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王子と婚約者
しおりを挟む「やあ、ティファーニーナ嬢。」
「……御機嫌ようございます、第二王子殿下。」
(うわあ、また来た。)
青い目、金髪、王妃様の血を色濃く引く甘めの端正な顔立ち。子どもの頃の絵本には確かに彼のような王子が登場していたような記憶がある。
しかし、ティファーニーナはその人の事が少し…いや、大分苦手であった。
第一に、今も近くにローズエッタが普通に存在しているのに、彼女の存在を無視するかの如くティファーニーナに話しかけてくるところ。しかも、何故か艷めく微笑みで。彼が一歩近づいてくると、ティファーニーナはその分後ろへと下がった。つまりローズエッタの後ろに下がり、彼女の背に隠れるような形になるのだが、そんな事はお構い無しと言った風にカイルは話しかけてくる。
「そんなに改まらなくても良いと言っているだろう?」
「そういう訳には参りません。」
「私に敬意を払ってくれるのは嬉しいのだが、それでは距離が縮まらないではないか。」
「……。」
(怖いわ。話が通じないわ。)
第二に、その様なことを言ってこちらの話を全く聞いて貰えないこと。
周りの女子生徒達もどうして良いのか分からずに戸惑った笑顔を浮かべているし、ここはローズエッタ達含めた女子生徒しか居ない場所なのに、ズケズケと入り込んできている。王子とはそういう生き物なのだろうか。
(大体、こちらは距離を縮めたくないのですが?)
心の中でそう言いながらも、ティファーニーナは周りに合わせて困ったように笑った。その表情に何故かカイルもぱっと笑顔を輝かせる。何だろう、その嬉しそうな顔は。
(何故この方は私に話しかけてくるのかしら。普通にやめて欲しいんだけど……。)
そうは言っても相手は自分よりも身分の高い人物だ。否定をすると不敬罪になってしまうのかもしれない。
そう考えてティファーニーナがどうして良いのか分からずその場で狼狽えていると、彼女の前にいたローズエッタが静かに口を開いた。
「……まあ、カイル殿下。何故また女性ばかりの場所へとやって来て来られたのでしょう?もう辞めてくださいとこの前お伝えしたはずですのに。」
「……ローズ、またお前か。別に良いでは無いか。貴族と親交を深めるのは務めだとお前の父も言っていただろう?」
ティファーニーナは驚いた。
なんて偉そうな言葉と声のトーンなのだろう。これが将来婿入りする予定の婚約者へとかける言葉なのだろうか?
王子のその言葉にローズエッタは手に持っていた白く優雅な扇をばさりと音を立てて広げると、口許を隠して目だけで薄らと微笑んだ。その瞳に氷のような冷たさが浮かんでいる事に、カイルは気がついているのだろうか。絶対に気が付いていない気がするのだけれど。
「貴族との親交、でございますか。
カイル王子様、貴方様は女子生徒よりも男子生徒と親交を深めるべきなのでは?男性には男性の、女性には女性の役割があると仰っておられるのはこの国の長─あなたのお父様である王ではございませんこと?」
「……ローズ、何故お前はいつもそう生意気なんだ。」
「生意気?当たり前の事を当たり前に言っているだけなのに生意気になるなんて不思議なお話ですわね。」
大袈裟に驚いた様に目を見開き、ほほ、と笑ったローズエッタだったが、ティファーニーナは後ろから見ていた。扇の後ろに隠れている形の良い唇はにこりともしていない。それどころか腹正しそうに歪むのを。
(あれ……。もしかして、既に仲が良くない……?)
ヒロインの登場により第二王子が心をそちらに移して関係が壊れてしまったのかと思っていたが、もしかしたらそもそもの前提が違っていたのかもしれない。
カイルを見ていると、物語を読んでいた時に彼の良いところとして表現されていた自信に満ち溢れる性格と押しの強い部分が、こうして実際に接してみると独りよがりで、押しが強いどころか傲慢に感じるのだから不思議だ。
子どもの頃よりずっと彼の事を知っているローズエッタは、もしかしたらそれに辟易しているのかもしれない。
「ふ、ふん!もう良い。気分が萎えたわ。」
忌々しげに婚約者を睨みつけた後、そんな捨て台詞を吐いてこちらに背を向けたカイルにティファーニーナはそっとため息をついた。
そんな少女に、ローズエッタは振り返ると扇を下ろし困ったように微笑んだ。
「ごめんなさいね。何を勘違いしたのかあの人、貴女の事を気に入ってしまったようなの。」
「ロ、ローズエッタ様が謝られる必要はございませんわ!」
「いいえ。良くあるのよ、ああいう事。」
「良くある……。」
はあ、とティファーニーナのそれよりも大きく溜息をつくとローズエッタはカイルが去った方の廊下を呆れた目で見た。
「直ぐに一目惚れをして、その人に近づこうとするの。」
(……それはなんとまぁ。)
ヒーローの内の一人、第二王子カイル。物語には描かれていない彼の真実の姿が、少しずつ見えてきたようにティファーニーナには感じられた。
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