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2 「お父様とお揃い」

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 ダニエルが考える「適切な教育」というのは、「武の家柄のラトフォード伯クーパー家」というのがまず第一に来てしまうため、淑女としての教育というよりも紳士、そして武官、ひいては将官になるための教育を中心に受けさせてしまっていた。
 幸か不幸か、ガラティーンには武の才にも、また男性にも引けを取らない身長にも恵まれ、剣や槍、馬術も同世代の並みの紳士よりもうまくこなす。そんなガラティーンを見て、ダニエルは「これでクーパー家の将来は明るい」と呑気に構えていた。
 そしてガラティーンが18歳を迎えようという時のことだった。

 10月、チャールズ国王の誕生祝いでのパーティに参加していたダニエルに、ダニエルからすると「見逃してくれればいいのに、書類の不備を見つけてつき返してくる奴」の代表、エッジウェア伯ハーバート・ハリスが声をかけてきた。
「ラトフォード伯、あなたの姪御は」
「娘、な」
「……あなたの娘御は、今年で18歳になるのだな?」
 ハーバートはダニエルに直接的な物言いをする。ダニエルが回りくどい言い方を嫌うことは仕事を通じて良く知っているので、話をスムーズに進めるためにも修辞語は極力減らす。
「ああ、ガラティーンは18に…」
 ここでダニエルは気が付いた。
「娘が18って、えっと…」
「そうだ、来年の春には、いいかげん社交界デビューをさせなければいけないのではないかね」
 忘れてた、と顔に書いてあるダニエルに、ハーバートはため息をつく。
「君によく気が付く妻がいればよかったのだろうに」
「うるさいな。…そういえば家令がなんか言ってたよ」
「うちの末の娘が17になるから覚えていたのだが、声をかけて良かったよ…」
「……娘がデビューって言うと、アレか。ドレスとかいるのか」
「当たり前だろう」
 何を言っているのか、という顔でハーバートはダニエルを見る。
「……これからいろいろ、本当にいろいろ、聞くことがあると思うんだけども」
「ああ、かまわないよ。いつもの書類と同じことじゃないか」
「悪かったな!」
 なんだかんだ言って二人は仲が良いのだ。書類仕事が苦手なダニエルに、ここを見ればよいから、と副官に説明をしてから書類を回すハーバートは気が利く文官だ。
「そうだ、娘のデビューか……」
 ため息をつきながら白ワインに口をつけるダニエルは、父親らしいともいえる話を続ける。
「あいつのドレス姿、きれいだろうなあ。初めて着るドレスだからな、ちゃんとしたのを仕立ててやりたい」
「…初めて着るドレス?」
「ああ。デビューの時に白いドレスを作るんだろ?」
「ああ。それはそうなんだが、初めて?」
「初めて」
「どうして」
「どうしてって」
 ダニエルは困惑している。
「18になって初めてドレス着るんだろ?」
「……君は、今まで見かけた娘さんで、ドレスを着ていなかった娘さんを見たことがないのかい?」
 ダニエルは考え込む。よくよく考えてみると、今まで見たことがある少女はほとんどがドレスを着用していたことに気が付いたようである。
「……あんまり、女性に縁がないから」
「そういうレベルではないね?」
 ハーバートはダニエルが言っていることを信じたくない、と言いたげな顔で首を振る。
「君の娘は今まで何を着ていたのかい」
「……シャツとトラウザーズ…」
「もう一度言ってみて」
「シャツとトラウザーズ」
「もう一度」
「シャツとトラウザーズ」
 ダニエルは、まだ新米だったころに鬼のように厳しい上官に叱られているときのことを思い出した。
「男物ってことだね?」
「18歳になって初めてドレスを着るもんだと思ってたから。それに、ガラが『お父様とお揃い』って喜んで」
「言い訳は無用だよ」
 ハーバートは思わず舌打ちをしていた。
「君は、娘に結婚をさせて、その息子にラトフォード伯を譲ると言っていたと思うのだが、その気はあるのかないのかわからんね!早々に、うちの方から人を遣わして、何が必要かどうか確認をしてあげるから少し待っていなさい」
「すまないな。ありがとう」
「すまないと思うなら、せめて毎日の仕事の書類くらいは漏れのないものを提出したまえ!」
 ダニエルは、面倒見が良いハーバートに「今度、いい酒でも差し入れするか」と考えているが、そういう気だけは利くダニエルのことをハーバートはそれなりに気に入っている。
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