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41 大人の密会

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「うーん、支配人にはバレちゃったかもしれないね」
 馬車の中で、ガラティーンは、眉を大きく持ち上げておどけた顔をする。
「でもまあいいや、中もちょっと見られたし、君にも会えたし」
 そう言いながらガラティーンは、向かい側にいるアルジャーノンの隣にぽん、と移動する。
「……さすがに屋敷では父上たちもいるし、はばかられるかなあって」
 そう言いながらガラティーンはアルジャーノンの左肩に頭をのせる。
「君は本当に行動が唐突だな」
「こんな私は嫌い?」
「嫌いじゃないが」
 アルジャーノンは左肩に乗ったガラティーンの頭をぽんぽん、と軽くたたく。
「ハリーも久々に会いたいって言ってたよ」
「そうか、そういえばしばらく会っていなかった」
 そういえば父上の結婚以来会っていないみんなが多いね、とガラティーンは何気なく言葉に出したが、彼女はあることに気づく。
「ひょっとして、君がうちに来ていたから……」
「……そうだよ。邪魔されたくなかったから」
「うわあ。父上たち相手だけじゃなくて、私たちも気を遣われていたのか」
 ガラティーンが苦笑する。こんな笑い方をすることもあるんだな、とアルジャーノンはガラティーンの金の髪を撫でる。
「みんな、いい人たちだな」
「そうだな」
 アルジャーノンは自分の腿に、ぴたりとガラティーンの手が乗せられたことに気づいた。
「おい」
「……こんな私は嫌い?」
 ガラティーンはアルジャーノンの腿に乗せた手を、ゆっくり腿の内側に動かす。
「愛してるよ」
 アルジャーノンは、彼女に初めて「愛している」と言われた時、そして初めて口づけを交わした時のことを思い出す。
「こんな時しか、愛してるなんて言ってない気がする」
「お互いな」
 アルジャーノンはガラティーンの髪に口づける。
「……おい、どこに向かってるんだ」
「ストランド」
 バレたか、とガラティーンは淑女らしくない口調で返す。
 ストランド沿いには、先だって話題になっていた最新の設備を備えたホテルがある。そこに向かおうとしていた。
「家に帰るんじゃなかったのか」
「帰ったら父上たちがいる」
「いや、うちに行っても……と思ったが、まあ、そうだな」
「サヴォイも行ってみたかったんだ。ディナーも予約したからね」
「気が利いてるな」
 あはは、とガラティーンは声を立てて笑う。
「今までずっと一緒にいたから、ちょっとでも離れると寂しいんだよ。……その前はずっと離れていたのにね。不思議だね」
 ガラティーンは、アルジャーノンにさらに寄りかかる。
「君がいなくてもやることはあるし、時間も過ぎていくけれど、とても寂しい」
「ガラティーン」
 アルジャーノンは、これだけ大胆なことをしている裏にはそういう理由があったのかと考えながら自分の肩の上のガラティーンの頭の上に自分の頭をのせる。
「俺もそう思ってる」
 年下の仲間だと思っていた相手がこんなに魅力的な女性だったとは。そして自分が思っているよりもいろいろな面があり、その全てが愛おしく思えることがあるとは。
 始まりは色々と事故のようなものだったけれども、始まりの時の情熱がお互いにとって少しずつ温かい感情になっていく気持ちよさをアルジャーノンはかみしめていた。

 その夜、新しくできたホテルサヴォイで夜食を取り、一度お互いが別の部屋に入った後にアルジャーノンはガラティーンの部屋で時を過ごした。
 二人は愛の交歓も行ったが、同じベッドに横たわって優しい時を過ごすことが心地よいということで意見が一致して、気が合う相手と結婚ができるのは素晴らしいことだと微笑みあった。
「コーネリアに子供が産まれたら、今度はちゃんと結婚しようね」
「ああ」
 女から結婚をねだられる男、というていになっているなとアルジャーノンはふと思ったが、実際のところ、彼女と結婚がしたいと思っているのは自分だけではないということを確認して、安心していた。

 数日後、アルジャーノンは第三部隊の顔見知り、ヘンリー・ストーナーに声をかけられた。彼が何の用かと思いながら話をしていたら、彼は数日前にサヴォイでアルジャーノンを見かけたらしい。
 取り立てて大した話ではなかったが、一緒にいたのは誰かと聞かれてアルジャーノンは一瞬言葉に詰まった。婚約者のガラティーンと言ってしまって良いのか、それとも一時期この部隊に来ていたクーパー隊長の「子供」のガラですよ、と言ったほうが良いのか、それともあの日のガラティーンの偽名、アンソニー・クーパーと言うべきなのか――いやいやそれはないと迷ったのだ。
 一瞬アルジャーノンが言葉に詰まったのを見てストーナーは何か誤解をしたかもしれないな、とは思ったが、またそれで話は流されたのでそのままやり過ごし、サヴォイについての話をさらっとしてから短い立ち話を終えた。
 その次にアルジャーノンがクーパー家に、自分の婚約者に会うという形で訪問した時にふと「あの夜に自分たちがサヴォイでいたのを見た奴がいた」という話をガラティーンにした。
「へえ、誰?」
「第三部隊のヘンリー・ストーナー」
 ガラティーンも何の気なしに相手の名前を聞いたところで、自分が知っている名前が返って来ることは考えていなかった。予想外の答えに彼女の目が一瞬見開かれた。
「知ってるのか」
「ああ、うん。少し話したことがあるよ」
「へえ」
 そこはガラティーンもそのまま流して、またサヴォイに行きたいねだとか、次の夏こそは一緒に海水浴に行きたいねなどという他愛もない話をしてその日は別れた。
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