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お兄様が寮に?
しおりを挟む「おお、そうだった。それを私も話そうと思っていた。どうする?」
「......在学中は寮に滞在しようと思っております。」
ティファーニーナはいきなり始まった父と兄の会話に目をぱちくりとさせた。
「寮?レーヴェお兄様、寮に入られるんですの?」
「うん。この屋敷の位置が少し学園に通うには遠いんだ。」
「そ、そうなの、ですね......。」
(寮ですって?!そんな……。)
そう言えばそうだった、とティファーニーナは物語を思い出した。
彼は小説の中ではティファーニーナが意地悪過ぎて伯爵家にも馴染むことが出来ず、養子に入って早々に父の手配で学園の寮へと移り住んでいた。ティファーニーナはそれを喜んだが、彼は毎週末に父に執務を習う為に帰宅をしていて、その度にまた執拗に虐めていたのだ。何て性格が悪いんだろうか。
けれどおかしい。今のところ、ティファーニーナはレオンハルトを一切虐めていないし、何なら仲良くしているつもりだったのに、それでも彼は寮に入ってしまうのだという。会話の流れから見ると父が決めたわけでは無さそうだが、それでも物語の通りの進行だった。
ヒロインに会う為にはヒーローの一人であるレオンハルトは勿論学園に通う必要があるのだが──出会いの場所が学園だから──すっかり頭から抜け落ちていた事だったので、ティファーニーナはしゅんとした。
(そんなあ……。)
ショックを受けて明らかに元気がなくなってしまったティファーニーナに、レオンハルトは慌てたように言った。
「毎週末には戻ってくるよ。」
「……本当ですか?」
「うん。……ティファのお菓子を食べに帰る。」
「……まあ!レーヴェお兄様とおやつを食べる時間が減ってしまうのは残念ですけど、戻られた際にご一緒したいですわ!」
「うん。」
良かった、嫌われている訳では無いらしいとティファーニーナは安心した。しかも今、彼はティファーニーナの名前をティファと呼ばなかったか?気のせいか?ん?と少女が首を傾げて、思考の海を泳いでいると。
「君達は仲が良いなあ。いやあ、年頃の娘がいるところに息子を迎え入れるにあたって親族から心配されていたんだ。パパは最初から信じていたが、今のやり取りを見て安心したぞ!」
「……うふふ。」
「パパも仲間に入れておくれ!」
「勿論ですわ!!」
小説の中のティファーニーナとレオンハルトの関係は、完全に破綻していたんですけども。
と思いつつ、レオンハルトへと少女は視線を向けた。彼は何故か頬を少し赤らめて、どこか慌てたような表情をしながら父を見ていたが、ティファーニーナの視線に気が付きギクリと身を強ばらせて、そっと彼女から目を逸らして顔を伏せた。その頬がますます赤くなってゆくのを見て、おや?と少女は思った。
(……もしかして、照れていらっしゃるのかしら?)
その可愛いらしさにティファーニーナの胸はキュンとする。物語の中ではけして見た事のない彼の姿だったから。
小説の中のレオンハルトは照れたりするタイプではなく、いつも冷静沈着で、ヒロインを助けたり助言したりする場面でも他のヒーロー達の誰よりも一歩後ろに下がって、けれど一度も離れずに彼女の傍に居た。
その物語の中では、五人のヒーローとヒロインとのそれぞれの話が展開されてゆく。どれも友情以上恋人未満のような、優しくて焦れったい甘い話がそれぞれある訳だが、その中でも彼女がお気に入りだったのは、ヒロインとレオンハルトの話である。
他の情熱的、積極的なヒーロー達とは違って、レオンハルトはまるで真綿で包むように優しくヒロインを愛した。控えめな春の風のような柔らかな愛情表現に、心を打たれたのだ。ヒロインに向けられたレオンハルトの真摯な眼差し──それを思い出した瞬間、ティファーニーナの心のどこかにモヤっとした気持ちが湧き出すのを感じた。
(んん?)
首を傾げたまま、やはり掴めない自身のその気持ちに釈然としないでいる少女の横で、父と義兄は転入と寮の手続きの話をしていた。
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