貴方は私のお兄様?

須木 水夏

文字の大きさ
9 / 39

アップルパイと義妹【レオンハルト視点】

しおりを挟む






「レーヴェお兄様!」


 いつも通りの午後三時。

 部屋の扉を勝手に開けて入ってきた義妹にはもう慣れてしまった。彼女が部屋に入ってきた瞬間から、甘く香ばしい匂いが漂ってきて、レオンハルトは思わずインクペンを持つ手を止めてしまった。


(......アップルパイだ。)



 それが分かると、勝手に目が輝いてしまうのを止められないが、面子を保つ為に成る可く意識して無表情を装う。しかし実際はそわそわしてしまい、指示される前にソファーの前へと移動してしまっているのだが、本人は気が付いていない。義妹が微笑ましくその姿を見ていることにも。

 正直に言うと、レオンハルトはティファーニーナの作るお菓子に夢中になっていた。



 人生初めての感動を与えられたケーキから始まり、サクサクのクッキーやスコーン、香ばしいフィナンシェ、コクがあってしっとりとしたプリン、透き通る美しいゼリー、ゴロゴロチョコチップの入ったマフィン、ティラミスとか言うこれまたふわふわしている魅惑的なスイーツ。
 その他にもパウンドケーキ、フロランタン、ムース、ウィークエンド、ブッセなど、聞いたことも無い名前のお菓子も色々出てきた。

 同じ名前の似たようなお菓子は公爵家でも幾つか食べたことはあったけれど、ここで出されるお菓子はこれまでの人生で食べた事の無いほど美味しい。

 食べ物──しかも甘いお菓子に釣られるなんて不覚だ本人は思っているが、レオンハルトはまだ十五歳の少年である。仕方の無い事だ。

 それもなのだが。


「お兄様、そのお顔はアップルパイがお好きなのですね?ふふふ、何となく傾向が掴めてまいりましたわ。今まで出てきたおやつで傾向と対策、バッチリですわね!」


 そう言って花が綻ぶように微笑むティファーニーナは、とても可愛らしかった。  
 言っている事はちょっと偶に分からない時もあるが、まるで春の妖精のように愛らしくて美しい。
 澄んだ水色の瞳にじっと見つめられると、心臓が早く鼓動を打つのを感じるし、それになりより彼女は何故かレオンハルトに懐いている。生家では祖母に可愛がられていたが、それは父にそっくりな事に対する執着のようなものだったし、そのような純粋な好意は受けたことがなかったので、擽ったい気持ちでいっぱいだった。顔には出していないけれど。



「お兄様、今日のアップルパイはこちらの香り高い紅茶と一緒に召し上がって欲しいんですの。こちらの林檎なんですけれど、本日の朝に取れたもので香り高く、とても蜜が多くて甘いんですの。それにバターも昨日仕入れたもので──」


 得意気に説明を可愛らしい少女に「お兄様」と呼ばれ懐かれて──それを拒絶し続けられる人物がいるならそれは最早、鉄の塊か何かである。美味しいおやつと愛らしい義妹に、レオンハルトは既に陥落されていたのだが、十五歳の心はそれをなかなか認められなかった。なんせ思春期ど真ん中である。


「という事で、是非ゆっくり食べてくださいね。」
「待って。」



 たった五分か十分だけ滞在して、颯爽といつも通りに去ろうとするティファーニーナを、レオンハルトは咄嗟に止めてしまった。そう言った後にハッとする。
 何故止めてしまったのか。
 呼び止めた後にそんな事を考えてももう遅い。義妹は吃驚したような顔で振り返って此方を見た。


「座って。」
「え?」


 もう呼び止めてしまったからには仕方がないので、レオンハルトは咳払いをすると先にソファーに座り、ティファーニーナに目線をやると、目の前のソファーを見る。そこに座れという意味だったが、少女は直ぐに理解したらしくおずおずと此方へとやって来てソファーにちょこんと腰掛けた。その仕草も可愛らしい。
 戸惑いながらも素直に自分の言葉に従ってくれるティファーニーナに、レオンハルトは心の中に喜びが溢れてくるのを感じて思わず微笑んでしまいそうになったけれど。



「......。」


 一緒に食べよう、の一言がどうしても言えないのだ。
 座らせてみたものの、アップルパイの皿と紅茶は一組だけ。どうして良いのか分からなくなって難しい顔でレオンハルトが思案していると、ティファーニーナが「マーサ」と侍女を呼んだ。


「もう一組、アップルパイの準備をしてくれる?」
「承知致しました。」
「......。」
「ふふふ、お兄様ったら!私とお茶をしたいと仰ってくださったらいいのに。いえ、やっぱり言わなくても大丈夫ですわ!
 ......そんな事言われたら、心臓が大、爆、発。」



 嬉しそうに頬を赤らめながらそう言う義妹に(最後の方は聞き取れなかったが)、満更でも無さそうなレオンハルトは、自分が少し微笑んでいる事に気が付いていなかった。
 そしてその顔を見て「あばば!推しが!!え、嘘!こんなに早く?!」と顔を真っ赤にして変な奇声を上げながら慌てふためくティファーニーナに首を傾げるばかりだった。

 その日の少年は、甘いアップルパイの香りと可愛らしい義妹とに確実に癒されていたのだった。









 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがない」 そう言われて王太子から婚約破棄された公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼ。 ――ですが本人は、わざとらしい嘘泣きで 「よ、よ、よ、よ……遊びでしたのね!」 と大騒ぎしつつ、内心は完全に平常運転。 むしろ彼女の目的はただ一つ。 面倒な恋愛も政治的干渉も避け、平穏に生きること。 そのために選んだのは、冷徹で有能な公爵ヴァルデリオとの 「白い結婚」という、完璧に合理的な契約でした。 ――のはずが。 純潔アピール(本人は無自覚)、 排他的な“管理”(本人は合理的判断)、 堂々とした立ち振る舞い(本人は通常運転)。 すべてが「戦略」に見えてしまい、 気づけば周囲は完全包囲。 逃げ道は一つずつ消滅していきます。 本人だけが最後まで言い張ります。 「これは恋ではありませんわ。事故ですの!」 理屈で抗い、理屈で自滅し、 最終的に理屈ごと恋に敗北する―― 無自覚戦略無双ヒロインの、 白い結婚(予定)ラブコメディ。 婚約破棄ざまぁ × コメディ強め × 溺愛必至。 最後に負けるのは、世界ではなく――ヒロイン自身です。 -

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

【完】隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された

夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。 それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。 ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。 設定ゆるゆる全3話のショートです。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

処理中です...