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序章(仮)

恋って大変ですね

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新入生として高校生活初めてのHRは新しい友達ができるという素敵なイベントだったけど、同時に先生の話を聞いていなかった罰として草むしりをさせられるなんともなものとなった。

「私、前の席だから分かんなかったけど二人とも注目されてたね」
「うぅ、恥ずかしい……」

思わず顔を覆ってしまった。元はあちらから話しかけてきたものだけど、あたしも夢中になってしまったらしい。隣の席の、玉川ほまなという子の話に。

「この子がゆずは?私玉川ほまな。よろしく」
「あっ、うん。よろしくね、ほまなさん」
「ほまー?!」

私が顔を覆っている数秒の間にいったい何が起こったというの?え、会って数秒の二人に何があったの?頭が訳わからなくなって、慌ててほまなを捕まえて朝波さんの遠くへ移動する。

「なななな……ほま、ほまな、な……あさな、朝波さん……っ!」
「お、落ち着いてあかり。日本語でお願い」

「ゆ、ゆ……ゆずはって!」
「うん?ゆずはでしょ?ねー、ゆずはって名前だよねー?」
「ちょっ」

「うんー!私、朝波ゆずはだよー!!」

朝波さんも答えなくていいから!あぁもう、気持ちが追いつかない。私が三年一緒にいても呼べなかった名前を、ほまなは会って数秒で呼び捨てにしてしまった。

「だからHRのとき言ったじゃん。タイミングなんて待ってたら絶対できないって」
「でも、なんかさぁ……」

胸に沸くぐるぐるした気持ちはなんなんだろう。

「なんであかりが気にするの?」

なんでこんなに悔しいなんて感じちゃうんだろう。別にあたしには関係ないし、人それぞれなはずなのに。なのに、なんで。

「それに私 言ったよ?あかりとも仲良くなりたいし、ゆずはとも。私は私なりにゆずはに接しただけだよ」

真っ直ぐな瞳に何も言えなくなる。モヤモヤした決して綺麗ではない感情。嫌だ、なんて声が出てしまいそうだ。

「星崎さん、どうしたの?」
「朝波、さん……」

そんな綺麗な目で見ないでほしい。あたしはどうしたいのかすら分からない。

「あかり、名前を呼ぶだけだよ」

分かってるよ。分かってるのに体が動かない。黒いモヤモヤに羽交い締めにされてるような、妙な気分だ。知らなかった。知りたくなかった。

「あたし、ちょっと」
「え、星崎さん?」
「あかり!」

我慢できなくなって、その場から逃げ出した。まだ校内のこともよく知らないのに、その場にいるのが苦しかった。



「はぁ、はぁっ……はぁ」

しばらく走って、掃除の行き届いた綺麗な壁へともたれかかる。今の汚れたあたしには似合わなくて、滑稽だ。
知らなかったんだ、こんな感情なんて。

「あたし……嫉妬してるんだ」

恋をするのはいいことだと思っていた。世界が甘く輝いて、幸せなものなんだって。こんな小さなことで嫉妬する、醜いあたしなんて知りたくなかった。


「恋したら友達には戻れないのかなー……」
「戻れないさ!」
「ぅわっ?!」

いきなり耳に響いた少し低い女の人の声。驚いて目を向けると。


「……双眼鏡?」


なぜか双眼鏡を手にし、うれしそうな目をしている女の人が立っていた。


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