫輝の武勇伝を、青桐様にも聞いていただきたいです。私、いっぱい話します」
 心強いけど、盛らないでくれよ、と。紫輝は胸のうちで思った。

「時雨将軍は、この馬にお乗りください。俺は紫輝様と相乗りいたします」
 大和の申し出に、堺はうなずいた。
 青桐の馬に相乗りしてもいいのだが、堺も青桐も大柄なので、青桐の牝馬にふたりで乗るのは重量オーバーなのだ。
 それに、あらぬ疑い…でもないけれど。嫌疑をかけられたあとで、ふたりが密着する場を、公に見せるのも良くないので。自重していた。
 その割には、手をつないで歩いてはいたが。
 そこは互いにあふれる想いがあったから、仕方がないのだ。

 紫輝は小柄だし、黒馬のミロは足腰のどっしりとした、安定感のある馬なので。大和が相乗りしても屁でもない。なにせ、いずれ天誠が紫輝と相乗りしたいという思惑で、プレゼントした頑丈な馬なのだ。

 というわけで、残りの道中は馬に乗って、四人は堺の屋敷へと帰って行った。

 堺の屋敷では、家令さんや働き手の人たちが、当主の捕縛という大事おおごとに右往左往していたけれど。
 堺の顔を見て、みな、一様にほっとした顔つきを見せた。

「すまない、心配をかけて。どうやら勘違いがあったようで。無罪放免になりました」
「それは、なにも変わらないということですか? 降格も謹慎もなしですか?」
「はい。なにも変わりません」
 家令の質問に、堺がしっかりうなずいたので。
 使用人たちは、本当に落ち着いて。自分の仕事に各々戻っていった。

 紫輝たちは囲炉裏の間に入り、お茶を出してもらったりした後、人払いをした。
 ライラを出すので。

「それにしても、ほんと、間に合って良かったよ。金蓮がその場で手討ちにしていたら、救出なんかできなかったからな」
 ライラを呼び出した紫輝が、青桐たちに言う。

「それは、巴が助言してくれて。処分の決定権のある兄上をおさえておけば、最悪の事態にはならないと。とにかく、堺に非はない、なにかの間違いだという方向で押すべきだと。で、堺が指令本部につく前に、兄上をおさえて。その場でどうこうは、阻止できたわけ」
「すごいな、巴は。巴さまさまだ」
 紫輝は両手を合わせてナムナムと、目の前にいない巴をおがんだ。

「傷害罪に当たらなかったのも、幸運だったな。金蓮は…藤王が溺愛する堺を、目のかたきにしている。藤王は金蓮よりも、堺を愛していた。それが、気に食わないのさ。なにか不手際があれば、手討ちにできる。ずっと、その機会を、虎視眈々と狙っていたのだろう。今回は、あの元家令が騒いだことで、ろくに背景を調べないで、本拠地に乗り込んできたんじゃね? 青桐を犯し、傷つけた、将堂家に仇なした龍鬼を成敗するという、免罪符を手に入れたと思い。勢い勇んで」

 紫輝は、金蓮の詰めの甘さを、首をすくめて揶揄する。
 後先考えないで動くから、こういうことになるんだぞ。

「ところが、ふたを開けたら。青桐が堺を抱いていたもんだから。傷害もなく、悪意もなく、叛意はんいもなく。だから、将堂の血脈を穢したなんて、手討ちにするにはヨワヨワの理由しか残っていなかった。もしも堺が攻めだったら、ヤバかったかもな?」
「せめ?」
「挿入する方。挿入される方が受け」
「あぁ、旦那と嫁か」
「まぁ…そんな感じ」

 厳密には、結婚関係でなくても、そう言うっていうか。
 三百年前は、正式に結婚関係が結べなかったから、そんな感じだったわけで。
 この世界では、まぁ、いいか。

「堺が攻めだったら、誰がどう言っても、犯したってまくし立てて、強行で手討ちもあったかも。だが、今回は切り抜けたが。金蓮が堺を目の敵にしているうちは、安心はできないから。まだまだ慎重に行かなければならないな」

 ライラを通し、堺は、向こう側にいる月光と赤穂に、一生懸命、紫輝の武勇伝を話している。
 兵を倒す紫輝が格好良かった、自分は紫輝に救われた、という話。

 そんな堺を見つつ、紫輝は青桐に話しかけた。
「なぁ、青桐。堺の望みは、ただひとつ。青桐のそばにいさせてという、ほんの些細なものだった。地位も名誉もお金も、自分を豊かにするものはいっぱいあるけど。堺の心を豊かにするのは、青桐だけみたい。だから。堺にもっと、溺れるくらいの愛を教えてやって? 自ら欲しがるような。狂おしく抱き締めたくなるような。青桐に愛されることが、自分の幸せなら。それを末永く望むような。絶対離してやらないと、堺が我を張るくらいの、強い気持ちを持つような、ね?」

「はは、俺をおさえつけて求めてくるような、激しい堺は。今は考えつかないけど。そうなるよう努力するさ。そんな堺を、俺も見てみたい」

 堺は、愛をみつけた。
 それは素晴らしいことだと、紫輝は思う。

 でも、もう一段、階段を登って。今度は、ふたりで幸せになることを、望んでほしいんだ。
 だって、愛はふたりで育むんだ。
 ふたりでいるんだから、愛し合わないと。
 堺だけが、愛を与えるんじゃなくて。

 ふたりで歩調を合わせて、幸せに向かってもらいたいんだ。

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