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お兄様の帰宅前
レオンハルトが屋敷を旅立ってから、一週間と少しが過ぎた。毎日のおやつの時間は、残念ながら食べてくれる相手がいないので無くなってしまっている。お菓子作りはティファーニーナの趣味でもあるので辞めてはいないけれど、できた物は自分で食べるか、マーサや料理長が食べるか、あまり甘いものが得意では無い父が食べかになっていて、少しモチベーションが下がってしまっているのは明らかだった。
今度バザーにでも出してみようかしら?
「レーヴェお兄様に、お菓子を食べて頂きたいわ。」
「もうすぐ帰ってこられるではありませんか。」
「もう直ぐって、いつ?」
「今週は流石に無理でしたけれど、次の週末には戻られると思いますよ。」
「本当に?」
「本当に、ってお嬢様。お手紙にそう書いてらっしゃったってこの前喜んでいらっしゃったではありませんか。……奇声を上げられながら。」
そう言ってマーサは生暖かい目でこちらを見てきた。レオンハルトから手紙が届いた当日、ティファーニーナが余りの出来事に「ぎゃー!」と叫んで部屋の中で泣き崩れたのを彼女は呆れた目で見ていた。
恥ずかしくなった少女は、顔を真っ赤にしながら慌てて言い訳をする。
「だ、だって!お兄様からの初めてのお手紙だったんですもの!」
「分かりますよ。お嬢様はレオンハルト様が大好きですなのですから。」
「そ、そうよ!推しからの手紙なんて一生に一度貰えただけでも奇跡なのよ!」
「二通目も頂いてらっしゃったではありませんか?」
「ヴッ」
そうなのだ。レオンハルトはマメな性格らしく、この短期間に二通もティファーニーナ宛に手紙を送ってくれた。
一通目は、寮に入られた当日に書かれたもので、要約すると「綺麗なところだよ、ティファーニーナも気にいると思う。当日は案内するね。」という旨が流麗な文字で書かれていて、義兄の気遣いと手紙自体に感激した。
二通目はその五日後の日付になっていた。二通目の手紙も学舎も広くて使い勝手が良い旨と、最後の方には「変人がいる」と書かれていた。
「変人とは、誰のことを言っているのかしら?」
まさかもうヒロインに出会ったか?と思ったけれど、まだ時期的には早い。確か、物語の中では学園に入った少し後に──レオンハルトの十六歳の夏に学園で出会うはずなのだ。学園の中庭でお肉を焼いていたヒロインと。
それに、ヒロインの事をヒーローが「変人」などと言うはずが無い。……実際には、学園の私有地である中庭でお肉を焼いているのは、間違いなく変人の部類に入るのだろうけど。
後は、「次の週末に帰るよ」と書かれていた。なので、今週末に戻ってくる事は確定しているのである。
久しぶりの推し。目が潰れないだろうか、気絶をしてしまわないだろうか。そんな事を考えて気が気では無いティファーニーナである。
彼女はその手紙を貰ってから有頂天になってしまい、ずっと週末にどんなお菓子を作ろうかと考えていたが、ふと、食事メニューでも良いのではと思った。
レオンハルトは好き嫌いがないように見えるが、実は少しだけ香草に対しては苦手意識がある。独特な風味を持つものも中にはあるのでそれは仕方ないとして、それらが食卓に上がってきた時、兄は極めて無表情になるのだ(なんて分かりやすい)。
物語の中では、彼の好き嫌いについてなんて描かれていなかったので、これはティファーニーナが見つけた推しの意外な一面である。そこも可愛いけれど。
「……ハンバーグとか、作ってみようかしら。」
ハンバーグ。デミグラスソースのハンバーグ。中にチーズとか入れてみたりして。香辛料のナツメグ、クミン、コリアンダー、レッドペッパー、ブラックペッパー使って少しスパイシーな味付けに。レオンハルトのパッと輝く笑顔が脳裏に浮かんだ。
「そうしましょう!」
そうとなれば、寂しがってなどいられない。ティファーニーナは調理場にある香辛料の在庫を確認するために、自室からスキップで出ていった。
その後ろ姿を、マーサは小さくため息をつきながら見ていた。
「お嬢様はレオンハルト様が関わると壊れてしまうのね……。」
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