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39 身近にいた相談相手

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「……それで、ホルボーン子爵とは最後まではなさらなかったと」
「まあそういうことだね」
 男性ものの乗馬服を着ようとしていたガラティーンに泣き落としをしてデイドレスを着せているリンダは、感情を殺したような声でガラティーンと会話をしていた。
「だって、入らなかったんだもの」
 黙っていてもリンダが驚いているのがわかったガラティーンは、リンダに自分の手首を見せて「これより少し細いくらい」と伝える。
「いや、そこまで教えてくださらなくても」
「興味あるかなあと思って」
「まあ、ないとは申しません」
 そんな会話をしているうちに、ガラティーンは「これならマダム・ヴァレリーではなくて素直にリンダに相談したほうが良かったな」と思いだすが、しない後悔よりもした後悔だ、と思いなおす。
「……ドレスを着ていただきたいのは譲りませんが、少しでも楽なものにしましょうね」
「さすがリンダ」
 リンダはジャポニズムの影響が見えるデイドレスを選び、ガラティーンに袖を通させる。
「リンダは、誰かいい人がいるの」
「突然ですねえ」
 リンダは苦笑しつつも、さらりと相手の名前を出す。
「チャーリーです。家令のアンダーソンさんの次男の」
「……ああ、彼か」
 ガラティーンは、家令とその長男、次男の顔を思い出す。できる男といった風情の家令とその長男と、それよりは少し優しそうで、おっとりして見える次男だったはずだ。
「チャーリーが、その、私のことを好ましく思っているということを伝えて来てくれてですね」
 リンダは恥ずかしそうでもあるが嬉しそうに、少し早口になる。
「私もチャーリーのことは嫌いじゃなかったから、まあそこからなんとなく……で、気が付いたら私も彼のことが好きになっていた、というような」
「なるほどね」
 ガラティーンはリンダも恋をしているのだな、と知ることができて嬉しくなった。子供のころからずっと一緒にいる、使用人といえども誰よりも近くにいる友達のようなメイドのリンダが幸せそうなのは喜ばしい。そして、彼女も自分と同じように「相手のことを気が付いたらなんとなく好きになっていた」ということに安心をする。誰しもが「雷に打たれた」ようにだったり、「人目見て恋に落ちた」わけではなかったのだ。
「結婚はするつもりかい?」
「そうですねえ、まあそのうちにか……子供ができたらかもしれませんけど」
「そうなんだ」
 子供ができたらリンダと離れてしまうのかな、と思うとガラティーンは少し寂しくなる。そう考えていたら首をかしげていたようで、リンダはガラティーンが考えていることに気が付いた。
「あら、子供ができても仕事には戻るつもりですよ!雇い止めなんてしないでくださいね、お嬢様」
「ありがとう、リンダ。心強いよ」
 そんな話をしているうちにガラティーンは身づくろいを終えた。
「さて、お嬢様の将来の旦那様がお待ちでしょうから!」
「……ありがとうね」
 ガラティーンはリンダの軽口に苦笑しながらもアルジャーノンを迎えに行く。誰かに頼んでも良いのだが、自分が一番近くに行きたかったのだ。なんとなくそういうところがリンダには気づかれているのだろうと思うとガラティーンはこそばゆいが、リンダは微笑んで何も言わない。
 ガラティーンはアルジャーノンの待つ部屋に向かったら、アルジャーノンに彼女のデイドレス姿に大喜びをされたので、ガラティーンはリンダに生涯年金を支払うべきだと心に決めた。
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