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季節外れの編入生
そしてあっという間に、学園へと入学する日がやってきた。レオンハルトが待っていてくれていると考えると、ティファーニーナはそんなに不安を感じていなかったが、父はどうやら違うようで。朝からそわそわと娘の部屋の前を行ったり来たり、朝食の席でも「気分はどうだい?」、「寂しくなるね」、「パパも途中までついて行こうかな」とずっと情緒不安定であった。
父の気持ちも分からなくもない。母がティファーニーナを産んだ後直ぐに亡くなってから、ずっと大切に大切に、まるで真綿に包むように育ててきた娘である。
「お父様、そんなに心配しないでくださいまし!お兄様もおられるんですから私は大丈夫ですわ!」
「そう、なんだが。分かっているんだが……。」
「お嬢様、旦那様はお寂しいだけですので。」
「セバス、余計なことを……。」
執事の言葉に父は慌てたように彼を振り返った。少女は執事に笑いかける。
「セバスチャン、分かっているわ。私が屋敷に居なくてもお父様の事をしっかりと支えてあげてね。」
「勿論でございます。」
「お父様、週末にはレーヴェお兄様と一緒に戻りますから。あまり寂しがらないで下さいね。」
「……ああ。分かったよ。」
やっと複雑そうに笑った父に、ティファーニーナは声を上げて笑った。
「おしりが痛いわ……。」
「ですね。」
馬車に乗って二時間が過ぎた頃、ティファーニーナがウンザリしたような声で呟き、マーサも同意をした。ポッカポッカと馬の蹄の音がのどかに聞こえてくるが、兎に角揺れと馬車の座椅子の硬さに臀部が悲鳴を上げていた。
「休憩にしましょうか。二時間に一回くらいは馬さん達も休みたいわよね。」
「そうですね。御者に言います。」
マーサはそう言うと、前側の窓をコンコンとノックして馬車を車道の横に寄せて止めるように指示をした。
外に出るのは危ないので馬車の窓を開けると、ティファーニーナは大きく伸びをした。背筋が伸びるだけでも気持ちが良い。
「はあ、これを毎週するのよね。」
「そうですね。でもまだ道程の半分もいっておりませんよ。」
「そうよね~まだまだ長いわ。眠れたら良いんだけど。」
屋敷からほとんど出たことがない箱入り娘だったティファーニーナは、馬車の旅が初めてで慣れていない為にその域にはまだ辿り着けそうになかった。
(お兄様と一緒に帰る時には、緊張して眠れたもんじゃなさそうだし。)
姿勢を正して最後まで座っていることが出来るのか、そちらの方が心配だったりもする。
それにしても。柔らかな陽射しが降り注ぐ窓の外を見ながら、ティファーニーナは小さくため息をついた。
「……季節外れの編入生なんて、ちょっと緊張しちゃうわね。」
「お嬢様の社交性をもってすれば、何も問題ありませんよ。」
「そうかしら?」
「お坊ちゃまもおられますし、大丈夫です。」
マーサはいつの頃からか、レオンハルトの事を「お坊ちゃま」と呼ぶようになっていた。ティファーニーナはそれを聞く度に不思議な気持ちになった。成長すると黒豹と呼ばれるようになるしなやかな美形のレオンハルトが「お坊ちゃま」と呼ばれているのだ。ちょっと面白い。
「マーサがそう言うなら心配ないわね。」
「はい。」
「じゃあ、行きましょうか。」
短い休憩の後、半日とちょっとの時間をかけて漸く寮と辿り着いたのだった。
「はあ!疲れた!」
「お疲れ様です。」
「マーサも御者さんも馬さんもお疲れ様!」
ティファーニーナは馬車を下りると、薄暗くなってきている空の下、輝く青い屋根の寮を見上げた。夕陽が差し込み、屋根も白い壁も赤く染まってキラキラと輝いている。華美な装飾はされていないが、細部まで磨き込まれているその建物は、レオンハルトが言っていたように美しかった。
「まあ、綺麗な建物ね!」
「お嬢様、参りましょう。」
寮の入口まで進んでゆくと、そこには一人の女性が佇んでいた。黒い制服に身を包んだその初老の女性は、ニコリともせずに、けれど姿勢を正してティファーニーナに膝を折った。
「ようこそ。」
「お世話になります。ティファーニーナ・アレサ・エルスロッドと申します。」
「私は女子寮、寮長のソンナーヤ・ディバリィです。どうぞよろしく。さあ部屋を案内致します。こちらへ。」
「はい。」
まっすぐ背筋を伸ばしたまま、こちらに背を向けるソンナーヤ寮長の後ろにティファーニーナとマーサは続いた。授業は終わり、寮に戻ってきている生徒達だろう。季節外れの編入生が珍しいのか、廊下ですれ違う度に何人かは興味深そうにティファーニーナへと視線を向けてきた。
けれど、寮長の姿を目に止めるとさっと目を逸らし、「御機嫌よう」とお辞儀をして去ってゆく。
(……寮長が厳しい方でいらっしゃるのね。)
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