目が覚めたら

れん

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運河の街

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 やや強い風が通り、酒場の木製の看板がバタバタと音を立てて揺れた。大勢の人で賑わい活気に溢れる街では、誰も立ち止まる者はいない。溢れんばかりの品物が積まれた荷馬車が大通りを行き、土埃を上げた。店が所狭しとならび、人々があくせく働いている。
 街の端に運河があり、それは街の名所でもあった。運河から毎日定期船が往復し、たくさんの品物が運ばれる。ここ、コールリッジの街は世界の流通の要だ。また、商人、旅人、貴族、盗賊……大勢のいろんな人間が行き交う街でもある。

 この世界では、職業によって服装に大まかなパターンがある。商人ならターバンを、貴族ならいかにも高級そうな外套、兵士や剣士なら鎧兜、魔法使いならローブ、盗賊ならバンダナ、という具合だ。アネットは街を歩きながらオウエンからそう教わった。言われてみれば、オウエンも鎧をつけているし、魔導師だと言っていたアンもローブを羽織っていたなと思い出した。

 アネットにとって、この街は中性ヨーロッパを思わせるような雰囲気だった。煉瓦づくりの家々や、石畳の路地など、珍しい物ばかりだ。元の世界ではついに行けなかった土地へ旅行に来たような気分である。オウエンに目立つからあまりキョロキョロするなと言われるが、ついつい見てしまう。久しぶりに楽しく、わくわくした気持ちで心が逸った。
 しかし、街の賑わいにも、不穏な空気が立ちこめ始めていた。アネットとオウエンが連れだって運河にやって来ると、急に人混みが激しくなった。さらに、怒号や困惑の声も聞こえてくる。
 

「マルコワ行きの船が出ているはずなんだが……様子がおかしいな」


 オウエンは彼の隣に立っているアネットにそう言うと、眉間にしわを寄せた。船着き場の様子を調べに行きたいが、この雪崩のような人混みを縫って移動するのは気が引ける。どうしたものかとオウエンが思案していると、アネットの隣に立っていた商人風の男性が口を開いた。頭に巻いたターバンを風になびかせて、途方に暮れたような困り顔をしている。


「魔王の軍がこの先の町を占領したらしい。今朝、運行中止の張り紙が出て、この騒ぎさ。これじゃ商売上がったりだ」


 本当なら今頃はこれを卸している頃なのにな、と商人はため息をついた。彼は手で持っている木箱を、よく太って突き出た腹で支えに持ちながら立っている。

 アーツの手がすぐそこの街まで迫っている。オウエンは、瞳を不安そうに揺らすアネットの肩にそっと手を置いた。アネットはオウエンを見上げる。


「大丈夫だ。俺もついている。装備を調えて、またダミューで行こう」

「うん……ありがとう」


 アネットの表情はやや強ばっているものの、穏やかさを取り戻した。オウエンの手のひらの暖かさと頼もしさは、アネットに安心感を生む。夫に似ているからなのか、それともオウエン自身の人柄に依るものなのかはアネットにもわからない。
 オウエンは商人に礼を言い、アネットと共に街の中心部へと向かった。

 街までの道中で捕まえ、乗ってきたダミューは町のダミュー屋に預けている。ちなみに、ダミューを持っていなくてもその店で借りることができる。そして、定期船に乗る時は自分のダミューも一緒に船に乗せることができるので、旅人にはずいぶんと重宝される店だ。少し大きな街なら、ダミュー屋は世界各地にある。

 二人は真っ先にその晩の宿屋を確保した。野宿続きでクタクタだったし、さすがにそろそろ風呂にも入りたかった。今日はふかふかのベッドで寝られると思うと、アネットは嬉しくて仕方がなかった。オウエンもまともに寝られる貴重な日だ。心なしか二人ともうきうきしている。
 二人は荷物を部屋に置くと再び街へ出た。必要な物を買い揃え、次の移動に備えるためだ。度重なる戦闘で刃こぼれしていたオウエンの剣を研ぎ直し、壊れた防具は買い換える。
 アネットの服も新調した。彼女の服装はアーツの宮殿で用意されていた白いワンピースのままだった。川で溺れたり、平野を歩き回ったりしたせいで生地は黒ずみ、裾は既に端切れのようにボロボロになっている。本格的に大穴が空く前に、買い直そうというわけだ。
 アネットは細身のパンツスタイルを選んだ。若草色に近い色合いで、トップスも同色のホルターネックにした。肩が出るデザインだが、その上に藍色の丈の短い半袖の上着を羽織って痣を隠すことにした。焦げ茶のブーツを履き、ずいぶんと身軽になった。さらに上から濃い紫色のローブを羽織り、旅装の完成である。フードがついているので、アーツ軍から顔を隠すこともできる。端から見れば魔導師のように見える。
 そして、ダミュー用の鞍も買うことにした。これまではオウエンがアネットを落とさないように必死で支えながらダミューを操っていた。二人乗り用の鞍があればアネットも自力で捕まれるようになるのでずっと乗りやすくなる。あとは傷薬などの消耗品や、干し肉などの日持ちする食料を買えるだけ買い占める。一旦宿へ荷物を置きに戻り、最後に酒場で食事をすることにした。


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