目覚めれば異世界へ

今野常春

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001 ゲームセットはプレイボール①

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 だる様な暑さの中、俺は高校最後のマウンドに立っていた。
 二年四カ月の集大成、仲間と共に慣れ親しんだストライプのユニフォームに袖を通し、背番号一を背負い白球を投げ込む。
 相手は誰もが知る強豪校なのだが、この年の予選はノーシードから始まり、運悪く二回戦でぶつかった。相手は舐めて懸かってくるだろう。そこが狙い目だと仲間と話し合い、練習に励んだ。

 しかし流石は強豪校、公立高校といえども全力で叩き伏せに来ていた。俺達の考えは甘かったと言わざるを得ない。その訳はどこに投げても打たれるのだ。三年間の努力を惜しげもなく投じるも点差は開く一方、初戦が嘘の様に沈黙する打線。それでも諦めの言葉は無い、声を嗄らし最後の最後まで戦い続ける。

 五回表、既にコールドがほぼ決定している中、俺はマウンドに立ちアウト三つを取る為にボールを投げ込んでいる。それでも打たれ、気が滅入りそうになるも試合に出られない仲間達の、背番号を貰えなかった仲間達の為にも俺は折れる訳にはいかない。バックを信じ、只管相棒の要求するボールを投げ込むだけだ。

 そしてツーアウトまでどうに打者を打ち取ると不意に次のボールがラストに思えた。
 裏の攻撃が残り、まだ負けたわけではないが、そう思えてしまったのだ。
 俺はこの一球に対し、今迄の想い全てを込めて投球フォームへと移る。
 その後、痛快な打球音と共に目の前が真っ暗になり意識が途絶えるのだった。





 僅かに差し込む日差しが頼りな鬱蒼とした森林内を、幾つもの罵声と馬蹄音が響き渡る。驚いた鳥や小動物の悲鳴も気にも止めず、必死の逃亡劇が繰り広げられている。

「急げ、この森を抜ければ我が領地! そこまで辿り着ければ生き残れる!! 全員で生き残るぞ!」
「はっ!」

 手綱を巧みに操る男は、ぴったりと並走する若い女に励ます様に言い放つ。表情とは裏腹に彼の不安は時間の経過と共に増加している。
 男はチラリと後ろを確認する。
(ちっ、しつこい…… アイツらも必死か)
 統一感のない装備ながら追撃者の動きには統制が取れている。目に見える範囲で十人を数え、これが彼のプレッシャーとなっている。
(唯の賊と侮ったか……)
 後悔だった。その時、僅かにでも唯の賊と侮らなければと彼の手に力が入る。
 味方は二人、敵は少なくとも十人と言う絶望的な戦力差だ。

(不味いな、ここはあいつ等の領域だ。せめて、エレオノーラだけでも逃がしてやりたが……)

 彼は思わず並走する彼女の横顔を見やる。十人いれば十人振り返るほどの美貌を持ち、男顔負けの度胸を持つ彼にとって掛替えの無い部下である。

(今捕らえられれば間違いなく慰み者と為る。それだけは避けなければ!!)

 最悪の状況が頭を過る中、彼はそれを振り払い馬にさらなる無理を願い、鞭を振るう。それに合わせ、彼女も鞭を入れる辺り、二人の息は合っていた。
 そして二頭の馬はその願いを聞き届け、暫しの猶予を稼ぐべく加速した。

「もう一踏ん張りだ! 必ず我が領地へ辿り着くぞ!!」
「はい、旦那様!!」





 はっ!?
 俺は思わず身体がビクついて目を覚ました。寝ている最中、夢の中で高い場所から落ちる等の状況下で為る様なあれだ。

「ここはどこだ……」

 寝ぼけているのか、どう言うわけか俺は森の中で目を覚ました。

「って、そうじゃないだろ。試合は!?」

 そう思うと途端に額から激痛が……

「痛っ!?」

 思わず右手で痛んだ箇所を抑える。そしてその手にこびり付いていた物が記憶を鮮明にする。

「そうだよ、俺はマウンドで投げて! 打ち返されて、打球が……、そうかこの痛みはそれで……」

 だが待て、すると此処は何処なんだ? 天国? いや、痛みが有る時点で違うのか?
 俺は冷静に右手に残るロジンバッグの粉をまじまじと眺める。
 あの暑さも、苦しさもどこかに置き去りにされた感覚に異次元に迷い込んだ感覚に見舞われる。
 そんな時だった。
 草叢が明らかに風とは異なる揺れ方と音を発した。

「な、何だ!?」

 俺は思わず立ち上がり、恐怖から身構える。
 すると、そこから現れたのは仔犬だった。

「な、なんだよ。犬か……」
「ワンッ!」

 犬種はウェルシュ・コーギーだった。詳しい犬種は知らない……
 この仔犬は尻尾を振り愛嬌のある顔でで俺に近付いてくる。それに打ちのめされた俺は抱き上げる。

「お前はどうして此処にいるんだ、迷子か?」
「ワフ?」

 寂しさと不安から解放されるべく俺は犬に話し掛けた。だが、当然言葉など通じる筈が無い。
 仔犬は一度首を傾げる仕草を見せると俺の首辺りを舐め始める。それがくすぐったさと安心感を齎す。

「ふっ、くすぐったいって!」
「ワンッ!」

 暫く俺はこの仔犬とじゃれていると聞いた事の無い騒音が飛び込んできた。

「ワン!」
「うん、俺にも聞こえた。って、何やってるんだ……」

 思わず言葉が通じ合ったような感覚に為るも、声の主は俺に抱かれている仔犬だ。しかし真っ先にこの仔犬がその音を聞き届けている。

「音はこっちからか……」

 ドンドンという聞き慣れない音は確実に大きくなる。つまり何かが居る訳で、この不明な状況下で判らないから頼らないという選択肢は俺の中で排除された。

「よし。どうなるか分らないけど先ずは移動しよう。お前も来るか?」
「ワン!」

 こいつは俺の問い掛けに「もちろん」と答える様な元気な一吠えを発した。
 それが合図と為り、俺はこいつを抱いたまま音のした方角へと歩き出した。





 その頃、集団に追われる二人の馬に限界が訪れようとしていた。首が上がり、呼吸は酷く荒い。更に発汗量が尋常ではない。

「旦那様、そろそろ馬が限界です!!」
 エレオノーラはそれを見て告げた。
「分かっている。しかし、あいつ等から逃げなければならんのだ!! 馬には酷な話だが頑張ってもらわねば」

 そう答えつつ、鞭を打つが既に馬はそれに応える力は無かった。
「くらえっ!」
 その時、賊の一人が射程に収めた。
 当たれば儲け物、程度に放った弓矢が不運にもエレオノーラが騎乗する馬の尻に突き刺さる。
 二人が乗る駿馬も疲労から相当差が詰まっていた。
「キャッ!?」
 体験した事のない痛みに驚き彼女を振り落とし、自身は地面に滑り込み生き絶える。

「エレオノーラ!!」
 その異変に気付いた男は急ぎ馬を停める。なるべく無理をさせぬ様、気を遣える余力を残していた。だが、馬はガクリと脚を折る。
「よく頑張った!」
 男は馬から飛び降り、労いの声を掛ける。その声を聞き、静かに息を引き取る。これで最大の懸念は彼女を残すのみとなった。
「エレオノーラ、大丈夫か!!」
「くっ…… は、はい。なんとか無事です……」
 無事とは言え、馬上から投げ出された彼女には幾つもの擦り傷が見られる。
 幸いなのは顔に傷を作らなかった事だ。

「クソッ、これではどうにも……」
 逃走手段の馬が潰えた以上、抵抗する術は限られる。
「申し訳御座いません」
「謝る必要はない。今はあいつ等をどうするか考えるのだ」
「はい、旦那様!」
 彼は彼女の謝罪を断ると腰に下げた鞘から剣を抜き、身構える。
 そして彼女もまた背負っている弓を手に持ち、馬に吊下げていた荷物から矢を取り出し備える。
 すると間もなく、元凶達が姿を現した。

「漸く追い付いたぜ、それにしても……」

 集団を仕切っていた男は、下卑た視線でエレオノーラの体を上から下へ二往復ほど舐める様に観察した。その視線は明らかに性的な物を含んだもので、彼女としては嫌悪感を催す物だった。

「中々の上玉だ。これなら特殊な趣味を持つ貴族様に高く売れそうだぜ」

 そう言い放つと後ろにいる男たちも彼の言葉に賛同する。その笑い声に思わず彼女は鳥肌が浮かび上がる。

「まあ何事も試さないと売り物にはならないからな、まずは俺達が楽しませてもらう」

 彼は彼等の言葉にさらなる燃料を投下し、場を盛り上げる。

「チッ、こいつら奴隷も扱う者たちか……」
「ああそうだぜ、なにしろ俺達はヘンリー一家だからな!!」

 その名前だけど二人は納得し、最悪の状況がより最悪へと叩き落とされた感覚に見舞われる。

「そうか、お前たちがヘンリー一家……」
「ああそうだ。随分と知っている口振りじゃないか」
「ニック、そんなことより早く女を攫って楽しもうぜ!!」

 賊の一人が口を開くと欲望への収まりが効かない者が先を促した。

「ああ、分ってる。なあ、大人しく捕まれよ。そうすれば男はそのまま奴隷として売り払ってやる」
「馬鹿を言うな。私はこれでも一領主だ。お前らの様な盗賊集団に如何こうされるほど落魄れてはいない!」

 そう答えた二人は武器を構える。
 すると数的有利な状況下の彼等は馬鹿にした笑い声を発した。

「馬鹿か、この状況で俺達に抵抗すると? たった二人で、女は弓?」
「それが如何した! たとえどんな苦境にあろうとも貴族に敗北は許されんのだ!!」
「はいはい。それは生き延びられたら語ってくれ。おい、女はなるべく傷を付けない様に捕えろ。男は死んでも構わん。それと、後で山ほど略奪してやるからな」

 領主と名乗ったからにはそこには人が住んでいる。彼等にとっては人と物資両方が戴ける又とないお宝だった。
 この発言で盗賊たちは次の目標も視野に入れた。

「抜かせ。我が領地は常に警戒している。お前らの様な輩が簡単に侵入できると思うなよ!」
「ああ、分った、分ったよ。だから、お前から死ね!!」

 それが合図と為り盗賊は一斉に二人へ襲い掛かる。数を頼りに強気に出ていた、と思っていた。男は認識の甘さを痛感する。
「くそっ」
 初撃を凌いだ瞬間に絶望的な不利を悟った。身動きし難い森の中、彼らの領域で人数も振りとなれば自ずと答えが出る。
「諦めろ、領主っ!」
「簡単には死なん!」
 男はリーダー格の賊の攻撃を真っ向から受け止める。

 一方、戦闘経験豊富なエレオノーラだが、遠距離攻撃を主とする弓兵にとって相性が最悪だった。それでも一人を射殺し、二人に傷を負わせている。
 しかし、多勢に無勢だった。二人は瞬く間に追い詰められる。

「チッ、あいつ等遊んでやがる……」
「旦那様、私が突っ込みますのでお逃げ下さい」

 エレオノーラは弦の切れた弓を捨て両手にナイフを構える。忠誠を誓う彼女にとって主人を無事に逃す事こそ使命だと考えての事だ。

「無理だな。お前を残して生き延びたとして一生の後悔と領民の反発を招く。それは領主として最も避けなければならない事だ」
「ですがこのままでは……」

 これすらも確率の圧倒的に低い事は分かっている。それでも執るしかなかった。

「確実な死が待っている」
「ならば!」

 二人は理解している。奇跡の中でも奇跡が起こらぬ限り、この場から切り抜けられる事はあり得ない。
 何しろこの場所は彼等盗賊の領域であり、味方が現れる可能性は限りなくゼロに近いのだ。

「最後の御祈りは済んだか?」

 男と剣を交えた賊が満を持して言葉を投げ掛ける。優越者の笑みを浮かべ、勝利の二文字がチラついていた。

「ああ。だが、むざむざと殺される訳にはいかんがな」

 二人は今一度身体に鞭を打ち武器を構える。
 男は刃毀れした剣を、エレオノーラはナイフを両手に構える。それが盗賊たちには面白く映り、下卑た笑いを誘発させていた。

「諦めろ」

 この言葉を合図に盗賊は一斉に襲い掛かるのであった。
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