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13 昔の仲間

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 年が明けてすぐ、クーパー家を訪れた近衛の青年将校がいた。ダニエルの忘れ物を届けに来たというこの青年将校、ハリー・ケンジットとガラティーンは比較的仲が良かったので、ガラティーンはなんとなく懐かしくなって家令の後ろから顔を出した。
「久しぶりだね、ハリー」
 顔をのぞかせたガラティーンを見て、ハリーは口をぽかんと開けてしまった。この日のガラティーンはきちんと女性のドレスを身に着けていたので、彼は「聞いてわかってはいたが、まさか」というような顔つきになっている。
「あ、この恰好になってから君に会うのは初めてか。ガラだよ。わかるよね?」
 ガラティーンは、ハリーの腕を叩こうと手を伸ばしたところをハリーに押しとどめられる。
「いや、お前その、本当に女だったのか」
「そうなんだよ。困っちゃうよね」
 肩をすくめるガラティーンの全身を見回して、ハリーは感心する。
「お前に姉さんがいたら紹介してくれって言ったことあったけど、俺、お前がいいわ」
「そうかい?父上がついてくるけど、それでもいい?」
 ハリーは大笑いをする。
「お前、変わらないなあ」
「そうそう変わらないよ。表側だけさ」
 ドレスの袖をひらひらを振って見せるガラティーンの顔を見て、ハリーは「クーパー隊長が付いてきてもいいかもしれない」という気持ちになるが、いやいや、と慌てて心の中で否定する。とあるご令嬢とようやく話がまとまりそうになってきたところなのだ。
 しかし、今まで自分が付き合ってきた「ガラ」はさっぱりとした気性で体を動かすのも好きな、淑女ではないだろうが付き合いやすい奴だった。気の置けない仲間が妻になると考えると、家に帰るのも楽しくなりそうだ。
「で、父上の忘れ物?」
「ああ、財布をな」
「……財布がなくて帰ってこられるのかな」
「なんとかなるんじゃないかな」
「まあ、何とかする人だろうけど。ありがとう。受け取っておくよ」
 ガラティーンが、ダニエルの財布をハリーから直接受け取ろうとするので、ハリーはたじろぐ。
「お前なあ」
「ああ、淑女らしくないな」
 気にするなよ、と言いながら直接受け取る。
「持ってきた足代で、多少中身を抜いてもいいぞ」
「そんなことはしないよ」
「君は真面目だな」
 口を大きく開けて笑うガラティーンは、本当に外側以外は変わっていないように見える。
「…じゃあ確かに受け取ったよ。みんなによろしく伝えてくれ。トミー、ジョニー、バーティと…あと、アルに」
「あれ、お前アルと仲良かったか?」
 ハリー、トミー、ジョニー、バーティとはガラはよく話をする仲で、彼女が酒場や娼婦の話などの知識を仕入れたのもここからだった。アルに対してはそこそこの付きあいはあったけれど、彼らとほど密な付き合いはなかった。
「ん?いや、ふっと思い出して」
 ガラは軽く微笑んで、ハリーにカーツィを行う。
「よろしくお願いいたします、ケンジット様」
「淑女の礼なんてできたんだな」
「やればできるんだよ」
 ふふんと顎を上げてガラティーンは笑う。淑女の礼を取った一瞬だけ女性らしいところを見せたかと思いきや、また女性らしい口調に戻し、フットマンに声をかける。
「ハリー・ケンジット様はお帰りになります。お見送りをさせていただくわ」
「本日はお会いできて光栄でした、ガラティーン嬢」
 そんな白々しいやり取りをした直後、ガラティーンとハリーは噴き出してしまう。
「あっはっは、レディのフリは難しいな!」
「いや、やればできるじゃないか、ほんとに」
 笑いをかみ殺しながら最後に挨拶をして、ハリーも自宅へと戻っていった。

 そしてその日はダニエルはクラブへと向かっていたので、仲間に馬車を回してもらって帰ってきたということだった。
 翌朝、家令はガラティーンにダニエルの財布を渡したことと、帰宅時の様子を報告する。
「ハーバート・ハリス様の馬車に、当家まで回っていただいたようです」
「…コーネリアの父上だな」
 ガラティーンと家令は顔を見合わせる。
「父上に、今度コーネリアの話でも振ってみないといけないね」
「はい」
 家令もガラティーンも、何かコーネリアのためになりそうな情報があったら共有しようという認識をお互いに確認をした。
 ダニエルは、次代のラトフォード伯をガラティーンの子供に継がせようとしているが、ガラティーンは正直、ダニエルの子供が継ぐ方が良いと考えている。自分が結婚したくないだとか子供が欲しくないということよりも、そうしなければいけないというプレッシャーに飽き飽きしていた。それもあって男装をしていたというのもあるかもしれない、と考えている。
 しかし自分が結婚して子をなさねばならないということよりも、叔父のダニエル本人が伴侶を得る可能性を最初から捨てているのが不思議でならなかった。そこに友人がダニエルに恋をしたのだ。
 ダニエルが嫌でなければ、そして家同士で特に問題があるようでなかったら、二人が結婚をして子供を作ってもいいではないか、という気持ちにガラティーンだけでなく、家のものも考えるようになっていたのだ。
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