アルティア戦乱記ー血染めの魔女と懐刀ー

刀矢武士

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プロローグ②

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 王女というやんごとなき身分にあって、ラピュセルは広く民と関わった。時に子供達と遊び、時に農家の収穫を手伝い、時に配下の騎士と街を警邏する。
 平和で治安の良いアルティア王国だからこそ出来たことである。無論、重鎮達の中には「王女ともあろうものが軽々しく城を離れるなど」と難色を示す者もいたが、それによって得られた民の暮らしの様子が治世に活かされたことも数多くあり、それ故強く反対する者もいなかった。
 故に、民からのラピュセルの支持は絶大なものがあった。柔和で人当たりも良く、笑顔を絶やさず、何よりも身分の別なく誰にでも平等対等に接するその人柄を、民は大いに愛していた。
 そして、ラピュセルも民を愛していた。国の礎は民であると、父である国王から何度も聞かされてきた。
 民を省みぬ為政者に未来はない。常に民の声に耳を傾けよ。さすれば民は応えてくれる。国の繁栄という、最も喜ばしい結果をもって。
 民は本当に応えてくれている。300年もの平和がその証。それを知ればこそ、ラピュセルは足しげく城下へと赴いたのだ。愛する人々を身分で別することなく、その毎日を見て、その生活を感じるために。

「あ……」

 歴代国王のように、彼女の父もまた確かに賢王であった。民の声を良く聞き、罪を厳しく取り締まり、交易を広く奨励し。飢饉が起これば租税を緩和し、国庫から糧食を無償で分け与え。
 ラピュセルがその人柄で愛されていたのに対し、国王はその善政で民から慕われていた。

「あ、ああ……!」

 簡素ながら荘厳な王城の佇まいと、活気溢れる城下街の様相は、この国の繁栄の形。王族と民の信頼の形だった。

「そんな……」

 その城が、城下街がーー今、燃えていた。
 西の隣国、ガレイル帝国の侵略。
 軍事国家として興った新興国家からの、突然の攻撃。それにより始まった戦。
 最初の戦いは、一週間前。たった一週間で、敵はこの王城まで攻め寄せてきていた。決して広大とはいえない国土とはいえ、この速さは尋常ではない。
 善政を敷き国を富ませた現国王たる彼女の父が犯した、たった一つの過ち。
 それは、軍備を疎かにしたこと。300年の平和の上に、知らず胡座をかいていた。その結果が今、炎となって国を焼いている。
 そして。

「お父様ぁ!」

 剣を取り、雪崩れ込んできた敵兵を辛くも打ち倒し、燃え盛る火の手を避けながらはぐれた父を捜してたどり着いた謁見の間で。ラピュセルは、倒れ伏す父の元へと駆け寄った。

「お父様! しっかりして下さい! お父様!」
「うっ……」

 父の肩を支え、必死に呼び掛ける。
 意識はあるものの、息は絶え絶えで、特に腹部からの出血が酷い。誰の目にも、致命傷であることは明らかだった。

「おお……ラピュセル、よ……」
「喋らないで下さい! すぐにマーチルの元へ!」
「よい……」

 謁見の間の外で敵兵と戦っている、回復魔法が使える護衛の少女を呼び戻そうとして。弱々しい父の声が、ラピュセルを押し止めた。

「この傷では……もう助からん……」
「ですが!」
「よいのだ……」

 父が、慈愛に満ちた眼差しをラピュセルに向ける。

「お前は……生きよ」

 掠れた声で語りかけながら、父はラピュセルの頬をそっと撫でーーその手が力を失い、だらんと床に打ちつけられる。

「ーーっ!!」

 叫びたい衝動を、すんでのところで噛み殺す。
 外ではまだ、戦いが続いている。ここで悲痛に叫んでしまえば、それを聞きつけた敵に余計な勢いを与えてしまいかねない。そうなれば、生き残り、未だ諦めず戦っている配下がより危険な状態に陥ってしまう。

「ラピュセル様!」
「ラピュセルさまー!」

 背後から、マーチルとルーミンが駆け付けてくる。同時、二人の息を飲む音が背に当たった。

「……二人とも、怪我は?」
「! だ、大丈夫です。問題ありません」
「あ、あたしも平気です!」

 動揺しながらも、その問いに二人は即座に答えてきた。それを聞き、ラピュセルは一度大きく息を吸い、吐き出す。

「ランバード将軍は、確か南の砦にいるのよね?」
「はい。最後の連絡では、まだ一軍を率いてガレイル軍に抵抗していると」
「今、あなた達の他に味方は」
「まだ各所で抵抗している味方はいるはずですが、連携を分断されていて……」

 つまり、合流は難しい。マーチルの言葉に、ラピュセルはうんと頷く。
 今は悲しむ時でも、嘆く時でもない。まずはこの死地を脱出しなければ。

「二人とも、着いてきて。まずはここを脱出する」
「はい!」
「はーい!」

 父の亡骸をそっと寝かせると、床に放っていた剣を手に取り立ち上がる。姉妹の返事を背に受け、ラピュセルは踵を返した。
 国王が崩御された今、自分までが死ぬわけにはいかない。アルティア王国の王族は、父と自分しかいないのだ。

「なんとしても、生き延びる」

  いつか再び、ここに戻ってくるために。決意を胸に、ラピュセルは炎の中を走り出した。


□□□□□


 パチパチと。火の粉が爆ぜる音が夜の森に静かに響く。丁寧に作られた焚き火が、周りの草木と、焚き火の側に腰を降ろす人影を仄かに照らし出していた。

「…………」

 人影が、ふいに夜空を見上げる。風はあまり吹いていないにも関わらず、雲の流れが早く、またその厚みを増している。

「……荒れそうだな」

 一言呟くと、人影は木に立て掛けていた刀を手に取った。
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