貴方は私のお兄様?

須木 水夏

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お兄様っ子になりたい








 彼女は子供の頃からティファーニーナに仕えていて、姉のような気さくな存在でもある。我儘放題だった頃の少女の事もまるで子犬をじゃらすかのように上手く扱い、唯一ティファーニーナの侍女として生き残った人物でもある。


「またって...、マーサ。だって、あんなに可愛いレーヴェお兄様なのよ?」
「はあ。私から見ると、レオンハルト様はいつも無表情なんですけどね。」
「まあ?!マーサ?あの微妙に移り変わるお兄様の表情が分からないの?」
「ちっとも。」


 マーサは呆れたようにティファーニーナを見た。「そんな細かいことにまで気が付くのは、お嬢様だけですよ」と言いながら。



「大体、毎日毎日お嬢様がお手製のあの麗しくて美味しいケーキやらクッキーやらプリン?とやらを持って行っても表情ひとつ動かさずに微動だにもしないじゃないですか。喋りもしないし。」
「そんな事ないわ、ちゃんと目でおやつの姿を追っているし、返事をしてくれてるわ。」
「返事って『ああ』とか『うん』とかのあれの事です?お嬢様。いくら何でもそれは。」


 はあ、とマーサはおおきなため息をついた。そして、ティファーニーナをベッドへと誘導しながら言った。


「紳士はもっと素敵な返事をしてくれる事でしょう。」
「マーサ、貴女が思うよりもレーヴェお兄様は表情が動くようになってるわ。来た当初よりもね!それに最初はお返事もしてくれなかったのよ?」

 ベッドに潜り込みながらティファーニーナは頬を膨らませる。その幼さに、マーサは困ったような顔をした。


「お嬢様が悪い男に騙されないか、マーサは心配です。」
「騙されないわ!お兄様だけが特別なのだもの!」


 目をキラキラさせながらティファーニーナはそう言い切った。


「お兄様だけなのよ、私!」
「......お兄ちゃんっ子って事ですかね?」
「お兄ちゃんっ子?......そうね、それだわ!私、お兄様っ子になりたいの。」


 物語の中ではティファーニーナとレオンハルトは最後まで敵対したまま、分かり合えることが出来なかった。
 でもそれは完全にティファーニーナのせいなので、この世界では仲良くしたいし、一緒にいる間は出来るだけ穏やかに過ごしたいと少女は考えていた。
 物語の中のレオンハルトの不遇な公爵家時代は、ヒロインに聞かれて過去を話す箇所が出てくるので知っている。
 虐待され、命の危機に晒され、そんな中で心を閉ざした幼いヒーロー。

 初めて会った時に「何とでも」と投げやりにレオンハルトが言った時、ティファーニーナは彼の硝子玉のような瞳に彼の苦しみの一部が垣間見えた気がしたのだ。


(レーヴェお兄様の心の殻は閉じたままだけど。)


 手作りの料理が、少しでもレオンハルトの心を癒す事が出来たなら嬉しい。ティファーニーナは本気でそう思っていた。

 実際、マーサに伝えた通り。レオンハルトの表情はずっとしているティファーニーナからすると、かなり分かり易くなった。


 レオンハルトは、ケーキが好きだ。クッキーやプリンやゼリーよりも。中でも一番好むのは、生クリームと苺のショートケーキ。ガトーショコラにも目を輝かせていたが、どうやらクリームに興味津々らしく、ガトーショコラの上にちんまり乗せたクリームをぺろりと食べていた。

 マーサはレオンハルトの返事がぶっきらぼうで言葉数少ない事に呆れているようだが、ティファーニーナは彼が少し口を聞いてくれるだけで、心が浮き立った。特に三時のおやつは彼の反応が良い為、俄然気合いが入るのだった。




 
「おはよう。」
「おはようございます、お嬢様。」


 屋敷のキッチンに入ると、恰幅の良いタック料理長がにこやかにティファーニーナを迎えてくれた。
 「私も料理を作りたい」と言ってぐいぐいキッチンに侵入してからかれこれ七年。前世の記憶も含めると二十年近くの調理歴のあるティファーニーナは、最初は戸惑いしか無かった料理長にも認められるほどの腕前となっていた。
 そもそも、香辛料の使い方を彼にちょこちょこアドバイスしていたのはティファーニーナである。最初、伯爵家のお嬢様の言うことにタック料理長は逆らえずに渋々従っていた感しかなかったが、「本で読んだの」でゴリ押しして、今に至っている。

 とは言っても、彼女が作るのは今のところデザートのみなのだが。









 

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