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入学に向けてのあれこれ
「部屋にキッチンは付いているみたいだけど、自炊が出来るほどの設備はあるのかしら?」
「まあ、お嬢様。まさか寮でもお料理を作ろうとしてらっしゃるのですか?」
「あら、ダメなのかしら?」
「普通、貴族のお嬢様は料理なんて致しませんよ。」
呆れたような顔で、荷造りから顔を上げたマーサを見つめティファーニーナはきょとんと首を傾げた。そのあざとい可愛いらしさは、残念ながら侍女であっても滅多に見ることの出来ない少女の素の部分だった。
「そうなの?でも、お料理が出来た方が便利なのではなくて?」
「便利も何も。何もしなくても周りがするので本来はしなくて良いのですよ。ティファーニーナお嬢様は珍しいのです。」
「そう、なのかしら?楽しいのに。」
少し不服そうに丸い頬を膨らませる少女にマーサは首を横に振り、「えーっと、次は靴の準備」と言いながら作業へと戻ってゆく。
そう、二週間後に差し迫ったティファーニーナの入学の準備の為に彼女は大忙しなのだ。レオンハルトの部屋に積み上げてあった荷物よりもかなり多い。何かと装飾品の多い女子は大変だ。
ティファーニーナは伯爵家の身分である。
高位貴族には入るし、親類には公爵家が居るし、領地の運営も上手くいっているので生活も裕福な方であろう。学園に入るに当たって父が手配してくれた寮の部屋には、なんとキッチンがついていた。それだけでは無い。侍女を連れて行っても良いので、侍女の為の部屋とバスルーム、寝室とは別にダイニングまであり、部屋は角部屋で広々としている。部屋の見取り図を見ると、優雅にお茶を楽しむことの出来るサンルームまで備えてあった。
(……こういう部屋って、本来は公爵家とか侯爵家とか、その辺の身分の方が使うのよね?)
なんでも、現在学園に通っている公爵家の令嬢は王子の婚約者であり、王家の仕来りを覚える為に王城に仮の部屋を与えられて、そこから通ってきているらしい。
そして侯爵家の令嬢は王都の屋敷が学園と近く、馬車で毎日通っているらしい。
なので、偶然そのような大きな部屋が空いていたのだと喜び勇んで報告してきた父は、まるで大きな犬みたいだった。
それにしても、その令嬢二名って。
「……まあ十中八九、第二王子と公爵次男の婚約者様達、よね。」
ヒロインに夢中になるヒーローの内の二人には、きちんと幼少期より決められた婚約者がいる。第二王子も公爵家次男も、彼女達の家が将来の婿入り先となる。
それなのに、それを周りも本人達も分かった上でヒロインに惹かれるのだ。物語を読んでいた当時は「まあ、ヒロインだし?仕方ないか」と思っていたが、現実にそれが起こると、男子二人ともに最低だなとティファーニーナは思い直した。
恋愛関係ではないだろうが、家の契約事で決められた婚約者がいるというのにそれは無いだろう、と。
学園でのクラスメイトは年齢で決められる訳では無い。入学前に面接と筆記テストを受けて、その学力にあったクラスに振り分けられるのだ。同級生はほぼ歳が同じだった前世とはまるで違って、実力主義の世界である。
十三歳のティファーニーナは、自身が思っていたよりも基礎学力もマナーも出来る方であったらしく、なんと十五歳の─レオンハルトと同じ学年に放り込まれてしまった。つまりティファーニーナは飛び級で二年弱の学園生活となるのだ。
学園の生徒は男性よりも女性の数は遥かに少ないので、枠が空いていたのも理由かも知れない。なのでその令嬢達とも同じクラスになる可能性がある。そして。
「どう避けようとしても会ってしまう気がするわ。」
とっくに回避を諦めていたけれど、ヒロインやヒーロー達と出会う確率が格段に上がってしまったことに、ティファーニーナは大きく溜息をついた。やっぱりちょっと怖いのだ。
「なるべく会わないようにする為に、お部屋に篭もる必要もあるのではないかしら?」
幸いにも、ティファーニーナは自宅から殆ど外出をしたことが無い。月に一度、教会へと行くくらいである。なので基本的にお篭もりは大得意だ。
となると、料理をする必要がある。
「キッチンが付いているのだから、料理しても問題ないはずよね?」
ティファーニーナは独り言を呟いてみた。
火の扱いについては最近マーサが料理長から直々に習っているし、ティファーニーナもそれを横から盗み見て(絶対にさせてくれないから)一応、勉強している。
(出来ることが多い方が良いのにといくらティファーニーナがごねてみたところで、その部分に関してはそもそも貴族の女性は火を扱ってはならないという慣習なので、料理長もマーサも譲れないらしい。)
料理を作らなくても寮食も学食もあるのだからと言って、マーサが料理をするのを阻止してくることは簡単に想像できた。
「……でも、そうだわ!お兄様にも料理を作ってあげなきゃならないんですもの。私のお菓子がなくて、学園ではきっと寂しい思いをされているわ!」
やっとそれらしい理由が見つかったと、と新しい生活へと不安と希望が入り交じった気持ちで、ティファーニーナは小さく頷いたのだった。
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