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妾の子【レオンハルト視点】
しおりを挟む公爵家に産まれることが出来たなら、金銭に恵まれ食事や住処に困ること無く幸せな生活を送ることが出来ているのだろうと、誰だって思うはずだ。
その場所に産まれたレオンハルト・ハイリオルにとっては必ずしもそうでは無かったけれど──。
レオンハルトは、公にはされていないが──ハイリオル現公爵の、妾の産んだ子どもだった。
公爵には、同じ公爵位の父を持つイザベラという名の気位の高い正妻がいた。
その彼女が嫁いで来た時より連れていた伯爵令嬢であった侍女エレナが、いつの間にか公爵の目に留まり──無理やり関係を迫られた結果、出来た不貞の子がレオンハルトであった。
レオンハルトがあまりにも公爵家の色を受け継ぎすぎていた為に、エレナは息子を産んだ後に秘密裏に妾という立場に置かれ、そしてまるで鳥籠に入れられた鳥のように公爵家から外に出る事を禁じられた。母は生涯公爵家に隠され、その存在を認められなかった為、戸籍上レオンハルトの産みの親は正妻のイザベラという事になっている。
レオンハルトが生まれた当時、公爵には既に二人の息子がいた。しかし彼らは、正妻イザベラの色──金髪に碧眼を受継いだ。その嫁を毛嫌いしていた公爵の母である祖母は、その事が気に入らなかった。
そして、自身の息子そっくりな色合いと姿で生まれたレオンハルトを、彼らの分まで可愛がった。
正妻イザベラはそれが面白くなかった。
嫡男を産み育てて来たというのに、侍女に夫の関心を奪われ、その上その女が産んだ息子が公爵家の色を纏っていたのだ。それはそうだろう。
母親と引き離され祖母に育てられたレオンハルトは度々、彼女からの殺気の籠った鋭い視線を感じて、幼い頃は何故そんな目で見られるのか分からないでいた。
幸いにも、祖母が生きている内──彼が八歳を迎えるまでは何も起こらなかった。
しかし祖母が亡くなった後、それ迄の鬱憤を晴らすが如くイザベラのレオンハルトに対する折檻が始まった。決まって父が公務で出掛けている間を狙って行われるそれは、何の意味も無く食事を抜かれるのは当たり前で、何か失敗をすれば──例えば他の兄弟よりも勉強や剣術が出来てしまえば──服で隠れて見えない箇所を爪で抓られ、棒や鞭で打たれた。彼女が気に入らない事が少しでもあるとレオンハルトは寝ていても容赦なく起こされ、庭に追い出された。
そんな時は手入れされた庭の低木と芝生の上で眠ったが、北部にある国の夜は霜が降りて寒く、何度か凍死を恐れて世が明けるまで起きていたこともある。
義理の兄弟は、それを嗤って見ていた。使用人達は見て見ない振りをしていた。
母は助けてくれなかった。閉じ込められたまま、レオンハルトを助けるどころか自分の命を守るのに精一杯だったのだろうと、今となっては解る。
彼の背が伸びなかったのは、成長期に十分な睡眠と栄養を取れなかった為だ。
一度、酷く打たれた後に、その打撲が原因で高熱を出した時、イザベラは彼を放置していた。
何時もより早い時間に公務より戻り、その状況を不審に思った公爵が医者にレオンハルトを診させた事で身体中の折檻の傷跡が発見され、やっと虐待が発覚した。
公爵はイザベラにその件について尋ねたが、彼女はそれを使用人のせいにした。その言葉で、レオンハルトの周りにいた使用人達は一斉に解雇された。
「薄汚い妾の子どもですもの。使用人だって面白くなかったに違いありません。」
そう言ってシラを切った後、流石にマズいと思ったのだろう。レオンハルトは殴られる事は無くなったが、十四歳の冬に今度は突然、母が亡くなった。
幼い頃に引き離された後より会うことがなかった母は、結局成長したレオンハルトに再び会うことも出来ず病気で寝たきりになり、最後は服毒自殺を図ったと聞かされていた。
だが。
その冬が終わり、春めいてきた頃にレオンハルトは食事をした後、吐き気と目眩、そして身体中を刺すような激しい痛みで意識を失い、気が付いた時には自分のベッドに寝かされていた。毒を盛られたのだった。
一命は取り止めたものの、暫くの間は立って歩くことも出来ずベッドで寝たきりとなっていた。その時に、恐らく母も毒を盛られていたのだと少年は理解した。
父は公務で忙しく、レオンハルトには命を課してまで彼を守ってくれる専属の付人もいなかった。
その頃にはレオンハルトは今のように無表情となり、感情の起伏もあまり見せなくなっていた。笑顔も怯えた顔も見せなくなった精巧な人形ようだと評される見た目は、イザベラの言葉を借りると「女狐にそっくり」なのだと言う。
正妻に殺されるのを待つばかりかと思われた彼の人生だったが、思わぬ所より救いの手が差し伸べられた。
エルスロッド伯爵家への養子縁組だった。
公爵は、妾の子であるレオンハルトを今後どうすべきなのかずっと悩んでいた。ハイリオル公爵家は王族派閥であり、エルスロッド伯爵家は貴族派閥だが、薄い親族関係にあった。そんなエルスロッド伯爵家が養子を探している。そこに公爵は目をつけたのだ。
将来的に、公爵家との関わり合いが最小限で済むように、そしてレオンハルトが身の安全を確保出来る家柄へと彼を引渡したのは、公爵が最後に父親として出来る事だった。
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