【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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105 俺は巴と生きる

     ◆俺は巴と生きる

 幸直の怪我の傷は、そう簡単に治るものではないが。馬の上に座ってしまえば、操縦はできる。
 普通、片足をあぶみに掛け、手に力をかけて体を引き上げるが。足と腕を怪我していて、力が入らない。
 しかし幸直には羽があるのだ。
 バサッと大きな翼を羽ばたかせ、体を浮き上がらせる。
 でも、馬は。その羽ばたきの音に驚いてしまうので。巴に馬をおさえてもらわないとならない。
 それくらいは、巴に介助してもらわないとならないな。

 だがなんとか。馬には乗れそうなので。幸直と巴は翌日、四季村を去ることにした。
 将堂軍の軍服を身につけ、帯剣した幸直は。まず翼を使って馬に乗り込んでから、マントを羽織る。
 巴も同じくマント姿で、ふたりは行きと同じ旅装になった。

 村の門のところで、手を振る赤穂と月光に。ふたりは会釈し、帰宅の途につく。
 巴は、赤穂が生きていたことに、心底安堵したが。
 彼がなぜ生きていたのか、生きているのにどうして青桐と交代しないのか、この村はなんなのか、そういう疑問に蓋をして。

 すべてなかったことにした。

 気にはなるけど。終戦したら、幸直に教えてもらえばいいのだ。
 今は、なにも見なかった。

「十月に、特別任務を受けて。腕を斬られた望月が、河口湖の側近の別荘で養生したのだが。そこに、ずっといるわけにもいかなくて。紫輝の部下の木佐が、庄屋をしているという村に身を寄せることになったんだ。それが、あの村」
「じゃあ、幸直は。以前にも、ここに来たことがあったんだな?」
 幸直の話に、巴が聞くと。彼はうなずいた。

「あぁ、龍鬼が滞在する居場所は、明らかにしておかないとならないから。特に、望月と廣伊は恋人関係なので。雲隠れされたら、困るだろ? 定住する場所は、明確にしておいた方が良いってことで」
「それは、損な役割だ」

 廣伊のことを、信用していないと、とられかねない。
 幸直ほど、廣伊に心酔しているものはいないというのに。
 それでも幸直は、将堂軍の規律に基づいて、任務を遂行したのだろう。名前の通り、実直なのだ。

「あぁ、紫輝は。最初、嫌そうな顔をしていた。拠点になる場所を、美濃の俺に知られたくなかったんだろう。ま、つまり。俺が言いたいのは。あの村は廣伊の定住場所だということで。巴も、そういう場所だったと思っていればいいんじゃね? って話だ」
「なるほど。じゃあ、記憶の上書きをしておくよ。あそこは高槻先生の定住場所。…ところで、紫輝にくっついていた、あの白い生き物は、なんだ? あれも聞かない方が良いやつか?」

「いや、あれはライラさんだから、大丈夫。紫輝の剣が、ライラさんで。いつも紫輝のそばにいるよ」
「…うん。やっぱり聞かない方が良いやつだな」
 巴はよくわからなかったので。思考を放棄した。

「巴、疲れているところ、悪いんだが。俺の実家に、一緒に来てくれないか?」
「僕も一緒で、良いのか?」
「嫌か?」
 自信なさそうに、幸直が聞いてくるので。巴は首を横に振る。
 嫌ではなくて。
 己が美濃家に行くというのは。ただの同僚が家を訪問するという意味合いではないと、察したからだ。
 幸直は、己を家族に紹介するつもりなのか?
 己の立ち位置はどこに? と、考えてしまう。

 でも、まぁ。考えても意味はないか。

「幸直の望むままに、僕は従う。一緒に来いと言うならば、どんな嵐の中にでも、ついて行く」
 巴の心情は、そこに尽きる。
 美濃本家の中身がごたついているのは、百も承知で。それでも幸直が、自分をそこに連れて行きたいというのなら、彼にはなにか理由があるのだろう。
 自分は、それに従うだけだ。

「ありがとう、悪いようにはしない」
 幸直の実家、美濃本家は、本拠地への帰り道の途中にあるので。寄り道というほどのこともない。
 ふたりは馬を走らせ、昼過ぎには美濃本家の門の前についた。

     ★★★★★

 巴が先に馬を降り、幸直からマントを受け取って、馬をおさえる。
 幸直は、自慢の派手派手しい翼を羽ばたかせ、体を浮き上がらせると。馬から降りた。

「幸直様、いかがいたしましたか?」
 美濃家の門番が、急な来訪の幸直を、心配そうに見やる。
 いつも馬から颯爽と降りる主が、巴の介助を必要としているので。具合が悪いのかと察したのだ。

「旅の途中で怪我をしたが、大事ない」
 ふたりの馬を門番に預けると、幸直は巴の肩を借りて、本家の敷地内へ入っていく。
 ちらりと庭を見やると、池をのぞき込む子供と、姫様がいた。
 姫様、というか。母親だな。

「あの人も、母の顔をするのだな」
 子供が池に落ちないように、という心配な表情。そして子供の笑顔に応える、表情。それは紛れもなく、母親の顔だった。
 多くの者にかしずかれ、いつまでも姫様のように振舞っていた彼女が。子供の世話をする光景が、幸直にはのみ込めない。

「幸直、小さな幸直がいるぞ」
 巴の声に、目線を前に向けると。長男が、玄関の前に立っていた。

「父上、おかえりなさいませ。年始におかえりのときは、あいさつができず。かなしく思いました」
 舌足らずな感じで、一生懸命挨拶する子供を、幸直は素直に可愛いと思う。
 それに、巴の目がキラキラ輝いているので。
 巴のお眼鏡にかなって、嬉しいとも思った。

 幸直は子供にうなずきを返し。巴に告げた。
「長男の幸平ゆきひら、五歳だ」
「五歳かぁ。こんなに小さいのに、上手に挨拶ができて偉いなぁ」
 巴はその場にしゃがんで、幸平と目線を合わせる。
 巴にしては、珍しい気遣い。と思っていたら。すっごい凝視しているよ。
 これは、立体的に、余すところなく脳に情報を刻み込んでいるときの顔だ。

「おい、巴。それは俺じゃないから」
「わかってるっ、ちょっと黙ってて」
 瞳孔を開いて、巴はじっくり幸平を見やる。
 だって、巴は。子供の幸直に会ったことがないのだから。これは貴重な体験なのだ。

 幸平の顔は、幸直が子供の頃は、こんな感じだったのだろうと。容易に想像できる、顔だった。
 薄茶色の、ふんわりした髪、整った目鼻立ち。幸直にはそこに、少し生意気そうな、という味が加わるが。
 幸平は、ちょっと真面目さんかな。
 五歳でも、性格の印象が顔に出るものなんだなぁと。巴は新たな発見に、目を輝かせた。

「父上、こちらの方は?」
「客人だ。家令に、前当主と母を居間に呼ぶよう伝えてくれ」
「はいっ」
 滅多に本家に戻らぬ父に、用を言いつけられ。幸平は嬉しそうに、屋敷の中へ入っていく。
 もう少し、幸平を観察したかったような巴は、残念という顔をしたが。
 そろそろ寒い。

「家に入ろう。体が冷えているだろう?」
 朝に四季村を出て、寒風吹きすさぶ中、馬を走らせてきたのだ。
 確かに、体は冷えているし。幸直の傷にもさわる。
 彼の容体を思い出し、巴は『そうだった』とつぶやいた。

 幸直は、巴が己の傷のことを忘れていても。もう、なんとも思わない。
 巴はそういう人なのだ。
 その淡白さが、親しい間柄のようで、逆にいいのだ。

 再び巴の肩を借りて、幸直は屋敷の中へ入っていく。
 巴の目に、幸平はどう映ったのだろう…と幸直は思う。

 幸平は、確かに、己の子供の頃に似ている。誰だって、幸平と己が並んでいたら、親子だと思うだろう。
 でも、幸平は。父の子かもしれない。
 もちろん、父の子である幸直だから。もし彼が父の子でも。兄弟ということになって、似ていてもおかしくはない。

「なんか、もやもやする」
 子供は可愛いのに、自分の子か、そうではないのか、そんなことを葛藤している己の気持ちが、もやもやするのだ。
 誰の子でもいいから、素直に愛せたら。そういう気持ちになれたら、一番いいのに。

「大丈夫。幸直の父親を見れば、わかる」
 脈絡のない幸直の言葉に、巴が反応したので。驚いた。

「わかる? なにが?」
「そのうち、わかる」
 巴の言葉はわからなくて。幸直はひとり首を傾げるのだった。

     ★★★★★

 居間に入って、上座に幸直が座る。
 傷ついた足を投げ出し。痛みのある個所を無意識にかばうことで、他の部分が緊張してこわばり。巴は幸直の左腕や肩などを、揉んでほぐした。

「本拠地に戻ったら、幸直は、もう少し休んだ方が良い。書類仕事は僕が引き受けるよ」
「少し早いが、瀬間を呼んでもいいんじゃないか?」
「そうだな。前倒しで、休暇に入ってもいい。元々二月は休暇を取るつもりだったろう? 二月の後半に、十日分、瀬間に返せばいいんじゃないか? 堺にそのようにしてもらおう」

 今後の相談を、ふたりがしているところに、美濃家の前当主と、姫様が入ってくる。
 ふたりは幸直の対面に座り、深く頭を下げる。
 父親と言えど、今の当主は幸直。たとえ当主が実の子でも。現当主には頭を下げるものなのだ。
 古いしきたりではあるが。

 巴は、幸直の斜め横に座る。
 客人扱いなのだが。庶民生活の長い巴は恐縮してしまう。でも、そういうものらしい。

「頭を上げてください。話があります」
 顔を上げた、前当主、幸直の父の顔と、姫様の顔を、巴はジッとみつめる。
 なるほどな。

「早速だが、俺は当主の位を返上し、美濃の分家を立ち上げます。もう、後継が何人もいるし。父上も、まだお若いので。当主は俺でなくてもいいだろう」
「いや、一度譲った家督だ。俺が戻るなど…」
 焦った様子で、渋る父を目にし。
 幸直は首を横に振った。

「このようないびつな状態では、誰も幸せになれませんよ、父上。俺は、ケジメをつけると同時に、責任も果たしたい。父上は美濃本家の主に戻り、正式に姫様と縁を結んでください。俺は、ここにいる巴を伴侶にし、正妻として迎えます。美濃家の当主として、お互いに愛する者を幸せにするように動きましょう」
 ひとつ息をつき、幸直は話を続けた。

「先日、旅先で賊に襲われ。俺は巴に命を助けられました。大事な友であり、彼を愛している。俺は巴に、この命を捧げたいんだ。巴を伴侶とし、この先、俺は巴と生きる。もう、心に嘘はつけない」
「そんな…子供はどうするのです? 貴方の子供は…」
 唇をわなわなと震わせて、姫様が初めて声を出した。
 いろいろと考えていたのだろう、幸直は即座に答えを返す。

「俺の子ではなく、父の子だろう? 父上が当主になるのだから、跡目を誰にするのかも、父上に託します。俺が立ち上げる分家は、一代にするつもりだ。迷惑はかけない」
「長男は、幸平は、確かにおまえの子だ。幸平が生まれたとき、まだ…姫様との関係はなかった」
 そう言われても、にわかに信じられなくて。幸直は渋い顔をする。
 そのとき、ずっと黙っていた巴が、声を出した。

「幸平くんは、幸直の子だよ。本当に」
 みんなの視線が、巴に集まる。巴は説明を開始した。

「幸平くんの、目尻から耳までの長さ、配分が、幸直と同じだ。そして、庭にいた子は、それが違う。さらに、奥方様と父上にも、その配分がないんだ。おそらく、幸直の母親の配分を遺伝したのだと思われる。つまり、幸直の母方の遺伝子が、幸平くんにもあるということだ。だから、幸平くんは、幸直の子だと言える」
 以上、という感じで。巴はシカッと口を閉じた。

「…そうか。では、幸平は、俺が引き取る。一代分家ではなくなるが、ま、クマタカが増える分には、いいだろう」
「いや待て、幸直…おまえ、彼の言い分を丸々信じるのか? 配分って…」
 前当主は狼狽して、幸直にたずねるが。

「巴は、根拠のないことは言わない。右の幹部を張る、努力家の男で。絵の才能もある。顔の造形の配分などは、彼は緻密に写実できるので。信ぴょう性があるんだ」
 巴は見たものを、時間が経っても寸分たがわず絵に起こせるという才能を持つ。それを知るのは、本人以外は、幸直だけなのだが。

「つか、巴。幸隆ゆきたか…庭にいた子は、かなり遠目だったが。よくわかったな?」
「彼は、幸直じゃないって思った。でも幸平くんは、すぐそう思えて。なんでだろうって、分析した結果。ここが違うって場所がわかった。前当主の顔を見ないと確信は出来なかったが」
 それで、さっき『幸直の父親を見ればわかる』と言ったのかと。幸直は納得した。

「あぁ、これで。なんか、すっきりしたな。ずっともやもやしていた。でも、子供に罪はないから、なにかが胸にたまっていくばかりで。父上には、そのような気になってもらいたくないので、幸平は本拠地の俺の屋敷に連れて行きます。いいですね?」
「幸平は、私の子供でもあるのです。その男に、幸平を育てさせるのですか?」

 姫様が言うのに、幸直はギョッとしてしまう。
 引き取るつもりはあれども、育てられるのか、なんて聞かれると。子育てをした経験のない幸直は、委縮してしまう。
 もちろん、責任をもって、子供を育てるつもりだが。
 つもりとできるは違う。
 その、幸直の一瞬の躊躇の間に、巴が答えた。

「僕は、なにも持っていないが、幸直への愛は余るほどある。愛し合う両親を見ていれば、子は愛がどんなものか知るでしょう。立派に育てようとする、親の気持ちが負担になることもあるので。僕は育てるというより、見守る姿勢で幸平くんと相対するつもりです」

 幸直は巴に、事前にこういうことを話すつもりだと言っていなかった。
 家督のことは、幸直自身の話だったので。
 そして、美濃家を重く感じていたからこそ、巴にそのかせをはめたくなくて。
 分家になると決めたのだ。

 この前の堺の事件では、将堂家に迎えられた青桐の足手まといになりたくなくて、堺は一歩引いたのだ。
 巴も、そうならないとは限らないと、紫輝が示唆したとおり。幸直も、それを危惧した。
 元々は、犬猿の間柄の家系である。
 手裏の自分は相応しくないとか、巴に言われたくない。

 ならば、自分が美濃でなくなるのが早いと思ったのだ。

 だから、今日は決意表明だけのつもりだった。
 しかし、思いがけなく。長男を引き取ることになり。幸直自身、驚いている。
 嫌だというわけではなく。そこまで気を向けていなかった、という感じだ。

 子供に関しては、幸直は、直前まで自分の子ではないと思っていたのだ。
 姫様に、育てられるのかと言われ。幸直の方が不安になってしまったが。
 巴は思いがけなく、良い感じで返してくれた。
 巴にも長男にも、本当の気持ちを聞いていないから、この先どうなるのかわからないが。

「とりあえず、幸平くんに、どうしたいか聞いてみますか?」
「五歳の子供に、なにもわかるわけないでしょう?」
 不機嫌な様子で、姫様が言うが。巴は相も変わらずひょうひょうと答える。

「そうですか? 僕が五歳のときは、将来の夢を明確に持っていましたが。他の子は違うのかな? 幸直はどうだった?」
「…ある子にマジ惚れして、嫁にしたいと言ったら、父上に殴られた」
「えぇ? 初耳ぃ、ませてるな」
 話が脱線しかけて。姫様は、怒りと呆れで、目が真ん丸になっているし。
 幸直は咳払いして。話を戻す。

「幸平のことは、試用期間として、とりあえず今日は、本拠地に連れて行く。彼が母の元にいたいというのなら、戻すことにしよう。それでいいか?」
 渋々だが、姫様はうなずいた。
 父にとって、幸平は初孫であり。血のつながりが全くないわけではないので。無下にされることはないと思うが。実の子供でないことで、虐げられるという話は、よくある。

 幸平の気持ちも考慮するが、できれば幸直は、彼を手元に置いておきたかった。
 六歳にもなれば、剣の稽古をつける頃でもあるし。
 終戦に向かっているとはいえ、どうなるかわからない混迷の時代なので、父親として道しるべとなってやりたいのだ。

「手続きなど、詳細は後程、話し合いましょう。家令に、幸平の当面の荷物などを、用意させてくれ」
 ひとつ話を終え、幸直は息をついた。

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