【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

文字の大きさ
141 / 159

99 今はきけない

     ◆今はきけない

 太陽の位置から見て、一行は山の中を西に向かっているようだった。
 縛った者を連れて、街道には出られないからだろう。
 しかし幸直は、さすがに短剣は抜かれたが、足を怪我していて。手当てをされていないから、血痕が跡を引き。山道は雪深く、歩みは遅かった。

「姫、ここらで、野営の準備をしましょう」
「そうね、お願い」
 少し開けた場所を探し当てたお供の者は、手慣れた様子で火をおこし、ふたつ天幕を張った。
 女子用と男子用か。
 気を張って、幸直はいろいろ情報を取り込もうとするのだが。
 致命傷ではなかったが、それなりに出血があることと。氷点下の山の中ということで、体温が下がり過ぎて震えが止まらず、頭も朦朧としていた。

「巴、悪い。俺が足を引っ張った」
 ここに座っていろと指示されたのは、大樹の陰だ。
 空を覆うような枝の傘で、根元に雪が少ない。ふたりは木に背をもたれかけていた。
 吐く息が白くけぶる中、幸直は巴に謝った。
 今回は、完全に自分の失態だ。
 戦場だったら、こんなヘマ、しやしないのに。巴とのふたり旅に、完全に心が浮いていた。

「ばかな。こんなことになるなんて、僕も思っていなかったよ」
「くそっ、最悪だ」

「本当に、最悪ぅ。あんたのせいで、全然進んでいないわよ。今日中に山を越えようと思っていたのに」
 巴と幸直が話しているところに、銀杏が入ってきて。幸直の怪我をしている足を蹴った。
 容赦なし。

「傷つけるなって、言ってんだろ?」
「こんな足手まとい、殺しちゃった方が早いって。わからないの?」
「彼が死んだら、俺もその場で死ぬ。むくろだけ持って帰ったところで、僕が基成だという証拠にはならないぞ」

 銀杏はふぅん、と相槌のような鼻を鳴らすような声を出し、なにかの荷物の上に腰かけた。
「なんで、将堂の兵士なんかかばうの? 確かに顔は良いけど」
「わからないのか? 彼は僕の恋人だ。だから触るな」
「それは困るわ。私とあんた、一緒になって手裏の子を産まないと」

 巴に恋人と言われ、照れくさくなるが。
 女が言うことに、幸直はすぐさまギョッとした。

 ふざけんな。巴は己のものだ。

「彼以外に、勃たない」
 すかさず、巴が否定してくれて。
 言葉はアレだけど、まぁ、嬉しい。

 でも。銀杏は引き下がらなかった。
「頭悪いわねぇ、これは手裏と将堂を統合するために必要なことなのよ。もしも私と貴方の間に子供ができたら、貴方、手裏も将堂も、どっちも手に入れられるのよ? その莫大な財産と、顔が良いだけのこの男、どちらを選ぶかなんて考えるまでもないわ」

「どうしてそうなるのかは、わからないが。考えるまでもなく、彼を選ぶ。姉さん相手に勃たないし」
 銀杏は鼻筋にしわを寄せ、巴の腹を蹴った。

「口に気をつけなさいよ。あんたの価値なんか、手裏の血族ってだけなんだから」
 プンプンに怒って、銀杏は火が燃える焚火の前に戻っていった。
 金蓮と同じ顔で、ああも心のままに振舞うとは。
 脳内の金蓮の印象と、銀杏の傍若無人の乖離かいりが激しくて、頭がおかしくなりそうだった。

「情緒不安定なやつだ。事実を言っただけなのに」
 正直かよっ、と幸直は胸のうちで再びツッコみ、苦笑した。

「な、幸直。あいつが寝入るまで待ってくれ。必ず逃がす。それまで、気をしっかり持ってくれよ」
「逃がす? 巴も一緒じゃなきゃ、俺は動かねぇ」

 声にも、なんか、力が入らなくて。情けない感じに語尾が震えた。
 元気だと、見栄を張る余裕もなくなってきた。
 いよいよ、ヤバいと。幸直は自分で感じていた。

「あいつ、幸直を殺すことしか考えてない。おそらく明日は、ここに置いて行く気だろう。でも、そうはさせない。僕は幸直を必ず救うよ。…一緒に逃げよう」
 巴が一緒だと言ってくれたから、幸直は口の端をあげて、にこっと笑った。

「よく聞け。銀杏は、僕と幸直が幹部であることを知らない。本当に、僕を町で見かけて、急きょ、実行したようだ。ならば、計画や連携など、おそらくない。見張りの隙をつけば、きっと脱出できる」
 そう言って、巴は幸直に身を寄せる。
 幸直は、歯の根が合わないくらいの震えを感じていたが。巴の首筋に頭を預ければ、ほんのりでも体温を感じて。もう少し頑張れるような気になった。

「こんなに体が冷たい。早くなんとかしないと…でも、幸直が、美濃だと知られていないのは、幸運だった。もし、バレたら。その場で斬られていたかも」
 ふるりと、体が震える。殺されるのが怖いのではない。巴を守れずに死ぬことが怖い。
 でも、巴は前者だと思ったようだ。耳元に力づける言葉をつむぐ。

「大丈夫、すぐに、助けてやるから。頼むから。気をしっかり持て」
「あぁ。あぁ…巴。頼りにしてる。愛してる」
 そうして、暗闇の中。ふたりはジッと身をひそめ。体を寄り添わせていた。

 こちらに、なにも寄越しはしないが。銀杏とふたりのお供が食事をし。
 銀杏が小さな天幕に入っていった。
 それと同時に、巴は、手頃なとがった石を手探りでみつけ出し。手の縄を切って、用心深く好機を待った。

 男のひとりは天幕に入り。もうひとりは火の番をして、こちらに背を向けている。
 火の調整にてこずって、消えかける焚火の火を一生懸命おこそうとしていた。

 きた。ここだ。
 巴は、そっと幸直の縄をほどいて。
 そっと立ち上がると、幸直の馬を引いた。

「おい、なにしてやがるっ」
 さすがに、馬を動かしたら気づかれてしまった。
 でも、幸直はもう、鞍に乗せている。巴は幸直の馬の鼻面を撫でて、真摯に頼んだ。

「お願い、幸直を本拠地へ。走って」
「巴っ、一緒にって…」
 血の気の失った青い顔で、幸直は巴に手を伸ばすが。

 巴は幸直の手を取らず。滅多に笑わない彼が、ほがらかに笑った。

「僕は、君の言うことになんでも従うつもりだったけれど。今はきけない。ごめんな、幸直」
 そう言って、巴は馬のお尻を思いっきり手のひらで叩いた。
 馬は真っ直ぐ駆けていく。

 巴をその場に置いて。
 彼の影と、火の光が急速に遠のき。
 暗闇の黒が、幸直を塗り潰す。

 幸直は引き返したかったけれど、馬から落ちないようにするのが精いっぱいで。
 そのうち意識を失ってしまった。

     ★★★★★

「それで、気づいたら。ここにいた。ここは、どこだ? 今は何日だ? 巴は一緒じゃないのか? 早く助けに行かなきゃ…」
 話し終えた幸直は、気が急いて、また傷ついた体を動かそうとする。
 それを月光が押し留め、布団に縫いつけた。

「ここは、奥多摩の山の中にある紫輝の村だ。今は十八日の早朝。巴は銀杏と一緒だが、居場所はわかっている」
「…え?」

 簡潔に、月光が幸直の問いに答えを出す。
 それに、頼りない声が出た。

 でも、とにかく。巴は無事、か?

「居場所がわかっているのなら、早く助けに…俺が、行く」
「ばかが。失血した上に、低体温症で死にかけたんだぞ。とにかく飯食って、元気になれ」
「そんな場合じゃ…」

 赤穂に叱咤されるが、幸直は素直にうなずけない。
 一刻も早く、巴をこの手に取り返したいのだ。
 今更、基成になど、戻せるものか。

 巴は、己の巴なのだ。

 しかし、焦る幸直に冷や水を浴びせるように、幸直の寝床のかたわらにいる紫輝は、正論を告げる。
「巴を助けに行きたいのなら、赤穂の言うようにして。居場所がわかっているから、明日捕縛しに行く。それまでに立てないようなら、一緒に連れて行かないよ」

「紫輝、助けに行ってくれるのか? 巴を見捨てないのか?」
「当たり前だろう。俺は巴を幸せにしなきゃならないんだ。みすみす手裏の手に渡すものか」

 紫輝の力強い言葉に、幸直はホッとひと息つく。
 だが、自分も、救出隊に入りたい。
 気力を湧かして、幸直は身をゆっくり起こした。

 そこに、サッと。食膳に乗った温かい汁物と、おにぎりが出される。

 幸直は汁物をひと口飲む。冷えた体に温かいものが浸透するようだ。
 そして、頬を涙が伝った。

 不甲斐なかった、自分に。
 女だからと油断した、自分に。
 将堂軍右幹部であるのに、手も足も出なかった情けない、自分に。
 悔しい。愚かだ。未熟だと。心の中で罵声を浴びせる。

 すると、幸直の頭を、赤穂が手ではたいた。
「余計なこと考えないで、食え。反省は、巴を取り戻してからにしろ」
「うぅ…はい…」
 泣きながら、幸直は、とにかくおにぎりと汁物を腹におさめていった。
 こういう、乱暴だけど、己のためになるように導いてくれるのは。

 やはり赤穂だと思った。

感想 70

あなたにおすすめの小説

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。