魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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番外 レオンハルトの胸中 ④

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     ◆レオンハルトの胸中 ④

 夜、邸宅の執務室で。
 明日、魔王城で行われる政務会議の資料を読み込んでいると、侍女のエリンがカートに紅茶の用意をして、部屋に入ってきた。

「レオンハルト様、今日のご報告をしてもよろしいでしょうか?」
 紺色のワンピースに白いエプロン姿のエリンは、白い耳をピクリとさせて私に聞いてくる。
 エリンはサリエルにつけている専属の侍女で、私が屋敷にいない間の、サリエルの動向を報告してもらっている。
 私は資料など放ってエリンをうながした。

 ただサリエルの行動を聞いて、いやされたいだけだが、上辺は…仕事中だけど仕方がないから一息入れるかぁ、みたいに振舞う。
 だが内心は興味津々である。
 大人を装う子供の虚勢だな、私もまだ未熟者なのだ。

「あぁ、今日サリュはなにをして遊んでいたのだ?」
「いいえ、今日のサリエル様はとても真剣に事に当たっておいででした。まずはこちらをご覧ください」

 そうして、エリンが取り出したのは、白いが、なんだかボロっちく見える布だった。
 手渡されてよくよく見ると、白糸でブツブツと縫われている。

「これはいったい、なんだ? エリン」
 小首を傾げて聞くと。
 エリンはよくぞ聞いてくださいました、とばかりに瞳に星をまたたかせ、鼻息をフンとついて説明を始めたのだ。

「そちらは、サリエル様の縫物第一号、ゾーキンでございます」
「縫物第一号、ゾーキン? これは、サリュが縫ったのか?」
 私の問いに、エリンは紅茶を用意しながら大きくうなずいた。

「さようでございます。とても素晴らしい作品でございましょう? 見てくださいませ、レオンハルト様っ。縫い始めのこの列は、上手く縫えないがとりあえずやってみる、という気合に満ちております。でも線が歪んで、縫い幅もバラバラです。この列は、縫い始めの反省を生かして丁寧に縫っておりますが、まだ線が歪んでおります。そして斜めに縫われたこの列は、なんだか面倒になっちゃったなぁ…という心の折れ具合が、縫い幅が広ーく取られていることで表れておりますっ」
 エリンは布を指で示しながら、丁寧に説明してくれる。

 おぉぅ、このゾーキンの中にそれほどの情報量があるとはっ。感動したっ。

 エリンは、サリエルが赤子の頃から世話をしているだけあって。サリエルの心の動きを、緻密に、的確に、物の見事に表現してくれる。
 さすが一味違うな、と言う他ない。

「でも最後の列は、いけない、ちゃんと縫わなきゃ上達しないぞ。ぼくは負けないっ。という気合が見えます。縫い幅は狭く、丁寧に、一針一針慎重に刺していて。線も歪んでおりません。サリエル様はこのゾーキンの制作時間中に、とてもたくましく成長なさいました」
 涙ぐむエリンは、ハンカチを取り出して目頭を拭った。

「エリンは感動いたしました。サリエル様はこれを私に託し、屋敷の拭き掃除をしろなどと言われましたが、とんでもない。これは必ずレオンハルト様にお見せしなければと、ここに持参いたしたのでございます」
「よくやったぞ、エリン。これは永久保存版にしよう」

 私はゾーキンを両手で持って、掲げてみせた。
 この白い布切れの中に、今日のサリエルの努力の結晶が詰まっている。
 そう思うと、ボロ布でも素敵な宝物に思えてくるから、不思議だ。

「でもサリエル様は、これは試作品だと言うのです。もしかしたらレオンハルト様に、なにか贈り物をされるかもしれませんよ?」

 なにやら夢見る乙女のような顔をして、エリンはそう言った。
 私も、サリエルがもじもじしながら、私になにか手渡してくれる場面を想像してしまう。
 もっちりほっぺをほんのり赤く染め、照れくさそうに私をみつめるサリエルは。

 妄想だけでも可愛さマックスである。

「そうか。では、このゾーキンが私の元にあることは、とりあえず秘密にしておこう。サリュが、彼の納得のいく素晴らしい作品を私にプレゼントしたとき、途中経過の試作品の存在を私が知っていたと知れたら、がっかりしてしまうかもしれないからな?」

 ゾーキンをしげしげと見ながら、私はサリエルがなにをプレゼントしてくれるのかと、いろいろ想像してしまう。
 刺繍のついたハンカチ? 巾着とか? サリエルを模したぬいぐるみだったら、毎日連れ歩くのだが…。

「ところで、サリュはなぜ急に縫物なんかを始めたのだ?」
 そもそも、なぜ縫物? と単純に思って。エリンにたずねると。
 彼女は、ちゃんと答えを用意していた。

「それが、サリエル様は未来が見えるそうなのです」
 なに? それはまさか、未来予知の能力に目覚めたということか?
 と。身を乗り出すが。エリンの話は想像と違った。

「ディエンヌ様は、今、侍女のスカートをビリビリするのにはまっておりまして。来年の六歳のお披露目パーティーでは、着飾った貴族子女の方たちと相まみえますが。そのときに、きらびやかなドレスをビリビリする衝動を、彼女はおさえられないだろうと。そう申しまして」
「んー、なるほど。未来予知ではなく、未来想定のようだな? それでも一年先の危機に備えるとは。サリュはやはり賢い子だな?」

 サリエルの想定は、誰も想定していないだろうが。
 いかにもありそうな想定であった。
 普通はさすがに、自分のために開かれたパーティーを無下にしないものだが。

 あの娘は普通ではない。

 面白ければ、パーティーなんか滅茶苦茶になっても構わないのだろう。
 なぜなら、それがディエンヌだからだ。

「それで、ビリビリされた御令嬢のスカートを縫ってあげたいのだと。サリエル様がなさらなくてもぉ、と言ったのですが、晴れの日を台無しにされたら可哀想だって…サリエル様は、晴れの日すら用意されなかったというのに」

 エリンの悲しげな声に、私も悲しみと憤りがあふれる。けれど。
「サリュは優しい子だから、自分のできることはしてあげたいと思ったのだろうな」
 まずは、彼の思慮深さを褒めてあげたかった。
 サリエルは魔法が使えないから、事前にディエンヌを止めることは出来ないと悟っているのだ。
 その上で、後処理できるよう備えている。
 裁縫は火種を素早く消化する彼なりの方法、なのだな?

 他人のことなど放っておけばいい。私などはそう思ってしまう。
 ディエンヌが怒られるのは自業自得だし。
 それでパーティーが台無しになっても、いわゆるサリエルのせいではないのだから。

 でもサリエルは、それを望まない。

 慈悲深いサリエルは争いごとを好まないのだ。
 魔族は、多かれ少なかれ悪意が芽生える資質を持っている。
 魔族の子供は、まずアリを踏み潰すようなところがあるが。

 でも、サリエルは物心つかないうちから、なんとも優しい子で。
 アリの行列を邪魔しないし、バッタを捕まえても、ある程度観察したら無傷で逃がすような子だった。

 ツノなどなくても。魔力などなくても。サリエルはありのままで素晴らしい子である。

 でも。見かけだけで判断する大人たちは、ツノのないサリエルをひと目見て劣等だと決めつけてしまう。
 サリエルは記憶力がすこぶる良く、本の知識を丸々のみ込んで、必要なときに取り出せる。文官としても、政務官としても、大成する素質があるのだ。
 私はサリエルの良いところを伸ばし、ゆくゆくは私の右腕として取り立てたいと思っている。

 しかし、魔族の、力こそすべてだと思い込んでいる古いタイプの大人たちはサリュの良さをわかろうとはせず、ツノがないだけであなどるのだ。
 それは魔王である父上も同じだ。

 魔王はサリエルを己の三男だとは認めながらも、己の血脈ではないので六歳のお披露目をしないと言った。
 私はそのときのことを、腹を煮えくらせて思い出す。

「私やラーディンの六歳のお披露目は、盛大にやったではありませんか。なぜサリエルのパーティーは開いてくださらないのですかっ?」
 玉座で姿勢悪く、だるそうに座る魔王は、面倒くさそうに私を見やると、つぶやいた。

「アレは王位継承権のない子だ。お披露目は魔王の次代を継ぐ者がどういう者かを披露する場。ゆえにサリエルはお披露目をする必要がない。どうせ来年は、ディエンヌとシュナイツが六歳の披露目をやる。ついでにそのときに紹介すればいいのだ」

「サリュは…サリエルは、とても優秀な子です。いずれ魔族の…魔王家に欠かせない存在になるのです。ちゃんと、お披露目をしておいた方が良いですよ? 父上」
「ディエンヌは、サリエルはツノなし魔力なしの無能だと言っていた。力のない者が欠かせない存在になるなど、私には考えられないことだがな」

 私の助言を、鼻で笑う魔王。
 というか、ディエンヌ。余計なことを…。

「何度お願いしてもサリエルには会ってくださらないのに、ディエンヌには会うのですか?」
「向こうからやってくるのだ。娘は可愛いからなぁ、お父様ぁなんて言われるとなんでもしてやりたくなってしまうなぁ?」
「それはサキュバスの魅了でしょう。魔王が、小娘になに惑わされているんですか?」

 魔王は、ディエンヌの小さな悪戯すらも楽しんでいるようで、ヘラリと笑う。
 腹立たしい。私のサリエルは、あの小娘に殺されかけたというのにっ。

 私は奥歯をかみしめ、怒りをこらえて父をみつめた。
 サリエルの良さは、サリエルを知る者にしかわからないことだ。
 確かに、魔力や腕力のないサリエルは、魔族を従属させるようなことは出来ない。
 魔王が力のない者と断じるのは、そういうところだろう。

 しかし適材適所というものがある。
 他者を従属させることなどは、無駄に魔力の多い私がすればいい。
 知力に優れたサリエルは、私の隣にいて私の政務の助けになってくれればいいのだ。

 魔力や腕力だけで政治は動きはしない。
 今の魔王の治世が、それを体現している。
 父上は玉座でふんぞり返るばかりで、政治を動かしているのは魔王城勤務の政務官だ。

 それでは実質、お飾りの魔王ではないか。

 力でゴリ押しするばかりでは、人族が率いる近隣諸国との摩擦が激しくなる一方だ。
 争いの種しか生まない魔国など消し去ってしまえと、人族が勇者を送り込んでくることがあるかもしれない。
 しかしサリエルは争いを望まない、穏やかでほのぼのとした人物だ。
 そういう者が、いずれ人族と魔族の懸け橋となりえるのだ。
 これからの時代、重用されるべきはサリエルのような子なのだ。

 でも、まだ。頭の固い大人はそのことがわかっていないようだ。わかろうともしないようだ。
 私は、今回は引き下がったが。
 私が目をかけるサリエルが、不遇な扱いを受けるのは見ていられない。
 父上がいつまでもサリエルを愚弄するようならば、私の魔力がまた暴走してしまうかもしれませんよ?
 謁見の間から下がったあとも、私の体にまとう雷の火花がしばらく消えずにくすぶっていた。

     ★★★★★

 などと、私などはつい物騒なことを考えてしまうが。
 サリュはそのようなことを望むような子ではなく、持ち前ののほほんさでディエンヌのやらかしをなんとか回避しようとしているみたいだ。

 今年のサリエルのお披露目パーティーは実行されないが。
 来年、サリエルが上手く立ち回れるよう、私も彼に尽力しなければならないな。

「エリン、来年はサリュが一番輝くように、豪華な衣装を仕立てよう。彼は光沢のある赤い髪色だから、私の瞳の色と同じ赤紫色の礼服を作ったら似合うだろう」
「はいっ。魔王城御用達ごようたしの仕立て屋に、さっそく依頼をいたしましょう」

 サリエルの不遇に、耳をぺたりと寝かせていたエリンが元気になった。
 魔族や獣人は、ともすれば怒りを募らせがちだが。
 サリエルの笑顔を思い浮かべれば、彼を幸せにするにはどうするべきか、彼が笑っていられるようにするにはどうすればいいのか、と考えれば。
 私たちの中に負の感情が満ちることはない。

 だからサリエルは、特別で、かけがえのない子なのだ。

 ちなみに、サリエルが私になにかしらの縫物をプレゼントしてくることはなかった。
 なので、私の執務机の中にはいつまでも『サリュの縫物第一号、ゾーキン』が保管されているのであった。

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