貴方は私のお兄様?

須木 水夏

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隣の席は公爵令嬢

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(えーっと。……誰だっけ?)



 まるでこちらの事を知っているかのようにまじまじと──金髪に青い目のいかにも貴族といった出で立ちのその男子生徒は、頬を赤らめてティファーニーナを見つめていたが、彼女と目が合うと慌てたように目を背けた。
 ティファーニーナが戸惑っている間に先生の挨拶は終わり、彼女は一番後ろの窓際から二番目の席に座った。



「初めまして。御機嫌よう。ローズエッタ・リリア・マテリアよ。ローズエッタと呼んでちょうだい。どうぞこれからよろしくね。」
「御機嫌よう。ありがとうございます。私はティファーニーナ・アレサ・エルスロッドと申します。ティファーニーナとお呼びくださいませ。どうぞよろしくお願い致します。」



(なんて偶然なのかしら......!!)



 そしてその隣の席には奇しくも、第二王子殿下の婚約者であるマテリア公爵令嬢が座っていたのだった。
 真っ直ぐ癖のない金髪に、目が覚めるような鮮やかな青色の大きな瞳。小さな鼻と口に、生まれてきてから一度も日焼けをした事のないような透き通る真っ白な肌の色はTheである。思わず見蕩れてしまいそうになるのを、ティファーニーナは既のところで堪えた。
 彼女は今、ティファーニーナが使っている寮の部屋を美しく改修した人物の子孫である。偶然の一致とは言え、なんという奇跡だろうか。後でその事について是非彼女と話がしたいとティファーニーナは思った。

 そしてその瞬間になって、やっと思い出した。
 先程の金髪碧眼の少年はその人なのだろうと。

 城には肖像画の展示があり、昔父に連れられて廊下を歩いていた時に目に入ってきた現王の肖像画と、今こちらをチラチラと振り返ってくる少年の顔はとても良く似ていた。



(成程、あれが王子様…つまりヒーローの一人ね。たしかに、ヒーローらしいお美しい顔をしていらっしゃるけど、此方を見るのは何故かしら?......きっとローズエッタ様の隣に座る事になったからね。)


 確か学校同士の親睦の関連で、成績優秀者の生徒達が交換で三ヶ月ほど滞在したはずである。第二王子とレオンハルトの天敵である公爵家次男はその対象だったはずだが、まさかもう来ていたとは。

 ティファーニーナはまだ向けられる第二王子からの視線を無視し、そっとレオンハルトの後頭部へと目を向けた。
 ティファーニーナよりも一つ前の席に腰掛けている彼は、また以前よりも背が伸びたようで、見つめる先の背中は記憶の中のそれよりも大きかった。思春期の子どもの成長はあっという間とよく聞くが、本当に見事な変化だった。

 教室の中の全員の顔を見た訳では無いので分からないが、レオンハルトから何か聞いていた訳ではなかったし、もしかしたら次男はこのクラスでは無いのかもしれないなとティファーニーナは思った。でも何はともあれ。



(レーヴェお兄様は私が守らなくては!!尊い笑顔を守るの!!意地悪な異母兄弟よりお兄様を守れるのは私しかいないのよ!!!)



 まだ見た事もない敵に対して、少女は心の中でシュッシュッとパンチを繰り出す。少しばかり血の気が多いのは、のティファーニーナの性格が心のどこかに残っているせいなのかもしれない。そんな事を頭の片隅で思いながらも始まった授業に少女は集中するのだった。





「ティファ、どうだった?」
「レーヴェお兄様!」


 一時間目が終わった後、レオンハルトがティファーニーナに話しかけてきた。思わず、ぱっと花が咲くように目を輝かせたティファーニーナに、レオンハルトは嬉しそうに微笑む。麗しくも可愛らしいその表情に「グフゥ」と少女は口から息が漏れそうになるのを堪えた。



「少し緊張をしていますが授業にはついていけそうですわ。問題はございません。」
「良かった。ティファは優秀だね。昨日は出迎えに行けなくてごめん。」
「いいえ!お兄様は授業中でございましたし、時間も遅かったですもの。気にしておりませんわ!」
「ありがとう。寮の廊下からティファの乗った馬車が通りかかるのは見たんだよ。」



 やはり出迎えに来てくれる予定だったらしいと分かり、ティファーニーナは嬉しくて頬を赤く染めた。事前の手紙のやり取りで当日は到着時間が遅くなる為に出迎えが難しい事は予めレオンハルトから聞いていた。寮の規則により、夜は部活動を行う生徒以外は外出が禁止になるのである。どうやら兄は、それでもティファーニーナの姿を一目見たくて男子寮の廊下の窓辺に立っていたらしい。



「早く会いたかったんだけど。今朝もずっとティファの事を考えてそわそわしていたんだよ。」
「......ッッ!!」



 恥ずかしがる様子もなく──寧ろ少し拗ねたようにそう言葉を続けるレオンハルトに、ティファーニーナは目眩を起こしそうになった。見た目も性格も完全に理想の人であるレオンハルトお兄様にそんな事を言われてしまった日には。
 顔を茹でダコのように真っ赤に染め上げ「アバババ」と慌てふためくティファーニーナに、レオンハルトは柔らかく美しいほほ笑みを浮かべたのだった。






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