最弱伝説俺

京香

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第二章 噂が広まるのは早いもので

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「それでだ」
「は……はい」

 西谷がこちらを睨む。いや、睨んでいるわけではなく見つめているだけかもしれない。彼の顔がいかつ過ぎていまいち境界が分からない。ポケットに入れられていた右手が取り出された。

「連絡先教えてくれ」
「え、連絡先?」
「ああ」

 右手にはスマートフォンが握られていた。なんてことはない要求にぽかんと口を開けて固まる。西谷がそれを見て、顔を赤くさせた。

「誘ってんのか」
「どこにも誘ってないですけど!?」
「俺の理性が残ってる内に、早く教えろ」

 怖いことを言ってくる相手にスマートフォンを渡す。はっきり言って、連絡先の交換方法がよく分からない。

「スマホの操作知らないで、よく今まで生きてこられたな」
「全部家族か友だちがやってくれていたので」
「甘えんぼか。今日からは俺が全部やってやる。風呂の入り方知ってるか」
「自分でやります。知ってます」

 舌打ちされてスマートフォンを投げ返される。もう少しいろいろ丁寧に扱ってほしい。

「じゃ、じゃあ、俺はこれで」
「帰れると思ってんのか」
「思ってます。さよなら!」

 掴んできた腕を綺麗に払い、全速力で逃げる。幸い、本気ではなかったらしく、それ以上に追ってくることはなかった。



「はぁ、はぁッ」

 部屋まで猛ダッシュをしてしまった。おかげで喉がカラカラだ。買ってきたばかりのジュースを一気飲みしたらむせた。西谷への好感度が三十下がった。今のところマイナス百三十である。

「もうこんな時間か」

 二十一時。葵は歯を磨き、いそいそと自室へと入っていった。毎日の就寝時間に間に合いほっとした。十秒で眠りについた。

「明日からは平和でありますように」





 願いが通じたのか、翌日からしばらく平和な日が続いた。というより、噂がさらに広まり、葵の周囲が異常に静かだっただけであるが。しかし逆に言えば、噂に寄ってくる人間もいるということだ。

 一週間後、危惧していたことが起きた。

「小日向君、だっけぇ」

 クラスで話しかけられるなど、山上かせいぜい広田がいいところ。女子の声は久々に聴いた気がする。元々この学校は比率的に男子の方が多かったりする。

 顔を上げる。明るい色の髪の毛ゆるく巻いた、つやつやグロスの女子が立っていた。
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