【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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幕間 捕縛、小話

     ◆…大変だったね

 紫輝は、荷馬車に揺られていた。
 この時代の馬車は、タイヤの部分が木で組まれているから、サスペンションなどなく、乗り心地は最悪である。
 舗装されていない、地べたの振動が、モロに伝わる感じ。
 車酔いしそうだから、長くは乗っていられないな。

 鉄は、刀剣やランプの受け皿など、あるにはあるのだが。まだ車軸にするような、緻密な部品は作れないみたい。終戦して、刀剣の時代が終わったら、もしかしたら発達してくるかもね。

 まぁ、それはともかく。
 荷馬車の御者は、大和が。荷馬車の横には、騎乗した廣伊が。中には千夜と紫輝。そして護送中の銀杏と大柄のお供の者が、後ろ手に縛られて眠っている。
 先に目を覚ましたのは、大柄な男だ。
 今は昼過ぎ。戦場で敵の生気を吸うとき、やはり半日くらい意識を失うので。一般兵士並、というところか。

「は、ここは? 姫様っ。貴様、姫様になにを?」
「起きたか。ここは荷馬車の中。貴方たちは、将堂軍幹部誘拐の罪で捕縛され、将堂軍本拠地に護送中だ」
 紫輝は、お供の者に丁寧に説明するが。
 男は首を横に振る。

「将堂の幹部など知らぬ。姫様が、あれは手裏基成様だと言っていた」
「ふたり捕まえて、ひとり逃げただろう? あれも幹部だ。将堂軍の美濃幸直。名前を聞いたことは?」

 美濃と言えば、将堂の分家筋として有名で。手裏軍にいれば、大将首扱いで、名前くらいは聞き及んでいるはずなのだ。
 もちろん男も、その名を聞いて、顔を青くした。

「おまえたちが手裏基成と呼んでいたのも、幹部の里中巴だ。見間違いで、大層な人物に手を出してしまったようだな?」
「見間違い? そんな…馬鹿な」

 はっきりと見間違いだと告げれば、男は目を泳がせる。
 幹部になるほどの者が、身元があやふやなわけはない。という先入観があるのだろう。
 まぁ、普通はそういうものだから。

 でも、右軍は実力重視なので、腕が立てば、それほど家系は注視されないのだ。
 それは紫輝も千夜も同じこと。
 暗殺者の家系だとか、異世界の来訪者とか、どうでもいい…って言ったら乱暴だけど。
 ま、そんな感じだったよな。

「姫様の、見間違い? 勘違いで? 将堂などに…姫様は、傷は? 殺したのか? 島田は?」
 男は悔しげに、奥歯を噛んだが。狼狽して、質問を次々繰り出してきた。
 別に、相手をしなくてもいいんだけど。道中暇だし、なにか面白い話が聞けるかもと思って、紫輝はいちいち質問に答えていく。

「寝てるだけだよ、あんたと同じ。もうすぐ目を覚ますんじゃない? 島田は安曇の隠密だから、捕縛していない。俺らの仲間だよ。言ったろ? 俺は安曇の伴侶で、彼女を捕縛する許可も貰ったと」
「安曇…基成様が、姫様を捕縛する許可を? 本当におまえは、基成様の伴侶なのか?」

 男の言葉に、紫輝は眉尻を下げた。
「手裏軍では、もう安曇の名前は禁句なの? あぁ、もう。腹立つ。いかにも、基成の伴侶だけど。気分的には眞仲の嫁なんだけどな。まぁいい。わかりやすく言うと。まさしく基成の伴侶だよ」

 紫輝の内面の憤りなど気にならないようで。男はただ動揺している。
「龍鬼、が?」
「基成は龍鬼だとか黒翼とかブサイクとか、外見に惑わされない出来た男なんだ。あんたらの当主は、そういう男なの」
 男は、理解不能に近い、複雑な表情をしていた。
 基成が安曇なら、彼は元々、龍鬼ということになる。
 でも、基成は。男にとって、ずっと手裏家の当主であった男。手裏の黒い大翼も持っている。
 銀杏の、安曇が基成に成り代わっている、という言葉も。実は飲み込めていなかった。

 だって、黒の大翼を持つ者が、手裏の総帥なのだ。
 それが、手裏の常識なのだ。

 だから、龍鬼が龍鬼を嫁にするのは、アリのような気がするし。
 でも、基成は基成で。頭がこんがらがっていた。

「とりあえず、銀杏の馬鹿な言葉に振り回されて、捕まっちゃったって、思ってたら? あんた、なにも知らなそう」
「…俺は、手裏家の分家の用心棒だった。手裏家といっても、カラス血脈だ。手裏家の象徴たる黒の大翼は、手裏本家しか持つことを許されない。分家の者、本家でも、当主以外の者が、黒の大翼の者と結婚したら、謀反を疑われて家を潰されるのだ」
 それは初耳。
 紫輝は興味深く、男の話に耳を傾けた。

「手裏本家は黒の大翼を象徴として、頂点に立ち、一族を掌握する。それで、俺が勤める屋敷に、手裏の長子が預けられることになり。それが姫様だった。俺は雇われ人だ。奉公先の主人に、彼女を守れと言われたから、守ってきたにすぎない。黒翼でなくても、手裏家の長子だというから、敬意も払ってきたが。とんだ我が儘娘で。急に旅に出るとか言い出して、一週間ほど、この辺りをうろうろして。誰かを探していたようにも見えたが。宿でも贅沢三昧、俺らは当たり前のように野営。そして大きな町で、しこたま買い物して。あげくの果てに、この顛末だ。どうやら貧乏くじを引いたらしい」

 男の口から、これでもか、というほどの愚痴が飛び出してきて。
 紫輝は、うわぁ、と思う。

「…大変だったね」
 それ以上の言葉があるだろうか?

 つか、一週間前というと。もしかしたら、堺と藤王の対面の頃だろうか?
 天誠と藤王が、人知れず出掛けたところ、追跡してきたのかもな。

 わ、ストーカーだな。

 でも、そうしたら、四季村の存在とかがバレたかもしれないから、危なかったのかもな。
 でも、きっと島田が、いい具合にはぐらかしてくれたのだろう。
 若いのに、良い働きをするな? 天誠に報告してやろう。

 その後、男は。おとなしく紫輝たちに従った。
 雇われ人なので、重要情報などは持っていなかったが、聴取にも協力的に応じている。

 銀杏と巴が話した内容なども、覚えている限り話してくれた。
 それによると、巴は当主になったあと、なにがしたいのだと熱心に聞いていたが。銀杏は、安曇に謝らせたいの一点張りだったようだ。

 男は、そんな銀杏が当主になったら、西が潰れると本気で危惧した。
 安曇と通じているらしい紫輝に、内密に頼むほどに。
 銀杏を釈放するなってね。

 銀杏は、ここ数日で。お供からの信頼も失ったようだな。

 ちなみに、銀杏が目を覚ましたのは、二日後だった。
 え? どんだけ精神ゆるゆるなの? 

 紫輝が銀杏と対峙したのは、ほんのわずかな時間だった。けれど、感情ダダ漏れていたもんな。
 心を鍛えたことなんか、一瞬もなかったのだろう。
 ま、普通の女の子なら、心のままに振舞うのが可愛いって言ってくれる人もいるだろうから、精神なんて鍛える機会ないだろうけど。
 でも、よくこれで、曲がりなりにも基成やってこれたな?
 紫輝の眼裏まなうらに、ぼんやりと見えた。

 面倒くさくて銀杏の教育を放棄している天誠の姿が…。 


     ◆あのときのフクロウのやく

 巴の手を振り切って、闇の中へ駆けだした島田は、しばらくして『ホー』と鳴いた。
「逃げた馬、どこ行った?」
「東に向かっている」
「東? こっちか」
「もっと。右だ。右、お箸持つ方」
「それぐらい、わかってる。子供じゃない」
「そうだ、子供じゃない」
「子供じゃない」

 東と指示した、古参の隠密に、島田が怒って。
 島田の同期である見習い隠密が、子供じゃないと騒いだ。ホーで。

「騒ぐな、不自然、バレる」
「馬、みつけた。街道に出す」
 他の古参の隠密が、馬を保護したらしいので、島田は足を止めた。

「彼を、どうする?」
「四季村に。奥方の同僚、死なせない」
「主の、奥方」
「奥方、見たい」
「あ、銀杏起きた」
「静かに、俺は、戻る」

 島田が踵を返すと、フクロウの声は鳴りやんだ。
 そんなにピッタリ止まったら、怪しまれんだろ。
 島田はチームリーダーとして、見習いたちの課題を増やすことに決めた。

 銀杏の元に戻り、逃げられたと伝えると。
 基成(仮)はホッと息をついた。ように見えた。

 ちなみに、大和のやり取りは。
『ついた』『場所は、ここだ』というシンプルな暗号だった。
 ブーイングは『島田、ズルい』『握手、俺もしたい』『奥方、可愛い』『雷、奥方、綺麗』『こっち、向いて』など、紫輝を褒めるものも多々あったが。
 紫輝を賛辞するのは大和だけの特権なので、スルーしたのだった。


     ◆スカウトしました

 銀杏を無事に捕縛したと、紫輝はライラを通して天誠に伝えていた。
 紫輝は第五大隊の宿舎に戻っていて、野際の美味しい夕食を食べ、お風呂にも入って、自室でリラックスしているところだ。

 廣伊と千夜も、今は自室だ。
 今回、四季村で一泊して、なにやらツヤツヤしているから。思いがけない休暇を楽しめたのだろう。いいなぁ。

 ちなみに、銀杏とお供の男は、別々に地下牢に入れられた。
 あの、堺が入っていたやつ。
 本拠地に着いても、銀杏は目を覚まさなかった。大丈夫かな?

 女性が捕縛されることって、あまりないし。本拠地の中に、女性がいること自体が少ないというか。紫輝は見たことがなかったのだけど。
 女性の隊は、少人数だが、あるみたいなのだ。
 たとえば、緊急で、当主の家族を逃がす状況になったときなど、女性や子供に細かく気配りできる、女性兵士に担当させるのだ。
 普段は、将堂本邸の警備にあたっているらしい。

 その女性兵士たちに、銀杏の処遇は任せる。
 とりあえず、彼女たちが本邸から本拠地に来るまでの間は、地下牢にいることになるけれど。

 安曇の隠密は、引き続き島田の他にふたり、銀杏についている。でも地下牢には入れないし、少し距離があるから、見張っているのは大変そうだな。

「そうか、絶対に逃がすな」
 なにやら天誠の声が小さいので、紫輝はいつになく、ライラに近寄ってしまう。

「なんで、声が小さいの?」
 向こうがこっそりだと、なんとなく紫輝の声も小さくなってしまう。
 大きな顔のライラに。顔のちっさい紫輝が寄っていくのを見て。
 大和が少し離れたところで笑いをこらえている。

「今、前線基地にいる。開戦したんだ」
「えっ、開戦? こんな真冬に? 雪深くて、戦闘にならないんじゃないのか?」
 驚いて、紫輝はでっかい声が出てしまった。

「将堂から仕掛けてきた。今、対処の仕方を、いろいろ考えているところだ」
「こちらから、仕掛けるなんて。将堂は、来た手裏を追い払うのが基本だと、聞いていたのに」
「そうなんだ。急に、路線変更してきたから、こちらもバタバタしていて。今は忙しい」
「じゃあ、通信、切った方が良い? もう少し、話していたいけど」

 紫輝は、毎日天誠と話しているけれど。離れているから、寂しくて。いつまでも話していたくなる。
 でも、我が儘は駄目なのだ。命に関わるからな。

「いや、大丈夫。だが、天幕だから、独り言言ってると思われたくない。小さな声でな?」
 手裏の総帥が、天幕で独り言というのは、怖いシチュエーションだなと思い。
 紫輝は小さくうなずいた。

「小さな声だな?」
「紫輝は小さくしなくていいんだよ」
 ライラが、つまり天誠がクスクス笑った。

「銀杏の話は不快だが、他になんか面白いことあった?」
 天誠に話を向けられ、紫輝は微笑んで。雑談に興じた。

「新しい隠密の島田くんに会ったよ。彼、若いのにしっかりしていて、すっごく良い働きをしていたよ。おかげで、巴も無傷だし。銀杏に四季村がバレずに済んだみたい」
「島田は、十月に街で見かけて、スカウトしたんだ」

 それって、まんま、芸能事務所のスカウトと同じ手法では?
 天誠もよく、買い物中に事務所の名刺貰っていたなぁ。
 なんか、懐かしい思い出だ。

「島田は十五歳で、孤児というには年齢が上だが。十歳前後の子供をいっぱい抱えていた。彼らに食わせてやっていたのだが。そういうのは長く続かないんだ。仕事はなんでも引き受けていて、手先が器用で、身体能力も高そうだったので。彼が潰れる前に、即戦力として誘いをかけた。でもやはり、子供たちを見捨てられないって言うから。箱買いした」
「箱買いって…お菓子大人買いのやつ? セット売り?」
「そうそう。子供十人プラス島田。もう無理ってところまで来ていたようで、声をかけたら、行きたいんだけどぉ、という顔つきをされて。みんなの面倒も見るって請け負ったら、オーケー出た。彼をリーダーにして雇うことになったんだ」

「それ、バンド系のマジスカウトみたい。マジ契約じゃん?」
「島田は十四歳で孤児になったから、孤児院の経験はない。しかし、弟がいて。路上で弟を養ううちに、困窮する子供たちが島田の元に集まってきたんだ。十歳で院を出されるのも厳しいが、十四歳も、俺からしたら庇護するべき子供だ。その庇護するべき子供が、さらに下の子供を養うなんて。見ていられないだろ? 助けられる手があるのなら助けたい。十七歳で、不破に助けられた身としては、切実にそう思うよ」

「そうだね。孤児をバックアップするのも大切だけど。やはり原因となる戦を終わらせるのも大事だよな」
「あぁ。将堂は、なんで今、開戦したのかな?」
「わかんない。なにか情報が入ったら連絡するな? それまで天誠、死なないように、頑張って」
「あぁ、死なないように頑張る。愛してる、紫輝」
「俺も愛してる」

 紫輝はライラの眉間にチュッとする。そうすると、天誠の持つ爪に映る画像が、チュウしているみたいに見えるんだって。
 ひー、恥ずかしいっ。
 でも、ライラの柔らかい毛にふわっと顔を埋めるのは、気持ちが良いので。まぁ、いいでしょう。

 通信を終えると、ライラは。口元の肉厚なムニムニが、ダルんとした。それが可愛い。
 キリリとした、天誠憑依バージョンとのギャップが、たまらん。
 でもライラはやっぱり、この緊張感のない、ダルンがいいんだよな?

「さ、廣伊のところに行くか。開戦したって、報告しなきゃ」
 腿を手で叩いて、紫輝は気持ちを切り替える。
 立ち上がり、廣伊の部屋に行くのに、大和をうながした。

 天誠と話すことで、いち早く、現場の状況を知れるのはいいが、本拠地にいる者は、開戦しているなど、まだ知らない。
 まして、将堂から仕掛けたなんて、誰も思っていないだろう。

 なにかがうごめいているのを、紫輝は背筋を粟立てながら感じていた。

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