10 / 39
お兄様の笑顔プライスレス
しおりを挟むレオンハルトの部屋を後にして、廊下を進み角を曲がったところでティファーニーナはピタリと足を止めた。そして、後ろを着いてきていた侍女をギギギとぎこちなく振り返る。
「......マーサ、見たでしょう?」
「......見ましたね。」
「見たわよね?」
「......見ました。」
そこでティファーニーナは膝から崩れ落ちた。
「破壊力、えぐーーーっ!」
「お嬢様?!」
「お兄様が、お兄様がっっ!!微笑んだわ!!」
物語の中のレオンハルトは──ヒロインには微笑みを見せるようになるのだが、それは勿論初めからではない。
物語の中盤を過ぎて、彼が自分の過去を打ち明けた後、漸くヒロインに対して心を開き始めた辺りからほんのりはにかみから始まって、明確に微笑んだとなるのは終盤も終盤である。
別のヒーローに驚かれながら「お前、笑えたんだな。」と突っ込まれてレオンハルトの出番は終わるのだから。
「何故......、何故レーヴェお兄様は微笑んだのかしら?」
「お嬢様の作るおやつが美味しかったからでは?」
頬を真っ赤に染めながらも首を傾げる少女に、マーサはティファーニーナを起こしながら言った。その言葉に少女は大きな目をさらに大きくする。
「おやつが美味しかったから......?それってもしかして、進展ボーナス......?」
「ぼー......?なんですそれは。」
マーサは困惑したように尋ねてくるが、ティファーニーナはそれどころでは無い。推しが自分に向けて微笑んでいるのだ。彼女にとっては天地がひっくり返るほどの出来事である。混乱しながらも状況を整理しようと試みたが。
「でもでも、あの物語は恋愛シュミレーションゲームにはされなかったのよ。なのにそんな事ある......?いえ、そもそも違うわね。私は義妹なのだから恋愛対象ではないわ......。という事は、ファミリー的なイベント要素?レオンハルトの心の回復度によって発生する系?そういう事?
開発の噂は昔からあったけれど......。待って。という事はもしかして、私が居なくなった後に作られたとか?!私はその世界にいるの?!」
ティファーニーナは更に混乱しながら甲高く叫んだ。主人の混乱っぷりにマーサも慌てて少女の肩を掴んで揺さぶった。
「お嬢様?!仰っておられることが一切分かりません!!」
「......そ、そうよね。ごめんなさい、取り乱したわ。」
揺さぶられてティファーニーナはハッと正気に戻る。しおしおとする主人に侍女は困ったような顔をした。
「お嬢様はレオンハルト様の事になると途端に、......取り憑かれたようになるのは何故なのでしょうか......。」
「お兄様が素敵すぎるからよ!」
「......はあ。」
「あの天使のような姿...!今は天使だけれど、成長すれば黒豹のような精悍な姿になるのよ......!そして、とっても優しいの!」
「優しい?」
どこが?と口にせずともドン引きしているマーサの視線には気が付かずに──しかし本当にレオンハルトは優しいのである。ヒロイン限定なのだが、彼の性格はとても穏やかで優しく、しかも将来的には武術が得意になって、他のヒーローと同じくヒロインを助ける為に敵をボコボコにするのだ。
(でも、そう言えば敵って誰だったっけ......?)
ティファーニーナはこの物語を一度全て読んでいる。しかし、その小説にハマっていた時期がちょうど受験シーズンで──恐らく逃げの為に本を読んでいたところもあり──ヒロインやヒーロー達が何と対峙して何故戦っていたのかを詳しく覚えていないのだ。
ひたすらヒロインとヒーロー達の甘いひとときを見つめては現実とのギャップに泣きながら勉強をしていた、良い(?)思い出だ。
(最後の方で結構な大事件が起こる気がするんだけど。......はて、何だったかしら?)
思い出そうとしても全く何も思い浮かばないので恐らく大したことでは無いのだろう。少女はそう思うことにした。
今日はレオンハルトと一緒にアップルパイを食べることが出来て幸せだったわ、とティファーニーナは心から喜んだのだった。
100
あなたにおすすめの小説
捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました
鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがない」
そう言われて王太子から婚約破棄された公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼ。
――ですが本人は、わざとらしい嘘泣きで
「よ、よ、よ、よ……遊びでしたのね!」
と大騒ぎしつつ、内心は完全に平常運転。
むしろ彼女の目的はただ一つ。
面倒な恋愛も政治的干渉も避け、平穏に生きること。
そのために選んだのは、冷徹で有能な公爵ヴァルデリオとの
「白い結婚」という、完璧に合理的な契約でした。
――のはずが。
純潔アピール(本人は無自覚)、
排他的な“管理”(本人は合理的判断)、
堂々とした立ち振る舞い(本人は通常運転)。
すべてが「戦略」に見えてしまい、
気づけば周囲は完全包囲。
逃げ道は一つずつ消滅していきます。
本人だけが最後まで言い張ります。
「これは恋ではありませんわ。事故ですの!」
理屈で抗い、理屈で自滅し、
最終的に理屈ごと恋に敗北する――
無自覚戦略無双ヒロインの、
白い結婚(予定)ラブコメディ。
婚約破棄ざまぁ × コメディ強め × 溺愛必至。
最後に負けるのは、世界ではなく――ヒロイン自身です。
-
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
【完】隣国に売られるように渡った王女
まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。
「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。
リヴィアの不遇はいつまで続くのか。
Copyright©︎2024-まるねこ
記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された
夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。
それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。
ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。
設定ゆるゆる全3話のショートです。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる