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100 なんも聞かねぇって言ったじゃーん
◆なんも聞かねぇって言ったじゃーん
幸直は、食膳の上にのったものをすべて食べ終え。それから、じろりと紫輝を見やった。
「つか、紫輝の村ってなんなんだっ? つか、赤穂様が生きてるの、なんで教えてくれなかったんだ? つか、看取ったって言ったよな? 嘘つき。嘘つき黒猫耳」
「はぁ? 幸直まで、俺を黒猫耳って言うっ。つか、なんも聞かねぇって言ったじゃーん?」
紫輝は耳を手で隠すみたいに、髪の跳ねた部分を手でおさえた。
完璧、猫じゃん。
「それとこれとは、別だろ。巴を助けに行けるようになるまで、もう、全部聞くからっ。話してくれ」
だいぶ元気が出てきたようで。いつもの、ふざける空気の中に真剣さを混ぜ込む、あの幸直独特の感じになってきた。
それは良かったと、紫輝は思うが。
全部って、どこからどこまで?
助けを求めるように、月光に目を合わせる。
「赤穂、生きてて良かったね、で終わりにできませんかね? 幸直くん」
きゅるんとした女子高生スマイルで、月光は幸直に上目遣いでたずねるが。
幸直は、爽やかイケメンスマイルで受けて立つ。
「…側近。無理です」
ですよね。
というわけで。紫輝は、赤穂と金蓮の子供であることや、それで三百年前に飛んだあの事件まで。幸直に言うことになってしまった。
つか、この件、もう聞き飽きたよね?
もう、みんなにバラしてもいいんじゃね? なんて思うけど。
そうだ、命がかかっているんだった。
でもさ、この前、金蓮の不意打ちも見事に回避できたわけだし、ちょっとやそっとじゃ死なないんじゃね?
だったらバラしてもいいんじゃね? なんて思うくらいに。
もう、秘密とは言えなくなってきたんですけどぉ??
「まさか、紫輝が、いや紫輝様が、赤穂様のご子息だなんて…だからあの、ヤバい目力なんですね?」
「だいたいみんな、まず俺の伴侶が、弟で安曇で基成ってところに引っかかるんだけど。そういうこと言うのは幸直だけだよ。つか、ヤバい目力って、大概、慇懃無礼だよね。様づけとか、敬意が感じられないよね?」
「紫輝の伴侶が、弟で安曇で今の基成っていうのは、この前、聞いていたからな」
紫輝のぼやきを華麗にスルーして、幸直はそう言う。
そうだった。巴が基成ってバラした際に、そんな話はした。
すると不服そうに、赤穂がヤバい目力で幸直を睨む。
「おい、そこまで聞いてて、なんで、なんも聞かねぇってことになんだ? 普通、気になるだろうが?」
それは幸直じゃなくて、紫輝が説明する。
本人は言いづらいだろうしね。
「仕方ないんだよぉ、赤穂。巴がノータッチ。触らぬ神に祟りなし、的な感じで、終了しちゃったから。そのあとバタバタしちゃって。幸直も、巴とこじれちゃったんだよな。な?」
「今はもう、仲直りしてるし。あれはもう解決したんだよ」
泣いて部屋を出て行った、あの辺りを幸直は蒸し返されたくなくて。とっとと話を変えた。
「つか…あの、もしかして。青桐様は赤穂様のマジ血縁ですか? 将堂は双子が生まれやすいんですか? あの女が金蓮様にそっくりだったのは、もしかして…」
探るような様子で、幸直は赤穂を見やる。
口をへの字にしつつも、赤穂はうなずいた。
「あぁ、銀杏と金蓮は、血を分けた姉妹だ。俺と青桐もな」
「なんか、金蓮様が女性だというのが、全く頭に刺さらないんですが。じゃ、夏藤様は姉の子では…」
紫輝はそれを聞いて、あっ、と思った。
そうだ、幸直のお姉さんは、金蓮に嫁いでいて、夏藤の母なのだ。
「あぁ、夏藤は紫輝の双子の弟で。金蓮が生んだ」
「そんな…姉は女性のところに嫁に行ったってことか? 他人の子の母に?」
「俺は、そこら辺は、全くわからねぇんだが。一応、美濃家は納得しているらしいぞ」
赤穂の言葉に、幸直は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
明朗快活な幸直には、珍しい顔つきだ。
「当主の俺が、聞いていないのに、ですか?」
「こんなことがなければ。紫輝が、終戦に向けて動き出さなければ。誰も、当事者以外はなにも知らず。流れていった事柄なのだろうな。真相は、前当主か姉上に聞いてくれ」
「あぁ、ヤバ。さすがに頭こんがらがってきたわ」
赤穂と問答した幸直は、青い顔色になって。両手で顔を覆った。
「大丈夫か? 少し横になって休んだ方が…」
紫輝は気遣うが。幸直は顔を横に振った。
「いや。複雑な背景は、ともかく。今は、巴のことを優先で聞きたい。側近は、俺の傷が女に刺されたって知っていたよな? それに俺がここに運ばれた理由も。教えてくれ」
うん、とうなずいて。
紫輝は、混乱して薄茶の髪をくしゃくしゃとかき回す幸直に説明する。
「…手裏基成は、最近まで、三人で構成されていたんだ。て…安曇と不破と銀杏で」
紫輝は、天誠と言いたかったが。幸直にわかりやすく、安曇と言い直した。
「また、こんがらがっちゃうかもしれないけど。余談ですが…手裏の龍鬼の不破は、藤王だった。この前、堺たちと視察に出ただろ? あれは藤王と堺の兄弟対面のためだった。一応、言っとく」
幸直は、大きく口を開けて、なにやら怒鳴りたそうだったが。
とりあえず、話を進めろと、手でうながされる。
「それで、新年に、手裏で問題が起きて。ま、銀杏が女性とバレて。戦場には出せないという話になったんだ。それで、基成を構成する三人の輪から、銀杏は弾き出された」
「んん、確かにあの女が、今の基成は安曇で、本物は巴みたいなことを言っていた」
朦朧としていた中のことを、思い出すように、幸直は頭を振りながら、状況をのみ込もうとしていた。
「銀杏は安曇に執着…いわゆる恋しちゃってて。結構、ごねたみたいなんだけど。安曇をそのとき、烈火のごとく怒らせちゃってね。安曇は銀杏を許さなかった。で、手裏の大翼を持つ安曇が、本格的に基成に成り代わることになったんだけど。銀杏はなんか危ないぞって、月光さんが助言して。銀杏には隠密を貼り付けてあったんだ」
「じゃ、側近の隠密が、俺をここへ?」
幸直の疑問に、今度は月光が答える。
「ま、今は一緒くただけど。僕のじゃなくて、安曇の隠密だ。あいつのところの隠密は、腹立つことに大規模で、組織的で、質も高い」
言いながら、月光は眉間にしわを寄せる。
可愛い顔が台無しですよ、と紫輝は思う。
「だから、幸直が女に刺されたことも、巴が本拠地に向けて馬を走らせたことも。だいたいのことは、幸直が目を覚ます前に、隠密から聞いていた。本拠地よりも、こちらの方が近いと判断して。隠密が逃げる馬を途中で捕まえて、四季村に運び込んだ。ま、たぶん幸直は、本拠地までは持たなかっただろうから、結果的に良かったよ」
「…わかってたなら、なんで俺に、いろいろ喋らせたんですか?」
「答え合わせだよぉ? それに銀杏と合流前のことは、わからないしぃ?」
とぼける月光を見やり。本当かよ、と半目になりつつも。
幸直は話を進めた。
「今も、巴には隠密がついているのか? だから居場所がわかるってことか?」
「そう。隠密の話では。大きな町で買い物の最中、急に銀杏の動きが怪しくなったということで。その時点ではふたりしかついていなかった隠密の数を、急きょ増員したらしい。賢明な判断だ」
むむっと、小さな口をへの字にして、月光はうなずく。
天誠の隠密を、褒めたくないけど、仕事は出来るのだ。認めるしかない。
しかし不本意そうな月光に。幸直は首を傾げる。
「安曇の隠密のおかげで、俺も巴も、助かりそうだと思うと、感謝したい。でも、よくわからないが、側近は安曇が気に食わないのか? 側近の助言を聞き入れ、良い働きをする人で、紫輝の伴侶なんだろ?」
すると、クワッと、桃色の翼を広げて、月光は笑顔ながら毒舌を吐き散らかした。
「紫輝の伴侶だから、許せないんだろ? ここにいる者はみな、安曇が気に食わないのっ。良い働きがムカつくのっ。隙がないから腹立つのっ。つか、安曇が基成のくせに、バカ女を野放しにするから、幸直も危険な目にあったんだよっ。感謝することないっつうの」
ここにいる者みな、というのは。言い過ぎでは? と天誠贔屓の紫輝は思ってしまう。
だって、大和は天誠の子飼いだし、屋敷の働き手も、みんな天誠に助けられた人たちなんだから。
でも、紫輝は知らない。
安曇を気に食わない、などとは思わないものの。
恐怖政治で、みんなは震え上がっているのだということを。
だから、張りついた笑顔のままなのだということを。
「もう、月光さんは。いい加減、天誠のこと好きになってよ。なんだかんだで、一緒になって、俺の褒め殺ししてくる仲良しさんのくせにぃ。あと、バカ女を野放しは暴論だって。当時はなにもしてなかったんだから。ま、巴を誘拐した時点で、もうバカ誘拐犯女になっちゃったけど」
紫輝は、まぁまぁと手を振って、月光をなだめる。
「でも、巴は自分で、その場に残ったのかぁ…ちょっと気になるな」
つぶやく紫輝に、幸直は派手な柄の翼を震わせる。
「いや、巴は。基成に戻るとか、考えてないからな。俺を助けるために、あそこに残ったに決まってる」
もしも巴に野心が残っていて、銀杏と一緒になって手裏や将堂を掌握する。紫輝の終戦への道も、安曇を陥れるために邪魔するんじゃないか。そんな気持ちがあったらと。
そういうことを、紫輝に疑われたくなくて、幸直は焦るが。
紫輝はもちろん、そんなことは思っていなかった。
「そこは心配していない。いや、人の気持ちは簡単じゃないから、巴の腹の中を、全部わかるなんて思っちゃいないけど。でも、巴は幸直のことは、すっごい好きじゃん? それはわかるから。だから。巴の幸せはやっぱり、幸直とともにあることだと思うんだよ。でも、俺が心配しているのは。巴はなんだか、堺と同じ匂いがするってこと」
「堺と、同じ?」
「この前、堺は青桐のために、牢に自ら入ったじゃん? 青桐が将堂家に迎え入れられるように、自分が足を引っ張らないように、そういう気持ちだったわけだけど。それは青桐の幸せじゃないと、俺は堺に言った。堺はわかってくれたけど。巴もさ、なんか堺と境遇が似ているっつうか。龍鬼ってわけじゃないけど。巴は手裏の血脈だろう? それがいずれ、幸直の足を引っ張ると。自分のせいで、幸直が美濃家に弾かれるんじゃないかと、思ってしまうような気がするんだ。それで、この事件が起きて。巴も、己の命ひとつで、幸直が助かるならって、思ってもおかしくない」
「まさか、巴が死ぬつもりだと? あそこで?」
「幸直が助けを連れて戻ると、信じているのかもしれないけど。敵陣に残るのは、最悪、そこも見据えているんじゃないかな?」
「そんなん、させねぇ」
低い声でうなりを上げるように、幸直がつぶやく。紫輝もそれにうなずいた。
「もちろんだよ。俺も、させねぇ。な、幸直。隠密は、わかりやすく助けには入らないが、ちゃんと巴を見ていてくれる。とにかく明日だ。巴を取り返しに行こうぜ」
ポンと、紫輝は幸直の肩を撫でてはげますが。首を傾げる。
「でも、どうしようか? 明日までに、山道歩けるようになるかな? あ、ライラに乗せてもらうか。とりあえず、真っ直ぐ立てるくらいには回復してくれよ?」
悩む紫輝に、今まで黙って成り行きを見守っていた廣伊が声をかけた。
「一番の気掛かりは足だが。千夜に肩を貸してもらうと良い。最悪、千夜に横抱きしてもらえ」
なるほど、千夜にお姫様抱っこされる幸直。想像だけで、ウケる。
「俺みたいに、おんぶひもで、お嬢にくくり付けられるか。俺の姫抱っこか。どちらも美濃様の誇りと覚悟が試される事案だな。せいぜいじっくり考えてもらおう」
太い腕で腕組みをする千夜は、そう言って、ニヤリと幸直に笑いかける。
以前、堺の屋敷で幸直に捕まったことを根に持っているのかもしれないな。
「明日は、俺も行くぜ。久々の立ち回りだろ? 腕が鳴るぜ」
そこに赤穂も口を出す。
あんた、暇なだけだろ。
「えぇ、僕も。僕も一緒に行くぅ」
桃色が、そこでごねだすが。みんなで声が合わさった。
おまえは、月光さんは、側近は、と主語は違えど。
「お留守番だ」
口をとがらせる月光をよそに、みんなは明日の巴奪還作戦に向けて動き出したのだ。
幸直は、食膳の上にのったものをすべて食べ終え。それから、じろりと紫輝を見やった。
「つか、紫輝の村ってなんなんだっ? つか、赤穂様が生きてるの、なんで教えてくれなかったんだ? つか、看取ったって言ったよな? 嘘つき。嘘つき黒猫耳」
「はぁ? 幸直まで、俺を黒猫耳って言うっ。つか、なんも聞かねぇって言ったじゃーん?」
紫輝は耳を手で隠すみたいに、髪の跳ねた部分を手でおさえた。
完璧、猫じゃん。
「それとこれとは、別だろ。巴を助けに行けるようになるまで、もう、全部聞くからっ。話してくれ」
だいぶ元気が出てきたようで。いつもの、ふざける空気の中に真剣さを混ぜ込む、あの幸直独特の感じになってきた。
それは良かったと、紫輝は思うが。
全部って、どこからどこまで?
助けを求めるように、月光に目を合わせる。
「赤穂、生きてて良かったね、で終わりにできませんかね? 幸直くん」
きゅるんとした女子高生スマイルで、月光は幸直に上目遣いでたずねるが。
幸直は、爽やかイケメンスマイルで受けて立つ。
「…側近。無理です」
ですよね。
というわけで。紫輝は、赤穂と金蓮の子供であることや、それで三百年前に飛んだあの事件まで。幸直に言うことになってしまった。
つか、この件、もう聞き飽きたよね?
もう、みんなにバラしてもいいんじゃね? なんて思うけど。
そうだ、命がかかっているんだった。
でもさ、この前、金蓮の不意打ちも見事に回避できたわけだし、ちょっとやそっとじゃ死なないんじゃね?
だったらバラしてもいいんじゃね? なんて思うくらいに。
もう、秘密とは言えなくなってきたんですけどぉ??
「まさか、紫輝が、いや紫輝様が、赤穂様のご子息だなんて…だからあの、ヤバい目力なんですね?」
「だいたいみんな、まず俺の伴侶が、弟で安曇で基成ってところに引っかかるんだけど。そういうこと言うのは幸直だけだよ。つか、ヤバい目力って、大概、慇懃無礼だよね。様づけとか、敬意が感じられないよね?」
「紫輝の伴侶が、弟で安曇で今の基成っていうのは、この前、聞いていたからな」
紫輝のぼやきを華麗にスルーして、幸直はそう言う。
そうだった。巴が基成ってバラした際に、そんな話はした。
すると不服そうに、赤穂がヤバい目力で幸直を睨む。
「おい、そこまで聞いてて、なんで、なんも聞かねぇってことになんだ? 普通、気になるだろうが?」
それは幸直じゃなくて、紫輝が説明する。
本人は言いづらいだろうしね。
「仕方ないんだよぉ、赤穂。巴がノータッチ。触らぬ神に祟りなし、的な感じで、終了しちゃったから。そのあとバタバタしちゃって。幸直も、巴とこじれちゃったんだよな。な?」
「今はもう、仲直りしてるし。あれはもう解決したんだよ」
泣いて部屋を出て行った、あの辺りを幸直は蒸し返されたくなくて。とっとと話を変えた。
「つか…あの、もしかして。青桐様は赤穂様のマジ血縁ですか? 将堂は双子が生まれやすいんですか? あの女が金蓮様にそっくりだったのは、もしかして…」
探るような様子で、幸直は赤穂を見やる。
口をへの字にしつつも、赤穂はうなずいた。
「あぁ、銀杏と金蓮は、血を分けた姉妹だ。俺と青桐もな」
「なんか、金蓮様が女性だというのが、全く頭に刺さらないんですが。じゃ、夏藤様は姉の子では…」
紫輝はそれを聞いて、あっ、と思った。
そうだ、幸直のお姉さんは、金蓮に嫁いでいて、夏藤の母なのだ。
「あぁ、夏藤は紫輝の双子の弟で。金蓮が生んだ」
「そんな…姉は女性のところに嫁に行ったってことか? 他人の子の母に?」
「俺は、そこら辺は、全くわからねぇんだが。一応、美濃家は納得しているらしいぞ」
赤穂の言葉に、幸直は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
明朗快活な幸直には、珍しい顔つきだ。
「当主の俺が、聞いていないのに、ですか?」
「こんなことがなければ。紫輝が、終戦に向けて動き出さなければ。誰も、当事者以外はなにも知らず。流れていった事柄なのだろうな。真相は、前当主か姉上に聞いてくれ」
「あぁ、ヤバ。さすがに頭こんがらがってきたわ」
赤穂と問答した幸直は、青い顔色になって。両手で顔を覆った。
「大丈夫か? 少し横になって休んだ方が…」
紫輝は気遣うが。幸直は顔を横に振った。
「いや。複雑な背景は、ともかく。今は、巴のことを優先で聞きたい。側近は、俺の傷が女に刺されたって知っていたよな? それに俺がここに運ばれた理由も。教えてくれ」
うん、とうなずいて。
紫輝は、混乱して薄茶の髪をくしゃくしゃとかき回す幸直に説明する。
「…手裏基成は、最近まで、三人で構成されていたんだ。て…安曇と不破と銀杏で」
紫輝は、天誠と言いたかったが。幸直にわかりやすく、安曇と言い直した。
「また、こんがらがっちゃうかもしれないけど。余談ですが…手裏の龍鬼の不破は、藤王だった。この前、堺たちと視察に出ただろ? あれは藤王と堺の兄弟対面のためだった。一応、言っとく」
幸直は、大きく口を開けて、なにやら怒鳴りたそうだったが。
とりあえず、話を進めろと、手でうながされる。
「それで、新年に、手裏で問題が起きて。ま、銀杏が女性とバレて。戦場には出せないという話になったんだ。それで、基成を構成する三人の輪から、銀杏は弾き出された」
「んん、確かにあの女が、今の基成は安曇で、本物は巴みたいなことを言っていた」
朦朧としていた中のことを、思い出すように、幸直は頭を振りながら、状況をのみ込もうとしていた。
「銀杏は安曇に執着…いわゆる恋しちゃってて。結構、ごねたみたいなんだけど。安曇をそのとき、烈火のごとく怒らせちゃってね。安曇は銀杏を許さなかった。で、手裏の大翼を持つ安曇が、本格的に基成に成り代わることになったんだけど。銀杏はなんか危ないぞって、月光さんが助言して。銀杏には隠密を貼り付けてあったんだ」
「じゃ、側近の隠密が、俺をここへ?」
幸直の疑問に、今度は月光が答える。
「ま、今は一緒くただけど。僕のじゃなくて、安曇の隠密だ。あいつのところの隠密は、腹立つことに大規模で、組織的で、質も高い」
言いながら、月光は眉間にしわを寄せる。
可愛い顔が台無しですよ、と紫輝は思う。
「だから、幸直が女に刺されたことも、巴が本拠地に向けて馬を走らせたことも。だいたいのことは、幸直が目を覚ます前に、隠密から聞いていた。本拠地よりも、こちらの方が近いと判断して。隠密が逃げる馬を途中で捕まえて、四季村に運び込んだ。ま、たぶん幸直は、本拠地までは持たなかっただろうから、結果的に良かったよ」
「…わかってたなら、なんで俺に、いろいろ喋らせたんですか?」
「答え合わせだよぉ? それに銀杏と合流前のことは、わからないしぃ?」
とぼける月光を見やり。本当かよ、と半目になりつつも。
幸直は話を進めた。
「今も、巴には隠密がついているのか? だから居場所がわかるってことか?」
「そう。隠密の話では。大きな町で買い物の最中、急に銀杏の動きが怪しくなったということで。その時点ではふたりしかついていなかった隠密の数を、急きょ増員したらしい。賢明な判断だ」
むむっと、小さな口をへの字にして、月光はうなずく。
天誠の隠密を、褒めたくないけど、仕事は出来るのだ。認めるしかない。
しかし不本意そうな月光に。幸直は首を傾げる。
「安曇の隠密のおかげで、俺も巴も、助かりそうだと思うと、感謝したい。でも、よくわからないが、側近は安曇が気に食わないのか? 側近の助言を聞き入れ、良い働きをする人で、紫輝の伴侶なんだろ?」
すると、クワッと、桃色の翼を広げて、月光は笑顔ながら毒舌を吐き散らかした。
「紫輝の伴侶だから、許せないんだろ? ここにいる者はみな、安曇が気に食わないのっ。良い働きがムカつくのっ。隙がないから腹立つのっ。つか、安曇が基成のくせに、バカ女を野放しにするから、幸直も危険な目にあったんだよっ。感謝することないっつうの」
ここにいる者みな、というのは。言い過ぎでは? と天誠贔屓の紫輝は思ってしまう。
だって、大和は天誠の子飼いだし、屋敷の働き手も、みんな天誠に助けられた人たちなんだから。
でも、紫輝は知らない。
安曇を気に食わない、などとは思わないものの。
恐怖政治で、みんなは震え上がっているのだということを。
だから、張りついた笑顔のままなのだということを。
「もう、月光さんは。いい加減、天誠のこと好きになってよ。なんだかんだで、一緒になって、俺の褒め殺ししてくる仲良しさんのくせにぃ。あと、バカ女を野放しは暴論だって。当時はなにもしてなかったんだから。ま、巴を誘拐した時点で、もうバカ誘拐犯女になっちゃったけど」
紫輝は、まぁまぁと手を振って、月光をなだめる。
「でも、巴は自分で、その場に残ったのかぁ…ちょっと気になるな」
つぶやく紫輝に、幸直は派手な柄の翼を震わせる。
「いや、巴は。基成に戻るとか、考えてないからな。俺を助けるために、あそこに残ったに決まってる」
もしも巴に野心が残っていて、銀杏と一緒になって手裏や将堂を掌握する。紫輝の終戦への道も、安曇を陥れるために邪魔するんじゃないか。そんな気持ちがあったらと。
そういうことを、紫輝に疑われたくなくて、幸直は焦るが。
紫輝はもちろん、そんなことは思っていなかった。
「そこは心配していない。いや、人の気持ちは簡単じゃないから、巴の腹の中を、全部わかるなんて思っちゃいないけど。でも、巴は幸直のことは、すっごい好きじゃん? それはわかるから。だから。巴の幸せはやっぱり、幸直とともにあることだと思うんだよ。でも、俺が心配しているのは。巴はなんだか、堺と同じ匂いがするってこと」
「堺と、同じ?」
「この前、堺は青桐のために、牢に自ら入ったじゃん? 青桐が将堂家に迎え入れられるように、自分が足を引っ張らないように、そういう気持ちだったわけだけど。それは青桐の幸せじゃないと、俺は堺に言った。堺はわかってくれたけど。巴もさ、なんか堺と境遇が似ているっつうか。龍鬼ってわけじゃないけど。巴は手裏の血脈だろう? それがいずれ、幸直の足を引っ張ると。自分のせいで、幸直が美濃家に弾かれるんじゃないかと、思ってしまうような気がするんだ。それで、この事件が起きて。巴も、己の命ひとつで、幸直が助かるならって、思ってもおかしくない」
「まさか、巴が死ぬつもりだと? あそこで?」
「幸直が助けを連れて戻ると、信じているのかもしれないけど。敵陣に残るのは、最悪、そこも見据えているんじゃないかな?」
「そんなん、させねぇ」
低い声でうなりを上げるように、幸直がつぶやく。紫輝もそれにうなずいた。
「もちろんだよ。俺も、させねぇ。な、幸直。隠密は、わかりやすく助けには入らないが、ちゃんと巴を見ていてくれる。とにかく明日だ。巴を取り返しに行こうぜ」
ポンと、紫輝は幸直の肩を撫でてはげますが。首を傾げる。
「でも、どうしようか? 明日までに、山道歩けるようになるかな? あ、ライラに乗せてもらうか。とりあえず、真っ直ぐ立てるくらいには回復してくれよ?」
悩む紫輝に、今まで黙って成り行きを見守っていた廣伊が声をかけた。
「一番の気掛かりは足だが。千夜に肩を貸してもらうと良い。最悪、千夜に横抱きしてもらえ」
なるほど、千夜にお姫様抱っこされる幸直。想像だけで、ウケる。
「俺みたいに、おんぶひもで、お嬢にくくり付けられるか。俺の姫抱っこか。どちらも美濃様の誇りと覚悟が試される事案だな。せいぜいじっくり考えてもらおう」
太い腕で腕組みをする千夜は、そう言って、ニヤリと幸直に笑いかける。
以前、堺の屋敷で幸直に捕まったことを根に持っているのかもしれないな。
「明日は、俺も行くぜ。久々の立ち回りだろ? 腕が鳴るぜ」
そこに赤穂も口を出す。
あんた、暇なだけだろ。
「えぇ、僕も。僕も一緒に行くぅ」
桃色が、そこでごねだすが。みんなで声が合わさった。
おまえは、月光さんは、側近は、と主語は違えど。
「お留守番だ」
口をとがらせる月光をよそに、みんなは明日の巴奪還作戦に向けて動き出したのだ。
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「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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