貴方は私のお兄様?

須木 水夏

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お兄様と過去の話

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(......これは、私が聞いてもいいものなのかしら?家族だからOK?)


 とドキドキしながらも、その話がかなりセンシティブな内容だと知っているティファーニーナは当たり障りのない返事をした。


「......そうなのですね。では、この屋敷でレーヴェお兄様の好物が見つかったのならとても嬉しいです!」


 無邪気に笑うティファーニーナに釣られたのか、レオンハルトも少しだけ頬笑みを浮かべている。うおお、尊い。
 彼は声変わりを迎えつつある声で、静かに言葉を続けた。



「君の作るお菓子は、美味しい。」
「本当ですか?!」
「......そして、優しい味がする。」
「やさ......?!」


 告げられた言葉に、ティファーニーナは頬に熱を帯びるのを感じた。優しい味と言われて、ふわふわと心が温かくなるのを感じた。けれど。
 


「僕にとって優しさは、誰かに代わりに向けられるもので僕個人に向けられるものではなかったから。」
「......。」
「だから、少し戸惑うんだ。」


 そう言って寂しげに柔らかく微笑んだレオンハルトに、途端に喜びに取って変わって悲しい気持ちがティファーニーナの心の中に広がってゆく。



「君が何処まで義父上から聞いているのか分からないけれど、僕は公爵家で冷遇されて育った。
 ……それを理由にして君に許しを乞うのはとても恥ずかしいことなんだけど、最初の頃、君への対応が酷かった事を謝らせて欲しい。」
「あ、謝る必要などありません!」



 どのように冷遇されていたのか詳しい話はひとつもされていないのに、その事をティファーニーナに伝えた途端に何かが抜け落ちたような表情に、公爵家での彼の扱われ方の一端が見えたようだった。彼にはそんな顔をして欲しくないのに。


(......ヒロインはお兄様に、なんて声をかけてあげたのかしら。)



 残念ながらティファーニーナはヒロインではない。しかし家族として、彼女が彼に対して伝えられる事もある。



「レーヴェお兄様。私はお兄様に何も酷い事などされておりませんわ。誰だって新しい生活に馴染むまでには時間がかかりますもの。
 それに。私のお兄様になって下さって、この家に来てくださってティファーニーナは心より嬉しく思っております。その感謝の気持ちを込めてお菓子を作っておりますの。それで少しでも伝わっているのなら、私、とても幸せですわ。」


 ティファーニーナの優しい声に、レオンハルトは一瞬泣き出しそうな顔で少女を見つめた。彼の透明度の高い瞳に少女が映り込んでいた。


「......ありがとう。」
「うふふ。さあ、溶けちゃう前に食べましょう!」







 それから、レオンハルトの態度は一気に軟化した。

 無表情で、まるで人形のようだったその顔に、侍女のマーサでも分かるくらいにハッキリと表情が出てきた。
 今にも消えてしまいそうな程に儚げだった少年はその紫水晶の瞳に光を湛えるようになり、それは実在感の無かった彼を明確にこの世界に浮かび上がらせたように、ティファーニーナには見えた。


 あれからレオンハルトが昔話を口に出すことは無かった。



(本当は、私に伝えるべきことじゃなかったのかもしれないわ。)
 

 いつか出会うヒロインに彼の心の内を打ち明ける日が来る時まで秘めておくのだろうと、ティファーニーナは思った。推しがヒロインと出会う。喜ばしいことなのに、そう思った時にちくりと心のどこかが傷んだが──それは一瞬の事だったので、その気持ちに気がつくことは無かった。






 



 
 
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