短編集

かなり柘榴

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手紙手記、足跡

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ある犯罪者の手紙
俺には物心ついてから今まで、一途に思い続けてきた、たった一つの憧れがある。
人の憧れというものは千差万別だ。明確な個人に対して抱くこともあれば、動物や、はたまた生き物でないものにさえその感情を向けることがある。
あるいは、実存するものに対しての憧れではなくフィクションや概念に対しても抱くことだったあるだろう。そして、俺の場合は後者だった。
車や俳優、スーパーヒーローや政治家に対する憧れなどよりも、悪人であるという漠然としているうえに誰かに聞かれたら通報案件なものに憧れてしまった。
一口に悪といっても、実際は千差万別だろう。
陰で姑息な手段により私腹を肥やすもの、力でもって他社から奪うもの、ただ理由もなしに他者を傷つけるために傷つけるもの。
そんな中でも俺は、正義に、社会に対しての反逆者であることに憧れた。真正面から反抗し、逃げも隠れもせず胸をそびやかし豪岸不遜に笑い飛ばすそんな姿であることを己に求めた。
この憧れがもたらす熱に駆られて、これまでの人生を走り抜けてきたのだ。今更曲げるなどありえないし、後悔するなんてもっとあり得ない。
世間は私のことを狂っていると評しているらしいが、それはある程度的を射ている。
そう、俺は狂ってしまっているのだ。
憧れのために、熱狂し、狂奔してしまっているのだ。
俺は一人の修羅なのだ。
この身を熱に焦がしながら、果てを目指して駆けているのだ。
そのことは悪ではない。
人が憧れに手を伸ばすことは至極当然のことであるし、好ましいことである。むしろ現実という盾をかざして憧れから逃げることのほうがよほど不健全だろう。
皮肉なことだ。悪であれ、と己に課してきた俺がしてきたこと全ての根底にあるのは、むしろ人間の善性そのものであったなんて。
まあ、いいさ。むしろ気付くのが最後でよかった。おかげで、これまで楽しい夢を見続けることが出来た。
この手紙が余人の目にさらされる頃には、俺の刑はもう執行されているだろう。誰よりも自分に素直に生きた一人の男の人生が、終わりを迎えたことだろう。
ならば最後に何を残すか。この、もはや死人と変わらない男が一体何を残せるのか。
その答えがこの手紙だ。きっと、この手紙を見たやつは俺に憧れるだろう。この生き方は現代社会に生きる者たちに知れ渡り、その心に波紋を起こすことだろう。
そしたらきっと、自分に正直になれる人間が増えるのではないだろうか。スポーツ選手や、プロのゲーマーや、はたまた正義の味方になる奴らが、増えていくじゃないか。それがこの手紙の意義で、俺に残された猶予の意味でもあるのだと思う。

手紙公表後に発見された手記
勘違いしてくれるな。あの手紙は断じて善なる行いではない。考えてもみろ、増えるのがヒーローやスポーツ選手だけだと思うか?そんなわけない。悪人だって、増えるにきまっているだろう。ならば俺のなしたことは悪だ。俺の最後は、悪だったのだ。







宮沢賢治「春と修羅」より一部引用

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