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かかあ天下

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 あれは、まだ幼いころ。
 小高い山の上で、過ごした幼年時代のこと。
 毎日、遅くまで遊んだ、帰り道、夕暮れの世界は、赤く染まっていた。
 友達と別れて崖の上。
 石張りのタイルを登って、上を目指した。
 ただひたすら上を。
 上の世界に何があったのか。
 それは、まだ訪れない青春への憧れを胸に、独り、登らなければいけない階段がある。
 道ずれは、太陽と、白い犬と、ぶんぶん回る蚊であった。
 腕を刺され、首筋を刺され、太ももを刺され、それでも上り続ける。
 太陽はよく私に笑いかけた。
 白い犬。
 名をしろと言って、賢く、気高い犬だった。
 まるで天使のように。
 私は友達がいないけれど、いつも一人で、女の子が好きだった。
 女の子の胸を見て、太ももを見て、でも好みは大人の女性だった。
 ませていたわけではなく、とにかく、女性の特におしりが好きだった。
 そして何より太もも。そしてポツリと赤くなっている太ももを見ると、非常に、うずいた。
 もちろん、まだ男性器は発達していなかったし、それでも、蚊に刺された脚はひきつけられるものだ。過剰に刺された脚には興味がない。一つがいい。
 そう、品があるということは、少しスキがあるということ。
 私は感謝したものだ。
 蚊という存在に。
 センスのある刺し方というものがある。内ももがベスト。それもぽつりと。白い肌にちょっと赤く膨らむのがいい。大きくなり過ぎてはいけない。多くなりすぎてもいけない。
 夏場。
 蒸し暑い日に、女性の汗を想像しては、わきの下を眺めた。
 先生がいた。よくチョークを投げる女教師で、わきの下を観察したものだ。
 まあ、話はそれたけど、蚊というものはいいものだ。刺されなければの話だけれど。
 蚊の天下、夏は、私にとって思い出の季節。美しい女性を見ては、蚊に刺されないかと期待して、はだける胸元に、蚊が忍び寄るのを嬉々として眺めていた。
 青春の終わりは、いつも夏だと決まっていると私は信じている。
 そして、女性の形を求め、追い始めることが、蚊を殺し始めるということなのだろうか、なんて考えると、まるで笑い話のようだが。

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