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「レィヴァン?」
呼び掛けられた声に俺はハッと意識を現実に戻す。
急に周りの景色が見え始め、ドクドクと脈打つ心臓の鼓動をはっきりと感じた。
今見た光景が信じられない。
赤ら顔の大男と頼りない少年のやり取り。
同時に流れ込んできた不幸過ぎる少年の記憶。
それは夢よりもはっきりしているのに、現実よりも朧気だ。
それでも俺には理解できた。
あれは俺の前世の出来事だと。
「大丈夫か?」
「少し顔色が悪いんじゃないかい?」
俺の顔を覗き込んで眉を寄せる父と心配そうに俺の額に手を当てる老司祭を交互に見て、ようやく自分が置かれている状況を思い出し、カラカラに乾いていた喉によって掠れる声で「大丈夫、です」と小さく返す。
先日めでたく5歳になった俺は今日、洗礼を受けるために父に連れられて教会を訪れていたのだが、儀式の最中に前世の記憶を思い出したらしく、少しの間意識を飛ばしていたらしかった。
「なんだか、夢を見ていたみたいで…」
俺は2人に向けて曖昧に笑う。
ともすれば「大事な儀式の最中に寝るとは何事か!」と怒られかねないが、咄嗟にそれしか言い訳が出てこなかったのだ。
けれど俺の言葉に、2人は怒るどころか「なんだって!?」と驚きつつ喜んでいるようだ。
「やはりこの子は特別な子なのかもしれません」
父がそんな大げさな言葉を老司祭に言うが、老司祭もそれに頷きを返し、
「やはり名前を神から授かった御子ですからな」
と、父と同じくらいの大言壮語を俺に向ける。
2人とも俺への期待が重過ぎやしないだろうか。
げんなりしていると、父が俺を抱き上げた。
「お前の名前はな、神様がつけてくれたんだぞ」
そしてじょりじょりと剃り残しのある頬を俺の柔らかなほっぺに擦り付けてくる。
今までは嬉しかったそのスキンシップに対して、「お子様の柔肌にそれは拷問では?」と感じてしまうようになったのは前世の記憶を思い出したせいだろう。
俺はさり気なくその攻撃から逃げながら父に問うた。
「…神様?」
記憶が戻り、この名前が前世と同じものだとはわかるが、神から与えられたという意味がわからなかった。
「そうだ。お前が生まれる前の日、司祭様は神様から啓示を受けた。『明日「白銀の老猫亭」に生まれる子供にレィヴァンという名前を付けるように』と」
凄いだろう?と父は自慢げだ。
隣に立つ老司祭もしきりに頷いている。
多分啓示を受けたのも、それを両親に告げたのもこの人だったのだろう。
この街には老司祭の他は神官が5人と去年来た司祭見習いが1人いるだけだから。
「あんな啓示は前代未聞でしたからなぁ」
遠くを見るように「ほっほっほっ」と笑いながら語られた啓示通り生まれたのが俺だということは言われなくてもわかる。
自分の名前もだが、「白銀の老猫亭」も俺の母親が切り盛りしている宿屋の名前だし。
ちなみに目の前にいる父親は冒険者をしている。
と言っても前世の漫画で主人公がやっているような冒険者ではなく、地元の依頼のみをこなす便利屋と言った方が近いような仕事がメインだ。
昔はそういうこともしていたようだが、結婚してからは妻と子供を守ることを優先しているらしい。
昨日まで、いや、ついさっきまでそれを恰好悪いと思っていたが、記憶が戻った今はとても尊敬できる。
それこそ男の中の男だ。
冒険することだけが、大きな功績を立てることだけが男の恰好良さではないのだから。
「ふむ。だいぶ顔色が良くなったようだ。けれど神の夢を見たのなら疲れているだろうから、今日のところは家で休ませてあげなさい。洗礼の結果は追って知らせよう」
老司祭は父の話を聞いているうちに頬に赤みの戻って来た俺の顔を見て好々爺然とした笑みを浮かべると、俺の頭をひと撫でして帰途を促した。
家に帰った俺はすぐにベッドに寝かされた。
しかし思い出した前世が気になりすぎて眠ることができず、こっそり起き出してお絵かき用のノートと鉛筆を手に取る。
「えーっと…」
俺はノートに思い出したことを書き連ねていく。
自分の名前、両親の名前、不幸が重なった人生、死後の世界での閻魔大王との会話、そして自分がこの世界に転生した理由。
それらを誰かに見られてもいいように、この世界では俺にしか読めないであろう日本語で書いた。
「…よし、こんなもんかな」
書いておいた方がいいこと、覚えておきたいことを粗方書き終え、一度読み返す。
うん、今はここまで書けていれば上出来だ。
俺はお絵かきノートと鉛筆をしまい、さてどうするかと考えていると扉を叩く音が聞こえた。
「レィヴァン、起きてるか?」
次いで聞こえた声は父のもので、俺が寝ている可能性を考慮して普段より小さいものだったが、起きている俺にはちゃんと聞こえたので「うん」と返事をする。
「起きていたか。昼飯ができてるから、食べられそうなら」
「食べる!!」
そして続く父の言葉に食い気味に返事をすれば、外からは「元気だな」と笑う声。
すぐに部屋を出ると「男の子は元気が一番だ!」と頭を撫でられ、逞しい腕に包まれる。
先ほどまで人の温もりとは縁遠かった自分の前世を思い出していたせいか、何でもないはずのそれが酷く愛おしいものに感じた。
俺はきっとこの世界で幸せになれる。
まだ5年しか生きていないが、父の温もりが俺にそう思わせてくれた。
呼び掛けられた声に俺はハッと意識を現実に戻す。
急に周りの景色が見え始め、ドクドクと脈打つ心臓の鼓動をはっきりと感じた。
今見た光景が信じられない。
赤ら顔の大男と頼りない少年のやり取り。
同時に流れ込んできた不幸過ぎる少年の記憶。
それは夢よりもはっきりしているのに、現実よりも朧気だ。
それでも俺には理解できた。
あれは俺の前世の出来事だと。
「大丈夫か?」
「少し顔色が悪いんじゃないかい?」
俺の顔を覗き込んで眉を寄せる父と心配そうに俺の額に手を当てる老司祭を交互に見て、ようやく自分が置かれている状況を思い出し、カラカラに乾いていた喉によって掠れる声で「大丈夫、です」と小さく返す。
先日めでたく5歳になった俺は今日、洗礼を受けるために父に連れられて教会を訪れていたのだが、儀式の最中に前世の記憶を思い出したらしく、少しの間意識を飛ばしていたらしかった。
「なんだか、夢を見ていたみたいで…」
俺は2人に向けて曖昧に笑う。
ともすれば「大事な儀式の最中に寝るとは何事か!」と怒られかねないが、咄嗟にそれしか言い訳が出てこなかったのだ。
けれど俺の言葉に、2人は怒るどころか「なんだって!?」と驚きつつ喜んでいるようだ。
「やはりこの子は特別な子なのかもしれません」
父がそんな大げさな言葉を老司祭に言うが、老司祭もそれに頷きを返し、
「やはり名前を神から授かった御子ですからな」
と、父と同じくらいの大言壮語を俺に向ける。
2人とも俺への期待が重過ぎやしないだろうか。
げんなりしていると、父が俺を抱き上げた。
「お前の名前はな、神様がつけてくれたんだぞ」
そしてじょりじょりと剃り残しのある頬を俺の柔らかなほっぺに擦り付けてくる。
今までは嬉しかったそのスキンシップに対して、「お子様の柔肌にそれは拷問では?」と感じてしまうようになったのは前世の記憶を思い出したせいだろう。
俺はさり気なくその攻撃から逃げながら父に問うた。
「…神様?」
記憶が戻り、この名前が前世と同じものだとはわかるが、神から与えられたという意味がわからなかった。
「そうだ。お前が生まれる前の日、司祭様は神様から啓示を受けた。『明日「白銀の老猫亭」に生まれる子供にレィヴァンという名前を付けるように』と」
凄いだろう?と父は自慢げだ。
隣に立つ老司祭もしきりに頷いている。
多分啓示を受けたのも、それを両親に告げたのもこの人だったのだろう。
この街には老司祭の他は神官が5人と去年来た司祭見習いが1人いるだけだから。
「あんな啓示は前代未聞でしたからなぁ」
遠くを見るように「ほっほっほっ」と笑いながら語られた啓示通り生まれたのが俺だということは言われなくてもわかる。
自分の名前もだが、「白銀の老猫亭」も俺の母親が切り盛りしている宿屋の名前だし。
ちなみに目の前にいる父親は冒険者をしている。
と言っても前世の漫画で主人公がやっているような冒険者ではなく、地元の依頼のみをこなす便利屋と言った方が近いような仕事がメインだ。
昔はそういうこともしていたようだが、結婚してからは妻と子供を守ることを優先しているらしい。
昨日まで、いや、ついさっきまでそれを恰好悪いと思っていたが、記憶が戻った今はとても尊敬できる。
それこそ男の中の男だ。
冒険することだけが、大きな功績を立てることだけが男の恰好良さではないのだから。
「ふむ。だいぶ顔色が良くなったようだ。けれど神の夢を見たのなら疲れているだろうから、今日のところは家で休ませてあげなさい。洗礼の結果は追って知らせよう」
老司祭は父の話を聞いているうちに頬に赤みの戻って来た俺の顔を見て好々爺然とした笑みを浮かべると、俺の頭をひと撫でして帰途を促した。
家に帰った俺はすぐにベッドに寝かされた。
しかし思い出した前世が気になりすぎて眠ることができず、こっそり起き出してお絵かき用のノートと鉛筆を手に取る。
「えーっと…」
俺はノートに思い出したことを書き連ねていく。
自分の名前、両親の名前、不幸が重なった人生、死後の世界での閻魔大王との会話、そして自分がこの世界に転生した理由。
それらを誰かに見られてもいいように、この世界では俺にしか読めないであろう日本語で書いた。
「…よし、こんなもんかな」
書いておいた方がいいこと、覚えておきたいことを粗方書き終え、一度読み返す。
うん、今はここまで書けていれば上出来だ。
俺はお絵かきノートと鉛筆をしまい、さてどうするかと考えていると扉を叩く音が聞こえた。
「レィヴァン、起きてるか?」
次いで聞こえた声は父のもので、俺が寝ている可能性を考慮して普段より小さいものだったが、起きている俺にはちゃんと聞こえたので「うん」と返事をする。
「起きていたか。昼飯ができてるから、食べられそうなら」
「食べる!!」
そして続く父の言葉に食い気味に返事をすれば、外からは「元気だな」と笑う声。
すぐに部屋を出ると「男の子は元気が一番だ!」と頭を撫でられ、逞しい腕に包まれる。
先ほどまで人の温もりとは縁遠かった自分の前世を思い出していたせいか、何でもないはずのそれが酷く愛おしいものに感じた。
俺はきっとこの世界で幸せになれる。
まだ5年しか生きていないが、父の温もりが俺にそう思わせてくれた。
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